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■オープニング本文 前回のリプレイを見る ●声 「あんな下賤の者が王だと…ふざけるなっ」 『いい気味だ…お前らはこれで終わる』 「元下級だと? 成程。しかしここは取り込みやすいかもな」 「まさか、私が王等と…今でも信じられん」 「そんな心構えでは先が思いやられる…おまえはおまえの思うようにやればいい」 『けれど、おまえは選ばれた。やるべき事はわかっているか?』 「そうだな…まずは」 「奴らを野放しにするなよ」 「え…あぁ、善処しよう」 『善処する。お前そう言ったのではなかったか?』 「まだいたのか? おまえはそれ以上出世は出来ないぜ?」 「そう罪人なんだってな…アレが王になったからといっていい気になるなよ。人殺しは重要ポストにはつけない…天護隊なんてもっての他だ」 「……」 『罪人…私が? あれは親の罪だ。だが、ここではそれが枷となるのか?』 『偽りの国…もう用はない。力こそ全てだと言っていた筈なのに…』 「まだか…あいつは何時になったら変えるのだ?」 「無駄無駄ぁ〜結局俺の親には頭が上がらないのさ、ははは」 『ふざけるな。もういい…どうにもできないのなら俺がやる』 『既成概念を壊す。常に自分達が特別だと思っている者達全ての――』 『そして本来の掲げられている意味での国に作り上げてやる』 「おい、冷静になれ…お前は王だぞ」 門前に向かう芹内を留めようと菊柾が言葉する。 「私は冷静だ…ただ、あいつの目的が判った以上私の取るべき行動はただ一つ。この一の丸を、そして一人でも多くの城内にいる者達を守らねばならない」 開拓者と戦っていた狩狂が発した言葉と報告の件。 そして今までの事件を洗い直して見えてきた彼の目的は芹内自身ではない。現に今も二の丸同様、強引に突破すればいいものをそれをせず、開拓者との戦闘を楽しんでいる様にも見えるが、その裏に別の目的があったとしたら? 時間稼ぎをしていたとは考えられないだろうか? 貴族の屋敷を焼く。常勤志士の中にも貴族の倅は多くいる。彼らに向けての恐怖を植え付ける意味も今のこの行動にはあるのかも知れない。 「奴の目的は多分『貴族の殲滅』だ。だから貴方は城内へ」 「何!? なぜそんな…」 「彼は一部貴族の横暴に腹を立てていた。表面には出さなかったがな。そして私が王になった時、言われたんだ。奴らを野放しにするなと」 ようやく思い出した。彼だけではない。その行いをよく思っていなかった者は確かにいたし、自分も気にはなっていた。しかし、一志士では何も出来なかった。 「それはわかったが…おまえが行って、もしもの事があったらどうするのだ?」 大将が落ちれば総崩れ――それそこ全てがお終いになってしまう。だが、 「大丈夫ですよ…貴方がいる。それに貴方は言いました。開拓者もプロだと……そして、彼らを信じろと…ならば私が危うくなれば彼らがどうにかするでしょう。今ここでこの騒ぎを収拾出来なければこの国自体が終わりです」 鎧に身を包み歩みを止めない芹内に菊柾が苦笑する。 初めから二人は似ていると菊柾は思っていた。頑固で譲らない性格…唯一違うとすれば、狩狂は力を外に向け、芹内は内に抱くタイプだったという事だ。 そして今、芹内王は狩狂の許へと自ら向かっている。呼び出された訳ではない。普通ならばこんな危険な戦場に一人で行かせる等正気ではないが、今の彼には菊柾の声でも聞こえないだろう。下級時代から愛用している刀を手に…門へと進み行く。ならば、 「芹内の行動を無駄には出来んな」 菊柾はそう思い、一の丸内にある屋敷に走る。避難した貴族や拘留されている者達に…王の決意を目に焼き付けさせなくては――例え結果がどうなろうと、彼は今真剣に国の危機に向き合っているし、しかもそれは彼らの為に他ならない。 「軽傷の者は戦場には出なくていい。ただ、動ける奴は伝達を頼む…あいつらに王の気持ちを伝えるいいチャンスだ!」 彼はそう言って次は城内へと走る。 それと時を同じくして、空には青の狼煙が上がっていた。 ●本気 (「あれは…王ですよね。どういうことですか!!」) 一の丸への避難が終わって動いた局面――。 情報伝達の為空にいた開拓者が驚きつつ、異変を知らせる狼煙を上げる。 「やっときましたね…」 だが、狩狂自身はそれに驚いてはいなかった。 予定とは違ったが、それでも彼と対峙出来るならそれでいい。南南東の門の上に現れた芹内の姿に開拓者達も手を止め、一旦戦場は静まる。 「狩狂…いや、八手よ。おまえの目的はさっき腐敗した国を変えると言ったな。それはつまり貴族の事なのか?」 門から見下ろす形で芹内が問う。 「えぇ…そうですよ。貴方が貴族に染まったようなのでね…当てにするのは止めました。それにここは力が支配する志士の国……強き者が王になる。それが一番いいとは思いませんか?」 目を細めながら彼が言う。 「おまえは…変わったな」 芹内が彼の姿を見つめて小さく呟いた。 その声は多分狩狂には届いていないだろう。それを気にも留めず、芹内はトーンを上げ続ける。 「やはりなのだな……判った。言い訳はせぬ。ただお前のやり方は間違って」 「聞きたくありませんねぇ…間違い? 否、いらないものは排除する…簡単な理屈です。彼らが生きていて何か役に立ちましたか? 隙あらば金にものを言わせて下位の者を従わせる。国の金にしがみつき、あまつさえ民まで苦しめる。そんなもの要らないでしょう?」 菊柾の様に全うに職務を果す者達がいる傍らで、至福を肥やす為に七草の折のような強引な手を使う者もいる。息子を重役に据えさせる為に…賄賂を贈っていたというのも聞いた話だ。そして、正式に採用となったら稽古は半分に、警備と使用して町を回り好き勝手…それではただのゴロツキと変わらない。 「今のお前も変わらないのではないか?」 芹内の言葉――民には手を出してはいないが、罪のない貴族を…殺している。 「ええ、そうですね。悪党と呼んで頂いて構いませんよ? 元々罪人のレッテルは持っていたのでねぇ。けれど、ここで貴方を殺せば国を束ねる者はいなくなる……玉座に着くのはどちらでもいいのですが、必要ならば私が代わりを勤めて差し上げますよ、くくっ」 狩狂が得物を構え直す。 「やるしかないのだな」 「そういう事です」 知っている者同士、それ以上言わなくとも判る。 二人の間に出来た亀裂は修復不可能な所まで、既に到達している様だった。 ーーーー 【現在の状況】 二の丸内の武器庫から進入した百狩の別働隊は鎮圧の方向に向かい、 放火されていた建物に関しても鎮火に向かっている 周囲の状況は南南東の門の前 近くには空堀が存在 仕掛けがあり、その起動については芹内が知っている模様 その他、所々に志士達で展開した柵が立っていたが、一部破壊されたものも 南側の火災は少なく屋敷は姿を残したまま建っているものが多い 多少傾斜しているが、立地としては戦闘しやすい方 |
■参加者一覧
羅喉丸(ia0347)
22歳・男・泰
菊池 志郎(ia5584)
23歳・男・シ
魁(ia6129)
20歳・男・弓
リューリャ・ドラッケン(ia8037)
22歳・男・騎
和奏(ia8807)
17歳・男・志
蓮 神音(ib2662)
14歳・女・泰
バロネーシュ・ロンコワ(ib6645)
41歳・女・魔
刃香冶 竜胆(ib8245)
20歳・女・サ
白瀬 譜琶(ic0258)
14歳・女・シ
庵治 秀影(ic0738)
27歳・男・サ |
■リプレイ本文 ●狩狂 (「どうなっている?」) 張り詰めた空気に動けない志士達。芹内が下へと向かう間も場は硬直している。 だが、他方に居た者にはそれを瞬時に察する事は叶わない。駆鎧を下りて駆けつけた竜哉(ia8037)もその一人で到着と同時に状況把握を開始する。 狩狂に、黙幽、鎧の女もまだ健在。なのに、この静まり様…さっきの青の狼煙で自体の急変は知ってはいても、詳細については理解しかねる。 「…よう、兄さん。ここを頼むぜ」 そんな彼にそっと近付いて、簡単に状況を説明し庵治秀影(ic0738)は一の丸に向かう事を決意した。その理由は、 「王は本気だ…このままにしておくのはおしいだろぅ?」 菊柾同様この状況を知らせる為。彼にとってはまたまた引き受けた仕事だったが、それでもここまで関わってしまえばもう人事ではない。貴族の内情に詳しい訳でもないが、彼らがどう思っていようと、今の芹内の覚悟を見れば何かしら響いてくるものがあると信じたい。 「わかった。ならば俺は王を守ろう」 交わされた言葉はそれだけ。程なくして芹内が門を開き狩狂と対峙する。 そしてその時には開拓者らもそれぞれのターゲットの前に立っていた。 「大勢を巻き込んだ七草事件などの目的は貴族ですか」 黙幽を前にして白瀬譜琶(ic0258)が言う。 「確かに力が主となる国ではありますが、人とは話し合うことができる者。もっと他の道も…」 そう言ってみても黙幽は答えない。取り合う気がないらしい。 (「やはり力で対抗するしかないのですね…」) 聞き分ける耳がありそうなのに…もはや全てが遅過ぎる。 そんな想いを抱いていたのは彼女だけではない。そう魁(ia6129)もまたその一人だ。 (「無理でも遠くても、最後まで自分で何とか変えていこうとするべきなんだ、人間なら!」) 魁の過去に何があったかは判らない。しかし、今のやり方は間違っていると彼は思う。 場が静まったのを期にこっそり門の裏に周り策を巡らせ物陰へ。元々後衛の彼だ。いざという時の対策を動ける志士に手配し、自身は不意打ちを狙う。 (「問題は奴が俺を覚えてるかだな…」) 芹内に気を取られてはいるが、先程顔は見られている。頭数が減っていれば警戒されるだろう。 がそんな気持ちを余所に場は再び動き出す。 その引き金はバロネーシュ・ロンコア(ib6645)の術だった。 芹内にも防御魔法をと彼女が近付いたのを見取って狩狂が駆ける。襲撃時から魔法をよくは思っていなかっただろうし、範囲に及ぶ術が使える者は先に潰しておくに越した事はない。飛び込み様に彼の得物の鉄球部が彼女を襲う。 だが、そう簡単にそれが通る筈もなく、まず動いたのは羅喉丸(ia0347)。 勢いを殺すように鉄球に手を這わせ抱え込む形で凌ぎ引き寄せる。がその時にはもう武器の前に狩狂はいない。気付いた時には武器を手放し上に跳躍。彼の上を飛び越えて彼女に迫る。けれど、こちらもまだ終わりではない。 「その首置いて逝きなんし!」 間に入って今度は刃香冶竜胆(ib8245)による一閃。背水心で覚悟は出来ている。それに続いて芹内も居合の構えを取っているのを見取ると、彼は身体を捻って進路を変更。着地と同時に懐から取り出した苦無を投げつける。――がそれは芹内には届かない。 「守りの極地である騎士の前で、易々と命を奪えると思うなよ?」 それを防いだのは竜哉のシールド。見た目は腕輪であるが、取り付けられた円盤と煌く宝珠のおかげで盾として扱う事が出来る。 「ほう、また珍しい物を…」 それを見取り狩狂が目を細める。 「貴方も何かあるのでは?」 そこへ菊池志郎(ia5584)。彼自身は門の上から全体を俯瞰し緊急回復と支援役に…術視『参』では何も見つからなかった手前、言葉で探り出そうと試みる。 ちなみに今気にかかるのは手甲の下の光る物――。 「さぁ、どうでしょうねぇ…知りたければ力づくでどうぞ」 けれど彼も勿体つけて、 「ならばそうさせてもらう」 羅喉丸が再び飛び込んだ。けれど狩狂はそれを軽くかわして、次に迫る竜胆の背後に回ると勢いのまま回し蹴り。その衝撃に耐えられず、二人がぶつかる形で転倒する。 「これを狙うのは勝手ですがねぇ…そんな縛りを設けて勝てる気ならば、舐められたものです」 狩狂はそう言うと手放した武器を拾いもせず芹内の元へ。竜哉と志郎が投擲武器で応戦する。 だが、それは逆の効果を生んで、 「沢山の武器、感謝しますよ」 にやりと笑うと瞬時にそれを受け止め投げ返す。 (「普通なら考えられんが…この男のセンスなら出来てしまうのか?」) 並外れた能力に……おされ気味の彼らだった。 ●炎恋 一方術を完成させたバロネーシュはあの後、蓮神音(ib2662)の援護に急ぐ。 駆けつけ見えた先には複雑な表情で耐え忍ぶ神音の姿があった。 「ねぇ、貴方は水恋さんと何か関係があるの? 神音に何が判らないって言うのっ?」 ひっきりなしに続く攻撃を鎧を纏った拳で弾く。鉄をも貫くと言われるその拳武器だが、鎧の女の刀も値打ちものなのかそう簡単に壊れる事はない。 「ねぇ、なんとか言ってよ! 言葉にしてくれないと解らないよっ!」 そこで彼女は打って出た。 裏一重からの百虎箭疾歩で狙うは兜。大きな音を立てて、兜が壊れる。 「水恋さん…?」 その下にあった女の顔に神音が思わず呟く。それ程までに瓜二つだった。 (「志郎おにーさんが言ってた。瘴気の反応はないって…だったらこの人は誰?」) もう迷わないつもりであったが、さすがに瓜二つとなっては心が揺らぐ。 「やってくれたわね…いいわ教えてあげる。私は炎恋…あの子の姉よ」 兜が破壊されたと同時に構えを変えて、彼女が神音との距離を縮め、 「危ないっ!」 バロネーシュが咄嗟に蔦を伸ばす。それは辛うじて間に合った。 神音の首元に流れる血――切っ先が僅かに触れたようだ。 しかし、それ以上は寄せ付けない。けれど、突然の事にまだ十三の少女の足は竦み、数歩下がる。 「なんで…だったら尚更…王様を傷つけるなんて」 「おかしいって言うの? お子様ね…あの子はアレを好いていた…なのに今は向こうで一人。寂しがってる筈よ」 蔦に縛られて尚、刀を前に出さんと彼女がもがきながら言う。 「そんな、だからって違うよ…好きな人に来て欲しいなんて思わない筈…」 自分に置き換えればよく判る。もし自分が先に死んでも後追いは……。 「まぁ、どちらでもいいのよ。これは私の為…あの子への手向けとしてアレを殺す。それが私の目的」 病んでいる…彼女が水恋をどう思っていたかは解らないが、何かが何処かで捻じ曲がっている気がする。 「神音さん、もう持ちませんよ!」 蔦にも限界はある。炎恋が引き千切り、再び刀を構え直す。 (「この人は本気だ……もう言葉では止められない」) 格なる上は自分も全力でぶつかるのみ。信じるものの為に迷っている場合ではない。 そこで神音は目を閉じて――脳裏に浮かぶのは彼女の師が昔一度だけ見せてくれた技。危険を伴う技であり、さっきの恐怖が蘇る。 「そっちがこないなら、こちらから行くわよ」 炎恋が動いた。じっとしたままの神音を見取りバロネーシュが氷の刃で妨害に入る。 (「何をする気なのですか?」) だらりと両腕を下して、動かぬ神音に彼女は困惑した。――が神音も今心の中で戦っている。 (「お願いセンセー…力を貸して」) 炎恋の刀の切っ先がきらりと光る。研ぎ澄まされたその刃に触れれば、紛れもなく全てを切り裂くだろう。しかしそれを思っていては始まらない。これまでの幾度となく経験してきた痛みを振り払う。 (「だいじょーぶ…出来るんだよ」) その不安を神音は打ち消すようにそう言って……彼女はくわっと目を開いた。 その得体の知れない凄みに今度は炎恋が動揺する。そして刀を横に突き出す為の初動作に入る。 (「…ここだ!!」) その僅かな隙を神音は見逃さなかった。 神音は自ら刃の前へと踏み込んで――まずは身体を少しずらして懐へ。それと並行して左手で柄頭を押さえ込む。そして右手で軸に手をかけ、彼女の勢いに任せてくるりと力を流し刀ごと引き下して、炎恋はその勢いを殺す事ができず転倒した。その際に握っていた刀から手が離れ、神音の手の中へと移っている。 「これで終わりなんだよー!」 神音はその成功に甘んじることなく、続けて天呼鳳凰拳を発動。腕は炎に包まれ、鳩尾にそれが食い込むと同時に深紅の鳥が奇声を上げて羽ばたいて行く。急所は外した。しかし、当分は動けないだろう。 勝負あり…それでも目を覚ました時の事を考えて、バロネーシュが蔦で捕縛し自害防止の猿轡をかませ、ひとまずの終結を見る。 「ごめんね…でも、神音には貴方の気持ち、判らないよ…」 水恋への手向けと言った。本当に好きな人の命が手向けになるのだろうか? 『私と一緒に死んで下さいませ』 水恋の言葉が蘇る。 (「水恋さんも…神音とは違うの?」) 考えても答えは出ない。人の思いはそう簡単なものではないのだ。 ●黙幽 「で私の相手はあなた方と言う訳ですか」 無表情にそう言う黙幽に和奏(ia8807)と譜琶が対峙する。 場所は門からは少し離れていた。周囲には屋敷と柵が立ち並び、平坦であるとはいえ障害が多く余り派手な事は出来ない。 「自分は特に何を思っている訳でもないのですが、アヤカシ同伴での凱旋は余り感心しません」 二の丸の襲撃時にアヤカシを相手にした和奏が言う。 「強ければ構わない…それにあれは単純ですしね」 従わせる方法は解らないが、只の駒としか思っていないようだ。 「さあ、時間稼ぎも必要ないでしょう? 早く始めましょう…私は忙しい」 彼はそう言うと特に構えるでもなく二人を直視して、二人も続く。 (「情報では確かシノビ、なのですのよね…だったら、注意しなくては」) 手元に武器がなくとも油断は出来ない。譜琶が改めて肝に銘じる。 「では遠慮なく」 そこで先に動いたのは和奏だった。元より譜琶は経験の違いから彼のサポートに回るつもりだ。初手から全力で向かう彼に負けまいと縋りつく。 「…全く、開拓者というのは群がるのがお好きなのですね」 黙幽はそういうと懐に手を入れる。けれど、それは使わずまずはひらりと和奏の一撃に交してのけるが、和奏の攻撃はそこでは終わらない。刀に桜色の燐光を纏わせたまま、更に早く秋水での追い討ち――言葉にこそしなかったが、その一閃が黙幽の着物を掠める。 一方譜琶は奇襲術を用いての接近からの抜刀。かわす動作に入ったのを見計らい、回避地点に刀を振り翳す。だが、黙幽は冷静だった。振り向いた先のそれは懐から出した鎖で受け止め、そのまま絡めて彼女ごと和奏の方に強引に振り、ぶち当てる。ふいの味方に和奏が刀を引き、慌てて下がって…団子状になる事はなかっものの譜琶は思わず転倒して、その後に続いたのは煙玉――。 「きゃっ!」 勢いよく噴出するそれに譜琶が目を閉じたがもう遅い。 「これは…催涙玉…でしょうか?」 和奏と譜琶の立位置は風下。その煙が彼らを襲う。 立ち昇るそれに気付いた志郎だが、そちらに回る余裕はない。 (「たった三人なのに、全体援護に回るには距離があり過ぎる」) それに解毒関係は未活性。自分が行ってもどうにも出来ないだろう。 けれど、嫌な予感がして志郎は二人の元へと走る。 「譜琶さんは下がってて下さい。自分がどうにか」 「できるのですか?」 煙の直撃を受けた訳ではない和奏が袖で涙を拭って、間直に迫る気配にはっとする。 彼が……見えなかった。先程まで距離があった筈なのに、次の瞬間傍にいて、気付いた時には身体に鎖が巻きつけられている。そしてがちゃりと音がした。どうやら背中で鎖の端が回され錠をかけられたらしい。 「確かにあなたの攻撃は早い。けれど、私は時間を止められる」 シノビ特有のスキル・夜――今までも何度か彼が別の場所で使っていたと聞く。注意はしていたが、自分も早さには自信があった。それにそんな何度も使える技ではない筈だ。 「あなたは油断ならなそうですので、念の為失礼」 そして黙幽は彼を張り倒すと同時に鰻を〆るが如く、和奏の片足に短刀を突き立てる。 「ッ!!」 これには和奏も表情を歪めずにはいられない。 「和奏さんっ!?」 聴覚からの情報を頼りに譜琶が事態を推測する。 「さてそれでは…」 だが、黙幽の攻撃は終わらない。とめどなく流れる涙に戸惑っている譜琶の前に歩み寄る。 その気配に譜琶がたじろいた。この状態では視界は役には立たないだろう。聴覚を研ぎ澄まし、敵の方向を気配で探る。しかし、相手も気配を殺すのは得意とみえて…残っているのは和奏のそれ。 「気を…付けて…彼は、本」 「はぐッ!!??」 和奏の声を聞く間もなく、彼女の腹に重い衝撃――どうやら蹴飛ばされたらしい。屋敷の壁に激突し、胃酸が逆流する。 「小さく見えますがあなたも開拓者…覚悟は出来ているのでしょう?」 近付く足音――起き上がりたくとも骨に響いた衝撃がそれを許さない。吐き気が思考を妨げ、動けばまた苦痛を伴う。 (「落ち着くのです……今闇雲に動いてもやられるだけ」) そこで彼女は意識を一旦リセットする。一か八かに自分の命をかけるなんてナンセンス。いくら気配を殺したとしても攻撃に出る瞬間は必ず殺気が現れるものだ。 怖い…恐怖は身体を硬くする。息をゆっくり吐いて心を静める。敵は自分より遥かに上とて関係ない。あの和奏さんでも無理なのに、自分に出来るだろうか。心の動揺を強制的におし留めて…今頼れるのは自分だけ。 「貴方から逝きなさい」 黙幽のその言葉と共に見えない刃が彼女に迫る。 (「今だっ!!」) その軌道が彼女には一瞬見えた気がした。 視覚ではなく感覚で…刀の腹で切っ先を受け止め、せめぎ合う。狙いが腹だったのが功をそうした。もし心臓を狙われていたら、距離的に間に合ったかどうか疑わしい。ともあれ今は迫る切っ先を払い除ける為、腕に力を入れる。しかし転んだままのこの体制では圧倒的に不利。そこで彼女は身体を横に滑らせて、砂を巻き上げつつ勢いをつけ跳び上がる。 「しぶとい人ですね…一瞬で殺して差し上げようと思ったのに」 黙幽も一旦下がり言う。未だ姿はよく見えないが、先ほどより上々だ。 「私、まだ死にたくありませんから」 彼女は燐としてそういうと刀を今一度正眼に構え直す。 (「自分も寝ている場合ではない」) その様子に和奏も己を奮い立たせて、脚に刺さった短刀を引き抜こうと手を伸ばした。 だが、裏筋から刺されている為、前にある手からは届かない。 (「せめてこの鎖さえどうにかできれば…」) がちゃりと音を立てるそれに和奏を思案する。転がった刀を拾った所でこれでは戦いにはならないだろう。けれど、何かしらの隙を作る事なら出来るかもしれない。壁に転がりなんとか上体を起して、二人を見やる。そこへ救いの手――いつの間にこちらにやってきたのか、志郎が口元で指を立てて、 「今なら彼は気付いていません…これを外しますから後は」 こそりとそう言って、どこから持ち出したのか鎖ばさみでそれを断ち切る。 「いいですね…くれぐれも慎重に」 それにこくりと頷いて、後は譜琶次第だ。 「仕方ありません、次で仕留めさせて頂きます」 黙幽はそう言って懐から棒苦無を取り出し、彼女に接近。それにワンテンポ遅れて譜琶も反応し、向かった先は…和奏の元。 「ッ!!」 思わぬ行動に黙幽が目を見張る。けれど、彼女に策はあった。目をやられたせいで気配には敏感になっている。和奏と黙幽の気配の他にもう一つ、さっき確かに感じた。そしてそれが自分に危害を加えていないとすると、それは味方のものとなる。 「和奏さん、さっきのは?」 荒い息遣いのする方へと接近し、彼女が問う。その間にも距離をつめてくる黙幽を目視して和奏は賭けに出る。 「すいません。しゃがんで手を伸ばして。触れたものを引き抜き後ろに振り翳して下さい」 目を閉じたままの彼女の状態を察して彼が言う。それに彼女も従って、 ザジュッ 引き抜くと同時に舞う血飛沫。そして、振り翳されたそれは接近していた黙幽を掠め、彼がバランスを崩す。そこへ和奏は飛び掛った。黙幽は外された錠に少なからず驚きを見せる。 「譜琶さん、その刀を」 和奏が手を伸ばす。二人の手が触れて受け渡された短刀が黙幽に振り下ろされる。 目的はあくまで百狩の鎮圧―― しかし、彼らの生死は問わないとされている。手にした刀を和奏は黙幽の胸へと突き立てて、 「クッ! はッ…」 息が一瞬詰まったのか咽びと共に吐血し、荒い呼吸を始める彼。 「もう止めましょう…急所は外しましたが、苦しい筈ですから」 肺に到達していれば、ひゅーひゅーと喉を鳴らし始めるのも時間の問題だろう。 「志郎さん、は…行ってしまわれましたか」 姿がない事を察して和奏が溜息を付く。 「黙幽は?」 「このままでは死ぬかもしれません。念の為、誰かを呼ばないと」 さっきの鎖で腕だけ縛って、しかし二人もぼろぼろだ。 (「まだだ……まだ終わってない…狩狂様の為にも……あれを、あれだけは」) 鉄の味が喉を支配する。そんな喉の奥で声にならない声で黙幽は機会を窺う事にした。 ●芹内 「そこだぁぁぁ!」 前衛の隙を突いてその時は訪れる。 羅喉丸と竜胆、芹内に囲まれて視界が遮られていたから矢の接近は予測できなかっただろう。これで何かしらのダメージを与えられると誰もが確信し、不規則な動きで飛ぶ矢をギリギリまで引き付けた後仲間が引いて、 ドッドドドッ そしてその矢は見事に狩狂の肉を貫いた。 その中の一本はあの腕に…手甲の隙間から破片が落ちる。 だが、狩狂は矢が刺さっても表情一つ変え様とはしなかった。武器を下して、むしろこの痛みが自分をかり立てるのだとでも言う様に…一本引き抜くと、鏃についた己の血を舐め取る。 「何処へ行ったのかと思えば隠れていたのですか…」 そしてその矢の先に魁を見つけ、にたりと笑って…早駆よりも更に早く彼は魁のいる物陰に接近。隠れていた押入れから引きずり出すと、そのまま抜き取った矢を彼に突き立てる。 「ぐッ、ガッ…」 その痛みに溜まらず魁から声が漏れた。咄嗟の事に仲間も動けない。 「いいですよ…その表情。苦痛は人を強くする…まぁ耐えられればの話ですが」 差したままの矢を左手で捻り、彼が続ける。 「まずいっ!」 その事態に舞い戻った志郎が駆ける。開拓者といえど回復には時間がかかる。しかも狩狂が鏃を立てているのは肩の付け根部分…あれでは矢を打つ彼にとっては致命傷だ。まずは魁を狩狂から引き剥がす為、礫を投擲。残りの面子も我に返り彼の元に急ぐ。 「なんだよ…今のが、頭にでも来たか? えらそうな事いっても…お前は、ただのガキだ……自分が認められない事を拗ねて、駄々をこねているだけだろう?」 額から噴出す汗、朦朧となる意識の中でそれでも彼は狩狂を挑発する。 「くくっ、ではそのガキとやらに甚振られる気分は如何ですか?」 だが、この立場ではそんな挑発など意味を持たない。 「けど、大事な腕のもん…壊れたぜ…覚悟しな」 精一杯の笑みを返して魁が言う。 「別に只の装飾品ですよ」 そうは言ったが、狩狂の眉が僅かに揺れたのを彼は見逃さなかった。 その直後彼は乱暴に投げ捨てられる。 (「ふむ、やはり左手か…」) その様子に羅喉丸はある事を確信した。実は彼、ずっと気にかかっていた事があったのだ。 それというのは狩狂の小指――前何かで聞いた事がある。小指というのは、案外無駄のように見えて重要な役目を有しており、それは肩甲骨から腰へと神経が繋がっているとの事だ。 (「あの初手といい、今のそれといい…克服の努力はしているようだが、やはり少し弱いのか」) 狩狂の利き腕は右手だ。菊柾に確認した。ならば今の行動はおかしい。 (「あのような特殊長物を扱うのも、己のそれを隠す為ならば合点がいく」) 弱点と呼べるかは判らない。けれどこれが突破口になるのは間違いない。 そして戦闘の中で自然と狩狂の癖は掴んでいる。それは無駄を省いた動き…攻撃に移る際も初動作を極限まで削ぎ落としている。その癖を逆手にとって先読みすれば、この勝負勝てるかもしれない。 そう考え共闘する者に目配せする。がそこで思わぬ所から声がした。 「全く派手にやってくれたなぁ〜。しかし、お前のお仲間二人は片付いたようだぜ」 門に戻ってきた秀影が狩狂に告げる。炎恋と黙幽も警備志士にひきづられながら、その姿を晒す。 (「狩狂、様…」) 僅かに目を開いて、黙幽は痛む身体に鞭を打つ。 (「死ぬ覚悟は出来ている」) そう彼に拾われた時から――彼の為なら何だってする。そう心に決めている。 「それによぉ、お前が嫌ってる貴族達だが…まだ結構骨があるようだぜぇ」 そんな彼を余所に、視線を秀影の後方に向ければ、たどたどしくも抜刀し意思を表示する者や魁の負傷を見取り駆け下りる者の姿もある。 「まぁ、まだまだこの国も腐っちゃいねぇぜ」 説得に回った時、確かに逃げ出そうという者も多かった。しかし、王の行動を知って家督や面子、利益を別にして…人としての何かが動かされた者がまだコレだけ残っていた。芹内はそれだけでも心中嬉しく思う。だが彼は、 「それが何か? 今はそうでも、いつ翻るか判りませんよ? 危機が去ったら、また変わるかもしれない」 自分は認めない。そう言い切る。 「確かにおまえの意見も正しいのだろう。強者が横暴を振るうなら、誰かが立たねばならない」 そこで羅喉丸が言葉する。 「だが、徳ではなく覇で以って修めるものが、他者を利用し踏み躙る者が王であってたまるか」 力による恐怖支配――それでは民は安心できない。 「さて、王よ。あなたの夢は? 何故王の立場を受け入れた?」 そこで今度は竜哉が芹内に問いかける。 「私は…」 なんだったか。即位から時が経ち過ぎて、それが思い出せない。 「王とは傲慢にして我儘でならなければならぬ。邪魔立てするものは例え誰であろうと排除する覚悟がなくてはならぬ。そして排除したものの夢すら食らい進まねばならぬ」 民に未来を、力ある者を夢に殉じさせ、その夢を実現させる。それが王だと彼は思う。 「王に必要なのは優しさでも力でも知恵でもない。夢の為に己の臣下の全てを殉じさせる覚悟」 つまるところ曖昧な気持ちでは駄目なのだ。時に厳しく、したたかに…自己を貫き通さなければならない。 「これには無理ですよ。ただの傀儡に過ぎない…」 くくっと笑って狩狂が言う。 「確かに私は甘かったのかも知れぬ」 しきたりや古参の意見に縛られていた。だが、人は改める事が出来る。それは自分も含め貴族達とて同じだ。その猶予をなしに一方的に切り捨てていいものではない筈だ。 「…定まったか」 竜哉が芹内の表情を見て呟く。 「では決着をつけましょう」 狩狂はそう言って、刺さったままの残りの矢をへし折ると上体を低くし駆け出す。 その声に黙幽も反応した。両脇の志士を振り解くと、三角跳で集まっている貴族らを狙う。 「なんて奴だ…」 そんな彼に正直秀影は感服した。火遁を発動に場を掻き乱す。 けれど、それは長くも持たなくて…僅かな抵抗に終わる。 そしてこちらも……決着の時が迫っていた。 宝珠のそれを失ったからか先程までの威圧感は感じられず、狩狂戦の流れはこちらに移る。 小指負傷の握力低下を利用する為、羅喉丸が接近戦を挑む。彼からの攻撃をスキルで回避し、右腕を狙って三連撃を繰り返して、そこで弱ってきたらば次は竜胆の出番だ。隼襲のスピードが乗った一閃を狩狂の武器の一点狙いで繰り返す。すると徐々にひびが入って、そこへ竜哉考案の宝珠式爆竹。着弾と共にばちばち音を鳴らして…それに思わず後退した狩狂に鬼切発動。今まで芹内の支援、守護に回っていた彼の渾身の一撃で武器が真っ二つ。そこに芹内が秋水をズラシ重ねて…血飛沫は上がる事は無かった。しかし、確かな手応えを感じ、芹内は刀を鞘へ――が狩狂も意地がある。倒れ様に体を捻って、芹内の首に何かが巻きつく。 『なにっ!』 それを察知し、竜胆と竜哉は両足の腱を裂き、羅喉丸は腕を捻る。そして、芹内は振り向き様に再び秋水。はらりと舞ったのは狩狂の髪――そう彼は編んだ髪をも武器として扱おうとしたらしい。倒れた手には切断された髪の房が残っている。 「くくっ…あの時から、更に早くなってやがる…」 ジワリと滲み始めた血を気にせず、狩狂が呟く。 「まだ聞かねばならぬ事がある。ひっ捕らえよ」 芹内の言葉――狩狂の言ったあの時とは、多分小指負傷させた時の事だろう。 (「あの時、なぜ言わなかった…」) 小指の負傷にそんな大きな弊害があったとは今の今まで知らなかった。 友として…いや、刀を握る志士にとってはかなりの痛手となっただろう。 なのに彼はそのまま志士を続け、そしてここを去ったのはそれからかなり後の事だ。 (「いや、こいつだから言わなかったのかもしれない」) 力が全てだと言い続けてきたのなら、それも納得がいく。 負傷したのは自分が弱かったからなんだと…そう説き伏せたに違いない。 こんな形でなければ色々話したい事はあったのに……二人の立場がそれを許さない。 「何も話すつもりはない…さっさと殺せ」 『私を殺して下さいませ』 狩狂の言葉に水恋が重なる。 (「そうだな。あの時もできなかった。そして今も殺してやれればいいのだろうが、私は王だ。全て知らねばならぬ…」) 百狩狂乱の全貌は今でもはっきりしていない部分がある。 ここで死なせては全てが闇の中――襲撃の際のあの手際のよさからして他にまだ残党がいるかもしれない。それに何より先に捕まえた子供達との繋がり…百狩自体の支部が複数あると情報にはあった事からこちらも明確にせねばならない。 「聞く耳は持たなくて良い。連れて行け」 動けない狩狂を前に芹内が非情な指示を出す。 (「くくっ……これで少しはマシになるでしょうか」) 狩狂は心中でぼそりと呟く。だが、この後彼が再び目を開ける事はなかった。 ●貴族 一様の百狩の襲撃は鎮圧され、黙幽も死亡。 城内にいた者達はようやくほっと息を吐く。しかし、これからが大変だ。 他国も国内でなにやら揉めていると聞く。早急に色々立て直さなくては北面自体の面目が立たないし、朝廷の緊急時に馳せ参じる事も敵わない。 「建て直しの為に資金と労力が必要だ。貴方方からも協力を願う。いいな」 『はっ、かしこまりまして御座います』 以前ならばこのように即答される事もなかったが、今回の一件で少なからず貴族内でも芹内に風が吹いていた。反対派だった者達も今は静かになり、少しずつではあるが芹内に歩み寄る姿勢を見せている。そして、志士に対しても大きな動き――。 「芹内、やはりもう一度今の志士達の所属を見直そうと思う」 この際だから徹底的に調べるつもりらしい。菊柾の提案で素行の悪い者は容赦なく処罰し、今は建て直しの要員として大工の親方に鍛えられる最中だ。 「身分がどうあれ人は人。この後は、私のように駆け上がる者がいても悪くないかもしれん」 審査には時間をかけなければならないが、町の警備隊にも優秀な者はいる。人が減ってしまった今、率先的に雇えばいい。資金についてはいささか工面に難航しそうだが…。仁生は着実に前に進むだろう。 芹内自身も城での仕事ばかりでは視野が狭まると城下に下りる回数を増やし、勿論お忍びであるが貴族と民との関係把握にも努める構えだ。 「おやおや…」 そんな姿を城下でたまたま見取り、秀影は声をかける。 ちなみに秀影はこれから菊柾の紹介の酒蔵に行くらしい。他の仲間も一緒である。 「丁度よかった。私もお前達を探していた」 その言葉に開拓者らは首を傾げる。 そんな彼らを気にすることなく、王は改めて皆をしっかり見据え、 「この度は世話になった。先程狩狂にかかった報奨金が下りたのでな、届けに来たという訳だ」 王自ら…普通では考えられない事であるが…。 渋い顔のまま言う彼に開拓者らは目を瞬かせ、 「王よ…貴方という人は」 呼び出せばいいものをと続けたかった竜哉であるが、彼が決めた事だ。口出す事ではないかと言葉を呑む。 「酒蔵に行くのだろう? 菊柾から聞いている。随分あそこにも顔を出しておらぬから私も行こう」 そう言う芹内の言葉に彼らは歩き出す。 「炎恋さんはどうなるの?」 そんな中で神音が唯一残った彼女の事を思い尋ねる。 「あの者はまだ目覚めておらぬが、回復次第取調べが決まっている」 「そうか…そうだよね」 その後は…とは聞けなかった。 あれ程の大事になり、多くの者を傷つけた。どうなるかは予想がつく。 そうこうしているうちに酒蔵に到着――渡されたのは一本の酒。 特別本醸造酒『禅正』…なんでも彼が即位した時に造られた酒であり、現在も数量限定で生産されている物だと言う。 「成程。これはあの人なりの感謝の気持ちという訳か。あの人らしい」 芹内が頷く。その贈り物に開拓者それぞれの反応が面白い。 「ふむ、これは楽しみだねぇ」 と秀影が言えば、 「酒のみには、でしょう?」 とつっこむ志郎。 「いいや。限定品なら使い道は他にもありんす」 そういう竜胆に、 「私はどうしようかなー」 と思案する譜琶。他のメンバーもそれを手に平和な表情を見せる。 それを見つめて芹代の表情も自然と和らいだが、すぐにまた姿勢を正して、 『これからだ…』 まだまだ時間がかかるだろうが、きっと何かが変わるだろう。 いや、変えて見せる。それが自分に課せられた使命、そして彼への―――。 |