【瘴乱】妖達の最期
マスター名:猫又ものと
シナリオ形態: シリーズ
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/08/16 11:06



■オープニング本文

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「……今日皆に集まって貰ったのは……もう、分かってるな?」
 石鏡の開拓者ギルド。重々しく口を開く星見 隼人(iz0294)。
 それに、開拓者達が頷く。
「ヨウとイツの処刑、だね」
「そうだ。希望があったからこの場を設けたが……本当に良かったのか?」
「当たり前じゃない。最後まで見届ける覚悟がなければこんなこと願い出ないわ」
 きっぱりと断じる開拓者に、そうか、と呟く隼人。
 開拓者はふと思い出したように顔を上げる。
「そういえば、人妖達の処遇はどうなった? まだ結果を聞けてなかったよな」
「ああ。それも今話そうと思っていたところだ」
 言いながら、机に書面を広げる隼人。
 開拓者達はそれに目を落とす。


 神村 菱儀の配下の人妖における決議

 ・人妖達の身柄は開拓者ギルド、もしくは石鏡の有力者の所有物とする。
 ・徹底的な再教育を施し、自分達の犯罪行為をきちんと理解させる。
 ・その後、石鏡の国や開拓者ギルドのために贖罪の為、奉公させる。
 ・再教育、奉公を行う際は監視の意味も兼ねて開拓者達も立ち会う。
 ・再教育しても倫理観が備わらない、問題があると判断された場合には即刻処分する。
 ・この条文は『ヨウとイツ、アヤカシの処刑を済ませる』ことを条件に施行する。


「……人妖達の処刑は免れた、ということであろうか」
「そういう事みたいだな」
「良かった……」
 書面から顔をあげて、ほっと安堵のため息をつく開拓者達。
 しかし、人妖達の身柄をどこに置くかという問題が残っている。
「開拓者ギルドはともかく、石鏡の有力者……って、誰か知ってるか?」
 開拓者の呟き。
 仲間達は黙って、書面を持ってきた黒髪のサムライに注目して……星見家の嫡男は深々とため息をつく。
「……まあ、乗りかかった船だ。昭吉の件もあるし、引き受ける分には問題ない。……最終的な判断は皆に任せる」
「とりあえず、ヨウとイツにいい報告が出来そうだな……」
 そもそも、彼女達が開拓者に協力を申し出たのも、『人妖達の身柄の安全を保証する』ことが条件だった。
 これで、約束を果たすことが出来る……。
「問題のヨウとイツだが、執行者や処刑方法に希望はないらしい。しいて言うなら『自分達を一番恨んでいるもの』に『ひと思いにやって欲しい』とのことだ」
 続いた隼人の言葉。ヨウらしい発言に、開拓者達が苦笑する。
「処刑の方法も皆に任せる。処刑の前に、対話を希望するものは申し出てくれ。それが済み次第、処刑を行う」
「……分かった」
 厳しい顔をした隼人に開拓者達は強く頷き――。


 神村 菱儀が生み出した人妖崩れのアヤカシ……ヨウとイツの処刑の時が迫りつつあった。


■参加者一覧
リューリャ・ドラッケン(ia8037
22歳・男・騎
ユリア・ソル(ia9996
21歳・女・泰
アルフレート(ib4138
18歳・男・吟
緋那岐(ib5664
17歳・男・陰
クロウ・カルガギラ(ib6817
19歳・男・砂
輝羽・零次(ic0300
17歳・男・泰
火麗(ic0614
24歳・女・サ
兎隹(ic0617
14歳・女・砲


■リプレイ本文

 久しぶりに顔を合わせた開拓者達。
 星見 隼人(iz0294)の姿しか見えない事に、ユリア・ヴァル(ia9996)はピクリと眉を上げる。
「あら。隼人だけ? ……人妖達の引受人になろうと言うなら、ヨウ達の死の意味を負う覚悟位はして欲しいものだわ」
 彼女は、石鏡の開拓者ギルドの責任者と星見家当主の出席を願い出ていた。
 理由は、姉妹の安全と引き換えに処刑を受け入れるアヤカシ達の思いを蔑ろにするようでは預けられない、と思っていたからだったのだが……。
「うちの当主に来いと言うなら呼ぶ事は出来るが……。ユリア、ちょっと聞いてくれるか。皆も」
「……どうしたのだ?」
 ため息をつく隼人。珍しく真面目な顔をしている彼に、兎隹(ic0617)の背筋も自然と伸びる。
「人妖は『道具』としての位置を持って世界から存在を許されている。人妖達は、引き渡した先の『所有物』になる訳だ」
「ああ。イサナも封陣院の備品として管理下に置かれてるな」
 頷く緋那岐(ib5664)。
 ――火焔の人妖、イサナ。
 以前賞金首として手配されていた、製作者である陰陽師『イサナ』と全く同じ姿に作られた等身大の人妖である。
 財産や権限を委譲するとの遺言があっても、国は独立を認めず、財産も没収されている。
 いかに自立した意思を持とうとも、イサナは人妖……『道具』でしかないからだ。
 ましてや世界に一体しかいない稀有な存在であり、野放しは諍いの種にしかならぬと言う理由で、国が回収した後封陣院の狩野 柚子平(iz0216)の所有物となった。
 賞金首、神村菱儀が作成したと言う特殊な状況下で生まれた点では、三姉妹達も同様の理由が当てはまる。
「ヨウ達の死とて……アヤカシを滅するのは、開拓者ギルドと国家の大前提だ。彼女達が何をしてこようが、それは覆らない」
「その死は当然で、石鏡の上層や開拓者ギルドには何の意味も成さない。そういう事だな」
 淡々と言う輝羽・零次(ic0300)に、そうだ、と頷く隼人。
 どんな事情や思いがあろうが、アヤカシはアヤカシ。
 ――滅するのは当然の帰結なのだ。
「人妖達も処刑されるはずだった。それを特別に条件をつけて生存が許可されている状態だ。……それは、お前達の希望を通したからに他ならない」
「ふむ。そういう意味では既に、向こうは譲歩と誠意を見せていると言う事かな」
「……お前達の気持ちも分かるつもりだ。だが、『情』を基準にした要求は、結果的に人妖達の命を縮める可能性がある。それは覚えておいてくれ」
「そう。残念だわ」
 鷹揚に頷く竜哉(ia8037)。目を伏せて続けた隼人に、石頭……と呟くユリア。
 火麗(ic0614)はまあまあ……と仲間達を宥めると、隼人に向き直る。
「……言い難い事言わせて悪かったね」
「皆で少し話したんだが。人妖達は星見家に預けるのがいいかと思う」
 単刀直入に切り出すアルフレート(ib4138)。
 隼人がこれまでの経緯、事情にも通じている点、人妖達の所有権が、開拓者へ渡る事が難しい点、既に星見家預かりになっている昭吉と、お互いにいい影響が与えられる事が予想される点など、仲間達から挙がった根拠を述べる彼に、火麗が意義を唱えた。
「星見家と開拓者ギルド、それぞれに渡した場合の利点と難点を教えて貰ってから決めるんでも遅くないと思うんだけど。もし良かったら教えてくれない?」
「ギルドの所有物になった場合の利点は、人の目が多い分安全ではあるだろうな。難点については、現時点ではどれだけ関われるか不透明である点。あとは、再教育と奉公が済めば、責任は果たしたとして地位のある第三者に所有権が譲渡される可能性がある」
「そう……。私達が監視の上での責任者になる事は出来るのかしら」
「要望は出す事は出来るだろうが、どこまで受け入れて貰えるか分からんな」
「良くも悪くも規定通りになると言う事ね?」
「そうだ。規定の決定には口を挟めないと思った方がいい」
 火麗とユリアの問いに、静かに答える隼人。不満そうに目を細めたユリアに苦笑しつつ彼は続ける。
「星見家の場合は……そうだな。人手的な意味もあって開拓者に積極的に協力を求める事になる。それはお前達にとって利点なんじゃないか。難点は今言った通り人手が薄い分、安全面に欠ける。……あとはまあ、最悪の事態になった場合は、俺の首が飛ぶな」
「所有者が責を負う、か。重い事背負わせちまうな……」
 平然と言う隼人に、深々とため息をつくクロウ・カルガギラ(ib6817)。
 兎隹はアワアワとして隼人の顔を覗き込む。
「それは……! あの……もちろん我輩達が出来る事はするつもりではあるが、本当にお願いしてしまって大丈夫であるか?」
「ああ。構わんよ」
「逆に上手く行きゃ、星見家地位向上の絶好の機会になんじゃね?」
 人事のように言う隼人に、楽天的な緋那岐がカカカ、と笑う。
「ひとまず、うちへ譲渡と言う事で希望を受け付けるが、変更したい場合は次回、人妖達の対応を行う際に申し出てくれ」
 頷くアルフレート。ふと、1人沈黙を守っている人物を思い出して、その顔を見る。
「そういえば、零次はこの件について何も言ってないな。いいのか?」
「ああ。俺は……あいつらに恨まれる事以外はするべきじゃない」
「零次。それは……」
 言いかけて、口を噤んだ兎隹。
 零次は真っ直ぐな男だ。
 彼なりに考えた末での結論なのだろう。
「……ケジメ、つけに行こうぜ」
「そうね。生かす為でなく、活かす為に行きましょう」
 表情を変えずに言う零次に、頷くユリア。
 裁定を通す為にも……まずは、アヤカシ達の処刑を済ませなければならない。
 開拓者達はゆっくりとした足取りで、アヤカシの元へと向かった。


「あら。もう時間かしら?」
「いや、その前に少し話をしよう」
 立ち上がりかけたヨウを手で制止する竜哉。
 彼はヨウの目の前に、己の左腕を差し出す。
「ヨウ。君との『約束』を受け入れよう。俺の左腕は、君の姉妹が生きていける場を守るために」
 ――世の中は総じて理不尽だ。
 古代人と手を組み、多くの人を苦しめて来た神村。その怒りが、彼女達に向かう事があるかもしれない――。
「そういった事が起きないよう、君の腕を持って平穏を守ろう。彼女らに手出しが出来ないようにね」
「そう。契約成立ね。だったら、早死には許さないわよ?」
「ああ、肝に銘じるよ」
 ヨウの目線を受け止めて頷く竜哉。彼は思い出したようにアヤカシ達に声をかける。
「それから、ヨウとイツに頼みがあるんだ。出来れば、のお願いなんだが……」
 そのまま話し込む3人を、アルフレートの紫水晶ような瞳が捉える。
 ――情が移れば迷いが出る。
 彼自身、それを理解しているからこそ、直接話すのは今まで避けてきた。
 ……まあ、そう考えてる時点でもう手遅れなのかもしれないが。
「俺は話す事もないし、人妖達を連れて来るよ」
「……立ち会わせた方がいいやな、やっぱ」
「ああ。全てが終わった後に知らされるより……全てを見届ける事が、3人には必要かもしれない」
 不確かな結末だけを告げられるのは、却って辛い。
 そう続けたアルフレートに、頷く緋那岐。彼の相棒のからくりがそっと手を挙げる。
「菊浬も一緒に行っていい?」
「おう。あいつらガキンチョだから遊んでやんな」
 主の言葉に頷いた菊浬。2人の背を見送って、緋那岐はため息をつく。
 人妖の創造。……今まで考えた事もなかった。
 自分も陰陽師だ。目指してみるのもありなのかもしれない……。
 ぼんやりと考えていた彼。いつの間にかやって来たヨウと目が合う。
「ヒナギは陰陽師だったわね。人妖を作る予定はある?」
「あー。今それについて考えててな」
「そう。だったら一つお願いがあるの。もし、万が一失敗してアヤカシが生まれてしまって……例えそれに知性があったとしても、すぐに始末して」
 神村の研究の果てに、『失敗作』として生まれて来た彼女達。
 その願いに切実なものを感じて、緋那岐は目を伏せる。
「創造主の責任ってやつだな。覚えとくよ。……なあ、ヨウ。お前は生まれて幸せだったか?」
「さあ? ……まあ、兎ちゃんが泣いてくれるなら、悪くはなかったのかもね」
「我輩は泣いたりせぬ」
「あらぁ。残念」
 ヨウとイツに選んで貰った蜻蛉玉を紐に通し、編込み紐の腕輪をせっせと仕上げる兎隹に、悪びれず笑顔を向けるヨウ。
 そんな彼女に、ユリアは穏やかな目線を向ける。
「あなたと今更話す事もないわね」
「そうねー。もう十分拳で語り合ったし」
 うんうん、と頷く火麗。
 2人は姉達の安全を望み、開拓者達は菱儀討伐を対価にそれ引き受けた。
 元々それで始まった関係。……それで十分だ。
「それに……退屈しなかったでしょう?」
「ええ、そうね。楽しかったわ。それに……生きた証は残したと思うの」
「そうね。ヒトに協力したアヤカシなんていないもんね」
 くすくすと笑い合うユリアとヨウ、火麗。
 語る言葉は必要ない。彼女達の死の意味。その意思は、既に受け取っているのだから。
「……君は君なりに、姉妹の事を心配していたんだな」
「……そうなの? イツ、よくわからない」
 竜哉の言葉に首を傾げるイツ。それに、クロウが強く頷く。
「『スキ』も『アイ』も分からない、って言ってたけどさ。大丈夫だ。お前がこうして隅っこから見守ってた姉達への思い、それが『スキ』って事だ」
「イツは……ひい達、『スキ』……?」
「そうだ。お前の『スキ』は俺達にだって伝わったんだ。あいつらにも必ず伝わってるよ」
「これが、『スキ』……」
 噛み締めるように呟くイツに、もう一度頷くクロウ。
 ――もう少し、時間があれば色々教えてやる事も出来たかもしれない。
 こうなる事は分かっていた筈なのに。
 肩入れし過ぎてしまった……。
「俺、お前の事結構『スキ』だぞ」
 照れているのか、目を反らしながら言うクロウを、キョトンと見つめるイツ。
 そんな2人を見て、ヨウが悪戯っぽく笑う。
「あら。良かったわね、イツ」
「ああ、ヨウの事も嫌いじゃないから安心しろ」
「そんな心配してないわよ」
「アヤカシに告白か。気持ちは分からんでもないが」
「そんなんじゃねー!」
 言い返すクロウをフン、と鼻であしらうヨウ。過大解釈する竜哉に、彼が吠えた。


「……そろそろ時間だ」
 静かに宣言するアルフレートに、頷く兎隹。
 彼女はアヤカシ達を呼び寄せると、唇に薄く紅を挿す。
「兎ちゃん、これは何?」
「……赤いけど、血じゃない」
 ヨウとイツの予想通りの反応に、彼女は手を止めずに続ける。
「これは化粧といってな、女性を美しく見せるものだ」
「これから死ぬのに必要ないんじゃない?」
「何を言うか。女性はな、いつ如何なる時も美しくあらねばなのだ」
 なかなかの仕上がりに、微笑む兎隹。
 ヨウもイツも綺麗な顔立ちをしている為か、薄化粧でも良く映える。
 彼女はアヤカシ達を引き寄せると、2人一緒に抱きしめる。
「……ウトリ。どしたの? どこか痛い?」
「……忘れない。想いは繋ぐ。ずっと、約束だ」
「こういう時は何て言うんだったかしら。『ありがとう』で合ってる? ……あの子達をお願いね」
 不思議そうな顔をするイツに、兎隹の銀糸のような髪を優しく撫でるヨウ。
 兎隹が頷いて身を離すと、ヨウは開拓者達に向き直る。
「さあ、私は誰がやってくれるのかしら」
「俺がやる」
 きっぱりと断じる零次。
 ……正直、引き受けるべきか悩んだ。
 彼女達の創造主を殺した自分がこんな事を言う資格があるのかすら悩むが、ヨウとイツにも同情の余地はある。
 ――だが、彼女達はアヤカシだ。滅するより他道はない。
 それに紗夜と黒狗達を傷つけ、黒狗の森を襲った事は……到底許せる話ではない。
 開拓者としての道理でも、零次自身の感情の部分でも――。
 その気持ちを強く残してる以上、やはり自分が適任なのだろうと。そう思う。
「そうね。レイジが適任だと思うわ」
 ヨウの言葉に、頷く零次。
 竜哉は静かに膝をつくと、イツの顔を覗き込む。
「イツ。問題なければ俺が君を担当しようと思うが」
「……うん。いいよ。……ただ、その時、クロウに手をにぎっててほしい」
「ん? 別に構わんが……」
 彼女の意外な申し出に、戸惑いつつも頷くクロウ。
「ひい達の耳に残らないよう、最後の瞬間には音を消す術を使うけど……構わない?」
 アルフレートの問いかけにヨウとイツが頷く間、火麗と緋那岐が連れて来られた人妖達を押さえていた。
「だからどうしてあの子達が殺されなきゃならないのよ!」
「ですから、何度も説明しましたでしょう?」
「そんなの嫌ですのぉ〜!」
「あんた達落ち着きな!」
 泣き喚くふうとみいに、一生懸命言い聞かせるひいと火麗。
 予想通りの反応に、ユリアはため息をつく。
「ひいはきちんと理解しているようだけど……あなた達には、最後まで見届ける義務があると思うわ」
「見届けるも何も、あたしは納得できないって言ってるのよ!」
「それがこの世の摂理なんだよ。人妖は存在を許されているが、アヤカシは許されてねえ」
 怒りに任せて叫ぶふうを、静かに諭す緋那岐。
 みいは首を振ると、兎隹の胸に飛びつく。
「お願いですわぁ。こんな事止めさせてぇ」
「……みい、目を反らすな。ヨウとイツは何を願った? 何故、処刑を受け入れているのだ?」
「ふうも……彼女達が命を賭して何を守りたかったのか、分かるでしょう?」
「……分かるから嫌なのよ!」
 兎隹とユリアの静かだが鋭い声。それにふうとみいは涙を零しながら叫ぶ。
 ――ひいに繰り返し言い聞かされて、彼女達なりに状況は理解しているのだろう。
 ただ、感情がついていかないのだ。
 零次は厳しい顔をしたまま、人妖達の前に立つ。
「……腹が立つか。そうだろうな。お前達の主を黄泉地へ送ったのは、この俺だ。これから、お前達の大事な妹達も殺す。……恨め。それでお前達の気が済むなら、いくらでもな」
 そのまま背を向け、遠ざかる零次に言葉を失う人妖達。
 火麗はため息をつくと、人妖達の頭を順番に撫でる。
「辛いだろうと思うよ。納得出来ない気持ちも分かる。でもね、これはあたし達にも……誰にも止められないんだ」
 どこか悲痛な響きのある火麗の声。兎隹は人妖達に一つづつ腕輪を渡すと、ひいが首を傾げる。
「これは……?」
「ヨウとイツからの贈り物なのだ」
 兎隹が大急ぎで仕上げた編込み紐の腕輪。
 アヤカシ達が姉達の為に選んだ蜻蛉玉は、金、青、赤……それぞれの髪の色だった。
 似た容姿の彼女達が、それぞれに持つ『個性』の色だと、ヨウは言った。
 菱儀は、人妖達を『目の形が理想的』とか『口の形が理想的』とか、そんな理由で生かしていたから、髪の色が違っている事すら気付いていないようだったけれど。
 皆違って愛らしいのよ……と。
 その時。……つ、と。ひいの頬を伝う涙。
 今まで涙一つ零さず、冷静に姉妹達を宥めていた彼女。
 一番長くアヤカシ達と一緒にいたひいが、悲しくない訳がない――。
 涙を隠すように首を振った彼女に、ふうとみいが縋りつく。
「ひい、ごめん……。あたし、ひいの気持ち考えてなかった」
「私も……。ごめんなさいですぅ……」
「……俺達が出来るのは、見守る事だけだ。次はヒトか人妖として産まれてこれるよう、2人が苦しまず空に還れるよう、祈ってあげよう」
 アルフレートの言い聞かせるような言葉に、ただ涙を流し、頷く人妖達。
 兎隹やユリア、火麗が人妖達と手を繋ぎ、緋那岐と彼の相棒、菊浬とユリアのからくり、シンが傍に控える。


「レイジは本当に不器用ねえ」
「お前に言われたかねえよ」
 くすくすと笑うヨウに、憮然と言い返す零次。
 途切れる会話。
 彼は意を決したように顔を上げる。
「言い残す事は、あるか?」
「そうね。次があるなら……ちゃんとした人妖になりたいわね」
 そう言って俯くヨウ。
 零次はそうか、と短く呟いて……腰を低くし、拳を構える。
 ――あの男は、何故こいつらを作ったんだろう。一体、どんな気分で……。
 最早答えが返る事は決して無い。
 ただ、一つだけ分かるのは。
 あの男は命を弄び、戯れに奪って行った。
 そして、これから自分が行う――誰かが大切にしているモノを奪う事も、然したる差はないのだと。
 しかし、迷うまい。
 憎しみも怒りも憤りも……何もかもを、余す事なく詰め込む……!
 すう、と息を吸い込む零次。
 己の身体を覚醒状態にすると、痛みを感じる暇の無いよう最速で……、瞬時に胸を打ちぬく――!


「……これでいいか?」
 イツの白い手にそっと自分の手を添えるクロウ。
 無言でこくりと頷くイツを……その姿を忘れないように、彼はじっと見つめる。
「あのさ。お前とヨウの『スキ』は俺達の心にも『何か』を残したよ。これからはその『何か』が、お前達の姉達を守る」
「……うん。あのね、イツ……クロウの事、『スキ』よ。……教えてもらったから、わかる」
 やはり表情が変わらないイツに、目を見開くクロウ。
 彼女の願いの意味を理解して、その手を強く握る。
「そっか。ありがと。今度はちゃんと人妖か、人に生まれて来いよ」
「……イツ、もう少し……ヒトの事知りたかった。……だから、次は……ヒトがいいな」
「イツ。これが俺の覚悟だ。受け取れ」
 それまでじっと瞑想をしていた竜哉。
 時間をかけて騎士としての名誉と誇りを誓った彼の身体から、うっすらと淡い光が立ち上り、彼の迅鷹が煌く光となって錬力のみで構成された光り輝く剣に吸い込まれていく。
「この剣は、俺の魂、俺の心……斬ったものを全て背負う俺の覚悟。……お前達の命は俺達が背負う。迷わず黄泉地へ行くがいい」
 低く、はっきりした声で宣言する竜哉。
 その剣で、黒いアヤカシの身体を両断する――。


「……いつか何処かで会おうぜ……なんてな。じゃあ、またな」
 さっぱりと、軽い調子で呟く緋那岐。
 そして、アルフレートの声にならない叫びが処刑場に響く。
 痛い程の静けさの中、崩れるアヤカシ達。それは一瞬にして黒い塊になり……そして空に溶けて、消えて行った。


 人妖達と仲間達は、瞬きもせずにその様子を見つめていた。
 アルフレートの曲がリズムを刻む楽曲に変わり……そして、処刑場が色とりどりの花で埋めつくされていく。
 彼女達への餞の花。それはとても……悲しい程に美しく。兎隹は、その光景を金色の瞳に映す。
 ――涙は流すまい。
 それは意味のないものだ。
 己の大切なものの為にも相応しくない。
 ただ、心に刻もう。
 この光景と……消えて行った、心優しいアヤカシ達を――。
 放心したようにぼんやりとしている人妖達。
 そんな3人に歩み寄り、竜哉は静かに口を開く。
「ヨウとイツからの『さよなら』を伝えよう」

 ――あたし達の分まで生きて欲しいとは思わないわ。気負わないで、あなた達らしく生きなさい。
 ――イツね、たのしかったよ。ひいもふうも、みいも……たのしくなるといいね。

 伝えられた言葉に、声もなく涙を流す人妖達。
 ユリアは彼女達をまとめて引き寄せ、抱きしめる。
「……生きなさい。たとえ今は悲しくても。彼女達に生かされた命よ。粗末にするのは許されないわ」
「今は泣きな。泣いて……少し落ち着いたら、これからの事を考えな」
 あやすように呟く火麗。クロウは、己の手を見つめた後、すぐに首を振った。
 別れを振り返らない。それが遊牧民の流儀だから。
 ヨウとイツとの楽しい思い出だけを、持ち帰ろう――。
 処刑場に咲いた花が、それでいい、とでも言うように微かに風に揺れた。


 こうして、菱儀の配下のアヤカシ達の処刑は執行された。
 開拓者達は忘れないだろう。
 人ならぬものでありながら、他者を案じた優しきアヤカシ達を。
 纏わる出来事と。
 戸惑いと、怒りと、哀切と、安らぎと共に――。
 そして、遺された人妖達は、新たな道を歩く事になるのだった。