【戦鬼夜行】夜の子供
マスター名:桜紫苑
シナリオ形態: シリーズ
相棒
難易度: やや難
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/01/15 01:12



■オープニング本文

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●泣き声
 くすん、くすん‥‥。
 聞こえて来る泣き声に、彼は足を止めた。
 真夜中に近い時刻。
 こんな場所で、子供の泣き声が聞こえるはずがない。けれど、妙に気に掛かった。
「おい、どーしたぁ?」
「いや‥‥、今、子供が泣いているような声が聞こえたような‥‥」
「子供ぉ?」
 先を行く友が振り返る。呆れたような声の色だ。
「こんな時間に、しかもこんな所に子供がいるはずないだろ。猫の声かなんかじゃないのかぁ」
「かもな。でも、もしかすると本当に子供かもしれないし。ちょっと見てくる」
 路地の裏は真っ暗だ。手にした提灯を翳す。子供がいなければ、すぐに戻ってくればいい。明るく友に言葉を投げると、闇に向かって足を踏み出した。
「あ、おい!」
 慌てたような友の声を背中に聞きながら。

 そして、それを最後に彼は二度と戻って来る事はなかった‥‥。

●楼港の七不思議
「‥‥という話が、楼港七不思議に加わったとのこと」
 静かに語り終えた娘に、彼は小さく息を吐いた。
 七不思議の中に、神出鬼没の町娘というのがあるんじゃないのか。
 喉まで出かかった言葉を飲み込んで、もう一度息を吐く。
「それで」
「先だっての事もありますし、調べてみるのも一興かと思いまして」
 だからと言って、何故、自分の所に来る。
 軽く口元を引き攣らせた彼に、娘はころころと鈴のように笑った。
「生憎と、動いて下さる方を他に存じませぬ」
 心を読んだかのような言葉。
ー読心の術でもあるのかッ! いや、それとも妖しの力でも‥‥。
 ふと、彼は目の前にある娘の顔をまじまじと見つめた。
 そういえば、「彼女」がいつから「彼女」であるのか、知る者は多くない。
ー‥‥もしや‥‥。
「重衡殿、よもや女子に対して失礼な事など考えてはおられませんでしょうね?」
 ふふふ。
 にっこり微笑まれて、彼‥‥高遠重衡は言葉に詰まる。それは非常に珍しい光景であったが、幸か不幸か、その事実を知る者など、周囲に一人もいない。
「ともかく、「私」はまだ動くつもりはございませんが、気になる事もございますのである者をお貸し致します。その者と共に、真実を追うて下さいませ」
 それだけ言い残して、娘はふわりと軽く体を返した。
 瞬く間に、その姿は街の雑踏の中に消える。
 追っても無駄。それがわかっているから、彼は再度、深く息を吐き出したのだった。

●依頼と協力者
 とんでもなく不機嫌な高遠重衡が開拓者ギルドに足を踏み入れたのは、その数日後の事だ。
「えーと」
 その手に抱えているものと彼の顔を見比べて、受付嬢はかける言葉に迷う。
「‥‥お子さんですか?」
 途端に、彼の周囲に目には見えない稲光が散った。
 ‥‥ように見えた。
 側にいた開拓者が慌てて受付嬢を退避させる。
「な、なんて命知らずなっ」
「だって、「あなたの子です」とか押しつけて、母親が消えたって雰囲気で‥‥ん?」
 何だか、前にも似たような事がなかっただろうか。
 首を傾げた受付嬢と開拓者に、遠慮がちな声がかけられた。
「あの、この子は私の子で秋郷と申します」
 幾分、困惑気味に頭を下げると、その女性は重衡に礼を述べるとその腕から赤子を受け取る。
「秋郷‥‥って、ええっ!?」
「やかましい。折角、寝ついたというのに、また起こす気か」
 眉間に皺を寄せ、重衡が懐から取り出した紙を受付嬢の手に落とした。
「依頼だ。こいつらと共に子供を探せ」
「は?」
 男性にしては繊細な筆遣いでしたためられた依頼状に目を通している間に、重衡は赤子の母親に一言、二言と言い置いてギルドを出ていく。その後ろ姿が妙に疲れているように見えたのは、思い過ごしだろうか。
「つ、つまり、最近、楼港で囁かれている「真夜中の子供」を探すわけね? でも、どうして貴女達が?」
「それは‥‥おそらく、私達が見知った者である可能性が高い‥‥と判断されたからでしょうか?」
 あの事件の時よりも大きくなった赤子、秋郷を抱え直しながら、母親である朧谷氷雨は言い淀んだ。彼女自身、はっきりとした事は知らされてはいないようだ。
「お役に立てるかどうかはわかりませんが、皆様には助けて頂いたご恩がございます。出来る限り、お力になりたいと思いますので、よろしくお願い致します」
 にっこりと笑う氷雨に、開拓者と受付嬢は互いに顔を見合わせた。

●少女
 闇の中で少女は震えた。
 捕まえた獲物が気に入らないと消されかけたのは、つい先ほどの話だ。
「アイツ、キライ‥‥」
 でも、獲物を捕らえて来ないとまた酷い目に遭わされる。
 腸を食い千切られた獲物から溢れ出た液体の中、ずるずると這いながら少女は再び「狩り」に向かった。


■参加者一覧
野乃宮・涼霞(ia0176
23歳・女・巫
橘 天花(ia1196
15歳・女・巫
弖志峰 直羽(ia1884
23歳・男・巫
沢村楓(ia5437
17歳・女・志
紅 舞華(ia9612
24歳・女・シ
狐火(ib0233
22歳・男・シ
鹿角 結(ib3119
24歳・女・弓
ディディエ ベルトラン(ib3404
27歳・男・魔


■リプレイ本文

●拉致
 舌を火傷しそうに熱い甘酒を啜りながら、輝蝶はほっと息を吐いた。
「あー、やっぱり寒い日は熱い甘酒だよなー」
 どこのお子様だという受付嬢のツッコミを無視して、まったり和む彼の背後に迫り来る影が2つ。
「貴様、寒い中、仲間達が奔走しているというのに、自分はギルドで甘酒か‥‥」
 がしっ!
「そもそも、大の男ならば甘酒ではなく、美味い酒に舌鼓を打つべきだろう」
 がしっ!
「へ? な、なんだ?」
 右腕を沢村楓(ia5437)に、左腕を紅舞華(ia9612)にがっちりと固められ、問答無用で連行されていく輝蝶。
 後にはギルドの卓の上、飲みかけの甘酒だけがぽつんと残されているばかり。

●同時刻、楼港
「わあ! 大きくなりましたね! 萩生‥‥いえ、秋郷くん! わたくしを覚えていますか?」
 覗き込んだ橘天花(ia1196)に、秋郷は機嫌良く笑っている。
「どうやら覚えているみたいだね。賢い子だなー」
 微笑ましい光景を眺めていた弖志峰直羽(ia1884)が感心したように呟くと、母親である氷雨は恥ずかしげに俯いた。
「手のかからない子で、とても助かっています。ただ‥‥」
「ただ?」
 首を傾げ、続く言葉を待つ直羽に、氷雨はわずかに声を潜めた。
「普段は寝付けば、どんな騒ぎが起きても目覚めませんが、楼港に着いた途端、ひどく泣き出してしまって‥‥高遠様にはご迷惑をおかけ致しました」
「‥‥あの人、キレなかった?」
 氷雨が重衡の性格を知らない可能性もある。慎重に、直羽は尋ねた。
「いえ。どう宥めても泣きやまなかった秋郷が、高遠様に抱っこされて、いつの間にか寝ておりました。赤子をあやすのがお上手な方ですね」
「え」
 直羽の頭の中、「子持ち」やら「修羅場」やら不穏な単語が駆け巡る。そんな彼の心の内を知ってから知らずか、氷雨はにこやかに続けた。
「お伺いしましたら、妹様がいらっしゃるとの事でした。優しい兄上をお持ちの妹様が羨ましいですね」
「うーん‥‥」
 知らぬが何たらというのだろうか。
 笑顔を浮かべたままで、直羽は言葉に詰まった。何と答えて良いものか悩む彼の額に、だらだらと冷や汗とも脂汗ともつかぬものが流れる。
「妙な話ですね」
 そこへ現れたのは救いの狐火(ib0233)。
「楼港に入った途端、おとなしかった赤子がむずかり出すとは。‥‥何ですか、直羽さん」
 助かったーと懐く直羽をぺりと剥がして、狐火は背負っていた風呂敷を下ろした。
「朧谷氷雨‥‥さんですか?」
「はい」
 素早く、狐火は氷雨の様子を窺った。
 彼女は、先の賭け仕合の発端を作った女だ。
「あの?」
「ああ、失礼。お近づきの印に簪でもと思いまして」
 下ろした風呂敷を開き、狐火は小物の入った箱を並べる。
「ふむ。やはり新年らしく梅。ならば‥‥氷雨さんにはこれがお似合いでしょう」
「あの、でも」
「お気になさらず。どうせ「これ」は三笠屋さんの品ですから」
 ちょっと待てよ?
 ツッコミをいれる直羽を無視すると、狐火は本題を切り出した。
「ところで、先の賭け仕合の折、アヤカシが跳梁していたとも聞きますが」
 簪を持つ氷雨の手が震えるのを、狐火は見逃さなかった。
「やはり事実のようですね」
「あ〜、そのお話に混ぜて頂いてもよろしいですか〜?」
 少し間延びした声が響いたかと思うと、いつの間にか狐火の隣にちょこんと痩せた男が座っていた。
「氷雨様にはお初にお目にかかりますです、はい」
 驚かぬ所を見ると、狐火も氷雨も彼に気づいていたのだろう。
「あら、ディディエさん。いつの間に」
「‥‥天花ちゃんは秋郷くんのお相手で忙しかったもんね〜」
 仕方ないない。
 直羽の言葉に、ディディエ ベルトラン(ib3404)もしんみりと頷く。
「赤ちゃんのお世話は大変ですから〜。で、氷雨様、少々伺わせて頂いてもよろしいでしょうか」
 和んでいたディディエの目がきらりと光る。思わず姿勢を正してしまった氷雨に、彼はにこやかに言葉を続けた。
「あ〜、いえいえ。そんなに緊張なさらないで下さい。私はただ、当時の事で確認させて頂きたい事があるだけで」
「氷雨さん、大丈夫大丈夫。俺やディディエさんみたいなのは草食系。高遠の彼や狐火さんみたいな肉食系とは違うから」
「‥‥そこで名が出るのは、もの凄く不本意なのですが‥‥」
 ぼそっと呟く狐火の背を、直羽はあははと笑いながら、ばしばし叩く。
「何言ってんの。狙った獲物は逃がさへんでーって感じデスショ?」
「急にカタコトにならないで下さい」
 そんな静かな戦いを完全無視して、ディディエは氷雨に向き直る。
「あのですね、狐妖姫の事なんですが、氷雨さんは直接、狐妖姫から指示を受けていたのですか?」
「は? あ、いいえ‥‥私は狐妖姫と直接会った事はありません」
 そうですか、とディディエは考え込む素振りを見せた。
「確か、秋郷くんは、アヤカシに連れ去られたのでしたね。怖かったでしょうね〜」
「もう二度と、あの時の繰返しはさせません!」
 秋郷を抱き締めて、天花が叫ぶ。
「氷雨さん、簡単に切られないように、抱っこ紐に何か仕込みましょう!」
 熱く語る天花の突然の参入に、説明を求めてディディエが直羽と狐火を見た。
「ま、ちょっと以前にしてやられたって事で」
 あまり触れないようにねと付け足して、直羽は付け足すように軽く言葉を続ける。
「舞ちゃんと一緒に楼港を軽ーく調査して来たんだけど、瘴気溜まりが前より増えている感じなんだよね」
「ふむ? 場所は?」
「舞ちゃんが持ってる細見に付け足してる。あ、舞ちゃん、酒やご飯の美味しい店とかも書いてたみたいだから、ちょっと期待していいと思うよ」
 にぱっと笑った直羽に、ディディエもほっこりと笑顔になる。
「それは楽しみです」
「増えた瘴気溜まり、氷雨さんと秋郷くんを楼港に呼び寄せた者の思惑‥‥」
 和む仲間達の会話に入らず、以前の細見の写しを眺めていた狐火は目を細めた。
「氷雨さん、これから私は街に出ている者と合流しようと思います。その前に確認させて下さい。朧谷と犬神のシノビの中で、当時の事件に関わり、かつ未だに行方不明の方はおられますか?」
「さあ‥‥。シノビはいつ、どこに遣わされるか分かりません。秋郷の代行を務めているとはいえ、私もその全てを把握しているわけではありませんし」
「なるほど。では、もう1つだけ。楼港に入った途端、秋郷くんがひどく泣き出したとの事ですが、楼港は広い。どの辺りでの話ですか?」
 何度か瞬きを繰り返し、氷雨は頬に手を当てて考え込む。
「それまでもむずかってはいたのですが‥‥手がつけられなくなったのは、人や店が多くなってからです。こんな賑やかに場所で迷惑になっては、と思いましたから。そこからギルドに着く直前まで、ずっと無理の言い通しでした」

●噂話
 のんびりと楼港の街中を歩きながら、時々、店先を覗いてみる。気さくに声を掛けて来る売り子達は、鹿角結(ib3119)を物見遊山の客と思い込んでいるのか、楼港の様々な噂を語ってくれた。
 その中でも多いのが「真夜中の子供」の話だ。
 人が消える事が珍しくない楼港にあって、怪談めいた話は人々の好奇心を煽っているらしい。
「へえ、そうですか」
「おうよ! しくしく泣いている子供が気の毒で声を掛けてみりゃ、見る間に巨大な大男に化けちまった! たまげたが、そこで逃げちゃ男が廃るってもんよ!」
ーこれは嘘ですね‥‥。
 真夜中の子供に遭遇したという男の長話を辛抱強く聞いていた結は、相手に気づかれぬようにため息を吐いた。とんだ時間の無駄だ。
 人々の関心を買った噂は「どこそこの路地から子供の泣き声がした」という小さな情報から作り話まで混じって流れている。
ーさっき舞さんが見せてくれた細見を写したものは‥‥と。
 懐から取り出した楼港の細見を開くと、男が興味深そうに覗き込んで来る。
「あの、すみませんが」
 あまりじっくりと見られても困る。やんわりと断りをいれようとした結に、男は素っ頓狂な声を上げた。
「おお! ここだぜ、ここ! 俺が泣いてるガキを見たのはよ!」
「え?」
 そこには瘴気溜まりを示す印がある。まさか、という思いで男を見返すと、男はそれまでの陽気で軽薄な様子からは想像もつかないような深刻な顔で唸っていた。
「おまえさんよ、楼港の噂はそりゃ面白い土産話になるかもしれねぇが、あまり深入りしちゃならねぇぞ」
「あの、それはどういう‥‥」
 男は渋い顔をして、細見を指先で弾く。
「この印、噂の子供でも探しに行くつもりだろうが。悪い事は言わねぇ。行くなら、こっちの団子屋や茶めしにしとけ。いいな?」
 どうやら、男は親切心から忠告をしているらしい。
 素直に礼を言って、結は細見を見直した。
「瘴気溜まりと子供の噂がある場所は同じ‥‥と考えるのが妥当ですね」
 そうと決まれば、後は網を張るだけだ。
 小さな頷きをひとつ。
 そして、結は大通りに溢れる人の流れに逆らって走り出した。

●昼酒
「真っ昼間からお酒ですか」
 ほぉとわざとらしく溜息をついた野乃宮涼霞(ia0176)に、手酌酒を楽しんでいた高遠重衡はわずかに眉を寄せた。
「とてもお暇そうですが、本来のお務めはお休みなのですか?」
「‥‥そんなわけあるか」
 返って来たのは、そんな毒吐き。それでも言葉が返ってくるだけ進歩したと涼霞はこっそりと笑う。笑った事がばれたら、また誰かの機嫌を損ねそうだが。
 何でもない顔を作り直すと、涼霞は重衡が手を伸ばした銚子を取り上げる。
「‥‥おい」
 不機嫌そうな重衡を無視して、そのまま杯を酒で満たす。
「一応、助けて頂いたお礼です」
 傍らに座って、杯が空くと酒を注ぐ。
 この楼ではごく当たり前に見られる光景だが‥‥。
「ふん。いつから開拓者を辞めて妓女になった」
「ですから、ただのお礼です。ところで、重衡様、今回の依頼の依頼主としてご存じの事をお話し頂けませんか? 肝心の情報を隠されていたのでは、私達の活動に無駄が生じます」
 ただ教えろと言えば、恐らく「それぐらいの事は云々」と戻って来るに違いない。先手を打った涼霞に重衡は面白くなさそうに鼻を鳴らす。
「先日、競争相手の同僚が失踪されたという方がおられましたけれど、そのような方は多いのですか?」
「‥‥多いとも少ないとも言えるな」
「重衡様」
 窘めるように名を呼べば、重衡はぐいと酒を呷った。
「裏で何をしているか分からない狸や狐どもが多いからな。ただ‥‥最近、千歳に何か悪いものに取り憑かれているのではないかという相談が増えたのも確か」
「それは、つまり増加していると‥‥」
 すぱーん、と。
 それは気持ちの良い音を立てて、障子が開いた。
「涼霞、連絡が入った。今夜、動く」
 こめかみを僅かに引き攣らせた楓に、涼霞の表情が変わる。
「分かりました」
「‥‥人との約束をほっぽり出しているかと思ったら、子持ち未亡人と現れたそこの男。私個人の件は、これが終わったらちゃんと付き合って貰うぞ。いいな」
 地を這うような声で念押しをしても、聞いているのかいないのか。
 涼霞が置いた銚子から酒を注いだ重衡は、ふと、何かを思いついたかのように顔を上げた。
「真夜中の子供を探すなら、あの赤子を連れていけ」
「みすみす危険と分かっている場所に連れていけるわけがないだろう!」
 ばっさり切り捨てた楓に、重衡は皮肉げな笑みを浮かべる。
「あの赤子は、一度アヤカシにさらわれた」
「それがどうしたと‥‥」
 重衡の言わんとしている事に気づいて、楓が眉を顰めた。
「‥‥そういう事か!」
 彼らを、この楼港に呼び寄せたのは。
「よく気の回る方もいるものだな!」
 2人が飛び出して行くと、残された重衡は酒を飲みつつぽつりと呟いた。
「‥‥全くだ」

●真夜中の子供
 うぇぇぇん。
 秋郷は全身を突っ張らせてむずかっていた。抱き紐を使っていても、油断をすると落ちてしまいそうで怖い。しっかりと秋郷を抱えた天花の周囲を囲むのは、秋郷の母でありシノビである氷雨と涼霞、直羽だ。
「舞ちゃんはどこに行ったかなぁ」
「多分、周囲の様子を探っておられるかと‥‥舞華さんにご用でも?」
「え、だって、暗い所で誰かに襲われたら怖いし‥‥」
 いやん、恥ずかしい。
 ぽっと頬を染めてみたところで、直羽にツッコミを入れてくれる者の姿はなし。
「あー‥‥寂しいなぁ」
「そんな事を言っている場合ではない」
 すた、と静かに降り立った影に、仲間達に緊張が走る。
 秋郷の泣き声も先ほどよりも大きくなっていた。
「来る!」
 舞華が忍刀を抜き放つのと、黒い影が襲って来るのはほぼ同時。
 鋭い牙をもつ影を「蝮」で防いで、舞華は背後の仲間を庇える位置へと飛び退った。
「秋郷くんは泣き声も元気がいいですねぇ。お陰で、耳がおかしくなりそうですよ」
 笑い含みの声がしたかと思うと、どこからともなく現れた狐火が闇の奥へと言葉を投げる。
「そろそろ出て来たらどうですか。隠れて泣いているのは飽きたでしょう」
 ざわりと瘴気が動く気配がした。敏感にそれを感じ取って、天花は秋郷をぎゅうと抱き締め、直羽がそんな天花の背を守るように立つ。
 嫌イッ!!
 絶叫に似た叫びは、確かにそう聞こえた。
 姿を現したモノは、幼い子供の姿をしている。
「‥‥擬態したか、それともその体を奪ったか」
 吐き捨てた楓が短銃を構えた。だが、ソレは外見に見合わぬ素早さであっという間に距離を詰めて来る。
「無駄だ!」
 短銃から刀に持ち替えた楓が咄嗟に放った深雪の一撃と、ディディエのアークブラストの電撃を浴び、獣のような悲鳴を上げ、闇の中へと姿を隠そうとした。
「逃がしません!」
 軽く跳躍した狐火が何度か壁を蹴り、ソレが逃げ込もうとした闇の先へと回り込む。
 嫌イ嫌イ嫌イ!
 泣き叫ぶように、ソレは逃げ道を求めて周囲を見た。と、そこに追ってくる敵とは別の、ひっそりと佇む影を見つけて、狂喜の歓声を上げ襲い掛かる。だが。
「残念ですが」
 するりと身を躱すと、結は戦弓を構えた。
 ぴんっ、と弦の震える音が周囲に響き、そして、静かになった。

●そして拉致された者
「此度もありがとうございました」
 丁寧にお辞儀をすると、涼霞は高華楼の主の部屋を出た。
 夜も更けて喧噪も静まり、時折、行灯に油を足す者が廊下を行くぐらいだ。
 そんな中。
「あら? 輝蝶さん? このような所で何を?」
 支度部屋から漏れる灯りを訝しんで覗いてみれば、そこには無数の扇子を広げて、筆を動かす輝蝶の姿があった。目の下にはくっきりと浮かぶ隈。
「‥‥楓に、情報提供者に配るんで、扇子に揚羽の署名を入れろと言われた」
「それは‥‥」
 偽造では?
 言いかけた言葉を飲み込むと、涼霞はそっと障子を閉める。
「真夜中の子供」が消えた今、楓は輝蝶に頼んだ事も忘れているのに違いない。
「お気の毒に‥‥」
 そっと目頭を袖で押さえて、涼霞は高華楼を後にしたのだった。