【黒狗の森】受難の森
マスター名:猫又ものと
シナリオ形態: シリーズ
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/09/17 16:30



■オープニング本文

前回のリプレイを見る


●約束の時
 石鏡の国。その南東側。
 珠里(たまざと)という村の近くに、大きな黒い狗が棲む森がある。

 珠里に、両親と共に住むその少女は、『友達』と会えるその時を、今か今かと待ち望んでいた。
 毎月、満月の日になるとその友達に会える。
 月に一度の約束――今日は、その満月の日。
 大きくて、真っ黒い毛並の優しい友達。
 ずっとその子の名前を考えているけれど、良いのが思いつかない。
 どうしようかな。何がいいかな……。

 何度目かの逢瀬。
 ――しかし。今日はいつもと様子が違っていた。

「……黒狗? どうしたの?」
 現れたのは、首にお守りをつけた黒狗。いつもの子だ。
 だが、何だか息が荒くて――。
「大丈夫?」
 もう一度、友達に呼びかけた紗代。
 黒狗は、少女の方を見ると安心したかのように溜息をつき。
 そして、ぐらりと身体が揺れて、そのまま倒れ込んだ。
「黒狗!? しっかりして……!」
「クゥ……」
 黒狗に駆け寄る紗代。
 それに返事をするが、呼吸は荒くて苦しそうで……そして、彼が咥えているのは枯れた花。
 良く見ると、それは紗代が良く知っている花……。
「これ、雫草……? 一体何があったの?」
 黒狗の身体にすがりついて問いかける紗代。
 犬は、目を閉じたまま何も答えない。

 ――何か、森に良くないことが起きている。
 幼い紗代にも、それだけは分かる。
 どうしよう……。

 考え込む紗代の視界をふと何かが過ぎって、反射的に顔を上げる。
 ――そこにいたのは、小さなヒト。
 月明かりの下、ふわふわと、静かに飛び去って行く。

「……何、あれ」
 ――ううん。今はそれどころじゃない。
 とにかくこの子を助けなきゃ……!
 でも、どうしたらいいんだろう。
 病気か怪我かも分からないし……。
 ――そうだ! お兄ちゃん達ならきっと、この子を助けてくれるはず!
「黒狗、待ってて。今お兄ちゃん達呼んでくるから!」
 勢いよく立ち上がった紗代。
 黒狗の大きな身体を大急ぎで草で隠すと、脇目も振らずに駆け出した。


●受難の森
「お兄ちゃん、お姉ちゃん! お願い、黒狗を助けて!」
 開拓者ギルドに飛び込んでくるなり、叫んだ少女。
「……紗代じゃないか。久しぶりだな。どうした?」
「何があったんですか……?」
 聞き覚えのある声。知っている開拓者の顔に安堵の表情を浮かべた紗代は、途端にぼろぼろと涙をこぼす。
「あの、あのね。黒狗が大変なの。雫草が枯れてて……」
「紗代、大丈夫なのだ。落ち着いて話すのだ」
 彼女を落ち着かせるように頭を撫でる開拓者。
 紗代はその声にコクリと頷くと、目をゴシゴシと拭って続ける。
「あのね。満月の日……約束の日だから、名前を考えながら、黒狗に会いに行ったの。そうしたら、黒狗が倒れちゃって……すごく苦しそうなの」
「うん、それで?」
「あとね……黒狗が持ってきてくれた、雫草も枯れてたの。今までそんなこと、一度もなかったのに……」
 つかえながらも、一生懸命語る紗代。
 彼女の背をさすりながら、開拓者達は顔を見合わせる。
 ――黒狗の具合が悪くなり、雫草が枯れている。
 森に、何か異変が起きているのだろうか?
 もしそうだとしたら……。
 黒狗は、森の中で群れで生活している。
 具合が悪くなっているのは、紗代が会った一匹だけでは済まないかもしれない……。
「そうですか……。具合が悪いということでしたら……急いだ方がよさそうですね……」
「うん。お願い。このままじゃ、あの子死んじゃうかもしれない。そんなのヤダよ……」
「紗代ちゃん。大丈夫だよ。俺達が一緒に行くからさ。もう泣かないで」
「……モタモタしてる場合じゃないな。よし、急ぐぞ!」
「分かりました」
 再び涙を流す紗代を励まして、開拓者達は急いで出立の準備をするのだった。


■参加者一覧
ヘラルディア(ia0397
18歳・女・巫
ルーンワース(ib0092
20歳・男・魔
フィン・ファルスト(ib0979
19歳・女・騎
幻夢桜 獅門(ib9798
20歳・男・武
獅子ヶ谷 仁(ib9818
20歳・男・武
輝羽・零次(ic0300
17歳・男・泰
兎隹(ic0617
14歳・女・砲
黒憐(ic0798
12歳・女・騎


■リプレイ本文

「おい、大丈夫か? しっかりしろ」
 草の間から見える黒い毛並。輝羽・零次(ic0300)が草をかき分けると、黒狗の大きな身体が横たわっている。
 呼びかけに応えるように、顔を上げようとした黒狗を、獅子ヶ谷 仁(ib9818)が制止する。
「無理して動かなくていいよ。……もう大丈夫だからな」
 紗代がギルドに現れてから、大急ぎで用意、手配などを済ませた開拓者達。
 開拓者達が道を覚えていた事、そしてフィン・ファルスト(ib0979)が紗代を背負って走った為、思いの他早く黒狗の元に辿り着く事が出来ていた。
「ごめんね、お姉ちゃん。紗代重かったでしょ」
「ぜーんぜん。あ、危ないからちょーっと避けて貰っていいかな?」
 紗代ににっこり笑顔を向けたフィン。
 どこからか倒木を見つけて来て、次々とへし折って薪を作って行く。
「焚火はこれで大丈夫であるな。……黒憐殿、そっちを持って戴いて良いであろうか?」
「分かりました……」
 テキパキと敷布を広げる兎隹(ic0617)と黒憐(ic0798)。
 兎隹の指示の元、弱った黒狗を介抱する為の場が、着々と出来上がって行く。
「よし、黒狗を移動させよう」
「そーっと行くよ。仁、そっち持って」
 黒狗の大きな身体を、幻夢桜 獅門(ib9798)とルーンワース(ib0092)、仁が三人がかりで抱え上げ、そっと敷布の上に横たえ……ヘラルディア(ia0397)が黒狗の顔を覗きこむ。
「これから治療させて貰いますね」
「その前に君の身体を見せて貰っていいかな」
 続いて声をかけるルーンワース。
 開拓者達を覚えていたのか、黒狗の目は穏やかなまま。
 それを肯定と受け取った2人は、じっと彼の身体を見つめる。
 どこかに怪我はないか、不自然な痕跡はないか……。
 術での治療を行うと、そういった外傷は全て消えてしまう。
 その為、どうしても先に調べる必要があったのだ。
「……水だぞ。飲めるか? 兎隹が食事も用意してくれた。食べられるようなら食べなさい」
 黒狗の鼻先まで水を持って行く獅門。
 がぶがぶと水を飲み始めた黒狗に、黒憐は安堵の溜息を漏らす。
「そういえば……黒狗さんは……森の中に沢山棲んでいるのでしょうか……」
 黒狗の家族の事を考えて、頭の中がうっかりもふもふ祭りになった彼女。
 想像を払うように頭をぷるぷる振ると、徐に『○』と『×』の描かれた手札を差し出す。
「……いいですか。これから……憐達がいくつか質問をします……。身体が辛かったり……苦しいようなら……無理はしないで下さい。……分かりましたか?」
「手を動かすのが辛かったら、尻尾を振るんでもいいからな」
 黒憐と獅門の言葉に、ゆっくりとではあるが『○』の木札を指差す黒狗。
 診察と同時に、黒狗への聞き取りが進められて行く。
「うーん。呼吸と脈拍が荒いけど、熱はないな……。風邪とかの類じゃなさそうだ」
 黒狗の身体をあちこち触って難しい顔をしていた仁に、ルーンワースも頷き返す。
「外傷らしきものも見当たらないね」
「呪術をかけられている様子もありません」
 目に精霊力を集中させていたヘラルディアの言葉に、仁は首を傾げる。
「病気でもない。怪我でも呪いでもないとすると……毒、かな?」
「その可能性もありますね。念のため、解毒を試みますね」
 跪き、黒狗に触れ目を閉じるヘラルディア。黒狗の身体が微かな光に包まれる――。
「……黒狗、大丈夫かな」
「大丈夫。俺達がなんとかしてやるから。な?」
 心配そうな紗代を宥めて、その手を握る零次。
 兎隹も少女の頭を優しく撫でる。
「きっと、黒狗殿は紗代を信用して頼ってきたのであろうな」
「そうなの?」
「うむ。野生の動物は、具合が悪い時は隠れると言うぞ。紗代には具合が悪いところを見せても大丈夫だと思ったから、出て来たのだと思う」
 ――もしかしたら。黒狗は、森で起きている異変を伝えに来てくれたのかもしれない。
 人間が知らずに踏み入り、危険な目に遭わぬようにと。
 彼が、命を賭してここまで来たのであれば。
 人として。黒狗の誠意に応えなければいけないと思う。
 続いた兎隹の呟きに、頷く零次。思い出したように顔を上げる。
「なあ、紗代。こいつがここに現れた時、もう具合が悪かったんだよな? 他に何か気付いた事とかなかったか?」
「んーとね。雫草が枯れてたのと……あ! 小さいヒトがいたの!」
「は? 何だそりゃ」
「嘘じゃないよ! ふわふわ浮いてたの」
「大丈夫、紗代ちゃんが嘘を言うとは思ってないよ。……その小さいヒトに、羽はあったかい?」
 治療を他の者に任せ、戻ってきたルーンワースの問いに、紗代は暫く考えた後、ふるふると首を横に振る。

 羽がない、ふわふわと飛ぶ小さいヒト。
 形状から行くと、アヤカシか、さもなくば――。

「黒狗さんの……聞き取りが、終わりました……」
「森にいる黒狗は10匹で、ここから南に行った所に棲んでいるらしいな」
 黒狗から聞き出した内容を報告する黒憐と獅門。
 淡々と簡単に話しているが、『はい』か『いいえ』でしか意思の疎通が図れない為、聞き取りには相当の工夫と根気が必要だった。
「10匹か……結構多いな」
「群れで生活をしているという事であろうか」
 ルーンワースと兎隹の声に、こくりと頷く黒憐。仁が黒狗の身体をさすりながら首を傾げる。
「あの子の他に、具合が悪い黒狗がいるかは聞いてみたかい?」
「はい……。残念ながら、それは分からないそうです……。あと……衰弱した時に何があったのか聞いてみましたが……雫草を取りに行ったら……具合が悪くなったと……」
「何かに会ったとか、アヤカシと遭遇したとか、そういった事はなかったようだ」
「そうか……」
 続いた獅門の言葉に、溜息をついた零次。
 彼はふと、黒狗が持ってきたという枯れた雫草に目線を落とす。
「雫草が枯れていたという事は……水の汚染とかも含め、群生地にも何か異変が起こってるんだろうね」
「やっぱそうだよな。黒憐。お前、『ド・マリニー』持ってたよな。ちょっとこれ調べてくれねえか?」
 ルーンワースの言葉に頷いた零次。黒憐は言われるままに、懐中時計を取り出し――。
「ごく微かですが……瘴気の反応が出ていますね……」
 彼女の言葉に、弾かれたように顔を上げる開拓者達。
 ――森に、起きている異変。
 それは、彼らの予想した最悪の事態なのではないか……。
 流れる沈黙。それを破ったのは、ヘラルディアの申し訳なさそうな声だった。
「解毒を試みましたが、効いた様子がありませんね……。念のため、仁さんが浄境を使って下さいましたが、回復したように見えません」
「……んー。黒狗、瘴気感染かも」
 黒憐と同じ懐中時計見つめて、顔を顰めるフィン。
 黒狗に計器を近づけると、ほんの少しではあるが、瘴気の反応が出る。
 という事は、黒狗の体内に瘴気が残っている事実を指している。
 瘴気感染は、自然な状態で回復する事はない。
 が、瘴気がない場所にいるのであれば、病状が進まずに済む事がある。
 先程から計器を見るに、この場所は精霊力を多く示す値が出ている。
 この黒狗は、紗代に会いに来たが為に、結果的に瘴気の源から遠ざかる事が出来たのかもしれない――。
「そういう事なら、一刻も早く黒狗の群れを探さないとな」
「瘴気の元も気になるけど、まずは黒狗の救出を先にした方がいいよね」
「うん。俺、紗代ちゃんとここで待ってるよ」
 考え込む仁とフィンに、頷き返す仁。その言葉に、紗代は目を丸くする。
「えっ。紗代も行くよ」
「駄目だ。森の中が今どうなってるか分からないだろ。おチビはここで静かにしてろ」
「零次お兄ちゃん、そうやってすぐ紗代を子ども扱いするー!」
「子ども扱いも何も、子どもだろうが」
「違うもーん!」
 ぽかぽかと零次の背を叩く紗代。
 兄妹のようで微笑ましいが、ここで時間を取る訳にはいかない。
 ルーンワースは苦笑しながら、そっと少女の小さな手を包み込む。
「紗代ちゃん。君まで行ってしまったら、黒狗が心配するんじゃないかな?」
「うむ。紗代には、黒狗殿と……今回もこの子の護りをお願いしたいのである。出来であるか?」
「キルシュちゃん……。分かった。紗代、見てる」
 兎隹から渡されたうさぎのぬいぐるみを、ぎゅっと抱きしめて頷く紗代。
 その様子に、仲間達から安堵の溜息が漏れる。
「それでは行って参りますね」
「ああ、気を付けて」
 頭を下げるヘラルディア。森の中に向かう仲間達に、仁と紗代は並んで手を振って――。


「ここはいつ来ても暗いね……」
 そう呟いて、マシャエライトで火球を作り出すルーンワース。
「兎隹ちゃん、黒狗の群れがいる場所って行った事あるの?」
「いや。我輩も初めてである」
 フィンの問いに、首を振る兎隹。
 黒狗達の住居が南側に位置するとしたら、雫草が生えているのは西側。
 今まで通った事がない道順を辿る事になる。
 今回も迷わぬよう、端切や白墨で目印をつけ、地図にも記しておかねば……。
「兎隹。あそこの枝に縄を縛って来た。記入を頼む」
 聞こえて来た獅門の声。幾度目かの探索で、仲間達も慣れて来ているらしい。
 零次も周囲を見渡しながら、首を傾げる。
「なあ。この森って、こんなに静かだったっけか?」
 そう言われてみれば、以前は良く見かけた小動物を、今日は見ていない気がする。
 ――小さな動物達も、森の異変に気が付いているのかもしれない。
 ヘラルディアはそんな事を考えつつ、周囲に術がかけられていないか観察を続ける。
「この辺りも呪術がかけられている様子はないですね。瘴気の方はいかがですか?」
 彼女の問いに、懐中時計を取り出すフィンと黒憐。
 まじまじと計器を見つめて、口を開く。
「んー。ない。清浄そのもの」
「精霊力は……北から来てるみたいですね……」
「ふむ。その情報も書いておいた方が良いであるな……」
 兎隹は、地図に精霊力の流れも記入し……開拓者達は、調査をしながらぐんぐん南下していく。


「紗代ちゃん、ちょっと黒狗見ててもらっていいかな?」
「どこ行くの?」
 突然立ち上がった仁に、首を傾げる紗代。その表情がちょっと雲っているのは、独りになる不安からだろうか。
 仁は安心させるように笑顔を向ける。
「他の黒狗も具合が悪くなってるかもしれないからね。隠れて治療できる場所を探そうかと思ってさ」
「そっか……」
「うん。そんな遠くには行かないからさ。何かあったら呼んでくれる?」
「分かった」
 元気に頷く紗代の頭をわしわしと撫でる仁。
 フィンがこの辺りは清浄だと言っていたが、何があるか分からない以上は目視で確認した方が良い。
 周辺を警戒しながら、回復拠点に最適な場所を探す。


「……黒狗の住居って、ここだよな」
「恐らくね……」
 零次の呟きに頷いたルーンワース。
 開拓者達の前にはぽっかりと口を開けている大きな洞穴。
 ここであればヒトはそう簡単にやって来られないし、雨風も凌げるこの場所は、黒狗の住居として最適に思えた。
「邪魔するぞ。黒狗殿はおられるか……?」
 洞窟の中にこだまする兎隹の声。
 暫くの後、聞こえて来たのはひたひたという足音。そして、暗闇の中に双眼が光り、ガルルル……という威嚇の声が続いて……。
「お前達の住まいに許可なく立ち入ってすまない」
「お前の仲間に、この場所を教えて貰って来たんだ」
 獅門と零次の声に、返答はなく。フィンが両手を広げて続ける。
「大丈夫。あたし達は敵じゃないよ。君達を助けに来たの」
「これが……黒狗さんと……お知り合いである証拠です。信じて戴けませんか……」
 黒憐から差し出されたのは、彼女があらかじめ用意しておいた黒狗の匂いをたっぷりつけたマント。
 仲間の匂いと理解したのか威嚇の声が止み……ルーンワースは黒狗を宥めるように声をかける。
「君の仲間は、具合が悪くなってね。俺達が介抱しているんだ」
「群れの中にも、体調を崩している子はいませんか?」
 続いたヘラルディアの問いに、少し考える素振りを見せた黒狗。兎隹の袖口を軽く咥え、ついて来いと言いたげに引っ張る。
「具合の悪い子がいるのであるな……。急ごう」
 兎隹の声に頷く仲間達。黒狗の後を急いで追いかける。
 奥に進むと、何匹かの黒狗達が座っていて……その中心に、2匹の仔黒狗が横たわっていた。
 2匹に駆け寄り、容態を確認する開拓者達。念のため、他の黒狗達も診察する。
 その結果、2匹の仔黒狗が瘴気感染状態にあったが、それ以外の黒狗は無事なようだった。
「仔狗か……。体力がないし、急がないとな」
「ああ、仁と合流してこいつらを治療しよう。フィン、ギルドに話は通してあるんだよな?」
「もっちろん! 急ごう! これ以上進行したら命に関わるよ」
 獅門と零次の言葉に頷くなり、どおりゃあああ! と気合一発、仔黒狗を背負うフィンに、兎隹と黒憐は目を丸くする。
「フィン殿、大丈夫であるか?」
「お手伝い……します……」
「平気平気!」
 からからと笑うフィン。彼女、可愛い顔して剛腕の持ち主であるようだった。
「すまない。子ども達を少しだけ預かるよ」
「必ず還しに来ますので……」
 そして、心配そうな様子の黒狗達に頭を下げるルーンワースとヘラルディア。
 開拓者達は仔狗を抱え、一目散に仁の元を目指すのだった。



「これは酷いね……」
 呻くような仁の声。
 沢山生えていたはずの雫草が、ほとんど枯れて土がむき出しになっている。
 その土からは、何ともいえぬ嫌な臭いがして……。
 瘴気感染した黒狗達の治療を依頼した開拓者達は、その間に雫草の群生地を訪れていた。
「ここが瘴気の元と考えて良さそうだね」
「瘴気の流れはどうであるか?」
 ルーンワースの呟きに、頷きながら問いかける兎隹。
 フィンは、懐中時計に目を落としたままで答える。
「……何にもないよ」 
「何にもないって? どういう事?」
「だから、文字通り何もないのよ。瘴気も精霊力も。所々、ちょっぴり瘴気が残ってる場所もあるけど……」
 驚く仁に、首を傾げる彼女。
 瘴気がなくなっているのは良かったけれど、精霊力もないと言うのはどういう事なのだろう。
 考え込む仲間達を、黒憐が手招きし、むき出しになった土の部分を指差す。
「……皆さん、これを……」
「これは……実、でしょうか。割れているようですけれど……」
 ヘラルディアの言う『実』の辺りが特に酷く腐敗しており、獅門は顔を顰める。
「腐っている土壌を取り除かないと、新たな雫草は生えて来ないかもしれんな……」
「このままだと川も汚れる。早く着手した方がいいね」
「ああ。とりあえず、それは次回以降だな……」
 焦れた様子の仁に、零次は悔しそうに呟いた。



 こうして開拓者達の活躍により、黒狗達は無事に救出された。
 そして、新たに判明した事実。
 汚染された群生地に近づかぬよう黒狗達と紗代に言い聞かせた彼らは、新たな課題に立ち向かう事になるのだった。