人形奇譚二:青鰐の章
マスター名:塩田多弾砲
シナリオ形態: シリーズ
相棒
難易度: 普通
参加人数: 4人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/11/16 22:22



■オープニング本文

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「人形」に関する、奇妙な事件が起きた。
 人形の商いをしていた商人・偽瑠。彼は、かつて同門だった人形師が残したものを手に入れた。
 それは、ある人形の部品『頭部・伍番・黒龍』と、残りの部品を記した地図や鍵。
 地図に記述されていたのは、蔵の位置、蔵の内部には番兵の人形と、人形の左腕部部品を保管したという一文。そして、鍵は蔵を開けるためのもの。
 周辺にアヤカシが出るので、偽瑠は開拓者に頼み、左腕を回収させた。その結果、番兵の人形『弐番・物干竿』を破壊し、『ろ番鍵』で蔵を開け、『左腕・六番・銀蝦』は回収された。
 しかし、事態は解決せず、ますます混迷の度合いを深める事に。
『銀蝦』とともに保管されていたのは、『右腕・七番・青鰐』を安置している蔵、『参番蔵』の位置を示した地図、それを開くための『は番鍵』。それらは、偽瑠が半ば強引に開拓者たちの手から奪い取り、自分のものとしてしまいこんでいた。
 しかし、今はない。なぜならそれは、盗まれたからだ。

 それに気づいたのは、偽瑠の養女、亜貴。
 偽瑠の人形店「濁屋」では、前祝とばかりにエビをかたどった彫刻や人形、細工物を作り売り出していた。もっとも、偽瑠以外の店員や人形を作らされた職人・職工たちはちんぷんかんぷんであったが。
「なんで旦那様は、いきなりエビの人形なんか作らせるんだろう?」
「さあな。またぞろどっかで何か思いついたか、儲けたかしたんだろうさ」
 そう、それは偽瑠の思いつきによるもの。そして彼は、浮かれていた。
「次は右腕と、それを隠した場所の地図と鍵。また開拓者を呼んで回収させればいい。簡単だ、あまりにも簡単すぎる。感謝するぞ明寺、お前はわしに宝を残してくれたのだ。まったく、わしのために働き、そのまま消えてくれたとは、浮かばれない人生よのう」
 浮かれた様子で彼は、そのようなことを自宅の書斎で何度も口にしていたのだ。
 その様子を、亜貴は聞いて訝しんでいた。明寺といえば、今の偽瑠の店を大きくしてくれた立役者。なのに、養父はどうしてそんな言葉を?
 それだけでなく、今は行方不明の二人‥‥明寺の一番弟子、真申と、明寺の娘、満津。その二人に対しても彼は冷たかった。
 以前、明寺が失踪した時。真申と満津の二人が心配し、「警邏に捜索を、でなければ自分たちが探しに」と嘆願したのだが、偽瑠はそれらにすげなく返した。その時の様子を、亜貴は覚えている。
「それがもとで、あの二人も後を追うように失踪したのよね‥‥」

 そして、ある日。
 偽瑠の書斎に盗賊が入り込み、『参番蔵』への地図と、『は番鍵』が盗まれてしまったのだ。警備を厳重にしていたためか、『黒龍』『銀蝦』は無事だった。
「探せ! いいか、幾ら金をかけても構わん、探すんだ!」
 偽瑠はそれこそ、半狂乱になっていた。
「でも父様、人形の部品はそのままあるんだし、地図は写しがあるんでしょう? 盗まれたのは鍵だけですし、焦ることは‥‥」
「口答えするな亜貴! いいか、これがもとで別の誰かが、この人形の事を知り、興味を覚えるかもしれないだろう? そうしたら、そいつと取り合いになる。絶対にわし以外の人間が、この人形を手に入れられるような可能性があってはならんのだ!」
 偽瑠はその日から、あちこちに出かけるようになっていた。

「というわけで、私が養父の代わりに依頼に伺いました」
 と、君たちの前に亜貴が現れていた。
「父の依頼は、こちらにある地図の写しにて『参番蔵』まで赴き、蔵の内部にある『右腕・七番・青鰐』を回収してくること、です。そしてもう一つ‥‥」
 一息つき‥‥彼女は言葉をつづけた。
「おそらく鍵を奪った者も、『青鰐』を奪うために赴いている事と思います。彼または彼らを捕まえて鍵を奪い返し、そのまま連れてこい‥‥と」
 そこまで言って、彼女はゆっくりと深呼吸した。
「‥‥それで、その‥‥ここから先は、父様には内緒にして頂きたいのですが‥‥」
 彼女は語りだした。あくまでも偽瑠と関係ない、亜貴自身の思惑として。

 亜貴はもとから身寄りがなく、孤児院で育った。彼女は一人で人生を切り開かんと剣を学び成長、17歳になるころにはかなりの腕前に。
 そんなある日の夕刻。とある商人が夜道で暴漢に襲われているのを発見。これを助けた。
 それが、偽瑠だった。命の恩人だと、偽瑠は彼女を養子に迎え、本当の娘同然に接してくれたのだ。
 亜貴も偽瑠に感謝していた。が、偽瑠の「金がすべて」「欲しいものを手に入れるためには、何をしても構わない」という信条だけは、受け入れられずにいた。
 偽瑠に対しては、引き取ってくれた恩がある。そのため今回、彼女は内緒で地図の写しをもとに目的地へと向かったのだ。
 ひょっとしたら、鍵を盗んだ者と出会えるかもしれない。それが真申か満津だったら、話合えば何とかなる。よしんば出会わなくとも、蔵の位置を確認するだけでも無駄ではなかろう。
 やはり魔の森の近くゆえか、周辺の瘴気は濃いめ。途中でアヤカシに出会ったが、怪狼や小鬼が一匹など、比較的弱いものばかり。なんとかやり過ごし、目的地にたどり着くと‥‥そこに蔵を発見した。時刻は夕刻、周囲はほとんど暗くなっている。
 そして、彼女のもくろみ通り‥‥先客がいた。
 その男‥‥もしくは女の剣士は、何かと戦っているようだった。奇妙なことに、その剣士の周辺には何もいない。少なくとも、剣士は剣を振るっているのに、斬ろうとしている敵の姿はなかったのだ。
 が、よく目を凝らすと‥‥いた。大柄だが低い身長の人影が、扉を開け放たれた「参番蔵」を背中にして立っていたのだ。
 暗かったこともあり、その人影がどんな武器または道具を持っていたかは定かではない。が、両手をぶんぶん振り回し、そのたびに剣士に何らかの攻撃が放たれている事は確か。両者の距離は、少なくとも二十尺(約6m)くらいは離れていた。
「もういいよ! 早く逃げましょう!」
 不意に、そういう言葉がその場に響いた。どこかで聞いたような声だったが、亜貴は思い出せない。
 それを聞いた剣士は、すぐさま退散し、闇の中に消えた‥‥。

「おそらくはあれが、地図に記載のあった『参番・枝垂柳』ではないかと思うのです。聞くところによると、『弐番・物干竿』は付喪人形だったそうですが、あれも同様のものでは。ですが‥‥」
 ごくりと、亜貴はつばを飲み込んだ。
「自分も剣士の端くれですが、暗くて周囲がよく見えなかったことも含めて、人影の持つ武器がなんなのか、わかりませんでした。あんな距離が離れていて、あれだけ攻撃ができるなんて‥‥信じられません。おそらくそれと戦うことになると思いますが‥‥大変な辛労になると思います」
 そして、凛とした口調で彼女は言った。
「私も、道中同行して案内します。どうか皆様、この依頼を受けてはいただけませんでしょうか?」


■参加者一覧
風鬼(ia5399
23歳・女・シ
リューリャ・ドラッケン(ia8037
22歳・男・騎
不破 颯(ib0495
25歳・男・弓
鳳珠(ib3369
14歳・女・巫


■リプレイ本文

「四人、ですか」
 刀を腰に差した亜貴は、不安そうな声で開拓者たちを見た。以前に参加した三名と、新規での参加者が一名。今回の参加者は、その四名。
「‥‥あ、すみません。別にみなさんの事を疑っているわけではなくて、その、ええと‥‥」
 鳳珠(ib3369)は微笑みつつ、挨拶する。
「お話は、皆さんから伺いました。どうぞ、よろしくお願いします」

「‥‥ふむ」
 竜哉(ia8037)は亜貴から、弟子と娘‥‥真申と満津の人相を聞いていた。
「あいわかった、ありがとう」
「んで、その謎の二人組ってのは誰なんだろうねぇ」
 なんとなく想像はつくと、不破 颯(ib0495)は心の中で付け加える。おそらくは、真申と満津だろう。
 現場の参番蔵へと向かう途中。周囲の木々が茂り、枝が掴みかかる悪霊たちの手のように不気味に広がっている。それらの手をかいくぐりつつ、開拓者たちは先を急いでいた。
「今のところ、アヤカシは見当たりませんなぁ‥‥」
 シノビ・風鬼(ia5399)が、周囲へと油断なく視線を流しつつ、静かに言葉を発した。周囲の瘴気は徐々に、強く濃くなりつつある。それとともに、弐番蔵に赴いた三名は、感じていた。‥‥あの時に受けた、胸騒ぎを。『あえてアヤカシと引き合わせられる』というような、陰謀に巻き込まれたかのような胸騒ぎを。
「おそらく‥‥お二人が、真申さんと満津さんが、何かを知っていると思います。お二人に出会えることを祈りましょう」
 鳳珠の言葉に、亜貴は緊張がいくらか軽くなる。が、それでも不安は残っていた。
 もし二人だとしたら‥‥いったい、なんのためにこんなことを? 

 森を進み、件の蔵にたどり着いたのは夕刻よりも一刻ほど前の時間帯。日が傾き、次第に暗くなりかけているような時間帯であった。
 そこはちょうど、森の中に出現した広場のよう。刈り込まれたかのように木が生えておらず、参番蔵が、その中心部に建てられていた。
「幸い、まだ周囲は明るいですな‥‥ん?」
「これは‥‥?」
 周辺を探っていた風鬼と竜哉は、さっそく手がかりを発見した。
 薙ぎ払われた、木の枝。確かにそれは、何かで薙いだかのように、枝が無くなっていた。
「枝の断面は‥‥間違いない、刃物のようなもので切った跡だ。どうやら‥‥」
 予想通り、面のような攻撃で、長い間合い。鞭のような武装に間違いあるまい。
「やーれやれ。松明の用意した方がよくないかな〜?」
 不破はその間、周囲を見回していた。光彩度は十分にあるが、次第に暗くなりかけている。
 風鬼は、しゃがみこんで地面を調べている。指先で土の具合を確かめ、確信めいた確証を得たかのようにつぶやいた。
「地面はっと‥‥確かに、踏み固められたようになってまさあな」
 しかし‥‥と、風鬼は妙に思った。確かに考えていた通り、この地面を踏み固めたのは、『枝垂柳』に違いなかろう。しかし‥‥、その足跡が、あまりにも「大きかった」。
「まるで、大きな槌で地面を叩き、ならしたようじゃあござんせんか」
 この足跡から類推するに、かなりの大きく重い足を持つと予想。つまりは‥‥足元に罠を仕掛け引っ掛けるのは、難しいかもしれない。
「やれやれ、明寺さんもやっかいな人形を作ってくれたものですなあ。さて‥‥」
 立ち上がり、視線を蔵へと向けつつ‥‥風鬼は訝しんだ。
「それでは‥‥始めるとしますか」

 蔵が望める場所にて、亜貴は鳳珠とともに隠れていた。
「本当に、うまくいくでしょうか? あ、いえ。疑っているわけではないですが‥‥」
「うまく、行くと思いますよ」
 鳳珠の言葉は、亜貴を落ち着かせた。その深い声は優しく、強く響き、亜貴に『信頼』を、其れゆえの『安堵』を与えてくれる。
 鳳珠と亜貴が今いるのは、参番蔵から見て、ちょうど真右。蔵から離れた別の地点には、不破が弓を構えて待機。そして正面からは、風鬼と竜哉。
 風鬼は、考えている事があった。それは、蔵そのものへ攻撃する事。うまく行けば‥‥、蔵の前から引き離し、戦えるだろう。
 竜哉もまた、大槍「ドラグーン」を携え、来るべき戦いの時を待ち構えていた。それはもうすぐ。敵の武器が「鞭」、または「糸」ならば、最初に槍に巻き付かせてそれを確認できるかもしれない。
 亜貴は、そんな二人を不安とともに見つめていた。
「‥‥来た!」
 呟きとともに風鬼が気配を感じ、竜哉が身構え、不破は弓の弦のように気を引き締める。
『参番蔵』の扉が開いた。

 最初の印象。亜貴はそいつを「動く切株」かと思った。
 実際のところ、そいつは『樹木』の意匠による人形に相違あるまい。四本の太く短く、しかし逞しい足は、樹木の根を模していたが、象または河馬の脚のようにも見えた。
 ぶざまな足がずんぐりした胴体を支えている。鏡餅か饅頭のような輪郭で、肩と首は無い‥‥頭部は胴体にめり込んで、一体化していた。。
 顔は、まるで悲しんでいるかのような表情で刻まれていた。‥‥いや、見ようによっては、憤怒の果てに悲しんでいるかのよう。
 肩からは、腕が伸びており、丸く輪に巻かれた細長いものを手にしていた。鞭に違いない。
『枝垂柳』
 亜貴が、そいつの名をつぶやいた。
 
 油断なく、じりじりと竜哉は『枝垂柳』との距離を縮める。握るドラグーンの感触とともに、彼は闘志と勇気とを己の体にみなぎらせる。
 不意に、矢が『枝垂柳』へと放たれた。不破のバーストアローだ。その足元へと突き刺さる矢だが、『枝垂柳』はびくともしない。
 まるで不破の一撃を嘲笑するかのように、太短い足で矢を踏みしだく。
「!」
 再び、矢の掃射。今度の狙いは足元でなく、胴体部。
 が、『枝垂柳』の片腕が素早く、しなるように動いた。その腕の延長のように、得物の鞭が宙を切る。
 竜哉は、見切れなかった。放たれた矢が、空中でいきなり「目に見えぬ何かに切り捨てられた」ようにしか見えなかったのだ。
「早い‥‥っ!」
 風鬼もまた、驚愕しているようだ。おそらく不破、そして鳳珠に亜貴も同じく驚いているのだろう。
「‥‥! 来るぞ!」
 ガッ。
 竜哉の槍、ないしはその柄に、「数本の」鞭が巻き付いた。
「この『感触』‥‥! なるほど、やはり『予想通り』か!」
 金属音、音の様子から「刃物」に近い。巻き付いた鞭を間近で見て、それがどんなものかを竜哉は理解した。
 予想通り、先端部が数本に分かれている鞭。それぞれの先端部には、小さな、しかし鋭い苦無のような刃が付いている。
 が、驚愕すべきは、鞭そのもの。小さく、細い剃刀状の刃が、蛇腹のようになって鞭本体に通されていたのだ。これは「鞭」であると同時に、長く鋭い「刃物」「剣」でもある。
 槍を通じて伝わってきた『情報』を得たと、竜哉は二人に目くばせした。
 一人は、すぐ近くの風鬼。一人は、遠くで張っている不破。
 不破からの射撃が行われると同時に、風鬼が印を結び、術を唱える。
「忍法・水遁の術!」
 強烈な水流が放たれ‥‥それが『枝垂柳』ではなく、『参番蔵』、ないしはその扉へと直撃した。
 が、扉はびくともしない。それだけでなく、かの付喪人形は水流を一瞥し、風鬼へとその鞭をふるった。
「‥‥ふむ、どうやら気を引く事はできそうですなぁ」
 空を切る鞭の穂先が、風を切る。その感触を頬から、肌から感じ取った風鬼は、後ずさった。
 竜哉もそれに倣おうとしたが、できなかった。鞭の先端が、槍に巻き付いたままだったのだ。
『枝垂柳』がすり足で接近してくる。おそらくは風鬼を仕留め損ねたため、追撃するつもりだろう。
 ひゅん。
 風を切り、鞭の穂先が竜哉の髪をかすめる。はらりと、彼の髪が幾分か切り落とされ、周囲に舞った。
 ひゅん。
 今度は頬。ピッと何かがかすめる。
 まずい、このままではやられるッ‥‥!
 槍に巻き付いた鞭をほどくのと、新たな攻撃が放たれるのとは、同時だった。
 続き、矢が薙ぎ払われ地面へと転がる。
 不破の放った矢だ。鞭に薙ぎ払われたものの、竜哉が後退する時間を稼ぐには十分な掃射だった。
 竜哉と風鬼が後退し、木々の中に身を隠すのを、『枝垂柳』は見つめていた。

「傷は浅いようですが‥‥大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫だ亜貴殿。お心遣いに感謝する。‥‥それで、これからだが」
 竜哉は、集まった仲間たちに向き合った。
「作戦通り、という事ですかい? ええ、こちらは構いませんとも」
「ああ、こっちも承知したぜぇ。落とされた矢の分は、きっちり礼をしてやるともさ〜」
 風鬼と不破が、うなずいた。
「ではこちらも‥‥例の二人組に注意、しておきますね」
 鳳珠もまた、竜哉へとうなずいた。

 ひゅん。
 風そのものが刃になったかのように、空中を切り裂く。その一撃をぎりぎりでかわしつつも、竜哉は焦っていた。先刻のように、槍へ巻き付けるのがうまくいかない。
 蔵から十分に引き離したとはいっても、やはり圧倒的に有利に立てない。
 ひゅん、ひゅん。
『枝垂柳』をはさみ、対角線上に位置している風鬼もまた、攻撃がしづらい様子。しかし、先刻に空気と間合いは掴んだ。後は‥‥実践のみ!
「忍法‥‥影縛り!」
 徐々に日が落ち、影が濃くなる中。付喪人形の影を、風鬼は術を用い縛った。
 若干、『枝垂柳』の動きが遅くなる。それを見極めた竜哉は‥‥ドラグーンを構えつつ、接近した。
 細く、枝垂れさせた柳の枝のように、鞭が空間を飛び、切り裂き、縦横無尽にうごめく。これに比べたら、『物干竿』の振るった棒など止まった木の枝のようだと、竜哉は思った。
 負ける。
 一対一で、この人形に迫ったら、確実に負ける。忌々しいが、その事を認めざるを得なかった。
 が、幸いに今の彼には仲間がおり、倒すための作戦もあった。
 ガッ!
 影縛りで若干動きが鈍くなった『枝垂柳』の鞭の動き。それを見切った竜哉は‥‥ドラグーンに、右腕の鞭を巻き付かせる事に成功した。
 空いた左腕の鞭は、風鬼が受け持つ。
「おおっと‥‥こちらの斧にも、巻き付いてくれたようですなぁ」
「そのまま‥‥動くなよぉ〜!?」
 風鬼のバトルアックスにも、鞭が巻き付いた。すかさず、不破の鳴弦の弓が矢を放つ。
 ガチャンという音が聞こえ‥‥『枝垂柳』の片腕が関節より砕け、吹き飛んだ。
 砕けた腕の様子からして、どうやらそいつは陶製らしい。陶土によって作り出された人形に、鞭を持たせていたのだろう。
 そいつの片腕が破壊されるとともに、竜哉の槍に巻き付いた鞭からの緊張が消えた。
「いいぞ、勝てる!」
 ドラグーンの頼もしい感触とともに、竜哉は実感した。勝利への手ごたえを。

「!?」
 緊張が、更に強くなった。鳳珠はそう感じざるを得ない。
「二人組」が、現れたのだ。彼らは顔を覆面でおおい、顔を完全に隠していた。服装もまた、商人や町人のそれとは異なる。まるで、盗賊か何かのような、胡散臭いものを漂わせている。
 二人は蔵へと走って向かおうとしたため、亜貴がその前に立ちはだかった。
「待って! あなたたち、真申と満津でしょう? 事情を教えて。どうしてこんな事を‥‥」
 言葉は、そこで中断した。近寄った二人組の一人が、静かに近づくと‥‥亜貴に対して切りつけたのだ。
「!‥‥ど、どうして‥‥!?」
 もう一人も、剣を抜く。そしてそのまま、蔵の方へと向かっていった。
 どういう事? まさか、この二人が真申さんと満津さんではないと? だとしたら、一体‥‥?
 鳳珠は、切られた亜貴に駆け寄った。傷は深そうだ。早く手当てしないと、命が危ないだろう。
「動くな!」
 だが、目前の二人組の片方は何も言わず、剣を向けて威嚇してくる
「‥‥いいか、相棒が仕事を終えるまで、二人とも動くんじゃあねえぞ」
 男の声で、そいつはそう言った。その間、蔵へと向かったもう一人は鍵を用いて内部に入り込み‥‥大き目の箱を持って戻ってきた。
「ありやしたぜ、兄貴。これで、俺らもこのまま‥‥」
 そいつがそこまで言いかけた時。
 空を切り、矢が飛んできた。それを額に受けたそいつは、そのまま倒れ‥‥箱の中身をぶちまける。
「これが‥‥『青鰐』‥‥?」
 鳳珠が息をのみ、亜貴もそれに目を奪われる。これならば、偽瑠でなくとも欲しいと思ってしまうのももっともだと、鳳珠は理解した。
 箱に入っていたもの。それは青色が美しい、鰐をかたどった人形であり、同時に巨大な『腕』となる人形の部品。それとともに、地図と鍵とが地面に転がった。
 が、そこまで思ったとたん。近くの藪に潜んでいた何者かが、火のついた何かを数個、投げつけた。
 爆発音とともに、もうもうとした煙が上がる。周辺の視界が遮られ、煙の幕で全てが覆い尽くされた。
「焙烙玉に、癇癪玉? いったい、何が‥‥?」
 状況が良いのか、悪いのか。わからないまま鳳珠は動けなかった。
「亜貴? 大丈夫!?」
 煙の中から、声が聞こえてきた。
「‥‥ひょっとして、満津さんですか?」その声に、鳳珠は思わず問いかけた。
「‥‥あなたは?」
「私たちは、亜貴さんに依頼された開拓者です。あなた方は、満津さんですね? いったいなぜ、こんなことを?」
 煙の幕が、幾分か和らいだ。その幕を通し、女性の声が聞こえてくる。
「‥‥ごめん、あなたはともかく、人形で汚い真似をする偽瑠は絶対に信用できない。けど‥‥父様の企みを知ってしまったの。だから‥‥私たちはそれを止める」
「企み? それは一体‥‥?」
「よくできた人形を分解し、その部品を取りに来た時に、付喪人形に襲わせるという企みさ! 僕たちは、師匠の人形をそんな事に使わせたくない!」
 今度は、男の声。おそらくこちらが真申だろう。となると、動機は明寺の復讐という事か?
「亜貴さん。あなたにも、開拓者にも恨みはないわ。けど、この件は‥‥うわっ!」
 再び、満津の声。取っ組み合っているようだ。続き、大慌てで立ち去る足音。
 煙が晴れると、地図らしきものが、地面に転がっているだけだった。

「そうですか、やはりあの二人だったんですね」
 亜貴が、残念そうにかぶりをふった。
 鳳珠がかけた閃癒により、亜貴の傷は治った。そして、『枝垂柳』を倒した竜哉と不破、風鬼がやってきたが、すでに彼らは姿を消していた。
「‥‥駄目ですな。こちらは死んじまってまさぁ」
 矢で額を貫かれた男は、死んでいた。手がかりらしいものも見当たらない。
「‥‥どうやら、地図は無事みたいだぜぇ〜」
 不破が、地図を拾い上げる。
 それには、『四番蔵』の位置。そして『四番人形・鷹乃目』と、『両足・八番・紅百足』の記述。
「‥‥偽瑠に、少しばかり確認するべきだろうな。人形で汚い真似をするとは、一体どういう事なのか、と」
 竜哉がつぶやいた。ここから見える沈む太陽のように、皆の心も沈んでいた。