海に漂う怨念:弐
マスター名:塩田多弾砲
シナリオ形態: シリーズ
相棒
難易度: 普通
参加人数: 5人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/10/06 21:28



■オープニング本文

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 五行、矛陣。
 数日前。この界隈の海域にて大量にアヤカシが宿った人間の死体‥‥土座衛門が多く出現し、それを調査する事が元で行方不明者が出た。
 行方不明になったのは、警邏隊の隊長・轟現。
 警邏隊の隊員・頼無、および副隊長で現隊長代理・座羅は、開拓者達に依頼し、轟現の捜索を依頼した。

 出現していたアヤカシを退治はできた。が、轟現は行方不明。
 そして、開拓者達が発見した洞窟。その中にはどこからか集められた死体と、そしていくつかの書付。
 書付の一つには『轟現は、別の場所に移す。あの悪党には、もっと苦しみぬいてから死なせるべきだ』という記述が。

「どういうわけか、私にはわからなかった。ここに来てからというもの、轟現隊長は恨まれる事は何一つ行っていないのに。少なくとも、それは私が保証する」
 開拓者ギルドにて。
 今度もまた、矛陣の警邏隊の人間が依頼に赴いていた。
 ただし、今回は頼無でなく、座羅の方だが。
「それで、お主らに再び仕事を頼みたいのだが。その前にこちらで調べておいた事を伝えておきたいと思う。おそらく、何かの役に立つかもしれん」
 そう言って、彼女は語り始めた。
「お主らに、してもらいたい事は、二人の人間を探し出すことだ‥‥轟現隊長の過去を知っているらしい人物と、犯人と思われる人物。この二人をな」

 あれから頼無は、「こりゃ、探すのは時間かかりそうですね。きっともう死んでるんじゃないですか?」と、最初から諦めを隠さない。
 だが、座羅は諦めなかった。彼女は考えたのだ。この事件は、誰かが人為的に起こしたものだと。轟現をさらったのは、その誰かに違いないだろう。
 
 座羅が最初に考えたのは、轟現の過去を調べる事だった。「あの悪党には〜」と書付に書かれていた事から、おそらくは過去にとんでもない事を行っていたのかもしれない。そして、その恨みをかったのかと。
 轟現は、口数が少なかった。だが、その少ない会話の中で「五行の内陸部、石鏡やらで、傭兵まがいの事を行っていた」と口にしていたのを座羅は思い出した。
 しかし、それだけでは調べようも無いし、事実かどうかもわからない。
 だが、数日前。それが進展するかも知れない人物が、矛陣に赴いているのを知ったのだ。

 きっかけは、宿屋にて。轟現の捜索とこの裏に居るだろう犯人を捜し、何の成果も上げられずに腐りつつ、酒をかっくらっていた時。
「轟現」という名を聞いて、座羅に尋ねた少女がいたというのだ。
「お主は?」
「わたくしは、石鏡からきました、凛無と申します。その‥‥聞き覚えのある名前を聞いたもので、お尋ねしたいと思いまして」
 聞くと、彼女は轟現という名の知人を探しに、この矛陣を尋ねたらしい。そこで、伝えられる範囲で、座羅は簡単に概要を話した。
「‥‥まあ、そういうわけで隊長は行方不明でな。今探しているところなのだ。それで、お主は轟現隊長とはどういう関係なのか?」
「えっ‥‥? あ、いえ‥‥違うと、思います‥‥はい、違います。すいません、人違いでした。わたくしの知っている轟現は、警邏隊の隊長を務めるほど立派ではありませんから」
 そう言うと、凛無はそそくさとその場を去っていった。

「‥‥で、凛無殿はそのままその場を去っていったのだが‥‥どうも不自然な様子だった。ひょっとしたら、何かを隠しているのかもしれん。で、探してもらいたいもう一人だが‥‥」
 こちらは、櫓岸という名の学者。彼はアヤカシのことを、特に死体に瘴気が取り付くようなアヤカシを研究していた。
 櫓岸は自己中心的で、人間性に問題のある人物であった。かつては封陣院で研究の職についていたものの、研究に没頭するあまり、わざと人を殺して、人工的に屍人を作り出そうと試みた事件を起こしたのだ。
「殺人は未遂に終わったのは、不幸中の幸いと言えるだろうがな。ともかく櫓岸は、勝手に犬猫や家畜を盗み出し、屍にして放置し、瘴気を宿らせればアヤカシを作り出せる‥‥といった研究を行い、それを実践していたのだ。分かる限りでは、実験は全てが失敗していると聞いている。そこで、人間を用いれば瘴気が宿りやすいと考えて‥‥」
 しかし、その実験は実現しなかった。轟現が警邏隊に就任した頃。轟現の活躍により、櫓岸は殺人未遂の事件を暴露されたのだ

「櫓岸は今、追放されて遠くの町に収監されている。しかし、数日前に収監していた刑務所から手紙が届いてな。少なくとも一月前に脱走していたというのだ。そして、もう一つ。今回発見した書付、これはまちがいなく、櫓岸の手によるものに違いない」
 彼女は、二枚の似顔絵を出した。
 片方は、可憐で淑やかな雰囲気をたたえた少女のそれ。もう片方は、自身が死体ではないかと思うほどに、痩せぎすな初老の男の顔。
「お主らに頼みたい事というのは、凛無と櫓岸。この二人を探し出し、警邏隊の元へとつれてきてもらいたいのだ。一人は、轟現隊長について、一人は、事件について、何か知っているに違いなかろう。特に凛無の方は、まず間違いなく何かを知っているに違いない。でなければ、あんな態度をするはずがない」
 今、凛無はどこにいるかわからない。が、三人の仲の良い老婆が言葉を交わし、どこへ向かうかを聞いたという。
「しかし、この三人は一人こそしっかりしているが、二人はうっかりしていてな。いつもまちがった事を言ってしまうのだ」
 曰く、
 一人目「そのお嬢さんなら、北の方に行くそうじゃ」
 二人目「何言ってるの、海に行くって言ってただわよ」
 三人目「そうじゃ、この人はいつも正しい事を言うんじゃよ」

「それと、櫓岸についてだが‥‥三人の子供から証言をもらっている。それが役に立つかも知れん」
 聞くところによると、矛陣から北と東西、片道一日かかる場所に、一つづつ屋敷がある。それらは櫓岸の所有であるが、今は空き家。そして、三人の子供がそれぞれ、櫓岸らしき人物をそのどれかで見たというのだ。が、その三名のうち二人は嘘ばかりをつき、正直な事を言うのは一人だけという。
 曰く、
 長男「北で変な男を見ただよ」
 次男「そうだな、男を見たのは北の屋敷でだ」
 三男「なに言ってるだ、見たのは東の屋敷だ」。

「‥‥と、このような状況だ。あまり時間をかけるわけにもいかない。諸君、どうか一つ、頼むぞ」


■参加者一覧
鳴海 風斎(ia1166
24歳・男・サ
エメラルド・シルフィユ(ia8476
21歳・女・志
セシル・ディフィール(ia9368
20歳・女・陰
日御碕・かがり(ia9519
18歳・女・志
盾男(ib1622
23歳・男・サ


■リプレイ本文

「‥‥というのが、これまでの事情です」
「ふーむ‥‥なるほど、そのような事が起こっていたとはな」
 エメラルド・シルフィユ(ia8476)は、日御碕・かがり(ia9519)の話を聞いては相槌をうっていた。
 ここは、矛陣の茶屋。卓を囲み、茶や軽食を口にしつつ、開拓者たちは今後いかなる行動をとるべきか、作戦を練っていたのだ。
「でも、エメラルドさんが参加してくれて心強いです。今回の事件、どんな真相が待っているのか分からないんですもの」
「私も、天儀ではまだ右も左も分からないからね。貴公やセシルのような友人がいてくれて、本当に心強い。今回もまた、よろしく頼みたい」
「ええ、任せてください」
 セシル・ディフィール(ia9368)が、エメラルドに向かい請合う。エメラルドは二人の存在が、とても頼もしかった。
「我々もお忘れなく。異国より訪れし、金髪碧眼の美しき志士殿。その美しき肌のためならば、この僕、鳴海風斎(ia1166)は微力ながら舐めるようにお助けいたしますとも」
 が、逆にこちらの顔を見ると、不安が同じくらい湧き上がってくる。卑屈な口調は、どうもお近づきにはなりたくない感を漂わせ、なんとも不気味。サムライとのことだが、本当に大丈夫なのか?
「ちょっとちょっと、そんな卑屈な態度じゃあ、エメラルドさんがドン引きするアルよ。ああ、すみませんアルねえ。彼はちと変わり者アルが、気にしないアルのことよろし。ちなみに、ミーは盾男(ib1622)。ひとつよろしくアル」
 と言ってはいるが、こちらもまた気になってしまう。ジルベリアのものも含め、色々な国の特徴が混ざった服を着ているのを見ると、彼も大丈夫なのだろうかと不安を禁じえない。
 大体において、その名前も奇妙であれば、装備も奇妙だ。盾を携えはしているが、剣を帯びていない。短剣を下げてはいるが、いみじくも騎士ならば剣か、もしくは短剣以上の威力がある武器を持っているべきではないか?
 エメラルドの疑惑の視線は、かがりに言葉をかけられるまで続いた。
「ま、まあ。自己紹介も終わったことですし、そろそろ本題に移りましょう」

 探索は、二手に分かれて行なうことに。
 かがりとエメラルドは、凛無を。
 セシルと鳴海と盾男は、櫓岸を。それぞれ探しに向かうことになった。
「‥‥それにしても、随分と奇妙な二人だな。彼らは」
「鳴海さんと盾男さんのことですか? まあ、見た目は奇妙ですけど、やる時はやる方々ですよ。お二人とも、話したとおり土座衛門や船幽霊とも勇敢に戦ったんですからね」
「そうか、それならばセシルも大丈夫だろうな」

「いやあ、しかし改めてこうして見たら、セシルさんもまた中々のお美人。そんな貴女と行動をともにできるのは、下賎の身たるこの僕にとっては身に余る光栄でございますよ、へっへっへ」
「そ、そう。それは恐縮ね」
「戦いの時には粉骨砕身、お守りいたしますので、どうか大船に乗った気でいてくださいませね。へっへっへ」
 言いつつ、にたりと浮かべる笑み。セシルは不安を覚えた。色々な意味で。
「あー、これこれ。だからそんなコトを言うとドン引きされるアルよ。正しくないアル」
 盾男にそう言われ、鳴海は若干不満な表情。
「正しくない? 何を仰る盾男。この醜き僕が、美しい方を美辞麗句で飾るという行為がよろしくないと? はー、あまりの衝撃に頭の腹痛が再発したようです、ごほごほ」
 わざとらしく咳き込む鳴海に、セシルは「大丈夫だろうか?」と、不安を隠しきれなかった。

 三人の老婆の証言。
 ここから導き出した結果は、凛無は北に向かっただろうという事。
「一人目が嘘なら、二人目と三人目のどちらを本当としても、矛盾が出る。ならば、北に向かった一人目の証言が信用できる‥‥。ふむ、確かに貴公の言うとおりだな。かがり」
「はいっ(ごめんなさいっ、おばあさんたち)」
 エメラルドとかがりは、北へと向かっていた。
 やがて、凛無らしき娘の姿を見た‥‥という手がかりを二人は得た。旅の者が北から矛陣へと向かう時に、森林へと一人向かう娘の姿を見たというのだ。
 二人は、さらに先を急いだ。そして、行き着いた先には、うっそうと生い茂る森林が二人を出迎えていた。

「三男の言葉が真実。でなければ、他の言葉に矛盾が出る。ゆえに、東側にある屋敷に、櫓岸は向かった‥‥」
 エメラルドとかがりが北へと向かっているその頃、セシルは二人の男たちとともに、東へと向かっていた。
 屋敷の位置は、すでに警邏隊から聞いている。それが正しければ、の話であるが。
「これは‥‥」
「確かに、屋敷がここにアル事正しい事‥‥でアルが‥‥」
「いやあ、掃除してないとこを見るだに、まるで僕の心象風景を具現化したかのようですねえ」
 セシルは言葉を失い、盾男はなんとか言葉を発し、鳴海は口にしなくて良い事をあえて口に出していた。
 石と木で形作られたその屋敷は、朽ち果て、忘れ去られ、放置されていた。
 開拓者三人の目前には、門が壊れ、そしてその先には巨大な怪物の口のような、屋敷内部に続く玄関口があった。内部は暗く、良く見えない。
「櫓岸は、掃除することに関してはあまり熱心ではないようね」セシルが言葉を何とかひねり出した。
 屋敷は、まさに廃墟と言えるものだった。雑木林の内部に建っている事も手伝い、まともな人間が住居にはまず選ばない陰鬱さが漂っている。
「‥‥?」
 決意し、一歩を踏み込もうとしたセシルだが、盾男が動かない。いぶかしみ、彼女は声をかけた。
「どうしたの?」
「いえ‥‥、あの木の陰に、人がいたアルよ」
「木の陰? ‥‥見えないわ、気のせいじゃないの?」
「いいえ、僕も見ました。人影のようだったですが、確かにあの影に‥‥」
 そこまで言ったところ。
「「「!」」」
 悲鳴が、屋敷の中から聞こえてきた。
 そして、こけつまろびつ、何者かがその中から出てきたのだ!

 かがりと、エメラルド。
 森の内部をさらに進むと、そこには洞窟があった。
 洞窟は、人の手を加えたものだという事はすぐに理解できた。なぜなら、その洞窟には扉が取り付けられていたからだ。
 扉は、半ば開いていた。さらに足跡が、中に続いている。
「‥‥心眼で感知しました、あの中に十匹ほどのアヤカシが‥‥!」
 かがりがそこまで言った、その時。
「助けてっ!」
 若い女性の声が二人の耳に届き、声の主が二人の目前に、扉を開けて現れた。
 二人は、その女性を知っていた。彼女の顔を、見たことがあった。
「凛無? 貴公は凛無だな!? 大丈夫、君を害する者ではない」
「? あ、あなたたちは‥‥? そ、それより助けて! 怪物が!」
 凛無‥‥捜し求めていた女性が目の前に現れ、二人は微笑んだが‥‥『怪物』という言葉を聞き、すぐに気を引き締めた。
 するべきことは一つ。
「下がって! どこかに隠れていて!」
 凛無を助け起こしたかがりは、彼女を後ろにやると武器を構えた。エメラルドもまた、かがりに続き同じく得物を握る。
 かがりは、木刀「安雲」。不死なる敵に対し、絶大なる力を持つ武装。
 エメラルドは、海冥剣。青き片手剣の刀身は青く鋭いそれ。しかし防御面は気をつけねばと、彼女は思った。腕の盾以外に、水帝の外套を羽織っている。が、その下には紐ショーツで心もとない。
 やがて、次の瞬間。
「!」
 扉を跳ね飛ばし、吐き出されるかのようにそいつらが姿を現した!

 セシルと鳴海と、盾男の前に現れたのは。一人の男。
 それは、櫓岸に相違なかった。が、確かめようと声をかける次の瞬間。腐った手の群れ、腕の群れが闇の中から突き出て、彼を、櫓岸をつかんで闇の中に引きずり込んだ。
「た、助け‥‥」
 それだけしか、聞けなかった。櫓岸の声は闇にかき消されるかのようにして、そのまま消えていく。
 変わりに聞こえてきたのは、うなり声。それも空ろでおぞましい声だった。それに続き、屋敷の玄関に現れたのはおぞましき者どもの、半ば腐敗した肉体が陽光の下に現れる。
 櫓岸の悲鳴は、それら‥‥屍人の群れに隠れても聞こえてきた。が、徐々にそれがくぐもっていくと、次第に聞こえなくなっていく。
 どさり‥‥と、スイカ大の何かが地面に転がり、開拓者たちへと空ろな視線を向けた。それが櫓岸の首だという事を努めて考えず、セシルは武器を、白弓を構える。
 盾男は、新調した盾、蜘蛛の模様が刻まれたスパイダーシールドを構え、鳴海もまた、鉤薙斧「ヴァリャーグ」を構えた。
「ヴァリャーグ」、長い柄の先端に、薄い斧刃と鉤爪とを取り付けた斧。自身の身長以上の長さを持つそれは、普通の人間が見たら畏怖を覚えるだろう。鳴海は目前の屍人どもに、この武器の怖さをたっぷりと教えてやるつもりだ。
「さあ来なさい!」
 鳴海の「咆哮」が、屍人どもの注意を引いた。そしてそいつらは、腐りかけた体で開拓者たちへと向かってきたのだ!

 かがりとエメラルドの前に現れたのは、見るもおぞましき獣だった。
 一見すると、狼か狼犬の類に見えるが、そんな生易しいものではない。なぜならそいつの体はところどころが腐敗し、その目は空ろな白い屍のまなざしだったからだ。全身から漂わせる腐敗臭が、さらなるおぞましさをかもし出させている。
 その獣ども‥‥屍狼は、どこか空ろな咆え声をたてて、口元を歪ませ‥‥いっせいに襲い掛かってきた!
 かがりは、恐怖に囚われ動けなくなった。‥‥ほんの二秒ほど。
 そして三秒で態勢を整え、一番接近してきた一匹の脳天に、頼もしき木刀の一撃を振り下ろす。
 頭部を叩き潰され、一匹が果てた。それとともに、別の方向から迫ってきた屍狼も、エメラルドが「流し切り」により首をはねてしとめていた。
 再び動かぬ屍に戻った狼だが、まだ相手はたっぷりいる。そいつらは、二人を逃がしはしないだろう。
 背中合わせになり、かがりは木刀をはすに構え、エメラルドもやはり剣先を向けて構える。
「一気に!」かがりの木刀に、炎魂縛武の炎が宿り、
「いくぞっ!」エメラルドの海冥剣に、雷鳴剣の刃が宿る。
 腐った牙と爪が、二人の美少女へと迫る。が、二人はそれをものともせず、火炎と雷撃の攻撃を、アヤカシへと振り下ろした!

「はーっ!」
 鳴海は、囲まれていた。普通なら、そのような状況下では絶体絶命以外の何物でもない。
 が、彼の場合は「あえて囲ませていた」のだ。周囲全てに逃げ道をなくした上で、鳴海は「ヴァリャーグ」を大きく振り回し、周囲の屍人を薙ぎ払った!
「回転切り!」
 握る長柄に、相手を切り裂く心地よい感触が伝わってくる。腐敗した身体を切り裂かれたそいつら屍人どもは、腐肉の破片と化して地面に散乱し、果てた。
 手近な屍人には、盾男の針短剣「ミセリコルディア」から放たれたオーラショットが、そいつらを叩きのめし。
 離れた場所には、セシルの斬撃符、更には白弓の一矢が迫り来る。
 とどめの一撃が放たれ、屍人はその全てが倒れ、死体へと戻っていった。
「‥‥これで、櫓岸を連れ帰るという事は出来なくなったわね」
「けど、まだできることはあるアル。あきらめること、それ正しくないことアルね」
 セシルの言葉に、盾男が声をかけた。そうだ、その通り。少なくとも、まだ行なうべきことは十分に存在する。がっかりするのは、それを行なってからでも良い筈だ。
 腐臭漂う屋敷内へ、セシルは二人を引き連れ、内部へと足を踏み入れていった。

「なんですって? それじゃあ、あなたが‥‥」
「はい。私は、あなた方が轟現と呼んでいる男の、娘です」
 踏み入れたのは、こちらの二人もまた同じ。探していた女性、凛無からの事情を聞いている事で、現状がどういうものなのか、真相がどういうものなのかを突き止めんとしていた。
「それで、一体どんな目的でここに来ていると言うのだ?」次に聞くは、エメラルド。父親に会いたいために、このような事をしたのだろうか?
「いいえ。会いたいとは思いますが、むしろ彼から謝罪していただきたいのです」
 そう言って、彼女は語り始めた。
 轟現は、もとはかなりの悪人だったという。騙す事は息をするのと同じくらいにしょっちゅうで、悪事も平気で行なう無頼漢。時折気まぐれで女をひっかけ、そして子供を作ることもあった。
「最初は、憎くて仕方ありませんでした。殺してやりたいとも何度も考えた事か。けど、そんな事をしても何もなりません。ないのですが‥‥」
 それでも、一言でいいから謝罪してほしいと、彼女は付け加えた。更生したと思っても、再び悪の道に戻った夫に対し、今は亡き凛無の母は心を痛めていたというのだ。
「母はもう、この世にはいません。母は心労がたたり、亡くなりました。そのことについて、轟現はどう思っているかを聞きたかったのですが‥‥」
 矛陣にきてみたら、彼は行方不明。であるから、独自に探していたらこうなったと。
「ここには、櫓岸という人から聞きました。自分の北にある倉庫。そのあたりに、轟現らしき男が隠れているのを見たことがある、と。今回の事件でうんざりして逃げ出し、そこに隠れ住んでいるだろう、と伺ったのです」

 櫓岸の屋敷。
 そこでも、三人による探索が行なわれていた。
「‥‥『轟現は、本日も苦しんでいる。父親を子供が苦しめるなど、奇妙なことではあるが、彼にとっては奇妙ではないらしい。ともかく、警邏の立場を利用して色々と取り計らってはくれるそうだ』」
「‥‥『ただ殺すだけではもったいない。轟現に恨ませ、そしてアヤカシの依代にさせてしまえば、復讐はより甘美になる』。なんというか‥‥ひどいものね」
 セシルの言うとおり、ひどかった。内部には様々な状態の死体があったのだが、多くの書付が残されていたのだ。それによると、彼自身が轟現を誘拐し、どこかに閉じ込めた事は間違いない。
 問題は、その櫓岸自体が屍人に殺され、真実を知る者がいないということ。
「ともかく、一旦戻るアルね。さっき見た、あの男‥‥あれが、なにかを知っているに相違ないと思われるアル」
 そう、おそらく彼は、この件について何かを詳しく知っているはずだ。木々の間を逃げていった、彼‥‥頼無ならば。

「ご苦労だった。彼女は丁重に扱うから、心配はいらぬ」
 凛無を連れて、かがりとエメラルドは座羅へと引き渡した。
「それに、櫓岸に関してもご苦労だった。そなたらが持ち帰ってきた資料は、これから徹底的に調べてみよう。おそらくは、何かわかるかもしれん。だが‥‥」
 言いよどみ、彼女は続けた。
「そちらの件も、早急に調べねばなるまいて。このところ頼無は、行方がわからなくなっているからな。まさか‥‥あやつが容疑者などとは考えたくもないが」
 おそらく、次で真相が明らかになるだろう。それを思い、緊張を隠しきれない一行だった。