【轟拳】五 決着
マスター名:雪端為成
シナリオ形態: シリーズ
EX :危険
難易度: 難しい
参加人数: 10人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2015/05/18 19:33



■オープニング本文

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 とうとう決着の時がやってきた。
 無名関を破り、鬼哭塞を解放した蒼旗軍。
 清璧派とその掌門である綾麗をはじめ、数多くの勇士が蒼旗軍に集った。
 その多くは、八極轟拳に苦渋を舐めさせられた者たちだ。
 だからこそ、彼らは立ち上がったのである。

 天然の要害、瑞峰に本拠を移した八極轟拳。
 だが、瑞峰には弱点がひとつ、土地が狭く、周囲から断絶されている点が存在した。
 季節は冬、すでに収穫は終わり、八極轟拳の食料備蓄は残りわずか。
 対する蒼旗軍は周囲を封鎖し八極轟拳の後方支援を断っていた。
 蒼旗軍は八極轟拳を兵糧攻めをしたのだ。
 全てを力と恐怖で縛っていた八極轟拳は、完全に孤立無援となった。

 八極轟拳はあがいた。
 まず紹家村を襲い豊かな食料を奪おうとしたのだが、それは開拓者が未然に防いだ。
 一方蒼旗軍は、周囲の村落とも交渉をすすめ、準備を万全に進めたのだ。

 そこで八極轟拳は最後におおきな賭に出た。
 籠城戦はそもそも不利だ。
 防備に優れた瑞峰には蒼旗軍は攻めてこないだろうし、もとより八極轟拳は防衛を好まない。
 力こそ全てを標榜するからには、力に依って覇を唱えるべきなのだ。
 これ以上時間をかけてしまえば、蒼旗軍はより強くなり八極轟拳はますます弱くなる。
 ならば、今こそ出陣の時。
 蒼旗軍が布陣する瑞峰のほど近い平野、名を“鵬沃平原”。
 名前とは裏腹に痩せた土地の乾いた平野に、蒼旗軍の軍勢が陣を張っていた。
 そこを、八極轟拳は真っ向から突破するつもりで、瑞峰から打って出たのだ。
 蒼旗軍は、万に届く戦士たちがいる。
 それに対して、ほぼ同数の八極轟拳。これが正面衝突すればどちらにも甚大な被害が出るだろう。
 だが、逃げることを良しとしない八極轟拳と、彼らの暴挙を止めようとする蒼旗軍。
 この二つの対決を避ける術は無いのだ。

 そこで、蒼旗軍のまとめ役、ガランは協議の末に一つの策を取ることにした。
 真っ向から八極轟拳の大軍勢を受け止める。
 その真正面には、旗印としても名を上げる綾麗と清璧派が立ちはだかる。
 他の蒼旗軍は、全軍を上げて清璧派と援護、八極轟拳の軍勢に対して立ち向かう。
 だが、これは大胆にも全軍を囮にした巧妙な作戦なのだ。
 本命の刃は少数精鋭、一騎当千の猛者たちで造り上げた小さく鋭い一撃だ。
 貴方たちは、合戦の隙を突いて、小勢で作った別働隊で八極轟拳の頭目、轟煉を討ちにいくのだ。

 轟煉は八極轟拳の最奥からじわじわと前線に向かってやって来るだろう。
 彼は出陣の折、巨馬に引かせた二頭立ての戦車を好むという。
 今回もその戦車で前線へとやってくるはずだ。
 さらに、彼の周りには残る幹部たちも居るはず。
 綾麗率いる清璧派に轟拳と幹部らが闘えば、いかに護りに優れた清璧派でも突破されてしまうだろう。
 そうなれば、その後ろのガランらの本陣も突破されてしまう。
 こちらの指導者や象徴たる勇士が討たれてしまっては、正規軍は負けてしまう。
 故に、前線が持ちこたえている間に、貴方たちは轟煉を討つ必要があるのだ。

 全てはこの別働隊の成功にかかっている。
 失敗すれば八極轟拳は壊滅させられたとしても、多くの犠牲が出るだろう。

 さて、どうする?


■参加者一覧
梢・飛鈴(ia0034
21歳・女・泰
水鏡 絵梨乃(ia0191
20歳・女・泰
朧楼月 天忌(ia0291
23歳・男・サ
羅喉丸(ia0347
22歳・男・泰
鬼島貫徹(ia0694
45歳・男・サ
パラーリア・ゲラー(ia9712
18歳・女・弓
リンスガルト・ギーベリ(ib5184
10歳・女・泰
ライ・ネック(ib5781
27歳・女・シ
嶽御前(ib7951
16歳・女・巫
中書令(ib9408
20歳・男・吟


■リプレイ本文


 八極轟拳との決戦を前に控える蒼旗軍野営地。
 鵬沃平原を望むその地にある天幕のひとつで、黙々と型に取り組む男がいた。
 その男は羅喉丸(ia0347)。
 並ぶ者無き義侠の武人にして、八極轟拳と戦い続けてきた男である。
 羅喉丸は、一人黙々と型を打つ。
 なめらかな足運びから、一変して激しい拳。連打の猛攻から静かに鋭い蹴りの一撃。
 拳を縦横に振るいつつ、彼が思い描くのは、今まで闘った八極轟拳の猛者たちだ。
 勝機を見いだすためには、八極轟拳が如何なる拳なのかを見極める必要がある。
 そう考えた羅喉丸は、八極轟拳の術理を分解、分析しようと考えたのだ。

 敵を知ることこそが勝利に繋がる。
 そう考えるのは羅喉丸だけでは無かった。
「これで名と技の判明しておる幹部は全部か?」
「は、はい。幹部の数もかなり減りましたから、これで全員のはずです」
 リンスガルト・ギーベリ(ib5184)は協力者のグエンの言葉に深く頷いて、
「良し。では対策に練るのじゃ、優先すべきは術師や回復役じゃな」
 敵幹部の情報を可能な限り入手して、それを分析し対策を練っているのだ。
 その情報源は蒼旗軍のまとめ役、ガランの弟子の1人であるグエン。
 彼女は八極轟拳に囚われていた女拳士であり、多くの拳士の技を知る生き字引だ。
 敵について多くを知る彼女とともに、敵戦力の分析は進む。
 残された少ない時間を最大限に使い、分析と対策を進めるリンスガルトであった。

 そしていよいよ戦いの当日。
「八極轟拳とは、八方の極遠に轟く拳……つまり彼らの術理の要点はその攻撃力の高さだ」
 仲間たちを前に羅喉丸は、八極轟拳の技の理の一端について、説明を始めた。
「いかなる間合いにおいても、必殺致命の一撃を放つ事が彼らの技の真髄」
 巨体での体当たりと、必殺の両手突きを得意とした巨躯。
 陰陽師の技を会得し、搦め手の技を駆使することで暗殺者として名を馳せた男。
 それらの過去の戦いを羅喉丸は分析していく。
「……ふむ、確かにまだ残っておる幹部の技の要訣もそこに通じるようじゃの」
「ああ、共通した技法としては足運びによる間合いの潰し方があるようだ」
 リンスガルドの言葉に応える羅喉丸。
「故に問題点は一つ。あらゆる間合いにおいても致命的な反撃を受ける可能性があることだ」
「なるほど、長たる轟煉はその最たるもの、と?」
「ああ、たとえ我々ですら一発で危うい。俺の見立てでは超大型のアヤカシの一発並みのはずだ」
 改めて、羅喉丸が注意するのは轟煉の危険度だった。
「当たらなければ良い、といいたいところじゃが、背筋が寒くなるな」
「ああ、ある意味では、泰拳士の理想を体現しているのだからな」
 恐ろしいと言いつつも、笑顔のリンスガルドに、微かな憧憬と畏怖の交じった表情で羅喉丸は告げた。
 リンスガルトは一つ頷いて、
「確かにのう……ま、それで轟煉の危険度については分かった。次は我の番じゃ」
 続けてリンスガルドによる敵幹部への情報共有と対策の協議が始まるのだった。
 最終決戦に向けての時間は少なく、万全の準備は望めないこの状況。
 その中で、開拓者達は可能な限り対策を練っていた。
 あとは、彼らの拳がどこまで届くかだ。
 いよいよ決着のときがやってきた。


「……よくぞここまで抗ってみせた、八極轟拳よ」
 進軍が始まり、戦闘の始まった鵬沃平原を見下ろす鬼島貫徹(ia0694)。
 満足気に笑みを浮べて、彼は戦場を静かに分析していた。
「鬼島殿、今の様子をどう見る?」
「ふむ……そうだな。敵方には軍師不在なのは明白だろう」
 鬼島に声を掛けたのは、蒼旗軍のまとめ役ガランだ。
「敵方に策無しと」
「ああ、だが戦いは容易には進まぬだろうな」
「ふむ、軍師不在で策を持たないといえども、強敵だと?」
「然り。八極轟拳の無頼達は後には引けぬ。その覚悟が彼らを脅威とするだろう」
「……水無き背水の陣といったところか」
「その通り。そして彼らに悲壮な覚悟を強いるのは水では無く轟煉の武威だ」
 言って、金刃黒将の字にもある金の大太刀を抜き放つ鬼島。
「なればこそ、轟煉を討たねばならん。討たねば、この大海嘯は止まらんよ」
「……ああ、同感だ。託したぞ、我らの命運」
「なぁに、強敵ならばこそ、我らが暗い散らかしてみせる」
 ガランの言葉を背に受けて、鬼島は貪狼の笑みを浮べて静かに進み出るのだった。

 平原での戦いは、じわじわと熱を帯び始めていた。
 そろそろ仕掛ける時。そしてその要は……
「最も死に物狂いで突撃をする敵の一団、その後方に轟煉がいるはずです」
 物見台から平原を見据えて、敵陣系をつぶさに観察するライ・ネック(ib5781)。
 彼女の先導こそが、轟煉の元に一撃を叩き込むために必要なのであった。
「敵の部隊のなかを進む轟煉と幹部達の一団、そこへご案内します」
 そういってライは鋼線を手に敵陣へ。後に続くのは八名の開拓者。
「さて、とうとう決着カ……あとはやるだけダ」
 梢・飛鈴(ia0034)、数種の武器をずらりと下げて。
「そのとおり! さぁ、決着をつけようじゃないか」
 構えはあくまで自然体、古酒を呷ってふわりと進む水鏡 絵梨乃(ia0191)。
「大舞台にゃ! 轟煉さんと幹部さんたちを対峙するにゃ」
 かけらも気負わず、ふんわり笑ってパラーリア・ゲラー(ia9712)。
 さらに仲間は続く。
「私も闘います……」
「うん、でも危ないときはボクが守るからね」
 嶽御前(ib7951)に水鏡がすっと近寄って、
「それに、嶽御前は回復役なんだから、控えててもらわなきゃね!」
「は、はみゅうぅぅ……うう、頑張ります……私の出番が無いといいのですけど」
 ぎゅっと水鏡に抱き付かれて、恥ずかしがる嶽御前。
 そんな一同を見て、ふっと笑う中書令(ib9408)は。
「では、参りましょうか。みなさま、よろしくお願いします」
 深々と頭を下げるのだった。
 覚悟を決めて、闘志を燃やす開拓者たち。
 羅喉丸はぎゅっと拳を握り、リンスガルトは不敵に微笑み。そして鬼島は金の刃を振り上げて。
「いざ征かん、希望を繋ぎ、正義を成すために……死地へ!」
 ライの先導の元、敵の首魁へと向かって進軍を開始するのだった。


 最も重要でありつつも、至難の任務。
 それは敵陣を突破して如何にして轟煉にたどり着くかだ。
 そこを解決したのはライの才覚である。
 位置の補足は、敵部隊の中で死に物狂いな者たちの後ろ。
 だが、そこまでたどり着くためには? ライはそこも優れた解答を出した。
 鬼島が言ったように、敵陣には軍師が不在だ。
 故に、敵は大きな連携はとれず、あくまで現場での個々の連携がとれる程度だ。
 そこにライは注目した。
 死に物狂いな一部隊が突出すれば、そこに隙間が生じる。
 然り、その勘は正しく正鵠を射ていた。だからその隙間を狙えば良い。
 そして、彼女には敵の動きを把握する耳が。
 敵の目をかいくぐる秘術・影舞が。
 妨害を切り裂く鋼線の技があった。
 奔刃術で敵を切り裂き、時には影となって隙を突き、一行を先導するライ。
 見つけ出した隙間を進み、強引に開いた道を進んだ一行は……
「……あれが、轟煉」
 巨大な黒馬が引く戦車の上に、傲然と立つ巨漢。
 それを目前にして羅喉丸は呟いた。
 八極轟拳の掌門にして、最強の拳士。
 ただ一人の武威と権力で、国を奪おうとした男。
 恐ろしくもその武名を泰国に轟かす、轟煉がそこにはいた。
 気配を悟ったのか、なにかを感じ取ったのか、轟煉は開拓者にいち早く気付いて頭を廻らす。
 同時に、幹部達もそれに気付いて身構えて、即座に迎撃に動く。
 戦端は開かれ、開拓者たちも即座に展開。

 それからの攻防は、まさに一瞬であり、かつて無いほどに濃く、凄まじかった。


 押し寄せる幹部の群れ。
 それぞれが名のある八極轟拳の拳士たちだ。
 彼らは思った、たかが数名の開拓者。
 しかも全員が拳士ではない。伏兵か暗殺を狙う小勢如き恐るるに足らず。

 そう油断した者たちが、まず最初に脱落した。
 響き渡る琵琶の音色、中書令が音色に乗せた夜の子守唄。
 それが油断と過信に溺れた拳士を次々に呑み込んでいく。
 ならばと、術師だと見込んだ嶽御前を狙って襲い来る幹部。
 その一撃を嶽御前は盾で受けて、霊刀の一撃で撃退する。
 巫女ながらも闘う覚悟を決めてこの場に立っている嶽御前だ。
 果敢に闘いながらも、神楽舞を踊り仲間を強化していく。
 さらに、ここまで先導役を果たしたライの鋼線が風を切って振るわれた。
 一瞬怯む幹部たち、そこに叩き込まれるのはパラーリアのガドリングボウ。
 こうして幹部たちはやっと気付いた。
 飛び込んできた開拓者の一団は、軽くあしらえる程度の相手ではない。
「ちっ! こいつらかなりの強敵……なっ、金刃黒将っ!?」
「ふん、気付くのが遅い、その未熟を呪うがいい!」
 金の太刀が一閃、鬼島の一撃はあっさりと幹部を真っ二つにする。
 そう、幹部が敵対している相手は轟煉を確実に倒すために集った百戦錬磨の猛者たちだ。
 それを気付いたところで、すでに遅かった。
 鬼島の威光が幹部達ですら怯ませる。
「妾もいるぞ! 妾たちこそが、汝らに引導を渡す者!」
 閃刃小龍姫の武名とともに、青き飾り布を翻してリンスガルドが駆け抜ける。
「汝らの“死”の姿……しかと見よ!!」
 足下で渦巻く風に乗り、殲刀を縦横に振るえばリンスガルドの周囲で血の花が咲き乱れる。

 挑みかかる幹部を開拓者が撃退するこの攻防。
 それは呼吸数度の間に行われた。なんたる開拓者達の暴威のすさまじさだ。
 ことここに至って、幹部達の戦線を崩壊しかかっていた。
 だが、まだ立て直せる、そう思った幹部達は遅まきながら息を呑む。
 倒された幹部、血に塗れて地を這うのは、援護や回復に優れたの幹部ばかりだったのだ。
 連携を得意としない八極轟拳にあって、もっとも貴重なのはその後衛たちの力。
 それがあっというまに削られたいた。

 では、それはなんのためか。
 全ては、一つの目的のために、打たれた布石だ。

「これデ、届くゾ轟煉! まず降りテ貰おうカ!!」
 混戦のなか、ひた走った飛鈴。山刀を投げ放ち、馬を戦車に繋ぐ帯を断ち切る。
 ライと中書令は連携して焙烙玉を投擲、戦車の側に着弾。
 爆発とともに、馬を失った戦車が吹き飛ばされた。
 爆炎と爆風、だがそれを切り裂いて跳びあがる巨大な影が一つ。
 戦車を破壊されると寸前に、轟煉は飛び上がったのだ。

 空中にあれば、その対処はとれないはず。
 翼を持たない人の身であれば、中空は死地だ。
 好機とみて、もっとも素早い二人の拳士が、一目散に飛び込んでいく。
 風を吹き散らし、刀を抜き打つリンスガルド。
 酔仙の名の如く、変幻自在の動きから蹴りを放った水鏡。
 刃と蹴りは、必殺の希薄を込めて、中空の轟煉に迫るのだが……。

「大酔仙姑に閃刃小龍姫……うぬら、覇者の拳を甘く見たな!!」
 轟煉が、吼えて拳を握った。
 飛び上がったのは緊急回避ではなかった。全ては一撃必殺のための予備動作。
 今、裂帛の気合いとともに、一撃必殺の轟煉の技が放たれようとしていた。


 中空に飛び上がって、轟煉を追い打とうとした水鏡にリンスガルド。
 二人は瞬時に轟煉の狙いを悟っていた。
 誘い込まれたのは自分たちの方だ。
 このままでは、一撃を喰らう? 否、まだ手はある!!

 水鏡がリンスガルドを見ると、リンスガルドも水鏡を見ていた。
 視線が一瞬交差して、それだけでするべきことが分かった。
 水鏡が神布を振るう、同時にリンスガルドも刃を振るう。
 それが空中で絡みお互いをはじき飛ばさんと力がこもる!
 間に合うか? 寸前まで轟煉の拳が迫る……わずかに時が足りない!?

「……ちぃ、邪魔をするな!」
 轟煉を狙い撃ったのは矢の一撃だった。
 呼吸も忘れる一瞬、寸前で弓を持ち替えていたパラーリアが轟煉を射たのである。
 轟煉は微かな拳の動きで、拳風を巻き起こし矢を逸らす。
 だが、そのわずかな時間が水鏡とリンスガルドを救った。
 二人の攻撃が衝突し、爆発的に二人は空中で加速。お互いに飛び離れた。
 そして次の瞬間、二人が射た空間を、轟煉の両手の拳がぶち抜いた!!

 落雷のような轟音と、熱気すら含む爆風。それが通過した。
 拳から放たれる大量の気、拳の巻き起こす風、暴力的なまでの圧力。
 それがなんと地表を吹き飛ばし、地面をめくり上げながら大穴を穿ったのだ!

「なんって、馬鹿力にゃ! あんなの喰らったらひとたまりもないにゃ!?」
 ぎりっと矢を絞ってパラーリアが驚愕する。
 轟煉の一撃で、幹部達は再び勢い立った。
 同時に、彼らは轟煉の容赦ない一撃に、幹部が巻き込まれていることにも気付いた。
 幹部達が、轟煉の武威と恐怖で引き締まる。
 このままでは、八極轟拳への撹乱が溶けてしまう?

 ならば、今一度、全力の一撃で仕留めるしか無いだろう。
 水鏡は、着地してぴたりと轟煉に指を指すと、最後の問答だとばかりに声を張り上げた。


「轟煉! なんでお前は力を求めるんだい?」
「……笑止。力こそが全てだ」
「強い相手と戦いたい、そんなことなら理解出来るよ」
 戦いの最中に問答を投げかけた水鏡。
 彼女は酔仙人骨拳の奥義で、巫女を模した舞う型にのせて言葉を放つ。
「力を求めるのは間違いじゃない……でも弱者を支配するのは、賛成できないな」
「……支配される弱者は、家畜だ。仕える以外に能がないのだ」
「力で押さえ込んでも、空しいだけだよ」
「ふん、力なき者は、死ぬ定めだ。それが嫌なら隷属するしか無いだろう」
「……違うね」
 轟煉の迷い無き言葉に、水鏡は言い放つ。
 なぜなら、彼女は知っているからだ。
 強さとは、武力だけではない。その証拠に彼女は武は無くとも強い仲間たちを知っている。
「じゃあ、きっとあなたの強さを挫くのは、そんな弱さだよ」
「……なんだと?」
「今から、ボクたちがそれを見せてあげる」
 こうして問答は終わった。水鏡はふわりと構えを取る。
 迫り来る幹部? 騒がしい戦場の様子?
 それは全て遠くなり、見えるのはただただ目の前の轟煉との決着だけ。
 改めて、戦いの火ぶたが切って落とされた。
「ここで何もかも、終わりにしようか」
 水鏡と並ぶ飛鈴。構えを取って、共に進み出る。
「妾たちは、汝を誅するために来たのじゃ。覚悟せよ!」
 リンスガルドも幹部を置いて、轟煉に対峙する。時間はわずか。
 だが、敵の体勢が整うまでにはわずかに時がある。
 他の仲間が、遠い戦場で闘う蒼旗軍が。
 敵の矢面に立つ清璧派の綾麗をはじめとした、志を共にする拳士たちが。
 彼らの力がわずかに攪乱の時を稼いでいた。
「時は来た、巨星堕つべし」
 因縁深き拳士、羅喉丸はただ一言呟いた。
 万感の思いも、数々の因縁も、全てをその拳に込めて。
 四人の泰拳士は、この攻防のために気力を、命を、魂を燃やして、間合いへと踏み込んだ!


 秘術・影舞で姿を消したライ。
 戦場を縦横に動き回る彼女は鋼線を放ち、幹部達の動きを牽制した。
 ただでさえ、不可視の刃となって振るわれる鋼線。
 それが神出鬼没で斬撃となり、時には絡みつく。
 幹部たちは、数を減らし浮き足立ちつつ、轟煉に向かう拳士たちを止められなかった。
 ライの働きは凄まじかった。だが幹部の数は多く稼いだ時間はわずか。
 しかし、そのわずかな時間で、全ては十分だった。

 中書令の楽の音は、高らかに響き渡る。
 身を守る術の無い彼の命運は、仲間たち次第だ。
 だが彼はひとかけらも恐れず、その運指は一切の揺らぎも無かった。
 黒猫白猫の軽やかな音色が仲間の身を軽くし、わずかでも戦いを有利にする。
 そして真骨頂は怠惰なる日常。
 わずかにでも轟煉の戦意を挫くため、彼は戦場のただ中で演奏を続けるのだった。

 そんな中書令に襲いかかる幹部が一人。
 楽士如き、一撃と侮ったか、微かな笑みを浮べて中書令に拳を打ち込もうとして。
 そのまま彼の首は落とされた。
 刃を抜き放った鬼島は、そのままぴたりと構えなおす。
 その姿は、気勢十分の大上段だ。高々と掲げた金の刃が周囲を威圧する。
 彼は何かを狙って、ただ気力を充実させ、刃を構えて……。

 武にも智にも優れた鬼島貫徹。
 狼の名を冠す隊を率い、多くの戦場で武名を上げた剛の者。
 彼の目をしても、轟煉に挑む四人の姿と、その技は凄まじかった。
 彼らの攻防は、まさに壮観で、余りにも刹那だったのだ。


 初手。
 遠距離からの牽制の苦無や旋棍が放つ風で攪乱を試みる水鏡。
 これを轟煉は煩げに払い飛ばす、返す一撃が来る。苛烈な踏み込みからの必殺の一打。
 狙いは水鏡。
 だが水鏡は開拓者のあらゆる職を模倣する酔拳の奥義がある。
 回避特化の巫女の型。舞うように、轟煉の一撃を回避する。
 しかし、その拳は絶対必殺の狂拳。かすることすら許されない恐ろしい一撃だ。
 現に、水鏡が躱した一撃は、その余波だけで幹部を巻き込んで絶命させている。
 だが、水鏡は舞い続け、回避を試みる。
 それは轟煉の技の一端を仲間に伝えるためだ。
 超級の泰拳士が4人。仲間たちならば、轟煉の技を見極められるはず。
 絶対の信頼と信念が水鏡の体を突き動かしているのだ。
 さらに轟煉の追撃が来る。大アヤカシの振るう一撃のような、決死の猛打。
 暴風をもって振るわれたその一撃を、情熱的なステップで躱す。
 ジプシーを模した型。これは避けるだけでは無くて、回避しながら攻撃を加える型だ。
 峻裏武玄江の蹴りでの反撃、それを轟煉はこともなげに受け止める。
 水鏡は、一撃必死の猛攻をかろうじていなした。
 水鏡は知っていた。いや、信じていた。
 この猛攻に耐えるのも一瞬、すぐに決着の時は訪れる!

 リンスガルトは全身から爆発的な気力を吹き上げた。
 それこそが奥義、神龍煌気。黄金の闘気を纏い、龍の姫君は一陣の閃光となる。
 狙うのは足。
 殲刀の刃は、裂帛の気合いと必殺の勢いで放たれて、命中するのだが……
「力負け、じゃと!?」
 轟煉の体に刃は当たった。並みの拳士ならば絶命。
 巨大なアヤカシでも、必殺の一撃となる必殺の刃だ。
 だが、それは自分と同じ以上の闘気の壁に阻まれたのだ。
 轟煉は即座に反撃をしてくる。並みの拳士ならその一撃で終わりだ。
 だがリンスガルトは輝く残像を残し、一撃を回避する。
 闘気が形を成すが如き金色の残像、それすら攪乱の一手としつつリンスガルドは考えた。
 力負けしただろうが、些細なことだ。
 決着はすぐにつく。ならば出し惜しみせずに燃やし尽くす!
「然り! 妾たちが、貴様の死じゃ!!」
 改めて吼えるとリンスガルドは再び金の龍のような閃光となって轟煉に食らいついた。

 膝への天呼鳳凰拳、轟煉の蹴りと相殺。
 一撃では終わらぬ、連打、連撃! 奥義の一つに数えられる天呼鳳凰拳を連発する飛鈴。
 一撃離脱で、仲間たちとの波状攻撃。
 しかし、轟煉には一切効いた様子が顕れない。
 ならば焦るか? いや、その必要は無い。
 敵を打つ拳、蹴り、その全てが伝えてくる。
 相手はまさに怪物だ。極みに近い自分たちの攻撃をものともせずに受けている。
 だが、効いていないわけでは、断じてない!
 長い年月と、数多の戦い、その中で鍛えられた開拓者の技は無駄では無いのだ。
 だからこそ、飛鈴は賭に出る。
 仲間たちが集い、一気呵成に攻めているならば、今が好機だ。
 出し惜しみは無しで、気合いと共に狙ったのは轟煉の顎。
 そこに、奥義の雷斬脚! それを轟煉はなんと回避する。
 恐ろしいまでに高まった武。だが、それこそが飛鈴の狙いだった。
「残念だったネ。本命は、こっちじゃ無イ」

 轟煉の目前に、最高の機を狙い、最強の拳で一撃を狙う羅喉丸が現れた。
 飛鈴の蹴り、リンスガルドの刃、水鏡の舞。
 三つが生み出した連携は、全てこの羅喉丸の一撃のため。
 しかも、とどめの一撃のためでは無い。
 戦いの布石のため、羅喉丸は轟煉の目を狙っているのだ。
 誰だろうと、避けられるはずの無い絶対の一撃。
 羅喉丸は、詩経黄天麟を発動。周囲に広がる衝撃波。
 避けようの無い一撃……それを見て、轟煉は獰猛な笑みを浮べて……。

 そして、避けようとしなかった。


 目を穿つ羅喉丸の一撃!
 それを轟煉は受けた、片目だけを犠牲にすることで。
 そして片目を打ち抜かれながら、轟煉は怯むこと無く羅喉丸に反撃の一打。
 羅喉丸、回避するものの掠ったのか大きくはじき飛ばされる。
 体勢を崩す羅喉丸。
 両目を打ち抜き、轟煉を打ち倒すための策は、不発だったのか?
「……惜しかったな、開拓者よ! この轟煉の片目を奪ったことは、死して後に誇るが良い!」

 吼える轟煉、反撃を放とうとした瞬間。
「そうはさせないにゃ!」
 月涙、矢の一撃を放ったパラーリア。
 同時に、一陣の流星が轟煉に突きささる!
 鬼島が大上段に構えて機を窺っていた一撃、天歌流星斬の一撃だ。
「これこそが、我が矜持!」
 人より遙かに強大な大アヤカシともこの一刀で渡り合ってきた鬼島の一撃。
 それがわずかに轟煉の動きの出鼻を抑えたのだ!

「いまなら見えるだろう轟煉。空に輝く、貴様の死を告げるあの星が」
 遠間で構える羅喉丸。
 詩経黄天麟で気力を使い果たすまであとわずか。
 彼が構えたのは、真の武を求める彼だからこその奥義、真武両儀拳。
 練り上げられた技が放つ気の一撃。それを連打!
 気力と体力が尽きるまでの猛連打が始まった!
「ぐっ……」
 羅喉丸の連打に、轟煉が揺らぐ。
 同時に仕掛ける水鏡とリンスガルド。
 水鏡は、変幻自在の舞から一転、居合いの構え。
 そして刃を打ち抜くように、全身で一撃を抜き放つ。最高速で放たれたのは絶破昇竜脚!
 同時にリンスガルド、黄金の気を纏って五神天驚絶破繚嵐拳を足に。
 一打では終わらない。命中したらすぐさまに、体を捻り刃を振るい膝を放つ。
 その全ては五神天驚絶破繚嵐拳の一撃だ。
 極めつけの奥義を連打で放たれた轟煉はさすがに揺らぐ。
 今をおいて他に隙は無い。

 飛鈴と羅喉丸。二人は同時に動いていた。
 二人とも、詩経黄天麟で全ての力を振り絞る。
 羅喉丸は、奥義の真武両儀拳。好機と見て、一気呵成に近寄って。
 全ての気力を乗せた最高の一撃を放つ。
 飛鈴も正面から突っ込んで、飛び上がり放つのはやはり奥義、雷斬脚。
 二人とも、十分の全てを込めた一撃だ。
 轟煉はそれを受けきろうとする、気と力ではね飛ばそうとする。
 だが、足りない。
 わずかに足りなかった。

 ごふっと、血を吐く八極轟拳の長。
 真っ向から、最高の拳と蹴りを受け止めた恐ろしき拳の帝王。
 水鏡とリンスガルト、そして羅喉丸と飛鈴の攻撃が、ついに轟煉の命へと届いたのだ!
 轟煉、ついに倒れる……。

 だが、武に全てを捧げたこの男は、死に瀕してなお、拳士であった。
 命を捨て、全てを振り絞り、轟煉は拳を放つ。

 右拳は、自分に真っ向から挑み、拳の技でねじ伏せようとする男、羅喉丸。
 左拳は、自分を翻弄し幾度となく蹴りを放ち続けた仮面の女、飛鈴。
 仲間を庇い、避けることを良しとしなかった二人に、その拳が命中した。


「……!!!」
 攻防の後、開拓者の攻撃が轟煉を討ったことは分かった。
 中書令が、即座に狼煙銃を打ち上げる。
 確認するまでも無い、仲間たちの攻撃が轟煉を打ち倒したのだ!
 だがその後、死に際の轟煉が放った拳が、仲間の命に届いてしまったのも分かってしまった。
 その瞬間、嶽御前はもう走り出していた。
 来なければ良いと思っていた展開、だがもしもの時を思って温存していた力。
 駆けつけた嶽御前は、倒れ伏した羅喉丸と飛鈴の元で、生死流転。
 死に瀕した仲間を強引につなぎ止める技で、2人を死の淵から掬い上げる。
 そこにすぐさま駆けつける中書令。治療薬を惜しげも無く使い2人の命を救おうとするのだった。

 轟煉が倒れされた?
 八極轟拳の長が開拓者に討たれたかどうか。
 それが分からないまま、彼らの周りは大混乱に陥っていた。
 そらに高らかに上がった狼煙銃、青くたなびく一筋の煙。
 その意味は八極轟拳には伝わらなかった。
 だが、蒼旗軍が勝ち鬨を上げ、圧力を増して反撃してくる。
 それが示すことは……ただひとつ。
 八極轟拳の陣営は総崩れ、逃げるもの、抗うもの、入り交じっての大混乱が始まった。
 その余波でもうもうと舞う戦場の土埃。
 その中で、ただただ開拓者達は、仲間の命を取り戻そうとしていた。
 襲いかかってくる幹部は、水鏡の舞がいなしリンスガルドの刃が両断する。
 鬼島の威光が敵を逃走させ、ライネックの鋼線が縛り、パラーリアの矢が敵を穿つ。
 そして、飛鈴と羅喉丸の2人は……
「……ごほっ、鍛錬が、足りなかったか」
「あたしの拳士としての全て……で丁度とんとんカイ。まったく化物だったネ」
 息を吹き返し、手を上げて無事を皆に知らせるのだった。

 こうして戦いは終わり、轟煉は討たれた。
 蒼旗軍は勝ち、八極轟拳の野望は断たれた。

 開拓者は戦いを息抜き、ついに巨悪を打ち倒したのだ!


 そして月日は流れる。
 八極轟拳の残党はまだいるらしく、戦いは続いているようだがもうかつての勢いは無いだろう。
 首魁が討たれ、あとは賊まがいの集団となるだけだ。
 八極轟拳亡き後の泰国はどうなっただろうか。
 それはまた別の物語。
 瑞峰の地は、新たな息吹を吹き込まれ再生していくだろう。
 蒼旗軍はどうなった?
 それぞれの拳士たちには、それぞれの道があるだろう。
 ガランは自分の流派を再興するのか、はたまた後進を育てるのか。
 開拓者達との関わりも続き、ますます絆は深まっていくだろう。

 賞金首として、長らく居座り続けていた轟煉。
 人としては破格のその賞金は、彼を打ち倒した義勇軍と蒼旗軍らに分配された。

 そして、開拓者達の名は、広く知れ渡ることとなる。
 泰国で、昨今一番流行の冒険譚は、八極轟拳を討った勇者たちについてだそうだ。
 当代一の蹴り技使い、面をかぶった女武侠が。
 並ぶ者無き酔拳の名手、仙女と賞される拳士が。
 拳の極みを求め、あらゆる障害を打ち砕いた真の武侠が。
 黒衣と金刃で味方を鼓舞し、敵を恐れさせた勇将が。
 轟煉を恐れもせずに、勝利に寄与した可憐な異国の弓使いが。
 龍の名と共に伝わる刀使いの小さな姫君が。
 黒き鋼線で敵を討ち、深遠な知略で仲間を導いた忍びが。
 仲間を死の淵から救い出した、修羅の姫が。
 そして、戦場にて楽の音と共に仲間を護り癒した貴人が。

 かれらをはじめとした勇者達の物語。
 それがこれからは語り継がれていくのだろう。

 こうして八極轟拳にかかわる物語は一旦幕となった。
 これからは、別の物語が紡がれる。