邪村の悪夢再び:弐話
マスター名:塩田多弾砲
シナリオ形態: シリーズ
危険
難易度: 難しい
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/07/18 11:08



■オープニング本文

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 恐怖村に、再び恐怖が。
 その恐怖の源泉たる吸血鬼は、タガメの妹と名乗っていた。その名はヒズメ。
 濁屋・亜貴をはじめとする隊商の者たちは人質に取られ、彼女含め三名のみ、救出できた。勇敢なる開拓者たちの活躍が無ければ、その三名もまた死していただろう。
 だが、ヒズメはまだ残酷な遊戯を仕掛けてくるだろう。実際‥‥仕掛けてきつつあった。

 五行・結陣。濁屋主人・偽瑠の屋敷はそこに構えていた。その周囲には、見張りが多く立っている。今回このような事が起こったため、偽瑠が雇ったのだ。
 偽瑠はその晩、人形職人の真申を屋敷に呼び、仕事の件で話し合いをしていた。その義妹にして女性剣士の満津もまた、傍らに控えている。
 話し合いは終わり、その日二人は泊まる事に。
「そういえば、亜貴さんの具合は? 今日もまた店には来なかったようですが‥‥」
 満津が尋ねると、
「ああ、傷は癒えたが‥‥まだ少し心の方が休まらんようだ。ともかく、復帰はもうしばらく休ませてから‥‥」
 その時。
 亜貴の部屋がある方から、音が聞こえてきた。
 何かを破るような音、そして何かを切り裂くような音が。

 満津が剣を抜き駆けつける。その後ろに偽瑠、真申が続いた。
「亜貴さん!」
 亜貴の部屋は、何者かが押し入ったような様相を呈していた。壁が引き裂かれ、寝床は荒らされている。
「おい! どうした! 何があった!」
 偽瑠が外に倒れていた見張りの一人を助け起こし、問いかける。
「な‥‥何か‥‥小さな、人影が‥‥」
 そこまで言うと、彼は事切れ、息絶えた。その体中には、小さな歯型がいくつもついていた。

「亜貴様!」
 亜貴は、家の外で倒れていた。介抱し、新たな部屋に用意した寝床に横たえると、そこでようやく多希が姿を現した。
「亜貴様! 大丈夫ですか? いったい、何が起こったんですか!?」
 亜貴に駆け寄る多希だが、真申はそれに訝しんだ。
 多希の手にはほんのわずか、血らしき赤色が付いていたのだ。

 その後、目覚めた亜貴は証言した。彼女が言うには「何か小柄な者が、自分に襲い掛かってきた。そいつに殴られ外まで運ばれたが、抵抗しているうちに気絶。今気が付いた」。
 ただ‥‥その着物には、全く格闘した様子が見られなかった。

 そして、それから数日。
 多希は毎晩のように、周囲に黙ったまま‥‥夜中に外を出歩くようになったのだ。最初に偶然それを見つけたのは、偽瑠の屋敷の女中。その時には、きっと急ぎの使いか何かと思い黙認していたという。
 帰宅する時には、手足に血が付いている事もある。偶然にも偽瑠はそれを見かけ、ある日‥‥問いただした。
「し、知らないです‥‥本当に‥‥」
 しかし‥‥多希が出歩くようになった日から、偽瑠の屋敷の周辺の住民たちが、何者かに喉を噛みつかれ死んでいるのが発見された。しかも、その歯形は小さいそれ。警邏隊によると、子供の歯型だという。
 そこで、女中たちに多希を夜中じゅう見張っておくようにと命じ、一緒に床につかせたら‥‥。
 次の日、女中は全員が殺されていた。そしてその中心には、口元を血だらけにしていた多希が。

「ほ、本当に知らないんです! 信じてください!」
 多希はそう訴えかけたが、偽瑠はしばらくの間、警邏隊に預ける事にした。
 これは、満津、そして亜貴からの提案でもあった。
「多希ちゃんを疑いたくはないけど‥‥あの子は最近、どうも怪しいからね」と、満津。
「それに、どうも瘴気らしきものを感じてしょうがないです。ひょっとしたら、多希自身が吸血鬼、またはその手先って事を否定できないのも事実。ならば‥‥しょうがないわ」と、亜貴は言った。
 万が一の事を考え、座敷牢に閉じ込め、彼女が外に出られないようにしておく。あるいは、何らかの術をかけられ、操られているのかもしれない。ならば、多希自身を守る事にもなる。そう付け加えて。

 しかし、一日後。
 その座敷牢に居た人間は全滅し、死屍累々の有様に。
 そして、牢は破られ、多希の姿は消えていた。

 さらに一日後。今度は、亜貴の姿も消えていた。顔をえぐられた見張りは、「多希と同じくらいの身長の何者かに襲われた」とだけ言い残し、そのまま死んでしまった。
 そして、現場には書付が。

『さて、そろそろ居心地も悪くなってきたので、またお遊戯を始める事にしました。
 今回の謎々は二段構え。最初の謎々は簡単だけど、二番目はちょっと考えてもらいましょう。

1:目前には、赤服の修羅と青服のエルフと黄色服の猫族の三人がいます。貴方は上位エルフ語の巻物をその三人に手渡し、読ませなければならない。理解できるのは、三人のうち一人だけ。誰に渡すべきか?
 手がかりは以下の通り「上位エルフ語を理解できる者以外の一人は、中位アヌビス語を理解でき、もう一人は古代修羅語を理解できる。中位アヌビス語を理解できる者は、エルフの親友で最も年下。猫族は古代修羅語を理解できる者よりも年上である」

 これが解けたら、同封した赤青黄三つの色の封筒から、上位エルフ語を理解できる者の色の封筒に入っている地図の場所に来なさい。で、そこで次の謎々を解く事。これは、現地で実演してもらいましょう。

2:あなたの目前には、二つの金属の杯が置かれた机があります。杯には二つとも液体が入っています。液体の片方は酒、片方は即効性の猛毒です。
 左の白杯には「別れの口づけ」、右の黒杯には「我に触れるな」と刻まれています。
 どちらかの杯の中の液体を、飲み干しなさい。どちらを飲むか? また、どのようにして飲むかも答えなさい。
 手がかりを一つ、「毒は両方の杯に仕込まれています。白杯を選び口にした者は全員死に、黒杯を手に取り飲み干した者も全員死にました」。毒には様々なものがある事を、よーく考えてから選び、飲むように。
 手がかりをもう一つ。「杯自体はごく普通の物で、毒針などの仕掛けは何もありません」。

 液体を飲み干せてまだ生きていたら、人質としてとらえた亜貴は解放しましょう。例によって、地図の場所を全部回ったり、解毒の術や薬を用いるなどのズルをしたら、即座に人質は惨殺です。さて、阿呆で愚かな私の玩具たち、この謎々は解けるかしら?』

「‥‥皆さま、またも、あの吸血鬼の挑戦です」
 偽瑠、そして満津に真申が、ギルドにて依頼していた。
「多希ちゃんが、まさかヒズメとは‥‥私は、違うと思います。これはきっと、何かの間違いですよ!」と、満津。
「この三つの封筒を開けて中を見ましたが、それぞれここから三方向に分かれた場所にある、廃村を指し示しています。おそらく、ヒズメとやらはそのうちの一つに潜んでいるんでしょう」
 真申がそう言って、偽瑠が最後に依頼内容を口にした。
「皆様‥‥どうか、この謎々を解いて、亜貴を助けてください。そして‥‥可能ならば、多希の事も。どうか‥‥よろしくお願いします」


■参加者一覧
鴇ノ宮 風葉(ia0799
18歳・女・魔
海神 江流(ia0800
28歳・男・志
ルエラ・ファールバルト(ia9645
20歳・女・志
トカキ=ウィンメルト(ib0323
20歳・男・シ
不破 颯(ib0495
25歳・男・弓
嶽御前(ib7951
16歳・女・巫


■リプレイ本文

 六名の開拓者は、謎々1の答えを信じ‥‥不安と共に向かっていた。濁屋から借りた馬は、黙々と道を進んでいる。
「‥‥」
 全員、押し黙っていた。凶悪なる敵‥‥吸血鬼の少女、ヒズメを倒すために、皆は集中していたのだ。
「‥‥そろそろ、到着しますかねえ」
 不破 颯(ib0495)が、口を開く。やがて、馬が恐れをなしたかのように、足を止めた。その視線の先には、あったのだ。
 黄色の地図に記された、廃村があるのを。

「やれやれ、またも面倒な事になりそうです」
 いつものように、トカキ=ウィンメルト(ib0323)がぼやく。
 廃村に向かおうとした矢先、漂うは強烈な腐敗臭。これ見よがしに転がされている死体から、それは漂っていた。
 それは、子供の死体。腐敗し、大量の黒蠅にたかられている。
 すぐそばには槍が刺さっており、槍の先には手紙が括り付けられていた。
『案内が来るまでここで待て』
 手紙には、そう書かれていた。

 嶽御前(ib7951)の視線の先には、廃村が。そこから何者かがやってこないかと見張っているが、いまだにその様子は無い。
 他の方角からやってこないかと、ルエラ・ファールバルト(ia9645)は別の方角を見張っていた。が、やはりどこからもそれらしい存在は見当たらない。
「‥‥くそっ、遊んでいるのか?」
 海神 江流(ia0800)が、苛立ちとともに言葉を吐く。ズルをしたとヒズメに判断されないためにも、術の使用は控えているのだが‥‥それが更に苛立たせていく。
「‥‥ふざけてんじゃあ‥‥ないわよ‥‥」
 ふと、海神は鴇ノ宮 風葉(ia0799)‥‥彼女のつぶやきを聞いた。それには苛立ちのみならず、「怒り」が込められているように感じられる。
 鴇ノ宮の視線は、死体に向けられていた。子供は両手足を切断されており、切除部に固く巻かれているのはぼろ布。
 おそらくヒズメは、この子供を生かしたままでこの状態にして、死ぬまでここに放置したのだろう。遺体の命無きうつろな眼差しを、鴇ノ宮は忘れまいとするかのように見つめている。
「‥‥‥」
 死体に屈みこみ、子供の目をそっと閉じさせる鴇ノ宮を、海神は見つめていた。
「!? あれを!」
 やがて、周囲が暗くなりかけた頃。嶽御前が何かを見つけた。
 廃村から、翁の仮面をかぶった白装束の女の姿。それが遠くから手招きしていたのだ。

 女は、決して接近しなかった。不破が矢を射かけたら当てる事は可能だろうが、もしもそれをしたらヒズメが後で何をするかわかったものではない。
 十分に警戒しつつ、開拓者は女の後を付いていった。
 女が皆を導いたのは、廃村の中心部。
 周囲は夕闇の帳がおちつつある黄昏の中。そこには、杯が二つ置かれた食卓が。卓上には他に、蝋燭が灯された燭台も置かれている。
『一つ目の謎々は、間違わずに解けたようですわね』爽やかな声が響いた。
 奥から歩み寄ってきたのは、三つの仮面の人影。うち一つは、案内した女のそれ。
『‥‥愚劣な我が姉は、他者を「間違わせる」事を楽しんでました。ゆえに「違えさせる女」という意味から、違女‥‥タガメと名乗ったそうです。馬鹿馬鹿しいと思いませんこと?』
「‥‥本題に入りなさいよ。あんたとくだらない会話をするつもりは無いわ」
 霊杖「カドケゥス」を握り、鴇ノ宮は言葉を投げつける。あの三人のどれかがヒズメか? いや、思い込みは厳禁だ。自分にそう言い聞かせつつ、油断なく見据える。
『‥‥良いでしょう。では、一番目の謎々の答えの理由を』
「ええ。私から言うわ」
 ルエラが進み出た。

「まず、中位アヌビス語を理解できる者は、エルフ以外で最も年下。この場合は修羅か猫族。
 次に、猫族は古代修羅語を理解できる者より年上。故に、猫族は中位アヌビス語か上位エルフ語を理解できる。
 ただし年上なので、最も年下ではなく、中位アヌビス語を理解できると言えない。
 よって、残る上位エルフ語が理解できる。
 答えは黄色服の猫族なので、黄色の封筒が正解」

 ルエラの説明が終わり、しばらくの沈黙ののち‥‥ヒズメの声が響いた。
『‥‥正解。なかなかやりますわね。それでは‥‥』
 次は誰が、実践します? ヒズメのその言葉が終わると、海神が進み出た。
「‥‥俺が、やろう」

 目前の黒白二つの杯。それらには見た目が全く同じ液体が入り、そのどちらからも酒のにおいが漂い、海神の鼻をくすぐる。
『では、選びなさい。どちらの杯の酒を、どのように飲むのか、をね』
「‥‥俺たちが選ぶのは‥‥」
 ヒズメの声に、海神はごくりとつばを飲み込みながら‥‥述べた。
「‥‥黒杯。そして、『この藁で、酒を吸って飲む』」
『では、実践なさい』
 この選択が、正しいものであってほしい。そう願いつつ‥‥海神は、携えていた藁を用い、液体を吸い始めた。

「‥‥ぐっ‥‥」
 皆が後ろで、不安と、成功への期待とを込めた視線を、こちらに向けているのを海神は背中で感じていた。
 藁で酒を飲み続け、やがて‥‥黒杯は空に。だが、海神は足がふらつき、地面にしりもちをついてしまった。
「ちょ‥‥ちょっと! 大丈夫!?」
 鴇ノ宮が声をかけてくるのを、海神は聞いた。
「だ‥‥大丈夫、だ‥‥」
 よろめく足で、彼は立ち上がり、無理やり笑顔を見せる。
『‥‥おやおや、そんな軽いお酒で酔うとは。最近の殿方は、肝が細いのですわね‥‥ぎゃはぎゃは!』
「‥‥何を飲ませた? 返答によっては‥‥」
 嶽御前が、怒りの言葉を投げかけた。が、その言葉を莫迦にするようにヒズメは返答する。
『安心なさい、正解です。黒杯に入った酒は強めですが、毒は入っておりません。もっとも‥‥その杯を手に取ったら、事態は面白くなったことでしょうけど』
「どういう事?」
 不破に目くばせしつつ、ルエラが問う。
『白杯の酒には経口毒を、黒杯の表面には接触毒を仕込んでおいたのですよ。経口毒はともかく、接触毒まで見抜いた上で、正解を導き出すとは‥‥大したものです。それではご褒美に‥‥』
 意地の悪い、しかしあくまでも丁寧な口調が、その言葉をつむぐ。
『人質を、解放して差し上げましょう』

 ヒズメの言葉とともに、周囲の暗がりから、多くの人影がよろめきつつ‥‥迫ってきた。
 が、それは生きた人間のそれではない。その顔は、腐りかけた死人のそれ。大人だけでなく、子供の食屍鬼もいる。それも、かなり多く。
『おおっと、これは失礼。我が下僕どもが勝手に動き出しました。ま、この中に人質がいるでしょうから、せいぜい頑張ってくださいまし。ぎゃはぎゃは!』
「‥‥こんな事だろうと、思いましたよ!」
 嶽御前が、霊刀「カミナギ」を構えつつ吐き捨てる。だが、ヒズメがこのような卑怯でひねくれた事を行うのは、織り込み済み。
 トカキは太刀「天輪」を、ルミラは霊剣「御雷」を、海神は太刀「阿修羅」をその手に構えていた。不破は既に、鳴弦の弓を手にしている。
 全員が、一瞬の時間を用いて、視線を絡ませ合うと‥‥駆け出した!

「心覆」を使用し、続き心眼「集」を用いた海神だが、予想外の方向から敵が、アヤカシが襲来する事を知った。
「上だ! 空中から攻撃してくるッ!」
 その言葉通り、空中から急降下してくるは、首のアヤカシ。大首と犬神とが、牙をむき悪夢のごとく噛みつかんと迫りくる。
「ルエラさん、不破さん、わかりますか?」
 嶽御前は二人に問う。ルエラの心眼「集」と、不破の「鏡弦」とをかけてもらっており、その反応をうかがっていたのだ。
「‥‥囲まれてる! 周囲には三十近くの反応があるわ!」
「‥‥おっとっと、この包囲網の奥からは、アヤカシの反応は感じませんねぇ。おそらくは、人質はそちらかと」
「わかりました! 人質を救助してきます!」
 その会話が終わるとともに、手近の人影‥‥食屍鬼が、飛び掛かってきた。
「はーっ!」
 嶽御前のカミナギ、神力の木刀がそいつの頭蓋を割る。その後ろから迫る食屍鬼は、不破の矢に頭蓋を貫かれた。
「嶽御前さん、援護します!」
 ベイル「翼竜鱗」にて防御し、ルエラも剣を一閃。墓場の土にまみれた、食屍鬼どもの黒く汚れた手、手、手の群れを、霊剣は鎌のように薙ぎ、切り開いた。
 それが、包囲網を突破する。嶽御前はうなずくと、囚われの身となった人質がいる方向へ、駆け出して行った。

 鴇ノ宮は、剃刀のように鋭いまなざしを、戦場と化した黄昏の廃村に向けていた。
 どこかに、亜貴が、多希がいるはず‥‥でも、どこに?
 火炎の熱が、彼女の肌に伝わってきた。トカキの「メテオストライク」だ。その炎が、アヤカシを霧散させていく。
 不破は素早く装填し、ばらまくように矢を射撃。空中の首も、地上の食屍鬼も、次々に突き刺さる。
 桜色の燐光をまとわせ、ルエラの剣が乱舞していた。紅焔桜と白梅香との清浄な力が、屍どもの死臭を切り開く。
  海神もまた、太刀を振るいアヤカシを地獄へと送り返す。が、その猛攻をくぐりぬけ、更なる一隊が彼へと迫った。
「‥‥ふんっ!」
 手をかざしたトカキから、「アークブラスト」が放たれた。稲妻の直撃が、食屍鬼の群れを一掃する。
 やがて‥‥。
「亜貴? 多希?」
 乱戦のさなか。鴇ノ宮の目前に現れたのは、うつろな表情でよろよろと歩く、亜貴と多希の姿だった。

「みなさん‥‥もう大丈夫」
 嶽御前は、すぐに人質たちを見つけた。そこは小屋で、中には詰め込まれたかのように、何人もの女子供が入れられている
 監視するかのように、数体の食屍鬼が立っていたものの‥‥彼女はそれを切り捨て、小屋のカンヌキを外したのだ。
 うつろな目つきで見上げる、人質たちの姿。しかし、そこには亜貴や多希の姿は無かった。

 生命力が、亜貴と多希の二人からは感じられない。ぶつぶつ、何かをつぶやいている。
 が、鴇ノ宮は警戒していた。なぜなら、二人の手には刃物、匕首を握りしめていたからだ。
 見るからに、まともな状態ではない。しかし、手にした得物は危険。
「‥‥『アイヴィーバインド』。悪いけど、ちょっときついわよ」
 地面から生えた蔦が、二人を絡め取る。二人に近づいた、その時。
「鴇ノ宮さん!? そいつは偽物よ!」
 声をかけてきたのは、もう一人の亜貴。
「な‥‥? ど、どういうこと!?」
「本物は、私です! そいつは‥‥私に成りすましたヒズメですよ!」
 後から出てきた亜貴は、そう叫ぶように言う。
 そして、すぐに鴇ノ宮は‥‥本物の亜貴を見抜いた。
 目前の、うつろな亜貴。彼女は絡まっている魔法の蔦を切り開き、手にした短刀を投げつけたのだ。
 咄嗟にそれをかわした鴇ノ宮。その隙に、斬撃が蔦を切断する。
「‥‥やれやれ、バレてしまいましたか」
 間違いない、こちらがヒズメだ!
 だが、その時には既に‥‥多希を連れて跳躍し、ヒズメは遠くへと離れてしまっていた。
 そんな卑怯な吸血鬼へと‥‥鴇ノ宮は言葉を叩きつけた。
「‥‥そろそろ、名乗っておくわ。また会うだろうからね」
「‥‥ほう?」
「あたしの名前は、鴇ノ宮風葉。世界を支配する魔法使いにして‥‥タガメを殺した女よ!」
「なるほど‥‥ならば、礼を述べねばなりませんね」
 負けずに、吸血鬼の少女も言いかえす。
「貴方は直々に、このわたし‥‥ヒズメが殺して差し上げましょう。屈辱と、絶望と、無力感とを一緒に込めて、ね」
 その日が来るまで、楽しみに待ってなさい。そう言い放ちヒズメは‥‥多希を連れ、闇へと消えていった。
「亜貴さん‥‥大変、亜貴さんが!」
 ルエラが、亜貴を助け起こした。彼女は胸を短刀で貫かれ、ぐったりとしていたのだ。
 短刀には、刃の部分に‥‥粘つく蜜のような液体が塗られているのを、わずかではあったが確認できた。間違いない、毒だ!

「‥‥くっ‥‥」
 術をかけ終え、鴇ノ宮は軽くめまいを覚えていた。
 幸いにも、亜貴はまだ息があった。が、嶽御前の見つけた人質の中で‥‥幼い子供たちが衰弱死していたのだ。彼女らを助けるために、鴇ノ宮は何度か「生死流転」をかけていた。
 そのかいあって、子供たちの蘇生は完了。鴇ノ宮は自身がふらつくも、倒れぬようにと踏みとどまる。
「風葉、大丈夫か?」心配そうな海神へ、彼女は無理やり笑顔を作る事で返答した。
「人質は助かったようで、なによりですねぇ。しかし‥‥」と、不破。
「ヒズメが、まさか亜貴さんにそっくりだったとは、ねぇ」トカキが、不破の言葉に続き言った。
「‥‥ええ、私も‥‥驚いています」
 嶽御前の解毒と閃癒を受けつつ、亜貴は事の次第を述べていた。

 ヒズメは、亜貴に容姿が似ていた。それゆえ、最初の襲撃時に多希を魅了し、自分と入れ替わっていたのだ。
 そしてそれ以降。ヒズメは殺戮を繰り返しつつ、それがあたかも多希のせいだと周囲に思わせていた、との事だった。
 小さな歯型は、子供の食屍鬼のもの。そいつを夜な夜な誘い込み、眠っている多希に成りすまして殺戮させていた、と。
 身に覚えのない惨劇の容疑者にされ、慌てふためく多希。彼女の様子を間近で見て、ヒズメは楽しんでいたのだ。
「‥‥監禁していた私に、ヒズメは嬉々とした口調でそう述べていました。今回の謎々は、全員解けないものと思い込んでいたようで‥‥開拓者の皆さんを殺したのち、私や多希も殺し、濁屋に入り込むつもりだったとか」
「でも、どうしてそんな事を? 多希さんに罪をなすりつけるなんて‥‥」
 嶽御前の疑問に、亜貴は更に言葉を続ける。
「‥‥あの子が、多希が『罪の意識に苛まれ、苦しむさまを見たかったから』。‥‥あいつに理由を聞いたら、そう言っていました」
「‥‥ヒズメ‥‥!」
 どこまで、人の心を踏みにじれば気が済むっての。
 鴇ノ宮の脳裏に、先刻の子供の死体が甦ってきた。
「‥‥おそらく、近いうちにまた謎々が届くでしょう。それを、最後にします」
 ルエラが、亜貴を助け起こしつつ言った。
「ええ、そうね」
 ルエラの言葉にうなずきつつ、鴇ノ宮は決意していた。
「‥‥あいつは、あたしが必ず倒す」
 そうつぶやく彼女の、握りしめた拳。それは、小さく震えていた。

 人質は、近くの警邏隊にて保護された。
 そして、亜貴は濁屋へと戻ってこれた。
 皆は、助け出せた。が、安心できる状況ではない。元凶の吸血鬼、そいつがまだ野放しだからだ。
 が、それも次で最後にしてやる。その決意を新たにする、開拓者たちだった。