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■オープニング本文 前回のリプレイを見る ● 「工房?」 ギルドから派遣されてきたスティーブを前に、三午の街を預かる代官は眉を顰めた。 「さようでござる。『工房』と呼ばれる建物へ、頑健で誰とも繋がっておらぬ人間を連れてこいと、指示を受けていたそうで」 「ふむ」 代官は扇子で顔を扇ぎながら、青畳の上で首を傾げた。 「一体何の工房で、何故、誰とも繋がっていない人間なのだ」 「それが、あの二人にも解らぬと‥‥」 スティーブは五分刈りの縮れ毛を掻き回した。 「どうやら、本当に何も知らされていなかった様子でござった」 「‥‥まあ良い。工房とやらの場所は解っているのか」 「それは勿論でござる。この三午の南‥‥川の上流、森の中だとか」 代官は安堵の表情で扇子を閉じた。 「南か。ならば良し」 「‥‥何がでござるか?」 「芙蓉の縄張りからは離れているからな。奴等には志体持ちも多い。下手に刺激しては厄介と思ったが‥‥そうか、南なら良し。不穏な事を企んでいるやも知れん、開拓者にでもやらせておけ」 代官の口ぶりに、スティーブはむっと唇を尖らせる。 「開拓者にでも、とは‥‥」 「ああ、それから」 まるで聞く耳を持たない代官は、機嫌良く扇子で掌を叩きながら言った。 「攫われたのは、宿無しや孤児なのだったな」 「‥‥はあ」 「死ぬなり売られるなりしているに『違いない』。火でも放って、焼き討ちにさせるのが良いな」 スティーブの顔色が変わった。 「お待ち下され。捕らえられている人々がいたらどうなさるおつもりでござる」 「解らぬ男よな」 代官は鬱陶しそうに、閉じた扇子でスティーブの顔を指した。 「万一生きていたとして、それがこの三午に流れ込んで来たのでは堪らん。誰とも繋がっていない人間だというなら、死んだところで文句を言う者もおるまい」 ● ヒタキの鳴き声が、高さ一丈ほどの土壁の向こう、梢の中から聞こえてくる。 「‥‥それで、結局開拓者の手伝いだけして帰ってきたのですか」 「私は戦う気だったの! もういかにも大事に育てられてきましたって感じで、壊し甲斐ありそうだったのにさ」 少女が不満げな声を漏らした。 「それを、義視が駄目って言うんだもん」 「僕はうさぎと違って、芸人の一座で世間を見てきた」 義視と呼ばれた少年が平板な声で呟く。 「二対五で勝てるほど簡単な相手じゃないよ、開拓者は」 「だから! あたしの悲恋姫があったのに!」 「‥‥もうおやめなさい」 男とも女ともつかない声が、微かに苛立ちを滲ませて言う。 窓から入ってきた蠅が、細い指に弾き飛ばされて外へと追い出された。 「義視の判断も、間違いとは言えないでしょう。あの二人の口を封じるどころか、生かして開拓者に渡したのは小さからぬ失敗でしたが」 「失敗? わざわざ孤児や路上生活者を助けるために、代官だの同心だのが動くわけない。人を動かすのは、いつだって金さ」 義視の声は、飽くまでも平板だ。 「それは僕らが一番よく知ってる」 「それでも、手柄目当てや要らぬ正義感で首を突っ込む物好きはいるものですよ」 中性的な声は暫し口を閉ざし、思案する様子を見せた。 「まあ、いいでしょう。予定より少し早いですが、この工房は廃棄します。実験中のものごと、全てね」 「勿体ないな。まだ一度も成功してないのに」 「今から成功しても、時が来るまでには鍛えられませんよ。貴方達はあの纏助という少年を連れて、先に蘭ノ介さんの所へ戻っていなさい」 まるで天気の話でもするかのように、さらりと中性的な声が言う。 「私と和田も、廃棄を終えたら後を追います」 「わかったよ」 「はあい」 義視とうさぎは襖を開け、廊下へと出た。 格子窓から木々の緑に向けて、苦笑混じりの呟きが漏れた。 「‥‥確かに、金にもならない事を開拓者がするとも思えませんがね」 ● 開け放しの戸の向こうから、道行く馬の蹄の音が聞こえる。 「てんすけは? いなかったの?」 「纏助君は、これから探しに行く所でござるよ」 八郎の頭を、スティーブは撫でた。 「もうじき帰ってこられると思うでござる。いま少し待っていて下さらんか」 「ほんと!? じゃ、待ってる! おれ、かえってきたらちゃんとあやまるんだ!」 八郎は嬉しそうに叫び、玄関から外へと走り出て行ってしまう。 それを見送り、八郎の母親は深々と頭を下げた。 「あの、本当、すいません。息子が、私の知らない間にギルドにお手紙を差し上げていて‥‥」 「何。本当に事件でござったゆえ、きちんと開拓者の皆さまがたに報酬も用意されてござる。むしろ我々が感謝すべきところ」 スティーブは笑った。 母親は、外の様子を窺いながら不安げに問う。 「それで、その、纏助君は‥‥?」 「うむ‥‥」 スティーブは途端に笑いを引っ込め、弁柄色の額に皺を寄せた。 「実は、ちょっと困ったことになっていてでござるな‥‥」 |
■参加者一覧
柚月(ia0063)
15歳・男・巫
柊沢 霞澄(ia0067)
17歳・女・巫
鬼島貫徹(ia0694)
45歳・男・サ
皇 りょう(ia1673)
24歳・女・志
不破 颯(ib0495)
25歳・男・弓
ディディエ ベルトラン(ib3404)
27歳・男・魔 |
■リプレイ本文 ● 「良し、全員乗ったか」 手甲を付けた手が舫綱を解いた。 金色の大鎧に紅樺色の陣羽織、鉢金の下に面頬をつけた茶筅髷の男、鬼島貫徹(ia0694)が櫂を握り、舟はゆっくりと川岸を離れる。 「囚われた人たちは、そこで何をして‥‥いえ、されているのでしょう‥‥」 透き通る水晶の面の下で気遣わしげに呟いたのは、細い肢体を巫女装束と白い祈祷服に包んだ少女、柊沢霞澄(ia0067)だ。 「以前に感じた予感‥‥それがこの工房の事だったのでしょうか‥‥」 「解らぬが、敵に知られた以上、急ぐ必要はありそうだ」 鬼島よりも半尺ほど小柄な身体を当世具足に包んだ銀髪の女性、皇りょう(ia1673)は腕を組んだ。 「事の露見を恐れ、かどわかした人々を口封じに殺める可能性もある」 伏し目がちに、霞澄は頷いた。 舳先が水を押す、濡れた音。 もぎった草を柄杓にし、透き通る川の水を飲みながら、小具足の上に漆黒の衣を羽織った少年、柚月(ia0063)が霞澄の名を呼んだ。 「ね、霞澄。あの二人組は、いるのカナ?」 「‥‥うさぎと呼ばれていた子と、もう一人の少年ですね‥‥」 「けーこくされちゃったケド、聞くワケ、ナイよねー」 柚月は笑う。 事情を知らないりょうは、瞬きをした。 「子供?」 「うん。特に女の子の方、なんかすっごいヤバそーだった。ちゅーいした方がイイカモ?」 「見掛けに騙されてはならぬ、と」 りょうの表情が引き締まった。 「‥‥鬼島殿、今体力を消耗するのは得策ではなさそうだ。櫂は途中から私が漕ごう」 「拙者もお手伝い致そう」 地図を睨んでいたスティーブが視線を上げた。 「舟での移動はまだまだ続くでござる」 普段の色鮮やかで突飛な恰好とは違い、暗紅色の長着と野袴姿だ。精一杯の隠密服なのだろう。鬼島が苦笑混じりに頷く。 霞澄が、上目遣いにスティーブの顔を窺う。 「あの、‥‥ギルド及び代官さんへの対応ご苦労様です‥‥」 「なに。お安い御用でござる」 スティーブは白い歯を見せた。 「しかしディディエ殿、よく夫婦の使った舟の目的を正確に予測なさったでござるな」 「人目に付かないように工房に近付く手段があったればこそ、今日まで続けてこられたのだろうと思っておりましたから、はい」 自身の身の丈ほどもある長杖を抱き、大鎧に純白の祈祷衣を羽織った青年、ディディエ・ベルトラン(ib3404)は事も無げに笑った。 「孤児とか集められたヒトたちがいたら、できれば助けたいよね。焼き討ちとかヤダな」 「それは賛成だねぇ。俺も、目覚めが悪いのって嫌いなんだよ」 舳先に腰掛け、弓掛鎧の上の白い陣羽織をはためかせながら、不破颯(ib0495)が肩越しに振り向いて微笑む。 「だよね? ‥‥ただ、それで一番えらいヒト逃がすのもヤなんだけど」 「管理人の始末も仕事に含まれておりますが〜」 ディディエが肩を竦めた。 「元々は纏助さんの捜索が始まりな訳ですから、ええ」 意表を突かれた顔で、柚月は頬の痩けたディディエの顔を見つめる。 「‥‥そっか。そだね」 呟く柚月の視界の奥には、鬱蒼とした森が黒々と横たわっていた。 ● 奇怪な声を上げ、鳥が飛び立った。 土壁から荒縄を伝い下り、りょうが心眼を開く。 「気配はどれも、ある程度固まっているな」 建物は驚くほど無防備だった。扉や門の類は見当たらず、外界とは襖や障子で仕切ってあるばかりだ。 外にまで漂ってくる腐臭が、一行の嫌な予感をかき立てる。 「話を聞く限り、自分の意志でここへ来た可能性が高い。私達の言葉を信じてくれるだろうか」 「解らんが、伝える者がいなければ己の名声を広めることもできん」 鬼島は巨大な戦斧を肩に担いだまま、躊躇いなく障子を引き開けた。 途端、その表情が硬くなる。 部屋には子供から中年まで様々の人間が、二十名ほど転がっていた。 その誰もが、目や口、鼻など、体中の至るところから僅かばかりの血を流し、まるで枯れ枝のように細くなった手足を投げ出している。 そして中央には、羽織袴の男が立っていた。一抱えはある甕を前に、呆然とした顔で開拓者達を見つめている。 部屋の空気が震えた。 毛穴の一つ一つを針で穿られるような剣気。咄嗟に息を吸い込んだ男の身体が、異音と共に宙に持ち上がる。 鬼島の渾身の横打ちだった。 更に耳を鷲掴みにされ、男の身体は畳に叩きつけられた。全体重を乗せた鬼島の膝が鳩尾に突き刺さり、男の口から血混じりの胃液が漏れ出す。 鬼島は男の両腕を膝で封じて馬乗りになり、嵐の如く男の顔面に拳を浴びせ始めた。見る間に男の鼻がひしゃげ、瞼が膨れあがり、前歯が欠けていく。 部屋に転がる人々は、その悪鬼さながらの姿に震え上がった。 男の上下の前歯が全て無くなったところで、鬼島は血塗れの手を止めた。 「この工房の目的は」 面頬の奥で、氷の如き目が男を見下ろしている。 「ま‥‥待っ‥‥」 「生憎、短気でな」 鬼島の手が、男の指を捻り折った。男の口から血の泡が零れる。 「この工房の目的は」 「し‥‥志体‥‥もち、つく‥‥る‥‥」 「方法は」 「‥‥くす‥‥り、しょく‥‥じに」 「何の為に」 「‥‥しょうよう‥‥ころ‥‥す‥‥」 「しょうよう?」 鬼島の問いに、男は答えない。気絶したようだ。 「殴りすぎたか。後で聞こう」 鬼島は舌打ちと共に立ち上がった。 「大丈夫ですか‥‥? 今‥‥今すぐに、癒してさしあげますから‥‥」 霞澄は、純白の祈祷衣が血や吐瀉物で汚れることも構わず、悶え苦しむ人々の容態を診はじめていた。 「うわ、なにコレ! ひどい!」 柚月も顔色を変え、部屋の中へ足を踏み入れた。 「助けにきたんだ。ここにいると、危ないよっ。僕たちと一緒に、みんなで逃げよ!」 「逃‥‥げ?」 辛うじて意識があるらしい目が、薄暗い部屋の中で柚月を見上げる。 「このままココにいたら、みんな死んじゃうんだよ。連れ出してあげるからっ」 柚月の羽扇、霞澄の榊が薄暗がりに舞い、扇の要にはめ込まれた宝珠と榊から下がる紙垂が柔らかい輝きを発する。床に転がっていた人々の顔から険が取れ、僅かに呼吸が深く、穏やかになった。 だが毒自体は抜けず、すっかり楽にはならないようだ。 と、 「‥‥油ですねぇ」 甕の蓋を開けたディディエが、鬼島の顔を見上げた。 「どうやら連中、ここの施設を見限ったらしいな」 「‥‥随分と、‥‥面白い真似をなさいますねぇ。はい」 ディディエの口許に、皮肉とも自虐的とも思える笑みが浮かぶ。 「助け‥‥助けて‥‥」 奥の襖が開き、痩せ細った中年男性が廊下に這い出てきた。 「はいはい皆さ〜ん、助けに来ましたよ〜‥‥っと‥‥」 外を警戒していた颯が、矢を筒に戻して畳に上がった。 ディディエは男性に手を貸して立ち上がらせ、駆け付けたスティーブの肩にその腕を預ける。 「助けて‥‥くれるんですか‥‥?」 「はい〜。希望が御座いましたら〜今後の事に付きましても便宜を図らせて頂きます〜」 鬼島は油断なくその一人一人の様子を窺っていた。が、怪しげな動きも、必要以上の緊張感を見せる者も居ない。 そうこうしている内に、南の建物で物音がし始めた。足音、そして襖の引き開けられる音。 「来るか」 鬼島は呟き、南側、管理者の居住棟があるであろう方向を睨んだ。 ● 管理者居住棟前。 戸板が開いた瞬間、雷光の如き一閃が顔を覗かせた男の胸甲を粉砕した。男は巨人にでも叩かれたかの如く打ち倒され、その身体を床に縫い止められる。 「迂闊に出るな! 狙撃されるぞ!」 怒鳴り声と共に、開きかけた戸が閉じ直された。颯の手から立て続けに放たれた矢が戸板を撃ち抜くが、悲鳴や人が倒れたような物音は聞こえてこない。 「来た来た! あいつらだよ!」 少女の声が響く。柚月と霞澄は顔を見合わせた。 「今の声、三午にいた女の子だよっ!」 「気をつけて‥‥! かなりの腕の、陰陽師と思われます‥‥!」 霞澄の声に一同は神経を張り詰め、来るであろう攻撃に備える。 奇妙な間隙が生まれた。見える範囲に動く影はないものの、並ぶ戸板の奥では、頻りに物音が発せられている。 ふとりょうの手が腰の太刀から離れ、左の部屋を指差した。更に正面を指四本で、右前方を指五本で指す。 鬼島は指された戸板をゆっくりと引き明け、無人の部屋へと滑り込んだ。 中の部屋同士は、襖で隔てられているだけだ。床は板敷き、壁際には隙間の目立つ書棚が置かれている。 「不破殿」 りょうは颯の傍に立ち、正面の戸板の一点を指した。意図を察した颯が不敵な笑みと共に弓を引く。 三条の閃光が戸板を突き破り、くぐもった悲鳴が上がった。 「前方等距離、左八尺」 りょうの囁きが終わるよりも早く、颯の指が更なる矢を放った。鬼島の入った部屋の隣で声が上がる。 「し、心眼だ! 志士が、心眼で矢を」 声は突如断ち切られた。襖の上半分がゆっくりと奥へ倒れ、埃を舞い上げる。 風に煽られて手前に倒れた下半分は、血に塗れていた。 床には、戦斧の一閃で襖ごと上半身を両断された男が転がっていた。 「掛かってこい! たわけどもが!」 鬼島が咆哮を上げ、血の滴る斧を肩に戻した。 「も、門だ! 裏門開けろ!」 「北東です! 和田様、裕貴様、北東の部屋に」 「迂闊に近付くな、壁の陰に隠れながら進め!」 襖越しの声を聞きながら、霞澄の手が閃いた。 黒い影が、開いた戸板の中から居住棟に転がり込む。 「‥‥ほ、焙烙玉だあ!」 悲鳴と共に男が一人飛び出し、地面に身を投げ出した。爆音と共に、数枚の戸板が吹き飛ぶ。 周囲の森がただならぬざわめきを発した。 飛び出した男の全身を、舞い狂う不可視の刃が切り刻んだ。屋敷から上がった煙の中に、血飛沫が上がる。 更に高く乾いた音が「工房」に響き、男は胸を白藤色の閃光に貫かれて、地面に薙ぎ倒された。 「ヴァルさん、ありがとう‥‥」 「全く、世話焼かせるなあ」 太く長い三ツ股の尾で霞澄の銀髪をそっと撫で、白い管狐の姿が懐の宝珠へと吸い込まれた。霞澄の管狐、ヴァルコイネンの飯綱雷撃だ。 心眼を開いたりょうが、眼前の戸板を引き開けた。男が一人、部屋の隅で颯の狙撃を避け、二方向を壁に守られていると気付いたのだ。 男が仰天して刀を構える。りょうは右足へ体重を移し、正眼に構えた刀を引いた。左足と左肩は、正面ではなく左前方へ向かっている。 男はりょうの突きを予測し、右に跳んだ。 「それしかあるまいな」 男の左と後ろは、壁だ。逃げる方向を予測していたりょうの左片手追い突きが、男の胸元を深々と抉った。 「お見事」 次の獲物を求めて床を蹴りかけたりょうの足が止まった。 「‥‥こうも早くここに来ようとは」 ● 襖の奥に立っているのは、狐面を着けた忍装束の人物だった。 「‥‥女剣士がいるとは聞いていませんでしたが?」 男とも女ともつかない声で、意外そうに呟く。 「三午ではいなかったよ」 その隣に立つのは、三午で見た、どこにでも居そうな少年。その肩には、粗末なずだ袋が担がれていた。 「ね、義視、やってもいいよね! 喧嘩売られたんだしさ!」 浮かれているのは、象牙色がかった白い髪、体毛、そして赤い瞳を持つ少女だった。血管の浮かぶ薄桜色の肌にびっしりと入った、呪印らしき刺青が痛々しくも異様だ。 「少し黙ってろ」 その後方では細身に狩衣を纏った男が弓を引いて開拓者達を狙っている。 そして、子供二人のすぐ傍。 白い肌に、目の下の黒子。話に聞いていた纏助と、身体の特徴の合致する少年が立っていた。 「纏助?」 柚月が少年、纏助に声を掛けた。 「纏助? 僕達、八郎に言われて、キミを助けに来たんだよ!」 「‥‥僕を?」 纏助は、不安げに狐面と開拓者達とを見比べた。 「でも、僕はこの人達と、行く所が‥‥」 「ついていっては駄目‥‥!」 霞澄が悲痛な声を上げる。 「その人達は、身寄りのない人々を‥‥毒で苦しめて、殺していたんです‥‥! そこの建物で‥‥!」 纏助の顔が強張った。 「‥‥本当なの」 纏助の言葉に、狐面は応えない。 「本当なら、僕‥‥」 「芙蓉に生まれた者は皆、血の海の上に生きているのですよ」 狐面の静かな声が発せられた。 「志体持ちの貴方には、その歴史を止める力がある。その機会を捨てるのですか」 「でも、あんた達‥‥やっぱり、酷い事してたんじゃないか!」 「動いてはならぬ!」 りょうが叫んだ。 後ろの男の矢が、纏助を狙っていた。颯の矢が、後ろの男の喉元を指す。 一行と狐面達との間に、緊張が走った。 「‥‥うさぎ、義視。ここにも、この子にも、もう用はありません。先にお行きなさい。荷物はまとめたでしょう」 「えー! 何で!」 「彼等の目的は、纏助でしょう。彼を返せば、彼等にはこれ以上我々と関わる理由はないということです」 一瞬の沈黙の後、先に動いたのは義視だった。うさぎの手を引き、ゆっくりと後ろの戸板を開ける。 「和田。貴方もお行きなさい」 「お前はどうする」 「心配無用です」 狐面は、蝸牛のようにゆっくりと板床の上を滑り、纏助から距離を取る。纏助に矢を向けた男、和田は、後足で敷居を跨いだ。 「貴様等を討つよう、依頼を受けていてな」 「ならば、金は払いましょう。それで同じ事ではないですか」 狐面は即答した。和田の姿が壁の陰に隠れ、足音が遠ざかっていく。 「世迷い言は死んでから抜かせ」 鬼島は鼻で笑った。 「望むものは、死して尚千年残る武名。ただ財だけでは成せぬ道だからこそ価値がある」 「ふむ」 狐面は、一行の顔を順繰りに見た。 僅かに後方を気にし、焦れったいほどの間をおいて、囁く。 「まだ関わる気ですか」 「もし、まだこんな非道いことをするなら‥‥必ず、止めます‥‥!」 透き通る面の下、小さな唇を噛んでいた霞澄が叫んだ。 「‥‥期待、していますよ」 「‥‥何?」 狐面は、東を指差した。 「芙蓉の里へお行きなさい。『きちゅうもん』を見る為にね」 「きちゅうもん?」 問い返す言葉を背に狐面は踵を返し、建物の奥へと突進した。 「逃がさないよぉ?」 颯の手が霞み、立て続けに三本の矢が薄暗い部屋を射抜いた。二本は虚しく床に刺さるが、うち一本は狐面の踵を床へと射止める。 だが颯は目を疑った。間違いなく踵を射抜いた筈の矢は、何を貫くでもなく床に突き刺さっている。 破裂音と共に狐面の身体が戸板を突き破り、建物の奥へと消えた。 鬼島は舌打ちを漏らし、辺りを窺った。物音も、動くものもない。 りょうが瞬時に意識を集中し、心眼を開いた。 「気配は敷地外に三つ。敷地内に一つ、裏門の辺りに」 黒い長弓を握ったまま後を追おうとした颯の肩を、鬼島が握った。 「捕らえられていた人々も、纏助もいる。深追いは危険だ」 颯は唇を噛みながらも、ゆっくりと矢を筒に戻す。 工房に、鳥と虫の声、葉擦れの音が満ちた。 颯はそれを危機ながら、呟いた。 「きちゅうもん‥‥‥?」 |