邪村の悪夢再び:壱話
マスター名:塩田多弾砲
シナリオ形態: シリーズ
危険 :相棒
難易度: 難しい
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/06/28 14:39



■オープニング本文

 かつて、開拓者たちから「恐怖村」と呼ばれた地があった。
 そこには、人の善意につけこみ、命と尊厳とを嘲笑う邪悪な吸血鬼の少女が存在しており、周辺の村々はその少女により多数の被害を受け、無垢なる命もまた多く失われた。
 タガメと名乗っていたそれは、開拓者たちの手により倒され、恐怖村と呼ばれたかの地は焼き払われ、現在に至る。
 全てが終わった、今後は何も起こらないだろう。誰もがそう思っていた。

 恐怖村の近場を通る、商店「濁屋」の隊商。濁屋主人・偽瑠の養子にして、跡取りの娘・亜貴は、隊商を率いて帰り道を急いでいた。
 結陣から五行の北へ向かい、武天を通り、石鏡の南に出て、安雲に。そこでの人形や名産物を仕入れた亜貴は、早馬で事の次第を知らせていた。すぐに戻る‥‥と。
 かつてタガメに惨殺された、亜貴の許嫁・甚六。彼が叶わなかった取引を無駄にはしないと、亜貴は奔走していた。
 それが新たな、惨劇の幕開けになる事を知らないままに。

「あ、あの‥‥旦那様‥‥」
 多希は、しどろもどろな口調で状況を説明していた。
「なぜだ! なぜお前だけが戻ってこられた! まさかお前‥‥見捨てて逃げてきたのか!?」
 偽瑠にそう迫られ、彼女は涙目で頭をふる。体中が傷だらけで、痣もいくつか。その様子を見て、偽瑠は後悔した。
「‥‥すまん、言い過ぎた。お前も必死になって逃げて、怖かっただろうに。ただ、亜貴の事が心配で、な。すまん、許してくれ」
 怯えた顔の、新入りの下働きの少女。一転し、偽瑠は謝罪した。
「‥‥わ、私も、亜貴様の事が、心配で‥‥でも、その‥‥」
「多希‥‥詳しく話してくれ。何があった?」

 多希は、喋る事が上手ではない。貧乏な両親のもとに生まれ、物心つく頃には二人から虐げられていた。
 そして、目前でアヤカシに両親を殺され、親戚縁者を転々と回され、最後には孤児院に。
 初めて安らぎを覚えた多希だが、長くは続かなかった。その孤児院の職員や仲間もまた、タガメ事件で全員が殺された。その時、多希だけは病欠でともに行動してなかったのだ。そのために多希だけが助かり、他は殺されたのは、皮肉としか言いようがない。
 タガメ事件後。多希を知った亜貴は、個人的に引き取った。彼女は、多希は一人ぼっち。そして、残忍外道な者に家族を奪われた。
 亜貴もまた、同じ相手に許嫁を奪われた。それもあって、彼女を見捨ててはおけなかったのだ。
 多希は、亜貴の下働きとして働く事に。忙しくも穏やかな毎日を過ごすようになった多希だが、それも長くは続かなかった。

 多希が言うには、かの恐怖村近くを通りがかったところ。
 何かを燃やしているように、煙が立ち込めていた。そしてその煙の中から、仮面をかぶった盗賊どもが襲い掛かってきたのだ。
 当然、亜貴らは対抗した。この隊商には十分な数の護衛を付けており、加えて亜貴自身も剣士。その場は返り討ちに。
 ‥‥しかし、盗賊たちのすぐ後ろから。白い装束姿の少女に率いられた幽鬼めいた者どもが出現。盗賊団と隊商の両方に襲い掛かったのだという。
 少女は、仮面をかぶっていた。そして、その笑い声は、耳障りで気に障る「ぎゃはぎゃは」というもの。
 少女の手下は、多希にも襲い掛かっていた。ただし彼女を殺すつもりは無いようで、苦痛する様を少女に見せつけるためだけに、多希を痛めつけいたぶっていたらしい。
 亜貴や他の皆がどうなったかはわからない。ただ一つ、仮面をかぶった「少女」は、多希へと書付を手渡し、逃がしたというのだ。
「さあ、お遊戯を始めましょ〜♪ しばらくは退屈しなくてすむわよぉ♪」
 去り際に、そう言葉を投げかけつつ。

「その書付が、これです。どうか、亜貴を、隊商の皆を助けては下さらぬか。またあの時の悪夢がよみがえると思うと‥‥いても立ってもいられんのです」
 その書付には、こう書かれていた。

『‥‥よくも、タガメを殺してくれたわね。
 妹として、礼を言わせてもらうわ。あいつにはうんざりしていたの。自分で殺せなかったのが唯一の心残りだけどねえ。
 けど、正直退屈。なので、妹らしく姉を殺してくれたお礼に、退屈から解放するお遊戯に参加させてあげる事にしました。感謝してねん♪
 さて、莫迦には解けない謎々を出しましょう。その答えの地点に、亜貴とかいう小娘と人質は預かってるわ〜。解いたら、同封した地図の地点にある村へと来るように。来なかったら‥‥姉がやってた悪趣味な、畜舎の家畜みたいになるので、よろしくネ♪』

謎々:
 赤之助 青太郎 黄太夫 桃乃丈 緑野彦の五人。彼らのうち、正直者と嘘吐きはそれぞれ二人、残る一人は普通の人。
 正直者はいつも真実を、嘘吐きはいつも嘘を口にして、普通の人は真実と嘘とを気まぐれに口にする。彼ら五人の言った事から、誰が誰かを当てろ。

赤之助「誓って言いますが、自分は正直者です」
青太郎「桃乃丈? 奴は普通の人に決まってんだろコノヤロー!」
黄太夫「へへっ、ココだけの話、緑野彦は嘘吐きでありますよ」
桃乃丈「わたくし、実は嘘吐きなんですよぉ〜」
緑野彦「赤之助は、正直者だぜぇ‥‥!」

 問題が解けたら、また恐怖村に来なさい。
 村の東に赤、西に青、南に黄色、北に桃色、中央に緑。それぞれの色で扉を染めた小屋がある。
 正解の「普通の人」の色の小屋に、人質はいる。助けたきゃ、そこに来なさい。
 断っておくけど、小屋には見張りを付けてる。ズルして小屋全部回ったり、間違えた小屋に入ったら、その時点で亜貴や人質は、全員愉快な状況になるわよん。たとえば、火のついた大量の焙烙玉と一緒に心中するとか、配下の食屍鬼どもに生きたまま喰らわれるとか。
 あら、知恵比べに負けて怖気づいて、人質を見捨てて逃げる? 賢明ねえ、ぜひそうなさい。そもそも自分を利口だと思い込んでいるお莫迦さんどもや、弱い者いじめして正義の英雄を気取る阿呆どもが、わたしに勝てるわけがないしねぇ♪』

「‥‥開拓者様、どうかお願い申し上げます。こやつのふざけた遊戯を打ち破り、亜貴や店の従業員たちを助けて下さらぬか! ‥‥どうか、お願いします」
「あ、あの‥‥亜貴お嬢様を、助けてください‥‥お願いします‥‥」
 偽瑠と多希は、そう言って君たちへと頭を下げ、依頼した。


■参加者一覧
鴇ノ宮 風葉(ia0799
18歳・女・魔
海神 江流(ia0800
28歳・男・志
ルエラ・ファールバルト(ia9645
20歳・女・志
トカキ=ウィンメルト(ib0323
20歳・男・シ
不破 颯(ib0495
25歳・男・弓
嶽御前(ib7951
16歳・女・巫


■リプレイ本文

 また、この村に来るとはね。
 苦々しい想いが、恐怖村の土を踏んだ鴇ノ宮 風葉(ia0799)の胸中に甦る。
 数日前。彼女はここで、かの吸血鬼・タガメと対峙し倒した。しかし‥‥最後まで彼女に「勝てた」とは思えない。
 それに、知らなかったとはいえ、自分は人質の子供たちをも巻き込んでしまった。子供たちは食屍鬼化されていたため、子供殺しはせずに済んだが、奴の言葉‥‥自らの功名心が第一で、他人など知った事ではない。お前は自分と同じ殺人鬼だ‥‥が、いまだ忘れられない。
「‥‥どうした? 風葉」
 心配そうな顔で、海神 江流(ia0800)が鴇ノ宮を覗き込んだ。
「あによ? 別に何でもないわ。あのゲスの妹っていうから、どんなブサイクか考えていただけ」
 鴇ノ宮は無理に笑顔を浮かべ、その場を取り繕う。
「‥‥まあ、姉と同じく面倒くさそうな奴って事は確かだがなー」
 苦笑しつつそう言うのは、不破 颯(ib0495)。弓術師の彼と海神とは、前回のタガメ事件でも同行してくれている。
「‥‥それにしても、霧がまた濃くなってきたわね」
 ルエラ・ファールバルト(ia9645)、凛々しき赤毛の志士がぼやいた。彼女の言うとおり、前に訪れた時と同じくらい、霧が濃く立ち込めている。
「ま、思ったより厄介そうですが‥‥怪我しない程度には頑張りますよ」
トカキ=ウィンメルト(ib0323)、ジルべリア生まれの魔術師がつぶやいた。
「北側は、本当にこちらでよろしいのですか?」
 巫女装束の少女が、鴇ノ宮たちに尋ねる。彼女は修羅、その名は嶽御前(ib7951)。彼女とトカキは、前回の事件に参加してはいない。
「ええ。こっちのはずよ。謎々が合っていれば、人質もいるはずだわ」
 悩むのは後回しだ、今は‥‥集中しなければ。
 深呼吸し、鴇ノ宮は霧の中を進んでいった。

 開拓者たちの目前には、木造の小屋。若干大きめで、あまり頑丈そうには見えない。
 ここは、村の北側。この周囲に敵が、食屍鬼やその親玉である「タガメの妹」が潜んでいるに違いなかろう。
『そこで、止まってください』
 不意に、霧の中から何者かの声が響いた。それは実に爽やかで、清楚可憐さすら感じさせる声。
 その言葉に従い、開拓者たちは立ち止った。
『‥‥あら、術はお使いになってないんですね? 感心しましたわ』
 声の口調と裏腹に、皆の心には緊張感が生じ、それが徐々に強くなってくる。
 やがて‥‥霧に包まれた周囲より、多数の人影が現れた。その数はかなり多く、小屋を中心にぐるりと開拓者たちを囲っている。服も体型も種々雑多な者たちだが、全員同じ意匠の仮面を装着していた。凶悪な笑みを浮かべた、翁の仮面を。
 この中の誰かが、タガメの妹に違いない。戦うべき敵と相対した事を知り‥‥開拓者たちに緊張が走る。
「やあタガメ妹さん。とりあえず名前教えてくれよぉ」
 最初に沈黙を破ったのは、不破。いつもの口調で、霧の中に問いかける。
 だが、その口調とは裏腹に、彼は油断なく周囲へと視線を向けていた。その手には愛用の「鳴弦の弓」を携え、『鏡弦』をいつでもかけられるように用意している。既に歩きながら、ざっと周囲を見て、地形も頭に入れていた。
『あらあら‥‥うふふ』
 しかし、タガメの妹からの返答は、そんな含み笑いのみ。
「おや〜、ひょっとして名無しなのかねぇ?」
『いえいえ。ただ教えるのはつまらないので、少しばかり遊びたいと思っただけですよ。こんな風に、ね』
 最後の、「ね」と同時に。
 不破は、転倒した。したたかに顔を打ち、土にて顔を汚す。
「!? ぐっ!」
「不破さん!?」
「おい、大丈夫か!?」
 ルエラと海神がかけつけ、助け起こした。いつの間にか、不破の両足には輪になった細い綱が巻き付いており、その先は霧の中に消えていた。海神は手に取って引っ張るが、手ごたえがない。
「‥‥綱を輪にして、地面に埋めておいたんですね。それを引っ張って、不破さんを転倒させたんです」
 言いつつ嶽御前は、霊刀「カミナギ」で綱を切断して不破を解放する。
『無様な間抜けへ名乗る前に、する事をすませましょう。お楽しみは、その後で‥‥うふふ‥‥ぎゃはぎゃは!』
 再び、タガメの妹の声。含み笑いから、わざとらしく下品な笑い声をあげている。
「ふぅ‥‥本当に厄介な相手ですねぇ」
 ため息とともに、トカキはつぶやいた。しかしそのつぶやきは、若干の戦慄がまじったそれだった。

『それでは、答えを述べてください。桃乃丈が普通の人、でよろしいですね?』
「‥‥ええ、そうよ」ルエラが返答する。
 小屋の前に横並びに立つように言われ、開拓者たちはそれに従った。地面を見たところ、さっきのような仕掛けは無さそうだ。
「正直が2人、嘘つきが2人、普通の人が1人の条件で赤之助、黄太夫、青太郎、緑野彦が普通の人と仮定した時。いずれも桃乃丈の話が矛盾。けれど、桃乃丈が普通の人なら、黄太夫、青太郎は正直、赤之助、緑野彦は嘘吐きになり、正直2、嘘吐き2、普通1の構図が成立するわ」
「それに」と、嶽御前が付け加える。
「嘘吐きは自分が嘘吐きと言うと正直者になり、正直者が自分が嘘吐きと言うと嘘吐きとなるので、自分が嘘吐きと言っても話が通じるのが普通の人、という視点から考えると‥‥」

結論:桃乃丈「私は嘘吐き」が最も自然。

「‥‥」
 結論を述べ、嶽御前は待った。タガメの妹からの返答を。
『‥‥正解です。どうやら、脳みそは詰まっているようですね』
 あくまでも丁寧に、爽やかな口調の言葉が響く。それが逆に、苛立たしい。
『では、小屋の中へ。人質はその中です。もっとも‥‥内部の飾りにはご注意を』
「‥‥」
 鴇ノ宮は、注意深く小屋へと進み、その扉に手を掛けた。すぐ後ろには海神が。
 他の皆は、各々武器や装備を取り出し、周囲に警戒している。ルエラは心眼「集」を、不破は『鏡弦』を、嶽御前は瘴索結界「念」をそれぞれかけ、周囲の状況を把握せんとつとめていた。
 海神もまた、小屋内へ向けて心眼「集」をかける。
「風葉‥‥内部には、確かに何かがいる。だが‥‥どれが人質でどれがアヤカシか、確実な事は言いきれない」
 しかし、中央部には多くの反応があるという。人質はそこに違いない。慎重に、鴇ノ宮は扉を開けた。
が、彼女はすぐに、開けた事を後悔した。

 まず漂ってきたのは、強烈な腐臭と死臭。
 海神が後ろから、松明を掲げている。その炎が中を照らしだし‥‥地獄を見せた。
 天井には無数の剣や槍などが、刃を下向きにして取り付けられていたが‥‥それらに混じり、おぞましいものがぶら下がっていた。
 それらは、バラバラにされた人体。そしてそれらは、明らかにまだ子供のもの。腐りかけの皮膚と眼窩には、白く蠢く蛆の群れがびっしりたかっている。
 そして、全てが例外なく浮かべていた。無念さゆえの悲しみの表情を、不条理に殺されたゆえの憎しみの表情を。
『いかが? 私のちょっとした芸術作品は。そこいらの村から調達した子供を、生きたまま切り刻んで細工したんですけど、なかなかのものでしょう? まあ、ぎゃあぎゃあうるさかったですが、今じゃ死んだように静かなものです』
 鴇ノ宮は、それに答えなかった。いや、答えたくなかった。
 代わりに、彼女は海神へと声をかけた。
「‥‥行くわよ、とっとと人質助けて‥‥このゲスを‥‥」
 ぶち殺す。でなきゃあ、このむかつきは止められないだろう。
 彼女の胸中には、不愉快な嫌悪感によるむかつきが生じていた。

「!」
 だが、いきなり音が響き‥‥鴇ノ宮は驚いた。
 聞いたのだ、何かが叩かれるような音を。音は、すぐそばからのよう。
『そうそう、この小屋の内側は、剣やら槍やらの刃がびっしりです。で、天井を支える柱を壊したら、はたして人質はどうなるでしょう?』
 小屋の中心部には、亜貴をはじめとして人質たちの姿が。皆、気絶している様子だ。
 そして、小屋の四隅には、小柄な影が棍棒らしきものを振るい、柱に叩き付けていた。音はそこから響いている。
「くっ‥‥ふざけてんじゃあないわよっ!」
 鴇ノ宮は駆けだした。子供の死体からなるべく目をそらし、中心部へ向かう。海神もそれに続く。
 人質は皆、ひどく傷つけられていた。特に、両足は傷が多い。亜貴は朦朧としていたが、意識はまだ保っている様子。が、それでも顔や体中を執拗に殴られ、ひどく腫れ上がっている。
「‥‥あ‥‥あ‥‥」
 鴇ノ宮に気づいた彼女は、何かを喋ろうとする、しかし言葉が出ない。四肢にも力が入らない。
「頷くだけでいいわ! ‥‥生きてるのは、三人だけ? 他にはいない?」
 こくりと、かすかに頷く亜貴。だがそこまで聞いた時点で、天井が崩れ始めていた。
 鴇ノ宮は見た。刃が埋め込まれた天井が、重力に従い落下してくるのを‥‥。

 鴇ノ宮が小屋の中に入り込んですぐ、村の南側から巨大な何かが突進してくるのを開拓者たちは知った。
「‥‥来ます!」
 嶽御前の切迫した声とともに、そいつが霧をやぶり巨体を見せる。瘴索結界により、彼女はそいつの存在を感じ取っていた。
 そいつは、首のないたくましい巨人。巨大なトゲ付棍棒を手にしていた。
 口が無いゆえ無言のまま、そいつは棍棒で開拓者へと殴りかかる。同時に、周囲に佇んでいた仮面の人影も‥‥ゆらり、と動き出し、駆け出した!

「『サンダーヘヴンレイ』!」
 鴇ノ宮は、とっさに術を、強力な雷の一閃を壁へと放った。壁の一部が破壊され、即座にそこから人質とともに、海神とともに脱出する。
 だが、あの小さな人影が、棍棒とともに壁の穴から出てこようとしている。それは人形だった。おぞましきアヤカシ‥‥殺人人形の群れ。
「出てくるんじゃあ‥‥ないわよ! 『ストーンウォール』!」
 が、鴇ノ宮が術で作り出した石壁が、そいつらの脱出を阻む。刃の天井とともに、何体かの殺人人形が押しつぶされ‥‥破壊された。
 だが、それで多くの敵を潰したものの、全てではない。
 小屋の残骸を押しのけ、殺人人形は、手にした戦鎚を振り回し、脱出した鴇ノ宮と海神とに襲撃した!

 巨体のアヤカシ‥‥首無しは、棍棒をぐるぐると振り回し、地面へと叩きつける。
「‥‥こりゃまた、随分と鈍いやつだねー」
 いつもの口調で呟きつつ、不破はそいつに矢をいくつも打ち込んでいた。が、堪える様子はない。痛みを感じているようには見えない。
「はいはい邪魔邪魔〜、邪魔だから退けな〜」
 人質を助け出した鴇ノ宮を認めると、彼は周囲の仮面の人影‥‥タガメの妹の傀儡たる食屍鬼たちへと矢を打ち込む。
「はっ!」
 ベイル「翼竜鱗」を掲げたルエラは、展開した障壁にて、襲いくる食屍鬼、そして襲い掛かる首無しの攻撃を防いでいた。防御しつつ、瑠璃や白梅香を込めた降魔刀で切り付け、痛手を与えていく。
「‥‥っ! ‥‥少しばかり、数が多いですな」
 トカキも、戦いに参加していた。露払いしつつ人質を助け逃れる。その計画があっさりうまく行くとは思ってはいなかったが、これほど手間がかかるとは予想外。瑠璃をかけた棒手裏剣を投げつけ、迫りくる食屍鬼と首無しとを攻撃するが、事態は好転しない。
「‥‥ふん」
 雷撃が、トカキより放たれた。「アークブラスト」、強力な雷撃の呪文。
 それは数体の食屍鬼へ引導を渡したが‥‥同時に首無しの注意を引いた。
「‥‥!?」
 首無しが、棍棒を振るう。その一撃をギリギリでかわすも‥‥棍棒に埋め込まれたトゲが、トカキを引っ掛け、流血させつつ吹っ飛ばした。
 ホーリーサークル、使えばよかったか‥‥! 
 そんな事を想いつつ、トカキは後ろ様に吹っ飛んだ。
地に付した彼を助けたのは、嶽御前の剣。
 そして、いきなり生じた石の壁。正確には、鴇ノ宮の「ストーンウォール」の呪文。運よく、動けない人質を守っている彼女の近くへと吹っ飛ばされたのだ。彼女が作った石壁は、食屍鬼どもの攻撃を防ぎ、彼の命を救う。
「‥‥大丈夫?」
 鴇ノ宮もまた、周囲をにらみつつ、迫るアヤカシに相対していた。

「はーっ!」
 海神の太刀「阿修羅」が、殺人人形を切り捨てる。横踏と、隠神刑部の外套が彼の身を守ってくれはするものの、こしゃくな殺人人形どもの戦鎚は、確実に彼を傷つけていた。
 さらに、首無しがまっすぐこちらに向かってくる。絶望に落ちそうになった、その時。
「あいつは、私がぶっ飛ばすわ! 雑魚どもをお願い!」
 鴇ノ宮の勇ましい声が、海神の心に勇気を、四肢に力を送りこんだ。
 同時に鴇ノ宮も、呪文を詠唱する。それはあたかも、自らに力を送りこみ、絶望的な状況を打破する言霊を発動させるかのよう。
「‥‥我が名において、雷光よ! 我が掌に集い、我が力となり敵を討て! 汝‥‥怒れる蛇のごとく!」
 鴇ノ宮の両手に、力が集まり‥‥それは再び、彼女から放たれる!
「『サンダーヘヴンレイ』!」
 怒れる蛇のごとき雷撃は、迫る首なしへ直撃し‥‥そのおぞましき瘴気を霧散させた。
「みんな! とっとと逃げるぜ!」
 鴇ノ宮の一撃が決まるとともに、海神もまた殺人人形どもを切り捨てる。
 三人の生存者を抱えつつ、六名の開拓者たちは撤退した。だが、食屍鬼は何故か追ってこない。
『‥‥なかなか、退屈しのぎにはなりました。楽しめましたよ、皆さん』
 おぞましい穏やかな声が、霧の中から響いた。
「そうかい、なら‥‥そろそろ名乗ってくれると助かるんだがね‥‥! 『タガメの妹』なんて回りくどい呼び方は、面倒なんだ」
 挑むように、海神が言葉を投げつける。それに対し、吸血鬼は静かに答えた。
『ええ、名乗っておきましょう。私の名は、ヒズメ。獲物の頭を轢き潰す女‥‥轢頭女です。それでは、私が弄ぶ玩具の皆さま‥‥』
 もったいぶった口調で、彼女‥‥ヒズメは、最後に言った。
『次のお遊戯まで、ごきげんよう』

「‥‥ふぅ、助かりましたよ〜」
 不破が、嶽御前へと礼を言う。
 恐怖村から脱出後。落ち着いた一行は嶽御前の「閃癒」にて、傷を回復させていた。
 さらに、混乱している人質二人に、「解術の法」を、ルエラの「白梅香」とともにかける。魅了の術にかけられていたようだが、なんとか元に戻ったようだ。
「‥‥お疲れ様でした‥‥と。いやはや、疲れた疲れた」
 トカキが、だるそうな口調で呟く。
「さ、帰って依頼主に‥‥って、あんた、多希?」
「あ、あの‥‥迎えに、来ました」
 いきなり姿を現した多希は、おどおどした様子で鴇ノ宮たちに言葉をかける。
 だが、彼女の持っていた物に皆は戦慄した。それは、食屍鬼どもが先刻にかぶっていた面だったのだ。

 多希は、馬車で迎えに来ていた。仮面は拾ったという。
 亜貴を見て、多希は泣いて無事を喜んでいたが‥‥開拓者たちには、疑惑が生じていた。
「‥‥まさか、ね‥‥」
 その疑惑は、次の依頼で明らかにしてみせる。そう決意する鴇ノ宮たちだった。