【西の森】雪融け
マスター名:西尾厚哉
シナリオ形態: シリーズ
相棒
難易度: やや易
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/04/13 04:05



■オープニング本文

 カリカリカリカリ…

 一生懸命、書く。

「えっ…? 1の5で得た承認番号…」

 書類をめくる。
 …めくる。

「あった」

 読む。

「2の8で記入した項目を転記…」

 めくる。

「…停泊証明書…」

 バァン!
 机の上に置いていたもふらのぬいぐるみがぴょこんと跳ね上がった。

「はぁ…」

 レナ・マゼーパ(iz0102)は頬杖をついた。
 同じところをぐるぐる、ぐるぐる回っている気がする。
 先達て開拓者に木を伐採してもらっているから、村の者に拠点小屋を作ってと伝えた。
 もう間もなくできあがるだろう。
 見に行かないと。
 でも、書類も作らねば。
 とりあえず父に話をしてみたら、一部資金を早急に用意するから並行して計画を進めてみろと返事をもらった。
 でも、この書類の山は何よ。
 船を持つってこんなに大変なの?
 目の前のぬいぐるみの鼻を指でぱちんと弾いてみる。
 自分の鼻がむずむずして「はっくちょん!」とくしゃみをする。
 くすん、と鼻を鳴らして、また鼻血? とちょっとトラウマになっている。
 まさかもふらさまにアタックされて鼻血を出すはめになるとは。
 でも、なんだか分からないけど、リナトはちょっとしっかりしてくれたみたいだし?
 ま、いいか。

 リナトはレナがこちらに戻って暫くしてから紙束を持って姿を見せた。
『西の森相棒養成所牧場建設計画案』
 と、あまり美しくない文字で表題が書かれたその計画書は、こいつ本気出せばできるじゃないの、としみじみと思える出来栄えだった。
 開拓者達が作ってくれた地図を元に、具体的な道の計画と周辺施設の整備、森の木の伐採計画、牧草の管理云々。
 簡単な図面も引いて、初年度準備できないものは購入先の候補もあげて。
 今はまだ粗図面なので、現場の雪が融けて地面が見えてから測量せねばならないだろう。
 その前に必要人員の募集をかけて現場監督やら管理の人材やらを面接して、と言ったらリナトは青い顔をした。
「相棒達の世話をするだけなら志体の有無は考えなくてもいい。利益還元で村の人達の働き口として優先するのもいいだろう。…どうしても自分だけじゃ判断をつけられないというのなら、助っ人を頼むわ」
 そう言ったら、がっつりそれに飛びついてきた。
「お願いします! お願いします! ぜひともお願いします!」
 ぴき、とこめかみに青筋が浮かびそうになった。
 まあ…しかたないか…。
 少しずつしっかりしていってもらおう。
 …などと心の中で呟くが、リナトとレナはさほど年齢は変わらない。
 自分も実は途方もなく頼りないことには案外自分では気づかないもの。
 と、いうところで再び書類に目を落とし………
 かく、と突っ伏したところでカピトリーナの声がした。
「姫様、バレク様がお見えです」
「え?」
 顔をあげたら書類が一枚額にくっついた。


「もう大丈夫なの?」
 鬼に追われて凍死寸前だったところを開拓者達に助けてもらった幼馴染のバレク。
 少し…痩せたかな?
「一か月たつんだ。大丈夫過ぎるくらい大丈夫だよ」
 そう答えた笑顔は元気な時と同じでほっとする。
 彼はふとレナの額に手を伸ばす。
「何かついてるぞ? Sってなに? あ、Sじゃないか」
 あ。
 さっきくっついた書類の字だ。
 Sじゃなくてたぶん5。
 …って、そんなことはどうでもいい。
「今日はどうしたの?」
「見舞いに来ないからこっちから出向いて来た」
 思わず「あ」と口元に手をやる。
「ご、ごめんなさい…」
「冗談だよ」
 バレクは再び笑う。
「ん…」
 行こうと思えば見舞いくらいできただろう。
 どうして私は行かなかったんだろう…
 助け出した時、彼が口にした名前が思い出される。

『ニーナ』

 それは大事な、大事な親友の名だ。
 バレク自身はもちろん記憶にないだろう。
 あの瞬間、自分の傲慢さを知って妙に恥ずかしくなった。

『私は自分の名を呼ばれることが当然と思っていなかった…?』

「お…お茶を持って来させるわ。こっちに座って?」
 記憶を振り払うように机から立ち上がり、レナはお菓子のテーブルに向かおうとした。
「レナ、いいよ、すぐ戻るから。伝えたいことがあったんだ」
「なに?」
 そう答えて振り向いたあとの出来事は、彼女を混乱に陥れた。


「姫様、大丈夫ですか」
 親衛隊隊長のトゥリーは床に散乱する書類に目を丸くした。
 カピトリーナに
「姫様がちょっと変なんですぅ〜〜」
 と言われてレナの部屋に来たのだが…。
「ん。大丈夫。分からなくてイラッときて撒き散らした」
 書類の真ん中で胡坐を組んでレナは答えた。
「姫様…」
 トゥリーは息を吐き、身を屈めてはだけてしまった姫のドレスの裾を直す。
「…分からないのよ」
 レナはトゥリーに訴えた。
「書類でございますか?」
「いろいろ」
 トゥリーはレナの顔をまじまじと見た。困惑の色が見てとれる。
「姫様、少しお疲れでは。ベルイフに行くのは延期なさってはいかがですか」
 そう言うとレナはふるふるとかぶりを振る。
「では我らのうち誰かをお連れください」
 やはりレナは首を振る。
「ハルで行くから」
 そう言いながら立ち上がり、書類に滑ってつんのめったのをトゥリーに支えられる。
「リナトが面接をする。私も行かなくては。イチゴーに話もしておきたいし…。アヤカシ共が養成所牧場ができるまでおとなしくしてるなんて保証はないのよ…」
 レナは言うが、トゥリーは心の中でうーんと唸る。
 おかしい。
 絶対おかしい。
 何かあったのか?
 でも、聞いても姫は答えてはくださらないのだろうな…
 無理矢理止めてもへそを曲げそうだし。
 何か変、と分かっていて知らん顔するのもいけないような気もするし。
 とりあえずこっそりついていって、開拓者に注意を願うか。

 と、いうので彼女は部隊のメンツが揃う部屋に戻る。
「ええと、龍を扱える者は…」
 ハイハイ、と、ほぼ全員が手をあげる。
 む。そうだった。
「隠密で動ける者は」
 再びハイハイとほぼ全員。
 もう、誰でもいいか。
「じゃ、ヴォースィ。行って」
 えー、と他の親衛隊員から不満の声が沸き起こる。
「前のようにお怪我をなさらないように。此度の姫様は特に注意力が散漫でいらっしゃる。お前は姿を見せて姫様のお傍にはつけぬから、開拓者にくれぐれも留意を願うよう」
「お任せを」
 ヴォースィは得意そうに答えた。


■参加者一覧
酒々井 統真(ia0893
19歳・男・泰
叢雲・なりな(ia7729
13歳・女・シ
リューリャ・ドラッケン(ia8037
22歳・男・騎
フレイア(ib0257
28歳・女・魔
ハッド(ib0295
17歳・男・騎
叢雲 怜(ib5488
10歳・男・砲
クロウ・カルガギラ(ib6817
19歳・男・砂
イルファーン・ラナウト(ic0742
32歳・男・砲


■リプレイ本文

「できた!」
 リナトがメモを掲げて叫んだ。
 真新しい暖炉の前で、イチゴーがふわああっと欠伸をする。
「うん、頑張れよ」
 酒々井 統真(ia0893)が、にっと笑ってリナトを見た。
「えっ…」
 リナトは口を開いたまま固まる。
「俺達はあくまで補助でお目付け役だからな。面接するのはお前だ」
「う…」
「最初から完璧を目指さんでもいい。とにかく恐れずハッタリでもいいからドンと構えとけ。不安げにしてると下の奴ぁついて来ねえぞ」
 イルファーン・ラナウト(ic0742)に背を軽く叩かれてリナトはこくこくと頷き、手元のメモを睨みつけた。

『相棒世話役チーフには酪農経験者』
 竜哉(ia8037)とフレイア(ib0257)が言ってくれたことだ。
「経験者がひとりでもいれば、組んで仕事をすることでスキルアップが図れます」
「現場監理者には近隣の村に顔が利くという者、というのも大切だ。近隣の村から作業員を雇えれば村の収入にもなるし、自領での牧場への意識も高まる」
 2人の顔を交互に見てリナトは必死の形相でメモを書いた。
「良さそうな人が来りゃ、全体運営の管理責任者を早いうちに採用しといたほうがいいぞ」
 と、統真。
 リナト自身に報告をあげ、指示を受ける立場の人間だ。頂点に立つ位置になるから序盤からの導入が望ましいだろう。
 なりな(ia7729)は『相棒の世話をするならやっぱり世話好きな人』と話した。
「あと、龍とか強面の相棒を相手にするかもしれないから、怖がらない人がいいよ」
『作業する人達の食事や洗濯や掃除を担う人がいると仕事に専念できる』
 という提案は叢雲 怜(ib5488)。
 実際に牧場が稼働し始めて一般人の出入りが多くなったら警護で志体持ちの導入や緊急時用の連絡方法なども整備しとけ、とイルファーンは伝える。
 レナ・マゼーパ(iz0102)はぽんとリナトに「面接しろ」と投げたが、彼女だってこうしたことは気づかずにいたはずだ。
 そしてそろそろ最初の面接者がやってくる頃。
 白火がイチゴーを揺さぶった。
「イチゴー、僕たち外に行こう。邪魔になるよ」
 途端にイチゴーの目がじとりと細められる。
「いやだもふ。寒いもふ。おい領主、もふら舎にも暖炉作れもふ」
「うわっ!」
 白火大慌て。
「暖炉いるの?」
 リナトが慌てて書類を引っ掻き回す。
「そういや…桃火は留守番か?」
 統真がふと気づく。静かだなと思ってはいたが。
「桃はヴォルフ伯爵に邪魔だって怒られて。にぃは桃をなだめてます」
「温厚なお人のように聞いておったがめずらしいのう? …で…レナんが来んな…」
 ハッド(ib0295)が窓の外に目を向けた。
 同じく外に目を向けたクロウ・カルガギラ(ib6817)はちらりと黒い影を見た。

 クロウは外に出て周囲に目を凝らす。確かに人の姿が見えた気がしたのに。
 そして小屋の裏手で龍を林のほうに飛ばす親衛隊の姿を見つけた。
「こんにちは」
 その声に彼女は振り向く。
「開拓者? …クロウ…かな」
「よく分かりましたね」
「ドゥヴェが話してくれた。青く優しい瞳で笑う青年だと」
 彼女は近づいて包みを差し出す。なに? とクロウは彼女の顔を見た。
「姫様は朝からぼうっとして書類をお忘れに。抱きかかえたのはもふらのぬいぐるみだ。既に森に行かれた」
 ハッドが後ろから近づき、クロウと顔を見合わせた。
「とにかくご様子がおかしい。すまないがよくよく注意をしていただけるか。私は拒否されたので姿は見せられぬ。聴覚を使うから、何かあればお呼びを」
「任せといてください」
 包みを受け取ってクロウは笑みを見せた。それを確認して彼女は踵を返す。
「あの」
 その背にクロウは慌てて声をかける。
「保天衣、良かったら。外でじっとしてるのも大変でしょう? ええと…」
「私はヴォ―スィ。慣れているから心配ない。ただ、次にドゥヴェが来た時、そうした言葉をかけてやって。彼女は喜ぶよ」
 ヴォ―スィはちらと笑って背を向けた。
「汝、親衛隊のお気にかの?」
 ハッドが笑ってクロウを見た。
「さあ? どうだろ」
 ヴォ―スィ…八番目のお姉さん…八っぁんか。
 心の中で呟いて、クロウはくすりと笑った。

「ひとりで森に?」
 統真はヴォ―スィからの伝言を聞いて目を丸くする。
「ぬいぐるみだけ抱いてね」
 クロウは預かった包みからリナトの計画書を取り出した。たぶん、これがないと何もできない。
「我輩が持って行こう」
 ハッドが受け取る。
「俺もなりなと行くんだぜよ」
 怜となりなが頷き合った。
「アヴァ、お前レナの傍にいろ。何かあったらすぐ呼びに来い。俺達もあとで行く」
 主人の指示にアヴァターラは待ってましたとばかりに嬉しそうにこくこくと頷いた。
 ばたばたと慌ただしく動く中で小屋の扉が開く。
「あのー…面接に…」
「いらっしゃいませー!」
 リナトが素っ頓狂な声で叫ぶ。
 ちょっと違うが面接が開始された。


「お姉ちゃーん!」
 レナはひとりでぽつんと森を見つめていた。近くにヴォースィがいるとはいえ、なんとも無防備だ。
 怜の声に振り向く。姫鶴に乗った怜となりな、アヴァ、てつくず弐号。
「ほれ、これがないといかんだろう」
 ハッドが計画書を差し出す。
「あれ?」
 レナは首を傾げるが理解できていない。
「ええと…たぶん実際は図面通りにはいかない。これを見て境界で残す木と伐採する木を選別してくれる? 伐れる木は少し切ってしまって」
「お安い御用じゃ。借りるぞ?」
 ハッドは図面を持ち、再びてつくず弐号に乗り込む。
 それを見送ってレナは怜の横に立つ少女に目を向けた。
「なりなだよ、お姉ちゃん」
 怜が紹介する。なりなはぺこんとお辞儀をした。
「怜がいつもお世話になってます」
「?」
「あ、えとね、なりなね、俺の大事な人なの。今回は一緒で嬉しいの」
 レナは2人を交互に見る。
「結婚…するの?」
「え? あ、うん、将来ね」
 レナの手からぬいぐるみがぽてんと落ちた。アヴァが慌てて拾い上げる。
「お姉ちゃん? えと…僕らも行って来るね?」
 怜が心配そうにレナの顔を見る。
「あ、うん…」
「あたし、聴覚使うから、何かあったら呼んでくださいね」
 なりなは同時に時折拠点小屋の様子にも注意を払うだろう。リナトが逃げ出せばすぐに分かる。
「姫様、俺、焚火作る? 寒い寒い?」
 アヴァがぬいぐるみを抱いたまま見上げた。
「うん…」
 レナはどこか上の空で答えたのだった。


「もふらさまが見てる…」
 面接希望の青年が呟いた。
 確かにじーっと「モフラサマガミテル」
「気にせずどうぞお座りを」
 クロウが笑って促し、竜哉がそっとリナトの腕を突いた。
「え、えと…おお、お名前と…き、希望職種を…」
 リナトの額に汗が浮かんでいるのを見て、雪白が下からそっとハンカチをテーブルに置く。
「リーちゃん、頑張って」
 奥方が小さくエール。今日は流石にイチゴーに近づかない。
 がくがくぶるぶるのリナトを見守りつつ面接は進んでいくが、こいつどんな募集をかけたんだ? と疑いたくなるほどいろんなのが来る。
「八番、アントン、歌いますっ!」
「いや、歌は別に…あの…」
「夫が…数日…帰ってきません…たぶんあの女のところだわ…うっ…」
「あの…また別の日に…」
「酒樽は3つ、パイは7つは軽いっすね!」
「…」
「領主様ぁん、うふん」
 リナトはがたーん、と後ろにひっくり返る。
「お召し物はそのままで。どうぞお引き取りを」
 フレイアが微笑みを浮かべながらずいと姿を現し追い払う。
「リナト、今日、何人来る予定なんだ?」
 クロウが助け起こして尋ねる。
「…ヴォルフ伯爵とバレク殿が声かけしてくださったからすごく来るかも…」
「確かに」
 イルファーンは窓の外に目を向け、ずらりと並んだ行列を見て呟いた。
「ち、ちょっと用を足しに…」
 リナトはふらふらと立ち上がった。念のため統真が後につく。
 じーっと待つがリナトはなかなか出て来ない。
「リナト、おい」
 統真がドアを叩いた。まさか? と思うが、トイレの窓から逃げるのは至難の技。
 がちゃりと開いたドアから顔を覗かせたリナトはどんよりした目を統真に向けた。
「…出ない…」
「え…」
「なんも、出ない」
 涙目。
「…ちょっと休憩いたしましょう」
 テーブルの上の全く手つかずのリナトのカップを見てフレイアが言った。

 休憩の間にクロウは森に向かった。
 レナは焚火の傍にアヴァと並んで座っている。
 プラティンの背でそれを確かめ、すぐに怜の姿に気づく。
「あ、クロウ! 見て見て!」
 怜が指差す先を見ると、下でなりなが手を振っていた。その足元に無数の白い花。
 忍犬の成がわんわんと吠えている。
「成が見つけたみたい。お姉ちゃんに摘んであげようかと思ったけど、なりながハッドに掬ってもらおうよって」
「スノードロップか…」
「工事で掘り返すの、もったいないんだぜよ。拠点小屋の前に植えてみるよ」
「それ、いいかも」
 そんなことは露知らず、レナは座り続けている。
 横でアヴァが欠伸をした。焚火があったかいのと手元のぬいぐるみで眠気に襲われる。
 重い頭がぐらあっと後ろに倒れかけて、誰かに支えられた。竜哉だ。
 竜哉は「とりあえず開いているだけ」のレナの手元の計画書に目を向ける。
 ここに来る前、見回りをしてヴォ―スィにも会ったが、聞いた通りレナは変な雰囲気だ。彼が直ぐ傍にいることも気づいていない。
 竜哉は樹糖を取り出し、レナの手に握らせてやった。
「あ…」
 レナは樹糖を見て声を漏らす。
「姫様、他の書類、拝見して分類分けしても?」
「やってくれるの?…」
 すがりつくような視線に竜哉は頷く。こりゃ、相当追い詰められてる?
「面接はどう? 後で行くわ」
「皆がついていますから。何とかなりますよ」
 レナは小さく頷く。
 竜哉はその横顔を暫く見つめたあと、『寝るなよ』というようにぽんぽんとアヴァの頭を叩いて立ち上がった。
「光鷹、周囲の警戒を。何かあれば知らせろ」
 迅鷹の光鷹はピイと啼いて空に舞い上がった。
 

 再び面接会場。
 リナトの緊張もそろそろ限界。
 レナが一度ふらふらと様子を見にやってきたが、何にもできずにまたふらふらと森に戻って行った。
 あっちもこっちも大丈夫か、という不安が高まっていたが、40人目の面接者で空気が変わる。
「家は牧場です。兄貴が結婚して継ぐことになったんで、俺はよそで勉強したくて来ました」
 経験もある。若くて体力もある。何よりこの土地の者だ。彼は即採用となり、その後、42人目に少し強面だが力仕事は任せろ、という大男も採用した。
 そして、貴族家に奉公経験があるという女性陣が続き、龍の世話をしたことがある、というラデクという男はヴォルフ伯爵の勧めで来たと言った。
「引退を考えておりましたが、まだ20年はいけるだろうと勧められまして。相棒について若手を育てるお助けになれば…」
 有難い話だった。
 次のひょろりとした若い男は少し頼りなげだったが、開拓地計画に携わったことがあると言った。
「あと…50人くらいかな」
 統真が窓の外を見て言った。日が傾くと気温も下がる。レナも気になる。早いうちに済ませたいところだが…。
「リナト様、ちょっと腕を伸ばして深呼吸なさいませ」
 ラデクがリナトに声をかけていた。
「甘い物、お持ちしております。少しお食べになりません? 元気が出ます」
「奥様はあちらのお部屋で少し横になられたほうが。お腹に障ります」
 採用になった女性陣が早速てきぱきと動いている。
「リナト様、名前分からないんですけど、開拓地計画で一緒だった人が列の後ろに」
 若い男が言う。
「暖炉の薪、持ってきときますかね」
 大男。
 あれよあれよという間に連携していっている。さすが村人。
 残りの面接は彼らとリナトで担ったほうが良いような気がする。
「ラデクさん」
 フレイアが声をかけた。
「あとはお任せしてもよろしいかしら。姫様の様子を見て参ります」
「承知しました。雪が緩くなっておりますから、山のほうには近づかれませんように」
 ラデクは温厚そうな笑みで答えた。
 何となく分かる。たぶん、この人がリナトの一番近くで彼をサポートしていくだろう。
 リナトをバックアップして皆が楽しく仕事ができる環境づくりを、というのがフレイアの願いだった。
 統真に目を向けると、彼もうんと頷いた。
 きっと、このメンバーならうまくやっていってくれるだろう。
「雪白、俺達行くからリナトの様子見ててやってくれ。もう大丈夫だと思うけど」
 統真は雪白にそっと伝える。
「分かったよ。山、気をつけてね」
 雪白は答えた。


 レナはやっぱり焚火の前に座っていた。
 日の当たる場所は雪も疎らになっているが風はまだ冷たい。
 統真が湯を入れた鍋を焚火にかけ、桜の花湯を作ってレナに差し出した。
「ちょっと休憩しろや」
 ほわりとした花の香りにレナが顔を向けた。
「面接は?」
「いい人が決まりそうだぜ。任せてこっち来た。フレイアはフマクト連れて森に入った。ハッドに聞きながら境界にストーンウオール立てるってさ。竜哉は周囲の見回りに行ってる。2人共すぐ来る」
 統真はイルファーンとアヴァにも花湯を渡して腰を下ろした。
「…今日は何だかだめだわ、私…」
 レナは呟く。
「そういう時もあるさ」
 統真は答える。
「書類も全然できあがらない」
「竜哉が纏めてたぞ」
 イルファーンが花湯をすすって言った。
「かなりややこしいみたいだが、お前がひとりでやるより小豆か城の文官に書類作るコツでも教わったらどうだ。案外リナトも得意じゃねえのか?」
「…えっ…? 文官?」
 レナがぴたりと動きを止めた。
「ヴォロジン…!」
 いきなり叫ぶので花湯が零れそうになってひやりとする。
「私って馬鹿だわ! ヴォロジンに頼めば書士の部下が山ほどいるじゃないの!」
 統真とイルファーンは顔を見合わせた。
「会ってないか? 城の行事予定やいろいろ面倒臭い書類は彼の元に全部集まる」
「ん…わかんねえけど、ちょっと元気出たみたいだな。書類の件がオーライなら大丈夫そうか?」
 統真は笑った。
「…すまない、迷惑かけてたか?」
「迷惑なんかねえよ。でも、何か懸念があるなら、聞くだけ聞こうと思ってた。先ぁ長いし専念できたほうがいいだろ?」
「でも…」
 レナは躊躇し、統真の顔を見る。
「仕事のことじゃない…」
 いいよ、カモン、というように統真は笑みを浮かべてみせる。
「何から話したらいいのか分からない…」
 統真はうんと頷く。レナは考え込み、そして口を開く。
「…ニーナに赤ちゃんができて、バレクにキスされた」
 イルファーンがぶわっと花湯を吹いた。
 統真は予想外な言葉に相槌も打てない。
 その視界の隅にフレイアの姿が見えた。
 グッドタイミング。お帰りフレイア、ナイス、フレイア!
「あら、桜の花湯」
 フレイアは顔をほころばせた。統真は早速カップを渡す。
「アンド、キャンディ!」
 差し出したキャンディボックスからキャンディをひとつさっと咥えてフマクトが宝珠に入る。
「あ、もう…。ごめんなさいね」
「いいってこと」
「樹齢があまりにもある木は一部切ることにしましたわ。もったいないですけど。もうすぐみんな作業終えて来ますわよ」
 フレイアは優雅に腰をおろし、そしてふと皆の顔を見る。
「どうかなさいました?」
「えーと…」
 統真が口篭る。ホントに何をどう言えばいいかわかんねえ。そりゃ、レナは混乱するわ。
「ニーナがバレクと結婚する」
 レナは言った。フレイアは「あら」と声を漏らす。
「ニーナ、2か月」
「そうですの?」
 フレイアはキャンディを口に入れる。彼女の形の良い唇をレナはじーっと見つめた。
「結婚するのにどうしてキスする?」
「え…? どなたに?」
「私に」
「……」
「姫様、バレクを成敗いたしましょう」
 いつの間にかヴォ―スィが背後に銃を構えて近づいてきたので、統真が慌てて彼女を地面に押さえ込み、フレイアが身を移動させる。
「今のフレイア?」
「冗談ですわ」
 ほほほ、とフレイアは笑う。
 が、反対側でイルファーンも「うぬ」と銃を握っている。
 統真は『早くあっちに』とヴォ―スィに合図を送り、イルファーンにも『銃、銃ッ!』と目くばせする。
 レナは「すん」と鼻をすすった。
「いつかはこうなると分かっていたし、ニーナに赤ちゃんができたのも嬉しい。…でも…私は…心のどこかでずーっと自分が一番だと思ってたみたいだ…」
「…」
「開拓者のみんなにも一番に思ってもらいたいのかも。そして二番目三番目になった時…どうしたらいいかわからなくなる。でも、どうしてキスなの? …初めてだったのに…」

――― ズドーン…ッ

「銃声?」
 レナが顔を巡らせる。
「だ、誰か猟でもしてるんだろ」
 統真が答える。きっとヴォ―スィが暴れてる。
 その時、光鷹の声がした。
「何?」
 皆で空を見上げる。続き、微かな地鳴り。それはだんだん大きくなった。
「雪崩…」
 森を囲む山の雪だ。レナがはっとして立ち上がる。
「ハッド! …怜となりなも! 今、誰が森に? クロウは!? 竜哉!」
 駆け寄ろうとするレナを統真が慌てて止めた。
「レナん、こっちじゃこっち」
 後ろから声がした。てつくず弐号と姫鶴に乗った怜となりな、プラティンとクロウ。竜哉の肩にはちょうど光鷹が止まるところだった。
「すぐ必要な工事が始められるよう、木を積んできた」
 ハッドが顔を覗かせて手を振った。
「雪融けじゃな。もう春はすぐそこじゃ」
「お姉ちゃん、拠点小屋に行ってみて?」
 怜が言った。


 拠点小屋の前にはスノードロップが咲いていた。
 ハッドがすくって持って来たものを面接に来ていた人達が植え込んだ。
 白火が踏み散らされないよう縁石を並べ、イチゴーがくんくんと匂いを嗅いでいる。
「うまくいけば来年も再来年も咲くよ」
 怜が言った。
「レナん、毎年スノードロップのように増えると良いな。レナんにとっての一番が。好きという気持ちも幼馴染という関係も複雑ではあるがひとつひとつが大切で、レナんを作ってきた思いじゃろう」
 あれ? ハッド知ってる? という顔の統真に、なりながこそりと「聴覚です」と耳打ちした。
「キスなぞいくらでも上書きすれば良いのじゃ。お望みとあれば我輩が…もぐ…」
「あら、良い匂いですわ、お食事かしら?」
 フレイアがハッドの口にキャンディを放り込んで小屋に入る。
 レナはスノードロップに触れた。
「来年は二番目の花が咲くのね」
「そうだよ、それがその年の一番目」
 怜がにこりと笑った。
「ありがとう、怜。なりなとずっと仲良くね。私はみんなが一番よ…」
 レナは少し潤んだ目で言った。


 イルファーンはひとり外でスノードロップを見つめていた。
 微かに露を含んだ白い色は、レナの銀髪に似ている。
 レナは寂しいんだろう。近しいのはニーナとバレクくらいだった。みんなもたぶんそれが分かってる。
 それでも俺は…やっぱり慰めてやることができねえ。
 俺ぁいったい、どうするつもりなんだ…
 考え込んでいると、ふいに小屋の扉が開いた。レナだ。
「ぬいぐるみ、忘れた!」
「アヴァに言え。あいつが抱いてただろう」
 イルファーンは答えたが、アヴァは顔を覗かせ口をもぐもぐさせて
「お前が行け」
 主人に命令するか? この南瓜!
「姫様、光鷹に行かせます」
 竜哉の声に光鷹が飛び立ち、彼は「じゃ」というようにぱたりとドアを閉める。
 レナは空を見上げた。
 光鷹はすぐに戻り、高いところからぬいぐるみを落としたのでイルファーンが受け止めてレナに差し出した。
「ぬいぐるみ、そんなに大事か?」
 ぬいぐるみを受けとるレナの細い指先がイルファーンの指に届く。
「スノードロップのひとつよ。全部一番」
 イルファーンは無言で彼女の顔を見た。
「でも、キスの順番はあったの。…私には」
「…」
 ちょっと泣き出しそうな顔をちらりと残してレナは足早に小屋に戻って行った。