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■オープニング本文 前回のリプレイを見る 緑林館という孤児院がある。 元・闇陣防衛隊の隊長である金剛、孤児院経営者の黄河。二人の女性が経営しているそこは、現在ちょっとした問題を抱えていた。 子供たちの一人‥‥鈴菜というやんちゃな少女が、いいつけを破り食糧探しに。結果、見つかったものの、彼女は調子に乗って同じことを繰り返した。 その結果、同行した仲良しの涼樹がアヤカシに襲われ、散り散りに。 金剛と黄河は、開拓者に捜索、およびアヤカシ退治を依頼。出現したアヤカシは退治したものの、涼樹は行方不明のまま。 アヤカシに食われたと思いきや、彼女の落とした履物から、どうやら逃れた様子。が、そこに至る丸木橋が落ちてしまっており、追跡は断たれていた。 あれから、数日。 警邏の人間が捜索隊を結成し、涼樹を探しているが、未だに見つからない。あの丸木橋が渡された向こう側に赴くも、そこにはあの不定形のアヤカシが多く出現するため、捜索は難航していたのだ。 そして鈴菜は、すっかり人が変わってしまった。 かつては元気いっぱいで、歩くより走る、静かになどしていない、遊ぶときは思いっきり遊び、溢れんばかりに生きる気力に満ち満ちていた少女。それが今や、走ったり騒いだりするところを見せていない。それどころか、一言もしゃべりもしない。 そして何より、食事の時間。よく遊ぶ分、よく食べもした彼女は、かつては他の子供の分も横取りするほどの食いしん坊。当然、残した事など無かった。 それが今では、出された食事をつつくだけで、ほとんど残してしまっている。 やがて、ある日。鈴菜は倒れた。 医師の診察によると、栄養不足によるものだという。が、それ以上に心に負った傷の方が問題だという。鈴菜は、自分が涼樹をひどい目に合わせてしまった事を、予想以上に、そして必要以上に悔いており‥‥自分を許せないのだろうと。 「‥‥あの子を救うには、涼樹をここに帰ってこさせる以外無い‥‥って事ね」 「ええ。でも‥‥肝心の涼樹はどこにいるのかしら。‥‥あの子だけじゃあない、私たちも心配なのに」 「それは、ワタシも同じよ。生きているのなら、早く帰ってきてほしい」 金剛と黄河、二人のそんな祈りが届いたのか。 「たのもー! 緑林館って、ここ? 金剛、あるいは黄河って人はいるかしら?」 一人の女性が、二人を訪ねてきた。 彼女の名は、白銀。元・料理人。 それなりの腕を持つ彼女は、武天や石鏡などで、貴人や富裕層の人間に雇われ、高価な材料を用いては料理を作っていた。 が、その生活にうんざりした彼女は、料理人として積み上げた地位その他を放り出し、旅に出た。 行く先々で、自分で材料を調達し、それを調理し、自分で食す。あるいは旅の先々にて、世話になった人たちに振舞う。以前に比べ苦しい毎日だが、彼女は充実感を覚えていた。 「人生はごった煮鍋、予想のつかない料理を出したり出されたりした方が、ずっと面白いってもんよ」 そんな白銀は、旅の途中で。 食材探しに、とある森へと入り込んだ。そこは、涼樹が行方不明になった山の、緑林館とは反対側の斜面に位置していた。 その日の夕刻。狩人としての技能を持つ白銀は、ウサギや山鳥などを仕留め持ち帰ると、起こした焚火の火を用い調理を始めた。 皮をはいだウサギの肉を火であぶり、タレをつけてさらにあぶる。旨そうな肉の焼けるにおいが周囲に漂い、白銀の食欲を刺激した。近くの川から汲んできた水を沸かすと、食前茶を淹れる。 「うん、やっぱわたしってば完璧!」 茶を一口すすると、汁気たっぷりの焼肉にかじりつく。その時。 「!」 藪の中から、小さな人影が。 すぐに剣を抜き、そいつに向けたが。そこにいたのは、少女だった。 「‥‥なるほど。で、その緑林館ってとこに帰りたいのね?」 こくりと、少女はうなずいた。涼樹と名乗った少女は、身体中が薄汚れ、やせ細ってはいたが‥‥見たところ、傷は負っていないようだと白銀は見て取った。 焼いたウサギ肉をゆずってやると、そのままがつがつと平らげてしまった。肉を横取りされた白銀だが、それよりも彼女の状態が気になって仕方なかった。 「じゃあ、案内してよ。わたしが送ってってあげるわよ?」 「‥‥だめ。待ってるから‥‥」 「待ってる? 誰かと一緒なの?」 こくっ。元気なさそうに、彼女はうなずいた。 どうやら、事情がありそう。それを悟った彼女は、一つ提案をした。 「‥‥というわけで、涼樹って子から手紙を預かってきたの。これを、緑林館の金剛、または黄河って人に渡してくれって」 緑林館の応接室にて。白銀は手紙を差し出していた。 「確かに、受け取ったわ。それで‥‥涼樹は無事なのね?」 「見たところは無事だったけど‥‥何か事情があるみたいだわね。その手紙に全て書いたって事だけど」 白銀が言うには、手紙をしたためた涼樹は、白銀がそれまで手に入れた食材や食料、持ち歩いていた保存食などを持って、そのまま森の奥へと消えて行った、という。 「‥‥涼樹からの手紙に書かれた内容ですが、どうやら彼女は一人ではないようです」 ギルド、応接室。 金剛、黄河。そして白銀がそこに来ていた。 要約すると、涼樹は丸木橋を渡って山に向かい、そこでさらなるアヤカシに襲われ、逃げ‥‥。気が付くと、山の反対側に来ており、その森の中で倒れてしまったという。 目を覚ますと、小屋の中に寝かされていた。小屋の住民は、老婆。 老婆の名は赤銅、かつては近くの村に住んでいたが、アヤカシに襲われて逃れ、ここに住むようになったという。その際に息子夫婦と孫たちと死に別れ、今は一人で、近くの小さな畑を耕し生活していた。 涼樹を助けた赤銅だが、彼女自身も病気を患っており、倒れて寝込んでしまった。涼樹はなんとかして助けたいと思い、山に入って食料を見つけてきたり、なんとか街道まで出て助けを呼びに行こうとするが、その全てがうまくいかなかった。 「なんせ、おばあさんの小屋は街道からかなり離れた位置にあるみたいで、麓に出るだけでも大変らしいよ。それに加えて‥‥その小屋の周辺にはアヤカシが夜な夜な出て、小屋を襲うんだって。で、涼樹は赤銅おばあさんを一人残して逃げたくない。だから残って世話をしていた。だから緑林館へと戻れなかった、と」 白銀に続き、金剛が言った。 「そこで、皆様にお願いします。どうか赤銅さんの小屋まで行って、涼樹と赤銅さんを連れてきてください。アヤカシは退治してかまいませんが、あくまでも二人の救出を優先、という事でお願いします」 もしも、と、黄河が続ける。 「もしも‥‥涼樹が帰ってこなければ‥‥鈴菜もまた、助からないかもしれません。どうか‥‥お願いします。涼樹を助ける事で、鈴菜も助けてください」 |
■参加者一覧
羅喉丸(ia0347)
22歳・男・泰
和奏(ia8807)
17歳・男・志
茜ヶ原 ほとり(ia9204)
19歳・女・弓
リィムナ・ピサレット(ib5201)
10歳・女・魔
ベルナデット東條(ib5223)
16歳・女・志 |
■リプレイ本文 「もうじき、涼樹と会った場所に到着するよ」 白銀の声を聞き、開拓者たちは安堵した。今回の参加者は全部で五名。前回から一人減ったものの、全員が使命感に燃えていた。 改めて、羅喉丸(ia0347)は周囲を見回した。獣道は、それほど大きくはない。 「‥‥早く、助けないとな」 数刻後、白銀とともに、彼女が涼樹と出会った場所に到着。焚火の跡など、ほぼすべてが残っている。 「ウサギを焼いたのは、ここ?」 リィムナ・ピサレット(ib5201)に、白銀はうなずいた。 「ええ。ここで料理してたら、あの藪のあたりからあの子が現れたのよ」 藪の周囲は、暗かった。リィムナは注意深く、辺りをうかがう。 見るだけでなく、音を聞き、臭いを嗅ぎ、気配を察知せんとする。五感を研ぎ澄ませ、何か残された手がかりを得られないかと探りを入れていた。 その暗い中に、下生えとともに新たな獣道を発見した。同じくそれを発見した茜ヶ原 ほとり(ia9204)とベルナデット東條(ib5223)も、道の先へと視線を向ける。 「ほとりお義姉ちゃん‥‥何か、見える?」 「‥‥今のところは、何も見えないね。ベルちゃん」 が、全員が見たもの、見つけたものが一つ。子供のもの以外何物でもない足跡が、獣道の奥へと続いていた。 なんだか、静かすぎますね。和奏(ia8807)は、口にしかけた言葉を途中で飲み込んだ。 遠くの方から、何かががさっと音を立てたのだ。それは全員の耳に届くところとなったが、それ以上音は響かない。 「‥‥何か、いたんでしょうか?」 「さあ、な。いたとしても、こちらに何かが近づく気配はない」 和奏とともに、羅喉丸も身構えていた。だが彼の言うとおり、それ以上は何も聞こえてこなかった。 曲がりくねった、小さな獣道。それは予想以上に長く、歩きにくく、進みにくい。そして開拓者たちが小屋に到着した時には、すっかり日が暮れていた。 目前の「小屋」は、太い丸太を周囲に打ち込み、塀を作っていた。塀には何かが体当たりした痕跡があり、入り口を含めた周囲の地面は踏み固められている。 「涼樹! いる? 白銀よ!」 白銀が、小屋へと声をかけた。やがて、しばらくすると‥‥。 「‥‥白銀、さん?」 子供の声が、聞こえてきた。 「さ、もうあたしたちが来たからには、安心だからね!」 リィムナが励ますが、涼樹は与えられた月餅を腹に詰め込むのに夢中になっている。 「申し訳‥‥ないねえ‥‥。私なんかのために‥‥」 赤銅は、寝台にて横になっていた。見たところ、容態は良いと言えない。岩清水を含ませるように飲ませ、水で柔らかくした月餅を口に入れると、ようやく噛んで飲み込む。 「いいえ。あなたと涼樹を無事に助け出す事が、一番大事な事です。必ずここから脱出し、安全な場所まで送り届けますよ」 羅喉丸の力強い言葉に、赤銅は弱々しくはあったが、微笑みを浮かべた。 「‥‥でも‥‥どうやって‥‥」 月餅を平らげた涼樹が、不安そうな声で尋ねる。 「とりあえず、今日は日が落ちました。今晩はここに泊まり、明日の朝早くに出発する予定です」 和奏が、今後の予定を口にする。が、見たところ涼樹の不安は解消できていない様子。 「‥‥とりあえず、一休みしましょうか。ベルちゃん、お茶でもいれて」 「はい、ほとりお義姉ちゃん」 義姉に従い、ベルナデットはお茶を煎れる為に水をくみ、湯を沸かし始めた。 「‥‥そうなんだ。ご家族が‥‥」 「ええ。かつてはこの辺りも、こんなに瘴気が強くは無かったのだけど‥‥」 赤銅は、会話ができるくらいには体力を回復させていた。が、リィムナの目には、彼女はまだ安心できてないといった様相だと見て取れた。 夜。 開拓者たちは、交替で眠りに就き、交替で見張りに立つことに。今はリィムナと和奏、白銀とが起きて、涼樹を含む他の皆は眠りに就いていた。 涼樹は、薬草とヴォトカで簡易にではあるが治療を施しておいた。周囲の塀は、日が完全に落ちる直前までに、羅喉丸が補強し終わっている。 白銀は外を見張ると言い、戸を開け屋根の上に昇っていた。 「皆で逃げ出そうとしたけれど、息子夫婦も、孫も、皆アヤカシに殺されてしまった。怪我を負わされて、逃げるに逃げられないところに、あの子が来てくれてねえ」 「‥‥」 「助けに来てくれた事には感謝するけど、私なんかがここから助かったところで、帰る場所も無いし‥‥」 「ダメだよ! そんな事言っちゃ!」 リィムナの言葉に、赤銅は顔を上げた。 「涼樹は、あなたを助けに戻ってきたんだよ? その想いを無駄にするようなこと、言っちゃダメ!」 「でも‥‥」 「でも、は無し! それより、今は少しでも休んで、明日のために体力を付けるの!」 赤銅の身体の様子は、あまり良いとは言えない。足の傷は、ちゃんとした治療を受けない事には悪化する恐れがあった。 が、そこまで言った時。 「!?」 轟音が、周囲に響き渡った。 屋根の上の白銀の元へと、和奏は駆けあがった。 堀の外側に、何かの群れがいる。それらは明らかに敵意を持ち、塀への体当たりを繰り返している。 「どれ、どんなアヤカシさんでしょう?」 手にした松明を掲げ、和奏は灯りを投げかけると‥‥。 そこには、いた。アヤカシの群れが。 見たところ、猪に見える。その猪のアヤカシ‥‥化猪の群れが、何度も何度も体当たりを繰り返していた。 「‥‥!」 やがて、体当たりはしばらく続き。 気が付くと、再び静寂が甦っていた。 早朝。 日の光の下で、和奏は昨夜の塀への体当たりの痕跡を改めると。そこはかなりひどい有様だった。 しっかりと打ち込まれていた丸太の塀が、体当たりのためにぐらぐらになっている。 「さ、出発しましょう」 ほとりの言葉に、和奏は我に返った。そうだ、今はすべきことをしなければ。 早朝の光と空気の中。開拓者たちは出発した。 先頭は羅喉丸。和奏が続き、ほとり、ベルナデット、リィムナと続く。赤銅はやはり、歩く体力が残っていなかったので、ほとりらが交替で背負っていく事に。しんがりは、白銀。 獣道を進むのは骨が折れたが、幸いにもアヤカシに出会うことなく、和奏やベルナデットの心眼「集」によるアヤカシ探知も引っかからず、順調に帰路についていた。 だが。 「‥‥熱が、出てきたみたいだね」 出発し、しばらくして。赤銅を背負ったほとりが、小さくつぶやいた。 場所は、木々が生い茂り昼なお暗い森の内部。目前に枯れかけた大木があり、その周囲に下生えと踏み固められた地面とが広がり、ほんのわずかな足の踏み場となっている。 皆は立ち止り、眠っている赤銅の様子を見てみる。 発熱していた。赤銅は眠っていたが、時折何かぶつぶつと口にしている。涼樹もまた、心配そうに赤銅を見つめていた。 「‥‥ちょっと、そのままで。あたしがやってみる」 リィムナが、ほとりに頼んでその場に赤銅を下ろさせ‥‥静かに、それを唱える。 「‥‥心を、落ち着けて‥‥」 リィムナの口から奏でられるは、「安らぎの子守唄」。老婆は次第に‥‥落ち着きを取り戻し、静かに。 だが‥‥、問題一つを解決した後、新たな問題がまた一つ出てきた。 新たなアヤカシの存在を、ベルナデットの心眼「集」が感じ取ったのだ。 木を背に、その陰に赤銅と涼樹とを隠し、開拓者たちはすぐに円陣を組むように立ち、周囲を見た。 「ほとりお義姉ちゃん! みんな、気を付けて! 涼樹ちゃんと赤銅さんは、この樹の陰に隠れてて!」 ベルナデットの言葉に、皆はそれぞれ動き出す。それとともに、瘴気により構成された怪物ども‥‥化猪の群れが、姿を現した。 突進する化猪どもは、狂気の眼差しとともに地面を踏みしだき、開拓者たちの大木へと突撃をかけてきた。丁度、涼樹と赤銅が隠れた反対側。しかし、故意か偶然か、十匹が扇状に横に広がると、そのまま一気に突進を仕掛けてくる。 「‥‥させるか!」夜叉の脚甲と、ベイル・アヴァロンで身を固めた羅喉丸が駆け出し。 「行きます‥‥!」名刀「鬼神丸」とともに、和奏も敵へと刃を向けていた。 「‥‥こちらに、来る! だ、大丈夫なの‥‥?」 白銀は、正直焦っていた。猪を狩った事は何度もあるが、アヤカシはない。それに、こんな状況に至った事もまたない。 彼女のすぐ近くには、リィムナがヒーリングミストという名のフルートを口に当てている。 同じく近くには、ベルナデットが刀を、殲刀「秋水清光」とかいう美しい抜身を構えていた。 ほとりは、白銀と同じく弓を携えている。といっても、白銀の持つ粗末なものではない。見事な意匠が施された、「華妖弓」とかいう破邪の弓らしい。 「! きたっ!」 恐怖から、白銀は矢を放った。矢は化猪の背中に命中したものの、そいつが突進する速度は全く落ちていない。 「‥‥はっ!」 対照的に、ほとりが放った矢は、文字通り宙を切り‥‥力強く化猪の額を貫いた。 矢の勢いは、化猪の突進を止めただけでなかった。それ以上の力で猪を後方へと吹き飛ばし、引導を渡したのだ。 一発の矢で、強力な化け物を葬り去った。その事実を目の当たりにした白銀は、改めて開拓者たちの凄さを実感していた。 数匹の化猪が、羅喉丸へと狙いを定めた。 それに対し、羅喉丸は地面をしっかと掴むように踏みしめ、大地から力を得るように構える。 「‥‥! 『崩震脚』!」 絶妙の間で、羅喉丸は大きく足を踏み出した。途端に、地面へ衝撃波が放たれ、それは羅喉丸を中心に円を描き、接近した化猪へと襲い掛かる。 足をもつれさせ、無様に地面を転がる猪ども。その隙を逃さず、畳み掛けるように和奏が刀で襲い掛かった。斬撃音とともに、化猪の首が飛ぶ。が、それでも突撃する猪が。 「‥‥はっ!」 気合一閃、空気と共にすれ違いざま、化け猪へと必殺の一刀を放つ。化猪の身体が両断され、アヤカシがまた一体、消滅していった。 開拓者たちの神業を目の当たりにして、白銀は恐怖を駆逐されつつあるのを実感していた。 が、新たな恐怖が舞い降りた。 真後ろから、別の化猪が突撃をかけて来たのだ。それは今までの猪より、一回りは大きい。 「こっちからも来ました!」悲鳴に近い声とともに、白銀は矢を放った。吸い込まれるように数本が突き刺さるも、先刻と同じく堪えた様子を見せない。 「‥‥下がってて! 今の私なら‥‥」 きっとできる。そんな事をつぶやくベルナデットが、白銀たちを守るように立ちはだかる。 「‥‥奥義、‥‥『秋水』!」 白銀が見たのは、ベルナデットの力強い一刀。そして、巨大な化猪が切り捨てられ、霧散し果てていく様子。‥‥自分たちを襲った化猪が、一瞬にして撃破された様子だった。 再び、安堵するも‥‥やがて、絶望が白銀を襲った。 完全に囲まれているのを知ったのだ。化猪どもは立ち止り、包囲網を狭めんとする。 「ちょ、ちょっと‥‥まずくない?」 「まずい、ね」 白銀の言葉を、リィムナは肯定する。 「けど」と、間髪入れず続けた。 「けど‥‥まずいこの状況‥‥覆してみせる!」 息を吸いこんだリィムナは、ヒーリングミストへと息を吹き込む。 「‥‥『ア・レテトザ・オルソゥラ(魂よ原初に還れ)』!」。 聖なる旋律が、森林内に響き渡った。それはアヤカシへと突き刺さり、全てを滅し‥‥無に帰した。 「もう、大丈夫だ」 怯えた顔の涼樹へ、羅喉丸は歩み寄り、優しく手を差し伸べた。 「帰ろうか、緑林館に。皆が待っている」 化猪全てを倒し、更に数刻後。 一行はようやく、あの場所に‥‥涼樹が白銀と出会った場所へとたどり着けた。 しかし‥‥。そこから動けない。 粘泥がいたのだ。橋を酸によって溶かした、あの赤黒い色彩の粘泥。そいつが通すまいと、陣取っていたのだ。 「気を付けてください。瘴気の反応が、梢の上にも一体、そして内部が中空になった立枯れ木の中にも一体、いるみたいです」 和奏が、囁きとともに心眼「集」での反応を皆に伝える。ほとりの鏡弦も、そいつを見つけていた。 不安そうな表情を浮かべた涼樹だったが、励ますように羅喉丸は彼女に声をかけた。 「心配はいらない。俺たちに任せておけ」 「そうだよ。確かに、あの時には危なかったけど‥‥」 「これだけ離れていたら、こちらへの攻撃は当たらない!」 ほとりとリィムナも、同じく請け合った。 赤粘泥にもし知性があり、嘲笑えたとしたら。今のそいつらは間違いなく嘲笑していた。 攻撃してみろ、酸を飛ばし溶かしてやる。 しかし、予想外の出来事が。 「音」だ。大気を震わせ、自分らを滅ぼすおぞましい振動が、聖なる調べが、獲物となるべき一体から放たれたのだ。 リィムナが再び放った、「魂よ原初に還れ」。それを受けた赤粘泥どもは、七転八倒し、おぞましき不定形の身体をくねらせ、苦悶していた。 やがて、痛手は致命傷となり。粘泥どもは瘴気と化し消滅していった。 「涼樹‥‥本当に、涼樹なんだね‥‥」 「うん、わたしだよ! 鈴菜!」 夕刻、緑林館に戻った時。金剛が、黄河が、鈴菜を含む全ての子供たちが、涼樹を迎え入れてくれた。 「皆さん、今日は遅いので、どうか一晩泊まっていってください。‥‥私たちからの、ほんのお礼です」 金剛の申し出に、開拓者たちは甘える事にした。 「へえ! 金剛さんと黄河さん、やっぱり怒ると怖いんだ!」 「うん、お尻叩くこともあるの」 「あはは、あたしの姉ちゃんと同じだ!」 「リィムナ姉ちゃんも、お尻叩かれたの?」 風呂場からは、リィムナが子供たちと入浴していた。楽しそうな声が、浴場から響いてくる。 涼樹と鈴菜は、寝台でぐっすりと眠っていた。色々な意味で、彼女たちは大変だった。もうこれ以上、苦しむことは無いだろう。 リィムナ以外の開拓者たちもまた、食事を振舞われ、大きな部屋でくつろいでいる最中。 「‥‥赤銅さんも、今は眠ってるわ。病気は栄養失調と精神的なものが原因みたいだから、このまま治療を続けたら治るでしょうね」 黄河が、医務室から戻ってきた。 「けど‥‥これからどうするの? 今更、アヤカシがいっぱいいる家には戻れないでしょうし」 ほとりの言葉に、白銀が挙手し、答えた。 「あのー、その事なんだけど‥‥」 「良かったね! 話がうまくまとまって!」 去り際。リィムナは、子供たちが嬉しそうな表情を浮かべていたのを見ていた。 赤銅はこの緑林館で、金剛や黄河とともに住み込みで働く事になったのだ。その提案は白銀からのもので、赤銅はこれを快諾。体調が戻り次第、仕事を始めるとの事だった。 そして白銀自身もまた、緑林館の新たな料理長としてしばらく住み込むことに。 「万事、丸く収まったな。これからはもう二度と、‥‥悲劇が起こらないでほしいものだ」 羅喉丸のつぶやきに、同意する開拓者たちだった。 |