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■オープニング本文 前回のリプレイを見る 「‥‥だから、ネスなんて女は知らねえよ。仲間たちと牢屋を脱走し逃げ回ってたところに、覆面のあいつが現れて仕事を頼んだんだ。『ぼろを着た怪人』とやらに変装し、なりきれってな。覆面は誰かって? 知るか。こちとら興味があるのは金だけだ。払いが良かったから、知りたいとも思わなかったね」 「‥‥網面のやつめ」 前回の事件から、数週間後。 偽瑠は、再び捕まった網面の事を思い出していた。どうやら前回の事件の事は、喋った事以外は本当に知らないらしい。 彼は今、ネスの元へ、「愛善館」へと向かっていた。寄付について話し合うため、そして、「ぼろを着た怪人」について話し合うために。 もっとも、「怪人」に関しては、もうそれほど心配はしていなかった。なぜならそいつは今、自分の家にいるからだ。 「‥‥なんですって?」 「ですから、ネス殿。あの怪人とやらは、もう心配はいりません」 館の応接室にて、偽瑠はネスへと伝えていた。 「昨夜ですが、わしの店の前に倒れてたのを店員が発見しましてね。ぼろと覆面を脱がせたら、そやつは女性だとわかりました」 「‥‥女性?」 「ええ。顔や体中に傷や火傷の痕がつけられていましたが、まぎれも無く女性です。それに、新しく刀傷をつけられ、ひどく出血し衰弱していました。女は意識を失う直前、名乗っていました。『サミ』と」 「‥‥今、その女はどこにいますか?」 「? なぜ、そんなことを聞くんです?」 「盗賊を差し向けたのは、あの女の差し金に違いありません。そんな事をする女は気が狂っているので、早く警邏に引き渡し、処刑すべきなのです!」 「‥‥確かに、あやつは子供を襲ったかもしれませんが、今はひどく弱っています。罪を犯したとしても、回復するまで待って、裁判なりにかけるべきでは‥‥」 しかし、ネスは聞く耳を持たなかった。 「その女は、子供を襲ったんですよ! 子供の安全の事など、アナタは気にしないというのですか! ‥‥なんて酷い人でしょう、犯罪者をかばい、子供たちを危険にさらし平然としてるなんて!」 一方的に言い放つネスに対し、偽瑠は困惑していた。いつもは穏やかで人当たりが良いのに。目前の彼女は、まるで人が違ったようだ。 それから、反論させず、ある事無い事を口にしまくった後、ネスは退室した。 「‥‥申し訳ありません、偽瑠様」 入れ替わりに、一人の女性が入ってきた。 「‥‥あ、ああ。ええと、あんたはたしか?」 「はい。雛罌粟(ひなげし)です。‥‥ネス様は、ご自身の子供時代は、養女にもらわれるまであまり幸せでなかったので‥‥子供の事になると、つい興奮してしまう事があるのです。決して、悪意があっての事ではないので、どうか‥‥ご理解ください」 紺碧の瞳に見つめられつつ、偽瑠はその場はそれで収めた。 その日の深夜。 事件が、起きた。偽瑠の屋敷に、火が放たれたのだ。 養女の亜貴や多希、満津、人形職人の真申らに起こされ、なんとか逃れようとしたが‥‥。 屋敷の炎を背にして、「そいつ」がいた。 「そいつ」は革鎧を着て、両手には金属製の籠手。腰には剣。細かい模様の、高価そうなマントを羽織っている。 が、顔は覆面で覆われ、どんな顔か、輪郭すらもわからない。 「‥‥俺の名は『チャン』。奴はどこだ」 「?」 「サミという女は、どこだ。答えろ、さもなくば‥‥」 高圧的にそう言うと、そいつは指が爪のように鋭い籠手の両手を構え、指先を向けた。 「父様! ‥‥させません!」 武術家である亜貴と満津とが、武道の型で身構える。 だがそいつは、莫迦にするように一瞥すると‥‥襲い掛かった。 「なっ!?」 亜貴と満津、二人ともかなりの実力を持っている。 が、チャンはそれ以上だった。二人の攻撃を楽々かわすと、籠手の爪でひっかき、拳で強打し、床へと転がしていた。 「亜貴様! ‥‥きゃあっ!」 亜貴の妹分、多希が、チャンに捕まり爪を喉元に突き付けられる。 「‥‥二度目はない。答えろ、サミはどこだ」 「‥‥‥」 答えるしか無いのか。口を開こうとした、その時。 「動くな! 警邏隊だ!」 多くの警邏隊が、この様子を見て駆けつけたのだ。 チャンと名乗った賊は、姿を消した。 そして、チャンの仕業と思われる、濁屋従業員たちの死体が後になって発見された。それらは全て喉を、爪のようなもので切り裂かれていたのだ。 「‥‥チャンとかいう奴、離れの小屋までは考えが至らなかったみたいですね。サミさんも無事です」 真申が確認したところ、彼女は無事。そして、離れの建物にも火はつけられていない。 「亜貴も多希も、満津も、傷は浅いが‥‥くそっ、あやつめ! 何者だ!」 逃げる直前。チャンの眼差しを偽瑠は見た。それは狂気の眼、まともな人間とは思えないものだった。 そして、それから二・三日後。 石鏡から馬車で一日の場所に位置する、茂名という村に偽瑠は赴いていた。 ここは、貧乏な農夫たちが暮らしている場所だった。そこで愚利という農夫と知り合いになった偽瑠は、人形つくりの工場をここに作り、村の農夫たちを雇って仕事に従事させていた。 愚利も仕事と収入を得たため、娘の利夢にようやくいい暮らしをさせてやれると、張り切っていた。 だが。 村は、焼けていた。 「‥‥焼け跡から‥‥村人たちの焼死体が発見されました」 ギルドの応接室に、偽瑠は再び赴いている。 「ですが、瀕死の愚利は見つかりました」 愚利は死の直前、こう言い残した。 「あいつが‥‥火を‥‥。中には‥‥子供の、死体‥‥アヤカシ‥‥‥‥」 「あいつ? あいつとは誰だ?」 「‥‥チャン‥‥利夢が‥‥娘が、あいつ、に‥‥」 事切れた愚利の手には、引きちぎったらしい布の切れ端が。 それは、チャンが羽織っていた、マントのそれと同じ模様だった。 「‥‥茂名村は、愛善会のネス殿も『子供を救う』と張り切っていたのですが、子供たちが村を離れたがらなかったので、わしが仕事と収入を与えるようにしたのです。それが、こんな事になるとは‥‥」 ネスと愛善会については、調べたものの、詳しい事はわからずじまいだった。 「この『チャン』とやらが一連の犯人と思われます。わしはこやつを捕えて、なぜこんな事をしたのかを吐かせたい。そこで、わざと『サミ』を任意の場所に移したと噂を流し、現れたところを生け捕りにしたく思います。皆様は、それを手伝っていただきたい」 知り合いの医者・狭間が経営している医院。森の近くに建っているそこに『チャン』を誘き出し、捕まえる、という。 「医院の内部に、誰かがサミになりすまし横になり、その周囲には皆様に隠れてもらいます。そして、奴が来たら‥‥わしが雇った人間たちと一緒に襲い掛かり、捕まえるのです。細かな方法は、任せます」 奴を捕まえ、殺された者たちの仇を取りたい。そう言って、偽瑠は君たちに依頼した。 |
■参加者一覧
鷲尾天斗(ia0371)
25歳・男・砂
梓(ia0412)
29歳・男・巫
鴇ノ宮 風葉(ia0799)
18歳・女・魔
不破 颯(ib0495)
25歳・男・弓
水野 清華(ib3296)
13歳・女・魔
リィムナ・ピサレット(ib5201)
10歳・女・魔 |
■リプレイ本文 「話は聞いたわ。偽瑠、今回もよろしくね」 「鴇ノ宮 風葉(ia0799)様。その節はお世話になりました。今回も、心強い事この上ありません」 「まあね。後‥‥亜貴と、多希に伝えてくれない? 『遅れてごめん。今回も守ってみせるよ』‥‥ってさ」 「もちろんです。今回もまた、よろしくお願いします。チャンの奴を、確実に捕まえてください」 「任しといて! あたしを誰だと思ってんの!」 今回から初参加の二人、そのうち一人と偽瑠は言葉を交わしていた。 「で、偽瑠さん。作戦の概要だけど‥‥」 もう一人の初参加者、リィムナ・ピサレット(ib5201)が声をかける。その声に、開拓者たちは気を引き締めた。 作戦は、狭間医師の医院にて。そこの二階の病室に、サミに成りすました風葉が寝台に横になり、眠っているように見せかける。 開拓者たちは、全員が風葉の周囲、または病院の内部に待機。偽瑠が雇った野武士たちは、周辺に待機。 チャン、またはその仲間が攻撃してきたら、野武士たちは呼子を鳴らして周囲に知らせる。 チャンが病院内に入り込み、サミ=風葉に襲い掛かったら、そこでチャンに襲い掛かり捕縛。 「うまく行くと良いですけどね〜」 不破 颯(ib0495)が、風葉がいる部屋の隣室、ないしはその扉前で待機しつつつぶやいた。 他の仲間たち‥‥水野 清華(ib3296)は、やはり隣室にて侵入者を警戒しつつ潜んでいる。 風葉の潜む病室には、リィムナと梓(ia0412)が看護師に成りすまし、寝台の下に寝転がり、鷲尾天斗(ia0371)が潜む。 おそらくこの部屋に侵入するとしたら、一階からか、壁か屋根をつたい窓から。 屋根には、風葉がフロストマインを仕掛けている。知らずに何者かが屋根をつたうと、罠が作動しそれを喰らわずにはいられない。 「しかし‥‥」仲間を疑うわけではなかったが、不破の胸中には渦巻いていた。 強い、不安が。 「‥‥‥‥」 梓とリィムナが室内をうろうろとしている。寝台に横になっている風葉は、それを肌で感じ取りながら、ひたすら待ち続けた。 偽瑠はすでに、『狭間医院にサミを入院させている。小康状態になったから、明日の夜明けに他の医院へ移す』と噂を流していた。チャンがどういう情報網を持っているかわからないが、偽瑠の屋敷内にサミをかくまっている事を知りえたからには、必ず今夜‥‥行動を起こすに違いない。 「‥‥それにしても」 いったい、何者なのかしら。そのチャンってやつは。‥‥子供を、多希を人質に取り、傷つける事もいとわない。 ‥‥気に入らないわ。たっぷりとお仕置きしてやらなきゃあね。 そして同じ頃。 寝台下の鷲尾もまた、退屈と戦い続けていた。 「‥‥糞っ、なァんか気になるなァ‥‥」 退屈と戦いつつ、思考を回転させる。今回、濁屋を襲ったチャンと、茂名村を襲ったチャン。両者は別々だと鷲尾は睨んでいた。 マントのちぎった切れ端、そして、濁屋ではアヤカシを操っていなかった事実。もし自分のこの推理が当たっていたら、「チャン」なる人物は誰でもなりうる可能性がある。誰か本物のチャンが一人だけいて、混乱させるために偽物を用意しているか? あるいは、チャンなんて奴は最初から存在してねェのか? 中の人間は、愛善会の手のモンか? 単に多希は脅かしただけで、本命はサミの抹殺か? 「糞っ、わからねェ、わからねェ、わからねェッ!」 歯噛みしつつも、待たねばならない。ふてくされるように大きくため息をつき、鷲尾はただ、待った。 深夜。 幸い、今宵は月夜。月明かりと星明りで、周囲は見通せる。そのため、外での待機組は潜んでいる事を悟られないよう、明りを付けていない。 が、時折雲が月を隠し、わずかではあるが暗黒の時間を作り出していた。 月が雲に見え隠れするのを、窓から眺めていた梓だが。 感じ取った。 「何か」の気配を。 「!? ‥‥敵?」 リィムナからの問いかけに、うなずく事で答える梓。 感じ取ったのだ。己がかけた瘴索結界に反応した、瘴気の存在を! そして同時刻。 「! ‥‥来る、か?」 先刻から、何度もかけていた鏡弦。それが反応した。 瘴気をまといし何かの存在が、近くにいる! それも‥‥多くが! 「‥‥この医院の周囲? まさか、囲まれている?」 雇った連中は、一体なにをしてるのか。 「‥‥! 不破さん、聞こえましたか!?」 清華の切羽詰まった声の問いが、不破の疑問の答えを導き出した。 ほんの一瞬だが、うめき声が聞こえたのだ。暗闇に乗じ、何かが雇った連中に襲い掛かり、その命を奪い取っているだろう証の声が。 「どうやら‥‥敵さんのお出まし、のようですねぇ」 不破はすぐに、行動に移った。鳴弦の弓を構え、矢をつがえる。 清華もまた、魔杖ゾディアックを構えた。 「‥‥‥‥!」 周囲の闇に、一寸、沈黙が訪れた。 その沈黙の中、‥‥聞こえてきた。 『何か』が、野武士たちに襲い掛かり、惨殺している音が。 その『何か』は、かなりの数。月明かりの下、黒ずくめなそいつらは‥‥確実に医院へと、開拓者たちへと迫り来ている。それも、かなりの素早さで。 不破は月涙と六節とをかけた矢を、弦を引き絞った弓から放つ。が、そいつらはなかなか参る様子を見せない。数体は倒したようだが、どうやらこの程度では間に合わないだろう。 「‥‥人?‥‥けれど‥‥あの素早さは、一体‥‥?」 ガッ! 『何か』が、医院の外壁にとりついた。壁に爪をたて、そのまま登ってくる。 やがて、窓からそいつらが顔を出した。 その顔は上半分を覆面で隠し、下半分はむき出しに。少なくとも、人間に見える。が‥‥よだれと血を滴らせ、乱杭歯を威嚇するようにむき出しているその様子は、明らかに人間のそれではない。肌の色も、青白いそれ‥‥死人の、死体の肌のそれ。 まぎれもなく、アヤカシ! 「そいつら」を窓に見た風葉は、まず驚き、恐れ、そして緊張した。 毛布をかぶりつつ、その隙間から。風葉は現れた「チャン」たちを見た。 「‥‥こいつ‥‥一体、何者!?」 少なくとも、聞いているのとは異なる。まるで、アヤカシに服を着せたかのような‥‥! 同じ姿をした「そいつら」が、窓から内部に入ってきた。 全てが、チャンと同じ意匠の服とマントとをまとい、覆面をしている。が、覆面は顔の下半分をむき出している者と、顔全部を覆っている者とがいた。 そいつらは、全員が攻撃する気に満ちている。ならば、こちらの行動も一つ。 「みんな! 行くわよ!」 がばっと飛び起き、風葉は隠していた帽子をかぶりつつ、不敵に笑みを浮かべる。 「‥‥さぁて、網面で晴らせなかった憂さ、ここで晴らすとしますか!」 利子つけて、たっぷりとね! 霊杖カドゥケウスを手にして回しつつ、風葉は敵へと戦いの視線を向けた。 そいつらは、人の話を聞く間もなく。いきなりとびかかってきた。 が、床のある位置を踏むと、冷気を含んだ竜巻が舞い上がる。念のためと思い、一か所だけフロストマインをここに仕掛けておいたのだが、役に立ってくれたようだ。数体のそいつら‥‥まぎれもなく、アヤカシ・食屍鬼‥‥を巻き込むと、空中に舞い上がらせ、壁や天井、床に叩き付けた。 だがそれでも。食屍鬼どもは恐れる様子を見せず、マントを翻し、獣めいた動きで叫び、威嚇し、吠えかかってくる。 「ぎゃあぎゃあうるせェんだよォ! ちったあ黙れ!」 ベッドの下から現れた鷲尾が、手にしている武装、宝珠銃「エア・スティーラー」、同じく「皇帝」の二丁拳銃を掃射。そいつらの身体を撃ち抜き、塵に帰した。 さらなる敵が、更に襲い掛かる。だが、二丁拳銃による「二丁乱舞」が、そいつらを退け、接近を許さない。 弾丸が、邪悪の身体を貫き、そのたびに瘴気に汚された存在を浄化し、塵へと変えていった。 戦う仲間たちへ、リィムナは新たな音色を、魔力ある旋律を奏でんと、フルートを吹き鳴らす。 その音色は、「泥まみれの聖人達(クディエルト・サントス・デ・バロ)」。フルートの奏でる軽快なる楽曲が、仲間たちの持つ力を増し、仲間たちの身体に活力を流し込んでいった。それが更なる力を、仲間へ与えていく。 が、彼の隙を突いた三体の食屍鬼、それも、ひどく小柄な食屍鬼たちが、鷲尾の攻撃をかわして梓とリィムナに襲い掛かった。 「まかせて!」 「チャン」の姿をしたアヤカシの群れに対し、リィムナが立ちはだかる。 掴みかからんとするアヤカシどもに対し、彼女の手に携える武器は、ヒーリングミストという名のフルート。口に当てたそれから、先刻と異なる旋律がほとばしる。 音色が響き、それは力となりてアヤカシへ、邪悪な瘴気へと叩きつけられた。 音色の名は、「ア・レテトザ・オルソゥラ(魂よ原初に還れ)」。清らかな音の刃を受けた不浄なるものたちは、倒れ、滅していく。 が、更なるアヤカシが、先刻のアヤカシよりもより小柄なアヤカシが一体、部屋へと入り込み、リィムナへと素早き動きでとびかかる、が。 「させない! 『ウインドカッター』!」 間一髪、部屋に入ってきた清華が放った烈風が、風のメスとなり食屍鬼どもを切り裂く。それを受けた小柄な食屍鬼の覆面が、切り裂かれ‥‥素顔をあらわに。 「‥‥がっはっは! おらぁ! アヤカシめ、この一撃を‥‥」 梓が、神威の木刀で打ち据えようと振りかぶる。瘴気を祓うその聖なる木刀、アヤカシには効果十分。 なのに。彼は、躊躇していた。 「お、お前‥‥まさか、あの時の!」 風葉と鷲尾が、梓に叫ぶ。 「梓! どうしたのよ!」 「おい、どうしたァ、梓!」 清華もまた、恐ろしきものを見たように、固まっていた。 その食屍鬼の牙が、梓に沈む瞬間。 隣の部屋から現れた不破の放った矢が、そいつの頭部を撃ち抜いた。 「どうやら、危機一髪だったようですね〜」 「‥‥おい梓、そいつァ本当か?」 「ああ、鷲尾。間違いはない」 開拓者たちは、集まっていた。 すでに部屋に入り込んだ、チャンと同じ姿のアヤカシどもはもういない。開拓者たちが掃討したのだ。 「どういう事よ? 梓、あんたが躊躇したのって、なんか理由でもあるの?」 「‥‥はい、あの食屍鬼は‥‥」 風葉の問いに清華が答えようとする。が、梓はそれを止めた。 「待て、俺が言う。‥‥天斗。前に一度、俺たちで愛善館に行った事があったよな?」 「ああ」 「で、俺と清華はその時、子供と遊んだんだが。一人、指先に包帯まいた子供がいたのを覚えてるよな?」 「‥‥ああ、覚えているぜェ。名前は、華春って言ってたっけな」 「‥‥あのアヤカシ‥‥子供の顔をしていた」 梓は、言葉を続けた。 「‥‥俺を襲ってきた、あの食屍鬼の顔。あれは、華春だった」 嫌な予想通りの答えを、迸らせるようにして叫んだのだ。 「あいつは、華春は‥‥食屍鬼にされてたんだ!」 衝撃が全員を襲うが、その直後に熱と煙とが、皆に伝わってきた。 「‥‥おい、火事じゃあねェか!?」 鷲尾の言うとおり、一階に続く廊下と階段の方から、凄まじい熱が伝わってくる。同時に、徐々に熱が広がってくるのがわかった。間違いない、一階に誰かが火を放ったのだ! 火は、すぐに建物を包み込んだ。 木造の二階建て建築物は、まるで組んだ薪のように簡単に火が回り、数分で完全に炎の赤色で染め上げた。 しかし、開拓者たちは火の赤に染まらなかった。すぐさま二階の窓から外に飛び出し、地面へと飛び降りたのだ。 地面まではそれほどの高さではない。なんとか全員、足をくじかずにはすんだようだ。 「あちちっ‥‥。おいてめェ! 待ちやがれ!」 鷲尾らの目前には、火矢を持った、覆面とマントの人物の姿が。直感だが、おそらくはこいつが本物のチャン、そうに違いない! が、そいつは火矢を鷲尾へと放ち、そのまま逃れようとした。 リィムナが、再三フルートを吹き鳴らす。短く激しい楽曲が、皆の神経へと伝わり、皆をより機敏に動かす力となった。その力、「ファナティック・ファンファーレ」が、清華の行動を加速させる。 「逃がさない!『アイヴィーバインド』!」 清華の放った戒めの呪文が、チャンへと放たれる。地面から延びた蔦がそいつに伸び、絡みとり、動きを封じる。 それでもなんとか、逃れようとしたが‥‥。 「待ちなァ‥‥テメェ‥‥愛善会のモンかァ?」 鷲尾が銃をつきつけ、前方に立ちはだかっていた。 もう、チャンが逃れる事はできない。六名の強者に周囲を囲まれ、逃げ道は断たれている。 「その覆面の下の面ァ、拝ませて貰うぜェ‥‥? 『アヤカシを連れた』チャンさんよォ!」 鷲尾の言葉に、チャンは無言のまま、観念したように両手を下げた。周囲の開拓者たちは注意深く武器を構え、チャンを見張る。 近づいた鷲尾が、そいつの覆面をはがすと‥‥。 その素顔を見て、驚きの声を上げた。 「‥‥てめェ‥‥神庭琉か! てめェがチャンだったのかよ!」 濁屋の新たな店員。それがチャンの覆面の下の素顔。 「‥‥お願い。助けて‥‥」 が、出てきた神庭留の言葉は、哀願だった。 「助けて? 何言ってるんですか! たくさんの人を傷つけて、『助けて』なんて、虫が良すぎます!」 清華が皆の気持ちを代弁するかのように叫ぶが、神庭留は首を振った。 「違う! 助けてほしいのは、あの子! 娘の鳴子よ! 私がこんな事をやらされてるのは、あの子を愛善館に‥‥」 それ以上は、言葉が続かなかった。 神庭留の額に、何者かが放った矢が命中し、貫通したのだ。 「‥‥ふん。使えない屑が」 鷲尾が振り向いた先にいたのは、弓を構えた、覆面姿の‥‥今度こそ本物の、「チャン」だった。 「てめェッ!」 怒りを覚えた事は何度もあるが、今回のそれは特別だった。 感覚の無い左腕にすら、怒りの熱さを錯覚したほど。鷲尾は気が付くと、両手の拳銃の引き金を引き、何発もの銃弾を放っていた。 が、憎らしいほど軽やかに、チャンはマントを翻して弾丸の雨をかわす。代わりに弓から放たれた矢が、風葉と清華へと命中し、地面へと転がした。 「それ以上は、させませんよっと!」 が、そこに不破の矢が打ち込まれた。しかし、それもマントと手の鞭で叩き落とされる。 「はっ!」 三度目のリィムナの攻撃は、ようやく命中した。投げつけた投文札が、チャンの覆面を切り裂き‥‥。 その素顔を、露わにしたのだ。 「‥‥テメェはッ!」 「‥‥間違いは、無いのですな?」 事件後。 開拓者たちは偽瑠に報告するため、濁屋に赴いていた。 「ええ‥‥ごめんなさい、偽瑠。チャンの奴を捕まえようとしたけど‥‥逃がしてしまったわ」 悔しさをにじませつつ、風葉が言葉を口にする。 覆面を取られたチャンへと、風葉はアムルリープをかけようとした。が、チャンは皆の視線が集まったその瞬間。隠し持っていた数個の癇癪玉を投げつけたのだ。爆発し、強烈な閃光が皆の目をくらませ‥‥回復した時には、チャンは逃げおおせていた。 以後、チャンを追い、覆面とマントとを身に着けた者を探したが‥‥それは、偽瑠が雇った者が着せられていたり、通りすがりの浮浪者が、捨ててあったのを拾っただけだったりといった結果に。 その途中で、逃れていた食屍鬼とも遭遇したが、それらはリィムナの「魂よ原初に還れ」により始末された。 「‥‥それにしても、神庭留がチャンの影武者になっていたとは。道理で、今回の事も筒抜けだったわけです」 偽瑠もまた、無念さを言葉の節々ににじませている。 「‥‥でも、チャンの素顔。あれは忘れません。蛇を踏み殺した時の、あの顔でした!」 ネスといつも一緒にいる、‥‥雛罌粟。皆が見たチャンの素顔は、それに他ならなかった。 「‥‥おい、サミに『神風恩寵』、かけといたぜ」 サミをかくまっている場所へ向かっていた梓が、そこに戻ってきた。 「おそらくは、二・三日したら目を覚ますだろう。偽瑠‥‥その時、色々と聞いといてくれるか?」 「無論です。‥‥ともかく、これではっきりとしました。この事件の黒幕は‥‥」 ネス・アグネ・デイジア。あの女に違いない。そう言う偽瑠を見つめ、皆は心の中で誓っていた。 次で、終わらせる。この事件の裏に何があるのかをつきとめ、次でそれを全て終わらせてみせると。 |