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■オープニング本文 前回のリプレイを見る 吸血鬼・ヒズメ。 姉・タガメ同様にこの外道は、己の嗜虐的な欲望と感情に動かされ、殺戮遊戯を楽しんでいる。 人形商店・濁屋の店主、偽瑠の養女にして時期店主の女性剣士、亜貴。同じく、濁屋の下働きの少女、多希。彼女たちはこのヒズメに目を付けられ、ヒズメが考案した陰湿で残酷な遊戯に参加させられていた。 そして、多希は‥‥現在はヒズメの元にいる。人質として。 亜貴はかろうじて回復した。まだ本調子ではないが、それでも以前に比べればはるかにまし。それは、濁屋に少しばかりの安心と安堵のため息をもたらした。 それはすぐ、別の不安と恐怖、そして絶望にとってかわられたが。 かつての濁屋は、金儲け主義だった。その時には怪しげだったり後ろ暗い連中とも知り合いや懇意となり、コネを作ったものだった。しかし偽瑠が改心した現在は、そういった連中とは疎遠になりつつある。 とはいえ、疎遠にはなっても完全に縁が切れたわけではない。 「‥‥ずっと前の、付喪人形が暴れた時には、手下を多く向かわせてやっただろう? 今も困ってるだろうからよ、助けてやろうって言ってるんだよ」 顔中に、まるで網の目のように傷痕がついているごろつき。手下を数名引き連れたそいつは、濁屋の応接室にて偽瑠と話していた。本名は自分も知らず、彼は己を「網面」と名乗っている。 そいつらは、偽瑠が過去に護衛や商売敵を恐喝するのに雇った、とあるやくざ者連中の一部だった。今回の事件を聞きつけ、護衛してやるから金を寄越せと言ってきたのだ。 「‥‥お前たちの魂胆はわかっている。悪いが、もうお前たちには頼む事はない」 「おいおい、つれないじゃあねえの。随分とやわになっちまったもんだなあ、偽瑠さんよぉ。ちょっと前までは、随分汚れ仕事を引き受けてやったのによ? 覚えているはずだ、ちっぽけな人形店を俺らで脅かし‥‥おっとっと、俺らに圧力かけさせ、店畳ませた時の事をよ」 「ま、俺たちの申し出が気に入らねえんならそれもいいけどよ。そのかわり‥‥濁屋さんの店員さんたちが、例えば辻斬りや強盗に合ったりしたら、困った事になるだろうなあ」 カネをたかるつもりだ。人の弱みに付け込むとは、ヒズメと同じだ。吸血鬼と異なるのは、奴らが吸い上げるのは血ではなく、金というだけの事。 だが、こいつらをうまく使えば、ヒズメに対しての防御にはなるかもしれん。矢面に立たせれば、亜貴を守れるかもしれん。 「‥‥わかった。ならば護衛を頼む」 だが、護衛を依頼し、数日後。 網面とその仲間連中ともども、偽瑠も行方不明に。 そして更に数日後、食屍鬼が濁屋の屋敷へと、手紙を届け、去っていった。 『ヒズメより、賢いわが生贄どもへ。 そろそろ、雌雄を決する時が来たかと思います。先日の謎々‥‥まだ向かわなかった赤と青の村への地図を用意しておきなさい。 そして、今回持たせた紫と緑の地図と加えて、最後の謎々を出します。 :謎々一 赤と青、紫と緑の城が、東西南北にあります。 城主は、血漆、凍爪、鎚歌、夢咬の四名。以下の手がかりをもとに、彼らが住んでいる城とその色とを答えなさい。 :血漆の反対は、西でも東でもない。 :凍爪は、東以外のどれかに住む。 :緑色の城に住むのは鎚歌で、西の反対側。 :紫の城は、北と南のどちらでもない。 :凍爪の城は、青でも赤でもない。 :北の城は、赤か紫のどちらか。 :夢咬の城は、赤ではない。 夢咬が住む城と同じ色の地図に、多希といっしょにわたしはいます。 残りには、偽瑠、および人質の子供たちを監禁しています。ただし、一つは空。どれが空かは、以下の謎々を解く事で判断なさい。 :謎々二 血漆、凍爪、鎚歌は、夢咬を歓待する宴会を開くべく、美女を集めた。その数、合わせて9人。 夢咬は、誰が何人集めたかを尋ねたところ、皆は以下のように答えた。ただし、集めた美女が一人の者は嘘を付き、二名以上は真実を述べた。 鎚歌「凍爪は血漆より多くの美女を集めた」 血漆「我は凍爪の二倍以上の美女を集めたわい」 凍爪「俺は鎚歌の三倍以上の美女を集めたがね」 誰が嘘を付き、それぞれ何名の美女を集めたのかを答えなさい。 一番多く美女を集めた者の場所に人質、嘘を付いた者の場所に偽瑠を、それぞれ監禁しています。空は、残りの一つです。 さらに、空以外のそれぞれには食屍鬼を多く待機させています。そして、真夜中ちょうどに‥‥全ての食屍鬼、および配下としたアヤカシに活動開始させるように命を下しています。 ああ、素人をやって総当たりさせたければそうしても良いですが‥‥周囲には罠や仕掛けを施し、さらに用意したアヤカシはかなり強敵。素人では死体が増えるだけで、解決にはなりません。それにどのみち、多人数が来たら人質を即座に殺すように命令してあるので、そうしたければどうぞ。 さらに、時間で同時に動き始めるので、端から回ったところで無意味。一つを救えても、残り二つは確実に死にます。そのあたり、ご理解いただきたくように。 このわたしを倒す? 冗談は好きですが、身の程知らずにはお灸をすえてやりたいのでね。勘違いも甚だしい。気に入らないため、今宵も多希で憂さを晴らしましょう。 それにしても、この多希という小娘は苛めがいがあります。知っていましたか? 女子のくせに、いっちょまえに亜貴に対し、家族愛とはまた別の愛情を抱いているんですよ? まったく、莫迦な小娘です。もっとも‥‥身も心も汚してやったのに、まだ助けが来ると思い込んでいる節があるのは、面白くないですが。 いっそ、生きたまま切り刻んで‥‥と思いましたが、それは貴方たちとの問題を片づけてからに取っておきます。 では、わたしからの良い悪夢、楽しんでいただきましょう』 「見ての通り、奴は父を‥‥偽瑠を虜にしています。そして、新たな人質のみならず、新たな人質、そしておそらく、網面とかいうやくざ者も何かしら関係しているかと思われます。皆様、どうか‥‥謎々を解き、父と、多希とを助け‥‥ヒズメを殺してください」 立ち直った亜貴は、君たちに依頼した。 |
■参加者一覧
鴇ノ宮 風葉(ia0799)
18歳・女・魔
海神 江流(ia0800)
28歳・男・志
ルエラ・ファールバルト(ia9645)
20歳・女・志
トカキ=ウィンメルト(ib0323)
20歳・男・シ
不破 颯(ib0495)
25歳・男・弓
嶽御前(ib7951)
16歳・女・巫 |
■リプレイ本文 地図の一つ‥‥青の地図を携え、鴇ノ宮 風葉(ia0799)は目的地へと向かっていた。 一人で。 「‥‥‥‥」 ここに、ヒズメがいる。ならば、奴と一対一でケリを付ける所存。 ここに来る直前の会話が、鴇ノ宮の脳裏に思い出される。 『‥‥あの外道は、あたし一人で倒す』 『無茶だ、風葉!』 海神 江流(ia0800)の言葉に、かぶりをふる。 『いいえ。あたし一人じゃあなきゃ、だめなのよ!』 口論は、海神が折れる結果に。 『‥‥わかった。だが‥‥大口叩いたんだから、絶対に多希ちゃんを助け、ヒズメを倒せよ!』 『もちろんよ! あたしを誰だと思ってるの!』 「‥‥そうよ。このあたしが一人で、ヒズメと一緒に、あの時に嗤ったタガメもいっしょに、ぶっ飛ばさなきゃあ。でないと‥‥」 あの時の言葉を思い出しつつ、鴇ノ宮は決意を新たにするかのようにつぶやいた。 「でないとあの時‥‥あたしが何も考えず、ぶっ飛ばした子たちへの‥‥償いにならないじゃない‥‥」 深呼吸し、魔術師の少女は覚悟を決めた。懐の脇差が、重々しく感じられる。 海神は、他へ助太刀を頼んでおいた。すなわち、ルエラ・ファールバルト(ia9645)は、嶽御前(ib7951)とともに、人質が多く囚われているだろう紫の地図が示した場所へ向かっているはず。 残った二人、トカキ=ウィンメルト(ib0323)と不破 颯(ib0495)が向かうは、赤の地図の村。そこには偽瑠が囚われているはず。 おそらく、ルエラたちの謎解きで間違いないだろう。仲間たちもまた、うまく行くようにと祈りつつ‥‥鴇ノ宮は目前の廃村へ向かった。 『血漆の反対は、西でも東でもないので、北か南。凍爪は、東以外なので北か南か西。緑は鎚歌で、西の反対側、つまり東が緑で鎚歌の城』 『紫は北と南でなく、鎚歌の緑は東だから、西。凍爪は、青でも赤でもないので緑か紫。ただし緑は鎚歌なので、紫が凍爪の城』 『北は、赤か紫のどちらか。しかし紫は西の凍爪の城なので、北は赤。夢咬は赤ではないので、緑か紫か青』 「‥‥結論。緑は鎚歌で東、紫は凍爪で西、青は夢咬で南、残る赤は血漆で北。いやいや、ここまで導きだすとは、ルエラさんもたいしたもんですねぇ〜」 不破は赤の地図に従い、目的地へと向かっていた。すでに鏡弦で、敵の存在は確認している。 「ですな。しかしヒズメ‥‥まったく、やる事がえげつない事で」ともに歩くトカキは、得物である鎌‥‥エレメンタルサイズを肩にかけつつ、彼に相槌を打つ。 「手段を選ばぬところは嫌いじゃあないですが、敵としては最悪ですねぇ」 それに、胸糞も悪いです。相手の思惑通りのままってのも‥‥。そう心の中で付け加えた彼の視線の先には、目的地の廃村が見えてきた。 「‥‥さて、そろそろ気を引き締めますか」 「‥‥間違いじゃなければ、あそこに人質が囚われているんですよね?」 「ええ」 ルエラの言葉に、嶽御前がうなずいた。 皆で対策を練っていた時、ルエラが最初の謎々を解き、嶽御前は二番目の謎々を解いたのだ。戦いへの緊張を解くため、もう一度脳内で整理する。 『血漆が赤、凍爪が紫、鎚歌が緑として。 三名は9人の美女を集め、 夢咬に「誰が何人集めたか」と尋ねられ :鎚歌「凍爪は血漆より多く集めた」 :血漆「我は凍爪の二倍以上集めた」 :凍爪「俺は鎚歌の三倍以上集めた」 と返答。 ただし集めた美女が一人の者は嘘を、二名以上は真実を述べたと。 鎚歌が嘘の場合、美女の数は鎚歌1として凍爪が3、血漆が6となり合計10で、数が合いません。 凍爪が嘘の場合、鎚歌と血漆の話が矛盾。 血漆が嘘の場合、美女の数は血漆1として鎚歌が2とすれば、凍爪は6。合計9で条件成立。 よって一番美女を多く集めたのは凍爪で紫、嘘をついたのは血漆で赤‥‥となります』 「‥‥そして、紫の地図に、人質が隠されている。‥‥けれど、人の気配がありませんね」 霊剣「御雷」とベイル「翼竜鱗」とを構えつつ、ルエラは周囲を見回した。 嶽御前もまた、霊刀「カミナギ」とベイル「エレメントチャージ」にて武装し、辺りを警戒する。 そこは、寺だった。広大ではないものの、比較的広い墓場が本殿の後ろに広がり、墓石があちこちに立っていた。 「‥‥サンダーヘブンレイ!」 青の地図。その廃村に近づいた鴇ノ宮は、爛々と目を光らせた人影が己に迫りくるのを見た。月明かりの下で彼女はそれらを認め‥‥呪文の雷撃を以てそれらに対抗した。荒れ狂う雷撃の蛇は、食屍鬼どもを薙ぎ払う。 瘴気と化して霧散する食屍鬼を横目に、鴇ノ宮は廃村内を走り、探していた。‥‥己の討つべき敵。助けるべき相手を。 「‥‥!? 誰か、そこに居るの?」 うめき声を聞いて、その場にかけつける。 麻袋を頭にかけられ、柱に縛り付けられた人間の姿がそこにはあった。うめき声が響き、血がしたたり、苦しげなのは見て明らか。 周辺には、同じく麻袋を顔にかぶせられ、手足を縛りつけられた死体が転がっている。 足元の遺体、その麻袋を取ると‥‥死人の顔。少なくとも食屍鬼がなりすました罠では無さそうだ。 柱の人影へと鴇ノ宮は歩みより、助けんと手を伸ばす。体型からして、ヒズメではない。 「‥‥大丈夫!?」 麻袋に手をかけた、次の瞬間。 そいつは、携えていた剣で切りかかった。 「ちっ! やっぱり罠!」 「は! 英雄を気取る糞餓鬼ってのはてめえか!」 そいつは麻袋を取り去り、素顔を見せた。網目模様の傷痕が顔中を覆い、凄みを感じさせる。一筋縄ではいかなそうな男だ。網面に違いない。 そいつからの更なる一刀をかわすも‥‥鴇ノ宮は襲われた。 襲ったのは、衝撃。それも、世界そのものがひっくり返り、回転するかのような、強烈な衝撃だった。 「‥‥手加減はしてありますわ。これで死なれたら、面白くありませんものね」 続き響くは、忌々しい声。ようやく鴇ノ宮は理解した‥‥自分が、後方から棍棒の一撃を喰らったのだと。 振り向いたら、月を背に、三つの影が立っていた。うち二つは大きく、一つは女性のそれ。 大柄な影は、棍棒を持っていた。その二撃目を受け、鴇ノ宮は倒れこむ。 「ご無沙汰しておりますね‥‥間抜けな小娘さん」 気絶する寸前、鴇ノ宮は聞いた。ヒズメの、穏やかにして残酷な言葉を。 「‥‥ふんっ」 虹色に、鎌の刃がきらめくかのよう。トカキはその柄を握りしめ振り回す。 後ろから迫った食屍鬼がまた一体、刃に引っ掛けられて切り裂かれた。その一閃のたびにどす黒い血が流れ、食屍鬼を滅していく。 「おおっと、そうはいきませんよぉ〜」 不破の弓より、ガドリングボウにて矢が放たれる。それは食屍鬼へと突き刺さり、引導を渡す。 だがそれでも、廃村のあちこちから這い出てきた食屍鬼の群れは、不破へ、トカキへ狙いを定め、それぞれに襲い掛かってくる。 「‥‥数が多いですね。ま、想定の範囲内ですけど。と言うことで纏めて切り刻みますよっと」 それに対し、トカキはエレメンタルサイズの長い柄を握り、詠唱を終えるとともに‥‥頭上でその鎌を一回転させ、解き放った。 「トルネード・キリク」を。 有象無象の邪悪な軍勢を、烈風に交じる鋭き真空の刃が襲い掛かった。烈風の竜巻にきりきり舞いした食屍鬼の群れは、真空の刃をその身に受け‥‥文字通り、八つ裂きになり霧散していった。 更なる有象無象を刈り取るべく、トカキはエレメンタルサイズの柄を握り直した。 霊剣と霊刀、ルエラと嶽御前は‥‥墓石の物陰から現れた小柄な人影、ないしはその群れへと、刃を振るう。 それら殺人人形どもは、一見すると幼女に見えた。内一人は多希かと思ったが、すぐに二人はそれを改めた。そいつらは全員が、真紅に輝く邪悪の瞳を持っていたからだ。そいつらは素早く動き、両手両足に装備した刃で、変幻自在な攻撃を仕掛けてくる。 8体‥‥いや、10体といったところ‥‥? 嶽御前はそいつらにちらりと目を向け、数を確認した。 「くっ!」 防御の隙を突いた刃が、二の腕や腿に切り込み、そのたびに傷みが走る。 「ちょっと‥‥数が多いですね‥‥」 ルエラの言葉が、絶望と共に暗闇の中に消える。だが、二人のペイルが障壁を張り、その守りの力が二人に新たなる力を、希望を吹き込んでくれる。 「‥‥ルエラさん、下がっていて! 行きます‥‥」 静かな声と共に、嶽御前は集中し‥‥その力を解き放つ。 「『浄炎』!」 放たれた青き炎に、暗き邪悪な存在が浄化されていく。ほとんどの殺人人形が、その炎をもろにくらい、灰と化していくのをルエラは見た。 そして、浄炎から逃れた殺人人形も。 「逃がしません! はーっ!」 白梅香の力を込めた刃が、アヤカシへと襲い掛かった。 松明で、その場に灯りが灯されていた。そして鴇ノ宮は、アヤカシに押さえつけられ殴られていた。 が、鴇ノ宮はヒズメに奇妙な感謝をしていた。こいつのおかげで、傷みを気にしないで済む。 「あんた‥‥サディストとしては三流ね」 くすくす笑ってやると、殴る手を休めてヒズメは困惑した。いい気分だ。 「その程度で、絶望を見せつけてるつもり?」 「‥‥ふん、余裕を見せつけてるつもりかしら。あなたはいま、逃げられないのよ?」 ヒズメの声が、明らかに動揺している。とはいえ、今の自分は大柄な二体のアヤカシ‥‥屍鬼にそれぞれ両手を捕まれ、囚われている状況。有利とはいえないだろう。 「おい、ヒズメの姐御。こいつはとっととバラした方がよくねえか?」 「網面、何を言ってるの? 今は圧倒的に有利な状況。この身の程知らずを辱めるのにちょうどいいじゃあない‥‥そう、多希のようにね」 その会話から、鴇ノ宮は悟った。口にするのもはばかられるほどの事を、この外道どもは多希は行ったに違いない。 「‥‥多希は? 彼女はどこよ?」 ヒズメがあごで指し示すと、網面が暗闇の中に消え‥‥再び出てきた。 多希だ。 まるで、生ける屍になったかのよう。その瞳からは光が失われ、反応も鈍い。知らない方が良いほどの事を、おそらくされ続けたのだろう。 「ガキは趣味じゃあねえが、悪くは無かったぜ。ま、奴隷にするにゃちょうど良いかな」 その言葉に、鴇ノ宮の四肢に走った。怒り、と言う名の電流が。 このままの状態ならば、おそらくは鴇ノ宮も彼女と同じ運命をたどったろう。しかし、その運命を破る存在が、この場へと闖入した。 「!」 瞬風波を使用した海神が、この場へと現れたのだ。 「はっ!」 現れると同時に流星錘を放ち、屍鬼、ヒズメ、網面へと巻き付かせようとする。が、巻き付いたのは屍鬼と網面のみ。 「ちっ! やはり仲間がいやがったか! 俺はここで降りるぜ。面倒は御免だ!」網面は多希の鎖を手放し、その場を離れた。 逃すまいと海神が迫るも、屍鬼二体がその前に立ちはだかる。 「待ちなさい!」 解放された多希を、代わりに保護し‥‥海神は彼女を抱き寄せる。すでに屍鬼二体は立ち直り、流星錘をほどいている。 が、同時に鴇ノ宮も解放されていた。地面を転がり、立ち上がる。 「‥‥ちょっとだけ、感謝しとくわ。ありがと」 「礼は後だ。こいつらを倒すぞ!」 太刀「阿修羅」の鞘を払った海神とともに、鴇ノ宮は霊杖「カドゥケウス」を構え‥‥邪悪なアヤカシどもへと突撃した! 麻袋を顔に被された偽瑠は、死を覚悟していた。思えば、自分は金のため、あくどい事をしてきた。ならばその罰を、今夜受けるのだろう。 が、近づいてきた何者かの足音、そしてその声を聞き、彼は希望が甦るのを実感した。 「こっぴどくやられたねぇ偽留さん。まあきついだろうが、もうちょっと踏ん張ってなぁ」 へらりとした口調の不破が、麻袋を取り去る。彼がくれた符水を、偽瑠は貪るように飲み下した。 人質たちは、地下に詰められて、どのくらい時間が経ったかわからなかった。もう、残る一生をここで過ごすのか。 生きる気力すら失われた、その時。外に通じる扉の鍵が開かれ、内部に誰かが入り込んできた。またアヤカシか、あの吸血鬼か。 「助けに来ました!」 「みなさん、もう大丈夫ですよ!」 嶽御前とルエラが発した、聞きたかった言葉がその場に響いた。 「サンダーヘヴンレイ!」 一体の、巨躯のアヤカシを電撃が直撃し、肉の焼ける悪臭が充満した。 「雷鳴剣!」 海神も負けてはいない。雷もかくやの斬撃が、屍鬼へと振り下ろされる。棍棒を握った太い腕が切断され、醜い丸太のように転がった。 片腕になった屍鬼は、そのまま海神へと突撃した。が、振った刃にて、海神はそいつへと渡してやった。‥‥引導を。 それを横目に、鴇ノ宮は周囲に目をやる。 「‥‥ヒズメ? あいつはどこ!?」 「ここですよ、莫迦なお嬢ちゃん」 霧散した屍鬼の瘴気を隠れ蓑にしていたかのように、いきなり現れたヒズメは‥‥低い位置から拳を鴇ノ宮へめり込ませた。 「がはっ!」 「死ね!」 カドゥケウスを取り落とした彼女を、ヒズメは蹴りをくらわし地面に転がす。が、そのまま転がり、なんとか立ち上がった。 「ぐっ!」 が、追撃したヒズメは、その喉笛を掴み‥‥宙に掲げた。 「絶望と共に、惨めに死になさい! ぎゃはぎゃは‥‥!?」 哄笑が止まった。鴇ノ宮が懐の脇差を、ヒズメの胸へ深く突き刺していたのだ。 「な‥‥なにぃ‥‥!?」 ヒズメの困惑した顔が、鴇ノ宮に向けられる。 「‥‥惨めに死ぬのは‥‥あんたよ!」 解放され、鴇ノ宮は‥‥静かにつぶやいた。 「それで‥‥勝った‥‥つもりか‥‥」 致命傷を負い、ヒズメは‥‥悔しげにうめいた。 「‥‥お前もいつか、慢心し‥‥油断し‥‥あたしと同じ目に逢う! お前が油断し敗北する相手! その魂を駆り立てるのは‥‥あたしだと思うがいい!」 だが、それ以上は言葉にならなかった。崩れゆくヒズメの顔は、姉の‥‥タガメのそれと同じ、醜いひきつった笑いを、しかし絶望の笑いを浮かべていた。 「‥‥」 崩れゆくヒズメを、鴇ノ宮は見つめていた。 閃癒で治療を施し、人質たちや偽瑠、そして多希は‥‥助けられた。 「‥‥亜貴、様‥‥」 「もう大丈夫よ、多希‥‥」 抱き合う二人を見て、開拓者たちは安堵を覚えた。 夜が明け、亜貴や濁屋に戻った後、皆にはできるだけの治療が施された。もう大丈夫だろう。 「ねえ多希、あたしに乗り換えてみない?」 「え? あ、あの‥‥」 いたずらっぽく語りかける鴇ノ宮に、恥ずかしそうに多希は首を振る。 「冗談冗談‥‥亜貴と、お幸せにね」 「‥‥父だけでなく、多希まで助けていただいて。感謝の言葉もありません。本当に、ありがとうございました」 亜貴の言葉に、鴇ノ宮は、そして皆は、満足を覚えていた。 「‥‥いつか‥‥」 そして、誓うように、鴇ノ宮は静かに、つぶやいた。 「‥‥あたしはいつか、英雄になるわ。今はただの殺人鬼でも‥‥ね」 |