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■オープニング本文 前回のリプレイを見る 「よくお纏めではございませんか。これでしたら分かりやすい。さすが姫様ですな」 ヴォロジンの声に、レナ・マゼーパ(iz0102)は曖昧な笑みを浮かべた。 ――― だって、纏めてくれたのは開拓者だし…。 開拓者がバラバラだった書類をきちんと纏めてくれていたので、それを読み直した時は一瞬自分でできるかな、と思ったのだが、絶対またどこかでぶち撒いて台無しにしそうな気がしたので、すぐにヴォロジンを呼んだ。同じく開拓者が文官に相談すれば、と薦めてくれたからだ。それを聞いた時、真っ先にヴォロジンの顔が浮かんだ。 「いずれはリナト様が船主になられるのでしたら、最初からそうしましょう。変更時にまた途方もない手間がかかります。書面上の船主と実際の運営はまた別です。費用と労力の貸し借りは姫様とチカロフ様の間で取り決めを。と、いうことで姫様が記載をなさろうとしていた部分はチカロフ様が作成なさるのが良いですな。こちらはチカロフ様との約束文書を作成いたしましょう」 「リナトは分かるかしら…」 「お教えいたします。誰かをチカロフ様の元に行かせましょう」 感謝するわ、ヴォロジン。いかめしくて苦手だったけど、貴方のことが好きになりそうよ。 レナは心の中で呟いた。 「とりあえず全てお預かりしますが、細かい情報を追加提出していただかねばならなくなるかもしれません。あとは港を使う商人達との折り合いに悶着あれば姫様にお出になっていただくしかございますまい」 「わかったわ」 レナは頷いた。 ヴォロジンがごっそり書類を持って行くと、もう全てが滞りなく進みそうな気がした。 現地はチーフが決まって作業員達も集まっていると聞いたし、周辺の測量も開拓者のつけてくれた目印を元に木の伐採も開始していることだろう。 目標は夏前。難しければ夏。 工事の遅延は人件費の増加にも繋がる。 リナトの抱える負債は少しでも少なくしてやらなければ。 大丈夫よ。なんだか全部うまく行きそうな気がするわ。 ふっとバレク・アレンスキーの顔が浮かぶ。 少し前より衝撃が薄い。 どちらかといえば一発ぶん殴りたい気分のほうが強くなっているが、まあそれもそのうちどうでもよくなるのだろう。 だって、書類はヴォロジンが持って行ってくれたんだし。 西の森付近では確かに工事は始められていた。 開拓者達が設置してくれた境界を元に木を伐採する。 周辺施設の建設、道のために開墾。 そして領主のチカロフ夫妻のために、丘に新しい家を建てる。 前の領主の屋敷はローザの手により焼失していたので丘の上は屋敷の残骸が今もある。 まずはそれらを撤去して、リナトが自分で作った屋敷の図面を元に家を建てるのだ。 リナト自身は自分の屋敷はもっとあとでもいと思っていた。 リナトとユリアはバレクの屋敷に間借り状態だが、バレク自身はずっとヴォルフ伯爵の元にいたからリナトがここに通えば別に不都合はない。 が、急にバレクが戻って来たのだ。 どうしたのかと思ったが、バレク自身は何やらどんよりした様子で何も言ってくれない。 実は彼はヴォルフ伯爵にとんでもなく叱られていたたまれず戻ってきているのだが、そんなことはリナトには分からない。 そしてそもそもヴォルフ伯爵が怒りまくっているのをレナ皇女もまだ知らない。 それはともかく、 あっちもこっちも工事が開始されている状態なのだが、それは突然やってきた。 最初は森の側。 木を伐採したら、いきなりごっそりと地面が陥没した。 深さ2mほどの穴で、幅3mを約50m。 ここの現場監理は大男のアモシフだったが、砕石を詰めるか新しく土を入れて地固めをするかで迷った末、建物を建てるわけではないので土入れを指示した。 石を入れるにしても、取り囲む山はそもそも水分が多い地質だし、森の外の工事で出る不要な土のほうが良かろうということだ。 その僅か2日後、今度は屋敷建設予定の丘で騒ぎが起こった。 やっぱり穴がぽこりと空いた。 こちらは直径1m、深さはよくわからない。 「前の屋敷に確か貯蔵庫があったんですよね。でも、ちょっと深くないですか?」 様子を見に来ていたリナトにひょろりとした青年が言う。こちらの名前はセシナ。 彼が屋敷建設の監督だ。 リナトはこわごわ穴を覗き込んでみる。 「前の屋敷の図面も焼失してるからわかんないんだよなあ…」 「降りて確認してみます?」 セシナは言う。 どうしようかなと思う。 「単に埋めちゃえばいいような気もするけど…」 リナトが言うとセシナは首を振った。 「こういう妙な穴は確かめたほうがいいですよ。アヤカシの巣だったりすることもあるし」 「巣? でも、だったら君が降りるのは危ないよ。あさってくらいにレナ様が来られるし、相談して開拓者の人にお願いしたほうが」 「でも、その分ここの工事が遅れます。大丈夫ですって。俺、前の開墾計画でこういうの経験してますから」 「数日遅れるくらいたいしたことじゃないよ」 「じゃ、その間俺達どうしてるんです?」 「森のほうを手伝ってくれれば…」 「森のほうはアモシフの班でしょ? 俺達の責任範囲じゃないです」 「そんな…そういうのは臨機応変に…」 「行きます」 ラデクさん、今どこにいるだろう。リナトはおろおろして周囲を見回す。 この人、僕の言うことじゃ全然聞かないよ…。 そうこうしている間にセシナは近くの木に縄を結わえ付ける。 周囲に他の作業員達も集まってきた。 「ラデクさん、探して来て。頼むよ」 リナトは近くの作業員に囁く。彼が頷いて立ち去った時にはセシナは既に穴に降り始めていた。 ひょいひょいと彼は身軽に降りて行く。 狭い穴だし深いのであっという間に彼の頭が見えなくなる。 「セシナさん…あの…どうですか…」 リナトはこわごわ声をかける。 「かなり深いですねえ」 セシナの声がした。 暫くして、「チッ」という小さな声をリナトは聞いた。 「セシナさん」 呼ぶ。 何やらわさわさという気配がする。 ――― ザザザザ… ――― ザザザザザザ… 作業員達が後ずさった。 「セシナさん!」 「う、うわああ! ぎゃあああ!」 叫び声が聞こえた途端、リナトは後ろから誰かに腕を掴まれ、あっという間に地面に押し倒された。誰かが庇うように自分の上に覆い被さるのを感じた。 体が震える。 セシナさん…! 音がなくなり、暫くして声がした。 「リナト様、お怪我はございませんか」 ラデクだった。 「…」 声が出なかった。 セシナさんは? 遠ざかっていた作業員達が縄を引き揚げようとしている。 「リナト様、こちらに」 「セシナさんは?」 「リナト様」 ラデクは強引にリナトを引っ張った。 西の森はアヤカシの根城となりやすい。 レナ皇女が危惧し、何とかしようとした意味をリナトはようやく理解した。 |
■参加者一覧
酒々井 統真(ia0893)
19歳・男・泰
叢雲・なりな(ia7729)
13歳・女・シ
リューリャ・ドラッケン(ia8037)
22歳・男・騎
フレイア(ib0257)
28歳・女・魔
ハッド(ib0295)
17歳・男・騎
真名(ib1222)
17歳・女・陰
叢雲 怜(ib5488)
10歳・男・砲
イルファーン・ラナウト(ic0742)
32歳・男・砲 |
■リプレイ本文 拠点小屋の外ではイチゴーが日の光に顔を向けて幸せそうに和んでいた。 しかし、横にいる白火はイチゴーと表情が真逆。 「白火?」 レナ・マゼーパ(iz0102)が声をかけると白火はぱっと顔を向けてお辞儀をした。 「弟君が…」 言いかけたレナの言葉にびくっとし、 「来てません、ここにはいません、ほんとですっ」 必死な形相にちょっと戸惑う。どうしたのと問いたいところだが…こちらは後回しだ。まずはリナト。 振り向いたところで酒々井 統真(ia0893)がレナに声をかけた。 「レナ、最初にちょっと伝えとこうと思って。…あんまりリナトより前に出ないでやってくれっか?」 彼が何を伝えようとしているかを悟った。 リナトがここの領主。 こうしたことはきっとこれからもある。開拓者達は分かってくれているのだ。 「…じゃ、私、屋敷の穴を見て来る。お願いするわ」 彼女はそう言って小屋から離れた。 なりな(ia7729)と叢雲 怜(ib5488)、真名(ib1222)、フレイア(ib0257)がそれに続く。 残った開拓者達で拠点小屋に。 リナトはラデクに付き添われて椅子を並べた上に横たわっていたが、ドアの開いた気配に飛び起きる。が、またふら〜っと体がかしぎ、慌ててラデクに支えられた。 「大丈夫か」 統真が顔を覗き込む。 「すみません…」 そう答えたものの、リナトの顔色は悪い。 「僕…な…何にもできなくて…セシナさんを…もっと引き留めていたらと思うと…」 「一度は止めたんだろ? 振り切られたのは問題だが、お前は間違ってねえよ。きついだろうが、こういう時こそしっかりしてなきゃだめだ」 リナトはうんと頷きつつも震える唇を噛みしめる。 竜哉(ia8037)が身を屈めて座っているリナトの顔を真正面から見た。 「西の森の計画はこうした危険を抑え込むためのものです。貴方がその森を持つ地の領主。辛いでしょうがこれが貴方の責務です。…できるだけ早くセシナさんのご遺族の元に弔問も行なったほうがいい」 「でも、ご家族に何と言えば…僕のせいで…」 「その気持ちを正直に伝えれば良い」 ハッド(ib0295)が諭すように言う。 「あちらが失意で葬儀の準備もままならねば領主として手を貸すも良かろう。できなかったことを悔いるだけでなく、これからできることは何かを考えるんじゃ。まだたくさんあるぞ?」 「そうだぜ。また誰かに害が及ばねえよう、やれることやれ。俺達はそのための実行戦力になってやっから」 統真にポンと肩に手を置かれ、リナトは一気に涙を落とした。 「人を使うってこたぁ、時に厳しく叱ったり罰する必要もある。命を預かるってことが、これで分かっただろう。泣くのは今だけだぞ」 イルファーン・ラナウト(ic0742)の低い声にリナトは頷いて鼻をすすった。 「中で何をしているか分からない分不気味ね…」 屋敷跡に空いた穴を覗き込んで真名は呟いた。彼女の動きと共に黒髪が揺れ、レナがふと手を伸ばして彼女の顔の白狼の面を持ち上げた。 顔を覗き込まれて真名は目を丸くする。 「大切な面に手を触れてすまぬ。其方の顔を拝見し、覚えておきたくて」 「真名です」 彼女はにこりと笑う。 「此度はなりなの付き添いで参りました。彼女のことは妹のように可愛がってるの」 なりながうんと頷いてレナを見上げる。 「天妖さんが中を探索したら、あたしと怜と真名お姉ちゃんで中に入ってみるよ」 それを聞いてレナは顔を強張らせた。 「ここまで小さな穴と思っていなかった。アーマーで、掘り起こすか踏み潰してしまえと考えていたわ」 「ローザが地下を使っていた経緯もあります。それらと繋がっているとすれば、下手をすると相当な工事になりますわよ」 フレイアが言うとレナは「確かに」と考え込む。 「相棒達もいますから」 フレイアはレナを安心させるように言い、ムスタシュィルを放って立ち上がった。 「私は森のほうに行きますけれど」 「私も行く」 レナは答える。そして 「絶対、無理はしないで」 ぎゅっとなりなの手を握った。 「大丈夫だよ」 なりなは屈託なく笑って答えた。 「これで、中の様子を地図に書き記して来てくれ」 竜哉が天妖の鶴祇に紙とペンを持たせる。 「瘴索結界2回ごとに戻るんだ」 鶴祇は穴をちらと覗き込み、主の顔を見る。 「遭えば攻撃する。敵の程度を測るほどに」 竜哉は頷き、それを見た鶴祇はひらりと身を躍らせた。 「底がある。5m下。続く横穴に行く!」 鶴祇の小さな声が聞こえた。 竜哉は鶴祇が消えた穴を見つめ、念のためネルガルを腰から引き抜く。 怜となりなは成を連れて周辺の調査に。 真名は玉狐天の紅印に目を向けた。紅印は頷いて穴の底に向かう。 最初の狐の早耳は3分後。 こちらは西の森側。 前に来た時より広範囲に木が伐採され、拓けた場所も多くなっている。 その中でアモシフが埋めた穴は新しい土が入っているのですぐにわかった。 「屋敷の方向に向いていないんだな」 統真は長く伸びた土の痕を目で辿り、屋敷の方を見る。地中で蛇行して続いているのかもしれないが、現状の穴は屋敷とは違う方向に伸びている。 周囲を歩いていたレナが何かにつまづいて、トゥリーに慌てて支えられた。 「レナ、拠点に戻ってトゥリーと作業員の護衛に回ったらどうだ。ドゥヴェは探索に借りたいんだが」 イルファーンが言ったがレナはかぶりを振った。 「私があっちに戻ると皆が気を遣ってくれたことが無駄になる。少なくとも拠点小屋のほうは森と屋敷を繋ぐ線上じゃないし」 トゥリーが『私がお傍にいますから』というようにイルファーンに目で合図をする。 「これは…」 レナの足元を見つめていたフレイアが身を屈めた。 「…この足跡、何かしら。熊…?」 統真が近づいて膝をつき、足跡を見つめたあと周囲にも目を凝らす。 「ここにもある…でけえ。ホルワウどころじゃねえな。ケモノか?」 「ふむ。季節も変わったことであるし、冬眠から目覚めたものもおるじゃろう」 ハッドの声にフレイアは頷く。 「何をしているのか様子を見に来たのかもしれませんわね」 ドゥヴェがイルファーンの顔を見た。 「其方、私を借りたいとはよもやケモノを狩れというのではあるまい?」 「鏡弦を使ってもらいたい」 イルファーンは答える。それを聞いてフレイアは考えながら視線を泳がせた。 「分かれて探索しましょうか。ローザの存在があったのですから、そこが使われていると考えるのが妥当でしょう。彼女がいた山から続く地下道、葬った場所、それと…」 「エドゥアルトが閉じ込められていた穴」 統真が思い出して続ける。 フレイアと管狐フマクト、てつくず弐号に乗ったハッドは背後の山付近からローザ討伐時のルートまでを重点的に。 統真と雪白、レナとトゥリーは今回の陥没場所から討伐場所まで。 火竜アグニに騎乗したイルファーンとドゥヴェはエドゥアルトが監禁されていた穴から周辺部分、討伐場所までの範囲。 レナと親衛隊達が騎乗してきた龍は分散して屋敷を含めそれぞれの班を上空から見張り、何かあれば他班にすぐ知らせるよう指示した。 小さな手が見えて、先に紙とペンがぽてりと地面に落とされる。続いて鶴祇が顔を出した。額に泥汚れがついているのを見て竜哉が無意識に手を伸ばして指でこすってやると、鶴祇はちょっとびっくりしたような顔をして、少しだけ顔を赤くした。 「暫く下ってた。このまま続くのならあっち」 鶴祇は紙を持ち上げて僅かに蛇行しながら紙の下から上に続く線を示し、自分の顔を向けている先を指差す。西の森だ。 しかし、屋敷の敷地と森の間には小さな林がひとつある。 「林を越えるのは瘴索結界2回では無理と思う。それに狭くて…脆い。私が立って歩くのがやっと」 彼女は主人の顔を見上げる。 怜となりなの調査では周辺には独立した貯蔵庫の穴しか見つからなかった。つまりこの穴は目的が全く別なのだ。森の側は脆さゆえに工事の影響もあって陥没したのだろう。 「下手すると生き埋めか」 竜哉が呟く。 「紅印、アヤカシの気配は?」 真名の声に紅印は首を振った。 「一定間隔で地上への抜け穴を作ったほうがいいかしら」 「アーマーを呼ぶか」 竜哉の声に怜が姫鶴を呼び寄せた。 「ハッドがいいかな。俺、呼んで来るんだぜよ」 怜は素早く姫鶴に飛び乗った。 ハッドはフレイアと共に穴らしきものや地の脆い部分を確かめながら移動していた。 ふいにフマクトがフレイアの肩の上で伸びあがり、ぴくぴくと耳を動かす。 「何か…でも消えた。早耳使うか?」 フマクトは主の顔を見る。 返事をする前に怜の声が響いた。 「ハッド! 屋敷側に加勢に頼むよ! 抜け穴掘って欲しいんだ!」 「ん…?」 フレイアが微かに眉を潜める。ムスタシュィルが一瞬何かを捉えたように思えた。 しかしそれもすぐに消える。 「フレイア、イルファーンらの方に行くぞ。共にレナんらと合流するが良い」 「分かりましたわ」 広げられたてつくず弐号の手の上にフレイアは乗った。 フレイアと共に来たハッドはイルファーンとドゥヴェに自分の移動を伝える。 「何か感知したか?」 ハッドの問いにアグニの騎乗席の後ろに掴まって立っていたドゥヴェは首を振る。 「あまりに静かで、これでは姫様に2人きりで何をとあらぬ疑いをかけられてしまうところだった」 彼女の言葉にイルファーンが「はあ?」と眉を潜めた。 「喧嘩をするでないぞ」 ハッドは笑って去って行く。 「イルファーン殿、冗談は抜きにして私の鏡弦はさほど範囲が広くない。移動を重ねて欲しい」 ドゥヴェは言った。 「一瞬ですけど、ムスタシュィルが反応しましたの。屋敷に近いほうが何か動きがあるかもしれませんわ」 イルファーンは頷いた。 それは20分後、統真達のほうに現れた。 陥没場所から討伐場所のちょうど中間あたりだ。イルファーン達も同じくらいの距離で討伐場所から離れている。 「統真、気配が。急に出た」 瘴索結界を使った雪白が主人の羽織を掴む。 「地中か?」 振り向いた統真は周囲を見回す。 「下だけど…どこかに穴があるんじゃないかな。あのあたり」 雪白は地面を指す。統真は足元を蹴ってみた。 「レナ、離れてくれ。雪白も」 彼の声にトゥリーが素早くレナの腕を掴んで引き離した。 統真はそれを確認して崩震脚を使う。 ――― ドゥ! 響きと共に彼を中心として広がる衝撃の輪が地を揺るがす。離れたレナとトゥリーのすぐ近くの場所が崩れ始めた。ふたりは更に後退する。 それはどんどん幅を広げ、うねりを持って伸びていく。周囲の木が傾ぎ、統真も急いで後ずさる。 「もっと離れろ!」 そう叫んだ時、地中から飛び出したものがいた。 それは彼の頬を掠り背後に飛ぶ。それを目で追い振り向いた時、統真は顔を強張らせた。 そこにいたのは… 屋敷側。 丘を下りきって林の手前と林を越えたところでハッドは地を掘り返した。3m少し掘るとすぐに空洞に突き当たる。 鶴祇が森の手前で首を振った。 「穴が大きくなった。分岐してる。西と東」 「よし、入ろ」 と、なりな。 「掘り返すのに時間はかからぬ。二方向移動するから何とか知らせるが良いぞ」 ハッドが言った。 分岐の手前で一度抜け穴を作り、怜となりなと成が西側、紅印と狐獣人変化で同化した真名と鶴祇は東側。 竜哉は真名を地上から追い、鶴祇に場所を地上に報告するよう言い渡す。 怜達のほうは成が。分かった時点でハッドが双方に抜け穴を起こしていくことに。 最初の穴に入ってすぐ、怜となりなの会話が竜哉の耳に届いた。 「怜、暗いから気をつけて」 「うわ、ほんと暗い。あれ? なんかむにゅ、て…」 「きゃんっ! 怜っ、だめっ」 わんわんっ、と成の声。 竜哉は思わず、かく、となり、上からハッドの笑い声が聞こえた。 彼らが異変に気づいたのはそれから15分後、ハッドが真名の通った直後の地を掘り返した時で、それは統真が森で崩震脚を使った数分後だった。 ――― チチッ 真名の耳に小さな声が聞こえる。それは聴覚を使っていたなりなの耳にも。 『鼠っ』 真名がそう思った途端、途方もない数の集団が一気に来た。 「な、なんて数っ! 紅印っ!」 真名が紅印と同化を解いた途端、呪声で応戦していた鶴祇が小さく声をあげて本能的に腕で顔を庇う。その理由は真名にもすぐわかった。体に伝わる熱と痺れ。暗殺鼠がいる。 に、してもこの数。鼠で窒息しそうだ。 「抜け穴に退避! 紅印! 九尾炎!」 九尾炎で穴が崩れるだろうか。後退して抜け穴まで約20m。そこまでも既に鼠がうごめく。鶴祇が動いた気配を感じて真名も移動を開始した。 そして怜となりなの側。 彼らは抜け穴からさらに遠かった。 「怜! 行って! …っ!」 忍刀を振りかざし叫んだなりなの背を暗殺鼠の火炎が掠める。 「なりな!」 怜が叫んだ途端、彼女と怜の間の壁が崩れた。なりなは土の向こう側だ。 「成! ハッドに伝えて! 走れ!」 怜の声に成は抜け穴に向かって走った。 「姫様っ!」 トゥリーがレナを庇って地に伏せた。溢れ出る人喰鼠は銃では応戦しきれない。執拗にまとわりつかれ、中に暗殺鼠がいる。 「トゥリー!」 レナが叫んでいるのが統真の耳に届くが彼は動けない。 目の前に巨大な熊、狼。そしてぐるりと彼を囲む無数のケモノ達。 雪白がレナ達を助けに行こうとするが、行く手を狼が遮る。 統真は今にも襲いかかろうとせんばかりに殺気を漲らせる相手を睨みつけた。 「森、蝕ム者共、死スガ良イ」 目の前に来た鼠を踏み潰し、狼が言った。 その時、頭上から雄叫びが聞こえた。龍だ。 木々をなぎ倒してハル・アンバルがレナとトゥリーを掴み取る。そしてアグニの姿。 ドゥヴェの鏡弦が察知したのだ。彼女は素早くハル・アンバルの背に移り、一気に空にあがった。 ケモノ達に殺気が立つ。 飛びかかる一匹の狼を統真は身を翻して避けた。 「俺達は森を壊しに来たんじゃねえ!」 ――― ガウゥッ! うるさい! と言わんばかりに狼が吠えた。その間もわさわさと鼠達が溢れ出て、アグニが踏み潰している。 「イルファーン! 統真君のほうに近づいて!」 フレイアが叫んだ。近づいたと同時に彼女はアグニから地に降り、フマクトがフレイアの肩から飛び降りて前に出た。輪が解かれ、ケモノ達が驚いたように少し後退する。 「ヌシよ! 人語を解すなら分かるだろう! 我らは森を守るためにいるのだぞ」 「小狐ガ何ヲ。木ヲ倒シ地ヲ拓クガ森ノタメカ」 フマクトの声に狼が歯を剥いた。 「森を拓いているのは相棒達を呼ぶからだよ!」 雪白が言う。 「ボクらの仲間はきっと頑張るよ。翔馬とか忍犬とか一杯来るんだ。みんな生きてる。同じ仲間だよ」 雪白が主を傷つけないでというように無意識に統真の前に出た途端、一匹の狼が飛びかかって彼女を跳ね飛ばした。 「雪白!」 統真が急いで抱き上げる。フマクトが2人を庇うように前に出た。 「我らも大切なものが傷つくと怒るのだぞ!」 狼は鋭い目でフマクトを睨みつけたまま動かない。 膠着状態がこのまま続くかと思われた時、 ――― ガゥウウッ! 狼はふいに吠えた。一気にケモノの群れが動き出す。 来る! 身構えたが、彼らは皆を通り越して鼠を根こそぎ踏み潰しさらに走って行く。 何が起こったか分からず呆然としていると、残った狼が口を開いた。 「此度ハ見逃ス。小狐ト小娘ニ免ジ。ダガ、ヒトツダケ言ッテオク。オ前達ノ動キハ更ニ大キナモノヲ呼ビ寄セル」 「大きなもの…?」 統真は呟いた。 「如何ニ森ヲ守ルツモリカ見セロ。森ヲ危険ニ晒セバ、我ラニトッテオ前達ハ敵ダ」 そう言い残し、狼は森の奥に消えて行った。 「私達も早く!」 フレイアが叫んだ。 竜哉が真名を引き揚げる。ウィマラサース、二丁乱舞、ゼロショットで撃ちまくり、真名もダークガーデンと斬撃符を使うが、敵は数が多すぎた。 成の吠え声が響く。尋常じゃない。 真名が顔を振り向けた時、別の吠え声が聞こえた。 「何?」 顔を巡らせて真名は凍り付いた。無数のケモノの群れが見えたのだ。 「ハッド!」 怜の声。 「なりなが埋まったっ!」 嘘! 万事休す? 「いいえ、まだ! 紅印!」 再び紅印と同化しようとした真名は、走って来るアグニの姿を見た。 「ケモノを、攻撃するな!」 アグニに掴まる統真の声が聞こえる。 ――― ギャオゥゥゥ! ――― ガアァァッ! すさまじい騒ぎ。 狼が、熊が、猪が、一気に鼠を踏み潰し、噛み殺していく。 成が吠えてなりなの場所をハッドに知らせた。ハッドは数メートル離れた場所を掘り返す。穴が空いた途端成が飛び込み、溢れ出る鼠を姫鶴が掴み潰す。 「ふう」 傷だらけになったなりなが地上に。 「なりなっ」 怜が彼女を思わず抱きしめた。 やがて最後の鼠を踏み潰し、ケモノ達は波が引くように森に帰って行った。 「なんだったの、あれは…」 風に髪を煽られながら真名が呟く。 「森側に姿を現した。今回は味方をしてくれたみたいだけど、次に来るものから森を如何に守るか見せてもらう、だと」 統真が答えた。 「次に来るもの? 何が?」 竜哉が尋ねたが、彼は分からないというように首を振る。 「誰か術は使えぬか!」 ドゥヴェの声が聞こえた。 「トゥリーの傷が!」 彼女は血まみれのトゥリーを支えて叫んでいた。 トゥリーは拠点小屋でフレイアにレ・リカルを付与してもらい、小さな傷はドゥヴェが包帯を巻いた。なりなも傷だらけだったので同じく手当てを受ける。 少し顔色が良くなったリナトは身支度を整えていた。皆の帰りを確かめてから言われた通りにセシナの村に行くつもりだったのだろう。 「瘴気は消えたけど、全部を封じ込めたわけじゃないからな…」 統真は言う。 「前に猫又の話が出ていたけれど、先に呼ぶのはどうだろう。忍犬もいれば少しは安心できないか。世話が大変だろうか」 レナが言った。 「ケモノ達も相棒の言葉なら受け入れやすい気がしましたわ。いいかもしれませんわね…」 フレイアが答える。 「猫は任せろもふ」 イチゴーが口を開く。 「機嫌悪くなっても、傍に来たら良くなるもふ」 「もふもふにゃーごしてもらうとか?」 怜が言うと 「そうもふな」 イチゴーは澄まして答えた。 「それでも風信機設置か志体持ちの常駐を考えたほうがいいだろう。チカロフの騎士団候補を募るのもいいかもしれん。早いのはヴォルフの騎士団だろうが、どうだ?」 イルファーンがレナの顔を見る。 「ヴォルフとは連携をさせてもらうつもりだったから交渉しても構わないが…」 「ヴォルフ伯爵…今、寝込んでいらっしゃいます…」 言いかけたレナに白火が申し訳なさそうに言った。 「寝込んでる? なぜ」 「えと…いろいろ…怒っておられたし…弟も来ちゃったし…」 白火は俯いた。 「姫様、僕ら、この小屋に住んじゃだめですか?」 泣き出しそうな顔で白火は言う。なんだかこちらはややこしそうだ。 「白火、あとでヴォルフに行くわ。話はその時に。リナト、城から書類作りのための使者が来る。船の準備は其方に任せるわ」 レナは言った。統真が白火の頭にぽんと手を置いてやる。 「あとは…次に来るものだね」 なりなが言った。リナトが「まだ何か?」というように怯えた目を向ける。 「来るのを待っているわけにはいかない」 レナは皆の顔を見た。 「山のほうでフマクトが少し気配を感じました。もう一度調査しても良いかと」 フレイアが言う。 「じゃあ…工事は…周辺施設と屋敷の建設にかかってもらいます。…僕も早くこっちに来ないと」 リナトは呟いた。『僕も早くこっちに』は彼の口から出た言葉としては上出来だ。 「また…すぐ集まってもらうから頼むわね」 レナはふう、と息を吐いた。 「頑張ろう…」 彼女は小さく呟いた。その顔をリナトがじっと見つめていた。 |