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■オープニング本文 前回のリプレイを見る ● 「もう大丈夫よ」 部屋の戸を開けて入ってきたギルド職員の佐藤春が、白い歯を見せた。 「君の知り合いの子もおじさんも目を覚ましたわ。容態も安定してる」 「本当!?」 「もちろん。開拓者の方々の治癒も相当効いたみたい」 「良かった‥‥」 纏助はへたり込んだ。 「みんな、修行してるところだって言われて‥‥でも、酷い事されてて‥‥もし何かあったら、どうしようって‥‥」 見る見るうちに、その目に涙が浮かぶ。 机の前に座っていたスティーブが大きな手を伸ばし、纏助の頭を撫でた。 「何、君の責任ではござらん」 「でも‥‥」 纏助は首を横に振り、服の袖で涙を拭う。 「君は何も知らされていなかったのでござるから」 スティーブは微笑み、纏助の顔を覗き込んだ。 「話を整理するでござる。間違ってたら言って下され」 「‥‥うん」 纏助は頷いた。スティーブは頷き返し、身体は纏助に向けたままで筆を取った。 「君は芙蓉の里出身で、志体を鍛える窮屈な生活を嫌い、街へ出た。‥‥志体持ちだったことは隠していたのでござるか」 纏助は頷いた。 「また退屈な練習とか、させられるかなって」 「なるほど」 スティーブは大きく頷く。 「芙蓉の里出身の犯人一味は、仲間を増やすべく各地から身寄りのない人々を集め、志体持ちにしようとしていた。その過程で同郷で志体持ちの君を見つけ、仲間にしようと連れ去った‥‥今回の事件自体は、こんなところでござるか」 「芙蓉の里の人間は、蘭ノ介さんと裕貴だけだよ」 「‥‥あ、そうでござったか」 紙に、大きく×印が書き込まれる。 「君は、その二人とどの程度面識があったのでござろう」 「顔と名前を知ってるくらい。話はしたことなかった」 身体を纏助に向けたまま、紙を見る事なくスティーブは筆を走らせる。 「‥‥その蘭ノ介というのは、強いのでござるか」 「凄く強いよ。蘭ノ介さんの家は、芙蓉でも最強の家だって。欠けずの望月って言われてる」 「かけず?」 スティーブは紙に筆を走らせながら纏助を見る。 「望月家は何代目になっても強いから、満月だけど欠けないって」 「‥‥手強そうでござるな」 スティーブは顔を顰めた。 「それから、蘭ノ介と裕貴なのでござるが。二人はどんな関係なのでござる?」 「裕貴は、蘭ノ介の義理の妹になってると思う。今は」 スティーブは目を丸くした。 「あの御仁、女性でござったか」 「うん」 「‥‥まあ、確かに男性とも女性ともつかぬ声ではござったな。義理ということは、蘭ノ介とは腹違いの?」 「ううん。蘭ノ介さんと裕貴のお姉さんが、婚約してた」 「なるほど」 スティーブは纏助の顔を見ながら、器用に筆を走らせ続けている。 「‥‥それで、裕貴曰く。芙蓉の里では、殺人が行われている。その里を滅ぼすこと、これが彼等の目的だと」 「うん。長老達が、里の人を殺してるんだって。そうやって、芙蓉の里は逃げてきたんだって」 スティーブは筆を止め、幾度も目を瞬かせた。 「逃げてきた? どこからでござる?」 「戦いから」 「戦い?」 さっぱり意味が分からず、スティーブは首を捻る。 「‥‥こないだも十人くらい、殺されたんだって。‥‥僕の‥‥友達も」 スティーブは言葉を失った。 纏助は、唇を噛む。 「‥‥殺されたって‥‥」 「‥‥そうでござったか」 二人は口を噤んだ。部屋に沈黙が降りる。 やがてスティーブは筆を置き、紙を巻いて懐に入れた。 「‥‥その『キチュウモン』について知っている人に、心当たりは?」 纏助は力無く首を横に振った。 スティーブは暫し思案顔を見せたが、やがて小さく頷いた。 「取り敢えず‥‥開拓者の方々と共に、芙蓉の里に行ってみる必要はありそうでござるな」 ● 蜩が、寂しげな声を上げている。 昼なお薄暗い森。浮かない顔で、纏助は岩に腰掛けていた。 「里に戻るのは、嫌でござるか?」 「うん。‥‥ううん。もし友達が殺されたんなら‥‥本当なら‥‥何か、してあげたい」 纏助は唇を噛む。 「だが、蘭ノ介一味に手を貸してはいかんでござるぞ」 「うん、わかってる」 纏助は頷いた。 「‥‥少し、着くのが早かったでござるかな」 スティーブは木漏れ日の角度から太陽の高さを見て、森を抜けてくる涼やかな風を吸い込む。 「もうじき、君を助けてくれた開拓者の皆々様が来るでござろう。ちゃんとお礼を言うでござるよ」 「うん」 纏助は、少しだけ嬉しそうに頷いた。 「かっこよかったし、キレイだった」 「そうでござるな」 スティーブは笑い、竹筒から水を一口飲む。 その手が、ふと止まった。 「今、何か聞こえたでござるか?」 スティーブは竹筒を腰に戻すと、手を翳した耳を風上に向ける。 「え?」 纏助もまたスティーブに倣って耳に手を当て、そして眉を潜める。 二人は顔を見合わせた。 「子供の声‥‥?」 どちらからとも無く立ち上がった二人は、恐る恐る森の中へと足を踏み入れた。 程なくして、二人は高さ二丈ほどの小さな崖へと突き当たる。 眼下の光景に、二人は思わず息を呑んだ。 身体に炎、雷、氷を纏った、身の丈一丈ほどの鬼達。そして身の丈七尺ほどの、大刀や槍、金砕棒を担いだ鬼。 それが、唸り声や咆哮を上げ、一人、いや二人の人物を追っていた。 その片方は、狐面をつけてはいるが、「工房」で見たうさぎという少女に違いなかった。象牙色がかった白髪と、色素の無い肌に入れられた複雑な刺青。 「ほらほら、こっちこっち!」 その小さな手を離れた符が木下闇に溶け、瘴気となって先頭を歩く鬼の身体へ染みこむ。 もう一人は長身の人物で、これがうさぎを背負っていた。こちらも狐面を着けている。 数体の鬼が口から吐く雷がぎりぎり届かない、二十丈ほどの距離を保って走っている。他の鬼が吐く炎や冷気はその半分ほどしか届かないようだ。 弓矢を持たない鬼達は、足に絡まる蔦や木の根を引きちぎりながら、怒りの咆哮と共に二人を追っていた。 「どうした? 餌が欲しいだろう」 長身の狐面が、鬼達を手招きしている。声からして、男のようだ。 「貴様等をこれまで養ってくれた馬鹿共が、今か今かと、貴様等に食われるのを待っているぞ」 その言葉を理解したとも思えないが、鬼達は二人を追う速度を上げた。 それを見下ろしていたスティーブは纏助の身体を抱え上げ、元居た場所へと走り出す。 「‥‥纏助君、まさか彼等の向かっている先は‥‥」 「さ、ささ里の‥‥ある、方‥‥」 両手足の指に余るほどのアヤカシを見たのは流石に初めてなのだろう。纏助の歯はがちがちと鳴り、身体は瘧のように震えている。 「今すぐ、里へ知らせねばならんでござる! あれほどの数に奇襲されれば、志体持ちの多い里でも大惨事に至りかねんでござるぞ!」 叫ぶスティーブの視界の奥に、その声を聞きつけたか、見覚えのある開拓者達の姿が映った。 |
■参加者一覧
柚月(ia0063)
15歳・男・巫
柊沢 霞澄(ia0067)
17歳・女・巫
鬼島貫徹(ia0694)
45歳・男・サ
皇 りょう(ia1673)
24歳・女・志
ディディエ ベルトラン(ib3404)
27歳・男・魔
雪刃(ib5814)
20歳・女・サ |
■リプレイ本文 ● 屋根越しに伝わる熱を忘れようと団扇を動かす櫓の物見が、やにわに顔を曇らせた。 「‥‥白旗?」 当世具足に淡萌葱の羽織を着た武者が、白い帯の結わえ付けられた旗指物を掲げ、里目掛けて街道を走ってきたのだ。 「止まれ! 何者だ!」 「火急の用だ!」 筋兜と面頬で顔を隠したその人物は、女だった。 「両手足の指に余る数の鬼が、こちら目掛けて突き進んでいる!」 「‥‥鬼?」 「弓が使える者は櫓の上へ! 障害物になるような廃材あらば、塀の外に転がしておかれよ!」 「な、何?」 街道に仁王立ちする女武者、皇りょう(ia1673)の大音声が聞こえたか、塀の奥が俄かにざわつき始める。 榊の杖を手に、日向を避けて走ってきた柊沢霞澄(ia0067)が、純白の祈祷服の上から膝に手をつき、黒い魔法帽をずり落ちさせながら荒い息を吐いた。 「間に合い、ましたか‥‥」 「他の者達は?」 「ディディエさんの発案で、森の中へ‥‥迎撃に」 「ま、まだ、鬼は、来てナイ?」 漆黒の衣の中に小具足を着込んだ少年、柚月(ia0063)は霞澄以上に息を切らせ、必死に呼吸を整えている。 「そのようだ」 柚月は頷いて深呼吸をし、息を整えると、櫓に向かって叫ぶ。 「この里にいた蘭ノ介ってヒトが、この里を滅ぼそうとしてるんだよっ! どっかカラ、鬼を連れて来てる!」 「蘭ノ介? あの男が!? 何で?」 「本当なんです‥‥! 信じて‥‥!」 りょうは喉も裂けよとばかりに声を張り上げた。 「私の言葉が嘘だったら、その場で腹でも何でも切ってやる! 急げ! この地が血の海になっても構わぬのか!?」 「‥‥と、取り敢えず長老に知らせろ! シノビは森を探れ! 蘭ノ介なら、やりかねないぞ」 櫓の男は下に叫ぶ。里は、一気に騒がしくなった。 ● 「これまた結構な数の鬼を揃えられたものにございますね〜」 中の鎧で幾何学的な形に盛り上がった、白い祈祷服が風に揺らめく。ディディエ・ベルトラン(ib3404)は黒い三角帽で視線を隠した。 一行の前方と左右には一枚ずつ、幅一丈半を越える鉄壁がそそり立っている。 「急ごしらえですが〜無いよりはあったほうがいいでしょうねぇ」 「まずは遠距離攻撃ができる鬼から倒した方が良いかな」 厚司織の尻から銀色の太い尾を垂らした銀髪の神威人、雪刃(ib5814)が枯葉を後方へ蹴り上げた。 一歩、三歩、八歩。雪刃が加速する。隼襲を発動したその速度に、炎鬼が火炎を吐こうとした口を閉じる。 雪刃が外套の上に背負った大太刀を抜く。脇に構える。振りかぶる。炎鬼が金砕棒を両手で握る。 大太刀が炎鬼の右肘を薙ぐ。返す刀が腹を裂く。ようやく振り上げられた金砕棒が地に落ちた。 鮮血が撒き散らされ、雪刃が地を転がる。鎧鬼の突き出した槍が緩慢に空を切る。 「‥‥国からの依頼とは随分デカいヤマになったものだ」 不敵な呟きを漏らした茶筅髷の中年男、鬼島貫徹(ia0694)の戦斧が振り上げられた。金色の大鎧に纏った紅樺色の陣羽織がはためく。氷鬼は刀を掲げ、来たるべき衝撃に備えた。 が、振り下ろされた戦斧は刀の手前半寸を空過した。鬼島は大きく踏み込んだ右足を軸に一回転し、氷鬼の奥、手負いの炎鬼の前へと、左足で踏み込む。 氷鬼が、横手の鎧鬼が、手負いの炎鬼が、目を剥く。鬼島の右足が地面に深々とめり込む。 獅子の咆哮を思わせる低く重い怒号が、居合わせた者の臓腑を震わせた。圧倒的な破壊力を帯びた銀光が、八相の構えから殺意の円弧を描く。 耳の奥に残る甲高い金属音に、複数の断末魔が重なった。 一撃で返り血に塗れた戦斧を左後方に止め、鬼島が哄笑を上げた。 「クハハ。退屈凌ぎにはなりそうだな」 脇腹から背骨近くまでを断ち切られてなお、氷鬼が拳を振りかぶっている。鬼島は肩から氷鬼の胸に体当たりを掛けた。 雷鬼の電撃が、氷鬼の身体を焼く。 「退屈凌ぎどころか、少しでも効率を上げないと、ちょっとどうにもなりませんですよ〜」 ディディエの人差し指の先端で、白く透き通る魔法陣がゆっくりと回転している。 が、その身体にも鉄壁の隙間から浅紫色の電撃が浴びせられた。 「あわわわ」 緊張感の無い悲鳴を上げ、ディディエは浮かんでいた魔法陣を握り潰してしまう。 直後、閃光と共に、耳をつんざく轟音が森の木立を揺るがした。 時が止まったかの如き、一瞬の静寂。 炭化した表皮から白煙を上げ、新手の炎鬼が大きくよろめいた。鬼の、開拓者達の視線が、炎鬼に吸い寄せられる。 一人、口許を不敵に歪めたディディエだけが、新たに指先に浮かんだ魔法陣を握り潰していた。 白く透き通る魔法陣が、炎鬼の足下に浮かび上がる。陣の外周から無数の白い文字が天空へと駆け上がり、入れ違いに降ってきた、大樹の幹もかくやという極大の雷撃が炎鬼に激突した。 更なる轟音と衝撃。 「ああ、もう! こっちだったら!」 その余韻も消えぬ間に、鉄壁の隙間から、象牙色がかった白髪をなびかせるうさぎと、それを背負った男の姿が見える。 うさぎの瘴欠片で鉄壁を迂回できると気付き、鬼達は我先に里へ向かい始める。 鬼の吐いた炎と雷に身体を包まれながら、狐面の二人は明後日の方角へと走り出した。 「‥‥皆さん、下がりますよ〜。もう一度防壁を築いて、迎え撃てば良いわけでして、ええ」 ディディエの言葉から刹那の間隙を挟み、鉄壁の内側を薄氷の嵐が荒れ狂った。 雪刃と鬼島は、ディディエと共に踵を返して走り出す。 暴風に舞い上がった血飛沫が日光に溶けた薄氷に混じり、文字通りの血の雨となって白く曇った鉄壁へと降り注いだ。 直後、開拓者達の向かう先から驚きの声が上がる。 「な、何だ、これは」 見慣れない、忍装束の男だった。狐面の二人は、真っ直ぐにこのシノビ目掛けて走っていた。 「お前達、里に来た者の仲間か‥‥」 シノビは、狐面の二人に気付いていない。雪刃も負けじと突進するが、隼襲の速度をもってしても、シノビまでの距離を一足には縮められない。 「たわけが! 逃げろ!」 「殺せ!」 鬼島と男が怒鳴る。 うさぎの手が一枚の符を取り出した。符は瞬時に瘴気を吸い込んで小さな手の中で暴れ、みるみる内に巨大化する。 「もっちろん!」 一度、二度。鮪の姿となった符は、迷い無くシノビの身体を叩き潰した。 ● 遠く轟音が、剣戟の音が聞こえる。 「丁度良かった」 纏助を抱き上げたスティーブは、戦場から離れた街道で、頭の後ろに両手を組んだ狐面の人物と対峙していた。 「うさぎや蘭ノ介さんが拠点に戻る前に、私も戻らなければなりません」 聞き覚えのある声を、狐面は発する。 「貴様は、裕貴!」 「今は用件のみ」 二人の警戒を全く意に介さず、裕貴は淡々と告げた。 「大柳の下で有明月の夜、子一つ刻にお待ちしています。そこで全てをお話ししましょう。じきに、秤妖の封印も解かれる」 「しょうよう‥‥?」 「秤妖。魔の森より出でし四面六臂の妖、光と闇の傾きの大いなる時、血の門に封じられたり‥‥」 裕貴は言いながら、スティーブ達から距離を取る。 「‥‥お主は、一体?」 敵意を見せない裕貴に、スティーブは訝しげな顔を見せる。 早駆でその場から消えた裕貴は、一言だけ、自虐的な声音で呟きを残した。 「もう止まれないのですよ、私達は」 その時、傍で微かに発せられる物音に、纏助もスティーブも、気付く事は無かった。 ● 「アヤカシをけしかけようとは、何と業の深い事を‥‥!」 先陣を切る氷鬼が吐き出す冷気に、りょうは珠刀「青嵐」を翳して突っ込んだ。 面頬についた汗が凍り、頬に貼り付く。頬の皮から瞼、涙と凍り始め、微かに視界が歪む。 霜の降りた具足が軋みを上げ、青嵐が正眼に構えられる。柄の宝珠がりょうの練力を吸い込み、淡い金赤色の光を発した。 りょうは氷鬼の前を素通りし、口を開いた炎鬼の前へ飛び出す。 「斜陽」でその力を減じられた薄紅色の炎が、りょうの鎧についた霜を溶かした。 体を閉じる。振り下ろされた刀が筋兜を掠める。りょうの肩裏へ抜けた刀を振り上げながら、炎鬼が下がる。青嵐の鋒が炎鬼の喉笛を掠める。 薄く輝く無防備な筋兜に、炎鬼の引き面が襲いかかる。 甲高い音。 一帯に漂う血の臭いの中に、梅の清冽な香りが混じった。 柚月の神楽舞に後押しされ、引き面の軌道に突き込まれた青嵐は、鎬で斬撃の刃筋を乱し、その鋒を炎鬼の喉笛に食い込ませていた。 「氷鬼二、雷鬼四、鎧鬼十一。数が合いません‥‥」 霞澄が叫ぶ。りょうは舌を巻いた。 「数えたのか?」 「別働隊かも知れません‥‥一度、里へ報せを」 その言葉が終わるより早く、金砕棒に吹き飛ばされた柚月の身体が地面に叩きつけられた。 「大丈夫ですか‥‥!?」 霞澄が血相を変えてそれを助け起こす。 「えへへ‥‥油断しちゃった‥‥」 苦笑いを浮かべる柚月の小具足は、脇腹が大きくへこんでいる。肋骨は確実に砕かれているだろう。金砕棒を振りかざす鎧鬼を、霞澄の銀色の瞳が射抜いた。 霞澄の榊が持ち手を中心に精霊力の波紋を広げ、取り付けられた紙垂が舞い上がった。波紋は波紋を呼び、空中に透き通る九曜紋を描く。 次の瞬間、膨大な精霊力の閃光となって奔り、鎧鬼の右脇腹をただの一撃で消し飛ばした。 その間に身体を起こした柚月が、後方に現れた人物を見て銀色の目を見開く。 「うさぎ!」 木陰から現れたのは、狐面の二人だった。 「‥‥お前達が、うさぎの言っていた開拓者か」 足を止めた男は、うさぎを背負い直す。うさぎが懐から符を取り出した。 振り向いた霞澄が唇を噛む。 「何故、こんなことを‥‥!」 「‥‥何故、か」 狐面の奥から聞こえた声は、笑みを含んでいた。 「ならば問う。お前達は、何故あのような屑共に肩入れをする」 「‥‥楽しくナイのはヤだカラね」 柚月は霞澄の手を借りて立ち上がり、白羽扇を大きく横に払った。木漏れ日に、羽の純白が煌めく。 「そんでもってこの状況は楽しくナイもの」 男の肩が震えた。笑っている。 「何が可笑しいのですか‥‥!」 「同じだよ、俺も、お前達も」 男の笑いは、どこか嬉しそうだった。 「俺も義を信じ、そのために力を振るっている。少しばかりやり方が違うだけだ」 「戯れ言を。貴様等の行いの、どこに義がある」 りょうの怒りを押し殺した声。 「報いは受けてもらおうか」 「‥‥綺麗な所でイイコイイコされてきた連中にはわかんないよ」 うさぎの赤い瞳が、りょうの銀色の瞳と真っ向から睨み合う。 「報い、か。‥‥つくづく、俺とお前達は似ているよ」 瞬間、鈍い音が幾重にも重なって響き、うさぎが弾かれたように振り向く。 大太刀を構えて後方から近付いていた雪刃が、大きくたたらを踏んでいた。その前の地面に、狐面の少年が片足で降り立つ。 「遅いと思ったら、またこの人達でしたか」 雪刃の頬と胸元に、黒い土で草鞋の跡が刻まれている。 顎への回し蹴り、側頭部への後ろ回し蹴り、上下反転して喉元への爪先蹴りを、宙に浮いたまま、一連の動作で放ったのだ。 「義視」 意外そうな声を、男は発した。 少年、義視は、雪刃を見て笑った。 「君は、新顔だね。何の用? 工房で死んだ屑共の仇討ち?」 「‥‥それが許せない」 雪刃は血混じりの唾を地面に吐き、殲滅夜叉を構える。 「何が?」 「身寄りもなく資する事もないというだけで、命の価値をないと思っていること。縁はいくらでも繋がるもの‥‥その未来の価値を否定する権利は、ない筈」 「笑わせるよ。じゃ、誰が一体『価値ある僕ら』を助けてくれた? 利用するばかりじゃないか」 義視は顎で、一行から距離を取り始めた男を指した。 「そして、それでいい。信用とは利用すること。必要とされるのは力だけ、縁だの絆だの愛だのなんて、糞の役にだって立ちはしない」 「違う」 「何が? 弱い奴が死ぬ。死んだ奴が悪い奴にされる。つまり弱い奴が悪い。僕達も貴方達も、そういう世界で生きてるんじゃないか」 義視はせせら笑う。 りょうが正眼を保ち、大きく間合いを詰めた。 「ならば、自分自身が斬られようと文句はあるまいな」 「勿論。もっとも」 義視は狐面の顎で、森の奥を指した。 「僕を斬ろうと四苦八苦している間に、鬼が里に着くけどね」 既に鬼島とディディエは、鬼とうさぎ達を追って走り出している。霞澄と柚月も、仲間と砕魚符で重傷を負ったシノビを癒し、後を追っていた。 「‥‥絶対に、そんな考え間違ってる」 「解ったから、鬼を追ったら? また今度相手してあげるよ。村で、ね」 義視は雪刃に肩を竦めて見せ、里の反対方向へ消えていった。 「‥‥自分を必要としてくれる場所、か」 雪刃が、里へ向かい掛けた足を止めた。 りょうは気を取り直したように顔を上げ、雪刃に目で合図を送って走り出した。 「それが破滅への道だとしても、本人が幸福だとしたら‥‥」 ● 「‥‥協力アリガトだ」 「お怪我をなさった方はいらっしゃいませんか‥‥?」 里の被害は軽微だった。森からの電撃で櫓の弓術士達が三名、斥候に出たシノビが四名重傷を負ったが、森の延焼は無く、板塀も一部破壊された程度だ。 血に塗れた戦斧を拭きながら里の人々を見渡した。 「蘭ノ介という男がこの里の壊滅を目論んでいた」 「蘭ノ介‥‥」 「欠けずの望月か?」 人々が、囁き合う。 「知っているようだな」 鬼島の視線に射抜かれた男が、躊躇いがちに頷く。 「二年前、里の者を十人以上殺して、長老達まで襲った奴だよ」 「十人以上‥‥」 霞澄が唇を噛む。鬼島は鼻を鳴らした。 「その部下が口にした『きちゅうもん』について話が聞きたい」 里の人々が、きょとんとした。 「普通に考えれば何かしらの門、或いは紋様、と言った所と思うが」 「さて。聞かぬ名だな」 人々を掻き分けて現れた、齢八十は数えようかという禿頭の老人が白々しい笑みを浮かべる。 「ご老人は?」 「この里で長老と呼ばれておる。‥‥まあ大したもてなしもできぬが、せめてもの礼。ごゆるりとして行かれよ」 「長老さま」 人混みを掻き分けて纏助が飛び出した。 長老は目を丸くしてその身体を頭から爪先まで眺める。 「‥‥お前は‥‥纏助? 帰ってきたのか」 「長老さま。きちゅうもんって、秤妖って何ですか」 息を整えながら、纏助が長老の服を握る。 「知らぬものは知らぬ」 長老は外見にそぐわぬ力で纏助の手を振り払い、背を向けた。 里の人々は訝しげに互いの顔色を探り合っている。 「しかしですねぇ、これだけの数のアヤカシとなりますと〜」 踵を返した長老の背を、ディディエの独り言が撫でた。 「湧くにしましても然るべき場所や理由が必要になるわけでございますが‥‥」 ぐるりと、長老の上半身だけが振り向いた。 「この里は、そのような物騒な話とは無縁。暫し休まれたなら、安心して神楽の都へ戻られるが良かろう」 その顔には能面を思わせる笑みが貼り付けていた。 |