【泰動】『声』との邂逅
マスター名:猫又ものと
シナリオ形態: シリーズ
危険
難易度: 難しい
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/11/19 17:51



■オープニング本文

前回のリプレイを見る


●不安要因
 近頃、曾頭全の動きはますます勢いを増し、露骨になってきている。
 しかし、だからといってアヤカシの活動が収まる訳ではない。
 それどころか、アヤカシまでもがその活動を活発化させ、各地で狼藉を働いているというではないか。
「う〜ん……」
 翠嵐(iz0044)は元々、旅泰の出身である。彼女はその経歴を買われ、神楽の都ギルドから泰国ギルドへと、応援職員のひとりとして派遣されていた。
「なんだか妙ですね」
 首をかしげ、依頼書を巡る翠嵐。最近活発化しているアヤカシの狼藉は、まるで曾頭全の動きを援けるようなのだ。例えば、曾頭全の工作員の捕縛に向かった縛吏がアヤカシに襲われる。またあるいは曾頭全の要求を拒否した集落がアヤカシに襲われる――
「やはり、これは放って置く訳にはいきません!」
 ばんと立ち上がる翠嵐の周りで、依頼書がばさばさと舞った。


●白と黒の間
「さて、どうしたものか……」
 ぽつりと呟く開拓者。
 泰国にある開拓者ギルド。その奥で、開拓者達は顔を突き合わせていた。
 机の上にあるのは、天帝宮大図書館の資料と、先日の潜入調査中に書きとめて来た調査資料。
 その後の調査により、羌大師を導いた精霊がいたこと、その精霊が地下遺跡に眠っているらしい事は分かったが、依然として『黒と白の間』が何であるのか、また、精霊の正体が何であるかは分かっていなかった。
「……穂邑おねーさんは、その精霊さんがあの『白と黒の間』の奥にいるって思ったんだよね?」
「はい。『声』があの奥から聞こえました」
 開拓者の声に、こくりと頷く穂邑(iz0002)。それにもう一人の開拓者がふむ、と考え込む。
「精霊がいる、という割にはあっさり見つかった気がするが……」
「まあ、興味本位で入った侵入者や財宝狙いなら山ほど出る僵屍に妨害されて辿り着けないでしょうし……。私達の場合は、『彼』の声が聴ける穂邑さんの案内もありましたしね」
「それに、肝心の『奥』への入り口が見つかってないしな。部屋の壁はあちこち見て来たが、扉も、鍵らしきものもなかったし」
「あったのは、部屋の中央にある光源と、四角い台だけでしたよね」

 ――開拓者達が探索の末に見つけた、白と黒の部屋。
 不思議な素材の壁は、白と黒の二色に真っ二つに塗り分けられ。
 部屋の中央には大きな光源宝珠と、白と黒に塗り分けられた四角い台。
 その上に鎮座まします黒、白、緑、青の4つの玉。丁度玉が収まりそうな4つの台座。
 そして、台に書かれた謎の文言――。

 むむむと考え込む開拓者達。一人の開拓者が首を傾げる。
「そういえばあの文言って、なんて書いてありましたっけ」
「ああ、これだ。あれから何度か見て考えているんだが……暗号のようでな」
「暗号……?」
 差し出された手帳。書かれた文言を改めて読んでみる。


 まぬゆら いまふ

 はりゆら ゆりふ

 がゅきわ けねざゃをなえく

 ――訪れし者よ
 「あし」の下は「いす」である――


「どこからどう見ても暗号だな、これは……」
「最後の一文、意味が通じるようで通じてないもんね……」
「『あし』の下が『いす』って……これが暗号を解く手がかりなんでしょうか」
「そうなんだろうと思う。まずはこれを皆で解くしかあるまいな」
 開拓者の言葉に、顔を見合わせる仲間達。
 そこに、おずおずと穂邑が手を上げる。
「穂邑、どうした?」
「あの……経験上なんですけど。精霊って、『声』は発して下さるんですけど、『言葉』にはなっていないというか……会話するのは結構難しいみたいなんです」
 思い返せば、今まで何度か精霊や神と対話を試みて来たが、会話が成立したのは稀だったような気がする。
「ですので、なるべく分かり易い言葉を使った方がいいかなと思います!」
 続けた穂邑。何だか精霊をお子様扱いするようで、開拓者達が苦笑する。
「まあ、それも無事、『声』の主に会えたら……だがな」
「……この暗号が解ければ、精霊に会えるんでしょうか」
「会えなかったら怒っていいんじゃないかな!」
「誰に怒るんだよ」
 そんなことを話している間も、開拓者達の目は暗号を追っていて――。

 『声』の主との邂逅。
 その手がかりは、この手帳の暗号が握っている。


■参加者一覧
朝比奈 空(ia0086
21歳・女・魔
柚乃(ia0638
17歳・女・巫
リューリャ・ドラッケン(ia8037
22歳・男・騎
ルヴェル・ノール(ib0363
30歳・男・魔
蓮 神音(ib2662
14歳・女・泰
ヘイズ(ib6536
20歳・男・陰
アズラク(ic0736
13歳・男・砂
衛 杏琳(ic1174
11歳・女・砂


■リプレイ本文

 天帝宮の地下遺跡。その奥にある『白と黒の間』。
 そこに、開拓者達は集まっていた。
「さて。暗号が示す通りだとすると、これらが鍵を握っている事になるな」
「そうですね……竜哉さん達が解かれた通りだと、柚乃も思います」
 竜哉(ia8037)の呟きに、頷く柚乃(ia0638)。
 開拓者達の目に映るのは、4つの玉と、4つの台座――。

 ――時間は少し遡る。
「穂邑おねーさんが居るってゆーなら、きっと白と黒の間の奥に精霊さんがいるんだよ!灰色の脳細胞をフル回転させて暗号を解いて……」
「……ああ、解けた」
 開拓者ギルドの奥の部屋で、ぐっと拳を握り締める蓮 神音(ib2662)。
 続いたの竜哉の声に、思いっきりずっこける。
「ええっ!? もう分かったんですか!?」
「ああ。ほら。『あし』の下は『いす』って書いてあるだろう。そのまんまだ」
「足の下に椅子……?」
 同様に驚く柚乃に、鷹揚に頷く竜哉。
 足下に椅子を置く図を想像してしまい、小首を傾げる穂邑(iz0002)に、朝比奈 空(ia0086)が笑いを噛み殺しながら続ける。
「漢字にしてはいけませんよ。実際に書いてみた方が分かり易いですね」

 あし
 いす

 筆を走らせる空。それを覗き込んで、ヘイズ(ib6536)がぽん、と手を打つ。
「ああ、そうか。なるほどね」
「分かった! 文字を1つ下にズラせばいーんだ!」
「うむ。その法則に従って書くとこうなるな」
 神音の声に頷くルヴェル・ノール(ib0363)。
 筆を取り、空の字の隣に文字列を書き込んで行く。


 まぬゆら いまふ
 みねより うみへ

 はりゆら ゆりふ
 ひるより よるへ

 がゅきわ けねざゃをなえく
 ぎょくを このじゅんにおけ


「……峰より海へ。昼より夜へ。玉をこの順に置け……と読めますね」
 仲間達を見渡すアズラク(ic0736)。衛 杏琳(ic1174)も腕を組んで考え込む。
「玉か……。色は確か、黒、白、緑、青だったな。すると……峰が緑、海が青、昼が白、夜が黒に当てはまるのか?」
「そうだな。玉を緑、青、白、黒の順番に置いて行けば良いんじゃないかと思う」
 迷いのない竜哉の声に、頷く仲間達。
 それが本当に合っているかどうかは、実際に試してみないと分からないけれど。
 暗号解読としては、間違っていないように思われた。


 『白と黒の間』へ戻ってくるのはとても簡単だった。
 前回の調査で地図を作っていた為最短の道程が分かっていたし、何より道中の障害が全て排除されている。
 喜ばしい事であるが、逆に敵勢力に限らずありとあらゆるものが侵入し易い、危うい状況であるとも言えた。
 ここに至る道程は、一部の人間しか知らぬはずだが……こちらの動きを知った敵勢力に尾行されるかもしれない。
 この状況を憂いた竜哉が開拓者ギルドに厳重なる人払いを願い出た為、現在、ここまでの道程はギルドによって封鎖されていた。
「本当に居るかどうかは判らんが……奴らが『過去の人物』の名を使っている以上、同じく過去の産物であるこの『迷宮の住人』を放置するとは思い難くてな」
「そうですね……」
 部屋の出入口の真横に立ち、周囲を警戒しながら言う竜哉に、頷くアズラク。
 神霊に会う以上、武装解除は必須であったし、諸々の事を考えてもここで戦闘するのは避けた方が賢明である。
「足音は聞こえんが……」
「……大丈夫です。人が歩いている様子も見られません」
 念のため、バタトサイトを使って確認するアズラクに、竜哉はそうか、と短く答え――。
「……穂邑ちゃん、俺達から離れるなよ」
「ああ、何があるか分からんからな」
 続いたヘイズとルヴェルの声に、穂邑はこくりと頷く。
「穂邑殿。気分は悪くないか? 阿業殿、吽海殿も違和を感じたら教えてくれ」
「ありがとう。大丈夫ですよ」
「任せておけだし!」
 杏琳に笑顔を返す穂邑の肩の上で、胸を張る阿業と吽海。
 仲間達も気を回してくれているし、大丈夫だとは思うが……彼女は、大事の要だ。何かあってはいけない。
 そんな事を考えながら、杏琳は台座をまじまじと見つめていた。
 玉を収める順番は分かったが、収めるべき台座がどれなのか分かっていない。
 台に文言があったように、台座にも何か手がかりがあるのでは……。
 続く沈黙。それを破るような神音の大きな声に、杏琳が驚いて振り返る。
「どうした?」
「ねえねえ、台座に何か彫ってあるよ! 文字みたいの!」
 神音の指差す先を覗き込む杏琳。
 装飾の中に隠れるようにして、小さく文字列が彫られている。
「えーっと。『あた』って書いてあるね」
「……暗号の法則通りに読むと『いち』でしょうか」
「他の台座にも文字があるか見てみましょう」
 神音の声に、小首を傾げて答える空。柚乃も台座を覗き込み……。
 開拓者達が台座の飾りを調べた結果、全てに文字列があり、それぞれ『いち』、『に』、『さん』、『し』と書かれている事が分かった。
「これは数字と思って間違いなさそうですね」
「この順番に置けばいいって事かな」
 部屋に響く空の穏やかな声。
 続いたヘイズの言葉に、仲間達も頷く。
 玉を置く順番も、配置すべき台座も分かった。
 あとは、実践するのみ――。
「さて、鬼が出るか蛇が出るか……」
「神霊が出るはずだけど、どうなのかね」
 この状況でも淡々としている竜哉とルヴェルに反して、柚乃は少し緊張した面持ちで台座を見つめる。
「やってみるしかないですね」
「じゃあ、始めるよー!」
「念のために周囲に警戒をお願いします」
 台座の前に立った神音とアズラク。意を決して玉を手に取り、順番に玉座に配置して――。


 ほんの一瞬。視界が白と黒に支配された。
 身体が浮いたような。落ちていくような。
 白と黒の境界に、身体が引き寄せられるような――。
 何とも表現し難い感覚から立ち直ると、開拓者達は見知らぬ場所に立っていた。
「何だ、ここは……」
 辺りを見渡すルヴェル。
 白と黒で塗り分けられているのは今までと同じ。
 ただ、とんでもなく広く、何も無い。
 部屋と言うよりは、空間とでも言うべきだろうか。
 ちらりと、手元の懐中時計ド・マリニーに目を落とす彼。
 針はピクリとも動かず。
 何も示さないという事は、精霊力も、瘴気もないという事か……。
 この部屋に入ってからも、尾行している者がいないか警戒するつもりだった竜哉。
 それもすぐに、意味の無い事だと悟った。
 出入口や、扉と言った類のものがどこにもないし、隠れられる場所もない。
 そして、目の前に坐する一人の人物……。
 片手を上げ、天を支えているような不思議な姿勢。
 その頭には猫耳があり、猫族に近い姿に見える。
 どこまでも続く長い髪が四方へ伸びており、隠れたその顔を伺う事はできない。
 そして、一糸纏わぬ姿から察するに、男性のようであった。
 この人物が、穂邑を呼んだ『声』の主――神霊なのだろうか。
 柚乃は杖を脇に置くと、深々と一礼する。
 すう……と息を吸い込んで。彼女が紡ぎ出すのは『心の旋律』。
 精霊語による愛の詩。言葉の通じぬ相手にも意味が伝わるという不思議なそれに、初めまして……と。親愛の想いを込めて、心から祈るように語るように。
 柚乃の優しい歌声が響く中、仲間達も次々と武装を解除して行く。
『――……。…… ……――』
 柚乃の歌に応えるように、どこからともなく聞こえた音。静かで、深い響き。
 とても不思議な音。これが、神霊の『声』……。
「……この音は、穂邑さんが以前より聞いていた『声』と同じですか?」
 目を閉じる穂邑。空の問いに、ただ頷く。
「穂邑さん、御手を借りても、宜しいですか?」
「……手、ですか?」
「ええ。貴女に触れる事で、声の主と近付ける気がするんです」
 不意に聞こえたアズラクの問いに、目を開けた彼女。
 続いた言葉に頷くと、彼の手にそっと己の手を添える。
 アズラクはありがとう……と呟くと、『彼』に深くお辞儀をして――。
「初めまして。俺はアズラクと申します。貴方の声を聞いた方と共に、貴方に会いに来ました。貴方を傷付ける事や、ここを荒らす事は絶対にしません。俺達と、お話してくださいませんか」
 返って来るのは無言。顔は伺い知れぬが、こちらを見ているような気がする。
「お初にお目にかかる。俺はヘイズ。陰陽師だ」
 大仰に身振り手振りを交えて名乗るヘイズ。
 ここは、陰陽師に縁のある遺跡でないかと思ったが故に、わざわざ『陰陽師』と名乗ったのであるが……それに反応があったかどうか良く分からなかった。
 両手の指を胸の前で組み合わせてお辞儀をし、泰国の挨拶をする杏琳。
 顔を上げ、ゆっくりと『彼』に向き合う。
「衛杏琳と申します。人間です。お名前をお尋ねして、宜しいでしょうか」
『――……バン・ジゥ…………』
 どこからともなく聞こえた声。
 穂邑はそれに何度も頷き、仲間達に向き直る。
「この方の名前……『盤境』と書いて、『バン・ジゥン』って読むみたいです」
「穂邑おねーさん、分かるの!?」
「はい。何となく解るというか、感じるというか……。どう表現したら良いのか分からないですけど……」
 ビックリして振り返る神音に、自信なさげに頷く穂邑。ルヴェルがふむ、と考え込む。
「……これも、『神代』の力によるものなんだろうかね」
「ともあれ、話は通じそうで何よりだ」
 竜哉の声に頷いた神音。可愛らしくお辞儀をして『彼』を見つめる。
「こんにちは。蓮 神音だよ。あの、どーしてこの人を呼んだの?」
 再び聞こえる不思議な音。言葉ではないが、声だというのが何となく分かる。
「ええと……『待っていた。精霊の声を聞けし者。また会ったな。息災であったか』……と言っている気がします」
 近い言葉を捜しているのか、首を傾げ、ぽつぽつと口を開く穂邑。
 精霊の声を聞けし者……『神代』について言っているのだろうか。
 空は一礼すると、『彼』を見上げる。
「『神代』について何かご存知の事はありませんか? 彼女の身に宿る力なのですが……」
 穂邑を通じて返ってきた言葉は『わからない』という一言。
 そもそも『神代』がどういった能力なのか分かっている訳ではなく、説明も難しい。
 空自身、予想していた返答であったので、落胆はなかった。
「……また会った? 穂邑殿は彼に会うのは初めてだった筈」
 考え込む杏琳。
 『盤境』は、以前ここで誰かに……穂邑に似た人物と会っていた。
 それが一体誰なのか、確認する必要がある。アズラクとヘイズは、錦絵を用意すると『彼』に向き直る。 
「最近、今この場に居る人達以外と関わりましたか? その人達と似た人は、この中に居ますか?」
「羌大師を知ってるか?」
 数々の絵を指し示しながら問いかける二人。
 それに対する返答は、否。
 神霊とは時間を超越したもの。『最近』という概念すらない。
 開拓者達が知る中で、『彼』と会った人物は精霊の声を聞き、その身に力を宿したというのは羌大師だが……『盤境』にとって人間は数多にいる小さな存在で、個別に認識できていないのかもしれない……。
「何故、穂邑さんを呼んだのですか?」
「我の支えしものに『陰』が来る……と仰ってます」
 続いた空の質問に、『彼』に代わって答える穂邑。
 ……返答が抽象的過ぎて良く分からない。
 神音は、もうちょっと分かり易い質問に切り替える。
「最近大きな力の流れを感じなかった?」
「――……フェン……ケゥ……ン……」
「『狂気(フェンケゥアン)』、ですって」
 『彼』の声に続いた穂邑の通訳。
 どうやら、単語であれば開拓者達にも分かるように伝えられるらしい。
 そもそも、その『狂気』というのが何なのか分からないので聞いてみたが、『狂気』は『狂気』だという、とても意味の無い返事が返ってきただけだった。
「んーと。じゃあ、昔二人の王様がケンカしたらしいけど、その事について何か知らない?」
 ――分からない。だが、『狂気』が動いていた。
 続いた神音の問い。
 だんだん、穂邑の声と『彼』の声が重なって聞こえてくる。
「穂邑、無理はするな」
 ルヴェルの声に穂邑は目を閉じたまま頷き、杏琳は彼女を支えるようにして話を続ける。
「……その力のために目覚めたのですか?」
 ――我はずっとここにあり、白と黒を見守っていた。
 白と黒……天地の事を指しているのだろうか。
 途方もない話に身震いを抑えつつ、杏琳は声を振り絞る。
「貴方の望み……我々に、望む事は?」
 何かを守るため? 知らせるため? それとも……。
 ――我の支えしものに『陰』が来る……。
 彼が応えたのは先程も聞いた言葉。『陰』とは一体何なのだろう……。
 杏琳の反対側で穂邑を支えているアズラクは、彼女を気遣いながら口を開く。
「貴方は今でも、神ですか?」
 ――そうだ。『境界』を司る。
 その声に、なるほど……と呟き腕を組んだ竜哉。臆する事なく『彼』に語りかける。
「どうしてここにいるんだ? 外に出ないのか?」
 ――動く意味を感じない。黒を支える為にはここにいなくてはならない。
「黒って言うのは、どこの事だ?」
 ――黒は黒。お前達の言葉では『泰儀』と言ったか。
「泰儀だと……?」
 『彼』の声に、目を見開くルヴェル。
 彼が『泰儀』を支えているというのなら、他の儀はどうなっているのだろう。
 ヘイズはふと、疑問に思っていた事を口にする。
「儀が落ちた。なぜか判るか?」
 ――境界が失われ、『空』に還った。
 その言葉にハッとした柚乃。
 ……陰と陽。瘴気と精霊力。お互いに反発しあい力が生ずるという。
 それは全てに言える事で……もし、結合し力が消失したなら。
 例えば……そう、龍脈に流れ込んだ瘴気のように。
 儀が、大地が浮遊する力が、失われる……?
 ――全ては『空に還る』のだ。
 羌大師が遺した言葉が過ぎり、柚乃の背中に冷たいものが伝う。
「穂邑ちゃん、顔色が悪いぞ」
「大丈夫です……」
 ヘイズの言葉に、どこかぼんやりと答える穂邑。あまり大丈夫そうに見えず……アズラクは彼女の限界が近い事を知る。
「すみません。最後もう一つだけ……。貴方の力で、地上の争いを止められませんか?」
 ――『狂気』を切り離せ。
 その返答に、絶句する杏琳。
 まさか。虜将は、知皆の住民は、『狂気』に憑かれているのではあるまいな……。
 彼女がそんな事を考えた刹那。穂邑の身体がぐらりと傾く。
「穂邑さん……!」
「大丈夫か!?」
 彼女に駆け寄る空とヘイズ。
 同時に、再び開拓者達を襲う浮遊感。
 『彼』も精霊の声を聞きし者の異変を感じたらしい。そろそろお別れの時間のようだ。
「盤境さん、ありがとねー!」
「……後は、任せたまえ」
 にっこり笑顔で元気に手を振る神音。そして、ルヴェルが軽く会釈をする。
「ああ……またお会いする事は?」
 『盤境』に近づき、見上げる杏琳。
 彼の顔は長い髪に覆われてハッキリとは見えなかったが……微かに口が動いたような気がした。