人形奇譚四:奇怪の章
マスター名:塩田多弾砲
シナリオ形態: シリーズ
危険 :相棒
難易度: やや難
参加人数: 5人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/01/29 08:34



■オープニング本文

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 かつて、ひとつの家族があった。決して豊かな家庭ではなかったが、父親は真面目に働き、母親も気立てが良く、金よりも、普通に毎日を過ごす事を重視していた。
 が、懸命に働いても、仕事が豊かになることなく‥‥父親はアヤカシに襲われ、死んだ。
 そして母親は、人が良く‥‥人に騙され、利用されやすい人間だった。不運な事に、彼女は人に騙され、極貧の中、死んだ。
 二人には、息子がいた。父のような人形師になり人形を作りたい。金持ちになって母の立派な墓を作りたい。幼い彼は、この二つを心に刻んだ。
 彼の名は、偽瑠といった。

「仕事の依頼を、お願いします」
 真申が、ギルドの応接室に赴いていた。
「詳しい事は、この偽瑠の書付に。後の支払いは、濁屋でやってくれるとの事です‥‥」
 そこまで言うと、彼は胸元を押さえた。‥‥そこには、大きな血の滲みができていた。

 手紙を広げると、偽瑠の手記が。

「‥‥できるだけ急いで事情を書き記し、真申に任せる。満津とわが娘、亜貴は、あの人形たちと戦っている。娘を放置してわしが逃げるわけにはいかない。おそらく、わしはあの人形『壱番・奇怪』により殺されていることだろう。
 それも致し方ない。しかし‥‥わしの娘と、かつての友人の娘を見殺しにはできない。

 わしには、夢があった。
 父親と同じように、人形師になり好きな人形に囲まれ過ごしたい。母親のように人に騙されず、貧乏になどならない、と。だからこそ、わしは人形師を志した。
 明寺と出会えたのは、幸運だった。わしはあそこまでの技術を得ることはできない。だから‥‥商売人として、彼の人形を売る商い一筋で生きることにした。
 人形の商いに、わしは成功した。だが、人形だけでは、どうしても先細りになる。
 わしが開拓した新たな顧客層は、武家ややくざものたち。彼らに新たな商品を売り出したら、これが当たった。
「仕掛け人形」‥‥内部に暗器を隠しておき、有事に人間が取り出し使ったり、爆薬を内部に詰めて爆殺に用いたり、内部に隠し金庫を仕込み禁制品をやり取りする道具にしたりという商品だ。
 が、明寺はこれが気に入らなかった。「人形を人殺しの道具にするな」というのだ。
 今まで通りだと、金にならずじり貧になることは目に見えている。奴とて貧乏の苦汁をなめて来たのに、なぜわしの気持ちがわからぬのか。わしは、「金が無いと何もできない。儲けられる顧客や市場を、なぜ認めぬか」と説得した。
 が、明寺は説得には応じなかった。互いに歩み寄りを見せぬまま‥‥明寺はわしのもとを失踪した。
そして、明寺は自分が病に侵され、長くない事を知ったのだろう。わしに、復讐を仕掛けたのだ。
 あの人形‥‥「頭部・伍番・黒龍」を、わしの所有していた母様の似顔絵そっくりに作って、わしの気を引かせる。そしてそこから、人形の部品を集めさせる。そこまで計算していたに違いあるまい。
 わしはそこまで気が付かず、舞い上がっていた。素晴らしい出来の人形を残し死んだと、そう思ってしまっていた。

 明寺の娘、満津。明寺の弟子、真申。二人もわしの武器隠し人形を憎んでいた。が、明寺の行為には賛成しておらず‥‥独自に動き出していた。
 明寺の企み。それは「人形を分解し、それぞれに番兵として付喪人形を置いておく」。
 回収にきたら、その付喪人形の攻撃を受けるように施していたのだ。わしがあの人形を集めに向かったら、そこで付喪人形が襲いかかると。だから全てが、瘴気の濃い場所に置かれていたのだ。
 二人はそれを知り、それを阻止せんと先に回収しようとしていた。人形で復讐など、人形に武器を仕込み売る事と同じだと、な。
 が、結果として。人形の部品は全てわしの手に入った。わしは頭、左右の腕、下半身を手に入れたのだ。残るは『胴体・九番・合体』だが‥‥それは最初に左腕が入っていた『壱番工房』の奥、巧妙に隠されていた隠し蔵に隠されておった。
 それを見つけた時。復讐は不発に終わったと、わしは思っていた。

『胴体・九番・合体』を手に入れた後、わしは亜貴、満津、真申を店の倉庫に呼び、明寺と争った事情を説明した。
 そして、満津と真申から明寺の意図と聞き、今後の武器隠し人形の提供を縮小していく事で二人と話をつけた。わしとて鬼というわけではない。これ以上二人と争うより、二人と協力する方が建設的だし、今後の儲けにもつながるものと判断したゆえ、妥協した次第。
 で、明寺の作った人形の完成形を披露しようと、皆の目前で部品を組み合わせた。

 だが、それこそが復讐の本領だったのだ。
『胴体・九番・合体』は、すでに瘴気を浴び、付喪人形と化していた。それに、頭部と手足とを取り付けたのならば‥‥あとは言わずともわかるだろう。
 完成した『壱番・奇怪』は動きだし、わしらに襲いかかったのだ。
 それだけでなく、『奇怪』に呼びかけられたかのように、倉庫に保管されていた武器隠し人形や等身大の人形の在庫が、付喪人形と化して動き出した。
 倉庫からかろうじて逃げたものの、すでに付喪人形の群れは倉庫の周辺、蔵の周辺にも先回りしており‥‥。わしらは外に逃げられなかった。
 亜貴と満津、わしと真申はそれぞれ蔵に逃げ込み、内側から鍵をかけ、かろうじて籠城する事に。
 しばらくして、わしが過去に雇ったならず者連中の残りが全員、店の敷地内へとなだれ込んできた。どうやら店の従業員がわしらの窮地を知って、大金を積んで退治を依頼してきたらしい。
 しかし、蔵の空気抜き窓から見えたのは、付喪人形により殺される彼らの姿だった。特に『奇怪』の戦いぶりは凄まじく‥‥数刻も経たないうちに全滅してしまった。
 逃げる者もいたが、逃げきれなかった。全員が、『奇怪』の、そして倉庫や蔵から出てきた付喪人形により殺された。
 だが、この隙にわしは真申を脱出させるように試みた。おそらくこの手紙がギルドで読まれている頃には、わしは死んでいるだろう。
 だが、それでも構わん。わしは自分を囮にして、真申にこの手紙を渡し、脱出させるつもりだ。
 最後に、亜貴に伝えてほしい。ひどい養父だったが、わしはお前を、本当の娘だと思っている。満津と、それから真申にもひどい事をしてしまったが、この命をかけて、詫びたいと伝えたい。
 ギルドの開拓者の皆さん。どうか『奇怪』と付喪人形を破壊し、亜貴と満津とを助けてほしい」

「‥‥自分は、偽瑠に対しては師の事もあり、奇妙な感情を持っていますが‥‥どうか、この依頼を受けてください。お願いします」
 治療を受け、かろうじて回復した真申が懇願した。
 これが、最後の依頼になるだろう。君たちは真申の言葉を聞くとともに、最後にして最強の付喪人形と対峙する事に戦慄を覚えていた。


■参加者一覧
鷲尾天斗(ia0371
25歳・男・砂
嵐山 虎彦(ib0213
34歳・男・サ
不破 颯(ib0495
25歳・男・弓
朽葉・生(ib2229
19歳・女・魔
鳳珠(ib3369
14歳・女・巫


■リプレイ本文

 集まった五名、うち二名の開拓者は、今回が初参加。
「‥‥事情はわかった。俺たちも協力させてもらうぞ」
 新参の一人は、嵐山 虎彦(ib0213)。元僧侶のサムライ。
「ああ。最初で最後だが、ド派手に踊ろうじゃあねえか。木偶人形なんざ、すぐにぶっ潰してやるさ」
 不敵な笑みを浮かべるはもう一人。隻眼の砂迅騎、鷲尾天斗(ia0371)。
「天斗。てめぇの狂暴さと凶悪さ、それに俺の腕がありゃあ、人形なんざ問題じゃあないだろうよ」
「へへっ、俺とお前が組んだら、あっさり解決だぜェ」
 豪快に呵々大笑する二人。
「‥‥お二人に、これだけはお伝えしておきます」
 が。二人の談笑は、真申の言葉により止められた。
「‥‥師匠の人形に相対したら‥‥今のように笑っていられません。その点は、お覚悟を」
 そして真申は、鷲尾に言葉を向けた。
「‥‥僕は、あいつがあっさりとあなたに倒される事を祈っています。‥‥あいつを、倒してください」
 彼の視線と、口調と表情から伝わってくる『恐怖』‥‥。わずかだが、鷲尾はその感情に気圧された。
「‥‥まあ、確かに『あっさり』とはいかない相手だろうねぇ〜」不破 颯(ib0495)が、いつも通りに呑気さすら感じさせる口調で、沈黙を破る。
 が、その言葉の節々にあるのは『緊張感』。彼は今までの付喪人形全て‥‥『物干竿』『枝垂柳』、そして『鷹乃目』と対戦し、その恐ろしさを体感している。
「‥‥真申さんの言うとおりです。私は『鷹乃目』としか戦っていませんが‥‥あれは普通じゃない。それだけは事実です」
 朽葉・生(ib2229)。ジルべリアの魔術師が、神妙な面持ちで語る。
「私も、同感です」朽葉に続き、鳳珠(ib3369)もまた重々しく語った。
「私は、『枝垂柳』と『鷹乃目』と戦いました。‥‥そのどちらも、やっとの事で勝てた相手です。ならば、今度の『奇怪』は‥‥」
 その後の言葉が、出てこない。
 そして鷲尾と嵐山は、後になってその意味を痛みとともに知るとは、この時には思ってもみなかった。

 現場。
 すでにそこは、死臭と腐臭、瘴気が漂う地獄に。入り口は全て固く閉ざされていたが、かろうじて一部の塀が登れそうなのを発見し、開拓者たちはそこから入り込むことにした。
「‥‥いるぜ。糞醜い糞人形どもが。へっ、やりやすいってなもんだぜェ‥‥!」
 塀を上った鷲尾は、凶悪な口調とともに内部の状況を述べた。亜貴らがいる蔵までたどり着くには、そう難しくは無いだろう。
 鷲尾の手には、魔槍砲「アブス」を携えている。それで人形どもを一掃すれば、駆けつける事など容易!
「先に行ってるぜェ! ヒャッハッハハハハハ!」
 狂気の哄笑‥‥狂眼凶笑の様相で、彼はアブスを放った。
砲撃が人形どもを薙ぎはらう。雑魚をまず一掃し、後に親玉を叩く‥‥。それが、今回立案した作戦。
「おう! 俺も行くぞ!」
 嵐山もまた降り立ち、長槍「青鬼」で突撃した。槍の一撃で人形の手足や頭部が胴体から離れ、地面に転がる。さらなる一撃を加えると‥‥それは五体ばらばらになり、地面に崩れ落ちた。
 二人に続き、朽葉、不破、鳳珠もまた塀の内側に降り立った。
「あっはは〜、絶好調だね〜」友人たちの様子を見て、不破がつぶやくが‥‥その言葉と裏腹に、心配でもあった。
 いままで対戦した付喪人形三体は、思いもよらぬ仕掛けや能力が内蔵されていた。果たして二人に、それが見抜けるか‥‥。
「不破さん!」
 鳳珠の言葉に我に返ると、不破は別の方向からの仕掛け人形、その群れへと矢を放つ。
 さらにガドリングボウで、数体の動きを止めた。が、それらを押しのけ、別の数体が迫る。
 一体の人形は、別の人形の「腕」を持っていた。正確には、腕に模した「剣」を。
 その後ろには、「足」の形をした棍棒を、「頭」の形をした鎖つき鉄球を、そのような武器を持った人形がわらわらと迫ってくる。足元には、それらに殺されたやくざたちの死体。
「真申さんは、終わるまで安全な場所に!」
 朽葉は叫び伝え、呪文を唱え始めた。
「‥‥『サンダーヘヴンレイ』!」
 不破は見た。朽葉が呪文で出現させた雷光が、迫りくる人形の群れに直撃するのを。
「人形は‥‥まだ居ます!」
 鳳珠が叫ぶ。「瘴索結界『念』」で、さらなる人形が別の場所から迫りくるのを感じ取ったらしい。
 ともかく、今は「蔵」まで向かわねば。中の亜貴と満津、そして、偽瑠が無事か否か。三人の無事を確保しなければ。

 蔵の周囲を、アイアンウォールで囲い、周囲の付喪人形を一掃した後‥‥。
 開拓者は、扉を開けた。
 内部には、三名。内二人は、全身がズタズタの状態に。二人とも折れた刀を手にしており、激しい戦いを繰り広げた事を物語っていた。息が弱く、意識を失っている。
 そして、残る一人は。息をしていなかった。
「‥‥亜貴さん!」
 鳳珠と朽葉が、それに駆けつけた。

「‥‥どうなの?」
「‥‥偽瑠さんと満津さんは、閃癒をかけました。じきに目を覚ますでしょう。ですが、亜貴さんが‥‥」
 まだ、それほど時間が経過してはいない。おそらく、二人を守ろうと必死になって戦ったのだろう。他の二人以上に、彼女の体はぼろぼろにされていた。
「すぐに、生死流転をかけます。符水を渡しておきますので、その後で治療をお願いします!」
 朽葉を脇に控え、鳳珠は術をかけ始めた。一足遅かったが、まだ体に温もりが残っている。ならば、助け出す可能性もまた残っている。
「‥‥巫女の名にかけて、絶対に‥‥死なせません!」

 蔵の外。不破と鷲尾、嵐山の三名が、最後の敵を倒さんと立っていた。
 地面には、死体に人形の残骸。それらとともに、仕掛け人形の残した武器が、あちこちに無造作に転がっていた。
 付喪人形は一掃したが、肝心の「奇怪」の姿が見えない。不破は一息つきつつ、周辺に気を尖らせていた。
「! ‥‥へっへっへ、来やがったぜぃ‥‥」
 鷲尾の言葉が耳に入り、不破は見た。蔵へと近づく、一つの大柄な人影を。
 それは、白銀の左腕、蒼色の右腕、紅色の下半身。
「奇怪」
 まさにそれは、奇々怪々なる容貌の人形。
 しかし不破は、「奇怪」に目を奪われていた。認めたくはないが、それは「美しかった」のだ。
 無論、冒涜的な彫刻や意匠、造形からは、気味の悪さが漂っている。が、均整が取れたすべての部品の造形に、細緻な彫刻や色彩。それら全てが合体したことで、人形からは生じていた。‥‥風格と、造形技術から生まれる、「異形の美」が。
 ‥‥刹那。
 開拓者たちの姿を認めた「奇怪」は、駆け出した。

「ヒャアッハッハッハーーーッ! いくぜぇ!」
「おおっ! アヤカシ人形め、覚悟しろ!」
 アブスを構える鷲尾、青鬼を構える嵐山。
 不破は二人を援護せんと、付喪人形に弓を射るが、ことごとく「弾かれた」。左腕の銀蝦から触角を模した鞭が伸び、それが「枝垂柳」がごとく矢を叩き落すのだ。
 ではあったが、鷲尾と嵐山が接近する時間稼ぎにはなった。二人の槍が突き出され、ガッキという音が響いた。

 嵐山は「奇怪」と戦いつつ、真申に質問した時の事を思い出していた。

『‥‥なら、教えちゃくれんか。人形に、弱点は何かないかを』
『‥‥弱点らしい弱点は、ほぼありません。ただ唯一、関節部が、他よりわずかに弱いかと』

「‥‥くっ! 関節部どころか、当てるだけで精一杯じゃあねえか!」
 それだけでなく、「奇怪」は足元に落ちている仕掛け人形の武器を拾い上げ、自身の武器として用いていた。今用いているのは、人形の頭部に模した、鎖つき鉄球。その重々しい一撃を受け、嵐山は薙ぎ払われた。
「なめるな! 『一槍打通』!」
 安定した一撃が当たるも、「奇怪」の動きを鈍らせたのみ。
「オラオラァッ! ブッ潰れやがれぃ! ギャハハハハ!」
 その隙を突き、ダナブ・アサドを発動させた鷲尾が鉄球を弾き飛ばし、「奇怪」の左腕を叩き落さんと強烈な魔槍砲の一撃をくらわした。
「奇怪」の左腕が、骨が折れたかのようにだらりと伸びた。
「木偶人形の割には、楽しませてくれるじゃないのよォ。だがこの程度じゃあ、俺を倒せねえぜェ!」
 とどめを刺さんと、狂った笑いとともに踏み込む鷲尾。彼を見て、嵐山もまた身構える。
「虎! ガラクタ人形かき取るぞ! イクぜェ!!」
「おう!」
 が、次の瞬間。
 二人は、真申が言っていた言葉の意味を思い知った。
 
 左腕を叩き落し、そのままダナブ・アサド、アルデバラン、ゼロショットを同時発動して倒す‥‥。
 その作戦は、普通の相手ならばうまく行っただろう。が、鷲尾は過ちを犯していた。
 目前の人形が、普通ではない事。そしてそいつには、執念が込められていた事。なまじ有利になった故、彼はその事を見落としてしまっていた。
 踏み込んでアブスの攻撃を加えようとした、その時。
 頭部・黒龍の口から、いきなり黒い霧状のものが至近距離から放たれた。
「!?」
 それを顔に浴び、鷲尾は混乱とともに視力を失った。
 そして「奇怪」の左腕は、破損していなかった。関節部分から、腕が長く伸びたにすぎなかったのだ。「奇怪」はそのまま体を回転させ、その勢いで左腕を、鞭のようにして鷲尾へと叩きつけた。
「なっ‥‥!? がはっ!」
「奇怪」の左腕が自分の左脇腹に叩き込まれ、肋骨が折れるのを鷲尾は感じ取った。続き、アブスとともに横様に吹っ飛び、激痛とともに血反吐を大量に吐き出す。続き、蒼鰐の顎‥‥「奇怪」の右手首が喉笛に固くかみついたのを、感触で知った。
 息ができない。視力は戻ったが、呼吸は戻らない。
「がっ! ‥‥ぐっ! ‥‥がはっ! ‥‥!」
 そのまま、地面に何度も何度も全身を叩きつけられる。気が狂いそうなほどの激痛が、左腕を除いた全身に走り、鷲尾の命を削り取っていく。そしてそれは、何を以てしても止められない。
「‥‥こんな‥‥莫迦なっ‥‥!」
 彼は意識とともに力が消え、自らの命が消えていくのを実感していた。

「‥‥ッ! 貴様ぁっ!」
 嵐山が我に返るのに、時間がかかりすぎた。三秒もかかったのだ。
 だが、ちょうど今の位置は「奇怪」の真後ろ。このまま後ろから突進し、直撃をくらわせば!
 それに気づいた「奇怪」が、鷲尾を放り出した。
 己の真後ろ、すなわち、嵐山に対して。
「なっ!? 天斗!」
 仲間とともに、嵐山は地面に叩きつけられる。すかさず「奇怪」は、拾い上げた剣‥‥他の仕込み人形の手足として内蔵されていたそれを手にして、二人へと振りかざした。
 まずい、このままでは!
 鷲尾とともに横に転がりかわしたものの、
「ぐっ! ‥‥がはあっ!」
「奇怪」の紅色の脚から、強烈な蹴りが放たれた。それは嵐山の巨体をいともたやすく空中に蹴り上げ‥‥地面へと蹴り飛ばした。地面をなめ、土の味とともに血の味が口の中に大量に広がる。
 蹴られた毬のように、嵐山も地面を転がされた。吐血が口から、いや、腹の底から湧きあがり止まらない。立ち上がれない。
「‥‥痛えっ‥‥畜生‥‥これまで‥‥なのか‥‥っ!」
 地面が自分の流した血を吸っていくのを、彼は近距離で眺めていた。

「『サンダーヘヴンレイ』!」
 朽葉の呪文が「奇怪」を直撃し、二人の命は救われた。さらに「奇怪」にやられた二人を援護し、不破は更に矢筒の中から矢を放つ。
「はっ!」
 が、やはり全てが弾かれ、何の痛手にもなっていない。逆に「奇怪」は、次の獲物を不破と朽葉に定めると‥‥地面の二人を放置し、駆け出した。
 鷲尾と嵐山に駆け寄った鳳珠は、梵露丸を飲み下した直後。練力が回復すると同時に再び閃癒を、今度は仲間たちへと唱える。
「‥‥くっ、まずいな〜」
 矢筒の中身が、空になりそうだ。が、朽葉に目くばせすると、彼女はそれにうなずいた。
 数秒。それだけの時間でいい、それだけ稼げたら‥‥!
「『バーストアロー』!」
 不破は最後の矢を掃射した。それを薙いだ「奇怪」が、数秒間だけその場に立ち止ったのを見た。
「‥‥!」
 それとともに、朽葉の呪文詠唱が終わり‥‥最後の攻撃が放たれた!
「‥‥『ララド=メ・デリタ』!」
「灰色」を用いた、精霊魔法。出現した灰色の光球が、「奇怪」を包み込む!
 奇怪なる付喪人形が、朽ちていくのがはっきりとわかった。まるで悔しげに顔を歪めているかのように、人形の顔もまた歪んでいる。
 朽葉は勝利を確信‥‥できなかった。
「ぐっ! ‥‥そ‥‥んな‥‥!」
「奇怪」の左腕、ないしはその鞭が伸び、朽葉の首に固く巻き付いたのだ。もはや全身がぼろぼろになり、朽ち果てつつある姿になってもなお、執念と共によろめき歩く。
 それが醸し出すは、濁った空気。怨念と怨讐と妄執とが交じり合った、瘴気にも似た近寄りがたい空気。
 それに対し、気圧されるも‥‥豪胆なる者たちが、それに立ちはだかった。
「‥‥今度こそ、とどめ!」
「おう!」
 鳳珠の閃癒で、負傷から回復できた鷲尾と嵐山。二人が突撃した。
 嵐山の背中を踏み台にして、空中に飛び上がる鷲尾。空中でアブスを抜き放ち‥‥魔槍砲を撃ち放つ!
 そして嵐山もまた、「地奔」を放った!
 強力にして強烈な二撃を受け、朽葉に巻き付いていた鞭も切断された。今度こそ「奇怪」は崩れ落ち、塵と化して霧散していった。
「‥‥あはは! 塵は塵に‥‥」
 討ち取り、哄笑するつもりの鷲尾だったが、その笑いは力なく、途中で途切れた。
 狂笑とともに、余韻を楽しむ余裕や元気。そんなものは無かった。ただあるのは、妄執の恐怖と‥‥虚しさのみだった。

「お手紙の内容が本心なら、それをご自分の口で仰って下さい」
 鳳珠が、蔵より出てきた偽瑠へと問いかけた。
 だが、偽瑠の顔は悔恨のそれだった。
「‥‥だが、今更どの面を下げて、娘に‥‥」
「いいえ。生きていれば幾らでもやり直しはできます。それに‥‥ほら」
 鳳珠が指し示した先には、回復した満津に支えられた、復活した亜貴の姿があった。
「亜貴さんも、そうされる事を願っていますよ」
 さらにすぐ近くには、真申もいる。
「‥‥人殺しや、儲けるためだけの人形はやめて、僕と満津、皆とで、また最初から始めるんです」
「ええ。師匠が、明寺が作ったような復讐の人形でなく、今度こそ本当に、人の心を癒せる人形を、ね」
 真申と満津の言葉が、偽瑠へと向けられた。
「‥‥父様、もう一度‥‥最初からやり直しましょう」
 亜貴の言葉に、偽瑠の目から涙が零れ落ちた。
「お前、たち‥‥。すまん‥‥すまなかった。すまなかった‥‥明寺‥‥」
 偽瑠は三人と抱き合い、涙を流す。それを見た開拓者たちは、確信した。
 もう二度と、濁屋からこんな人形が、復讐の付喪人形が生まれ出でる事は無いだろう、と。

「‥‥これでも元は坊主。人形師よ、弔わせてもらおう。どうか安らかに。南無」
 嵐山が合掌し祈ると、周囲の空気がかすかに澄んだ。そんな感覚を、皆はどこかで感じていた。