魔の森へ急げ・其の参
マスター名:塩田多弾砲
シナリオ形態: シリーズ
相棒
難易度: 普通
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/06/08 20:02



■オープニング本文

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「蒲生商店」の店主、蒲生譲二郎は、一日の仕事を終えて一息入れていた。
 が、彼の心は休まらない。彼は悩んでいた。
 自分の店員である環蜀が巻き込まれた事件。当初、環蜀は被害者だったのが、今や加害者に。
 当初は魔の森に逃げ込み、そこで積荷とともに置き去りにされ、助け出された。
 だが、その時から「地図」を手にしたらしく、それを巡り様々な事件が起こった。
 薬の在庫が盗まれ、それと引き換えに地図を渡せといった事件。環蜀の後輩・蘭厨の部屋に泥棒が入り、何かが盗まれた事件。そして、魔の森にて環蜀の悪友が命を落としたという事件。
 それらの犯人は、環蜀の悪友二人、元也と春乱が犯人だという事は判明している。二人は環蜀によりたぶらかされ、彼が持ちかけた「宝の地図」によりこのような騒動を起こしたらしい。元也は、妹・銀嶺が背負う借金返済のため、春乱は、自分が勤めている孤児院のため。素行に問題があったとはいえ、二人は環蜀に殺されたようなもの。
 だが、その環蜀自身も今は行方不明。婚約者の銀嶺のところにも姿を現していないし、当然店にも顔を出していない。
 そも、事件の元凶である「宝の地図」とやらは「森の中の美女」からもらったという。
 春乱の遺書が嘘でなければ、環蜀に黒幕が居るのだろうか? そいつは、なぜこんな事を?
 わからない。全くわからない。
 悩みつつ、彼は床についた。

 早朝、彼は目を覚ました。
「店主! 起きて下さい! 大変です、先輩が‥‥」
 蘭厨のその言葉を聞くと、すぐに譲二郎は飛び起きた。
「見つかったのか? 環蜀が!?」
「はい! そして‥‥銀嶺さんが!」
 蘭厨は、言葉を続けた。
「先輩は、銀嶺さんをさらったみたいなんですよ!」

 昨日。ようやく一日の仕事も終わり、蘭厨は一息つこうと安食堂へと入った。そして、偶然そこで銀嶺に出会ったのだ。
 そこで一緒に食事を取り、二人は語り合った。
「本当に、環蜀さんは迷惑ばかりかけて‥‥どうして、こんな事に」
「先輩はおかしいですよ、お互い好きなら、早く結婚すれば良いのに。僕だったら、すぐにでも結婚しますよ。こんな素敵な人だったら‥‥」
 酒も入った蘭厨は、そんな自分の言葉を聞いて赤面してしまった。が、銀嶺はそれに対し微笑み、返答する。
「でも、私は借金持ちよ? 両親からの借金を、残り一生かけて払わなきゃならないお荷物な女だからね。環蜀さんも、そこが気になって、結婚を躊躇したんでしょうね」
 若干自嘲の入った言葉に、蘭厨はいささか興奮しつついきり立った。
「いや、男だったら好きな女性の全てを受け入れないと、だめだと思います! 僕だったらすぐに結婚して、二人で借金返していきます! 男だったら、それが普通ですよ!」
 そして、また赤面。銀嶺はその様子を見て、くすくすと笑った。
「ありがとう、それを聞いたら少しは元気が出てきたわ。蘭厨さんって、優しいんですね」
 
 その後、食事代を無理言って彼女の分まで支払った蘭厨は、彼女を家まで送った。夜も遅くなり、一人では危険だからと蘭厨が申し出たのだ。
 が、しばらくすると。
「‥‥!?」
 女性の悲鳴、そして、彼女の家の方からなにやら音が。
 駆けつけると、家に押し入った様子があり、銀嶺の姿が無くなっていたのだ。

 すぐに警邏隊がかけつけ、周囲への聞き込みが始まった。
 そして、その聞き込みを聞いていた蘭厨は。知ってしまった。
 誘拐犯が、行方不明の環蜀に似た顔かたちだったと。

 この事をすぐにでも知らせようと、蘭厨は早朝に蒲生のところへと押しかけ、伝えたのだ。
「今、警邏の源二さんたちが探してます。魔の森の方へと向かったらしいんですが‥‥発見が早かったから、運がよければ本日中にでも捕まえられるかもしれないとの事です」
 犯人は馬に乗って、そのまま銀嶺をさらって逃げたという。だが、警邏隊も馬に乗り、それを追いかけている。
 一緒に追いかけたいところだが、蒲生商店では続報を待つ事にした。

 だが、続報はおぞましい結果に終わった。
 追跡した警邏隊は、一人を除き戻ってこなかったのだ。環蜀は、捕まる事無く魔の森奥へと姿を消していた。
「あ、あいつ‥‥環蜀に、違いない‥‥」
 唯一戻ってきたのは、源二。
 途切れ途切れで、彼は事の次第を語った。

 環蜀は、気絶した銀嶺を連れて洞窟へと向かっていた。以前、開拓者達が調べた、多くの洞窟が密集している場所に。
 そのうちの一つに入り込むのを見逃さず、警邏隊は武器を手にしてそこに突入した。
 入り口は狭く、一見したら見逃してしまいそうなくらいに草が生い茂っている。が、内部は広かった。
 内部は薄暗いが、天井に開いた穴から外の光が入り込み、かろうじて視界は確保できる。が、やはり暗い。足を踏み出すたび、ぴしゃんと水溜りを踏む音がする。源二が、松明を持ってこようかと思った矢先。
「助けてください! 銀嶺です!」と、女性の声が。
 見ると、岩陰に女性の姿が。暗くて良く見えないが、どうやら裸のようだ。上半身だけを岩陰から出して、こちらを伺っているように見える。
「環蜀さんは、奥に逃げました。あの人、もう普通じゃないです! お願いです、助けてください!」
「わかった、すぐに‥‥」
 そう言い掛けて、警邏隊の数名が足を踏み出した。そのとたん。
 他の隊員の足が、水溜りを踏んだ。が、今度踏んだ水溜りには、水がたまってはいなかった。
 たまっていたのは、粘泥だった。それを踏みつけてしまったのだ!

「俺たちは、粘泥を踏んで毒を受けてしまいました。粘泥の数はいくつあるか、そこまではわからんです。ともかく、逃げるのに精一杯で」
 ギルドの応接室。蘭厨と蒲生に付き添われた源二が、君達へと依頼内容を語っていた。
「で、銀嶺さんはというと‥‥いや、あれは銀嶺さんじゃあないです。あいつは笑いつつ、警邏隊が悪戦苦闘してる様を見てました」
 そして、彼女は歌い始めた。それはいつか聞いた、「聞き続けていたらヤバイ」と源二が直感した歌。
 その歌が耳に届き、ぼうっとしていたところ。
「源二! 逃げろ!」
 仲間の声に我に返り、後は‥‥一目散に逃げ帰ったのだ。
「間違いなく、あいつが環蜀をそそのかしたんでしょう。確かに人間の女性の姿をしてました。‥‥っても、上半身しか見えなかったんですが」
 源二は、くやしそうに歯噛みしていた。
「きっと、警邏の仲間達はみんな、あいつに殺されてるでしょう。どうか、敵討ちをして下さい!」
 源二に続き、蘭厨も言った。
「銀嶺さんを、助けてください! お願いします!」
 最後に、蒲生が。
「‥‥環蜀を、捕まえてください。うちの者がこのような狼藉を働くのは、私にも責任があるでしょう。どうか、あやつを捕まえて、なぜこんな事をしたのかを問いただし、そしてこのような事をした罰を受けさせたいのです。どうか‥‥お願いします」


■参加者一覧
柊沢 霞澄(ia0067
17歳・女・巫
薙塚 冬馬(ia0398
17歳・男・志
カンタータ(ia0489
16歳・女・陰
巴 渓(ia1334
25歳・女・泰
リィムナ・ピサレット(ib5201
10歳・女・魔
ジナイーダ・クルトィフ(ib5753
22歳・女・魔


■リプレイ本文

「なるほど。事情は大体わかった」
 自分自身に気合を入れるかのように、巴 渓(ia1334)は己の拳を掌に叩きつけた。
「ま、今回だけは手伝ってやる。後の事は、てめぇらで何とかしろ。いいな?」
 たくましい体つきと、意志の強そうな眼差しの泰拳士は、仲間達へと言い放った。
「ああ、わかってるって。あんたの拳、頼りにしてるぜ。こちらも‥‥」
 巴に返答した薙塚 冬馬(ia0398)の声が、僅かに低くなった。
「‥‥いい加減に、蒲生さんを安心させないと、な」
「用意はできたよ。あとは、リィムナとカンタータの二人が戻ってくるのを待つだけだね」
 唐辛子に山椒など、辛味や刺激物のある食べ物を確認し、ジナイーダ・クルトィフ(ib5753)は己の背負い袋へとしまいこんだ。
「にしても、粘泥に、謎の『女』か。正体が分からんってのは正直厄介だな。俺はハーピーか、女郎蜘蛛あたりと予想してるんだが、あんたは何だと思う?」
 巴に問われた柊沢 霞澄(ia0067)は、首をかしげた。
「さあ‥‥。ですが、アヤカシが憑依した、人という可能性も‥‥」
 毎度おなじみになってしまった、蒲生商店の控え室。
 開拓者達はこの部屋で、仲間二人が戻ってくるのを待っていた。
 そして、数刻が経った頃。
「皆さん、お待たせしました」
「おまたせっ!」
 カンタータ(ia0489)とリィムナ・ピサレット(ib5201)が、その姿を皆の前に現した。

「カンタータ、もう一度確認しとくぜ。その情報は確かなんだろうな?」
 巴が、馬車に揺られつつ質問した。
 開拓者たちは今、蒲生商店が用意した馬車に乗り、魔の森の入り口へと向かう最中。巴以外がこの道を進むのも、既に三度目。
「はい。結陣の陰陽寮書庫で、時間が許す限り調べましたが‥‥ボクが予想していた『擬態する粘泥』という可能性は低そうです。今回ほどの、はっきりした擬態を行うものの記録はありませんでした。それに、『歌』という能力を持ったものは、粘泥に関しては皆無。となると‥‥」
「『女』のアヤカシは、粘泥とは異なる奴って事か」冬馬が、会話に加わった。
「もちろん、未確認の変種や亜種という可能性もありますけどね」
「でなければ、やっぱりアヤカシに誰か憑依されてるとか?」リィムナも口を挟んだ。
 彼女は、アヤカシに憑依されているのではと考え、憑依状態の人間の特徴や見分け方について調べてきたのだ。
「ま、どっちでもいいさ。俺たちがするべき事は、その女アヤカシから人々を助け出す事。そして‥‥」
 近づいてくる瘴気に気圧される事無く、巴は言い放った。
「その女アヤカシを、ぶちのめすことだ」

 森に着いた後、馬車をそこで待たせ、開拓者達は魔の森内部へと進軍を開始した。
 幸い、アヤカシの姿は見えない。開拓者たちを煩わせるものは無かった。
 油断無く森を突き進み‥‥六名は、洞窟のある場所‥‥大小さまざまな洞窟が穿たれている場所へと到着した。
 カンタータと霞澄らは、前回にこの周辺を探索したものの、発見できたのは外に放置されていた春乱の遺体のみであった。
 しかし、今回は場所が特定できている。
「‥‥ここか」
 数刻歩き、皆は発見した。件の洞窟らしき入り口を。
「それじゃあ、行きますね」
 カンタータが、己の分身たる「金色の蝶」を飛ばした。人魂はひらりと舞いつつ、洞窟内へと消えていった。

 ジナイーダが掲げた松明には、勢い良く炎が燃えている。その光は暗闇を照らし、内部の様子を明らかにしていた。
 前列には、巴と、刀を手にした冬馬。既に冬馬は己に心眼をかけており、感覚を鋭くさせていた。森にはアヤカシは居なかったが、注意しなければならないのはここからだろう。白墨で洞窟の壁に印を付けつつ、冬馬は気を引き締めた。
 滴る水音が聞こえてくると、冬馬は後ろに控えるカンタータに問うた。
「どうだ?」
「まだ人魂には、何も」
 カンタータがそれに答える。その隣には、松明を持ったジナイーダが、そしてその後ろにリィムナと、やはり松明を持った霞澄とが続く。
 確かに、天井部分からは穴が開き、日光がそこから差し込んではいた。が、そこから入る光は弱々しい。奥に進むにつれ、天井の穴はなくなってしまった。
 足元には、水溜りが多数。そのうちいくつかは不自然に水が濁っていたり、表面が寒天のように震えたりしているのが見て取れる。
「‥‥粘泥、だな」
 そいつらは動かない。下手にこちらから手出しをしない限り、そいつらは脅威にはならないようだ。
 幸い、回避するのは容易であった。が、一つだけ、洞窟にめいっぱい広がっている水溜りだけは回避できない。それは、表面を僅かにどろりと波打たせている。
 その前に、ジナイーダが進み出た。
「こういう場合は‥‥『フローズ』!」
 言葉と共に、彼女が手にする樫木の杖より冷気が発生、目前の水溜りへと放たれる。
冷気を浴び、水溜りが荒れ狂った。それはやがて静かになり、動きを止めた。
「ふふ、随分と汚らしいシャーベットだわね?」
 ジナイーダの言葉とともに、薄汚い水溜りは霧散し、消滅していった。

「しっ!」
 しばらく進み、次第に目前から光が差してきた頃。カンタータの警告に、皆は足を止めた。人魂に何かを感じたらしい。
「‥‥広い空間で、女性が両腕を縛られて、壁に張り付けられてます‥‥その近くに、人質らしい姿‥‥天井には穴があり、そこから光が‥‥」
 そこまで言うと、彼女は顔をしかめた。
「どうした?」
「‥‥人魂が消えました。ボクに見られていると知ったのか、誰かが攻撃したみたいです」
「いよいよ、黒幕とのご対面ってわけか。みんな、急ぐぜ!」
 巴の言葉に、皆は頷いた。

 どうやら、洞窟はこの空間で行き止まりになっているらしい。
 天井には巨大な穴、そこから捨てられたのか、周囲にはがらくたが散らばっていた。そして、開拓者達が入ってきたのと反対の壁に、数名の人間の姿が。皆縛られて、身じろぎひとつしていない。
 そこから少し離れた横に、カンタータが言ったとおり女性の姿があった。上半身を裸にされ、両腕で壁に縛り付けられている。岩が陰になり、下半身は見えない。
「おい、あの女が銀嶺か?」
「いや‥‥ここからじゃよく見えないな。けど‥‥」
 巴の問いかけに、かぶりを振る冬馬。しかし、彼が良く見ようとしたその時。
「!」
『そいつ』がいきなり、近くの岩陰から襲撃してきたのだ!

「わ‥‥環蜀さん!?」
「あんた、何やってるんだ!」
 ジナイーダがそいつの者の名を呼び、冬馬がそいつに問いかける。
 が、そいつは答える代わりに、近くに転がっているガラクタを投げつけてきた。
「消えろ! 俺の女に手を出すな!」
 その顔に浮かべているのは、怒りに歪んだ表情。それとともに、環蜀は棒切れを手にして殴りかかってくる。
「あたしにまかせて! 『アイヴィーバインド』!」
 リィムナが環蜀の前に進み出ると、迫りくる環蜀の足元から蔦を伸ばした。それが環蜀の両足へと巻きつき、彼の行動を阻害する。
 すかさず、カンタータが剣を抜き、精神を集中させた。
「『瘴刃』!」
 カンタータの剣、カッツバルゲルの刀身から、黒い煙が立ち上った。瘴気をまとわせた刃を、環蜀の足へ向けて振り下ろす!
「ひっ‥‥!」
 したたかに脛のあたりを切り裂かれ、環蜀はもんどりうって地面に転がった。
「環蜀さん! 正気に戻ってくださいよっ! ボクたちは銀嶺さんを助けに来たんです!」
 カンタータが問いかけるも、環蜀はそれに対して嘲笑うように返した。
「銀嶺なんかどうでもいい! 俺の女に手を出すな!」
 足をやられたというのに、まるでそれを気にする様子も見せない。なおも立ち上がろうとする彼に、リィムナが再び術をかける。
「‥‥『アムルリープ』!」
 放たれた呪文は、激しい眠りを誘うもの。睡魔の前に屈服し、環蜀はそのまま崩れ落ちた。
「‥‥こいつが、環蜀とかいう奴か?」
 油断無く、周囲を警戒しながら巴がリィムナに問うた。
「うんっ。けれど‥‥アヤカシに、憑依されてはいないみたいだけど‥‥」
「お願いです、助けて!」
 リィムナの言葉をさえぎり、声が響いた。

「!?」
 全員が、声の方向へと顔を向ける。その視線の先には、縛られた女性の姿があった。
 その声は、銀嶺のそれ。そして、縛られている警邏隊の人々の中から、かろうじて上半身を出している。
「お願い、助けて! わたしは縛られて、ここから動けないんです!」
「銀嶺さんが、二人?」
「‥‥?」
 冬馬は動揺し、霞澄も困惑していた。
「おい、どっちが本物なんだよ!?」
 銀嶺を知らぬ巴もまた、どう行動すべきか迷っていた。
 くそっ、どっちだ?
「‥‥?」
 が、その疑問に答えを出す前に。「歌」が聞こえてきた。
「耳をふさいで! あいつが、また‥‥」
 後から出てきた銀嶺が、声を限りに叫ぶ。が、既に「歌」の詠唱は大きく、はっきりとしてきた。まるで、心と共に肉体すらもとろけさせるような、甘い歌。
 間違いなく、壁の女が歌を奏でている。そいつは、次第に妖しく、美しい姿となって、その本性を現した。

 銀嶺が、とろんとした眼差しになり、そのまま眠りに付く。
 それと同時に、洞窟内に危険かつ邪悪な何かが充満していった。やがて開拓者達も、銀嶺と同様に泥濘の中へと引き込まれていった。
「くっくっ、他愛ないねえ。これだから人間どもをだまくらかすのはやめられないわ」
 女は、縛られていた‥‥ように見せかけていた腕をもとに戻し、嘲笑をその顔に浮かべていた。そのまま、岩陰から立ち上がる。
 その下半身は、人のそれではなかった。いやらしくふくれあがった胴体を、八本の細長い脚が支えている。女の下半身は、蜘蛛だったのだ。
 うずくまる開拓者達へ、そのアヤカシ‥‥女郎蜘蛛は数歩前に歩み、見下した視線で彼らを見つめた。
「さてと‥‥おやおや、こいつらは活きが良さそうだ。食うのが楽しみだねぇ‥‥」
 そこまで口にしたところ、女郎蜘蛛は二つの理由で目を見開いた。
 驚きと、痛み。
 驚いたのは、痛みを与えられた事で。痛みを与えられたのは、自分へと『ホーリーアロー』を放たれた事で。
「がはっ‥‥! な、なぜだっ!?」
 それほどの痛手ではない。が、自分がいっぱい食わされた事に関して、女郎蜘蛛は信じられぬ気持ちに陥っていた。
「‥‥ふうっ、山椒ってやっぱり効くわー」
『ホーリーアロー』を放った張本人‥‥ジナイーダが、女郎蜘蛛を見返していた。
「猫の尿だって効くよー。うーっ、くさーっ」
 リィムナもまた、同じく健在。
「さてと、覚悟はいいだろうな?」
 唐辛子を噛んだ冬馬が、刀を構えた。
 カンタータや霞澄、そして巴もまた、女郎蜘蛛の呪縛から離れ、立ち上がる。
「みんな、行くぜ!」
 巴の力強い叫びが洞窟内に響き渡り、戦いの気迫が爆ぜた。

 再び、「歌」‥‥すなわち、『魅了』をかけてやろうと女郎蜘蛛は試みた。
 が、再びジナイーダが放った『ホーリーアロー』の前に、彼女は傷つき、隙を作ってしまった。
「『アークブラスト』!」
 加えて、リィムナが放った電撃が、女郎蜘蛛の胴体へと命中。たたらを踏んだ女郎蜘蛛へと、冬馬は一気に接近する。
「行くぜ! はーっ!」
 接近した冬馬はすばやく脚を踏み出し、『巻き打ち』の一撃を女怪へと打ち込む。鋭い刀の刃が、女郎蜘蛛の脚一本を捕らえ、切断した。
「この、こしゃくな人間どもが!」
 が、女郎蜘蛛も負けてはいない。己の身体から冬馬へと糸を放ったのだ。鞭のように、投げ縄のように放たれたそれは、冬馬の刀と身体に固く巻きついた。
 そのまま、冬馬は引っ張られていく。
 冬馬は踏ん張ろうとしたものの、体勢が整わず転んでしまった。すかさず、女郎蜘蛛が彼を引き寄せ‥‥その首筋にかぶりと噛み付いた。
「ぐっ‥‥!」
 冬馬は、嫌な感覚を味わっていた。間違いなく、毒が注がれている。それも、かなり多く。
 これまでか。そう思った瞬間。
「絶破‥‥昇竜脚!」
 青き龍がごとき閃光とともに、雷鳴もかくやの蹴撃が女郎蜘蛛へと放たれた。それは冬馬の身体を解放し、同時に女郎蜘蛛へと会心の一撃を与えていた。
「人質は全員、瞬脚で助けたぜ! 後は、こいつを片付けるだけだ!」
 言いつつ、巴は更なる打撃をアヤカシへと叩き込んだ。重い拳と蹴りの攻撃が、邪悪なアヤカシの体力を削っていく。
 その間、霞澄は冬馬の回復に努めていた。
「冬馬さん。もう、大丈夫です‥‥!」
「ああ、ありがとよ!」
『解毒』と、『閃癒』とをかけてもらい、毒と傷とを消し去った冬馬は再び立ち上がった。
 その身体と刀とに、力をみなぎらせ、アヤカシへと接近する。刃にまとうは、雷電のほとばしり。雷の刃と化した己の刀を振り上げ、巴が退くと同時に、雷鳴の轟きとともにそれを振り下ろす!
「くらえ! 『雷鳴剣』!」
「『アークブラスト』!」
 冬馬とともに、リィムナもまた電撃を再び放った。雷鳴と電撃の強烈な二撃を喰らい、女郎蜘蛛は断末魔の悲鳴を上げ、そのまま霧散した。

「どうして、こんな事を‥‥」
「いや、あいつに騙されたのさ。ほら、あいつの術で‥‥」
 銀嶺へとおどけてみせる環蜀だが、その言葉には不誠実な響きがあった。
 女郎蜘蛛を滅ぼした後、霞澄は人質たちに『解毒』や『閃癒』、『解術の法』をかけ、毒を消し、魅了を解き、体力を回復させた。
 が、銀嶺の環蜀に対する気持ちは、回復しなかった。銀嶺や警邏隊は、女郎蜘蛛に捕まった際、直接聞いたのだ。
「環蜀は、自ら進んで女郎蜘蛛に従い、今回の事件を起こした」と。

「つまり、こういう事か? 最初の事件で、環蜀は洞窟に迷い込み、そこで女郎蜘蛛に出会った。そこで、宝の地図を餌に、女郎蜘蛛の指示で何人もの人間をだまくらかした、と」
 蒲生商店からの帰り際に、巴が事件の顛末を口にした。
 女郎蜘蛛に出会った環蜀は、すっかりその虜になってしまったのだ。最初は宝の地図に釣られていたが、次第に銀嶺のことなどすっかり忘れて、こちらに魅了された。そして、元也や春乱をたぶらかし、苦しめる事に加担した、と。
「あの女郎蜘蛛、ただ楽しむだけの理由で環蜀を騙し、環蜀もまた自分の欲のためだけに、銀嶺さんや蒲生さんを裏切っていたんだな」
 吐き捨てるように、冬馬はつぶやいた。
 蒲生商店の店主、蒲生譲二郎は環蜀を警邏隊に引き渡した。おそらくは有罪となり、収監されるだろう。
「銀嶺さん、大丈夫かな‥‥」
 完全に、環蜀との仲は冷めてしまった銀嶺。彼女へと、リィムナは思いを馳せた。
「‥‥ま、大丈夫でしょう。案外近くに、支えになってくれる人がいるみたいよ」
 蘭厨の事を思い出し、ジナイーダがリィムナへと言った。
 だが、少なくとも魔の森の事件は解決した。二度と銀嶺には、このような事件に巻き込まれないで欲しい。そう思う開拓者達だった。