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■オープニング本文 前回のリプレイを見る ● 傾いた陽が、不吉な色に城内を染めている。狼煙台から、断続的に煙が立ちのぼっていた。危機を知らせる狼煙だ。 城の外には、丸に三つ蔦の旗印が幾つも翻っていた。 不吉な赤い夕陽を浴びながら、使番の嘉木典膳は大鎧を着込んでいた。 「おのれ元、血迷ったか! 打って出るぞ!」 「お待ち下さい、殿! 城には、我々のような武人ばかりが居るのではありませぬぞ」 使番組頭、眉原啓治が強い語調で言う。 典膳は手を止めて唸った。 「‥‥待か」 「左様。‥‥殿」 啓治は腰の刀を鞘ごと抜き、典膳に差し出した。 「何の真似だ」 「儀光様の御首を頂戴するべきかと」 典膳は目を剥いた。 「何を抜かすか!」 「儀光様は、いや儀光は、まだ婚儀を済ませておらぬ以上、殿のお子ではありませぬ。忠誠の証として差し出した息子の命、反旗を翻したからにはどのようになっても文句は言えぬ筈」 典膳は下唇を巻き込み、床を睨んだ。 「アヤカシとの戦いがいつ起こっても不思議でない今、裏切りを許す事は民草の命を危険に晒す事」 啓治の手が、更に高く刀を差し出す。 「民草の反発は承知の上。この啓治の独断によるものとして、某の首を刎ねられよ。この一身に咎を負ってあの世へ参りましょう」 「‥‥ならぬ。今お主まで失うわけには行かぬ」 典膳は顔を上げ、きっぱりと言った。 「それに待はどうなる。あれの思いを考えれば、そのような真似、到底できぬ」 「‥‥まあ、殿ならばそう仰いましょうな」 啓治は苦笑した。 「なれば殿、儀光様と待姫を連れて、落ち延びられよ」 「‥‥何だと」 啓治は天守の窓から下を見下ろした。 「某が元の兵を食い止めている間に、お二人を連れて落ち延びられよと申し上げております」 「たわけ、今お主を失うわけにはゆかぬと言ったのが聞こえなんだか!」 「殿!」 啓治は怒鳴った。 滅多に聞かない部下の怒声に、典膳は言葉を失った。 「殿には武天王よりお預かりになった民草が、守るべき弱き者どもがおりましょう」 「‥‥だが、いかにして落ち延びよと言うのだ。蟻の這い出る隙間もありはするまい」 「女人達を表門から逃がしましょう。儀忠もそれを止めはしますまい。そして、その中に殿や待姫が混じっていないか厳重に改める筈。その間に、抜け道よりお逃げ下さい」 啓治は刀を腰に戻した。 典膳が勢いよく首を振った。 「馬鹿な。抜け道は最後の手段、二度は使えまい。お主はいかにして落ちる」 「裏門より打って出ます。包囲を切り抜け、合流致しましょう」 啓治は力無く笑った。 「眉原衆は某と共に元衆を迎え撃ちましょう。眉原衆が城に残っていなければ、敵は殿と共に落ち延びたと察知するはず。開拓者に力を借りるのも恥ずかしい話なれど、彼らならば殿の護衛としても腕は十二分」 典膳は、呆然と啓治の顔を見つめた。 「‥‥本気か、啓治」 「なあに、某も死ぬつもりはございませぬ」 啓治は典膳の手を両手で握り、その目を真っ直ぐに見据えた。 「‥‥殿、楽しゅうございましたとは、申しませぬ。生きてまたお会い致しましょう」 典膳は答えない。 深紅の斜光を浴びながら、啓治は続けた。 「どうか、どうかご無事で。殿の武運長久、祈っております」 ● 空は赤から紫を通り越し、群青へとその色を変えつつあった。 「元軍、一の門に到達」 「二の丸前を通過」 「二の門に到達」 眉原衆のシノビから続々と届けられる報告を受け、剣戟の音と共に元軍が天守目掛けて進んでくる様を、啓治はただ見下ろしている。 「儀忠‥‥殿を見つけてくれるなよ‥‥」 その目は、城の外、どこを逃げているかも解らない儀忠達と開拓者一行を探していた。 「啓治様。元軍より、典膳様の御首を要求する使いが」 シノビの報告に、啓治はせせら笑った。 「まんまと掛かりおって。‥‥まだ眉原衆は一人も欠けておらんな」 「は」 「良し。殿は城に残っている女人を城外に無事逃がす事が条件だと仰せであると、こう伝えよ」 「は」 「精々焦らしてやれ」 「はっ!」 |
■参加者一覧
玲璃(ia1114)
17歳・男・吟
九法 慧介(ia2194)
20歳・男・シ
神咲 輪(ia8063)
21歳・女・シ
蓮 蒼馬(ib5707)
30歳・男・泰
雪刃(ib5814)
20歳・女・サ
後家鞘 彦六(ib5979)
20歳・男・サ |
■リプレイ本文 ● 「事件、起きたねぇ。暗殺じゃなくて反乱だったけど」 鉢金に鬼の面頬、大鎧に陣羽織。背に届く黒髪を簡素に束ねた青年、九法慧介(ia2194)がぼやく。 「儀光さま、かわいいです」 単衣に巫女袴で女装させられた儀光の顔を覗き込み、マスケッターコートを羽織った待が、どこか強張った顔で笑う。非常時だと理解できているだけに文句は言わないが、儀光は複雑な表情だ。 城の地下、幅五尺、高さ六尺ほどの横穴を木で補強しただけという単純な抜け道の中にあって、一行は各々の装備を確認していた。 毛糸帽子とオーバーコートを借りて着替えた典膳が、硬い表情で儀光を見下ろしている。反乱を起こした男の息子なのだ、無理もない。 典膳の羽織に袖を通し、待姫の振り袖を被せた毛布を背に括り付けた青年、後家鞘彦六(ib5979)が、ぼそりと呟いた。 「此度の暗殺未遂といい、護衛がずさんというよりは‥‥」 「後家鞘殿? 参ろうと思うが」 典膳に声を掛けられ、咄嗟に彦六は笠を被り直して視線を隠す。 訝る典膳に、八尺ほどの白い杖を抱いたローブの人物が声を掛けた。 「抜け道先で的が待ち構えている可能性も考慮し、私達の一部が先行偵察を行っていますので、暫しお待ち下さい」 「む‥‥確かに、警戒するに越したことはないか」 声の主、玲璃(ia1114)は胸に輝く十字架を握り締め、頷いた。 「はい。まだ情報が少なすぎます。今はあらゆる可能性を考慮すべきと思います」 儀光の前に屈んだ白髪の女性が、そっとその両肩に手を置いた。 白髪を押し退けて、銀色の獣耳が生えている。神威人だ。 「ここで一旦お別れになる‥‥」 「雪刃様」 不安を隠しきれない顔で、儀光が雪刃(ib5814)の紺碧の瞳を見た。 「逃げのびた先でまた会えるから」 雪刃は不器用に微笑み、儀光の柔らかい髪を撫でた。 「一緒に逃げる道を選んでくれた典膳、待の為に、今はきちっと生き抜いて」 「はい。肝に銘じます」 儀光は小さな手を差し出した。一瞬面食らった雪刃だが、直ぐに笑顔になりその手を握り返す。 名残惜しそうに雪刃の手を離した儀光の掌に、もふらを象った小さな根付が落ちた。 「娘がくれた幸運のお守りだ。持っていろ」 三節棍、絡踊三操を腰に差し、骸骨型の兜に面頬、忍装束に護身羽織を着た青年、蓮蒼馬(ib5707)だった。 儀光が目を丸くする。 「そのような、大切なものを」 「今は俺より儀光にこそ幸運が必要だ」 天井に頭がぶつからぬよう僅かに腰を屈めた蒼馬は、装備の点検を始めた。最早儀光の顔をさえ見ていない。 儀光は物言いたげに蒼馬の背中を見ていたが、 「必ず、必ずやお返しいたします。いえ、必ずやお返しさせて下さい」 蒼馬は、肩越しにちらりと儀光の目を見た。 「決して死ぬな」 「はい」 儀光は頷いた。 「お待たせしました」 腰まで届く鉄紺色の髪をした女性、神咲輪(ia8063)が、練力を翡翠色の瞳に集中させたまま、抜け道の奥の暗闇から現れた。 「今のところ、敵の気配はありませんわ」 「‥‥行こうか」 慧介が、ゆっくりと立ち上がった。 ● 笠を目深に被って顔を隠し、少女を背負った人物が、森の獣道をひた走っている。その前を、巨大な野太刀を背負った神威人が。 森の中が、微かな音に満ちた。殺気を感じた二人は咄嗟に足を止め、神威人は手に持った提灯を置く。笠の人物は細身の刀の、神威人は野太刀の柄に手を掛けた。 暗闇に、指笛の音が響き渡った。短く二度、長く一度。 途端、二人を取り囲んでいた殺気が一斉に離れた。 森に、静寂が訪れる。 「‥‥あれ?」 毛布を背負った笠の人物、彦六が訝しげな声を上げる。 「‥‥来ないな」 神威人、雪刃も、野太刀の柄に手を掛けたまま辺りを油断無く見回している。 暫しの静寂。 二人が刀の柄から手を離し、雪刃が提灯に手を伸ばそうとした瞬間、遠くから不細工な足音が近付いてきた。 「戻ってきたのかな? ‥‥でも」 「あんな足音を立てる連中じゃなかったと思うけどな」 「やっぱ雪刃さんも思った?」 二人は訝しげに顔を見合わせた。 ● 「お怪我をされた方はこちらへ。加護結界も張り直します」 魔法帽を直しながら、玲璃が布を巻いた提灯を翳して回る。 「治療は必要ない、掠り傷だ」 「私もですわ」 蒼馬と輪が玲璃を止め、地面に転がる男達を起こす。 「姫様、足下は大丈夫ですか?」 「ありがとうぞんじます、神咲さま。待は大丈夫です。儀光さまが手を引いて下さいますし」 城から幾らか離れた上に襲撃も退け、待の声からは硬さが取れつつあった。 待を挟んで儀光の反対を早足で歩いている典膳は、相変わらず硬い表情で娘と婿を見ている。 「五人どころか‥‥三人にあしらわれるとは‥‥」 うつ伏せに倒れた男が、無念そうに呟く。 「‥‥五人?」 怪我一つしていない慧介が眉をひそめた。 「それは、護衛が五人という意味かな」 「何を、解りきったことを‥‥」 荒い息の中、頬骨を砕かれた男が、口から血を流しながらくぐもった声で呟く。慧介と玲璃が、思わず顔を見合わせた。 その刹那、薄闇の中に金属の擦れる音が響いた。微かな煌めきが後方の闇へと消えていき、続いて硬い音と濡れた音が響く。 超越聴覚で物音を捕らえた、輪の刹手裏剣だった。輪は儀光と待の前に立ち、鋭い声を発する。 「新手です! 三人は先へ」 反射的に両目へ練力を集中させた慧介が、鬼神丸を正眼に構える。 背後の暗闇から、五つの人影が現れた。一人は、輪の投じた刹手裏剣を右の二の腕に受けていた。 正面右脇の男が、問答無用とばかりに忍刀で慧介に斬りかかる。 振り下ろされた鋒が、半歩下がった慧介の頬骨の前二寸を通り、鎖骨の前三寸を通り、地面に落ちる。 持ち主の手首と共に。 切払による出篭手からの出足払いで、男はその場に崩れ落ちた。 「長髪はできる。斬れる者は斬り、標的を狙え」 呟くと、中央の男は輪に襲いかかった。蒼馬には二人の男が。 慧介の前の男は動かない。時間稼ぎのつもりなのだろう。 蒼馬は大きく開いた両手で絡踊三操を背に構え、飛び立つ前の猛禽を思わせる低い姿勢を取った。男達は僅かに気圧されながらも忍刀を振りかざす。 「頭の奥で何かが疼く‥‥?」 口の中で呟く蒼馬に、向かって左の男が突きかかった。蒼馬の上半身は地に伏せんばかりに下がり、絡踊三操が地を擦りながら男の顎目掛けて宙を駆け上がった。 蒼馬の肩の肉が一切れ、血飛沫と共に宙に飛んだ。残った男の刀を、背拳で避けきれなかったのだ。絡踊三操の一撃も空を切っている。 だが、一撃を避けた筈の男が苦鳴を上げた。蒼馬の前足が地を滑り、残る男の前足を払う。 姿勢を崩された男が立て直した時、既に蒼馬の姿は目の前に無かった。 地を擦った絡踊三操に目潰しを受け、顔を押さえている男に、蒼馬は棍の端で一撃を見舞っていた。直撃こそ外されるが、男の鎖骨がその一撃で砕ける。更なる一撃は右目を直撃し、絶叫が森に響き渡った。 「貰った!」 残る男は蒼馬の意識が自分から外れた途端、腰に手を伸ばしていた。 それだけではない。慧介に手首を落とされた男もまた、残った左手で苦無を握っていた。風斬り音が闇を抜けていく。 待が悲鳴を上げた。 振り向こうとした一行に、身を挺して待を庇った玲璃は叫んだ。 「お三方はご無事です! 敵を!」 森の空気が、微かに動く。玲璃が、自らに神風恩寵を用いたのだ。 慧介は頷き、正面の男を牽制しながら、倒れた男の左鎖骨を蹴り砕いた。蒼馬は左右の手に目まぐるしく三節棍を持ち替え、残る男に息をつかせる暇すら与えぬ猛攻を仕掛ける。 「‥‥シノビか」 「あなたもね」 輪の顔に表情は無かった。下に置いた提灯の薄明かりに照らされた整った顔は、まるで能面のようだ。 その手が大仰に印を結ぶと、細身の身体がシノビの視界から忽然と消え去った。 「!?」 男は咄嗟に顔から股間に至るまでの正中線を守った。脇から突如現れた菊一文字は、男の右腕尺骨を削るだけに終わる。 男の忍刀が闇を裂き、輪の艶霧衣が破れた。細い二の腕から血が溢れ出す。 「影舞か」 「二度は無いわ」 輪の手が、再び大仰に印を結ぶ。 自らの血を浴びた男の顔に、迷いが浮かんだ。大仰な印を止めるべく襲うか、守りに徹するか。その迷いの隙をつき、輪の姿は消え去るのではなく、木陰へと飛び込んだ。 一瞬の沈黙が下りる。 既に、場に残っているのは開拓者だけだ。典膳と子供二人の姿はない。男は輪の狙いを読んだ。 「逃がさぬ」 男は輪を追い、木陰へと跳び込んだ。 その脇から滑るように現れた刃が、するりと男の喉笛に当てがわれる。 「こんなに、こんなに可愛くてけなげなふたりを死なせるなんて」 木陰に隠れていた、輪の菊一文字だった。男は、咄嗟に悲鳴を上げようとする。 「そんな事、絶対に‥‥許さないわ」 温度の感じられない声を、輪が発する。 男の喉から飛び出したのは、悲鳴ではなく鮮血だった。 ● 「‥‥逃がしたか」 獣道には、提灯だけが木の幹に括り付けられていた。 木陰から現れた人影が、舌打ちを漏らす。 「どの道、子連れではそう速くは動けない筈だ」 男達は、提灯の向く先を見た。月明かりも殆ど届かない濃密な闇が、獣道の先にはわだかまっている。 「行くか」 男達が提灯を残して顔を上げ、残された足跡を辿って道を歩き出す。 その最後列を歩く男の脳天を銀光が直撃し、男はその場に昏倒した。 「!?」 前を歩いていた男達が一斉に振り向く。と、一行の先頭から最後尾に変わった男の後頭部を、薄い朱色の光跡が痛打した。 銀光の正体は、長大な野太刀だった。朱色の光跡は、殲刀「朱天」。 振り上げられた斬竜刀「天墜」が提灯の明かりを反射して凶悪に光った。 鈍い音が響く。 咄嗟に腕を翳して顔と喉を守ろうとした男は、腕ごと斬竜刀の峰に鎖骨を粉砕され、地面に叩きつけられた。 「残念、あんた貧乏籤引いたねえ」 暗闇から現れた彦六が、笠の下で意地悪く笑った。 「森だ! 木立の中なら長物は振り回せん!」 残った二人の男は木陰へと飛び込む。 だが猛獣の如く男に追いすがった彦六が、「朱天」の柄に練力を叩き込んだ。宝珠の粉を練り込まれた刀身が、それに反応して仄かな朱色の光を発する。 振り向いた男の右足が孤を描き、彦六の側頭部を狙った。彦六は左肩で蹴りを受け止め、「朱天」を振りかぶる。 だが男は回し蹴りの勢いそのままに身体を捻り、左の後ろ回し蹴りを放った。攻撃に意識が向いていた彦六はそれを躱しきれず、頬に男の蹴りを浴びた。 だが連環腿を受けてなお、彦六の動きは淀まなかった。 練力を帯びた「朱天」の峰が宙に浮いた男の太腿を打ち、そのまま股間を打つ。 背中から地面に落ちて悶絶を始めた男の顔に足裏で蹴りを入れ、更にもう一度股間を蹴り潰した彦六は横の雪刃を見た。 雪刃は無言で男と向き合っていた。 男は常に木の傍へ陣取り、幹を盾にして雪刃の攻撃を避けていた。体勢を立て直して腰の直剣を抜き、木を挟んで天墜の反対側から、雪刃へ襲いかかる。 天墜の刃が男に触れるには、木ごと男を斬るか、一度刀を引いて木を跨ぐ他ない。 が、雪刃は眉一つ動かさず、大きく前へ踏み込んだ。野太刀の間合いどころか、男の直剣の間合いの更に内側へだ。 意表を突かれた男が咄嗟に地に足を下ろして動きを止めた瞬間、その顎が勢いよく宙へと跳ね上がった。 「色々な武器を使う敵と戦っておくといい」 男の顎をかち上げたのは、雪刃の野太刀の、柄尻だった。振り上げられた天墜が空中で翻る。 「敵が得意な獲物で来てくれるとは限らないから」 上を向いた男の顔面へ、峰を使った「雲耀」の一撃が襲いかかった。 ● 「雪刃様! ご無事で!」 暗闇の奥から、声が上がった。儀光が、夜目にも鮮やかな雪刃の銀髪を見つけたのだ。 「会えるって言ったのに」 「それでも、ご無事で安心いたしました」 儀光はつかえの下りたような顔で、雪刃と彦六、そして二人に引かれてきた男を迎える。 「そっちも、捕らえたのはその一人?」 「はい。‥‥シノビが数人来たのですが、全員毒で自害を」 玲璃は唇を引き結んだ。 典膳が、男の顔を睨み付けた。 「儀光。この男も知らぬか」 儀光は男の顔をまじまじと見つめたが、やがて項垂れた。 「‥‥はい。申し訳ございませぬ」 「知らない?」 雪刃が銀色の尾を動かして眉をひそめる。儀光は、申し訳なさそうに頭を垂れた。 「元衆の者達は、私も一部しか存じておりませぬ故‥‥」 蒼馬が、典膳の肩を抑えて男の前に立つ。 「まあいい。それで元儀忠は、何故反乱を?」 「知らん。元衆は、儀忠様の命を受けて戦うだけだ」 「理由の一つも聞いていないのか」 「本当に知らん。俺達は、嘉木典膳とその娘を捕らえよと言われただけだ」 男は蒼馬の目を見て答える。 「‥‥ならば、儀光について何と言われていた」 「儀光というのは、どこぞに婿養子に出されたという息子か? いや、何も」 「下らぬ虚言を」 男は目を剥き、歯を食いしばって悲鳴を押し殺した。 その太腿に、典膳が刀を突き刺していた。待は咄嗟に両手で目を覆う。 「お父さま!」 「儀光は貴様等を知らぬにせよ、貴様等が儀光を知らぬ筈はあるまい」 「義父上」 儀光は慌てて典膳の刀を掴み、男の太腿から引き抜いた。 玲璃の白い手が、典膳の腕を掴む。 「典膳様、彼らは『護衛は五人』と言いました。つまりお三方の中でも二人だけを狙っていた事を意味するかと」 「女装した儀光様を狙ったということは、つまり待姫様を狙っていたのだと思いますわ」 輪も玲璃に同調した。 玲璃が形の良い顎を摘み、付け加える。 「むしろ矛盾するのは、あのシノビ達が待姫を狙っていたことです」 「あの、ちょっといいかな」 彦六が、遠慮がちに手を上げた。 「‥‥シノビって、もしかしてさ、雪刃さん」 雪刃は頷いた。 「最初に私達を囲んだシノビらしい数名が、何もせずに指笛の符牒で合図して、どこかに行った」 「そのシノビ達が、待姫を狙っていたのでしょうか」 玲璃がぬばたまの黒髪を指に絡め、呟いた。 硬い表情で義父を見上げている儀光の傍に膝をつき、彦六が囁く。 「君の育ちを見ているととてもこんな事するとは思えないけど、お父さんはそんなに野心家な人だったの?」 儀光は僅かに目を潤ませ、首を振った。 「野心など。民の為に戦う、生粋の武人です」 「そっか。‥‥ごめん、辛い事を聞いたね」 儀光の様子がおかしいことに気付いたが、待がそっと儀光に寄り添う。 と、遠くから複数の馬蹄の音が近付いてきた。 一行が即座に武器を手に取る中、馬蹄の音の先頭に立つ男が怒鳴った。 「殿! そこにいらっしゃるのは、殿ではござらぬか! 田上平三郎、真倉城より駆け付けてございます!」 |