【鍋蓋】義賊 解明編
マスター名:奈華 綾里
シナリオ形態: シリーズ
危険
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/08/14 20:11



■オープニング本文

前回のリプレイを見る


 地主の屋敷から持ち出した証拠品――それは、小さな木の板だった。
「鍋蓋の木ではないさねっ」
 その板を見つめて、新海は呟く。あれからこっち、連絡すると言っていたラスドロこと義賊を名乗るラストドロップの少女からは一向に音沙汰がない。

『地主の悪事を公の元に曝す』

 そう約束した開拓者達であったが、重要となるらしいその証拠は全く意味の判らないものだ。どうすればいいか‥‥解決策が浮かばぬまま、時だけが過ぎてゆく。
「お困りのようね」
 そんな昼下がり――はっとし振り向いた先に彼女はいた。ここは、宿屋の三階――どうやって入ってきたのか判らないが、気付けば新海の部屋のベッドに腰掛けている。
 屋敷で会った時とも酒場で会った時とも違い、今日は髪を二本に纏め少女らしさに磨きがかかっているようだ。

「待ってたさね! ラス‥‥」
「その名前は駄目」

 ラストドロップと呼びかけた新海の口を慌てて塞ぐ。
「じゃあなんと呼べば‥‥」
「そうね‥‥エン‥‥」
「ラス! ラスでどうさぁ?」
 言いかけた彼女の言葉に被せるように新海が問う。
「安直なのね‥‥でも、逆にその方がばれないかも」
 ラストドロップの前の二文字――ただそれだけなのに、どこか違った雰囲気の名に感じられるから不思議なものだ。
「じゃあ、ラス。これからよろしくさねっ」
 そんな彼女に笑顔を返して、新海は嬉しそうだった。今日は彼の気になっている筈の鍋蓋武器は持参していないというのに‥‥全く訳が判らない。
「そんなことより約束の件はどうなってるの?」
 困惑する心を押し留め彼女が問う。
「ああ、そうだったさね。それが‥‥いまいち進んでいないさぁ。証拠は取ってきたものの、何を意味しているのかさっぱり判らないさね」
 頭を掻いて、彼は問題の木片を差し出して見せる。

「これは‥‥駱駝かしら?」

 それを受け取って彼女はそう感想を漏らした。
 明らかに加工されたそれ――。確かに形だけ見ればそれは駱駝そっくりである。二つの瘤に四本の足、少し長い首に小さな顔‥‥細かく彫刻はされておらず、価値としてはとても低いように思える。
「仲間が言ってたさぁ。きっとこれは重要なものだと。人は追い込まれると大事なものを取られまいと無意識に視線が動く‥‥地主を相手にした仲間が、その時に地主から読み取った視線の先にあったのがこれだったらしいさね」
「ふ〜ん、こんなものが? 信じられないわ」
 何処からどう見てもただの木片――子供の玩具にしても味気がなさ過ぎる。
「先に言っておくけど、あの屋敷を探っても何もでないわよ。私が潜入して調べたけど見つからなかった。貧民街の人間を使って人身売買をしてるって噂があるんだけどね‥‥証拠がなくちゃどうにもならない」
 唇を噛み締めて、彼女が言う。
「まさか、本当さね?」
「あなた達も見たでしょ? あそこのメイドは皆傷だらけ‥‥適当に借金背負わせて、担保にされた若い娘を働かせているのよ。勿論普通に雇ってるのもいるけどね。気に食わなければ手を上げる。つまらなくなれば売ってしまえばいいと思ってる‥‥人間の屑だわ!」
 彼女の言葉にふと前回ロビーでの地主の振る舞いを思い出して、新海は言葉に詰まる。あの気性であれば、彼女の話は嘘とは思えない。
「何か不審な行動とかしてないさね? 決まった日に何処かに出かけたりとか」
「さぁ? 私は一週間程度しかあそこにいなかったから。それにあの男の傍には腕利きの側近がついているのよ。出かける時は彼がいつも一緒だし、何かにつけて彼を信用して任せているみたい」
 未だベッドに腰掛けたまま、彼女が言う。
「そうなると、その男を調べてみるしか無さそうさね?」
 いつになく真剣に新海が思案する。
「ま、後は任せるわ。あくまで私は傍観者だもの」
 その言葉を聞き、彼女が悪戯な笑顔を作って見せた。そして、
「けど何もなしじゃ可哀相だからこれをあげる」
 今座っていた場所に置かれたのは一枚の紙切れ――そこにはその側近の特徴と主な動きが記されている。
「それじゃあね。幸運を祈るわ、鍋志士さん」
 そして、軽くウインクを飛ばすと軽い身こなしで窓から姿を消すのだった。


■参加者一覧
秋桜(ia2482
17歳・女・シ
ガルフ・ガルグウォード(ia5417
20歳・男・シ
和奏(ia8807
17歳・男・志
志宝(ib1898
12歳・男・志
万里子(ib3223
12歳・男・シ
蓮 蒼馬(ib5707
30歳・男・泰
コトハ(ib6081
16歳・女・シ
ナキ=シャラーラ(ib7034
10歳・女・吟


■リプレイ本文

●忍と踊
(「あの地主の事だから、八つ当たりとかしてるんじゃないかなぁ」)
 前回貰った見取り図を頭に叩き込み、万里子(ib3223)が再び地主の屋敷に侵入する。盗まれた駱駝の木片――その事がきっかけとなって、また手を上げているのではと推測したのだ。

「ふん、判る訳がないのだ。どれだけ苦労してアレを作らせたと思っている」

 すると、案の上地主は苛立っていた。机には空になった酒瓶が並びその隣では服の乱れたメイド達が恐怖に肩を震わせている。

「何をぼさっとしているっ! さっさと酒を注げ。それとも何かおまえら自身がわしを楽しませてくれるとでも言うのか?!」

 下卑た視線をメイド達に向けて、鬼のような形相とはこの事だ。
 しかし、ある男の来訪で態度が一変した。ノックもせずに入ってきたというのに怒声を浴びせず、小さく舌打ちだけするとメイド達を下がらせる。
(「もしかして、あの人が側近?」)
 彼の勘は当たっていた。スマートな体躯の色白銀髪。はっきりと顔は見えないが、スーツを着こなしどこか今までの男とは雰囲気が違うし、ラスドロからの情報と一致する。

「アレを失くしたと言うのは本当ですか?」
「あれは‥‥仕方がなかったのじゃ。ゴロツキ共は役に立たんし、おまえが出ている時の事だ。わしのミスではない‥‥むしろおまえのミスだ」

 苦々しげに見つめる地主。けれど、側近は動かない。
「はっ、ご冗談を。私に落ち度などなかった筈ですか?」
 それどころか主人である地主にそうあっさりと言ってのける。
(「もしかして、本当は‥‥」)
 そう思った時、下が動いた。

「コソ泥に気付かないとは致命的だ」

 そう苦笑し、男は小型のナイフを投げる。それを慌てて天井裏で回避するが、さっきいた場所にはきっちりそのナイフが付き刺さっている。
(「敵わない!」)
 万里子はそれを瞬時に悟っていた。そして、一目散に逃走を開始する。
「おまえら、とっとと働け! わしの顔に泥を塗る気かっ!」
 後方では激しく用心棒に檄を飛ばす地主の声が響いているのだった。



 一方、酒場の一角で踊りを披露するのはナキ=シャラーラ(ib7034)。

「やっぱりあたしはここが一番似合ってるぜっ」

バラージドレスからのチラリズムは男の浪漫――かどうかは知らないが、彼女はまだ若い。若いと言うか、子供同然である。ジプシーとはいえ、ぺしゃんこの胸では厳つい殿方には通用しない。

「ガキは引っ込んでろ! もっとボインのねーちゃんを出せっ!」

 そしてガラの悪い酒場を選んだ事もあり風当たりが悪い。しかし、彼女は慣れていた。

「なぁ、そんな事言うなよ−。最近この辺りで人間を仕入れているって噂を聞いててさー。あたしってば超イケてるから、こえーんだよ。なんか知ってたら教えてくれよー」

 身体をくねくねさせながら、積極的にテーブルを回り声をかける。

「お前みたいなガキ、狙らわねぇよ‥‥ほしいのはもっといい女だぜ?」
 酔っているのか彼女を茶化すように一人の男が言う。
「へー、あんたしってんのかい?」
 その口ぶりにナキはターゲットを彼に決めた。
「はっ、知ってても教えるかよ。まな板なガキはすっこんで‥‥」
「なんでー‥‥旦那になら、触られるのはOKなんだぜ?」
 そう言いかけた男に少し上目遣いで迫れば、言葉が途切れる。鼓動が早くなり、彼女にだんだん惹かれてきているようだ。
「旦那? どうかしたかい?」
 それは彼女のスキル・ヴィヌ・イシュタルの効果だった。人に好意を抱かせるジプシー特有のスキルである。

(「しめしめかかったぜ」)

 その手応えに彼女はほくそ笑むのだった。


●情報入手の為に
 一夜明けて、情報収集班も動き出す。
 蓮蒼馬(ib5707)とガルフ・ガルグウォード(ia5417)は人身売買の実状を知る為甘味処経由で貧民街に、志宝(ib1898)とコトハ(ib6081)は蛇の道は蛇と言う事で裏ギルドと鍵屋をあたってみるようだ。
「さっ、新海さんはこっちです」
 そして新海は和奏(ia8807)と一緒のようだった。彼に手を引かれ、彼の人妖と共に街へ繰り出す。
「俺は何するさぁ?」
 その言葉に和奏は短く「買い物」と答えるのだった。


(「万里子様の情報ですと、かなりの手だれとか‥‥用心しなくては」)
 そしてもう一人――地主の側近を尾行するのは秋桜(ia2482)だ。
 朝からずっとつけているが至って男はテキパキと仕事をこなすばかり。今のところ不審な点は見当たらない。そして、性格はあの地主とはまるで正反対。感情には流されず、そつ無くこなし、厳つい顔はしている部下との関係も良好のようだ。

(「あの若さで不思議です‥‥」)

 屋敷内で伝票整理を早々と終えると、今度は地代の徴収に向かう。
「今日は三番地区ですか。あそこは払いが悪いから困ります」
 と溜息をついて、暫く歩くと彼はぴたりと歩みを止める。
 それと同時に目にも止まらぬ速さで振り向き携帯の銃を発砲した。
 狙いは完璧――動けなかった秋桜の額に汗が伝う。

「くっそ‥‥」

 晴天の下起こった出来事。どうやら、男を狙って現れたもう一人が返り討ちにあったらしい。表情一つ変えず、何事もなかったように処理を部下に命ずる。

「そこにいる方も私に何の御用ですか?」

 そして、それに続いて男は彼女に声をかけた。
「ばれていましたか」
 秋桜は平静を装い、渋々姿を現す。はっきり見えた側近の顔――切れ長の眉に何処か冷めた眼差し。あの地主とは力の差も歴然である。それを肌で感じ取りごくりと息を飲む。けれど、彼女とてシノビ――修羅場は何度も経験している。肌でぴりぴりとした空気を感じながら交渉に入る。

「我々はあなたの主の宝を握っています。返して欲しほしくばお金をご用意下さい」

 まだ木片の謎は解けていない。しかし、あれが重要な事はわかっている。カマをかけて、何か反応がないか言葉を待つ。

「宝? さぁ、何の事でしょうね‥‥財務に関しては私が責任を一任されておりますが、モノが判らなければあなたに支払う意味がない。宝とは一体何の事ですか?」

 話にならないといった面持ちで彼が言う。

「わからなければ結構です。後で泣きを見るのは貴方方ですから」

 彼女はそう言い残しその場を後にする。再び銃声が唸りをあげたが、彼女は夜を使い辛うじて回避に成功、なんとか離脱する。
「ふ、成程。あの小娘がアレを‥‥」
 男は彼女を見送り、彼らしからぬ笑みを浮かべた。そして、一言。
「まさか水着で脅してくるとは変わった方だ」
 彼女の人相をはっきりと焼付け彼が言う。
 隠密行動に動きやすいとはいえナンセンス。秋桜の意図はどこにあったのか、それは謎である。


 一方その頃、甘味処では‥‥

「やぁ〜ん、お兄さん恰好いいじゃなぁ〜い」
「そんなメイドの事なんて忘れてちゃえばいいのよ」

 薔薇を片手に現れた蒼馬――彼の作戦は地主のメイドに見惚れて探しているという設定で何かしらの情報を得ようとしたのだが、その容姿に思わぬ視線が集まっていた。薔薇を携えた物腰穏やかなイケメン天儀人とあって、現地の女性が放っておく訳がない。
「好意は嬉しいが、今は一刻も早く彼女に会いたい‥‥地主の側近は若くてスマートと聞く。彼女が心惹かれてしまっては遅いんだ」
 集まる彼女達に真剣に話す彼。しかし、それは逆効果だ。

「や〜ん、一途な人って好きよ〜」

 人妻から少女まで‥‥場所が甘味処とあって、なおさら女性が多い。

「駄目だ、思つかねぇ」

 その横では鍋蓋を眺め悩むガルフがいた。
 しかし、運ばれてきた甘味を前に気持ちを切り替える。
 サラバン――アル=カマル特有のケーキではないようだが、甘味マップに載っているのだから絶品なのだろう。スポンジから香る僅かなアルコールと蜜の香りがたまらない。
「少しだけならいいよな」
 楽しみにしていた手前、仕事中ではあるがここは割り切ってフォークを入れる。
 そして、それを口へ運ぼうとした時――彼をはっとした。自分に向けられる視線‥‥それは向かいの机からひょこりと頭を出した少年からだ。うるうる眼が彼に無言で訴えかける。

「‥‥食べるか?」

 その表情に耐えかねてガルフが半分を差し出せば、嬉しそうに手に取って頬張る彼。
「その代わりちょっと教えて欲しい事があるんだ」
 にこりと笑ってそういうと、少年が顔を上げ快く快諾する。だが、その一つがまずかった。

「俺も教えるからケーキほしい!」
「おにぃちゃ、わたしも〜」

 それを聞き付け、次々へ子供が集まり出す。話をすればケーキが貰える。そう思ったのだろう貧民街の子供が彼の元に群がり始める。一人二人の問題ではない‥‥気付けば、子供の数は二十を越えている。
「あ、えっと‥‥」
 縋りつく様な目――財布が悲鳴を上げそうだが、仕方がない。

「わかった。俺がおごってやる‥‥だから、好きなだけ食え!」

 財布を掲げて、心中で滝のよう涙を流しながらも‥‥彼は結局一口も食す事無く、情報だけを手に入れるのだった。


●木片推理
「一体、コレはなんだろうね‥‥」
 時間は少し遡る。新海がラスと接触したと連絡を受けた後の事だ。
 再び集まった開拓者の殆どは前回と同様のメンバーであり、木片の事も勿論知っていた。しかし、肝心のそれがなんであるかがわからない。駱駝の形をした汚い板――具体的には瘤は二つで、胴の部分は手垢のようなもので汚れており、匂いはなく細かい彫刻もない為価値があるようには思えない。

「僕の推測では垢が多いのは頻繁に持ち出されている証拠だし‥‥綺麗じゃないのは人に見せる必要がないからだと思う」

 ずっと駱駝と睨めっこをしていた志宝が言う。

「んー、やっぱり鍵とか‥‥なのかな?」

 それに釣られて万里子も木片を覗き込んで、

「嵌め込み式の鍵、ないしレバーって事もあるかも」

 と再び志宝。レバーにするには強度があやしいが、それでもそうでないとも限らない。一同の推測は粗方『何かの鍵』という所に落ち着きつつある。

「しかし、なんで駱駝なんだろうな」
 それを見てぽつりとナキ=シャラーラ(ib7034)が呟く。

「それは‥‥はっ、わかった! きっとラクダ好きなんだよ!!」

 自信満々に言った志宝の意見――しかし、それはなんだか違う気がする。

「え、じゃあなんでラクダ?」

「すばり、ラクダが楽だから、さぁ」

 そして、新海の会心の駄洒落に暑い大地が僅かに冷える‥‥訳もなく微妙な空気が流れるのだった。



「わかるでしょうか?」
 裏ギルドから紹介された鍵屋にコトハが問う。
「さぁなぁ‥‥ただの板じゃないのかね」
 しかし、どの鍵屋もそれの一点張りだった。すでに根回しされているのか皆口を閉ざす。そこで視点を変えて、今度は裏路地にいるらしい情報屋に話を持ちかける。この界隈では一番と名高き情報屋――これはナキが手に入れたものだ。

「こういう形のものを使って、何か大きな仕事をしている人達が居るって聞いたんだけど、何か情報はない?」

 見るからに怪しい風体の男‥‥さすがにそう簡単に口を割らない。彼はひたすら沈黙を続けている。

「これでも駄目かしら?」

 そこで彼女が交渉に入った。この手の人間は金が全て――それなりの額を摘めば、ある程度の融通は聞く事を彼女は知っている。
「で、何が聞きたいって?」
 案の定相場の倍額でやっと口を開き、にたりと笑う。

「知りたいはこの板が何なのかと地主に絡んでいる相手の情報よ」

 木片を彼に見せ彼女が簡潔に問う。けれど男の回答は暫く要して、

「どちらか一方だ。それ以上は教えられん」

 と更に条件。
「えー、どうするコトハ?」
 それを聞き問う志宝に、
「仕方ありません。では板の情報を」
 と表情を変えぬまま言葉する。最悪人身売買の件は他の仲間に任せればいい。木片の謎が最重要課題だと彼女は判断したのだった。


●不発豪遊とまとめ

「和奏〜〜、まだ買い物するさねぇ?」
 山積みになった箱やら包みを抱えて前が見えない状態の新海が問う。
「仕方ありませんねえ、光華。荷物持ちが限界だそうです」
 そう言って彼女を止める和奏。
「もう終り? つまんない!! そうだ、アル=カマルの人を連れて帰れば倍持てるんじゃない!」
 嬉々として彼女が提案する。
 しかし、これは人身売買のバイヤーを誘き出す作戦なのだが、それを新海は知らない。
「人はお持ち帰りなんて出来ないさねっ! というか、和奏が持てばいいさぁ」
 手持ちの荷物が一つもない彼に気付き、新海が言う。
「自分はお供なんで、荷物持ちはできない身体なんです」
 けれど、彼はよく判らない理屈を並べてそれをきっぱり断った。
「しかし、人ですか? いいかもしれません。どなたかこちらの方を買う方法をご存じないでしょうか?」
 そして、大真面目に頬に手を当て誰にともなく問いかける。だが、ここは公の道――そんな話が通る筈がない。しかし、その会話に聞耳を立てている人間が居なかった訳ではない。けれど、結局彼らを警戒してかその人物から声がかかる事は無かった。


 そして、皆の情報を照らし合わせて、二つの事柄が浮かび上がってくる。
 一つは、あの側近と地主の関係が主従だけではないと言う事、もう一つは木片はやはり鍵の役割を担っているという事だ。人身売買の場所に関しては特定は出来なかったが、側近が只者ではなかった為仕方がない。

「確かに貧民街では人がぽつぽつ居なくなってるみたいだぜ。子供や姉ちゃん、力のありそうな兄さんまでもが連れていかれてるみたいだ」

 財布をひっくり返してガルフが言う。

「事は深夜に起こっているようだ。家もない人達はそこらの空き家やら軒下にテントを張って暮らしているから防犯対策など仕様がない。殴られて運ばれているのを見た者もいるらしい」

 と今度は何処か精神的に疲れた様子の蒼馬が告げる。

「側近の男は輝砂の始まる前後から見かけるようになったらしいぜ。余所もんかもな」

 色白である事からも判るように、彼はこちらの人間ではないようだ。すると地主とはどうやって繋がりを持ったのか、不思議な点は多い。

「それに立場もどっちかっていうと側近さんの方が上みたいだし」
「あれ程の腕が立つのに側近に甘んじている。何か裏があると思われます」

 万里子に続いて、秋桜もその意見に同意する。

「駱駝の形は擬装用。四本足が重要らしく四連の鍵になっているそうです」
「どこの鍵かまではわからなかったけどね」

 最後に情報屋から得た事を二人が語る。
 進展はあった。しかし、まだ決定打がなく、これでは地主を追い詰める事はできない。そんな中一人だけ違う所で思考を巡らせている者がいる。和奏だ。
(「あの方は一体何を考えているのでしょうか? あの時彼女はお金だけを盗むつもりだったと言っていたのに、地主さんの虐待癖等強調して‥‥さっぱり判りません」)
 ラスドロに対する不信感――彼はそれを拭えぬまま、皆を見つめているのだった。