【帰郷】廃墟のろりぃ隊
マスター名:瀬川潮
シナリオ形態: シリーズ
EX :危険
難易度: やや難
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/09/25 20:38



■オープニング本文

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●その後のコクリの故郷
「くそっ。俺たちの田が荒らされ放題だ」
「盗賊の奴らですら、田には手を出さなかったってのに‥‥」
 深い森の中、木々に隠れてわずかに開けた場所を見ながら小さな猫の獣人がささやき合っていた。彼らが小人数ながら、つつましく営んでいた神威の隠れ里は無残に破壊され荒れ果てている。
 ここまでしたのは、先日突然攻め入ってきた人間の盗賊である。里の住人は、人殺しをもいとわぬ盗賊達にほぼ皆殺しにされ、略奪と破壊の限りを尽くした。
 しかし、盗賊達はすでにいない。
 生き残った住人が開拓者ギルドに依頼し、里の住人だったコクリ・コクル(iz0150)とその仲間「小手毬隊」(通称、ろりぃ隊)の助力を得て退治したからだ。――ただし、最後の止めとなったのは戦闘中に突然現われた大きなアヤカシ、ハンザケ(オオサンショウウオ)であったが。
 今度は、そのハンザケが隠れ里に居座っている。
「盗賊に米は必要だけど、アヤカシは必要ないから前にあれば踏み倒す、ということだろうね」
 偵察する獣人のリーダー、チプサンケはそう悔しがる。
「マクタ・キシタのじいさんは、もうここを引き払おうと言ってる。‥‥奴がここを新たな根城にするなら、もう放っておいた方がいいんじゃないか?」
「それはダメだ。いままで里に良くしてくれた麓の村に襲ってくるかもしれない」
 仲間の弱気に語気を荒げるチプサンケ。「それに、故郷がアヤカシの巣になるってのも気分のいいものじゃないしな」ともう一人の仲間。弱気だった男も肯く。
「きっと、コクリが戻ってきて何とかしてくれる。なんたってコクリは次期シノビリカ(この里の族長の名前)だったんだ」
 それまで偵察を続けるぞと仲間を励ますチプサンケだった。
 ハンザケは、今日も瓦礫の下で眠るようにじっとしている。
 まるで、戻ってくる獲物を待っているかのように――。

●温泉のコクリ
 白い湯気が、水面からゆらりと立ち昇っている。
 ある山中の小さな温泉に、ぱしゃりと人影。
「また、傷ついちゃったな」
 薄い胸の上まで浸かったまま、コクリ・コクルは小さな右肩に湯を掛けた。先に盗賊と戦った時に負傷した傷がある。志体持ち特有の脅威的な回復力ですでに完治している。が、傷跡は残っている。
「若いから、そのうち目立たなくなるらしいけど‥‥」
 女の子らしい悩みに視線を曇らせたが、すぐにどぼんと湯に沈んだ。
(敵の安っぽい挑発に乗って、このザマか)
 穴があったら入りたい、といったところか。
「‥‥まだまだだな、ボクも」
 ぷあっと頭を上げて激しく頭を振った。飛び散る水滴。
「今度は恥ずかしくない戦いをしないと。‥‥みんなに呆れられちゃう」
 立ちあがるコクリ。湯気が舞い彼女の幼くか細い体を隠した。浮かぶ影を見るに、胸は薄いが腰はしっかりくびれている。少年的だが、少女である。
「よし、完治。肩にもう張りはないし、十分動く」
 ぐるんと右腕を回すと温泉を出るのだった。
「みんなと一緒に、今度こそ里を静かに眠らせてあげるんだ!」
 ‥‥温泉には一人だけとはいえ、隠すべきところも隠さずすたすた歩く後ろ姿は、まだまだ女性というには程遠かったりするのだが。


■参加者一覧
のばら(ia1380
13歳・女・サ
ベアトリーチェ(ia8478
12歳・女・陰
ルンルン・パムポップン(ib0234
17歳・女・シ
朽葉・生(ib2229
19歳・女・魔
シャルロット・S・S(ib2621
16歳・女・騎
繊月 朔(ib3416
15歳・女・巫
プレシア・ベルティーニ(ib3541
18歳・女・陰
エリス・リード(ib3986
12歳・女・陰


■リプレイ本文


「敵に飲み込む能力があるのに、なんでろりぃ隊で行かすんじゃ!」
「神威人は背の低い獣人でしょう。配慮は必要ですわ」
「でも、コクリちゃんたちが飲み込まれでもしたら‥‥」
「ええい。わしらはあの娘らに出資すると決めたんじゃい。いまさら変えられるかぃ」
「いや、しかし‥‥」
 小手毬隊の出資者たる助平親父や有閑おばさまたちはそんな口論をしていた。
 そこへ、コクリ・コクル(iz0150)ら今回出撃する小手毬隊員たちがやって来た。
「コクリちゃん、傷はもう大丈夫?」
「うん。もう大丈夫だよ」
 ルンルン・パムポップン(ib0234)が目を丸く見開いてコクリに聞いた。元気良く答えるコクリに、「今度こそ一緒にあの化けハンザケをやっつけちゃいましょう!」とにっこり。前回は情報不足から撤退したが、暗い雰囲気はない。
「ハンザケだがなんだか知らないけど、前回の借りは返させてもらうわよ?」
「今度はこの前みたいには行かないよ」
 ベアトリーチェ(ia8478)はやる気満々。その横ではエリス・リード(ib3986)が明らかに使用済みのキモカワイイ的な藁人形を手に意欲満々。‥‥何というかこの二人、仕返しとか前回の恨みとかいった動機で動かせたら光ることこの上なさそうで恐ろしい。
「ご安心ください。アヤカシ退治に全力を尽くしますので」
「ああ朽葉さん、皆さんをよろしくお願いしますね」
 朽葉・生(ib2229)は、コクリに「大丈夫そうで良かった」と声を掛けた後、出資者にそう挨拶。彼らの不安を見て取り、礼儀正しく安心させたのだ。冷静な佇まいに有閑おばさまたちは期待を掛けるのだった。
「コクリさん、のばらも来ちゃいましたよ」
「わあっ、久しぶり〜」
 出資者の心配の種であるコクリの方は、のばら(ia1380)との再会を喜んでいた。
「のばらさん、お久しぶりですの〜。一緒に頑張りましょうですのっ」
 シャルロット・S・S(ib2621)もにっこり。のばらとは小手毬隊として以前並んで戦った仲だ。
「コクリちゃ〜ん、今回もよろしく〜なの〜☆ 今度こそ里を取り戻そうね〜!」
 思いっきり抱きついてきたのは、狐の獣人プレシア・ベルティーニ(ib3541)。くるっと抱き付かれたまま回るコクリに、「前回の内容は報告で聞きました」と繊月 朔(ib3416)が声を掛けた。プレシアと同じく、狐の獣人。
「コクリさんのためにも、そして麓の里のためにも精一杯がんばります!」
 朔は、壊滅したコクリの故郷を気遣ってから、麓の里の心配をした。
 涙が浮いたか、コクリは目の端を指でこすった。
「じゃあ頑張ろうね、みんな」
 遊び(?)はじめたら命がけ。エリスが金髪をはねて声を掛けると、皆も力強く頷き出発するのだった。
「‥‥彼女らを、背が低くて一飲みされるかもしれんという理由だけで代えられるわけがなかろう」
「そうですわね。あの娘たちならやってくれます」
「わしらは、『華の小手毬隊』を応援するとはなっから決めておるんじゃからの」
 出資者たちは口々に言って見送る。戦果を聞くだけでは分からないそれ以外の充実ぶりは、とびっきりの宝石やまたとない宝物などが色あせるほどの輝きを放っていた。それはもう、目端の利く商人たちが骨抜きになるほどに――。


「この間は不意を突かれちゃったけど、今度は私達が不意を突く番なんだからっ」
 壊滅し廃墟となったコクリの里で、ルンルンが単独で動いていた。いま、森からぼろぼろに荒らされた田んぼを突っ切って崩れた壁の影に隠れ込んだ。超越感覚で物音に注意しながら、周りを見る。特に異常はない。
「よし、私たちも行きましょう」
「うん。じゃ、いってくるね〜」
 ルンルンの合図に、朽葉とプレシアが潜伏する森から出た。
「じゃあ、私はこっちに」
「ボクはね〜。ここに地縛霊を‥‥」
 朽葉は左手に回り込んだ。後々有利に働くよう、ここにフロストマインを設置。まだ練力の余裕はあるとさらに移動して設置。一方のプレシアは、地縛霊。触手のある式が地面に吸い込まれていった。‥‥いや、それだけではない。
「もっと仕込んで、どっか〜ん☆だよ〜」
 楽しみなのだろう。耳をぴこぴこ動かしながら至近距離にもう一体。合計五体を仕込む念の入れっぷりだ。
「あ、いました。発見です〜」
 ルンルンは、ついにハンザケを視界に捕らえた。瓦礫で穴倉になったような場所に収まり、満足そうにしている。
「眠ってるみたいにじっとして‥‥」
 が、ここで事態が急変した。
 何とハンザケが四肢をばたつかせながら穴倉から出てきて、高速接近。ルンルンに食い付いたのだ。
「きゃあっ」
 食い付きだけは避けたものの、突進自体から逃げることはできずに吹っ飛ぶ。体はぬめぬめ。
 それにしても敵は首を巡らせるでもなくルンルンの存在に気付きいきなり襲ってきた。もしかしたら、広範囲に大地に密着する腹や体から、音でその存在を察知したのかもしれない。
「ルンルンさんっ」
「里の人の代わりにハンザケさんは私達が必ず倒しますの!」
 のばら、シャルロットの前衛部隊が駆け寄る。
「シャル、壊れた家をうまく使って」
「エリスさん、先に行っててくださいです‥‥小手鞠隊が騎士シャル。参りますの」
 エリスもシャルも瓦礫を上手く使うことで見解は一致していた。しかし、仲間の危険に今が自分の頑張るときとシャルが突っ込む。前回はドジっ娘なところもさらしたが、いまはこけることもない。手にしたコルセスカは長い槍だが、敵からの攻撃を防ぎやすい。いま、ハンザケの噛み付きをこれでがっちり防いだ。
「今ですっ」
 きっ、と振り向いたのはルンルン。
「ルンルン忍法シャドウマン‥‥。みなさん、締め上げちゃってください」
 音もなく地面を伸びた彼女の影がハンザケに絡みつく。影縛りだ。ハンザケの運動能力ががくりと落ちる。
「口の中ならぬめぬめが無いでしょうから、狙い目、です」
 背水の陣で勇気凛々。改心の読みで真正面から恐れず間合いを詰めると、やたら柄の長い金槌を渾身の力で振り回す。斜め下からすくい上げるように円弧を描いた後、ハンザケの顔を横殴り。飛び散る粘液。手応えは薄いが、ハンザケは口を開いて横を向いた。
「ここですの」
 シャルの突きは、見事口の中へ。手応えバッチリ。
「あっ」
 しかし、痛撃から逃れる動きの延長で、横合いから振り回される尻尾を食らい吹っ飛ぶ。二人とも粘液まみれのねとねとになるのだった。


 その時、後衛では。
「プレシア、私たちは右に回りこむわよ」
「ふに?」
 ベアトリーチェは、プレシアを連れて朽葉とは逆方向に回り込んでいた。
「って、何なのよ、これ!」
 左目は眼帯で視界がない分、きっちり左に向いていた顔が青ざめた。プレシアもこの様子に気付き、「おお〜、おっきくて黒くてぬるぬる光ってて太いの〜☆。すごぉ〜〜い!」と口をあんぐり開けていた。って、口は早く閉じないと危ないですよっ!
 なぜなら、ちょうどのばらとシャルが吹っ飛ばされてきたのだ。ハンザケの追撃でさらに左右に飛ばされる二人。もうむちゃくちゃな暴れっぷりで、嵐もかくやの傍若無人っぷりだった。
 と、それどころではない。勢いそのままにベアトリーチェとプレシアに突っ込んできているではないか。
「炎よ、薔薇の刃と化して彼の者を燃やし尽くせ!」
 ベアトリーチェは攻撃を選んだ。火輪で炎の薔薇を飛ばす。
 片やプレシアは横に脱出。
 炎を食ったハンザケは、意にも介さずベアトリーチェを跳ね飛ばす。表面の粘液に利いたかどうかは不明で、地面を転がったベアトリーチェは「うう‥‥。ねとねとだわ」とげっそり。
 そして、ハンザケ。
――ざりざりざり‥‥。
 恐ろしいことに、地面を横滑りしながら方向転換している。
 次に狙うは‥‥。
「ふみっ。ボクなのねっ」
 半分鮭でもないのにハンザケって‥‥などと思っていたプレシアがわが身の危機に気付いた。
「そこだよ〜☆、燃え燃え〜きゅん♪」
 火炎獣を召還してド派手な火炎放射を放ったのはいいが、指の間を利用し組んだ両手を裏にしながら下に伸ばし、その反動でお尻を上げる謎のポーズを取っている隙にハンザケに跳ね飛ばされた。
「うぎゅ〜。半分鮭みたいだからじゃないんだね〜。ハンザケって」
 プレシア、顔の半分が裂けたような大きな口に食われることだけはなかったようだが、名前の由来は体で思い知ったようだ。
「火は利いてるっぼいかな。‥‥それなら」
 新たに朔が近寄った。
「あのぬめぬめが水分なら凍るはず、お願い凍って! 氷霊結!」
 身を挺して勝負に出た。敵の体表を覆うぬめぬめ対策をこの危険な距離で試すのは、氷霊結の射程が短いから。
 ところが、どかっ。
「朔っ! ええい、これならぬめぬめでも効くでしょ?」
 ハンザケの尻尾を食らって転倒する朔を見て、ついにエリスが潜伏していた瓦礫から出た。ふわふわ浮いて青白く光る鉄球のような式を召還すると、雷を放つ。
「‥‥ん? 雷でも散るんだ」
 エリスの観察では、効果の薄い攻撃の時はハンザケの表面のぬめぬめは飛び散るようだ。今までの攻撃で飛び散らなかったのは火炎獣の火炎放射だけ。このときはぬめぬめが蒸発していたようだった。
「‥‥やっぱりダメでしたか。以後支援に回ります、皆さんよろしくお願いします」
 粘液まみれになりつつ起き上がった朔は、自分の仕掛けた氷霊結は効果がなかったことを見て取っていた。どうやら表面は凍らなかった、もしくは凍りにくかったようだ。
「私も試して見ましょう」
 逆サイドにいた朽葉が万全の体制でブリザーストームを放つ。目の前が豪雪で真っ白になった。
「なんと!」
 しかし、一瞬白い世界となった目の前からハンザケが現れた。攻撃を受けようが力押して突進してくる。冷却的な攻撃は利いていない証拠かも――。そんな思いを巡らせながら、朽葉はこの突進に跳ね飛ばされた。
 と、ここで好機が訪れる。
「罠にかかった。今だ」
 エリスが叫んだとおり、ハンザケは朽葉の仕掛けていたフロストマインにかかっていた。猛烈な吹雪がハンザケの周囲で吹き荒れ、その後もオオサンショウウオの化け物はたたらを踏んでいた。
「刻め、歯車」
 歯車のような丸鋸刃が飛んでいく。効果のほどは不明だが、ぬめぬめが飛び散る。
 いや、ついに本体を傷つけたようだ。どうやら表面を覆って本体へのダメージを防いでいたぬめぬめが少なくなってきているらしい。
「今度こそ、ですっ」
 力を溜め込むように槌を後ろに構えたまま突進する、のばら。
「そう、れっ!」
 渾身の力で振り回すが、ここでハンザケが動き始めた。槌はハンザケの横っ腹に当たるも、また跳ね飛ばされた。
「全く‥‥。まだこのぬめぬめはなくならないの? いい加減にしなさいよね、アヤカシ風情が」
 ツン全開のベアトリーチェが援護の火輪を飛ばし粘液を蒸発させる。
 そう。
 火の攻撃だと粘液が飛び散るのではなく、白い霧となって消えているのだ。
「あっ!」
 ここで、エリスが窮地に陥った。
 ついにエリスが食われたのだッ!


「くっ」
 エリス、陰陽師だてら持ち歩くカッツバルゲルを抜いて飲み込みだけは抵抗する。が、噛み付かれる歯の痛いこと痛いこと。
「動きを止めなさい」
 朽葉はハンザケの口にフローズを仕掛けるが、粘液が飛び散るだけでやはり効果がない。
「ここですの!」
 その横合いから、シャルが気力を込めたユニコーンヘッドで突っ込んできた。のばらの指摘通り口の中を狙う。下から上に突き上げつつ、あわよくばつっかえ棒になるように。
「食べられてたまるかーっ」
 呪縛符も使ったエリスは無事に脱出。この隙にプレシアとベアトリーチェの火炎攻撃が集中する。
「癒しの風よ、傷を治して」
 朔はエリスに神風恩寵。エリスの方は、「うぇえ、べとべと‥‥。このトカゲもどき」と怒り心頭。どうやら無事ともいうが。
「もう好きにはさせません。全力ですよ〜」
 復帰ののばらは、ついに槌を両手で高々と振りかぶっていた。どすんと一発、両断剣。
「いくらしぶとくても、これで終わりなんだからっ‥‥ルンルン忍法影技!」
 いつものワンドから刀「翠礁」に持ち替え、一瞬で突き刺し抜く。
 まとう粘液もなくなり動きの鈍っていたハンザケは、ここでどうと力尽きた。
――その時。
「うわっ!」
 背後でコクリの悲鳴が響いた。
 なんと、ハンザケと一人で戦っていたのだ。
 いや、命がけで何とか引き付けていたというべきか。今、プレシアの仕掛けた罠に自ら飛び込んだ。追って来ているハンザケとともに食らうつもりだ。
「やった〜☆。れーいじんぐすとー‥‥」
「コクリ、何てことを」
「この乱入者めー。またしても」
 目をきらんと輝かせたプレシアの前に、ベアトリーチェ、エリスが身を乗り出し被る。
 コクリとハンザケは、地面から現れきれいな円を描いてから改めて襲ってくる触手の攻撃をもろに受けていた。もちろん、面積の大きなハンザケにほとんど当たっている。飛び散る粘液。
「‥‥良かった。コクリさん、約束を守ってくれたみたいで」
 どうやら朔、一人で周囲の警戒に当たったコクリに「一人で突出しないこと」、「ハンザケが現れた時は仲間にすぐに連絡をすること」を約束していたようだ。
「コクリさん、下がって。罠に誘い込みます」
 朽葉が指示を出す。
――この後、小手毬隊の全員で攻撃した。
 ところが、突然ハンザケの体から白く濃い霧が発生した。粘液を蒸発させたのだ。
「‥‥あれ? いない」
 濃霧が消えるとハンザケの姿はなかったという。どうやら逃げられたらしい。


「コクリさんに思い入れのある家とか、なかったですの?」
 改めて廃墟と化した神威の里を見回したコクリに、シャルが聞いた。
「ううん、いいんだよ。‥‥全部、思い入れがあったから」
「コクリさん」
 寂しく言うコクリに、のばらが近寄った。
 そして、ぎゅっと抱きしめる。
「のばらさん‥‥」
「今度は、のばらがコクリさんをぎゅっとする番」
 以前、確か鬼咲島を去る飛空船の上で、コクリはのばらを抱き締めた。家族を思い出し寂しそうにするのばらを――。確か斜陽が茜色で、風が二人の髪を舞い上げていた。
「ありがとう」
 しっとり目を閉じ身を任せるコクリだった。
 が。
「あ、あれ?」
 ぎゅっと抱きしめようとすればするほど、つるつるっと表面が滑る。ぬめぬめっとして上手くいかずしまいには「きゃ〜」とか。
「全くなんなのよあのぬめぬめ‥‥。もう二度と会いたくないわ、あんなの」
 りちぇさんはうんざりしながら服についた粘液の汚れをぬぐっていた。‥‥こうしないとそうなるようで。

 ともかく、その場でとりあえず亡くなった里の人を弔ったという。
 逃げたハンザケ一匹は、特に戻ってくることもなかった。