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■オープニング本文 前回のリプレイを見る 清月掬(きよつき・むすび)の屋敷には時折、文が届く。今日も飛脚が運んできたその文を、受け取ったのは門前の掃き掃除をしていた伊良歌(いらか)だった。 ご苦労様です、と頭を下げて掃除道具をそこに置き、掬の元に持っていく。 「‥‥あの。文が届きました」 「ああ。ありがとう」 にっこり笑った掬に、伊良歌は文を手渡した。そうして居心地の悪い気持ちを持て余しながら、その場に座ってじっと待つ。 もう良いよ、と言われなかったから多分、内容によっては何か用事が言いつけられるのだろう。けれども伊良歌はまだ掬を、木原高晃(きはら・たかあきら)のように御師、と呼んだことはない。そんな自分がここにいて、掬の用事を聞いても良いのだろうか? 珊瑚(さんご)を探して来ようか、とわずかに首を巡らせたら、伊良歌、と呼ばれた。掬もまた、伊良歌のことを伊良歌と呼ぶ。弟子にした相手に、弟子としての呼び名をつけるのが掬のやり方だと高晃は言っていたのに。 「珊瑚を呼んできてくれるかな。あと、二胡(にこ)にも連絡を」 「‥‥はい」 二胡、というのは高晃のことだ。あの人はちゃんと掬の弟子なのだ、と当たり前のことを思いながら、伊良歌は頭を下げて掬の部屋を出る。 至らぬなら、至るために死に物狂いで考えなさい、と掬は言った。今すぐ高晃や、開拓者達のようになれるとは思わない。まずはせめて珊瑚のところに至るために、どうすればいいのだろう。 ◆ 読んでごらん、と渡された文を頭からきっちり読んで、最後の署名を確認した高晃は、うんざりした顔で掬を見た。 「『金剛(こんごう)』だと‥‥?」 「懐かしいだろう? 架一(かいち)も元気そうじゃないか」 「いや。架一兄が元気なのはそりゃ良かったけど、『金剛』だと‥‥?」 しれっと微笑んだ掬に、高晃はもう一度繰り返した。『金剛』。その名を持つ陰陽師団とは、高晃はちょっとばかり因縁があるのだ。 この五行には、陰陽師だけで構成された集団が幾つか存在する。『金剛』とはその一つであり、庚(かのえ)という女陰陽師によって率いられる陰陽師団だ。理想のためなら五行王に従わぬのもいたしかたなし、と言う姿勢で上の方からはあまり良く思われていないとか。 だがそんな事は高晃にはまったく関係のない話で。大切なのは、高晃が掬に呼びつけられたのが、その『金剛』から人手を貸せと言われてるからだ、という事で。 よろしくお願いします、と珊瑚が高晃に頭を下げる。正確に言えば、手伝うのはこの珊瑚で、伊良歌も一緒に勉強に行かせるから高晃はお目付け役兼、何かあった時の後始末係をしろ、と言うことらしい。 だがしかし、繰り返すが高晃と『金剛』にはちょっとした因縁がある。高晃が掬の所に初めて弟子入りにやってきた時、試しと称して「ちょっと行って手伝っておいで」と言われ、いきなりアヤカシ退治に蹴り出されてうっかり死にかけたのが、まさに『金剛』での事だったのだ。 「二胡。お前も久しぶりに架一に会いたいだろう?」 「‥‥‥」 架一、と呼ばれる高晃の兄弟子は現在、その『金剛』にいる。というかそもそも架一は庚の弟なので、そちらでは辛(かのと)と名乗り、姉を陰から支えているのだと聞いた。 弟弟子として可愛がってもらった架一に会いたくないわけではないが、『金剛』に行くのは命がけだ、と言う条件反射が高晃の中にある。かろうじて開拓者としての義務感を呼び覚まし、もう一度先ほどの庚からの文を思い返した。 とある村から『金剛』に、鎧を着た鬼が何匹も出たから助けてくれ、と依頼が来たという。だが『金剛』は去年、アヤカシ退治でしくじって庚の右腕だった陰陽師を失い、それでなくとも人が出たり入ったりで今は人手が足りない状態だから、清月家の陰陽師を貸してくれないか。 そんな文が届いたのは、弟が掬の一番弟子だったという以上に、掬自身が庚とかつて、陰陽寮で同級だったからだろう。そしてアヤカシが出て、困っている人がいる。だったら知ってしまった人間として、助けに行かないことには何とも目覚めの悪い話だ。 うーん、と唸る高晃をちらりと見上げた伊良歌に気づき、珊瑚がちょいちょい、と伊良歌の袖を引いた。ぇ、と振り返ると「二胡兄は良い方ね」と笑顔が向けられる。 はい、と伊良歌は小さく頷いた。それを見て珊瑚はにこりと目を細める。 「安心した。私、実戦に出るのは初めてなの」 「ぇ‥‥?」 「だって私、まだ陰陽師じゃないもの。術だって先日ようやく、呪縛符を教えて頂いて、それしか使えないのよ」 「あの、だって‥‥」 伊良歌はぱちくりと目をしばたたかせた。珊瑚はもう2年、掬の側に居ると聞いた。それにわざわざアヤカシ退治の手伝いに、と言われているのだし、きっと名乗らないだけで色々な事を知ってるんだと思っていて。 でも、呪縛符というのがどんな術だか解らないが、1つしか使えない、というのはきっと危険なはずだ。それなのに――無言で飲み込んだ伊良歌の言葉を、察した珊瑚はそうね、と微笑んだ。 「私でどうにかなるはずないし、御師だってそう思って居られないと思う。だから本当の所は、私に実戦を積ませつつ、伊良歌さんをアヤカシに慣れさせつつ、二胡兄やそのお仲間に何とかしてもらいたいんんじゃないかな」 「‥‥そう、なんですか‥‥」 「二胡兄や架一兄は、弟子になる前にも修行をして居られたからすぐに一人前になられたそうだけど、私は御師の元に来てから修行を始めたから。条件は伊良歌さんと一緒。珊瑚という名を頂いたのも、ここで暮らすようになってしばらくしてから」 「‥‥‥そう、なんですか」 もしかして珊瑚は、伊良歌がこっそり落ち込んでいるのに気がついて、慰めてくれているのだろうか。答えを求めるようにまなざしを巡らせたら、小声で話す少女2人を掬と高晃が微笑ましく見つめているのと目が合った。 良いかい、と掬が微笑む。はい、と伊良歌は頷く。 「お前はもう、大蜘蛛の恐ろしい所は解っただろう?」 「はい」 伊良歌は頷いた。あの後も何度も脳裏で大蜘蛛の姿を思い描いて、あの鋭い爪を、牙を、大きな口を蘇らせた。そうしなさいと掬が言ったし、あの人達の元に少しでも至る為にも必要なのだと思ったから。 だから頷いた伊良歌に、良い子だ、と結びは満足そうに笑う。 「次は鎧鬼だ。お前が鎧鬼を恐ろしいと思えたら、お前はもうアヤカシに怯えていないという事だよ」 「‥‥?」 恐ろしいことと、怯えること。その違いがどこにあるのか、解らず目を瞬かせた伊良歌の頭を、ぽふ、と高晃が撫でる。 多分、伊良歌はまた試されているのだ、彼女の中の何かを見極めるために。掬がこうして弟子を試すのは良くあることで、もうそろそろ自分も手を離す頃合いか、と高晃はぼんやり考え、ふる、と首を振る。 とまれ。まずは複数いるという鎧鬼を、何とかする手だてを考えなければ―― |
■参加者一覧
玖堂 真影(ia0490)
22歳・女・陰
玖堂 柚李葉(ia0859)
20歳・女・巫
氷(ia1083)
29歳・男・陰
滋藤 柾鷹(ia9130)
27歳・男・サ
霧先 時雨(ia9845)
24歳・女・志
五十君 晴臣(ib1730)
21歳・男・陰
ルティス・ブラウナー(ib2056)
17歳・女・騎 |
■リプレイ本文 鎧鬼退治。そこに至るまでの経緯を高晃から聞いた霧先 時雨(ia9845)は、ふうん、と呟いた。 「アヤカシ退治の依頼としちゃ本格的な物だから、気ぃ抜かない様にしなくちゃね」 本来は陰陽師見習いを1人で向かわせるような、簡単な話ではない。先の剣狼以上に気を抜けばこちらがやられる、鎧鬼とはそういう相手だ。 だから気を引き締めなきゃね、と瞳に強い光を宿した時雨とは、氷(ia1083)はまた別の部分が気になったようだ。 「ふむ。んで、その金剛ってのは知り合いかい、木村君?」 「‥‥‥ッ、いや、まぁ、ちょっとした因縁があってな‥‥」 ほんとにコイツ俺の名前覚える気ないよな、と高晃がぐったり肩を落としながら、高晃は『金剛』との『ちょっとした因縁』を顔をしかめながら話す。それを聞いて、氷は「ああ」と空を見上げて呟いた。 「‥‥どっかで聞いたことあると思ったら、庚サンとこか」 「ん? あんたこそ『金剛』と知り合いか?」 「まあオレらも直接関わってる訳じゃないけどな――木村君流に言えば『ちょっとした因縁』があってね」 言いながら、ふわぁ、と欠伸をした氷の言葉に、佐伯 柚李葉(ia0859)と滋藤 柾鷹(ia9130)も僅かに視線を伏せる。氷の『ちょっとした因縁』を、彼らも共有していたから。 だから柚李葉は少し前、顔を合わせた子供の事を思い出す。『金剛』で生まれ育ち、陰陽師であった母をアヤカシに食われた少年――そう言えば、彼はアヤカシをどう感じているのだろう。 ちら、と伊良歌を見ると、きょとんとした眼差しが返る。妹をアヤカシに食われた伊良歌と、母をアヤカシに食い殺された彼は、そう言えば境遇が似ていて。 縁とは不思議と繋がっているものだと、柾鷹は思う。高晃の兄弟子が、彼とも既知であるあの庚の弟とは、奇しき縁にもほどがある。 (‥‥こうして拙者が高晃殿や伊良歌達と出会ったのも縁の巡り合わせ。人との繋がりは大切にしたいものだな) だから柾鷹はそう、胸の中で呟いた。呟き、伊良歌の隣に立つ珊瑚を振り返った。 「珊瑚、宜しくな。伊良歌の手本‥‥いや、友となってくれると嬉しい」 「ええ、そのつもりです」 そうして告げた言葉に、珊瑚はまっすぐな眼差しで頷き、伊良歌の手を握る。それに少女は眼差しを揺らし、ありがとうございます、と消え入りそうに小さく呟く。 少女達の姿を見て、よろしく頼む、と柾鷹は頷いた。見たところ歳もそう離れてはいない様子だから、珊瑚が伊良歌の姉弟子であると共に、相談にも乗ってくれる身近な友になってくれれば、柾鷹としても心強い。 そんな珊瑚を見て、にこ、と五十君 晴臣(ib1730)は微笑んだ。 「今、珊瑚が使えるのは『呪縛符』だけだっけ? だったら、まずはとにかく使ってみる事だね」 「そうね。実戦は初めてなのよね?」 「失敗したっていいよ。私達も居るんだしね」 晴臣の言葉に、自分自身も初めて覚えた術が呪縛符だという玖堂 真影(ia0490)も頷いた。学び覚えた境遇は天と地ほども違うけれども、結局の所、彼女が呪縛符を使いこなせるようになったのもまた、実戦に赴いた時である。 だから、という真影に、そうだよね、と晴臣も同意する。結局の所、まずは何度も使ってみなければ加減も解らない。 2人の言葉に、はい、と珊瑚は強い瞳で頷いた。この様子なら彼女の方は大丈夫そうだとして、その隣の、不安そうな眼差しを揺らす伊良歌に与えられた課題の方は、というと――いささか漠然とし過ぎているかな、と晴臣は思ったりするのだけれど。 「恐れるか怯えるか‥‥ね」 「はい‥‥」 「うーん‥‥ただびくびくしてるだけが怯えるならば、恐れるはそれに対して危機を感じるって事なのかな」 困った様子の妹分に、考え考え、晴臣は自分の考えを告げる。危機を感じるという事は、相手をきちんと見ていると言う事だ。そうしてそれの何が危険なのか、きちんと把握しようとする事だ。 もしそこまで至らなくとも、目を閉じてしまうのではなく、ただ見ているだけでも十分に前向きに動いていると言う事で。あるいは掬はそういう意味で言ったのかもしれない、と首をかしげながら言った晴臣に、伊良歌は眼差しを伏せてじっと考え込む。 それでも。初めて会った時、アヤカシと言う言葉を耳にするだけで震えていた少女は、今日は震えずそこに立っていた。 ◆ その村は、ルティス・ブラウナー(ib2056)の目にはいささか、疲弊しているように見えた。若干の被害は出ていると聞いていたが、すでに1人が鎧鬼に切り殺され、数名が負傷したと言う。 だから。彼女たちが村を訪れた時、怯えていた村人の顔にほっとした色が浮かんだのは、決して気のせいではない。『金剛』からの助けがやってくるのを、今か今かと待っていたのだろう。 志鳥夕暮のように、一般人でありながらアヤカシに魅せられる人間も居るけれども。多くの人々にとっては、どんなに弱いアヤカシであっても恐怖の対象なのだから。 んー、と氷がぼやいた。 「とりあえずは、周囲の散策からかね」 「そうだな。目撃証言も、あちらこちらに散っているようだ」 氷の言葉に、村人から聞ける範囲で簡単に話を聞いた柾鷹が頷いた。周囲の林や畑、街道でも鎧鬼を見たという話があった。ならば、まず優先すべきはもっともアヤカシが人を喰いやすいと思われる街道の方か。 その言葉に氷ももちろん異論はない。だから彼らはバラバラにならないよう一丸となって、まずは見通しの良い街道を捜索することにした。その間にアヤカシに襲われるかもしれないからと、それぞれ用意してきた呼子笛を村長や、数人の村人に渡しておく。 そうして、歩き始めた街道は一見すればひどくのどかだった。だが、先頭を行くルティスはあちらこちらに、アヤカシのものらしき大きな足跡や、刀傷のつけられた路傍の木を見てきゅっと唇を引き締める。 敵が人の気配に反応してすぐに出てくるとは限らない。だから数日をかけるつもりで、焦らず、だが周囲への警戒を怠る事無く。街道をある程度まで行ったらそこから取って返して、次は畑を見て回り、最後に林の中を覗く。 時折鳥の声がすると、ピクリ、と確かめるように村を振り返った。だがすぐにそれが呼子笛の鋭い音ではないと気づき、ほぅ、と息を吐く。 「使われないに越した事はないけど、な」 「そうですね」 幾度目かで、ぼやいた氷にルティスは頷いた。せめてこれ以上、村人に被害が出ることは避けたい。 とはいえずっと張り詰めていたのでは気が滅入るし、何より珊瑚や伊良歌も疲れるだろう。開拓者達の何倍も、彼女達は緊張しているはずだ。 だから時折は、見回りながら他愛のない雑談を、する。 「お師匠さんてホント、良い性格してるって言うか。面白いよね、私の修行時代とは大違いだ」 「そう、なんですか?」 「あら、どんなだったの? あたしは誰かに修行をつけてもらった事ってないの。書物から独学で頑張ったのよ」 「へぇ」 伊良歌の事を見ていたせいだろうか、なんだか自分の修行時代がこの頃色々と思い出されてきた晴臣の、懐かしさと寂しさの入り混じったような言葉に、真影も自分の幼い頃の事を振り返る。彼女は高晃と同じく石鏡の出身で、しかも巫覡の氏族。だから身近に陰陽師など居る訳もなく。 それでもきっと、その努力が実ったのは、弟を守りたいと願う強い気持ちがあったからだと、彼女は今でも思っている。弟と2人、父親に行かされた獣退治で、何としても弟を助けたいと思ったから。 (少しでも、伊良歌ちゃんと珊瑚ちゃんの参考になれば良いな) そんな願いを込めて語る真影の言葉に、自身は父から陰陽術を学んだんだっけ、と晴臣も懐かしさに目を細めた。あの頃の思い出は楽しくて、辛くて、懐かしくて、そして寂しい。それなのにつらつらと思い出してしまうのはやっぱり、今から同じ道を通ろうとする妹分に関わっているせいだろう。 でもそれはけっして、嫌な気分ではなくて。 「いい年して里心がついちゃったかな」 「どうかねぇ‥‥ん、やっぱり滋籐君の頭の上、見晴らしが良いね」 「うむ‥‥」 苦笑した晴臣の呟きに、ふわぁ、と欠伸しながら氷が見やった先には、柾鷹の頭の上にちょこんと座る人魂の仔虎と、何とも言えない複雑な顔の柾鷹が居る。仔虎がちらりと氷を見ると、その視界の中で実に面白そうな顔をしている自分自身と目が合った。 正直な所、林の中は仔虎を行かせるけれども、それ以外では自分の目で見た方が早くて確実だ。それなのにわざわざ仔虎を出し、柾鷹の頭の上に乗せるのは、くすくす楽しそうな珊瑚と伊良歌のためでもある。 当初。人魂が瘴気で出来ていると聞いただけで逃げ出そうとした少女は、その仔虎が人魂だと解っていても笑える様になったらしい。それを思えばこそ、柾鷹も頭の上から仔虎を降ろしたりはせず、させたいようにさせている。 そんな楽しげな2人と一緒に時折小さな笑みを浮かべつつ、ルティスはもしアヤカシと遭遇した時の心得を語る。これから伊良歌達は、大蜘蛛や鎧鬼以外にも、たくさんのアヤカシと遭遇するはずだから。 「鎧鬼に限らずですけど‥‥まずは相手の動きを良く見ることが重要かなって」 だからルティスが語った言葉に、はい、と2人の少女は頷いた。 「癖というか、どんな相手でもかならず動きに特徴はあるんです。それが分れば、少ない怪我で済んだり、効果的に戦えたりしますから」 「ぇと‥‥大蜘蛛みたいに‥‥ですか?」 「ええ。他にもたくさん。だから私達が戦うあいだ、よーく観察していて下さいね」 「は、はい‥‥」 頑張ります、と頷いた伊良歌の声を聞きながら、晴臣もきょろ、と辺りを見回した。あっさり出てくると思ってはいなかったけれども、鎧鬼はなかなか見当たらない――出てくればすぐに判る大きさなのだが。 捜索は翌日以降も続いた。呼子笛に呼ばれる事はなかったけれども、村人が少しずつ疲弊していくのは見た目にも明らかで、こうなればさっさと鎧鬼に出てきて欲しいものだと、時雨は時折苦笑する。 今まで、伊良歌が出会ってきたアヤカシはいつも、待つ必要はなく――多くは一方的に、不条理に彼女の前に現れた。だから、こんな事もあるんですね、と困ったように呟いた少女に、うん、と柚李葉は頷く。 「何日も。どうしても出てこない時だってあるの」 「そうなんですか‥‥今日も、練習、するんですか?」 「うん。真影さん、今良い?」 「もちろん、いつでも喜んで! 柚李葉ちゃんは家族同然に大切な友達だもの」 こくり、首を傾げた伊良歌の言葉に、頷いた柚李葉が視線を巡らせると、真影が大きく胸を叩いた。柚李葉は最近、新たに修行して神楽舞を習得した。その舞い手の師匠を、真影に頼んでいるのだ。 こんな場合じゃないのかもしれないけれど。こんな場合だからこそ、柚李葉は一歩を踏み出すことにした。 (私は未熟でも楽士、だから) 舞うには足らないと思っていたし、舞い手に合わせて楽を奏でる事で、楽士としての自負というか、誇りというか、そういうものを保っていたのだと思う。だから今までずっと、神楽舞の修行をしようとは思わなかった。 でも。どうしたら伊良歌の力になれるのかと、手探りしながら進んできた中で、柚李葉自身が彼女に教えたのだ。何よりまず、やってみるのが大事なのだと。それなのに当の柚李葉が留まったままでは、何とも伊良歌に示しがつかない気がして。 術としての神楽舞は習得したけれど、せっかくだから舞う事自体も学びたいと思った。彼女は楽士だけれども、それと同時に開拓者だ。開拓者であり続ける以上、楽士としての矜持にこだわって習得出来る術を習得しないのではなくて、伊良歌と一緒に一歩を踏み出してみようと思った。 だから。少しずつ進むのだと、探索の合間を見ては真影の拍子に合わせ、柚李葉は舞を学ぶ。その姿もきっと、伊良歌や珊瑚に何かを伝えるはずだから。 「私も負けてられないわね」 ぽそ、と時雨が呟いた。ぇ? と首を傾げた伊良歌の眼差しに、なんでもないわ、と首を振る。 そうしてすらりと取り出したのは霊刀「カミナギ」。見た目は木刀と同じでありながら、真剣と同じ様に敵を切り裂く刀。それを両手で掲げるように持ちながら、伊良歌、と呼んだ。 「大蜘蛛は牙も爪も解りやすかったけれど、今探してる鎧鬼は‥‥少し、解り難いかもしれないわ」 「‥‥‥?」 「だから。鎧鬼の恐ろしい所が何なのか、参考になれば良いんだけれど‥‥」 そう言って時雨はすッ、とカミナギを構える。その切っ先を伊良歌に向けて、ただ静かに尋ねる。 「コレを持った私を恐ろしいと思う?」 「‥‥? いえ‥‥」 「そう。じゃあ‥‥コレは?」 尋ねながら、ふっ、とカミナギに殺気を込めた瞬間、ビク、と少女の肩が跳ね上がった。立ち姿は何も変わって居ない。構えすら変えて居ない。見た目はあくまでただの木刀だから、真剣を突きつけられる恐怖があるでもない。 それでも。殺意があるか否か、ただそれだけの違いで相手の印象はガラリと変わる。もしかしたら――掬が伊良歌に言いたかったことの中には、そういう事も入っているのかもしれないと、思う。 鎧鬼は刀を持つ鬼だ。そして今の時雨の何倍もの殺気で襲いかかってくる。だから伊良歌にとっては、予行演習にもなったかもしれない。 そうそう、と氷が柾鷹の上に新たな仔虎を乗せながら、珊瑚をひょいと振り返った。 「呪縛符は使いやすいけど、結構近付かないと届かないから、それだけ注意しといてな〜」 「御師にも言われました。そこまで近付けるかが最初の一歩かもしれないね、って」 「なるほど‥‥そういや珊瑚ちゃんは開拓者になるのか?」 「何も考えていません。私は今、陰陽師になる事に精一杯で」 その先のことは何も、と首を振った少女の言葉に、そうかもしれぬな、と柾鷹は頷いた。伊良歌の場合は開拓者になりたいと言う憧れがまずあって、その前の段階として「開拓者になるために陰陽師になりたい」という願いがある。だが『金剛』の陰陽師達がそうであるように、陰陽師になったからとて開拓者にならねばならない、という事はない。 まずは目の前の目標を達して、その先のことはそれから考える。という珊瑚の気持ちも、だから判るような気がした。 だねぇ、と言いながら氷も改めて珊瑚を見る。しっかりと考えを持っていたりする一方で、見た目が可愛くないから呪術人形は持ちたくない、なんて言ってしまう辺りはまだまだ、年頃の少女だな、と思うのだけれど。 (まあ確かに呪術人形って、持ってると怪しい人にしか見えないしな‥‥) 同じ陰陽師だから解る。彼自身は符術士を名乗る符の使い手だが、それゆえの偏見でもない――と信じたい。何しろ大きさの割に不自然に重かったり、ほっとくと髪が伸びるのがあったり、呪術人形もなかなか物騒なものが多いのだ。 伊良歌ちゃんが藁人形とかにハマらないように願っとこう、と呟いた先には真影の持ってきた人形「移身」。本来なら装備者に似せて特注で作られるそれは、しっくり来るからと真影のものは彼女の双子の弟に似せてあって。お陰で見た目がおどろおどろしいという事はないのだが、あれもほっとくと髪が伸びる。 まして藁人形って明らかに使用済みだしな――と首を振った氷の仔虎を頭に乗せたまま、柾鷹は再びルティスと肩を並べ、戦闘に立って歩き始めた。こんな場合にも拘らず、それは酷く和む光景だった。 ◆ けれども。最初の鎧鬼に遭遇するまでには、それからさほどの時間はかからなかった。 空気を切り裂く呼子笛の声に、はっと視線を巡らせる。方角は東――畑の方だ。それが村の方からではない事に、訝りながら開拓者達が慌てて畑に向かって走ると、ずしゃりと大きな鎧の鬼が1匹と、その足下に転がって肩から袈裟掛けに血を流す村人の姿が見えた。少し離れた所にも、腰を抜かしている男がいる。 畑には豆や大根、かぶらなどが植えてあった。夏ほど草引きに手は取られないものの、全く放っておいて良いものでもないから、恐らく気になってやって来たのだろう。 「ア、アヤカシが‥‥ッ」 「ええ」 駆けてきた開拓者達を振り返り、そう言った男は震える手に呼子笛をしっかり握っていた。機転を利かして一緒にやってきたのか、或いはなかなか戻って来ない村人を案じて捜しに来、この光景を見て腰を抜かしたのか――いずれにせよ、しっかりと頷いたルティスは強い眼差しで鎧鬼を睨みつけた。 鎧鬼の足下に倒れている男は、ぐったりと動かない。とにかく血を止めなければと、柚李葉が術の届く場所まで走って閃癒を唱える。 ぎゅっと、伊良歌が強く手を握った。カチカチと歯を鳴らす少女の眼差しは大きく見開かれ、鎧鬼が持つ、村人の血に塗れた刀を凝視している。 血が怖いと、彼女は言った。大蜘蛛の何が恐ろしいと聞いた時。伊良歌は大蜘蛛の牙に、かつて引き裂かれた妹の血を幻視した。血の赤は彼女にとって、ただ一目だけで理性を吹き飛ばすものなのだろう。 けれども――真影は大きな声を上げた。 「喝!」 「‥‥‥ッ」 「あたし達が付いてるわ。しっかり自分の足で踏ん張って!」 「大丈夫、必ず護りますから――必ず、助けますから。しっかりと見ていて下さいね」 ルティスもまた伊良歌を振り返り、強い眼差しで勇気づけるようにそう言った。それから伊良歌の傍らに立つ珊瑚に眼差しを向け「珊瑚さんは珊瑚さんのできる事で支援お願いします。頼りにしてますよ」と微笑む。 頷いた珊瑚が符を取り出した。取り出し、思い出したようにまだ震えている伊良歌の手に触れて、応援しててね、と青ざめた顔をのぞき込んだ。ぎくしゃくと頷いた伊良歌は、すみません、と呟いて真影とルティスに小さく頭を下げる。 きっと、と柾鷹は考えた。掬が伊良歌に与えた漠然と課題を読み解くのに、これ、と明確な答えを示すのは難しい。だが敢えて言うなればおそらく、前回の観察を踏まえた、今回は応用ではないかと思うのだ。 怯える事は、怖い物と向き合う事もせず、知ろうともせず、逃げてただ怖いと思う事。恐ろしいと思う事は、恐怖に向き合い知った上でそれを怖いと認識する事。柾鷹はそう考えている。 だから。その、小さくて歴然とした境界を踏み越えられるかどうか。 「アヤカシだと怯えていた時のお前とは今は違う。きっと出来るはずだ」 「は、はい‥‥ッ」 「願わくは正しい恐ろしさを知る陰陽師に、ね。恐怖に目を閉じるんじゃない、震えてても良いから、相手を見据えるのよ」 噛み締めるように告げた柾鷹の言葉に、ぽん、と時雨も伊良歌の背を叩く。そうして2人はルティスと眼差しを交わし、うん、と小さく目で頷いて動き出す。 まったく、と苦笑し晴臣も符を構えながら、3人の背中を見送った。「アヤカシの動きを止めますから、攻撃お願いします」と簡単に言い残していってくれたけれども、と高晃を振り返ると、ひょい、と肩を竦めている。 だが、これはアヤカシ退治と同時に、珊瑚の実戦体験でもあって。もし珊瑚の呪縛符がうまく働かなかったら物理的に足止めしなければ、と見やった先で珊瑚と並んだ真影が、まずは呪縛符のお手本を見せた。 「災い為さぬよう、我が鎖に括りつける!」 呪文は飾りだが、同時に術を動かす為の明確なイメージを呼び起こすものでもあって。真影の声に合わせて現れた石の鎖が、鎧鬼を絡め取るのが見えた。 鎧鬼の動きが鈍くなる。その隙に柾鷹が「しっかりなされよ!」と声をかけながら動かぬ村人を引きずり、避難させた。村人を受け取った柚李葉に、これ使って、と晴臣が止血剤を放り投げる。 腰を抜かした村人は、まだ立ち上がれそうにもない。あの人達も守らなくちゃねと、呟きながら晴臣もまた、術を放つべく白隼の式を生み出した。 「ん、この調子ならオレも動かなくて大丈夫そうかね」 そんな様子を柚李葉よりもさらに後ろで眺めながら、のんびりした風情で辺りを見回す氷である。とはいえ、見える範囲にいる鎧鬼が1体だけと言っても、戦いの気配に惹かれてやってくるかもしれないし、この間にもまた別の場所を襲うかもしれず。 呼子笛を聞き逃さぬよう耳は澄ませながらも、眼差しは辺りに新たなアヤカシの影がないか確かめる。同時に万が一の時にはきっちり援護もするつもりで、符はしっかりと握っている。 「敵の数が判らない以上、練力は残しておかないとね」 「はい‥‥私も、気をつけなくちゃ」 手当を終えた柚李葉が、こく、と頷いて神楽舞を舞い始めた。氷や珊瑚も含めて、前衛の後ろで術を使う陰陽師達のために。そうしていつかとは違って手を握っていなくても、カタカタ震えながらしっかりと目を見開いている伊良歌のために。 今日は、身を守る術の準備はしてきていない。だから伊良歌の身を守る直接の術はかけられないけれども、柚李葉の神楽舞がおまじない代わりになれば良い。 (何か、感じるかな?) ちら、と伊良歌を振り返る。鎧鬼は大蜘蛛や剣狼とは違って、人のカタチをしているし、世の中には見た目だけなら人と大差ない姿を持ち、言葉さえ交わすアヤカシだって居て。そういうアヤカシが、前衛の開拓者達と同じように刀を握り、斬りかかって来る――その光景。 それはきっと、今まで伊良歌が抱いて居たアヤカシ観とはまた異なるものだろう。だからその光景に何を感じるか、聞いてみたかった。ただ恐ろしさを感じるのか、それともまた別の感情を抱いているのか。 珊瑚が呪縛符を唱える。けれども単なる修行と実戦では勝手が異なるのか、現れた式は何もしないまま掻き消えた。きゅッ、と少女が唇を噛み締め、次の符を構える。 「大丈夫、落ち着いて。失敗しても良いからね」 そんな珊瑚にもう一度、晴臣は声をかけた。はい、と頷いた珊瑚は一度動作を止めて、大きく息を吸って、吐く。 次に唱えた呪縛符は、何とか鎧鬼に絡みつく事に成功した。ほっ、とまるで我が事のように安堵を覚えながら、よし、とルティスは再び動きを鈍らせたアヤカシへと距離を詰める。 ずしゃ、と金属の鳴る鈍い音がした。はッ、と動きを止めて振り返ると、どこかに潜んでいたのだろうか、新たな鎧鬼がこちらに向かってくるのが見える。 「‥‥ッ」 「そっちの方が近いわ! ここは良いから行って!」 「お願いします‥‥ッ」 現れた鎧鬼に苦無を投げながら叫んだ時雨に、頷いてルティスはぐっと気合を込めて走り出した。あのまま行けば2体目の鎧鬼は、まともに後衛の仲間にぶつかる。そうさせてはなるまいと、ルティスは走りながら得物を抜き、キッ、と強い眼差しでアヤカシの動きを睨み据えた。 柾鷹が咆哮を上げる。そちらにふと気を取られた新手に全力で切りかかるルティスを確認して、柾鷹も目の前のアヤカシに集中した。 「珊瑚!」 「はい!」 術の効果が切れ、再び抵抗なく動き出したアヤカシを見て、叫んだ柾鷹に答えた少女が、新たな符を取り出す。慣れてきたのだろうか、失敗する事も少なくなってきた。それでも危うい時はいつでもフォローに入れるよう、真影も気を配りながら呪声を放つ。 新手を、晴臣の生み出した壁が阻んだ。さすがに不味いかと軽く舌打ちして動き出した氷が、魂喰でルティスの援護をする。 その。すべての戦いの様子を、震えながらそれでも伊良歌はじっと見つめていた。逃げ出したいと考えたけれども、それでもここに立ち続ける事がこの人達の元に至る為に必要なのだと。 初めてアヤカシ退治の依頼に連れて行かれた時は、ただただ怖かった。アヤカシが怖くて、その存在を感じる度に身が竦んで、どうやって息をすれば良いのか解らない位で。開拓者がくれるたくさんの言葉に、必死にしがみついていた。この人達に守ってもらっているのだから大丈夫だと。 今もそれはきっと変わらない。伊良歌はずっと守られたままだ。けれどもあそこにいるアヤカシも、新しく現れたアヤカシも、逃げ出したい位に怖いけれども――伊良歌はちゃんと、自分の足でここに立ち止まって、息をして、見つめなければいけないと思って。 この人達の元に至りたい。この人達と共に戦う事を許された、珊瑚の元にまずは至りたい。掬が伊良歌に言った言葉の意味は、まだよく判って居ないけれども。 (伊良歌ちゃんの課題は‥‥多分、そういう事。じゃないかしら?) 真影は思う。恐れに対し闇雲に怯えず、恐れを慎重や警戒に変えて状況把握出来るようになれって事かな、と。アヤカシと聞くだけで身が竦み、目を瞑って泣き出した少女はだって、誰と手を繋いでなくてもちゃんと自分の足で立っている。 ちら、と氷が高晃を見た。 「木村君、複雑かね」 「‥‥‥」 高晃は口をへの字に歪めた後、霊魂砲を放った。そうして短く、木原だ、ともはや習慣になりつつある突っ込みを入れた。 ◆ その後も1体の鎧鬼を見つけ、始末した所で開拓者達は村を引き上げる事になった。恐らくもうアヤカシは残って居ないだろう、というある程度の確証が取れた事もあるが、その頃になってようやく『金剛』からやって来たという陰陽師が村に辿り着いたからだ。 それは青年陰陽師で、これが噂の庚の弟か、と高晃を見たが首を振って否定された。どうやら単に、『金剛』に所属する陰陽師の1人らしい。そうして滞在中の報告をして引き継ぎを済ませ、彼らは村を後にした。 そうして。清月家までの道のりをのんびりと歩きながら、それにしても、と時雨は笑う。 「伊良歌。珊瑚も、だけど、コレで実のあるはじめの一歩、踏めると良いわね♪」 「は、はい‥‥頑張ります‥‥」 「まだまだ修行が足りないと痛感しました。陰陽師と名乗る事が許されるには、まだ遠そうです」 こく、と気弱に頷いた伊良歌と、真っすぐな眼差しで振り返る珊瑚。その言葉を聞いた時雨は「その調子よ♪」と微笑んだ後、ふと遠い眼差しになって自らをも振り返る。 (‥‥私も、ぼんやりしたものじゃない自分ってものを、見つけなくちゃね) 開拓者となったこの道で。伊良歌が恐怖を克服するために、アヤカシを見つめ続けたように。自分自身が解らなければ自分が怖くなるのかと、聞いた時雨に掬はさらっと笑って「ならばまずは見つめてごらん」と言っていた。 とことんまで見つめて、自分に問いかけて、考えて、それでも解らなければあなたの周りを見つめてごらん。あなたの周りに居る人の中に、あなた自身が見えるだろう。 そんな事をさらっと言う掬自身はどうなのだと聞けば、くすりと笑って誤魔化されたけれども―― 行きと同様、他愛のない話を重ねながら戻ってきた開拓者達を、意外にもと言うべきか、掬は屋敷の前で待っていた。そうして「ご苦労様」と悪びれなく言った後、2人の少女に眼差しを向ける。 「お帰り、珊瑚、しじま。面白かったかい?」 「おも‥‥ッ」 あまりと言えばあまりの表現に、ルティスは思わず目を剥いた。だがしれっと微笑む掬は「大切な事だよ?」とルティスの非難の眼差しを受け流す。 そうして、呼びかけられた少女2人は――伊良歌は。 「しじま‥‥?」 「そうだよ。お前は今日から清月しじまと名乗りなさい。私が良いと許すまで、決して真の名を名乗ってはいけない――良いね?」 「‥‥ッ」 ひゅっ、と少女の喉が鳴り、それから絞り出すように「はい、御師」と呟いて、少女はほろほろ涙を零した。「これからもよろしくね、しじまさん」と珊瑚が少女の肩を抱く。 ほぅ、と誰からともなく、安堵の息が漏れた。それから思い出したように晴臣は懐を探り、自らが使っていたものとは別の符を引っ張り出す。 「おめでとう、伊良――しじま。これは私からの餞だよ」 「これ、は‥‥」 「陰陽師は符があってこそ、だしね」 そうして渡したのは心鎮護符。無事に妹分が清月家の一員になれた暁にはと、準備してきたのだ。 おずおずと、受け取って「ありがとうございます」と泣きながら微笑んだしじまの頭を、ぽふ、と晴臣は撫でた。そうしてひょいと掬に視線を向ける。 「今更だけど、私も清月家に弟子入りしてみたいな」 「おや?」 「ほら、もう既に弟子っぽい名前だし。私は父親以外に学んだ事もないしね」 「そう――ならば、次はあなたの試しを考えておこうか。珊瑚、しじま、いずれ弟弟子が出来るかもしれないよ?」 話を振られた2人の弟子は、戸惑った顔で掬と晴臣を見比べた。少女達にとっては晴臣はすでに立派な陰陽師で、しじまにとってはさらに目指すべき開拓者でもあって――なのに弟弟子候補? 嬉しいような困ったような、複雑な顔を見合わせた少女2人に、ふわぁ、と大きな欠伸をしながら氷が言った。 「ん、師としちゃ悪い人じゃなさそうだし、これからも頑張って。六十君君も」 「氷、その間違え方の方が難しいと思うんだけれど」 「ま、まぁ、五十君さんの無鉄砲を直して貰うのだと思えば――」 とりなしかけたルティスの言葉に、結局そのイメージがぬぐえなかったのか、とついにがっくり晴臣は肩を落とす。ちら、とそんな仲間を見下ろしてから、柾鷹はしじまに向き直った。 「しじま。これからも精進あるのみ。晴臣殿からもらったその符を携え、共に戦える日が来る事を祈っている」 「開拓者って、アヤカシと同じように普通の人を超えた力を持ってる人だけれども、ただアヤカシを倒すためじゃなくて、何かを持って立ち向かっている‥‥人達だって思うから。しじまさんも、珊瑚さんも、頑張ろうね。それぞれの道で」 私も頑張るから、と微笑んだ柚李葉の肩を抱き、私も協力するわよ、と真影が笑う。 いずれ。開拓者ギルドの名簿に、陰陽師・清月しじまの名が記される日が来る事を、ここに居る誰もが信じていた。 |