【瘴乱】奪還と代償
マスター名:猫又ものと
シナリオ形態: シリーズ
危険 :相棒
難易度: 難しい
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/05/14 10:52



■オープニング本文

前回のリプレイを見る


●瘴気の樹
「主様。お茶をお持ちしましたよ。主様ー?」
 主の部屋の戸をとんとん、と叩く昭吉。
「主様ー。今日のお茶は桜紅茶ですよー」
 反応がない。
 ――また研究に没頭されているのかな。仕方ない。また後で改めてお持ちしよう。
 でも、お茶冷めちゃうなー。主様用のお茶だし、僕が飲むのはもったいないなぁ……。
 そうだ。何かお菓子に使えないかな。
 踵を返して歩き出した少年。一旦外へ出て離れの台所へ向かおうとして……考え事をしながら歩いていたのがいけなかったのか、躓いて盛大に転ぶ。
 茶器と共に、近くにあった戸に思い切り突っ込んだ。
「いたたた……。ああ、茶器が……」
 戸を押し倒す形になった為扉は壊れなかったが、茶器が一部割れてしまった。
 いそいそと片付け始めて……ふと、前方に何かが立っていることに気付いた。
 ――何だろうこれ。……樹?
 主が庭先に作らせた大きな倉庫。
 薄暗い室内に、枝をあちこちに伸ばした樹が立っている。
 枝からいっぱい下がっているのは実だろうか?
 少年はその樹を見つめて……樹の根元から、何かが飛び出しているのに気がついた。
 よく目をこらすと、それは小さな手足や鬼の頭部のように見えて――。
「ひっ……!」
 禍々しい光景に腰を抜かした少年。ガクガクと震えながら外に転がり出ると、そこには神村 菱儀(iz0300)が佇んでいた。
「……何をしている」
「あ、あ……主様! 大変です! 倉庫に妙な樹が……!」
「ああ、あれは瘴気の樹だ」
「ショウキの……キ?」
 呆然とする昭吉に、淡々と答える菱儀。
 ――瘴気の樹。稀代なる大アヤカシ、生成姫の遺産。
 それは今、菱儀の身長を優に超え、天井に届きそうな勢いである。
 生成姫消滅の時に、運び出した苗木。
 正直、ここまで大きくなるとは思っていなかった。
 育成を阻害しないように、場所を広げてやらねばならんかもしれんな……。
「こ、これは何なのですか? どうしてこんなものが……」
「趣味と実益を兼ねた道具、と言ったところかな。……大丈夫。これ自体は動かないし何もしない。ただ、お前のような志体を持たぬ者には荷が重い。くれぐれも近づくなよ」
 ククク……と笑う主を、青白い顔で見上げる少年。
 この樹は、良くないものだと本能が告げている。
 でも主様が、嘘を言うようにも思えなくて……。
 何とも言えぬ不安に襲われて、昭吉は奥歯をカタカタと鳴らした。


●計画
「ごめんなさい……」
「起きてしまったことは仕方がありませんわ」
「……主様に報告しないの?」
「主様は今お忙しいんですのよ。それは後にして……わたくし達は次の仕事に移りましょう」
 項垂れる青髪の少女を宥める金髪の少女。次の襲撃地だと伝えられた場所を見て、青髪の少女は首を傾げる。
「……? ひい、ここって……」
「主様は人が多いところを狙えと仰っておられましたわ。……そこにたまたまみいとヨウがいるだけですわよ」
「……!」
「今回は深入りしたり、単身乗り込んだりしてはダメですわよ。アヤカシ達に任せて、あの子達の脱出を待つこと……いいですわね? ふう」
「分かったわ。約束する!」
 泣きそうだったふうの顔が少し明るくなって、ため息をつくひい。
 彼女は思い出したように、部屋の隅を見る。
「イツ。あなたはあちらの方をお願いしますわね」
 今回で奪還できなかった場合の保険だが……手に入れておけば後々役に立つだろう。
 隅っこに座っていた黒い少女型のアヤカシ……イツは、こくりと頷くと音もなく動き出した。


●襲撃
「さて……色々聞き出してはみたが、どうするかね」
「いつまでもヨウをこのまま置いておく訳にはいかないわよね」
「そうだな……」
 石鏡の開拓者ギルド。奥の部屋で頭をつき合わせて、ため息をつく開拓者達。
 彼らは白いアヤカシ、ヨウの処遇について話し合っていた。
 前回彼女を尋問し、情報を引き出すことに成功したのだが……その際、少々予想外のことが起きた。
 人妖達が突如として来襲し、結果として、捕虜がもう1人増えてしまったのである。
 捕縛した人妖……赤い髪を持つ少女は、『みい』と名乗った。
 彼女はヨウの開放を望んでおり、そうしない限りは何も話す気はないと訴えている。
 ヨウへの尋問が終わった今、アヤカシである彼女を生かしておく理由はない。
 速やかに処刑すべきなのだろうが……そうすれば、みいからは何も聞き出せないまま終わる可能性がある。
 さて、どうするか――。
 結論が出ず、黙り込む開拓者達。ふと、外が騒がしいことに気付く。
「……何の騒ぎでしょう」
「あたし見てくる!」
 飛び出していく開拓者。まもなくして、すごい勢いで舞い戻って来て叫ぶ。
「敵襲だよ! アヤカシ! 瘴気の木の実持ってる!」
「瘴気の木の実……ヨウ達の仲間か?」
「二度も開拓者ギルドを襲おうなんざいい度胸してやがんな」
「ともかく、急ごう。ここを瘴気で汚染されてはかなわん」
 頷く開拓者達。それぞれ武器を手にすると、大急ぎで外に飛び出して行った。


■参加者一覧
ユリア・ソル(ia9996
21歳・女・泰
アルフレート(ib4138
18歳・男・吟
リィムナ・ピサレット(ib5201
10歳・女・魔
緋那岐(ib5664
17歳・男・陰
クロウ・カルガギラ(ib6817
19歳・男・砂
輝羽・零次(ic0300
17歳・男・泰
火麗(ic0614
24歳・女・サ
兎隹(ic0617
14歳・女・砲


■リプレイ本文

「やっぱり来たね……。全部返り討ちにしてあげるっ」
「……全く、何てもの育ててくれるんだか……」
「それは瘴気の樹? それともアヤカシ?」
「両方、だな」
 ドタバタと迎撃準備を開始するリィムナ・ピサレット(ib5201)の横で、ため息をつくアルフレート(ib4138)。
 悪戯っぽく小首を傾げるユリア・ヴァル(ia9996)に彼は肩を竦め、輝羽・零次(ic0300)もはあぁ……と深くため息をつく。
「……なんつーか。やりづらい状態になっちまったな……」
「姉達の為に犠牲になる覚悟とか、なんてアヤカシだよ……」
 顔を顰めて呟くクロウ・カルガギラ(ib6817)。
 人妖となるはずだったアヤカシ。生みの親に失敗作と疎まれ、唯一見出だせた生きる意義が、姉達だったのだろうか……。
「アヤカシでも、己以外の者の為に何かを為そうとするものがあるのだな……」
 そっと目を伏せる兎隹(ic0617)。
 盲目的恭順でも、自己防衛でも、打算でもない。
 『誰かを思う気持ち』が備わっているヨウ。
 全てのアヤカシがそうではないのも理解している。彼らは人とは相容れない存在であることも。
 それでも。彼女をただ処して終わりにしてして良いものなのだろうか……?
「そうね。ある意味斬って終わりな相手よりも厄介よね、こういう相手って」
 火麗(ic0614)の言葉に頷いて、零次は己の髪をぐしゃぐしゃと掻き毟る。
 ヨウは黒狗の森や紗代、他に罪のない石鏡の国の人たちを多数傷つけて来た。
 それを考えても許すことは到底出来ない。人を捕食するアヤカシを見逃す訳にもいかない。
 ――でも、姉妹を思う気持ちを知ってしまった今は……。
 こんな事ならあの時、迷わずに止めを刺してやればよかった。
 その方が、ヨウにとっても良かったのではないか――。
 考えても仕方ないのは判っている。だけど……。
「皆の気持ちは良く分かるつもりよ。ただ……状況によっては非情さも必要かもしれないわ」
「そうだね。ヨウはアヤカシだもん。何があっても逃がす訳にはいかないよ」
 重苦しい表情の仲間達を見渡すユリアに、キッパリと断じるリィムナ。
 何が最善なのか。今後どうして行くのか。
 簡単に答えは出ないけれど、『開放する』という選択肢だけは、ない――。
「とりあえず、ヨウもみいも抑留継続ってことで、いいか?」
「異論はねえな」
「……そうするしかないだろうな」
 確認するアルフレートに即答する緋那岐(ib5664)と、重々しく頷くクロウ。
「決まりだね。じゃあ、行こう」
「……ああ。俺達もアヤカシの対応に出る。ヨウ達に『お前達を許すことは出来ないが同情はする。あの時迷わず殺しとけば良かった』って伝えてくれ」
 即座に外に向かうリィムナを追う零次。
「分かったわ」
「こっちは任せておくのだ」
「気をつけて行けよ」
 アヤカシの対応に向かう仲間達の背を、ユリアと兎隹、緋那岐が見送った。


 赤い髪の人妖は、部屋の隅で膝を抱えて座り込んでいた。
 開拓者が部屋に入り、緋那岐と相棒の又鬼犬が近くに座っても、顔を上げようとしない彼女にユリアが苦笑する。
「……ねえ。あなた、いつまでそうしているつもり?」
「……ヨウを開放したら答えますわぁ」
 先ほどから何を聞いてもこれしか言わない。
 兎隹はふう、とため息をつくと、クロウからの差し入れを手に人妖の近くにしゃがみ込む。
「おぬしの名は……みい、と言ったか。お腹は空いてないか? お菓子があるぞ?」
「わたしの名は主様がつけて下さったんですのよぅ。お腹は……」
 その声にパッと顔を上げた人妖。開拓者達と目が合って、慌てて顔を伏せる。
 その様子が可愛らしいと思ったのか、くすりと笑ったユリアは、そのまま人妖に向き直る。
「その主様は、あなたに何と命じたの? ヨウを助けろと言ったの? それとも……」
「ヨウは君達の身の安全を想って、既に我輩達に情報を齎している。……君達の主はそんなヨウを許すだろうか?」
 2人の言葉に、ビクリと身を震わせる人妖。
 己を守るように、両手でぎゅっと膝を強く抱きしめる。
 その反応を見るに、やはりみいは『命令違反』を犯している状態なのだろう……。
 兎隹はユリアと顔を見合わせると、人妖に目線を戻して静かに口を開く。
「みい。一つ聞きたいのだが……ヨウを解放したとして、彼女に帰る場所はあるのか?」
「このままヨウを解放しても、主に捕まって瘴気の樹に食べられるだけね。……生成姫がそうしたように」
 きっぱりと言うユリアに、弾かれたように顔を上げるみい。その顔色は真っ青で、瞳は恐怖で彩られ、涙が滲んでいる。
 ……ああ。この人妖は既に、見ているのだろう。
 己の妹達が、瘴気の樹に食べられているところを――。
 ――本っ当ーにロクでもない男ね……。
 内心吐き捨てるユリア。その間も、兎隹の静かな声が続く。
「君もヨウを助けたくてここに来たのであろう? ヨウをとても大事に想っている事は我輩達にも理解できるし、その想いは尊びたいと思う」
「だったら、ヨウを開放してぇ……」
 ぼろぼろと涙を零す人妖。それにユリアは肩を竦めて見せる。
「そうね……タダで、という訳にもいかないのよね」
「……交換条件、というやつですわねぇ?」
 泣き顔のまま開拓者達を見つめるみい。兎隹は彼女の顔を覗き込む。
「これは提案であり、質問だ。……君にとって何が一番大事なのか、考えを聞かせて欲しいのである」
 ……もし神村の傍を離れる勇気を持つならば、新たな選択肢を用意することが出来るかもしれない。
 そう続けた兎隹に、みいは目を見開く。
「わたしにとって……? それは勿論、主様に決まって……」
「それはどうして? 好きだから? ……それとも、怖いから?」
「でも、でも……主様は……主様は絶対なんですのよぅ。離れるなんて……」
 続いたユリアの問いかけに、強く首を振るみい。
 恐らくこの人妖は、生まれて初めて産みの親であり、絶対の存在である主に逆らったのだ。
 ヨウに対する思いと、主に対する思いと……未だ統合性が取れていないのかもしれない。
「ヨウは今のところ無事よ。ただ、それも今後のあなた次第だけど」
「……答えは今直ぐでなくても良い。よく考えてみて欲しい。『神村の人妖』ではなくて、『みい』自身として」
 2人の言葉に、みいは酷く狼狽し……目を固く瞑って泣きじゃくっていた。


「ギルドに万が一の時の瘴気対応の協力を取り付けて来たわよ」
「ありがと。それなら何とかなりそうだね」
 急ぎ足で戻ってきた火麗に、頷くリィムナ。
 ある意味、開拓者ギルドは瘴気浄化のエキスパートが集まっている場所だ。少しの取りこぼしくらいなら何とかなる。
 まあ、取りこぼす気なんて更々ないけれど。
「よし、行くぜ! 零王!」
「あー! 零次! ちょっと待って!」
「うお!? ……何だよこれ」
「落下した木の実、これで捕まえて。ずぇーーーったい! 落としちゃダメだからね」
 鷲獅鳥に跨り、飛び立とうとした零次に虫取り網を押し付けて念を押すリィムナ。
 憂さ晴らしに思いっきり暴れてやろうと思っていた零次だったが、これでは難しそうだ……。
 その間に、翔馬を駆って空へ上がったクロウ。『バタトサイト』を使って飛来するアヤカシの様子を伺う。
「以津真天が1匹。デカい袋持ってやがる。眼突鴉が……んーと12匹、か。そのうち6匹が瘴気の木の実咥えてる」
「えっ。それだけ?」
「それだけって……ギルドを汚染して混乱させるには十分じゃないか?」
 別な意味でビックリするリィムナに苦笑を返すクロウ。
 ―――もっと大軍団で来ると思ってたのに。ま、いいか。
 さらっと不穏なことを呟くリィムナ。アルフレートはでっかい冷や汗を流しながら、相棒の駿龍に声をかける。
「皆を支援しろ。実は壊すんじゃないぞ」
「グオ!」
 一啼きして、空へ舞い上がる駿龍。彼が琵琶をゆったりとかき鳴らして精霊を揺り起こし、自身の抵抗力を仲間に分け与え……それが、作戦開始の合図となった。
「早火! 出るよ!」
「これでも食らいやがれ!」
 火麗が駿龍で飛び上がったのと、クロウが眩い閃光を発する弾丸を発したのはほぼ同時。
 眼突鴉達が怯んだ瞬間、悪戯っぽい笑み浮かべたリィムナが滑り込む。
 周囲には、彼女の滑空艇が眼突鴉の前を通過しただけのように見えた。
 が、気付けばリィムナの手には瘴気の木の実が3つ……『ヴォ・ラ・ドール』を使い、目にも留まらぬ早業で実を奪取したらしい。
 火麗もまた、木の実を持った眼突鴉目掛けて突進し、上段斬りでなぎ払う。
「零次! 実拾って!」
「任せろ!」
 眼突鴉が消滅し、実が落下したと同時に飛び出す零次。
 翼をはためかせ移動速度を大幅にあげつつ、変幻自在に飛び回る鷲獅鳥を駆り、器用に実を掬い取る。
 残りの実は2つ――。
「あたし、以津真天の実盗んでくる。眼突鴉は任せていい?」
「ああ、こっちは引き受けた!」
 リィムナの声に、眼突鴉を狙撃しながら答えるクロウ。彼女は滑空艇を急旋回させると、精霊の力を己の身体に纏わせ、以津真天に迫る。
「気をつけろよ……!」
 軽やかで感情を高ぶらせる楽曲に切り替えるアルフレート。彼の周囲で、人影のような幻影が曲に合わせて踊っている。
 そして、仲間達に齎されるふわりと身体が軽くなった感覚。
 ――これなら、余裕で行ける……!
 眼突鴉に迫る火麗。零次は実を確実に拾うべく、視界を広く保つ。
 以津真天は物凄い速度で接近するリィムナに気づき、毒を撒き散らす。
 それを避けることもせず、彼女はまっすぐに突き進み、ひょい、とアヤカシが持っていた袋を奪取する。
 再び旋回を試みる彼女。攻撃に転じるにはこの大きな袋が邪魔だ。
 クロウが近くに飛来して来たのを見て取って、リィムナは彼に袋を押し付ける。
「クロウ! これ持ってて!」
「うおあっ!!」
 慌てながらも袋をしっかりと受け取るクロウ。見れば、残りの2つの実も火麗と零次によって回収されている。
 後は遠慮なく、総攻撃を仕掛けるだけだ。
「ヨミデルちゃん! 出番だよー!」
 ニヤリと笑うリィムナ。『黄泉より這い出る者』を呼び出し、以津真天にぶち当てる。
 その一撃に、以津真天もひとたまりもなかったらしい。辺りに断末魔が響き渡る。
 そして、残りの眼突鴉達は、火麗の鮮やかな一閃とクロウの確実な狙撃、そして零次の憂さ晴らしを兼ねた猛攻に遭い、空気へと還っていき――。
「お疲れさん。全部無事回収できて良かったな」
「えっへっへー♪ 一つ残らずかっぱらうって決めてたもんね!」
 自分の心配が杞憂に終わって良かったと呟くアルフレートに、えっへんと胸を張るリィムナ。
「零次、少しはスッキリした?」
「……ちょっとだけな」
 悪戯っぽく尋ねる火麗に、ムスっとしたまま零次が答え……そしてクロウは、無言のまま遠くを見つめ続けていた。


 部屋に入って来た兎隹を見て、ヨウは目を見開いた。
 嬉しそうな、切なげな表情を浮かべて、彼女に手を伸べ、腕を強く掴む。
「兎……!」
「ちょっ! お前何してんだ」
 慌てて割って入る緋那岐に、ヨウはムッとした顔を向ける。
「何って食べるのよ。止めないで頂戴。次会ったら食べてあげようと思ってたんだから」
「そんなの許可出来る訳ねーだろ!」
「止めるならヒナギから先に食べようかしら?」
「何でそうなるんだよ!」
 揉み合いを続ける緋那岐とヨウ。
 がっちりと腕を捕まれ、指の後が残る兎隹を見つめて、ユリアは首を傾げる。
「兎隹とヨウは知り合いなの?」
「うむ。以前、森で会ったことがあってな……」
「その子に腕を撃ち抜かれたのよ。あの後、お腹が空いて大変だったんだから」
 彼女の質問に頷く兎隹。緋那岐を押しのけて、兎隹の銀糸のような髪を弄んでヨウがくすりと笑う。
 そんな白いアヤカシの銀色の瞳を、兎隹は真っ直ぐに見据える。
「……まだ、我輩を恨んでおるのか?」
「別に? 兎ちゃんのお肉は美味しいだろうなとは思うけれど。恐れ慄く顔が見たいから、手足からじわじわ戴くのが良いわね」
 ……それは、まさに恨んでいると言わないだろうか。
 そこでふと、クロウから預かっていたものと彼が気にしていたことを思い出して、兎隹は口を開く。
「これ、クロウから差し入れなのだ。……ヨウの抱える『餓え』とはどの程度なのであるか?」
「……お菓子? 残念ながらこれじゃお腹膨れないんだけどね。そりゃアヤカシなんだから常に飢えてるわよ。お腹が満ちるのは食べている時だけね」
 鶏などの動物で代替が利かない訳ではないが、やはり一番食べたくなるのは人間らしい。
 何も食べずにいても死ぬことはないが、長期間何も食べないでいると、飢餓感が増して辛くなることもあるようだ。
 零次の伝言については、ヨウは肩を竦めて笑った。
「……レイジらしいわね。あたしに情けは無用よ。今までヒトも食べてきたし、今更見逃して貰えるなんて思ってないわ」
 その様子に、ユリアがころころと笑う。
「あなた、潔いのね。アヤカシにしておくのが勿体無いわ」
「それはどうも。好きでアヤカシに生まれた訳じゃないしね」
「あなたは菱儀に好意的じゃないわね。……姉妹の為に命をかける覚悟はある?」
「だから、もう知っていることは全部話したでしょ。さっさと殺せばいいじゃない」
「……あなたの姉妹達を説得して頂戴。そして菱儀を倒す手伝いをして」
 真摯な表情で続けたユリアに、ヨウは愕然とする。
「……なんですって? 意味分かって言ってるの?」
「勿論理解してるわ。……ねえ。ヨウ。あなたは何の為に生まれて来たの? 菱儀に利用されたまま殺される為?」
「お前はアヤカシだ。いずれ処刑せねばならぬ時も来よう。……だが、姉達の為にその命を使うならば、悪くないのではないか?」
「菱儀を討伐する……それが、あなたの生きた証になるわ。それに、『退屈』なんでしょう? いい退屈凌ぎになると思うけど」
 ユリアと兎隹を順番に見つめて、深々とため息をついたヨウ。
 暫しの沈黙の後、ぽつりと口を開く。
「……いいわ。ただ、兎ちゃんを諦めた訳じゃないわよ。それでもいいなら、協力してあげる」
「決まりね。……兎隹に護衛をつけた方が良さそうだけど」
「ウトリ……? あたしの食糧の名前、覚えたわ」
「だから、兎隹を食糧扱いするんじゃねーよ」
「あら。ヤキモチ? ヒナギは非常食にしてあげてもいいわよ」
「アホか! 何でそーなるんだよ!!」
 ぼそりと呟くユリアに、頷くヨウ。そこに緋那岐がビシっとツッコミを入れる。
 彼らをボンヤリと見つめながら、兎隹は考えていた。
 ――誰かがヨウを断罪しなくてはならない時がきても、誰かを救うためという大義名分があれば……罪悪感も少なくて済む。
 そう言う意味でも『標的』であり続けるのは、悪いことではないのかもしれない。
 そして、いずれその時が来たら。己が白いアヤカシの死に場所となっても構わぬ……。
「……早速だけど、ヨウ。みいを説得して貰える?」
「分かったわ。話す機会を設けて頂戴」
 静かな決意を湛える兎隹を、察したように撫でるユリア。それに、ヨウはこくりと頷いた。


 アヤカシ達を退け、瘴気の木の実を一つも落とさず回収に成功した開拓者達。
 仲間達が瘴気の木の実の浄化に当たる中、クロウは『バタトサイト』で周囲の探索を続けていた。
「人妖達、いた?」
「いや、見当たらないな……」
 火麗の声に、首を振るクロウ。
 今回のアヤカシ襲撃は、間違いなくみいとヨウを奪還する為の陽動だ。
 恐らく、アヤカシをけしかけてきた人妖……ヨウの姉達が近くにいると思ったのだが――。
「うーん。今回は出てくると思ってたんだけどね……」
 さすがに既に2人捕まってる手前、無茶はしないか……と続けた火麗に、アルフレートも頷く。
「まあ、みいとヨウがこちらにいる限りは、また接触する機会もあるだろう」
「うん。2人がいれば、最悪おびき出すことも出来るんじゃない?」
 サラリと物騒なことを言うリィムナに、乾いた笑いを返す仲間達。
 幼女ゆえの無邪気さなのか、とにかく考えていることが怖い。
 あまり敵に回してはいけないタイプだと、切実に思う。
 仲間達がそんな事を考えていると、零次が無言で踵を返す。
「零次、どこ行くのよ」
「……手紙出してくる。さっきクロウと話してたんだが……ちょっと気になることがあるんでな」
 火麗の声に淡々と答えた零次。
 クロウと己の懸念が、気のせいであってくれればいいと願いつつ。
 彼は、珠里の村に向けて手紙を発送した。


 こうして、開拓者達は迫り来るアヤカシ達を退けることに成功した。
 また、『ララド=メ・デリタ』を用いることで、十分な実力を備えてさえいれば、瘴気の木の実を瘴気を噴出させぬまま、灰と化せることが判明。ギルドに合わせて報告することとなった。
 白いアヤカシ、ヨウと赤い髪の人妖、みいは引き続き抑留と言う事になったが……これが、開拓者達の予想通りの……更なる事件を巻き起こすことになるのだった。