醜悪なる邪人:一話
マスター名:塩田多弾砲
シナリオ形態: シリーズ
相棒
難易度: 普通
参加人数: 5人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/01/25 09:57



■オープニング本文

 年が明け、新たな一年が始まった。それはここ、石鏡は安雲も同じ。
 年明けの空気の中、市民はめでたい一時を過ごしていた

「みなさん、明けましておめでとうございます!」
 身なりのいい女性が、安雲の商店街へとにこやかな笑顔を向ける。言葉遣いにジルベリアのなまりがあるが、肌と黒髪は周囲のそれと変わりはない。元は石鏡の出身だったが、幼少時にジルベリア貴族の養子となり、そのままジルベリアへ。成人後、死去した両親から遺産と家督を引継ぎ、ここ石鏡へ戻ってきたという。
 ネス・アグネ・ヒポクラス・デイジア。うら若き貴族の令嬢は、高価なドレス姿でお付きの者とともに、多くの買い物をしていた。
「……まあ、これは良いお魚ですね。三位湖で採れたのですか? じゃあ、全部いただきましょう。雛罌粟、お支払しなさい」
「はい、ネス様‥‥ああ、お釣は結構です」
 雛罌粟と名乗った女性もまた、笑顔とともに大金を店主へと支払った。
「おめでたい新年、貴方にも幸福の笑顔があらん事を。雛罌粟、行きますよ」
 馬車に購入した食材を積み、彼女らは帰路に付く。
 彼女の住む屋敷、そして彼女が守るべき子供たちが住む屋敷に。

『愛善会』。
 それは、ネスが主催している慈善団体。平たく言えば、孤児や恵まれない子供、虐待されている子供を引き取り、衣食住と教育を提供するのが趣旨の活動団体である。
 ネスは自分が住む屋敷を自費で建立。そこを孤児院にして、子供たちを引き取り、住まいと食事を提供し、教育を施し、彼らへと与えていた。安堵して眠れる住環境と、教育を受ける機会とを。
「ワタシの子供たち‥‥あの子供たちに与えて良いのは、幸福と安心、安全だけ。アヤカシや、その他の様々な危険から、守ってあげなければ。雛罌粟、そうは思いませんか?」
「ええ、まさに仰る通り。わたしはそのお手伝いができるだけで、これ以上にない幸せです」
「さあ、購入してきたこの食材で、今宵はどんなごちそうで喜ばせてあげられるか。楽しみですね」
 ネスの馬車が屋敷内に入り、召使が駆け寄ってきた。
「おかえりなさいませ」
「ご苦労様。子供たちは?」
「はい、元気に遊んでいます。ですが‥‥」
「‥‥ひょっとして、またあの『怪人』とやらですか?」
「はい。外で遊ばせていたら、子供の一人‥‥邪無に掴みかかり、連れ去ろうとしていたのです。駆けつけたら、そいつは逃げてしまいましたが」
「もっと、注意なさい。他には、何かありませんか?」
「はい。人形商店『濁屋』の主人、偽瑠様が、人形の在庫を寄付に来られました。ですが、お留守だとお伝えすると、そのままお帰りになりました」
「そうですか。では、後日お礼に伺わなくてはね。‥‥お願いしたい事もありますし」

 後日。
 ネスは雛罌粟とともに、濁屋へと向かっていた。
「‥‥いや、これ以上は我々としても、正直厳しいのですが‥‥」
「ええ、それは存じています。ですが、そこを何とかしてお願いしたいのです。今年はいつもに比べて冷えますし、引き取る子供もまた増えました。その分、燃料や物資も多く必要になりますので、資金がそれだけ必要なのですよ。あなたなら、わかっていただけますでしょう?」
 寄付を出し渋る偽瑠を、ネスは説得していた。
 ネスの資産は莫大ではあるが、それでも限りがある。そのため、裕福な人間たちの元へと向かい、ネスは善意に訴えかけて「愛善会」の運営資金の寄付を依頼していた。
「これは、子供たちのため、ひいては未来のための投資と同じなのです。あなたがお金を出せば、子供はそれだけあなたに感謝の念を抱きます。無論、ワタシもそのために自分の財産を費やしてはいます。けれど、お恥ずかしながら、それではまだまだ不十分なのです」
 どうか、助けてはくれませんか。その言葉と共に、ネスは深々と頭を下げる。
「それに‥‥」失礼を承知で言わせていただきますが。そう前置きして、彼女は言葉をつづけた。
「偽瑠様。あなたも過去には、色々と他者にご迷惑をおかけした事があると、耳にした事があります。だとしたら、これは絶好の機会ではないでしょうか? その時の行為で誰かを不幸にした分、今回の寄付によりそれだけ幸せにしてあげられるのです」
「‥‥わかりました。この場で即答はできませんが、前向きに検討し、後日に正式なご返事を差し上げるという事でよろしいでしょうか?」
 その言葉に、ネスはその日のうちは引き下がる事にした。無理に押したところで反発されるだけだ。

 しかし、その帰り際。
 帰りの馬車に乗ろうとした、まさにその時。ネスは、斬りかかられた。
 襲い掛かった凶漢は、悪臭のぼろをまとった人間。そいつは、携えた刀で斬りつけてきたのだ。
 幸い濁屋の警備の者が阻んだため、ネスはかすり傷ひとつ負わなかったが。

「‥‥今回、皆様にお願いしたいのは。その『斬りかかった何者か』から、ネス様を守っていただきたいのです」
 ネスとともに、ギルドへと赴いた雛罌粟が、君たちへと依頼内容を述べていた。
「過去に、ジルベリアでも同じような事がありました。ワタシのこのような活動を気に入らない人‥‥いわゆる奴隷商人や人身売買の関係者、そういった者たちから恨みを持たれた事がありました。きっとそういう連中からの嫌がらせだと思うのです」
 そして、ネスは更に言葉を続ける。
「あの後、濁屋の店員さんが教えてくれました。『襲い掛かった犯人の姿を、とある場所で見かけたことがあった』と」
 それは、ネスの屋敷からそう遠くはない場所に位置する沼地。店員はそこを通って別の村へと商用に赴いた事があったのだが、その沼地に立つ廃屋で一休みしていたところ、遭遇したというのだ。
 あの、ぼろをまとった何者かを。その手の甲にある、特徴的な傷痕。それを見て、間違いないと確信を持った、とのこと。
「そやつ‥‥神庭留と言いますが、そやつの目利きは確かです。わしが見落としたものを、神庭留は見落とした事が無かったくらい、鋭い観察眼を持っておるのです」
 同席していた、偽瑠が請け合った。今回、彼が依頼人となってギルドに依頼する、という事になっている。ネスからそのように乞われたらしい。
「で、店の者に確認にやらせたところ‥‥遠くから見ただけですが、どうも盗賊と思われる連中がその廃屋に出入りしている事がわかりました。それだけではなく‥‥帰り際に、アヤカシらしき影を見たとかで」
「きっと、その犯人も子供たちに襲い掛かった者と同じ人物だと思われます。どうか皆様、その盗賊たちを退治し、子供たちを守ってください」
 偽瑠の言葉に続き、ネスは言い‥‥頭を下げた。


■参加者一覧
鷲尾天斗(ia0371
25歳・男・砂
梓(ia0412
29歳・男・巫
不破 颯(ib0495
25歳・男・弓
水野 清華(ib3296
13歳・女・魔
衝甲(ic0216
29歳・男・泰


■リプレイ本文

「偽瑠、まァたお前絡みかァ!?」
「いやぁ〜はっは‥‥偽瑠さん、去年から引き続き災難だねぇ」
「がっはっは! ま、細けぇコトは良く解らねぇが、今回も俺様たちにまかしとけ!」
 鷲尾天斗(ia0371)と、不破 颯(ib0495)、そして、梓(ia0412)。
 濁屋の店舗にて集まったは、五人の開拓者たち。内三名は、過去の事件で偽瑠と顔見知り。偽瑠もまた、顔見知りが参加してくれたと知り、安堵したように微笑んだ。
「いや、皆様。お久しぶりです。今回もまた、よろしくお願いします」
「それで、偽瑠さん‥‥」今回初顔合わせの、魔術師の少女。彼女‥‥水野 清華(ib3296)が問いかけた。
「森のアヤカシは、どんなのかはわからないんですね?」
「ええ。暗いうえに、はっきりと見ていたわけではないらしいので」
「ふむ‥‥」
 同じく、偽瑠とはこれが初めての泰拳士・衝甲(ic0216)は、考え込むように険しい表情を浮かべていた。
「もう少し、何かわかれば良かったのだが」
「だなァ。あと‥‥」衝甲の言葉に続き、鷲尾が偽瑠へと質問した。
「神庭留って男の経歴を、詳しく聞きたいんだがなァ?」

「‥‥女だったのかよォ。しかも、あてが外れたなァ」
 ネスの「愛善館」へと向かいつつ、鷲尾たち開拓者一行は偽瑠の言葉を思い起こす。
 神庭留は、鷲尾たちの予想‥‥偽瑠が暗殺人形で儲けていた頃の仲間ではなく、ここ最近になって雇った、という。
 武芸に秀でている彼女は、仕事を探していたところ、亜貴と知り合いに。そこから濁屋に「働かせてほしい」と希望し、現在に至るとの事だった。
「盗賊とやらも、近くの街道を通る隊商と小競り合いをする程度で、大した悪事は今のところ行ってはいない様子。しかし‥‥どうも釈然としないな」
「ともかく、残るは『愛善会』のネスさんたちだけですね。話を聞いてないのは」
 衝甲と清華の言葉が終わらぬうち、一行の視界に、『それ』が入ってきた。
『愛善館』が。

 館は、ジルべリアの意匠でまとめられていた。門も、内装も、装飾品や調度品も、趣味の良いものばかり。掃除が行き届いているのか、塵ひとつ見当たらない。
 応接室の壁に立つのは、優しく微笑んだ等身大の黄金の乙女像。飾られている生花の心地よい香りが、開拓者たちの鼻をくすぐった。
 しかし。
「‥‥なんなんだ、ったくよォ」
 鷲尾は、落ち着けなかった。なぜかわからぬが、そこはかとない『違和感』があるのだ。そうさせる原因も、これといって見当たらない。
 この『違和感』‥‥体調が万全でない事だけが、原因ではなかろう。
「‥‥お金に困っている割には、調度品の数も多いし、小奇麗すぎるようにも見えますね〜」
 不破が、小さくつぶやくのを鷲尾は聞いた。そこへ、
「おまたせしました」
 ネスがやってきた。上品かつ、小奇麗な服を身にまとい、清潔感のある装いでまとめている。顔も肌も同じく清潔で、汚れひとつ見当たらない。
「このたびは、依頼を受けていただきありがとうございました。ワタシに協力できる事がありましたら、申し付けください」
 涼やかな声で、ネスは言った。
 
「‥‥結局、知ってた事は偽瑠と大して変わんねえかァ」
「ですねぇ〜。やれやれ‥‥」
 鷲尾と不破とがつぶやく。言葉通り、ネスらが知っていたのは「ぼろをまとった怪人とは、子供たちが言い始め定着したのだろう」くらいで、後は偽瑠と対して変わらなかった。
 質問を終えた後、開拓者たちはネスの提案‥‥「ワタシの子供たちに、顔を見せてあげてくれませんか?」を受け、子供たちに囲まれていた。
 子供たちは礼儀正しかった。全員にしつけが行き届いており、少なくとも『礼儀』をわきまえている。
 見たところ、子供たちには不自然な傷や怪我は無いようだし、顔つきも、笑顔も、おかしいところはこれといって無い。なのに、
「‥‥この、子供たちもかァ?」
 またもあの『違和感』が、鷲尾を襲っていた。
「‥‥おう。そろそろ行こうか」
 鷲尾のもとへと、梓と衝甲、清華が戻ってきた。
「どうした梓? なんかシケた面してるじゃあねェか」
「‥‥少しばかり、『異様』なものを見ちまって、なぁ」
そして、梓は事の次第を口にした。

「‥‥ちょいとガキどもと遊んでやろうと思ってな、木刀で軽く稽古をつけたんだ。そしたら、あの雛罌粟って女がやってきて‥‥『いい機会ですから、ぜひ子供たちに色々教えて、鍛えてあげてください』とか言われてな。衝甲とも一緒に、組手や打ち込みをやってたのさ。で、ふと見ると、一人ぼっちで立ってるガキがいてな。俺はそいつに『お前も来い! 楽しいぜぇ!?』って誘ったんだ。
 だが、そいつは逃げてったんだ。‥‥その時、俺は見ちまった。
 そいつ‥‥十本全部の指先を、包帯で固くぐるぐる巻きにしてやがったんだよ。妙なとこを怪我してると思って聞いたら、『あの子、華春は、岩を登って遊んでいたら、落ちそうになって爪を岩でひっかき、はがしてしまった』そうだ。‥‥俺もヤンチャしてた時にゃ、爪はがした事はあったが‥‥十本全部を、一気に‥‥ってのはあるかぁ?
 神風恩寵で治そうかと申し出たが、雛罌粟に止められた。『受けた傷の痛みを知る事で、人の痛みを知る人間になってほしいので、遠慮願います』ってな」

 梓に続き、衝甲と清華も口にした。ともに見た、『異様』なものを。

「俺もまた、梓殿と同じく格闘技の稽古をつけていた。そしたら、清華殿が近くの藪で驚いた声をあげたのを聞いた。
 蛇がいたのだ。といっても、その蛇は別に何もしてない。ただ、子供がその蛇を写生していると知り、彼女はそれを見守っていた」

「ええ。蛇は小さく、毒もないごく普通の蛇で、のんびりひなたぼっこをしているだけでした。そして、その子の写生も見事だったので、それを見守っていたんです。そしたら‥‥彼女、雛罌粟さんが飛んできて、蛇をそのまま踏み殺してしまったのです」

「彼女は笑顔を崩さぬまま、こう言った。『申し訳ありません。何分、蛇は大嫌いでして』。そして、子供の写生帳をとりあげ、せっかく写生した蛇の絵を破り捨てて告げた。『鳴子さん、そんな汚らしいものを描いてはいけません。もっとキレイなもの、美しいものを描きましょうね?』」

「‥‥確かにそいつァ、『異様』だな」
 三人の話を聞いた鷲尾は、ますます『違和感』が強まるのを感じていた。
 だが、開拓者として今すべきは‥‥森の盗賊と、アヤカシ退治。
「‥‥じゃあ、行きましょうか〜」
 不破が促し、皆はそれに従い歩き出した。
 森の沼地へと。

 沼地への到着までは、問題は無かった。不破の鏡弦と梓の瘴索結界とで調べつつ進んでいったが、アヤカシらしき存在は感知されず。
 やがて、沼地を、そして屋敷を臨む場所に。屋敷は、かつてはそれなりに美しいものではあったろうが、今は見る影もない。例えるなら、倒れる直前の枯れかけた老木。
 そしてそこを、盗賊らしき者たちが出入りしていた。
 鷲尾はその周辺を心眼で調べたものの、やはり怪しいところは見られない。出入り口は、正面の大きな玄関が見えるが、それ以外は見当たらない。
「‥‥アヤカシは居ねェみてえだなァ‥‥だとしたら」
 戦闘開始。鷲尾が皆へと無言でその意を伝えると、皆は沈黙と共にうなずいた。

 その盗賊は、退屈していた。この屋敷は、ねぐらとしては悪くない。
 ある日にドジ踏んで、仲間たちごと捕まった。で、脱走したところ‥‥「あいつ」に捕まった。
 だが、「あいつ」は俺たちを警邏には引き渡さなかった。代わりに、「金を払うから、この場所で好きなように過ごせ」という。やる事と言えば、時々でいいから近くの街道に出張って、隊商や旅人を襲う事だけ。盗った獲物は全て俺らのもの。ただし、決して顔を見せてはならないし、捕まってもならない。不利だと思ったら、すぐに逃げろ。
 どこかの商店が、競争相手を蹴落とすためにとやっているらしいが、真偽はどうだってかまわない。
 もっとも、俺だけは「全身にこのぼろを身にまとわせ、絶対に素顔を仲間以外に見せちゃあならない」って条件が付いているが、そいつも仕方ねえだろう。この仕事で金を稼ぎ、遠くにトンズラするためには、これくらいの不自由は‥‥。
「大変だ! 誰かが攻めてきやがったぜ!」
 手下の言葉に、ぼろを着込んだ彼は我に返った。
 が、その手下はすぐにうずくまる。開け放していた小さな窓。そこから飛んできた矢が、正確な狙いでそいつに突き刺さったのだ。
「おい! 入り口が石の壁でふさがれてやがる!」
「逃げられねえよ! どうすんだ!」
 屋敷の内部が、混乱している。どうやらアヤカシじゃあなく、開拓者たちか。
 くそっ、厄介な奴らだ。ぼろを着た彼は立ち上がり、逃げようとした。
「『あいつ』から言われているからな。こういう時は、俺だけは確実に『逃げろ』って」
 だが‥‥そこに現れたアヤカシが、彼に巻きついた。

「‥‥まァ、こんなところかァ」
 エア・スティーラーの銃口を下げ、鷲尾は緊張を解いた。
 屋敷内にて。開拓者たちは倒した盗賊たちを見下ろしていた。
 盗賊たちの捕縛は、あっけなく終わった。
 鷲尾の心眼が、屋敷の外から内部を探る。
 屋敷の出入り口は、清華のストーンウォールで逃げ道をふさぐ。
 外からは、不破のガドリングボウ、そして鷲尾の短銃、エア・スティーラーで攻撃。
 そして、内部に入り込んだ衝甲が、格闘で近接攻撃。
 梓は、神楽舞で皆を鼓舞。
 その結果、屋敷内には、気絶したり叩きのめされたりしたごろつきたちが転がり、うめき声をあげている。
「がっはっは! ちょろいもんだ!」梓が豪快に笑うが、衝甲は浮かない表情を浮かべている。
「しかし、肝心の『ぼろをまとった怪人』が見当たらないようだな」と、衝甲。
「ですね。それに、アヤカシの姿も‥‥!」
 見当たらない。清華がそう続けんとしたその時。
「‥‥何かが、屋敷の中に侵入しました! かなり多いです!」
 彼女がかけた、「ムスタシュィル」。それが反応したのだ。

 そして、「ぼろをまとった怪人」と、「アヤカシ」。その二つが、屋敷の奥から現れた。

「た‥‥助けて‥‥苦しい‥‥」
 ぼろをまとった男は、剣を手にしていた。が、その剣は刀身が折れている。アヤカシと直前まで戦っていたのだろう。
 彼は、身体中を巻きつかれていた。
大蛇に。
 もたげた鎌首には、嘲笑うような表情が浮かんでいるよう。その邪悪な面構えを見て、衝甲は即座に判断した。間違いない、こいつはアヤカシ!
「待っていろ! はっ!」
 すぐに駆けつけ、蛇の頭をつかんだ衝甲は、そのまま力任せにねじり切る。大蛇は悲鳴めいたうめき声と共に力尽き、霧散した。
「おいてめー! 大丈夫か?」
 しかし、梓がそいつに神風恩寵をかけようとした、その時。
「やべェぞ! 周りを囲んでいやがる!」
 鷲尾の声と共に、周囲の壁や床下、天井の梁などから、蛇どもが現れたのだ。その数、十匹以上。床に倒れている盗賊たちにも、そいつらは容赦なく巻きつき、絞め殺す。
「くっ! ちょっと数が‥‥多すぎますねえ〜!」
 ガドリングボウにて、矢継ぎ早に矢をつがえ放つ不破。しかし、それではおっつかない。鷲尾もまた、短銃で蛇の頭部を撃ち抜くものの、やはりおっつかない。
「‥‥あぶない、鷲尾さん!」
 清華の声とともに、天井から下がってきた大蛇が、鷲尾の首に巻きついた。更に、鷲尾の身体中へと噛みつき、牙をつきたてている。
「‥‥っ! なめんなァッ!」
 すぐに鷲尾は、反撃した。エア・スティラーの銃身を蛇の口に突っ込むと、そのまま引き金を引いたのだ。
「はあっ‥‥はあっ‥‥へっ、くそったれがァ」
 だが、鷲尾も無事ではない。息も絶え絶えで、今にも倒れそうなくらいに強く締め付けられ、足元がおぼつかない。
「蛇がまた出てきます! みなさん、早く外へ!」
 ストーンウォールの効果はもう切れている。清華の言葉に従い、皆は外へと逃げ出した。
 蛇のアヤカシ‥‥怪蛇の群れは、盗賊たちと同じように開拓者たちをも殺そうと迫りくる。が、清華が立ちはだかった。
「‥‥炎よ! 全てを飲み込む熱き刃よ!」
 ぼろをまとった男を抱え、仲間たちは外へと逃れる。それを確認し、清華は呪文を詠唱する。
「‥‥我が求めに答え、赤きその力を今ここに示せ! 汝、熱き旋風のごとく!‥‥『エルファイヤー』!」
 彼女の呪文により、「炎」が出現した。それは屋敷内の柱を燃焼させ、瞬く間に屋敷全体へと広がっていく。
 怪蛇の群れを飲み込んで。
 清華が外に逃れると同時に、屋敷は火に包まれ崩れ落ち、果てた。

「さてと、こいつはどんな面してやがんだァ?」
 屋敷が燃え落ちるとともに、逃れたわずかな怪蛇が這い出てきた。が、それらも片づけ、開拓者たちはようやく一息つくことができた。
 梓の神風恩寵が、鷲尾を、そしてわずかだが火傷を負った清華とを癒す。
最後に、ぼろをまとった男にかけると、どうやら回復した様子。鷲尾は、そいつの顔の覆面を引っぺがした。
「‥‥お前だったかァ‥‥!?」
「ふう‥‥まさか、知っている人だったとはね〜」
「こいつは? ‥‥ああ、吸血鬼のパシリか!」
 鷲尾が驚き、不破は呆れ、梓はそいつを思い出した。
「知っているのか?」
 衝甲がたずね、鷲尾はうなずいた。
「あァ、こいつは‥‥網面ってなケチな盗賊だ」


「網面!? あやつが『ぼろをまとった怪人』の正体だったと!? 奴め、そこまで落ちぶれていたとは!」
 戻り、偽瑠に報告する開拓者たち。偽瑠もまた、既知の人間が関わっていたと知り驚愕を隠せない様子。
 しかし、尋問された網面はかたくなに言っていた。

『愛善館? なんで俺らがガキどもを襲わなきゃならねえんだ? ネス? 知らねえな。誰だそりゃ』

 嘘を言っているようには見えなかった。少なくとも、嘘を言う理由が見当たらない。
「網面が言うには、脱走した時に『覆面の男』に助けられ、ぼろの怪人のふりをしていろ‥‥って依頼され、実行していたとの事ですね〜」と、不破。
「で、『愛善館』には行った事も、そもそも存在すら知らなかったとの事です。手の甲の傷も、『覆面の男』より無理やりつけさせられたそうで」と、清華。
 特徴的な、ギザギザ模様の傷痕。それを手の甲に付けた替え玉を用いてまで、ぼろの怪人を悪人に仕立て上げる。一体誰が、何のために?
「‥‥ともかく、不破様、鷲尾様。頼まれたネス殿の件に関しては調べておきます。それまで、しばしお待ちくだされ」
 そう言って、頭を下げる偽瑠。不破は彼に対し、お守りを握らせた。
「これは?」
「『希望の翼』。とりあえずこれをお守りにどうぞ。ちゃんと厄除けしときなよぉ?」
 これから先には、さらなる幸運が必要になるだろうからねぇ。不破はそう付け加えた。