秤釣り合う日―暗夜―
マスター名:村木 采
シナリオ形態: シリーズ
危険 :相棒
難易度: 普通
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/09/07 22:11



■オープニング本文

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 満月はとうに過ぎ、下の弓張りを越え、有明月の夜。
 月の出は未だ遠く、森は漆黒の闇に包まれている。
 纏助は、芙蓉の里を滅ぼさんとする一味の「裕貴」という女に呼び出され、開拓者に守られて、里の外れに一本立つ大柳の傍に布を被って潜んでいた。
 思い出したかのように、鈴虫が喧しいほどの音で鳴き始める。
 風が強い。見る間に空を覆う雲が晴れ、僅かな光が森に射した。
 いつ現れたのか。夜闇の中、辛うじて視認できる程度のおぼろげな影が、柳の葉の向こうに蟠っている。
「ご安心なさい。私一人ですよ」
 漆黒の忍装束に身を包み、顔を黒布で隠した人物の姿が、星明かりの中にうっすらと浮かび上がっていた。
 忍装束の人物、裕貴はちらりと纏助の潜む方向を見たきり、明後日の方角に視線を向ける。
 虫の声。風が唸る。森がざわめく。柳が揺れる。
「そのままで結構です。時間がありません」
 返事はない。人の声に驚いたか、鹿が悲しげに啼きながら遠ざかっていく。
 そこに人が居るのを確信しているのか、裕貴は淡々と言葉を継いだ。
「要件のみ。芙蓉とは、封妖の一族。封妖の為に、数多の命を捧げてきた一族。彼等は、今までそうしてきたというだけで戦いを放棄し、私達の大切な人の命を捨てた」
 柳の葉が風に揺れ、人影は再び夜闇に溶ける。
「それを止めようとした私達は騙し討ちに遭い、血を分けた唯一の家族、愛する者を奪われた。そして誓ったのです。‥‥戦いから逃げ続けた者達に、戦いを。愛する者の血を吸った秤妖に、滅びを」
 裕貴は纏助に語った言葉を繰り返す。
「秤妖。魔の森より出でし四面六臂の妖、光と闇の傾きの大いなる時、血の門に封じられたり」
 そこで裕貴の言葉が、突如途切れた。
 幾重にも連なる鈍い音。
 無数の黒い影が、裕貴の身体に突き刺さっていた。その膝が、大柳の前にゆっくりと崩れ落ちる。
「手を緩めるな」
 女の声。
 その場に崩れ落ちた裕貴に、更に黒い苦無が撃ち込まれていく。
 だが、
「芙蓉」
 裕貴の暗い囁き声に、苦無を打つ手が止まった。
 辺りに、受けた者の毛穴をこじ開けるかの如き殺気が満ちる。
「相変わらず、不意打ちがお好きですね」
 風が強く吹き付け、その場に居る者達の身体が微かにふらつく。
 崩れ落ちた裕貴の身体が風に溶け、流れて消えていった。
「欠けずの望月の技。私とて亜流ですが、それでも貴方達に捉えられるものではありませんよ」
「そうかな」
 女の声が、暗闇に響く。
「裕貴。貴方は芙蓉を舐めすぎている」
 小さな人影が、次いで複数の細身の人影が、木立の合間を縫って地に降り立った。
「欠けずの望月が秘密を知って逃げたと解りながら、ただ手をこまねいて待っているとでも思ったか」
 女は忍刀を抜きはなった。
 里のシノビとは段違いの殺気が、裕貴の殺気と混じり合う。風に血の臭いが混じる。裕貴の血だろうか。
 裕貴は一切の揺らぎを感じさせない声を、開拓者達に向けて発した。
「もう私達は、自らの意志で止まれない。私達は滅びるべきなのです。芙蓉の里と共に。先人の残した負の遺産である、秤妖と共に」
 その声には幾許かの悲しみ、寂寥、そして何より強い決意が漲っていた。
「私は滅びるべきなのです。蘭ノ介さんと共に。世界を憎むうさぎや義視、和田達と共に」
「殺れ」
 女が叫んだ。
「一人も生かすな」


■参加者一覧
柚月(ia0063
15歳・男・巫
柊沢 霞澄(ia0067
17歳・女・巫
鬼島貫徹(ia0694
45歳・男・サ
皇 りょう(ia1673
24歳・女・志
ディディエ ベルトラン(ib3404
27歳・男・魔
雪刃(ib5814
20歳・女・サ


■リプレイ本文


 当世具足に筋兜、面頬という完全武装の武者、皇りょう(ia1673)が提灯を持った左手で鯉口を切り、珠刀「青嵐」を抜いた。
「危険を知らせた事に対する芙蓉の返礼がこれか。これでは彼等だけが悪とも断ぜられぬな」
 散開したシノビ達に対し、りょうは最前面に出た。頭領格のくノ一が呟く。
「里の平安の為、多少の犠牲は止むを得ぬということだ」
「‥‥ならば私達は私達の道を貫くのみだ」
 提灯の柔らかな光を受け、湿気を帯びた青嵐の刃は一層穏やかな光を返す。
「癸七丈、艮五丈、乾八丈、甲六丈、乙八丈、乾六丈」
 心眼を開いたりょうが、敵の現在地を早口に呟いた。
 その鎧に、小さく白い手がそっと触れる。
 月よりも更に白い銀髪を腰まで伸ばした巫女装束の少女、柊沢霞澄(ia0067)だ。
 その手から溢れ出した白い輝きが、りょうの具足に染み込んでいく。
 纏助の悲鳴があがった。
「‥‥乱暴すぎない?」
 銀の尾を持ち、厚司織に外套を纏った神威人、雪刃(ib5814)が呆れ顔で呟く。カフィーヤに作られた二つの三角形の盛り上がりは、狐の耳だ。
 纏助は、杓文字形の奇怪な戦斧を抱えた中年男、鬼島貫徹(ia0694)の左手で、後方に立つ霞澄に放り投げられていた。
「シノビ相手に暗夜の戦闘か‥‥」
 雪刃は地を擦らんばかりの大太刀「殲滅夜叉」を抜く。
「不利、だね、確認するまでもなく」
「纏助さん、こちらに‥‥」
 霞澄に抱きとめられ、加護結界を受けた纏助は霞澄と共に走り出す。
「行かせるな!」
「話の邪魔だなんて、無粋だねっ!」
 ありったけの松明に手持ちの火を移し、左の指の股に挟んだ少年、柚月(ia0063)が、右腕を回して舞傘を開いた。闇に溶ける漆黒の衣と対照的に、紅梅色の傘が暗闇に浮かび上がる。
 傘に描かれた梅の枝が、松明に内から照らされて妖しい光を帯びた。
 柚月の横を行き過ぎ、霞澄目掛けて走っていたシノビの足が止まる。
「‥‥解術の法か」
 暗視の術を掻き消されたのだ。くノ一は素早く辺りを見回し、囁いた。
「戦陣、丙」
 木の幹が弾け飛び、柚月が苦悶の声を上げる。螺旋状に回転する苦無に、小具足の草摺りごと太腿の肉を抉り取られたのだ。
「里の為、貴方達にも消えて貰う」
 前衛にも牽制の苦無を投じつつ、治癒役の霞澄と柚月目掛け、一斉に攻撃が始まった。
「近付かぬ気か」
 苦無に提灯を貫かれ、脛当てごと肉を削り取られたりょうは、咄嗟に提灯を地面に叩きつける。見る間に中の火が紙に燃え移った。
 直後、轟音が木立を揺らし、土埃と木の葉が辺りに舞い上がる。
「クハハ、あれを避けるか」
 土埃の中で金色の大鎧を揺らし、鬼島が哄笑を上げる。
 誰もいない空間に振り下ろされた斧が、不可視の衝撃波を生んでいた。
 地面を引き裂き、木の根を地中から引きずり出しながら、三寸の差でシノビを直撃し損ねた衝撃波が、後方の木を盆栽のように易々となぎ倒したのだ。
「きっちりと自分たちに有利な場を整え、尚かつ襲撃のタイミングも悪くない」
 鬼島は額の鉢金を越えて流れ落ちる血を舐め取る。
 その目が大きく見開かれ、喉からは愉悦さえ混じった咆哮が轟いた。尋常ならざる殺気にシノビ達は狙いを変え、鬼島の鎧と身体に幾つもの穴が穿たれ始める。
 柚月が荒い息の中で呟く。
「あ、危ないトコだった‥‥かも‥‥」
 松明を地面に刺して明るさを確保していた彼は、既に血だらけだった。
 しかも、呼吸がおかしい。苦無に、毒が塗ってあるのだ。
「精霊さん、みんなの傷を癒して‥‥!」
 霞澄の榊についた紙垂がゆっくりと持ち上がった。
 紙垂の先から溢れ出した光の粒子が絡み合い、融け合って、太陽の光よりも暖かく、月の光よりも柔らかい輝きとなって開拓者達を照らし出す。
 ただ一度の回復で、りょうと雪刃はもとより、骨さえ露出していた柚月と鬼島の傷までもが、傷跡一つ残さず完治している。
「こちらで勝手に援護するのは構いませんよね‥‥?」
 閃癒の範囲に入っていた裕貴の目が、霞澄の銀色の目を確かに見た。
 時が止まったかのように霞澄はその表情に吸い寄せられる。
 提灯から広がる炎に照らされた彼女の顔は、今にも泣き出しそうだった。
「皆さん〜、後退致しますですよ〜」
 霞澄ははっと我に返った。
 白いローブを貫き、中の大鎧まで食い込んでいた苦無を抜きながら、ディディエ・ベルトラン(ib3404)が右後方へと下がる。
 白い聖杖ウンシュルトが曇った夜空を差す。その先端にはめ込まれた宝珠の輪郭がおぼろになり、霧の如く空中へ流れ出た白い精霊力が結晶化した。
 無数の結晶は螺旋を描いて踊り狂い、次々と地面に突き刺さっては消えていく。
 ディディエのしていることは、先刻からそればかりだ。シノビのいる方角ではあったが、誰もいない空間に吹雪らしい魔術を空撃ちしている。
 シノビの一人が前衛を迂回し、後退するディディエ達を射程距離に収めようと地を蹴った。
 一歩、二歩、三歩。
 四歩目を踏み出した瞬間、シノビの姿が白い影に掻き消された。
「いやはや〜‥‥やっと近付いて下さいましたですね〜」
 惚けたディディエの声と、シノビの絶叫が重なる。
 爆発的な勢いで噴き上がった氷霧が、瞬き一つの間にシノビの体温を奪っていく。生きながらにして足の皮を、血を、肉を凍らされる恐怖に、シノビは死に物狂いで暴れる。
 隣で荒い息をついている柚月から耳打ちをされたディディエは頷いた。
「何はともあれ〜、この危地を脱しないことにはですねぇ」
 氷霧が収まらぬ内に、黒い影がシノビの身体に絡みついた。
 裕貴だった。逆手に忍刀を握った右手の親指と人差し指がシノビの左腕を持ち上げ、滑り降りる。
 左手を添えた忍刀の鋒が、シノビの腋下から心臓を抉り抜いた。
「影、か」
 動く影を追って見るからに大振りな攻撃を繰り返し、その一部始終を視界の端に捕らえていた鬼島は呟いた。
 その鬼島目掛けて大きく右手を振りかぶった男の上半身が、斜めにずれ、顔から地面に突っ込む。
 折り重なるように、微かな白煙と共に血を噴き出す下半身が倒れ込んだ。
「‥‥当たっちゃった」
 松明の明かりから離れた雪刃が、炎を噴き上げる大太刀「殲滅夜叉」を振り抜いた姿勢で返り血を浴び、瞬きをする。
 苦無での攻撃を止めてその背に襲いかかった忍刀が、白いうなじを外れ、右肩の僧帽筋から広背筋を切り裂いた。
「近寄るな!」
 くノ一の叱責の中、雪刃の右足が地を離れた。
 攻撃を察知したシノビは屈み込むと、尋常ならざる速度で後方に跳び、背中から地面に叩きつけられた。
「なん‥‥で‥‥」
 その口から折れた歯が落ちる。
「シノビだから自分が早いと思ってた?」
 閃光の如き雪刃の後ろ回し蹴りで奥歯を砕かれたシノビが、轟音に吹き飛ばされた。
「残るは、三人だな」
 木に激突し首を異様な方向に曲げたシノビに一瞥もくれず、衝撃波を放った鬼島が呟く。
 りょうが頭目のくノ一と、裕貴が残る二人の片割れと対峙していた。残る一人、後退し始めたシノビを追って二人が地面を蹴る。
 刹那、その一人の姿が白い霧に覆い隠された。
 絶叫が森に木霊する。
「ばっちり!」
 自らの解毒を終えた柚月が、ディディエと手を打ち合わせる。
「何をなさったのですか‥‥?」
「フロストマインを仕掛けた傍に、松明刺したんだ」
 悪戯小僧の笑みを浮かべ、柚月は霞澄に答えた。
「明かりを消されるようでは一大事〜」
 霜に下半身を覆われたシノビの頭上に、白い魔法陣が出現した。その中心に位置する円周から、白く細い光条が地面へと降り注ぎ、その太さを爆発的に増していく。
 森の中が、眩い閃光に満たされた。耳をつんざく轟音が木立を根元から揺るがし、虫や鳥が一斉にその場を逃げ出す。
「明かりを狙うなら掛かるのではないかと〜」
 ディディエは、半ば炭化したシノビには目もくれず、りょう達の支援に走り出す。
 提灯を捨てて青嵐を両手で握ったりょうの左膝が、微かに沈み込んだ。くノ一が辛うじて斬り下ろしを受け止める。
「させません!」
 裕貴の声に重なる苦悶の声を背に、りょうが青嵐を逆袈裟に斬り下ろす。その刃が忍刀の上を滑り、右脇に流れる。
 瞬間、歯を食いしばったりょうの筋兜が、くノ一の顔面に叩き込まれた。
 鼻から血を流しながらくノ一は体勢を立て直し、懐に手を伸ばす。
「させぬ!」
 りょうの左膝が、再度沈み込む。くノ一はその場に屈み込み、地を転がって斬撃を免れた。
 くノ一の目は、明らかに後方、裕貴を狙っている。りょうは、裕貴の声を境に、首筋を焼く殺気が薄れている事にも気付いていた。
 図らずも背中合わせに戦っている二人は、互いの背を狙う相手を食い止め合っていた。
 りょうの、右膝が沈み込む。左膝の動きを斬撃の合図と踏んでいたくノ一の反応は、一刹那遅れた。右足が地を蹴り、左足が大きく踏み込む。
 半身になり前の手で繰り出す分、拳五つ長い間合いを持つ左片手追い突きが、くノ一の鼻を貫き、脳髄を深々と抉った。



 殺気が途絶えた瞬間、裕貴は開拓者達の前から飛び退った。
 風の音。
「追って来ないのですか」
「一時休戦という事にございますです、はい」
 膨大な練力を消費したディディエは、苦笑いと共に座り込んだ。
「少なくともですね、あなたには言葉が通じるようにございますから〜」
 裕貴の顔が、ちらりと横手を見た。
「恩を仇で返しては、私達も芙蓉の者達と同じになってしまう」
 りょうは青嵐の刃を懐紙で拭い、くるりと刀身を回して鞘に納める。
「綺麗事と嘲笑われようとも、そこを曲げる事は出来ん」
 さざめきざわめく木々の音が、開拓者達と裕貴との間を満たした。
「‥‥少し、話をしましょうか。何かお聞きになりたい事があれば」
 残るシノビに警戒しているのか、裕貴は油断無く辺りを見回している。
「‥‥あのさ」
 唇を噛んでいた柚月が、目を上げた。
「裕貴がしてた話、聞いててなんか‥‥チリっとした」
 柚月は言葉を探しながら、丁寧に言葉を紡ぐ。
「亡くなったヒトたちは、望んだのカナ? こうやって、裕貴たちが‥‥戦うコト。‥‥自分たちの命を、擲つコト」
「解りますよ、貴方の言いたいことは」
「でも、そんなコトゆったって届かないし、止まらないんだろーね」
 柚月が悲しげに目を伏せる。
「止まりはしませんね」
 虫の音。
「本当に、そんな方法しかないのか」
 湿った枯葉に残る火を踏み消し、りょうが微かな苛立ちと悲しみを含む声音で言う。
「何より、子供達の未来をも犠牲にしようとしているのが好かぬ」
 裕貴の目が、ふと優しくなった。
「他に方法が無いわけではないのですよ。私達はこれをこそ望んでいるのです。憎いものを破壊し、そして滅びたいんです」
 虫の音。
「‥‥『きちゅうもん』とは、何だ」
 鬼島が、戦斧の刃を地に下ろす。
「六十年に一度、つちのとうし、己丑の年に封印の解ける、血封の門です」
 裕貴は即答した。
 ディディエが瞬きをする。
「己丑の年、つまり二年前ですか〜? 芙蓉の里との関係が今ひとつ良く分りませんでしたが‥‥」
 節くれ立った指で口を覆い隠し、ディディエは思案顔になった。
「戦いをやめた、と先刻仰いましたか〜? 今は封じられていない、ということになりますでしょうか、もしくは〜」
 その銀色の瞳が、探るようにして裕貴の顔を見上げる。
「アヤカシの意を汲んで動く集団となってしまったとか?」
 裕貴は首を振った。
「秤妖は182年前、冥越を呑み込みかけた魔の森から現れ、数多の鬼を引き連れて辺りを荒らし回りました。それを芙蓉の一族の祖先が封じたのです。六十年後、子孫がそれを討ってくれると信じて」
 ディディエが、得心顔で大きく頷いた。
「六十年に一度封印が解ける。しかし、秤妖が現れたのは180年前。つまり〜、戦いをやめたと言うよりは‥‥六十年ごとに、先送りにしてきたのでしょうかねぇ」
 裕貴は頷き返す。
「封印が解けそうになる度に人の命を門に捧げて、ね。二年前の己丑の年に選ばれ、殺されたのが、纏助の友人や蘭ノ介さんの婚約者‥‥私の姉です」
 裕貴は、里の方角をちらりと見る。
「解りますか、纏助? 貴方もまた、無辜の人々の犠牲を踏み台に、生きていたのですよ」
 冷たい目に射抜かれた纏助は、霞澄の袴に掴まって震えていた。
 霞澄が纏助を後ろに庇い、その視線を遮る。
「芙蓉の人々は、封妖の話を知っているのですか‥‥?」
「知っているのは、長老を始めとする数人だけですよ」
 雪刃が大太刀を背負い治し、太刀緒を胸の前に結びながら、形の良い眉をひそめる。
「義視やうさぎが手を貸してるのは、何で?」
「彼等は皆、望月の分家が攫ってきた志体持ちです。秤妖を滅ぼす手伝いをさせる代わりに、彼等に復讐の機会を与えたのですよ。尤も、分家は何者かに討たれたようですが」
 霞澄と鬼島が、その視線を交わした。
「復讐‥‥『いい子いい子されてた奴には分からない』だっけ‥‥」
 雪刃の紺碧の瞳が曇る。
 風に吹かれながら、裕貴は頷いた。
「和田は蝙蝠の神威人。うさぎはあの外見で、謂われの無い差別を受けていたそうです。刺青も、我々が拾う前につけられていました。義視は身軽さから雑技団に売られたようですが、志体持ちの団長に玩具にされていたとか。彼等を嬲った者達は、今頃あの世で後悔しているでしょう‥‥そろそろですね」
「何が?」
「秤妖の解放が」
 裕貴の白い指が、里を指した。開拓者達が、纏助が、弾かれたように振り向く。
 里の方角に、微かに赤い光が見えていた。
「光と闇、昼と夜、その秤釣り合う日。秋分の日が、秤妖の力が最も大きくなる日。秤妖が解き放たれ、里が滅ぼされ、そして我々が秤妖を滅ぼす日です」
 りょうが眦を決し、裕貴へと向き直る。
「まさか今の話、時間稼ぎか」
 裕貴の姿は、既に闇に溶けていた。
「否定はしません。ただ、貴方達のような優しい方と話す時間も欲しかった。誰かに、恨み言の一つも漏らしてみたかった。‥‥色々です」
 裕貴の声が寂しげに笑った。
「最後に、お話ができて良かったですよ。芙蓉を滅ぼし、秤妖を殺しえたとしても‥‥きっと私と蘭ノ介さんは」
「待ってよ! 秤妖を、どうやって滅ぼすの!?」
 柚月が叫ぶ。
「貴方達だけでは滅ぼせない、違いますか? 足りない力を補おうとして行なったのが、あの人体実験ということなのでしょう?」
 ディディエの声色も、変わっていた。
「己丑門は、僅かずつ封じたものの力を減じると、伝えられています。どこまで秤妖の力が弱まっているのか、それともその言い伝えが嘘なのか。誰も解らないのですよ」
 穏やかな声は、既に遥か遠くへと離れていた。
 柚月が叫ぶ。
「アヤカシを倒すためになら、少しは‥‥」
「それ以上は、言ってはいけませんよ」
 闇の奥から、囁き声が返ってくる。
「貴方にも解るでしょう? 無数の人々を殺めた私達に相応しい裁きが、何なのか」