人形奇譚三:紅百足の章
マスター名:塩田多弾砲
シナリオ形態: シリーズ
危険
難易度: 普通
参加人数: 5人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/12/24 23:27



■オープニング本文

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 人形師・明寺。失踪後、失踪先で死亡した彼は、かつて仲間だった商人・偽瑠に恨みを持っていた様子。
 彼は、異形だが美しい等身大の人形をこしらえ、それを五つの部品に分解した。
 そして、それぞれの部品とともにやはり等身大の人形を作り、瘴気が濃い場所に蔵を立て、それらを安置。部品が一つ手に入るたび、次の部品がある蔵の場所、およびその鍵が手に入るようにしていた。
 偽瑠はそれらを手に入れるため、開拓者に依頼。部品を守っている付喪人形『弐番・物干竿』『参番・枝垂柳』を退治させ、『左腕・六番・銀蝦』を手に入れた。
 が、次の部品『右腕・七番・青鰐』、そして同封されていた『両足・八番・紅百足』の蔵の鍵を、二組の者たちに奪われてしまったのだ。手元にあるのは、『紅百足』が納められている蔵への地図のみ。
 奪おうとした者たちの一組は、二人のならず者。彼らは偽瑠の養女・亜貴に刀で切り付けていた。
 そしてもう一組、今『青鰐』を手にしているのは、ならず者二人の片方を矢で射殺し、亜貴を助けた真申と満津。明寺の一番弟子と娘の二人組。
 真申と満津が言うには、『人形で汚い真似をする偽瑠を許さない。しかし、父親であり師匠の明寺の企みを知ったので、それを止めるつもり』
 その企みとは『人形を分解し、部品を取りに来た時に、守らせていた付喪人形に襲わせる』というものらしい。そして二人は『明寺の人形を、そんな事に使わせたくない』とも付け加えていた。

「父様!」
 偽瑠の人形店、「濁屋」。その事務所の、偽瑠の部屋。
 そこへ亜貴が、偽瑠の部屋へと殴りこむように怒鳴り込んだ。
「おお、亜貴。聞いたぞ、傷は大丈夫か?」
「‥‥それより! どういう事です! 人形で汚い真似をしているとは!」
「‥‥はて、何の事かな?」
「とぼけないで! ‥‥明寺さんとの間に何があったのか、ちゃんと話してもらいます」
「‥‥お前には関係のない事だ。あれは、言うなれば商売上の問題であって‥‥」
「いいえ! 私も殺されかけたのよ! 関係あるわ! それに、真申さんに満津さんも言っていたわよ!」
「‥‥ふん、あの青臭い若造どもめ、余計な事を‥‥。ああ、わかった。この件がすんだら説明してやる。お前はもう関わるな‥‥また、切り付けられるかもしれん」
「いいえ、今説明してください! 今度は紅百足を手に入れるつもりでしょう? 知っている事があるなら、全てを話してください!」

 しかし、偽瑠は折れなかった。
『話さないとは言っていない。むしろ、お前のためだ』
 そう言って、彼は亜貴を追い返した。

 その数日後。
 亜貴のもとに、文が届いた。
 真申からのそれは、事態をさらなる混乱へと導くものだった。

「その文には、様々な事情が記されていました。おそらくは、今後に関わってくるものと思われます」
 ギルド、応接室。
 亜貴は、偽瑠の代理という名目で、依頼に赴いていた。
 依頼内容は『地図の場所に赴き、「紅百足」を回収してほしい』というもの。
 それに付随し、亜貴は真申からの文の内容を、偽瑠に明かしていないその内容を語り始めた。

 真申と満津は、かつては兄妹として孤児院で暮らしていた。真申は手先が器用だが体が弱く、妹の満津は逆に壮健で武術に秀でていた。
 そしてある時。明寺が真申の事を知り、弟子として引き取ろうとした。真申はその時、条件として「妹を養女にしないと、弟子にならない」と突っぱねた。
 かくして、真申は弟子として、満津は明寺の娘として引き取られる事に。
 が、今回の件。手紙によると、明寺は偽瑠が人形を用いて汚い真似(具体的には何かは、手紙には記されていなかった)をしたために、偽瑠のもとから離反し、命を懸けて復讐するために企てたらしい。
 真申と満津は、それに気づき、自分たちで独自に回収する事にした。人形を、復讐のために用いる事などしたくなかったのだ。濁屋に忍び込んで地図を盗み出そうとしたのも、そのためだと。
 が、偽瑠は『銀蝦』を回収してからそれに気づき、開拓者とは別にならず者どもを雇って、邪魔をする者を排除しろと命じた。彼らは過去に、偽瑠の汚れ仕事を受け、実行してきた者たち。今回もまた、『青鰐』を横取りしようとする真申と満津に対し、先回りして手に入れろ‥‥と命じたが、逆に奪われる結果となった。ちなみに、亜貴に切り付けたのもこいつらの仲間だが、連絡が伝わっておらず、偽瑠の養女と知らなかった故の事だそうだ。
 ともかく、このならず者たちは『青鰐』を奪われたのち、改めて偽瑠の依頼を受け、真申と満津の隠れ家を見つけ『青鰐』を奪い返し、人質として満津を拉致したという。
 真申は、偽瑠が持っていた地図と、自分が持っていた『は番鍵』とともに、『四番蔵』へと向かわざるをえなかった。
 が、ならず者連中は、蔵を守っていた付喪人形‥‥『四番人形・鷹乃目』により全滅。真申自身も重傷を負い、なんとか逃げたという。

「で、真申さんは他に頼る者がいないため、私に文を届け、頼んできたのよ。‥‥妹の満津さんを、助けてほしいって」
 しかし、満津がどこにとらわれているか。その手がかりは無かった。ならず者連中は『濁屋に関係するところに隠している』と言っていたが、それも事実かどうかすらわからない。少なくとも、亜貴の耳にはそれらしい情報は入っていない。
「義父に改めてその事を問いただすと、知っているとの事。そして、条件を出してきました。『紅百足』を手に入れたら、満津を解放しよう、と」
 かくして、こうやってギルドに依頼に来た、というわけだ。
「‥‥『鷹乃目』ってのがどういう人形かは不明ですね。一つだけはっきりしているのは‥‥弓矢で射撃して攻撃する事だそうです。蔵は今までの二つと異なり大きめで、鐘楼のような二階があり、そこから何者かが矢を放ってきたんですって」
 真申もそれを受けて、重傷を負った。なんでも「四番蔵」が建っている場所は、魔の森にほど近いが、周囲には遮蔽物が何一つない荒野のど真ん中。それでいて瘴気が濃く漂っており、辺りは昼間でも怖気を感じるほど。周囲には知らずに近づいた人や獣が、矢で射殺されたなれの果てである死体がごろごろしている。そして、おそらくそれらの屍に瘴気が宿っている可能性は高い。‥‥なぜなら、真申らが最初にそこに赴いた時、多数の屍人に襲われたからだ。
「義父はまた、仕事と称し外出しています。お願いです、満津さんを助けるためにどうか、『鷹乃目』を攻略して『紅百足』を手に入れてください」


■参加者一覧
風鬼(ia5399
23歳・女・シ
リューリャ・ドラッケン(ia8037
22歳・男・騎
不破 颯(ib0495
25歳・男・弓
朽葉・生(ib2229
19歳・女・魔
鳳珠(ib3369
14歳・女・巫


■リプレイ本文


「あちゃあ‥‥予想以上に悪い状況になってまさあな」と、風鬼(ia5399)。
 彼女の言うとおり、四番蔵の周辺は、死屍累々な状態。人と、犬または狼らしきものの死体が、あちこちに転がっていた。
「なるほど。だが、‥‥我々が勝たせてもらう。人間らしいやり方で、な」不敵に蔵と死体の山に視線を向けるは、竜哉(ia8037)。
「さてもさても、面倒になってきたねぇ。‥‥周囲には、怪しき人影はなし。今のところは、な」不破 颯(ib0495)の飄々とした口調が終わらないうちに、小鳥が地面に落ちた。
「あっ!‥‥小鳥さんが‥‥」
 可憐なる巫女、鳳珠(ib3369)はその目で見た。蔵の周辺に不用心に入り込んだ鳥が、蔵より放たれた矢によって貫かれるのを。
「‥‥なるほど、確かに鐘楼のような場所に陣取っていますね。思った以上に、手ごわいかもしれません」朽葉・生(ib2229)。今回からこの依頼を受け、参加した彼女もまた、油断なくその様子を見逃すことなく見つめていた。
「朽葉様、このような状況です。改めて‥‥よろしくお願いします」
 亜貴の言葉に、朽葉は元気づけるかのように微笑んだ。
「心配無用、やって見せますよ。それではみなさんも‥‥良いですね?」
 朽葉、ジルべリアからの魔術師。その言葉に、皆も力強くうなずいた。

 瘴策結界「念」で、周囲の瘴気を探り出す鳳珠。
「‥‥結構充満してますね。なんていうか、『濃い』です」
 そして、その濃さに当てられたかのように‥‥近くの死体が立ち上がった。一体‥‥二体と、次々に起き上がり、歩き始める。いや、人間以外の死体も中には含まれていた。
 それらは、開拓者へと向かってくる。つかみかかるように手を伸ばすが。
「はっ! ‥‥命無き者に、やられる俺たちではない」
 竜哉が、ペンタグラムシールドでそれらの攻撃を防ぎ、魔槍「ゲイ・ボー」の穂先にてそいつらを薙いだのだ。黄色き宝珠がついた穂先の刃が、容易に不死の化け物の体を切り裂く。
 瞬く間に動き出した死体は、動かない死体へと戻った。簡単に済む事だが、あの蔵に陣取る付喪人形‥‥『鷹乃目』は、こう簡単には倒せまい。
 しかし‥‥と、竜哉は思っていた。世に簡単な事などない。そして、困難に挑み、それを制するからこそ開拓者。
「さて‥‥次の困難はいかに? 来てみろ、『鷹乃目』!」
 
 四番蔵周辺の空地は、目で見てもわかるくらいに空気が淀んでいた。瘴気のせいか、どこか薄暗さすら感じさせる。空は快晴で、陽光が惜しみなく照らしているのにもかかわらず。いや、その陽光すらも、この呪われし空き地には差したくないかのようだ。
 死体とともに、おそらくは『鷹乃目』から放たれたと思しき矢が、いくつも落ちていた。ほとんどが曲がり、折れ、歪んでいる。中には蛇のようにくねったものすらあった。
「くろがねの壁よ、我が呼び声に答え、今ここに出でよ‥‥『アイアンウォール』」
 朽葉の呪文により、鉄の壁が目前に出現した。亜貴の目には、それは大きく、なおかつ頼もしく映る。これが動かせればなお良かっただろうが、致し方ない。
 案の定、『鷹乃目』からの射撃が、鉄の壁にめがけて襲い掛かってきた。
 カッ。
 鉄の矢じりを、鉄の壁が弾き返す。恐る恐るそれに目を向けると、どうやらそれはごく普通の矢のようだった。
「‥‥先刻、小石を投げてみたが。やはり接近しない事には撃ち込んでは来ない、か?」
 竜哉の言葉に、同調するかのように風鬼がうなずいた。
「蔵の『扉』。今回は、それほど変わった様子は見られませんやね」
 そして、と、彼女は言葉を続ける。
「あの『鷹乃目』。射る間隔やら瞬間やらを観察していたんですが‥‥どうやら一定‥‥ではなさそうですな」
 つまりは、自分で動く目標を確認し、それが向かってくると認識したら、射る、と。
 その風鬼の言葉が終わると同時に、また一体の屍人が倒れた。脳天を数本の矢が貫いている。
 こうやって、アイアンウォールで陰を作りつつ接近する。この作戦がうまく行けばいいが。
 
 応酬が続く。
 こちらからの矢が届く距離まで接近したら、不破が『鷹之目』へと矢を放つ。
 しかし、アイアンウォールを陰にして放つ矢は、全てが届かない。全てではないが、ほとんどが『鷹乃目』が放つ矢に弾かれるのだ。
「ちっ、本当に面倒だね〜‥‥やっこさん、特殊な鏃付の矢でも撃ってきたら、こちらから撃ち返してやるてのに」
 しかし、今のところはそのような矢は放とうともしない。
 更に悪い事に‥‥周囲の屍が起き上がり、迫り来ている。風鬼のバトルアックス、竜哉の槍がそれぞれ切り払うも、数が多いためにおっつかない。鳳珠のかけてくれた「加護結界」が無ければ、おそらくは一撃を喰らっていたかもしれない。
「忍法、火遁の術!」
「‥‥『メテオストライク』!」
 風鬼の術と、朽葉の唱えた呪文が、周囲のアヤカシ‥‥屍人と屍狼との混在した群れを、炎で焼き尽くした。腐肉の焦げる匂いとともに、アヤカシが滅されていく。
 これで数度目の呪文。だが、屍人の群れは減ったものの、肝心の『鷹乃目』に対しては有効な策を打てていない。
「‥‥もう少し近づかない事には、当たりそうにないな〜‥‥!」
 ガドリングボウで、三連射を浴びせかける不破。が、焦りがあるためか、いつもの飄々とした口調も精彩を欠く。
 事実、ほとんどの矢が蔵に届く前に落とされているのだ。そのため、せっかく用意した油壺をくくりつけた矢が、無駄になってしまっている。
 そして、全ての矢を防ぎ切れたわけではない。かすったり、突き刺さったりしたのも少なくは無かった。
 竜哉がオーラシールドで防ぎ、弾き、鳳珠がひどいけがには精霊の唄で治療を施す。が、それも無尽というわけではない。早急に打開せねば、じり貧になる事は明らか。
「‥‥ふむ?」
「風鬼さん? どうしました?」
 鳳珠の問いに、風鬼は自分たちの近くに転がっているものを指し示した。
「あれでさぁ。蔵に一番接近できた、ごろつきどもの細工」
 それは、鉄板を張り付けた巨大な板だった。ムクの木材で作られたらしいそれは、おそらく二人がかりで用いていたのだろう。その一人と思われる遺体が、矢に板ごと貫かれ、磔の状態になって放置されている。
「‥‥待てよ、あの鏃?」
 風鬼は何かを思いつき‥‥身構えた。

「早駆」で、風鬼は戦場を走りぬく。当然、そちらにも矢の掃射が襲い掛かるが、そのつどかわし、走り抜け、歩く死体を盾にすることで、それらをやり過ごす
 板の影に転がり込むようにして入り込んだ風鬼は、貫いている鏃を吟味した。見ると、近くの地面にも同じ型の矢が数本、地面に突き刺さり転がっている。
 その一本を手に取ってみた。が、風鬼は顔をしかめた。
「‥‥なんですかい、この重さは」
 それは、あまりにも重く太かった。矢というより、小さな槍、または杭とも言うべき代物。少なくとも、普通の人間が弓や石弓につがえて放てる代物ではない。断じてない。
 だが、死体を磔にしている矢はどうか。こちらはなんとか、普通の弓でも扱えそうだ。苦労してそれを抜き取ると、風鬼は仲間たちと合流することにした。

「ガドリングボウ〜!」
 十分に接近できた一行は、新たに朽葉が作ったアイアンウォールの陰から、接近と攻撃の好機をうかがっていた。さすがに術の多用は疲れたのか、朽葉は節分豆を取り出して口に入れる。
その横で不破は、蔵の壁へと油壺の矢を連続掃射し、蔵そのものへと油をたっぷり浴びせかけていた。
「‥‥それにしても‥‥あれが、『鷹乃目』か」
 ようやく、その姿をはっきりと視認できる場所にたどり着く。が、『物干竿』『枝垂柳』と対戦した竜哉は、目前の『鷹乃目』の異様さも、先の二体に劣らぬと実感していた。
 それは、風鬼の想像通り、三面六臂の姿をしている人型。六本の腕には、それぞれ長弓一つと機械弓二つを手にしており、三方向同時に掃射が可能。
 その表面には、なにやら冒涜的な彫刻がなされている様子。近くで見たら、もっと異様であろう。
『鷹乃目』は、今度は機械弓を構えているようだ。間違いない、先刻風鬼が確認した、重い矢を放とうとしている。
「‥‥いけるか?」
 不破に、竜哉が問う。
「任せろ〜‥‥!」
 不破もまた、彼の言葉にうなずき、己の弓を構える。
 一本しかない矢。外したら、後は無い。だが、外さずに当てられる自信はあるし、その実力はある。
「‥‥『響鳴弓』!」
『鷹乃目』より先に、宙を切り裂く一閃が、不破の弓より放たれる。それは狙い過たず‥‥命中した。『鷹乃目』の機械弓に。
 普通の矢ならば、それは弾かれただけで終わっただろう。
しかし、それは『鷹乃目』がかつて放った矢。ムクの木材を貫き、鉄製の盾すらも貫通する、特別な鏃を付けた矢。
 それを受け、機械弓は壊れた。そして訪れた。開拓者たちが、優勢となるその時が。

 再び放った『饗鳴弓』により、『鷹乃目』の長弓に張られた弦を切断する。
 それとともに、朽葉の唱えた呪文‥‥アイシスケイラルもまた、付喪人形へとさらなる一撃を。
 それらが終わると、今までが嘘だったかのように、矢の掃射が止んだ。
 それでも油断なく、アイアンウォールの陰から抜け出ると、皆は蔵への接近を再開した。
 今のところは、何も来ない。鳳珠の瘴索結界「念」によると、周囲には動く何かの姿は見られなかった。
 少なからず、皆矢傷を受けていた。が、それらの負傷も、鳳珠が唱えた精霊の唄により回復している。
 あとは追い詰め、倒すのみ。そのための策も万全。
「‥‥『メテオストライク』!」
「忍法‥‥火遁の術!」
 呪文により、朽葉と風鬼とが炎を呼び、蔵へと火を放つ。
 先刻に、蔵の壁へと放った矢の油壺。そこから撒かれた油により‥‥壁からも炎が上がった。その勢いを止めぬように、不破が残りの油壺の矢を使い切ろうと、つがえ、放つ。
 蔵の二階部分が、更に燃え始めた。
「こんな矢、作ったのは初めてだったけど‥‥役に立ってよかったぜぇ」
 不破の言葉とともに、炎の舌が蔵をなめ、『鷹乃目』自体をも巻き込んでいく。
「‥‥どうやら、何とか終わりそうだな」
 竜哉の言葉とともに、蔵の二階部分が炎とともに崩れ、蔵の横へと転がり落ちた。
「‥‥亜貴さん。鍵を」
 蔵の炎が落ち着いた頃を見計らい、風鬼が促した。
「少しばかり焦げてはいるかもしれませんが、中に入って『紅百足』を取ってきます」

 扉を開け、内部に入り込む。
 そこは、今までのと同様に、空っぽな空間があるだけ。しかし、肝心の『紅百足』らしきものは見つからない。
 蔵そのものは、それほど崩れてはいなかった。どうやら鉄製の壁を作り、その周囲を土壁で塗り固めたもののようだ。が、肝心の『紅百足』はどこに?
「これは‥‥?」
 床に、大きな鉄の輪があった。そして、それが「地下に続く扉」の引き輪だと知ると、風鬼はそれに手をかけ、引っ張り始めた。

「みなさん、見つけましたぜぃ‥‥」
「はいは〜い、下手なことしないで下さいよぉ?」
 弓を手に、不破が周囲を威嚇している。
 風鬼が蔵から出てきたところ。最初に見たのは、仲間たちが亜貴とともに、蔵を背にして身構えている様子だった。
「‥‥風鬼さん、見ての通り。まーた偽瑠のおっさんがやってきましてねぇ〜」
 その通りだった。偽瑠が、十人程度の手勢を引き連れて、蔵の周りを囲んでいたのだ。
「‥‥亜貴、こちらに来るんだ」
「いやよ! ‥‥説明して、父様。どうして、真申さんや満津さんにひどい事をするのよ! 明寺さんが、一体なにをしたというの?」
「‥‥まあ、よかろう。わしもそこまで非道ではない。それに、ここで説明しないと、開拓者様たちからも誤解されるだろうしな」
 風鬼は、周りを見回した。仲間たちは武器を構え、あるいは呪文を唱えようとしており、徹底抗戦の構えを見せている。
「‥‥『紅百足』は、無事でしたぜ。地下室に保管されてて、炎で焦げずに済んだようでさ。ただ‥‥」
 部品が両足‥‥というか、下半身であるがゆえ、大きくて運び出せなかったのだ。
「ふむ、だろうな。‥‥おい」
 偽瑠が促すと、後ろの方から、二人の人間が連れてこられた。
「‥‥真申さんに、満津さん!?」
「亜貴、さん‥‥」
 二人は疲れているようだが、命に別状は無さそうだ。
「心配するな、怪我は治療してある。手荒な事はしておらん‥‥今のところはな」
 二人を返す。だから、『紅百足』をこちらに。
 偽瑠がそこまで言った、その時。
 彼の胸に、短剣が突き刺さった。
「『鷹乃目』!」
 まだくすぶっている、二階部分の焼け跡。そこから立ち上がった何かを見て、竜哉は叫んだ。
「奴の素材は、陶器と木材じゃないのか?」
 まさにそうだった。『鷹乃目』の表面は完全に焦げていたが、その素材は『金属』だったのだ。
 そして、その手に握られていたのは、短剣。
『鷹乃目』の下半身は、台座状になっていた。当然、歩く事など不可能。
 が、歩けずとも、金属製ゆえに炎では燃やしつくせない。そして弓を失っても、台座の内部から投げ短剣を取り出し、それを投げつける事ができる。
 その短剣の一つが、偽瑠に突き刺さったのだ。
 そして、最後の悪あがきとばかりに、周囲に短剣を投げはじめた。
 周囲のごろつきどもは、瞬く間に短剣の的になり死亡。真申と満津は、素早く地面に伏せたものの、このままでは刃の口づけをうけるだろう。
「『アイアンウォール』!」
 駆けつけた朽葉により、真申に満津、そして偽瑠は刃の雨から逃れられた。偽瑠を見ると、まだ息がある。
「こちらは、大丈夫です!」
 朽葉の言葉にうなずき‥‥竜哉は槍を構えた。
「‥‥確かに、性能は良い。だが、『ただそれだけ』だ」
 魔槍と盾とが、白日の闇を払うかのように、陽光にきらめいた。
「実戦は甘くない‥‥その事をここに、思い知るがいい!」
 ゲイ・ボーの鋭き穂先が、『鷹乃目』の頭部を貫いた。熱で脆くなっていた金属は、その一撃で凹み、砕け‥‥同時に、付喪人形の淀んだ生命も砕け散った。

「‥‥どうやら、あんたたちには更なる借りができたな」
 精霊の唄で、かろうじて偽瑠は回復した。が、どうも顔色があまり良くない。
「良いだろう。真申、満津。明寺とわしに何があったか、話そう。ちゃんとした席を設けてな」
 生き残った男たちに命じた偽瑠は、蔵から『紅百足』‥‥紅色の百足を模した、巨大な両足であり下半身‥‥と、「い番鍵」、地図とを運ばせる。
「‥‥みなさん。私も父様から、詳しい事情を聴きだせるように取り計らいます。今日のところは‥‥これで、失礼します」
 亜貴が、頭を下げる。
 去りゆく偽瑠たちを見て、開拓者たちは思った。次が最後になるだろう。だが、その時には、どういう事情がこの事件を起こしたのか。それを明らかにしてみせる、と。