【西の森】獲物
マスター名:西尾厚哉
シナリオ形態: シリーズ
相棒
難易度: 難しい
参加人数: 9人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/05/30 00:19



■オープニング本文

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「ニャウー!」
「ウニャニャニャニャ!」
「ニャオ?」
「ワンッ!」
「ワオンッ!」

「きゃ…!」
 レナ・マゼーパ(iz0102)は飛びかかって来た忍犬に思い切り顔をべろべろ舐めまくられてひっくり返る。
「あっ! こらっ!」
 親衛隊のドゥヴェが急いで駆け寄るが、その前をイチゴ―がのっそりと遮りレナにがっつりのしかかる。
「イチゴーっ!」
 白火の絶叫、イチゴーのもふ毛に惹かれて来る猫又。
「やっ…やめてええっ!」
 レナは叫び声をあげた。


 ようやく引き離してもらった時にはよだれまみれの皇女。
「なんでこんなことするのっ」
 白火がイチゴ―に怒る。
「チャーンス、と思ったもふ」
 何がチャンスだくそもふら。お前のいいところはもふ毛だけだわ。
 重いし臭いしもう最悪。
 レナはドゥヴェに顔を拭ってもらいながらむすっとする。
 思い切って猫又を10体、忍犬を3体、早速小豆に仕入れてもらった。
 世話が大変かなと思ったが、鼠が出るし、ケモノも出た。何にもいないよりいいかもしれない。
 そう思ったのだ。
 今は少し後悔気味。
「おい、お前」
 いきなり一匹の猫又が近づいてくる。
「もちろん、ふかふかの寝床と新鮮な食い物を用意してあるんだろにゃ?」
「準備するわ」
 レナは答える。
「用意してねえのかよ。使えない奴にゃ」
 ぴき、と青筋。
「…お前は皆のボスか?」
 尋ねると
「ボスというほどでもないが、トラトウリ二世にゃ」
「トラトウリ…」
「父はトラ、母はウリにゃ」
「あぁ、そう…」
 トラトウリはレナの反応が気に入らなかったらしく何かを言いかけるが、ぴゅ、と口笛が聞こえた先に目を向けた途端走り出した。リナトがいる。
 彼が身を屈めて何かを地面に置くと、猫又達は急におとなしくなった。
「マタタビです」
 レナに笑みを見せながら近づいてリナトは言った。
「母が猫、大好きで。猫又は普通の猫とは違うかな、と思ったけど、一応効くみたいですね。母から少しもらってきました。母は天儀から輸入したと言っていたけれど、ジルベリアの自生種はあんまり聞かないから必要なら仕入れますか。まあ、イチゴーみたいに猫扱いが得意なもふらさまが増えればいらいないかもしれないけれど」
 レナはリナトの顔をまじまじと見る。
「…まずかったですか?」
 リナトが心配そうな顔をした。ううん、とレナは首を振る。
「元気になったのね…。まだショックから立ち直れていないのではと」
 リナトは微かに顔を赤くする。
「犬達は大丈夫だと思いますよ。飼ってた人も多いみたいですし」
「…セシナのご両親には会った?」
 尋ねると彼は頷いた。
「セシナさんは…身寄りがありませんでした。出身地に記していた村はいっときだけ滞在していたみたいで。彼はこうした工事がある場所を転々としていたようです」
「じゃあ…どうしたの?」
「屋敷の敷地内にお墓を作りました。僕が…ずっと彼のお墓の管理をします」
 レナは無意識に彼の手をがしっと握っていた。
「ひ、姫様?」
 リナトは仰天して真っ赤になる。
「頑張ろう。絶対に養成所を完成させよう」
 リナトは顔を赤くしたまま頷いた。
「はい。僕は…この場所が…子供達が安心して育っていけるような場所に…したいです」
 そして『もう離しても?』というように握られたままの手に目を向ける。
「あ、すまない」
 レナも思わず顔を赤らめて手を離した。
「子供か。そうね…其方にはもうすぐ赤ん坊が」
「僕達だけじゃありません…。開拓者の人達に教えてもらった、村の子供も。バレク殿が名づけをなさったんでしょう?」
「…」
「アヤカシがいる。ケモノ達もいる。でも、僕達にも命が続く。開拓者の人が命を預かるんだと仰った。地を治めるということ…僕はあまりぴんときていなかったかもしれません。でも、あれから皆さんがかけてくださった言葉を何度も頭の中で反芻するんです。完璧じゃないかもしれないけど、領主はどうしてなきゃいけないのか、っていうのが少し分かりかけてきたかもしれません」
 レナはずっとリナトの顔を見つめ続けていた。
 その表情は恐らく今まで誰も見たことがないものだっただろう。
 でも、リナトは気づかない。
 遠目に見ていたドゥヴェだけが、小さく息を吐く。
「姫様、あれ」
 リナトがレナの背後に目を向けて不意に言った。
 振り向くと何体もの龍がこちらに向かうのが見えた。
「ゲルマン…」
 レナは龍の背にいる顔を見て呟いた。
 ヴォルフの騎士団長、ゲルマン。どうしてここに。
 降り立つ龍に忍犬達がワンワンと吠える。
「よしよし、いい子だ。静かにしろ」
 ゲルマンは龍から降りると忍犬の頭を慣れたように撫でて近づいた。
「どうしたの…? 伯爵に何か?」
 レナは不安げに彼の顔を見る。
「いいえ」
 ゲルマンはにこりと笑った。
「先日ヴォルフにご来訪と聞きましたので。私に直接言ってくだされば良かった。必要なのでしょう、我らが」
「でも…伯爵に会ってないわ」
「許可を戴きました。御心配なさらず。…正確には…橙火殿が私に頭を下げに参りました。姫様のところに行けるよう、伯爵に願うて欲しいと」
 橙火が…。
 思わず白火の方を見た。
 橙火によく似た顔がそこにあった。
 先日ヴォルフ伯爵の屋敷で話をした時の橙火は見事にレナを突っぱねていた。
 彼の考えていることは本当にわからない…。
「姫様。開拓者の方も間もなくお見えでしょう。お聞かせください。何が起こりましたか」
 ゲルマンの言葉にレナは頷いた。


■参加者一覧
酒々井 統真(ia0893
19歳・男・泰
叢雲・なりな(ia7729
13歳・女・シ
リューリャ・ドラッケン(ia8037
22歳・男・騎
フレイア(ib0257
28歳・女・魔
ハッド(ib0295
17歳・男・騎
真名(ib1222
17歳・女・陰
叢雲 怜(ib5488
10歳・男・砲
クロウ・カルガギラ(ib6817
19歳・男・砂
イルファーン・ラナウト(ic0742
32歳・男・砲


■リプレイ本文

 開拓者の進言を受け、ヴォルフの騎士団は周辺施設とリナトの屋敷工事周辺、及びリナトや作業員達の警護にシフト。
 ゲルマン騎士団長は気遣わしげにレナ・マゼーパ(iz0102)に目を向けるが、
「前回のアヤカシの出現状況を思うと、有事の際民を守るのはそちらに願うしかない」
 竜哉(ia8037)の真剣な眼差しに頷いた。
「森の中で猫又と忍犬の様子を見て待機する者もおります。必要な時は狼煙銃をお使いください。向かいます」
 ゲルマンは言った。
 彼は、念のため解毒剤の準備を、というクロウ・カルガギラ(ib6817)の申し出も了承し、他、負傷に対応する救護品も手配すると言った。
 酒々井 統真(ia0893)と竜哉、フレイア(ib0257)、ハッド(ib0295)、真名(ib1222)は地上調査組。
 イルファーン・ラナウト(ic0742)と叢雲 怜(ib5488)、クロウは上空調査班。
「もちろん、あたしは怜と一緒に空だよ! 怜に敵が接近しないようにしなくちゃ!」
 なりな(ia7729)が自信たっぷりに言ったので、怜が「俺、大丈夫なんだぜよ」とぷくりとむくれた。なりなは笑って怜の腕をとる。
「怜、分かってるよ。でも、砲術士には距離がいるもん。少しくらい頼ってよ」
 彼女はそう言い、そして真名とフレイアの方を向く。
「こないだは怪我して心配かけてごめんね」
「それはお互い様よ。次は私が助けてもらうかもしれない」
 フレイアはにこりと笑い、真名も笑みを浮かべる。
「そういや、俺も迂闊につついてトゥリーに怪我させちまったし気をつけねえと」
 統真が呟くと
「統真は悪くない。あれはドゥヴェが悪いのだ」
 遅れてやってきたアジンナの姿に気づき、レナがじろりとドゥヴェを睨んで場を離れる。
「良きことをお伝えしよう」
 皆の視線を受けてドゥヴェは言った。
「我ら親衛隊は姫様と行動を共にする際には必ず回復治療系のスキルを帯同させるが常」
「んー…? つまり…忘れたのじゃな?」
 ハッドが言うと、ドゥヴェは「あっはっは!」と笑った。
 あっはっは、じゃねえだろ、と思わず皆で思う。
「フレイア殿には申し訳なく。トゥリーには散々どやされた。と、いうところで此度私はクロウと共に空に行く。姫様はアジンナと共に地上組」
 ドゥヴェは馴れ馴れしくクロウの肩に肘をかける。
「一緒はいいけれど、鏡弦頼むよ」
 クロウが言うと、ドゥヴェはもちろん、と答えた。
 
 龍に騎乗、もしくは同乗して森を突っ切り、奥の山のローザ・ローザが潜伏していた洞窟を目指す。
 断崖中ほどにある洞窟は前にフレイアが入口を閉じたはずだが、嫌な予感通り口をぽっかりと開けていた。
 フレイアがフマクトを呼び出し、洞窟の入り口に入れてやる。
 狐の早耳を使ったフマクトは暫く洞窟の奥を見つめたあと、皆のいる背後を振り向き、もう一度洞窟の中を見る。
「フマクト?」
 悩んでいる様子の彼にフレイアが声をかける。
「一瞬感知したのが射程外に。中にもうちょっと入っていいか?」
「だめ。その洞窟は脆い」
 フレイアが口を開くより先にレナが言った。
 レナの声に少し怯えの色を感じ取り、フレイアはちらりと彼女の顔を見る。
「お戻りなさい」
 主の言葉にフマクトは残念そうに龍の背に戻った。
「聴覚使うよ」
 なりなが言い、視線を泳がせる。が、暫くして頭を振った。
「ここは閉じましょう。もう一度開いたなら使われたと分かります」
 フレイアはストーンウォールを放った。
 洞窟の下、山裾の緑が途切れたあたりで地上組は龍から降りる。
 上空組はそのまま空からの調査に。レナとアジンナの龍は洞窟の見張りにその場で待機。
 まずはここを起点に東に向かって調査、戻って次に西側を。万が一のことを考えて地上、上空とも同じ方向に向かう。
 危急な事態があれば呼子笛、狼煙銃などで伝達。竜哉の光鷹も空と地上を繋ぐ主力となるだろう。
「見て」
 真名が言った。彼女の視線の先に顔を向けると、あの狼が木々の向こうでじっとこちらを見ていた。
「おー…い!」
 雪白が叫ぶ。呼応するように狼は吠え、そしてゆっくりと背を向けた。
「もう少し近づいてくれれば話ができたかもしれねえのに…」
 統真が呟く。
「マスター、あの狼は雪白の声に応えた。敵意はないよ」
 紅印が主を見上げる。
「でも、彼も迷っている」
「そうね…」
 真名は狼が消えた先を見つめて答え、同じように見つめているレナにちらと目を向けたあと、紅印に視線を戻す。
「行きましょう。…紅印、狐獣人変化」
 動かないレナをアジンナが促した。
「ケモノはどうやってアヤカシのことを感知したんだろう」
 空からその様子を見ていたなりなが言う。
「それがわかれば何か突破口になるかもしれないのにね」
 怜がうんと頷き、ドゥヴェの顔を見た。
「レナお姉ちゃんは…大丈夫? 元気ないよ?」
「敵意はないのに壁がある。人もケモノも同じか」
 ドゥヴェは答えにならない返事を呟く。
「トウのことか?」
 シャールクの背で下に目を凝らしながらイルファーンが尋ねるとドゥヴェは微かに肩をすくめた。
「神西兄弟については残念だが姫様には関わらせぬようにと隊長から言われている」
「それは…レナにとっていいことか? あいつが正直に自分の気持ちを伝えたっていいじゃねえか。本当に失いたくない相手なら距離をおくより今の時間を大切にしたほうが…」
「私達だって分かっているよ。でも…」
 ドゥヴェはイルファーンの言葉を遮って少し怒ったような目を向ける。
「姫様にそんな器用な真似ができるとお思いか? ただでさえ周囲の急激な変化に戸惑われて。あのリナト殿のご成長すら」
 イルファーンは目を細めた。
「姫様は怯えているのだ。役目を終え、最後に一人になるのではと」
 なりなと怜が龍の背で互いに顔を見合わせ、クロウがイルファーンを見る。
「…そんなことがあるわけねえだろう…」
 答えつつイルファーンは目を逸らせた。
「…すまない…少し激昂した。…クロウ、水源を見ると言っていたな? 私も行こう」
 ドゥヴェは息を吐き、強張った笑みを浮かべた。クロウが頷く。
 龍の向きを変える間際、彼女はもう一度イルファーンに近づいた。
「憤るつもりはなかったのだ。許しておくれ」
「気にするほどのこともねえ。あんたもレナを思ってのことだろ」
 イルファーンは答えた。
「…親衛隊ではなければ…できることもあるだろうにね。無念よ」
 ドゥヴェはそう言って離れて行った。


「やっぱり足跡がありますわね」
 フレイアが身を屈めて言う。
「ケモノか。…登ったとは考えにくいな。様子を見に来たか」
 竜哉が足跡を見た後、洞窟方向を見上げて言う。確かに大きい足跡だが蹄の形が見てとれる。切り立った断崖は登れまい。
「統真、あそこ。あの木、」
 人魂を使っていた雪白が頭上8mほど上の断崖を指差した。枯れたような木が突き出ている一群がある。
「よっ…」
 統真が岩に手をかけた。身軽な彼にとっては岩登りくらい朝飯前だ。
 統真は雪白の挿した枝を手折り、傍に来た光鷹に渡す。光鷹はそれを掴んで戻ってきた。
「まだ傷が新しい。こんな太い枝を折ることができるのは相棒かアヤカシしかいない」
 竜哉が考え込むようにまだ新しい白い口を開けている枝を見て言った。
「下から衝撃受けたみたいだな」
 手をはたきながら近づいて統真が答える。
「あの高さじゃ、つまり…投擲武器、弓、あるいは何かがぶつかった?」
 真名は断崖を見上げる。
「もしかしたらストーンウォールを狙ったものかもしれませんわね」
 と、フレイア。
「じゃあ、もう一度開く可能性があるということかの。その前に敵を見つけようぞ」
 ハッドが言い、再び調査を開始する。
 身軽な統真と紅印と同化した真名は山の上部に。
 竜哉、フレイア、ハッドとレナ、アジンナは中腹位置を重点的に。
 光鷹と雪白が互いの位置を確認し合い、あまり離れ過ぎないように動くことに。
「お、レナん…」
 ハッドがふと身を屈めて小さな白い花を摘んだ。ずっと浮かない表情のレナにそれを渡してやる。
「岩ばかりの山でも花は咲く。ほれ、ここからだと養成所の方も見えるぞ」
 ハッドが指差したのでレナは背後を振り向いた。眼下に広がる緑の海。そして向こうに小さく見えるベルイフの屋敷の丘。
「…」
 レナはじっと森を見つめていた。フレイアが彼女の手の花をとって、そっと胸につけてやる。
「今年は咲くのが早いわね。姫様、これは夏の花。これからもっと咲きますわよ」
 レナはフレイアの顔を見た。
「咲き乱れたさまを皆で一緒に見に参りましょうね」
 元気づけるように笑ってくれるフレイアにレナは小さく笑みを浮かべて頷くと歩き始めた。足場を気にして竜哉が手を差し伸べる。
「気を遣っていただいてすまない」
 アジンナが2人に小さく声をかけた。
「レナんもいろいろ大変なようじゃの」
 ハッドが言うとアジンナは少し肩をすくめる。
「頭で理解をしておられても、気持ちがついてゆかぬのでしょう。私はお傍につくのが関の山。もどかしい」
「吐き出してくれれば、我輩がぎゅーっとしてしんぜるのに」
 抱き締めるように手を交差させるハッドにアジンナは笑った。

 水源近く上空のクロウ。
 バダドサイトを使ったクロウの目に山頂近くの統真と真名の姿が小さく見える。レナ達は更に後方だ。足場が悪いのか、ハッドがてつくず弐号を出してオーラショックホバーを使ったのが見てとれる。
「ドゥヴェさん、何か反応するか?」
 ドゥヴェは首を振った。
「私の鏡弦より、もしかしたらなりな殿の聴覚のほうが察知をするかもしれぬ」
 ドゥヴェが答えた矢先、クロウは妙なものを見つけた。
「なんだ、あれ…」
 山の頂から少し下がった位置にある細く長く突き出した岩の塔。
 西の森とは反対側だ。遠くの地上組もまだ気づいてはいまい。
「どこだ」
「少し下がろう」
 2人で高度を下げる。
 近づくとかなり大きい。高さはおよそ30m。直径は数メートルに及ぶ。
「クロウ!」
 なりなの声がした。聴覚で聞き取ったのだろう。怜とイルファーンも近づいて来る。
「鏡弦は反応しない」
 ドゥヴェの声になりなは流を塔に近づけさせる。
「気をつけて」
 怜が言う。それに頷き、なりなはうーんと手を伸ばし塔に触れてみる。触れた限りは黒くて硬い岩だ。目を閉じて耳に神経を集中させた。皆でその様子を見守る。
「水…の音…」
 なりなは呟く。
「この塔…、空洞なんじゃない…? 上に音が昇ってきてるよ」
「下の水源の音か? なんでこんなものが」
 クロウが呟く。
「地上組に知らせるか…」
 ドゥヴェが言った。
「なんだか嫌な雰囲気だな」
 龍の向きを変えながら、塔を一瞥してイルファーンは呟いた。

 彼らが塔を見つける少し前、実は統真と真名がとんでもないものを見つけていた。
 無数の鬼の足跡だ。大きさから察するに小型のものばかりだろう。
「まだ新しい」
 真名が言う。同化を解いて紅印に早耳を使わせた。
「マスター、近いよ。かなり多い」
 紅印が示したのは向こうの大きな岩が散在する場所だ。
「近づいてみる。下のみんなに気をつけるよう伝えて来て」
 再び紅印と同化して真名は統真に言う。
「深追いするなよ」
「確認したらここに戻る」
 真名は答えて立ち上がった。
 統真は念のため雪白を残し、下方のレナ達の元へ。
「鬼?」
 竜哉が統真の連絡を聞いて光鷹を呼ぶ。
「気配悟られぬ高さで真名殿を守れ」
 光鷹は呼応して飛び立った。
 真名は岩から岩に身を潜めながら、何度かナハトミラージュで相手に近づく。
 最後の岩に来て向こうを見た時、本能的に思わず身を隠した。
『なに、あれ…』
 小鬼の集団だ。投擲武器を持つ奴、弓を持つ奴、毛深いのは恐らく猿鬼。それ以外にも多くの種類がいる。ここまで鬼種の多いのを真名も今まで見たことがない。
 最初に見たあの木の枝は彼らの仕業か?
 鬼達はヒステリックな小さな声をたてながら、ひとところに集まって行く。
 その先を見ると、地に空いた穴に一匹ずつ入り込んでいた。
 最後の一匹が入った後、そっと近づいて穴を確かめてみる。小さな穴だ。だがその中は暗く、覗き込むと風が彼女の髪を煽った。
 真名が元の場所に戻った時、上空にはクロウ達も来ていた。
 真名が探索中なので、光鷹が近づき過ぎぬよう知らせたようだ。
「塔と穴か…」
 レナが呟く。
「地中で穴と塔が繋がっている…か?」
「ケモノ達が言うのは『大きなもの』。小鬼だけとはとても思えない。それが塔のことだとしても…少し解せないが」
 竜哉が言う。レナは考え込んだ。
「塔を確認しよう。ここで調査を打ち切っても次に始めることは同じだ」
 いい? というようにレナは皆を見回す。
「雪白、穴に人魂を」
 統真が命じた。
「姫様、俺でもアジンナでも、誰かの傍を離れませぬよう。条件が整い過ぎる。…誘き寄せの可能性も」
 竜哉の声にレナは頷いた。

 地上から見ると岩の塔は恐ろしく大きかった。
「こんなもん、自然にできた雰囲気じゃねえな…おまけに…恐らく相当脆い」
 統真が手を触れて言う。冷たく湿った手触りはかつて洞窟に入った時のことを思い出させる。
「雪白」
 統真が振り向く。雪白はかぶりを振った。
「真っ暗で何にも見えないよ」
 その後、ふいに身を強張らせた。
「消えた…」
「え?」
「ちらと白いもの…」
 直後、ドゥヴェの鏡弦、なりなの聴覚、紅印と同化した真名の感覚、フマクトの早耳が『それ』を察知する。
「離れて!」
「来るっ!」
 同時に叫んだ途端、塔の頂点が崩れた。

――― ギャアアアウウウ!

 溢れ出る小鬼の群れ。
「姫様下がって! 砲撃は空からに任せろ! アジンナ!」
 竜哉が早速飛びかかる一団をフォルセティ・オフコルトで防ぎ叫ぶ。
 ハッドが躍り出てハーフムーンスラッシュを放った。
 竜哉はアジンナがレナの前に盾をかざすのを確認してウシュムガルを鞭に変える。
「紅印!」
 真名の声に紅印が離れ、九尾炎、真名はダークガーデンを使い、レイラで切り刻む。
「援護っ!」
 上空で怜がカザークショット。クイックカーブで真名を援護したあと、フレイアを狙った奴に向かって姫鶴を急降下させ、スラッシャーを引き抜いて貫いた。
 塔が微かに唸りをあげるのをなりなは聞く。
「流! 塔は狙わないで!」
 なりなの声に流は呼応し、風の咆哮と龍旋嵐刃でレナを狙う鬼を焼いた。なりなは叫ぶ。
「塔に当てないで! 脆いよ!」
「くそっ…減らねえ!」
 片っ端から撃ち殺しながらイルファーンが塔の上を憎々しげに見る。
 片づけても片づけても沸いて出て来る感じだ。
 おまけに…
 彼と同時に地上の統真、竜哉、ハッドも同じことを考えていた。

――― こいつら、どうして女性陣にやたらと近づこうとする?

「退避だ!」
 竜哉が統真に叫ぶ。統真は頷いた。
「真名! 塔から離れろ!」
 真名が頷き、ハッドが彼女を追い縋ろうとするのを払う。
 地上組が方向転換する先に鬼たちが回り込む。
 動きを見てとったクロウが閃光練弾を放つ。
「プラティン! 下に!」
 イェニ・スィパーヒを使い、ズルフィカールを引き抜いた。
「どけ!」
 統真が行く手を阻もうとする重武装のゴブリンを空気撃で跳ね飛ばす。
 しかし、その先で赤小鬼が声をあげていた。群れがぐるりと前に回り込む。
「おどきなさい!」
 フレイアが怒った声で叫び、デリタ・バウ=ラングルを放った。
 上空組が皆を掬い取ろうと近づく。
 
 その時。

――― ウワオォォォウ…!

「呪詛!?」
 真名とフレイアが顔をあげた。
 小鬼を従え、呪詛を使う奴って…
「阿傍鬼か…っ!?」
 竜哉が小さく唸る。
 次に何かが来る。混乱か、それとも…
「離れろ! 早く…っ!」
 統真が叫んだ途端、

――― ガアァァ…!

 声と共に塔の上部が弾けた。
 上空組がものすごい勢いで空中を舞う岩を見る。
「危ない!」
 岩を避けて旋回。
「姫様…っ!」
「竜…」
 伸ばされた指に竜哉は手を伸ばす。
 直後、すさまじい轟音と共に塔が崩れ去った。


 さっきまでの光景があっという間に散乱する岩だらけの場所と化した。
 鬼はいない。
 上空組が急いで地上に降りる。
 みんなどこに。
「くそっ…」
 最初に身を起こしたのは統真だった。
「雪…白…」
 近くで傷だらけになっている雪白を抱き上げる。
 プラティンから飛び降りたクロウが急いで駆け寄って雪白を抱き取った。
「いて…」
 がくりと膝をつく統真。
「大丈夫か」
 クロウは肩に雪白を抱き、もう片方の腕で統真を助け起こす。
「たいしたこたねえ。みんなは…」
 統真は顔を巡らせた。
 ハッドはなりなが、竜哉は怜が見つけた。2人共血を流していたが命に別状はない。
「姫様!」
 ドゥヴェが声をあげる。
「姫様! アジンナ!」
 呼ぶが動きが見られない。
「フレイアと真名は」
 統真が顔を強張らせた。
「嘘…」
 なりなの顔が青ざめる。
「レナ!」
 イルファーンが声を響かせるがやはり返事がない。
「どこかにいる! 探せ! 光鷹!」
 竜哉が額の血を拭って怒鳴り、足を引きずりながら岩陰を見て行く。
 直前までいたのだ。すぐ目の前に。
 光鷹が飛び立つ。
 統真が唸り声をあげてクロウの肩から逃れた。
「レナ! フレイア! 返事しろ!」
「真名おねえちゃん!」
 何度呼んでも声が返って来ない。
「統真! 雪白が!」
 クロウの声に統真は急いで駆け戻る。
「雪白、大丈夫か!」
「うん。少し頭を打っただけ」
 雪白は答えて統真の胸元をぎゅっと掴む。
「ボク、見たんだ。あいつ白いんだ。あいつがきっと鬼たちを使って姫様や真名さん達を捕まえたんだ」
「…白…阿傍鬼…」
 統真は呆然と雪白の言葉を繰り返す。阿傍鬼より強力種じゃねえか…
 イルファーンがいまいましそうに岩に拳を叩きつけた。
 その時、低い唸り声が聞こえた。
 再び緊張が走る。
 そして

――― ピイィィ…ッ ピイイ… ピ…

「呼子笛…フレイアか?」
 ハッドが目を見開く。最後の方は途切れた音だった。取り上げられたのかもしれない。
「アジンナも持っていた…っ!」
 ドゥヴェが走り出す。
 その彼女の前でいきなり足元の岩が炸裂した。
 下から何かで吹き飛ばされた感じだ。
 本能的に防御の姿勢を取ったドゥヴェの後ろで皆も身を強張らせる。
 低い地鳴りが聞こえる。
 足元が揺らぐ。
「崩れるぞ…!」
 統真が小さく叫んだ。
「龍に乗れ! 早く!」
 イルファーンがシャールクを呼ぶ。
「でも! 生きている! 音がっ…」
「分かってる!」
 竜哉が悲痛な声をあげるドゥヴェの腕を掴んだ。
 その間にも足元が崩れていくのがわかる。
「みんな同じ気持ちだ!」
「生きておる。だから必ず助けるんじゃ! みんなで!」
 ハッドがてつくず弐号を出し、ドゥヴェに手を差し出す。
「絶対にな!」
 ドゥヴェが彼の手を掴み、竜哉が伸ばされたイルファーンの手を掴んだあと、ふたりの足元が崩れた。

 統真と雪白も姫鶴に乗る。
 クロウが歯を食いしばりながら空に狼煙銃を向けた。
 白い煙があがっていく。
「狼…」
 雪白の声に統真は下を見下ろした。離れた山裾に、あの狼がいた。
「狼…お前は…何を考えてる? 俺達は…」
 統真が振り絞るような声で呟くのを怜は聞く。彼の表情も硬い。

 竜哉は自分の手を見つめ、口を引き結ぶ。
 指はほんの数センチ先だった。フレイアは僅か数メートル先にいた。
 真名はハッドの近くだった。
 血が滲むほど手を握り締める彼の前でイルファーンも拳を握り締めていた。

「阿傍鬼は女を慰みものに。姫様…」
「ドゥヴェ殿」
 唇を震わせるドゥヴェにハッドは声をかける。
「そんなことはさせぬ。アヤカシには誰にも指一本触れさせぬ」
 弐号の手の上で見上げたハッドの顔もまた怒りに満ちていた。