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■オープニング本文 前回のリプレイを見る ● 「直前の確認だ」 灯明の火が小さくゆらめいた。 京五を始めとする一同の影もまた、それに合わせて左右になびく。 「俺達の本当の敵は、後ろのシノビ達だ。シノビ達の目的は、この町で美味い汁を吸い続けること。そのために必要なのは、代官の信頼、そして俺達の行動を封じるための人質だ」 開拓者達が頷く。 「旅商を通じて、一揆の事は嫌でも奉行の耳に入るだろう。シノビ達としては、既に鎮圧したから心配ないと申し開きをしたいはずだ。暴動の首謀者、俺の首を添えてね。俺達の行動を封じ続けるために、駆名さんと人質を死守しにかかるだろう」 ● 行灯の光が、揺らめいた。 「望月よ。猿組の報告によれば、敵が昨夜人質を救出しようと目論んでいたそうだな」 羽織袴の男、林芳信が杯を傾け、目の前の細面のシノビ、望月を見る。 望月の隣には、猿面の大男、青葉鉄造がいた。 「陣屋に攻めてくるというのならまだしも、人質だけを救出しては駆名の身が危ないと、解らぬ筈は無いが‥‥見せしめに人質を一人、殺しておくか?」 「そうしても良いのですが‥‥ただ、気になる事が一つ」 菊ノ介は、細い指を一本立て、隣の青葉を見た。 「青葉。昨夜の騒ぎと時を同じくして、商人街で失火があったそうですね?」 青葉は一瞬考え込み、猿面の後ろで舌打ちを漏らした。 「‥‥まさか奴ら、金を手にしたか?」 「考えすぎかも知れません。私も猿組の報告を聞きましたが、あの女共、かなり巧妙に寄せと引きを使い、人質を奪還しに来ていたようです。本気であった可能性もあります」 「難しい判断だな。鍋島め、忌々しい」 林は唸った。 「開拓者どもが鍋島と合流した以上、敵がその力を借りて資金面の問題を解決した可能性は、考えておくべきでしょう。現に、鍋島暗殺の機を窺っていた私の部下の一人と、昨夜から連絡が取れません」 ● 「駆名さんが陣屋にいてくれれば一石二鳥だが、恐らく敵はそうしない」 「どうして」 竜真が問い返す。 「数日前、敵は開拓者が香伊那さんを守っている事を知った。香伊那さんは駆名さんの知り合いだ。俺と手を組んだ事も容易に想像がつくだろう。一番標的になりやすく、しかもそこまで重要じゃない陣屋に、切り札になる駆名さんを、いつまでも置いておく理由はない」 「‥‥え、重要じゃないんですか? 陣屋が?」 香伊那が尋ねた。 京五は頷く。 「陣屋が制圧されても、俺を殺せば町民の結束は解ける。指導者を失った一揆から陣屋を取り戻すくらい、わけはない。仮に林が討たれても、シノビ達は代わりの代官に取り入ればいい。つまり林のいる陣屋は、守れればそれが一番だが、そこまで重要でもない」 京五は目を冷たく光らせた。 「じゃあ‥‥駆名ちゃんは、別の所に連れていかれたって事ですか?」 香伊那の質問に、京五は頷いた。 「ほぼ間違いなく、移動は終わってるだろうね。そして、駆名が連れて行かれた場所も予想がつく」 「どこですか?」 「町民・農民の居住域なんて、もっての他。商人街にしても、開拓者を幽閉しておける程の厳重な警戒が敷ける屋敷なんて三つしかない。それじゃすぐに見つかる」 「じゃあ‥‥商人の蔵とか」 「蔵に、同心やシノビが出入りをしていたら不自然だね。そんな所じゃなくとも、シノビや同心が出入りをしても怪しまれず、開拓者でも容易に突破できない建物がある」 「‥‥」 首を捻る香伊那に、京五は笑った。 「屯所だ。同心の屯所だよ」 ● 「屯所ですよ。同心の屯所です」 「屯所だと?」 林が眉をひそめた。 「ええ。最重要の人質ですから、駆名は既に移してあります。可能ならば人質も別の屋敷に移したかったのですが‥‥武藤家並に壁が厚く、容易に侵入を許さない建物はありません。武藤家の方は、青葉、貴方が猿組を率いて死守して下さい」 「任せておけ」 青葉が不敵に笑い、二口の短刀を手に立ち上がる。 退出していく青葉を見ようともせず、望月は言葉を続けた。 「林様。今や、最悪の状況を想定して動くべき時です。敵が軍資金を得て、開拓者を雇った事は今後前提として考えましょう」 「ならば、敵は駆名がいると信じている、この陣屋に押し寄せて来ようか」 「ええ。そしてその思いこみを助長するためにも、戦闘専門の鬼組が同心たちと共に、この陣屋を手厚く守備致します。我々狐組は駆名の身柄を死守致しましょう」 「折角人質を取っているのだ。見せしめに陣屋で一人二人殺すか、或いは磔台に掛けるだけ掛けておき、いつでも殺せるようにしておいてはどうだ」 「無論です。明朝までには用意しておきましょう。昨夜軍資金を手に入れたとして、武器や開拓者が調達できるまでに、最短でも三日はかかるでしょう」 ● 「軍資金について敵が何らかの情報を得ていたとしても、俺達がその翌日には武器を手にして襲ってくるとは思ってないだろう。‥‥わかった、今行く」 自分を呼びに来た青年に返事をし、京五は立ち上がった。 長屋の外、空に更待月が上り始めていた、 「これから俺は他の開拓者達と一緒に、大手として正面から陣屋を攻める。君達搦め手は、武藤家から人質を救出するのと、屯所から駆名さんを救出するのと、この二つを頼みたい」 開拓者達は頷いた。 京五は腰に脇差しを差し、古い鎖帷子を鳴らしながら敷居を跨ぐ。 「駆名さんと人質達を救出できれば、こちらの勝ちはほぼ間違いない。俺が死ななければね。だがそうなれば、望月達は逃げ出すだろう。必ず禍根を断ってくれ」 「気を付けて下さいね‥‥?」 「当たり前だ。あんたと駆名さんの祝言で冷やかしの声を掛けてやると決めてるんだから」 不安げな香伊那に、落ち窪んだ眼窩の奥の目が、愉快そうに笑った。そして、その目が開拓者達を見る。 「あんた達を信じてる。頼んだよ」 ● 昨夜の寝待月を過ぎ、更待月が東の空に浮かんでいる。 青葉が武藤家へと向かった後、屋根伝いに蔵へと移動を始めた菊ノ介に、暗闇から声が掛けられる。 「‥‥菊ノ介」 菊ノ介が、足を止める。 「じじ様でしたか」 「如何にするつもりか」 「明朝にでも人質を白州の磔台に掛けて町民共を黙らせます。開拓者共は撫で切りにし、鍋島を斬って、新たな代官を迎えましょう。それだけです」 望月の細面が、更待月を背に不気味な笑みを浮かべる。 「ですが、常に最悪の状況を考えて動くのがシノビ。‥‥もし人質に構わず一揆が起き、陣屋が落とされ、形成が不利となれば、早々に町を捨てましょう。生きている限りは、負けではない」 「良い返事だ」 老人の声が、低く笑った。 「町を捨てるときは‥‥開拓者共は殺しきれぬにせよ、殺せる目撃者は皆殺しておけよ」 「無論のことです」 |
■参加者一覧
小野 咬竜(ia0038)
24歳・男・サ
柊沢 霞澄(ia0067)
17歳・女・巫
鬼島貫徹(ia0694)
45歳・男・サ
蘭 志狼(ia0805)
29歳・男・サ
すぐり(ia5374)
17歳・女・シ
ルエラ・ファールバルト(ia9645)
20歳・女・志
羽流矢(ib0428)
19歳・男・シ
ノルティア(ib0983)
10歳・女・騎 |
■リプレイ本文 ――(あまり人を傷つけたくはありませんが、お二人を守る為になら躊躇はしません‥‥) 凛とした霞澄の声に鬼島が振り向くと、そこには左肩を押さえてうずくまる弓術士がいた――(彷徨) ● 「うち、先行くなっ」 薄紅色の織物で髪を結った忍び装束の少女、すぐり(ia5374)が屯所の屋根へと抜き足で上がり、夜闇へと溶けていく。 薄桜色の小袖に赤い袴を来た柊沢霞澄(ia0067)は、それを見送ると軽く屈んだ。 「竜真さん」 目線を合わせてくる霞澄に対し、竜真は顔を赤くして視線を逸らす。 「香伊那さんを守る事に、専念して下さい‥‥伏兵や罠等に対して、特に注意して下さいね‥‥」 頷く竜真の頭を撫でて霞澄は微笑み、膝を払って立ち上がった。 「香伊那さんにも、できる事があります‥‥」 「え?」 大人しくしていろと言われるのを覚悟していたのだろう、香伊那が瞬きをする。 霞澄の白く細い指が、香伊那の手をそっと握った。 「先走らない事‥‥」 香伊那は手を開き、頬を染めた。その手の中には、恋愛成就のお守りが握られている。 「そして、駆名さんの無事を信じる事です‥‥」 霞澄の真っ直ぐな視線を、香伊那は正面から受け止めた。 「霞澄さん」 「約束して、下さいね‥‥」 香伊那は胸の前でしっかりと手渡されたお守りを握りしめ、頷いた。 「私が前線に立ちますから、できるだけ霞澄さんの傍に」 黒髪のかつらを外しながら、ルエラ・ファールバルト(ia9645)が囁いた。 かつらの下から現れた艶やかな紅赤の髪を後ろで束ね直すと、青い宝石の埋め込まれた十字架を右手で握りしめる。 「お二人とも、私達と一緒に建物に突入して下さい。遠距離からの狙撃を防げますから」 竜真は忍刀を抜き、緊張の面持ちで頷いた。 「さあて。‥‥胸が躍るのう」 紅緋色の髪を高く結い、茜色の獣皮を縁取った漆黒の外套をまとう青年、小野咬竜(ia0038)は首を鳴らす。 その足が、屯所の扉を派手に蹴飛ばした。 蝶番が呆気なく弾け飛び、戸板が屯所の砂利に倒れ込む。 「狐組よう、一丁喧嘩を売りに来た! 買ってもらおうかのう!」 ――香伊那がノルティアのフリルシャツを握るが、可憐な外見からは想像も付かない力で、小さな指が香伊那の手を剥がした。 (一芝居、うつ‥‥ために。ボク。鎧、着て、来なかったんだ‥‥から) ノルティアは微笑んだ――(彷徨) ● 「これで最後‥‥か。迷う暇はないね」 三尺強の小さな身体をクレセントアーマーに固め、「鬼神丸」と「翼竜鱗」を手にした少女、ノルティア(ib0983)が呟く。 幾らか汚れの目立ち始めた脚絆の少年、羽流矢(ib0428)の手の中で、破裂音にも似た金属音が発せられる。 「開いた。人質は引き受けるから、下は頼んだよ」 言い残し、羽流矢の姿が商家の屋根へと舞い上がった。 「うむ、ご苦労」 飽くまで傲慢不羈に、当世具足の上にサーコートを羽織った髷の男、鬼島貫徹(ia0694)が戸を潜った。 と、 「な!?」 正面から入ってくると思っていなかったのか、囲炉裏の火に当たっていた男が、鬼島と視線を合わせた。 「斬りに来た」 鬼島の口の端が持ち上がり、「覇閃」の鯉口が切られた。鞘から刀身の淡い光が漏れ出す。 その脇から滑るようにしてノルティアが駆け込んだ。 「き、来たぞ! 正面だ!」 「鬼島さん。そいつを‥‥お願い。廊下、は‥‥私」 「うむ」 鬼島は小さく頷き、金属製の覆いがついた短剣「左手」を抜き、左半身に構えた。だが、より与し易しと見たのか、シノビは廊下へ足を向けたノルティアに飛びかかる。 しかしノルティアに伸ばした手は、虚しく空を切った。 「悪党‥‥相手、に」 肩を掴まれるより早く、ノルティアは反転してその手の下を潜っていた。小柄な身体と金属鎧の全重量が乗ったベイルの一撃が、シノビの頬骨を粉砕する。 「情け‥‥は、無用」 仰け反った所で更に肋骨をベイルにへし折られ、シノビは廊下に崩れ落ちる。 「このままでは動きにくいか」 大股に廊下へと出た鬼島は、右手の覇閃を一振りした。途端、三枚の襖が両断されて倒れ、座敷が顕わになる。 「この座敷の右奥が、中庭だな」 「うん」 「‥‥た、高野!?」 駆け下りてきたシノビが、頬骨を粉砕された仲間を見て目を瞠った。ノルティアがベイルを前に翳し、シノビ目掛けて突進する。 「おのれ!」 シノビの放った風魔閃光手裏剣の刃が、ベイルを貫通して腕に刺さった。霞澄の加護結界が解ける。 しかしノルティアの突進は止まらない。シノビの忍刀が、仲間の受けたであろう盾の攻撃に備えて右に寄った。がら空きになった左の肩口を、容赦無く鬼神丸が切り裂く。 「こ、このガキ!」 振り下ろされる忍刀をベイルが流しきれず、ノルティアの兜から火花が散った。 更に脇からノルティアに斬りつける忍刀を、鬼島の「左手」が受け流す。 ノルティアの鬼神丸が僅かに動いた。 傷口を庇うようにして、忍刀が左に寄る。がら空きになった右からシールドノックが口元を襲い、前歯が二本、床に転がった。 更に振りかざされたベイルを受け流すべく、忍刀が右に向く。が、鬼神丸の一撃を思い出したか慌てて左に向き、また右に向く。 ノルティアは微笑むと、シノビの膝を鬼神丸で切り裂いた。 ――笑みを含んだ声だけが、その場に残される。 (かようにせわしない場ではなく、とっくりと戦える場でお会いしたいものです)――(想起) ● また一つ、屯所で悲鳴が上がった。 「‥‥口封じでもしにきたか」 「ええ。あの開拓者達は、狐組の手に負えないようでしてね」 細面の男、望月が言い、忍刀を逆手で抜き放った。 「もう貴方は用済みです」 白い土壁に寄りかかるようにして、力無く男が座っている。 「無理に殺す事もないでしょうが、我々の顔を見られている人間は、一人でも少ない方が良いのでね」 望月が笑った。 「俺を殺そうが、お前達の負けだ。もうお前達はこの町にいられない」 「敗北とは、死ぬことです。生きている限り負けではない」 忍刀が、ゆっくりと振りかぶられる。 男の右足が突如跳ね上がった。左脇腹に爪先を叩き込まれた望月が、苦悶の表情を浮かべる。 だが、男の表情もまた歪んだ。咄嗟に望月の左腕が、男の右足を抱え込んだのだ。 「無駄な足掻きを」 再び忍刀を振りかぶる。男は掴まれた右足を軸にして反時計回りに一回転し、左の踵を望月の左側頭部に叩き込もうとした。 望月は咄嗟に首をすくめ、その一撃に空を切らせた。男は、土の床にうつ伏せに倒れ込む。 「我々は、いずれ再起します。箔羅以外の、どこかの町でね」 望月の右手が、忍刀を振り下ろした。 その刀身に一筋の光条が衝突し、甲高い音を立てた。切っ先は、男の左肩を貫く。 「もうやめ」 望月は男の足を離して飛び退いた。 「戦いは苦手‥‥やけど。こんな所に出くわしたら、逃げられへんわ」 すぐりは苦笑混じりに呟いた。 「薄紅色の髪結いに、黒い忍び装束。アサシンマスク、そして『蝮』‥‥」 望月が、倉庫の入り口に立つすぐりを眺めた。 「なるほど、貴女が先日、人質を奪いに来たシノビですか」 細面を月明かりに晒しながら、薄く笑う。 すぐりは小さく溜息をつくと、男に声を掛けた。 「あんたが、駆名?」 「‥‥誰だ‥‥あんた」 「開拓者や。香伊‥‥」 望月の忍刀の切っ先が微かに揺れる。 すぐりの身体が側転した。 「散華‥‥」 その細い身体に突き刺さった三枚の手裏剣を抜き、すぐりは細い眉をひそめた。 「そんな技まで使わはるんやね」 霞澄の加護結界が消滅し、身体から精霊力の残渣が剥がれ落ちる。 「望月‥‥あんた程の人が、なんで」 「何で、とは?」 「頭のええ人思とるで。街一つの、こんな立ち位置で、足る様には見えへん」 すぐりは身体を低くし、「蝮」を身体の傍に構えた。 「逆ですよ。街一つだから、長く、確実に治め続けていられるのです」 望月が忍刀の切っ先を揺らしながら、傍の木箱をすぐりに向けて蹴った。すぐりが咄嗟に横に跳ぶその先に、複雑な軌道を描く三枚の手裏剣が襲いかかる。 だがその軌道には先刻の明確な殺意がない。二枚を叩き落としたすぐりは望月に肉薄した。 「いくで!」 足をもつれさせて転倒するかに見せ、忍刀を握った右拳を地につき、左の足払いを繰り出す。望月が足を浮かせると、回転の勢いを利用し、立ち上がりざまに忍刀で顔面を突く。 死角から襲ってきた「蝮」を、望月は紙一重で避けた。頬から一筋、血が流れ出す。 「駆名、要らんことせんと、早よ逃げ」 すぐりが厳しい顔で言う。 地面を這った駆名が、望月の投じた手裏剣に気を込め、螺旋の一撃を放っていたのだ。望月の左足から、血が流れている。二度目の散華に切れ味がなかったのは、これが理由だった。 「うちが食い止めとるさかい」 すぐりは大きく深呼吸をした。 ――林の中を、風が吹き抜ける。 (‥‥俺らとバトンタッチだ。分が悪いの解るだろ?) 短刀を持った竜真の手を握り、早駆で駆けつけた羽流矢が言った――「想起」 ● (‥‥廊下に一人。護衛か‥‥人質は皆息を殺してるな) 屋根裏で羽流矢は唇を尖らせた。廊下の気配は、歩き方からしてシノビではなさそうだ。武藤家の雇った護衛だろう。 (一階を通らないと、外に出るのは難しい、か) 茶色の髪の毛を摘んで考えていた羽流矢は、天井板の隙間から廊下を見る。外から見た構造と頭の中で照合し、口元を緩ませた。 端から部屋を覗き込み、頬の肉の落ちた男女が車座になっているのを確認すると、そっと天井板をずらし、指で軽く弾く。 三度目の音で、女性が気付いた。訝しげな顔で天井を見上げ、人差し指を口に当てた羽流矢を見つける。 つられて他の三人もその存在に気付いた。 蜘蛛のように静かに部屋へと降りた羽流矢は、懐から球「友だち」を取り出した。 「助けに来た。本人の確認をしたい。皆、自分の名前と家族の名前を」 閉じこめられていた四人が、次々に名乗り、家族の名前を告げる。 羽流矢は頷くと、鞠を灯明皿に近づけ、糸に火をつける。 「な、何してるんです?」 「すぐに解るよ」 鞠の表面についた火はすぐに消え、煙が立ち上った。羽流矢は扉に右手を当て、精霊力を指先に集める。 扉越しに軽い金属音を聞くと、羽流矢は扉を蹴り開けた。廊下にいた着流しの男が目を剥き、咄嗟に刀を抜く。 「な、何だお前!」 羽流矢は応えず、手鞠を男に向けて放り投げた。 「焙烙玉だ」 男の表情が一瞬引きつった。 羽流矢の左手が動き、その細い身体が猛然と突進した。 放たれた風魔手裏剣が鞠を追い越し、刀に弾かれて硬い音を立てる。次いで近付いた鞠を刀で払おうとし、その手が止まった。 「ばーか」 奔刃術の一撃が、男の右胸に突き刺さった。鞠が床に落ち、何事も無く跳ねる。 「ひ、卑怯な‥‥」 「卑怯じゃないさ、これが俺の戦い方だから」 羽流矢が「蝮」を抜くと、着流しはその場に倒れ伏した。 屋根に人が居ないことを確認した羽流矢は窓の格子を切り落とし、人質に窓を潜らせる。 「落ち着いて。ゆっくりで大丈夫だ」 人質を外に出すと廊下の灯明を吹き消し、撒菱をばら撒く。次いで懐から残った鞠を取り出し、渾身の力を込めて立て続けに蹴飛ばした。 鞠は人質の囚われていた部屋の棚や机をなぎ倒し、派手な物音を立てた。 『頭領! まさか、一階は陽動では‥‥』 『狼狽えるな! 一階さえ通さなければ外に出られん!』 外から、声が聞こえてくる。 羽流矢はちろりと舌を出すと窓を潜り、人質を先導して屋根を走り出した。 ――剣閃が市女笠の垂衣を裂き、ルエラの鎖骨の二分前を空過する。抜き打ちの一刀を読み切っていたルエラは、切っ先が身体の前を通過した瞬間、継ぎ足で男の目の前に飛び込んだ。 男の頭部が、商店の土壁に激突した――(彷徨) ● 「竜真さん、香伊那さん、霞澄さんの傍から離れないで!」 「阿修羅」と「翼竜鱗」を紙細工のように軽々と操り、紅赤の髪を宙に躍らせながら、咬竜と共に四人のシノビを相手取ったルエラが叫ぶ。 武藤家には、シノビ以外の人間は殆どいないようだった。商家の人間でさえ、足手まといになるためか、家から追い出されているようだ。 ベイルの宝珠が力場を生み、突きを後方へ流す。 (阿修羅の物打ちの間には五寸近い) 瞬時に判断したルエラの右足が跳ね上がり、シノビの喉元へと突き込まれる。もんどり打ったシノビは障子を突き破って練兵場に落ち、芋虫のように身体をくねらせる。 瞬間、練兵場の奥、倉庫から僅かな重い響きと共に、赤い光が漏れた。 咄嗟にルエラが心眼を発動させる。 「‥‥すぐりさんが! 男性も一人、倒れています!」 防盾術で防御に徹しながら叫ぶ。霞澄が杖「榊」を構えた。 「小野さん‥‥! ここは私とルエラさんに任せて‥‥!」 「頼む!」 咬竜は鍔迫り合いをしていたシノビを蹴飛ばし、駆け出した。その背中に手裏剣が幾枚も刺さる。 だが、手裏剣を投じた一人が吹き飛び、後頭部で鎧戸を突き破った。 「させません‥‥! 絶対に! 誰も、死なせない‥‥!」 霞澄の精霊砲だった。その小柄な身体から、闘気のごとく、精霊力の残渣が球状に飛散していく。 鎧戸から身体を抜いたシノビの金的を、竜真が思い切り蹴り上げた。仰け反ったところへ喉仏に短刀の柄の一撃を浴びせ、完全に気絶させる。 「おのれ!」 離れた場所に立つシノビが「散打」で手裏剣を二枚ずつ、二度に渡って投じた。ルエラは一枚を胸甲で、二枚をベイルで受け止めたが、左の太腿に一枚の直撃を受ける。 その間に、一人のシノビが複雑に指を組み合わせた。床に映るシノビの影が変化し、ルエラの影に食らいついた。 「影縛り!?」 ルエラが驚きの声を上げ、動きを鈍らせた。手裏剣を放ったシノビが叫ぶ。 「そいつは防御に徹する気だ!」 ルエラに食らいついていた影が、大きく揺らめく。もう一人のシノビが竜真に躍りかかった。 「ま、待‥‥」 止める暇も無く、鮮血が屯所の白い壁を深紅に染める。 首から噴水のように血を噴き出し、数秒の後、ゆっくりと倒れたのは、竜真ではなくシノビだった。 「馬鹿が‥‥」 仲間を止めきれなかった影使いが、舌打ちを漏らした。影縛りに、掛かった振りだったのだ。術者の影が本に戻るまでの数秒しか騙せないが、ルエラの「紅椿」がシノビの首を突き、切り裂くのには十分な時間だった。 「シノビが相手なら、それなりの戦い方をするだけのことです」 「ならば!」 シノビが、香伊那目掛けて散打で手裏剣を投じた。 ルエラと霞澄の身体が、同時に動いた。ベイルを翳し、その軌道にルエラが割り込む。ベイルとルエラの右肩に、手裏剣が一枚ずつ食い込んだ。 二枚の手裏剣が香伊那目掛けて襲いかかるが、香伊那の身体を霞澄が抱きかかえて畳に身を投げる。 「痛ってええ‥‥」 竜真が、顔を歪めた。 小柄な少年の姿が、霞澄の前に立ち塞がっていた。霞澄の加護結界で威力が減じられているとはいえ、あと一寸深く刺されば、重傷になっていただろう。 「‥‥よくも!」 ルエラが、地上すれすれを滑る燕の如く突進した。 「愚かな!」 更に四枚の手裏剣が投じられるが、突進の勢いは何ら弱まらない。散打で前のめりになったシノビが、驚愕の表情のまま凍り付く。 椿の花が開くかのごとく、シノビの胸から血が噴き上がった。 ――(退く、という選択肢は無いのだろう? 俺もだ) 志狼が珠刀「阿見」を抜き放った――(彷徨) ● 更待月の下、槍を支えに塀を越えた銀髪の偉丈夫、蘭志狼(ia0805)が、重い音と共に中庭に飛び降りた。 大きく息を吸い込み、大喝する。 「猿組首領、青葉鉄造‥‥この蘭志狼が相手となろう。いざ尋常に、勝負!」 母屋から剣戟の音が聞こえてくる。 僅かな間を置き、武藤家の二階から反射的に顔を出した大男が、喜色を隠せぬ大音声で応えた。 「待ち侘びたぞ蘭!」 大男、青葉は即座に鎧戸を突き破って庭へ舞い降りると両手で短刀を抜き、右手を膝の前、左手を腰の後ろに隠して構えた。 志狼が穂先を下げ、槍構えを取った。 二人が四歩の距離を置き、正対する。 どちらかが半歩進めば志狼の間合いになる。 だが間合いの外から、志狼が動いた。左半身から大きく右足を踏み込み、地を這うようにして右手一本で「羅漢」を突く。 その穂先は、体重の掛かった青葉の右腿を僅かに抉るだけに終わった。志狼の後方で、鋭い音が鳴る。 青葉は腰の後ろで、右手の短刀を手裏剣に持ち替えていた。低い体勢で突いていなければ、顔面を直撃していただろう。 「結構。相手にとって不足無し!」 志狼が笑う。 今度は青葉が動いた。瞬時に間合いを詰め、左と右の短刀で嵐の如き連撃を浴びせる。志狼は長槍を重そうに振り回し、柄で青葉の腰を払おうとするが、青葉の右腿がそれを防いだ。 早くも上半身の至る所から血を流していたが、志狼は唇を歪めた。 「ふ、その程度か? まだ俺は倒れんぞ!」 「その痩せ我慢、いつまで続くかな!」 胸、腹、腿、肩、腕、至る所に青葉が斬撃を浴びせかける。 志狼は槍の柄で足払いを掛けようとするが、青葉の右足がそれを遮った。 その浮いた右足を志狼に払われて体勢を崩した青葉は、即座に志狼に組み付く。首を狙った短刀による「暗」の一撃が、志狼の顎を裂いた。 志狼の左膝が、青葉の右腿を痛打する。更に「暗」の一撃を加えようとした青葉は右膝を石突きに打たれ、突如体勢を崩す。 「貴様‥‥」 「もう襲い」 志狼は微かに唇の端を上げた。 初手の突きで裂かれた青葉の野袴からは、今や倍近くまで腫れ上がった右足が覗いていた。 足払い、繰り返す膝蹴り、石突き打ち。苦し紛れに距離を取ろうとしていたかに見えた志狼の攻撃は、全て青葉の右足を狙うよう計算しつくされていた。 「あの、初手の突きからか」 「まあな」 志狼が再び槍の穂先を下げた。舌打ちと共に青葉の左手が短刀を放ち、その巨躯が夜闇に溶けていく。 だが青葉の姿が完全に消えるよりも早く、短刀を左腕で受け止めた志狼が間を詰めていた。 母屋から届く剣戟の中、暫しの沈黙が、二人の間に訪れる。 「何故‥‥」 胸の中央を「羅漢」に貫かれ、青葉は中庭に両膝をついた。 「そこまで‥‥鍋島に、肩入れ、を‥‥」 「鍋島にではない。駆名を思う娘にだ」 志狼が「羅漢」を抜く。 「女‥‥あの男に‥‥、女‥‥が‥‥」 鈍い音と共に、青葉が崩れ落ちる。 志狼は尚も用心深く槍を構えていたが、その巨躯が動き出すことは、二度と無かった。 ――煙管を叩く高い音が、二度鳴り響いた。 (‥‥そこの三下。まさか、林の中ではこの斬竜刀が役に立たぬなどと、甘っちょろい事を考えているのではあるまいのう)――(想起) ● 倉庫の扉を蹴り開けた咬竜は、目の前の光景に立ちすくんだ。 正面の壁際に、男が一人うつ伏せに倒れている。そして右奥に立つ、見覚えのある細面の男。その前に倒れ伏す、シノビ姿の少女、すぐり。 「おや。もう引き上げる気だったのですが」 望月はつまらなそうにすぐりを見下ろすと、忍刀を構えた。 「すぐり‥‥?」 咬竜が、倒れている少女に声を掛ける。 返事がない。 「無駄ですよ。私の不知火を浴びたのですからね」 望月は忍刀を下段に構えた。 咬竜は兼朱を抜き放ち、吠えた。 「望月ィィィィィィィッ!」 咬竜が突進しようとした瞬間、望月は顔を歪めて壁際へと跳び退いた。 「もう少しで、足潰せたんに」 腹の傷口を押さえ、すぐりは立ち上がった。手に握られた忍刀「蝮」が、鮮血に濡れている。 「お、女、貴様」 望月は顔を歪めた。その左膝から、止めどなく血が流れ始める。 すぐりは血の混じった唾を吐き、笑顔のまま顔をしかめた。 「あたた‥‥咬竜、あと任せてもええ?」 「阿呆、本当に死んだかと思ったわい。横で休んでおけ」 望月が、瞬時に辺りを見回す。退路はない。 咬竜は兼朱を大上段に構えた。 「行くぞ望月! 貴様の首、貰い受けに来たッ!」 望月は舌打ちを漏らし、下段に構える。 咬竜の兼朱が、轟然と振り下ろされた。望月は後方へと跳び、散華を放つ。三枚の手裏剣が明確な殺意を持って咬竜の急所を狙った。 「洒落臭いわ!」 咬竜はそれらを避けようともせず、首と胸に手裏剣を受けながら、尚も後方へ下がる望月に追いすがる。 だが望月は既に印を切り終えていた。掌から猛烈な勢いで爆炎を放ち、そして目をみはる。 炎の中を、一筋の煌めきが突き抜けてきたのだ。咬竜は、炎の中をも突っ切っていた。初手の両断剣がもう一度来ると踏んでいた望月は、予想していなかった突きに反応が遅れる。 横に跳んだ望月の左脇から、血が溢れ出した。 「所詮俺達は変わり行く時代に取り残された徒花じゃ! そうは思わんか、望月?」 「戯れ言を! 世界が悪意に充ち満ちている限り‥‥」 望月の忍刀の切っ先が揺れる。瞬間、その左手に苦無が突き刺さった。 「!?」 すぐりの投じた苦無だった。羽織った外套が燃え上がっているのも気にせず、咬竜が更に望月への距離を詰める。 来るべき一刀を望月は側転で逃れようとし、体勢を崩した。 無理な動きに、駆名の螺旋、すぐりの不意打ちに削られた左足が耐えきれなかったのだ。 咬竜の兼朱が、望月の胸を貫いた。 「‥‥くく‥‥」 望月は、口から血を吐いた。 「‥‥世界が、悪意に充ち満ちている限り‥‥貴方の仕事も、我々の仕事も‥‥無くなりますまい‥‥」 望月の瞳から、光が失われていく。 「‥‥何故、散華が、解りました」 「あんた、散華打つ時、刀の切っ先が揺れるんよ」 すぐりは、生まれたての子鹿のように頼りない足取りで、立ち上がった。 「あの世では、気を付けるんやね」 「‥‥焼きが‥‥回りましたか」 咬竜が、兼朱を抜く。望月は、力無く倒れ伏した。 その手が、倉庫の窓から覗く更待月を目掛けて持ち上がる。 「月が‥‥欠けてゆく‥‥だが望月は‥‥また」 望月の手が、ゆっくりと地に落ちた。 ――(組織を率いる者に必要なのは食わない覚悟ではなく、食って生き抜く覚悟) 柱に寄りかかった髷の男、鬼島貫徹だ。 (俺が助っ人に加わるからには決して楽な道は選ばせぬぞ) コルセールコートの襟の陰で、鬼島の唇の左端が持ち上がる――(反攻) ● ぎょろぎょろと動いていた鬼島の目が、それを捕らえた。 「ノルティア。此処を頼んでも良いか」 「‥‥? うん。もう、大丈夫」 既に二人の相手をしていたシノビは、一人を残すばかりとなっていた。 鬼島はその場をノルティアに任せ、中庭に出る。 「鬼島?」 岩に腰掛けて息を整えていた志狼が眉をひそめた。 鬼島が一足飛びに柳までの距離を詰め、覇閃を逆袈裟に振り下ろす。 地響きと共に柳が倒れ、その背後に一人の老人の姿が現れた。その左腕から、僅かに血が垂れ落ち始める。 「‥‥街道で俺達を襲った小男か」 志狼が咄嗟に槍を構えた。 鬼島が、鼻で笑った。 「開拓者相手に怯まぬ胆力、そして人質を取り従わせようとする下劣な精神。なかなか見事な悪人っぷりであった」 蛙が潰されるような声が母屋から響く。次いで、ノルティアの遠慮がちな声が。 「鬼島さん、‥‥終わった、よ」 「ご苦労。少し休んでおけ」 鬼島は老人から視線を外さずに言う。 「貴様が黒幕か? 何故ここにいる? 貴様は狐組であった筈」 老人は流れる血を静かに舐め取り、笑った。 「奴等が生け捕りにされた時に口を封じるためよ。この望月菊ノ介、直々にな」 「何」 老人は忍刀を抜いた。 「あやつは四代目だ」 老人の姿が、物音一つ立てずに掻き消えた。 鬼島の左肩から血が噴き上がり、覇閃が老人の白い頭目掛けて打ち下ろされた。忍刀で受けきれず、老人の肩から血が噴き出す。 鬼島は覇閃を肩に担ぎ、楽しそうに笑う。 「今のは? 影とかいう技か」 「唐竹割だな」 二人は低く笑い合う。 「己の器を考えず大望を抱く者が多い中、分相応に一つの町の支配を試みたのも良し。ただ」 鬼島の言葉が終わるよりも早く、再び老人の姿が掻き消えた。鬼島の「左手」が再び影の一撃を受け止めるべく動くが、今度は首の付け根の肉が切り裂かれる。 唐竹割の一撃は、老人の腕の肉をそぎ落としただけに終わった。 「次は喉を突く」 三度、老人の姿が掻き消える。 瞬間、池の水が、倒れた柳の枝が、庭の砂利が、鬼島を中心とする同心円状に波立ち、屋敷の戸という戸が激しく小刻みに震えた。 老人の姿が、剣気に身体を打たれながら、右半身の状態で鬼島の正面に現れた。 右手の忍刀は、逆手に握られている。切っ先が鬼島の喉仏ではなく、心臓目掛けて突き出される。近付いていく。近付いていく。「左手」が火花を散らし、僅かにその軌道を逸らす。左脇に深々と突き刺さる。 鬼島の渾身の一刀が、老人の身体を袈裟懸けに、一刀両断にした。 唖然とした表情のまま、老人の上半身が地に落ちる。 左脇から血を流しながら、鬼島は斬り捨てた老人の顔を見下ろした。 「相手が悪かったな。いかな野望とて、若者の恋路を妨げることなど不可能というもの」 覇閃が打ち振られ、燐光と共に老人の血が地面へと飛ぶ。 「駆名に手を出した段階で貴様等の命運は決まっていたのだ」 覇閃と左手が、鞘に納められる。老人の目から、急速に光が失われていった。 「馬鹿‥‥な‥‥」 月に向かって持ち上げようとしていた皺だらけの手が、静かに池の中に落ちた。 ――(思い人、かぁ。好いた人が居るいうんは、どんな感じなんやろう) (こんな感じです) 香伊那は、自分の頬をつねって見せた。すぐりが、くすっと笑う――(出立) ● 咬竜に支えられて倉庫を出てきた駆名は、目の前に立つ女性を見て、幾度も瞬きをした。 香伊那が、咬竜の肩を借りる男の顔を見た。頬の肉は削げ落ち、眼窩は落ちくぼみ、髪は伸び放題、髭も乱れ放題だ。手足は枯れ木のように痩せ細り、唇は乾ききり、ひび割れている。 「‥‥駆名ちゃん?」 香伊那が呟く。 駆名の目が、眼窩の奥で、徐々に光を取り戻し、徐々に大きく見開かれた。 「‥‥ひょっとして、香伊那か?」 「うん」 香伊那の目に、涙が浮かぶ。 「‥‥何で?」 「ごめん。待ってるって言ったのに」 「‥‥待って、たのか? 十年も」 掠れ声が漏れる。 香伊那は首を振り、顔を手で覆った。押し殺した声が、漏れ出す。 霞澄にそっと背中を押され、香伊那は駆名にしがみついた。 「昔から‥‥無茶して、ばっかり。馬鹿」 「お、おい。香伊那」 駆名の土気色の顔が、僅かに赤らむ。 「人が、見てるから‥‥」 「会いたかったよう。駆名ちゃん、会いたかった。十年も、一人で、ずっと、寂しくて‥‥」 「いや、その‥‥」 香伊那は、子供のように泣きじゃくりだした。駆名はうろたえ、肩を支えている咬竜を始めとする開拓者達を見る。 「阿呆」 咬竜は冷たく言い、あっさりと駆名の肩を離した。支えを失った駆名は尻餅をつき、いきおい香伊那が押し倒す恰好になる。 「幸せにしろよなっ」 いち早く武藤家から駆け付けた羽流矢が、塀の屋根から声を掛けた。 「あ、ああ‥‥」 「今すぐにだよっ!」 羽流矢の声に、駆名は更に赤面する。 「そ、その‥‥香伊那。ごめんな‥‥」 「ううん。ごめんね。ごめんね、会いにきちゃって。待って、なくて‥‥」 それ以上は声にならない。 「やれやれ。終わったようだな」 裏口を通りながら、鬼島が低く笑う。 残る武藤家組の三人も、屯所に集まっていた。 「大団円、いうことでええんかな。痛たた‥‥」 すぐりが、傷を抑えて顔をしかめながら笑う。慌てて、霞澄が閃癒で一同の怪我を治しにかかる。 「俺も、帰って怒られないとな」 ぼそりと、竜真が呟いた。 「梢ちゃんにだろ」 「いや、番頭さん」 羽流矢に茶化され、竜真は頭を掻く。 「え? ‥‥あんた、番頭はんに言って出てきたんと違うん? 餞別、貰たって‥‥」 竜真はそっぽを向いている。 「さては抜け出してきましたね」 「忍刀はどこかで盗ってきたか」 ルエラと志狼が笑う。 泣きじゃくる香伊那を見て、ノルティアがぽつりと呟いた。 「幸せって‥‥重いんだね‥‥」 「ノルティアさん、もっとこちらにいらっしゃればどうです?」 ルエラに手招きをされ、ノルティアはにっこりと笑う。 「こゆとき、子供は‥‥興味で、近く居ちゃ。駄目よ、って‥‥おかーさんが」 一同が顔を見合わせ、大笑いをした。 ● うららかな春の日。 目白が、くちばしを梅の花粉でいっぱいに汚し、きょとんと縁側を見た。 老婆が微笑む。 「‥‥おしまい。面白かった?」 「面白かった!」 少年達が、声を揃える。 「カイタクシャごっこしようぜ! おれ、きじまかんてつ!」 「じゃ、おれシロー! アララギシロー、おしてまいる!」 「あたしかすみちゃん!」 「そんなにおしとやかじゃねーだろ!」 子供達は早速庭に落ちていた木の枝をめいめいに拾い、チャンバラごっこを始める。 「おばあちゃん」 「ん?」 老婆は、横を見た。 「あら。優那は遊ばないの?」 「ね、今のお話、本当にあったお話なの?」 老婆は、穏やかに微笑んだ。 「そんなにすごい人たち、本当にいたの?」 「いたのよ。皆強くて、恰好良くて、とってもとっても、優しかったの。本当に優しかった」 優那と呼ばれた少女は首を傾げた。 「何だか、おばあちゃんが会ったことあるみたい」 「会ったことはないけれど‥‥」 老婆は眉を八の字にして笑う。 「でも、本当に本当よ」 「ふうん」 優那は老婆の隣に行儀良く座り、梅の花粉をついばむ目白を眺めた。 「ね、名奈おばあちゃん。また、ゆうなにそのお話、してくれる?」 「ええ、いいわよ。この話、優那に子供ができたら、聞かせてあげてね。ひいお祖父ちゃんとひいお祖母ちゃんが、結婚するときのお話」 |