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■オープニング本文 前回のリプレイを見る 五行、矛陣。 数日前。この界隈の海域にて大量にアヤカシが宿った人間の死体‥‥土座衛門が多く出現し、それを調査する事が元で行方不明者が出た。 行方不明になったのは、警邏隊の隊長・轟現。 警邏隊の隊員・頼無、および副隊長で現隊長代理・座羅は、開拓者達に依頼し、轟現の捜索を依頼した。 出現していたアヤカシを退治はできた。が、轟現は行方不明。 そして、開拓者達が発見した洞窟。その中にはどこからか集められた死体と、そしていくつかの書付。 書付の一つには『轟現は、別の場所に移す。あの悪党には、もっと苦しみぬいてから死なせるべきだ』という記述が。 「どういうわけか、私にはわからなかった。ここに来てからというもの、轟現隊長は恨まれる事は何一つ行っていないのに。少なくとも、それは私が保証する」 開拓者ギルドにて。 今度もまた、矛陣の警邏隊の人間が依頼に赴いていた。 ただし、今回は頼無でなく、座羅の方だが。 「それで、お主らに再び仕事を頼みたいのだが。その前にこちらで調べておいた事を伝えておきたいと思う。おそらく、何かの役に立つかもしれん」 そう言って、彼女は語り始めた。 「お主らに、してもらいたい事は、二人の人間を探し出すことだ‥‥轟現隊長の過去を知っているらしい人物と、犯人と思われる人物。この二人をな」 あれから頼無は、「こりゃ、探すのは時間かかりそうですね。きっともう死んでるんじゃないですか?」と、最初から諦めを隠さない。 だが、座羅は諦めなかった。彼女は考えたのだ。この事件は、誰かが人為的に起こしたものだと。轟現をさらったのは、その誰かに違いないだろう。 座羅が最初に考えたのは、轟現の過去を調べる事だった。「あの悪党には〜」と書付に書かれていた事から、おそらくは過去にとんでもない事を行っていたのかもしれない。そして、その恨みをかったのかと。 轟現は、口数が少なかった。だが、その少ない会話の中で「五行の内陸部、石鏡やらで、傭兵まがいの事を行っていた」と口にしていたのを座羅は思い出した。 しかし、それだけでは調べようも無いし、事実かどうかもわからない。 だが、数日前。それが進展するかも知れない人物が、矛陣に赴いているのを知ったのだ。 きっかけは、宿屋にて。轟現の捜索とこの裏に居るだろう犯人を捜し、何の成果も上げられずに腐りつつ、酒をかっくらっていた時。 「轟現」という名を聞いて、座羅に尋ねた少女がいたというのだ。 「お主は?」 「わたくしは、石鏡からきました、凛無と申します。その‥‥聞き覚えのある名前を聞いたもので、お尋ねしたいと思いまして」 聞くと、彼女は轟現という名の知人を探しに、この矛陣を尋ねたらしい。そこで、伝えられる範囲で、座羅は簡単に概要を話した。 「‥‥まあ、そういうわけで隊長は行方不明でな。今探しているところなのだ。それで、お主は轟現隊長とはどういう関係なのか?」 「えっ‥‥? あ、いえ‥‥違うと、思います‥‥はい、違います。すいません、人違いでした。わたくしの知っている轟現は、警邏隊の隊長を務めるほど立派ではありませんから」 そう言うと、凛無はそそくさとその場を去っていった。 「‥‥で、凛無殿はそのままその場を去っていったのだが‥‥どうも不自然な様子だった。ひょっとしたら、何かを隠しているのかもしれん。で、探してもらいたいもう一人だが‥‥」 こちらは、櫓岸という名の学者。彼はアヤカシのことを、特に死体に瘴気が取り付くようなアヤカシを研究していた。 櫓岸は自己中心的で、人間性に問題のある人物であった。かつては封陣院で研究の職についていたものの、研究に没頭するあまり、わざと人を殺して、人工的に屍人を作り出そうと試みた事件を起こしたのだ。 「殺人は未遂に終わったのは、不幸中の幸いと言えるだろうがな。ともかく櫓岸は、勝手に犬猫や家畜を盗み出し、屍にして放置し、瘴気を宿らせればアヤカシを作り出せる‥‥といった研究を行い、それを実践していたのだ。分かる限りでは、実験は全てが失敗していると聞いている。そこで、人間を用いれば瘴気が宿りやすいと考えて‥‥」 しかし、その実験は実現しなかった。轟現が警邏隊に就任した頃。轟現の活躍により、櫓岸は殺人未遂の事件を暴露されたのだ 「櫓岸は今、追放されて遠くの町に収監されている。しかし、数日前に収監していた刑務所から手紙が届いてな。少なくとも一月前に脱走していたというのだ。そして、もう一つ。今回発見した書付、これはまちがいなく、櫓岸の手によるものに違いない」 彼女は、二枚の似顔絵を出した。 片方は、可憐で淑やかな雰囲気をたたえた少女のそれ。もう片方は、自身が死体ではないかと思うほどに、痩せぎすな初老の男の顔。 「お主らに頼みたい事というのは、凛無と櫓岸。この二人を探し出し、警邏隊の元へとつれてきてもらいたいのだ。一人は、轟現隊長について、一人は、事件について、何か知っているに違いなかろう。特に凛無の方は、まず間違いなく何かを知っているに違いない。でなければ、あんな態度をするはずがない」 今、凛無はどこにいるかわからない。が、三人の仲の良い老婆が言葉を交わし、どこへ向かうかを聞いたという。 「しかし、この三人は一人こそしっかりしているが、二人はうっかりしていてな。いつもまちがった事を言ってしまうのだ」 曰く、 一人目「そのお嬢さんなら、北の方に行くそうじゃ」 二人目「何言ってるの、海に行くって言ってただわよ」 三人目「そうじゃ、この人はいつも正しい事を言うんじゃよ」 「それと、櫓岸についてだが‥‥三人の子供から証言をもらっている。それが役に立つかも知れん」 聞くところによると、矛陣から北と東西、片道一日かかる場所に、一つづつ屋敷がある。それらは櫓岸の所有であるが、今は空き家。そして、三人の子供がそれぞれ、櫓岸らしき人物をそのどれかで見たというのだ。が、その三名のうち二人は嘘ばかりをつき、正直な事を言うのは一人だけという。 曰く、 長男「北で変な男を見ただよ」 次男「そうだな、男を見たのは北の屋敷でだ」 三男「なに言ってるだ、見たのは東の屋敷だ」。 「‥‥と、このような状況だ。あまり時間をかけるわけにもいかない。諸君、どうか一つ、頼むぞ」 |
■参加者一覧
鳴海 風斎(ia1166)
24歳・男・サ
エメラルド・シルフィユ(ia8476)
21歳・女・志
セシル・ディフィール(ia9368)
20歳・女・陰
日御碕・かがり(ia9519)
18歳・女・志
盾男(ib1622)
23歳・男・サ |
■リプレイ本文 「‥‥というのが、これまでの事情です」 「ふーむ‥‥なるほど、そのような事が起こっていたとはな」 エメラルド・シルフィユ(ia8476)は、日御碕・かがり(ia9519)の話を聞いては相槌をうっていた。 ここは、矛陣の茶屋。卓を囲み、茶や軽食を口にしつつ、開拓者たちは今後いかなる行動をとるべきか、作戦を練っていたのだ。 「でも、エメラルドさんが参加してくれて心強いです。今回の事件、どんな真相が待っているのか分からないんですもの」 「私も、天儀ではまだ右も左も分からないからね。貴公やセシルのような友人がいてくれて、本当に心強い。今回もまた、よろしく頼みたい」 「ええ、任せてください」 セシル・ディフィール(ia9368)が、エメラルドに向かい請合う。エメラルドは二人の存在が、とても頼もしかった。 「我々もお忘れなく。異国より訪れし、金髪碧眼の美しき志士殿。その美しき肌のためならば、この僕、鳴海風斎(ia1166)は微力ながら舐めるようにお助けいたしますとも」 が、逆にこちらの顔を見ると、不安が同じくらい湧き上がってくる。卑屈な口調は、どうもお近づきにはなりたくない感を漂わせ、なんとも不気味。サムライとのことだが、本当に大丈夫なのか? 「ちょっとちょっと、そんな卑屈な態度じゃあ、エメラルドさんがドン引きするアルよ。ああ、すみませんアルねえ。彼はちと変わり者アルが、気にしないアルのことよろし。ちなみに、ミーは盾男(ib1622)。ひとつよろしくアル」 と言ってはいるが、こちらもまた気になってしまう。ジルベリアのものも含め、色々な国の特徴が混ざった服を着ているのを見ると、彼も大丈夫なのだろうかと不安を禁じえない。 大体において、その名前も奇妙であれば、装備も奇妙だ。盾を携えはしているが、剣を帯びていない。短剣を下げてはいるが、いみじくも騎士ならば剣か、もしくは短剣以上の威力がある武器を持っているべきではないか? エメラルドの疑惑の視線は、かがりに言葉をかけられるまで続いた。 「ま、まあ。自己紹介も終わったことですし、そろそろ本題に移りましょう」 探索は、二手に分かれて行なうことに。 かがりとエメラルドは、凛無を。 セシルと鳴海と盾男は、櫓岸を。それぞれ探しに向かうことになった。 「‥‥それにしても、随分と奇妙な二人だな。彼らは」 「鳴海さんと盾男さんのことですか? まあ、見た目は奇妙ですけど、やる時はやる方々ですよ。お二人とも、話したとおり土座衛門や船幽霊とも勇敢に戦ったんですからね」 「そうか、それならばセシルも大丈夫だろうな」 「いやあ、しかし改めてこうして見たら、セシルさんもまた中々のお美人。そんな貴女と行動をともにできるのは、下賎の身たるこの僕にとっては身に余る光栄でございますよ、へっへっへ」 「そ、そう。それは恐縮ね」 「戦いの時には粉骨砕身、お守りいたしますので、どうか大船に乗った気でいてくださいませね。へっへっへ」 言いつつ、にたりと浮かべる笑み。セシルは不安を覚えた。色々な意味で。 「あー、これこれ。だからそんなコトを言うとドン引きされるアルよ。正しくないアル」 盾男にそう言われ、鳴海は若干不満な表情。 「正しくない? 何を仰る盾男。この醜き僕が、美しい方を美辞麗句で飾るという行為がよろしくないと? はー、あまりの衝撃に頭の腹痛が再発したようです、ごほごほ」 わざとらしく咳き込む鳴海に、セシルは「大丈夫だろうか?」と、不安を隠しきれなかった。 三人の老婆の証言。 ここから導き出した結果は、凛無は北に向かっただろうという事。 「一人目が嘘なら、二人目と三人目のどちらを本当としても、矛盾が出る。ならば、北に向かった一人目の証言が信用できる‥‥。ふむ、確かに貴公の言うとおりだな。かがり」 「はいっ(ごめんなさいっ、おばあさんたち)」 エメラルドとかがりは、北へと向かっていた。 やがて、凛無らしき娘の姿を見た‥‥という手がかりを二人は得た。旅の者が北から矛陣へと向かう時に、森林へと一人向かう娘の姿を見たというのだ。 二人は、さらに先を急いだ。そして、行き着いた先には、うっそうと生い茂る森林が二人を出迎えていた。 「三男の言葉が真実。でなければ、他の言葉に矛盾が出る。ゆえに、東側にある屋敷に、櫓岸は向かった‥‥」 エメラルドとかがりが北へと向かっているその頃、セシルは二人の男たちとともに、東へと向かっていた。 屋敷の位置は、すでに警邏隊から聞いている。それが正しければ、の話であるが。 「これは‥‥」 「確かに、屋敷がここにアル事正しい事‥‥でアルが‥‥」 「いやあ、掃除してないとこを見るだに、まるで僕の心象風景を具現化したかのようですねえ」 セシルは言葉を失い、盾男はなんとか言葉を発し、鳴海は口にしなくて良い事をあえて口に出していた。 石と木で形作られたその屋敷は、朽ち果て、忘れ去られ、放置されていた。 開拓者三人の目前には、門が壊れ、そしてその先には巨大な怪物の口のような、屋敷内部に続く玄関口があった。内部は暗く、良く見えない。 「櫓岸は、掃除することに関してはあまり熱心ではないようね」セシルが言葉を何とかひねり出した。 屋敷は、まさに廃墟と言えるものだった。雑木林の内部に建っている事も手伝い、まともな人間が住居にはまず選ばない陰鬱さが漂っている。 「‥‥?」 決意し、一歩を踏み込もうとしたセシルだが、盾男が動かない。いぶかしみ、彼女は声をかけた。 「どうしたの?」 「いえ‥‥、あの木の陰に、人がいたアルよ」 「木の陰? ‥‥見えないわ、気のせいじゃないの?」 「いいえ、僕も見ました。人影のようだったですが、確かにあの影に‥‥」 そこまで言ったところ。 「「「!」」」 悲鳴が、屋敷の中から聞こえてきた。 そして、こけつまろびつ、何者かがその中から出てきたのだ! かがりと、エメラルド。 森の内部をさらに進むと、そこには洞窟があった。 洞窟は、人の手を加えたものだという事はすぐに理解できた。なぜなら、その洞窟には扉が取り付けられていたからだ。 扉は、半ば開いていた。さらに足跡が、中に続いている。 「‥‥心眼で感知しました、あの中に十匹ほどのアヤカシが‥‥!」 かがりがそこまで言った、その時。 「助けてっ!」 若い女性の声が二人の耳に届き、声の主が二人の目前に、扉を開けて現れた。 二人は、その女性を知っていた。彼女の顔を、見たことがあった。 「凛無? 貴公は凛無だな!? 大丈夫、君を害する者ではない」 「? あ、あなたたちは‥‥? そ、それより助けて! 怪物が!」 凛無‥‥捜し求めていた女性が目の前に現れ、二人は微笑んだが‥‥『怪物』という言葉を聞き、すぐに気を引き締めた。 するべきことは一つ。 「下がって! どこかに隠れていて!」 凛無を助け起こしたかがりは、彼女を後ろにやると武器を構えた。エメラルドもまた、かがりに続き同じく得物を握る。 かがりは、木刀「安雲」。不死なる敵に対し、絶大なる力を持つ武装。 エメラルドは、海冥剣。青き片手剣の刀身は青く鋭いそれ。しかし防御面は気をつけねばと、彼女は思った。腕の盾以外に、水帝の外套を羽織っている。が、その下には紐ショーツで心もとない。 やがて、次の瞬間。 「!」 扉を跳ね飛ばし、吐き出されるかのようにそいつらが姿を現した! セシルと鳴海と、盾男の前に現れたのは。一人の男。 それは、櫓岸に相違なかった。が、確かめようと声をかける次の瞬間。腐った手の群れ、腕の群れが闇の中から突き出て、彼を、櫓岸をつかんで闇の中に引きずり込んだ。 「た、助け‥‥」 それだけしか、聞けなかった。櫓岸の声は闇にかき消されるかのようにして、そのまま消えていく。 変わりに聞こえてきたのは、うなり声。それも空ろでおぞましい声だった。それに続き、屋敷の玄関に現れたのはおぞましき者どもの、半ば腐敗した肉体が陽光の下に現れる。 櫓岸の悲鳴は、それら‥‥屍人の群れに隠れても聞こえてきた。が、徐々にそれがくぐもっていくと、次第に聞こえなくなっていく。 どさり‥‥と、スイカ大の何かが地面に転がり、開拓者たちへと空ろな視線を向けた。それが櫓岸の首だという事を努めて考えず、セシルは武器を、白弓を構える。 盾男は、新調した盾、蜘蛛の模様が刻まれたスパイダーシールドを構え、鳴海もまた、鉤薙斧「ヴァリャーグ」を構えた。 「ヴァリャーグ」、長い柄の先端に、薄い斧刃と鉤爪とを取り付けた斧。自身の身長以上の長さを持つそれは、普通の人間が見たら畏怖を覚えるだろう。鳴海は目前の屍人どもに、この武器の怖さをたっぷりと教えてやるつもりだ。 「さあ来なさい!」 鳴海の「咆哮」が、屍人どもの注意を引いた。そしてそいつらは、腐りかけた体で開拓者たちへと向かってきたのだ! かがりとエメラルドの前に現れたのは、見るもおぞましき獣だった。 一見すると、狼か狼犬の類に見えるが、そんな生易しいものではない。なぜならそいつの体はところどころが腐敗し、その目は空ろな白い屍のまなざしだったからだ。全身から漂わせる腐敗臭が、さらなるおぞましさをかもし出させている。 その獣ども‥‥屍狼は、どこか空ろな咆え声をたてて、口元を歪ませ‥‥いっせいに襲い掛かってきた! かがりは、恐怖に囚われ動けなくなった。‥‥ほんの二秒ほど。 そして三秒で態勢を整え、一番接近してきた一匹の脳天に、頼もしき木刀の一撃を振り下ろす。 頭部を叩き潰され、一匹が果てた。それとともに、別の方向から迫ってきた屍狼も、エメラルドが「流し切り」により首をはねてしとめていた。 再び動かぬ屍に戻った狼だが、まだ相手はたっぷりいる。そいつらは、二人を逃がしはしないだろう。 背中合わせになり、かがりは木刀をはすに構え、エメラルドもやはり剣先を向けて構える。 「一気に!」かがりの木刀に、炎魂縛武の炎が宿り、 「いくぞっ!」エメラルドの海冥剣に、雷鳴剣の刃が宿る。 腐った牙と爪が、二人の美少女へと迫る。が、二人はそれをものともせず、火炎と雷撃の攻撃を、アヤカシへと振り下ろした! 「はーっ!」 鳴海は、囲まれていた。普通なら、そのような状況下では絶体絶命以外の何物でもない。 が、彼の場合は「あえて囲ませていた」のだ。周囲全てに逃げ道をなくした上で、鳴海は「ヴァリャーグ」を大きく振り回し、周囲の屍人を薙ぎ払った! 「回転切り!」 握る長柄に、相手を切り裂く心地よい感触が伝わってくる。腐敗した身体を切り裂かれたそいつら屍人どもは、腐肉の破片と化して地面に散乱し、果てた。 手近な屍人には、盾男の針短剣「ミセリコルディア」から放たれたオーラショットが、そいつらを叩きのめし。 離れた場所には、セシルの斬撃符、更には白弓の一矢が迫り来る。 とどめの一撃が放たれ、屍人はその全てが倒れ、死体へと戻っていった。 「‥‥これで、櫓岸を連れ帰るという事は出来なくなったわね」 「けど、まだできることはあるアル。あきらめること、それ正しくないことアルね」 セシルの言葉に、盾男が声をかけた。そうだ、その通り。少なくとも、まだ行なうべきことは十分に存在する。がっかりするのは、それを行なってからでも良い筈だ。 腐臭漂う屋敷内へ、セシルは二人を引き連れ、内部へと足を踏み入れていった。 「なんですって? それじゃあ、あなたが‥‥」 「はい。私は、あなた方が轟現と呼んでいる男の、娘です」 踏み入れたのは、こちらの二人もまた同じ。探していた女性、凛無からの事情を聞いている事で、現状がどういうものなのか、真相がどういうものなのかを突き止めんとしていた。 「それで、一体どんな目的でここに来ていると言うのだ?」次に聞くは、エメラルド。父親に会いたいために、このような事をしたのだろうか? 「いいえ。会いたいとは思いますが、むしろ彼から謝罪していただきたいのです」 そう言って、彼女は語り始めた。 轟現は、もとはかなりの悪人だったという。騙す事は息をするのと同じくらいにしょっちゅうで、悪事も平気で行なう無頼漢。時折気まぐれで女をひっかけ、そして子供を作ることもあった。 「最初は、憎くて仕方ありませんでした。殺してやりたいとも何度も考えた事か。けど、そんな事をしても何もなりません。ないのですが‥‥」 それでも、一言でいいから謝罪してほしいと、彼女は付け加えた。更生したと思っても、再び悪の道に戻った夫に対し、今は亡き凛無の母は心を痛めていたというのだ。 「母はもう、この世にはいません。母は心労がたたり、亡くなりました。そのことについて、轟現はどう思っているかを聞きたかったのですが‥‥」 矛陣にきてみたら、彼は行方不明。であるから、独自に探していたらこうなったと。 「ここには、櫓岸という人から聞きました。自分の北にある倉庫。そのあたりに、轟現らしき男が隠れているのを見たことがある、と。今回の事件でうんざりして逃げ出し、そこに隠れ住んでいるだろう、と伺ったのです」 櫓岸の屋敷。 そこでも、三人による探索が行なわれていた。 「‥‥『轟現は、本日も苦しんでいる。父親を子供が苦しめるなど、奇妙なことではあるが、彼にとっては奇妙ではないらしい。ともかく、警邏の立場を利用して色々と取り計らってはくれるそうだ』」 「‥‥『ただ殺すだけではもったいない。轟現に恨ませ、そしてアヤカシの依代にさせてしまえば、復讐はより甘美になる』。なんというか‥‥ひどいものね」 セシルの言うとおり、ひどかった。内部には様々な状態の死体があったのだが、多くの書付が残されていたのだ。それによると、彼自身が轟現を誘拐し、どこかに閉じ込めた事は間違いない。 問題は、その櫓岸自体が屍人に殺され、真実を知る者がいないということ。 「ともかく、一旦戻るアルね。さっき見た、あの男‥‥あれが、なにかを知っているに相違ないと思われるアル」 そう、おそらく彼は、この件について何かを詳しく知っているはずだ。木々の間を逃げていった、彼‥‥頼無ならば。 「ご苦労だった。彼女は丁重に扱うから、心配はいらぬ」 凛無を連れて、かがりとエメラルドは座羅へと引き渡した。 「それに、櫓岸に関してもご苦労だった。そなたらが持ち帰ってきた資料は、これから徹底的に調べてみよう。おそらくは、何かわかるかもしれん。だが‥‥」 言いよどみ、彼女は続けた。 「そちらの件も、早急に調べねばなるまいて。このところ頼無は、行方がわからなくなっているからな。まさか‥‥あやつが容疑者などとは考えたくもないが」 おそらく、次で真相が明らかになるだろう。それを思い、緊張を隠しきれない一行だった。 |