火薬と山賊と偽山賊
マスター名:村木 采
シナリオ形態: シリーズ
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/02/26 22:06



■オープニング本文

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「あの」
 後ろ手に縛り上げられた男が、遠慮がちに声を出した。
「結局、一体何だったんだ? ‥‥でしょうか?」
「何だ、というと?」
 武天の同心、山田則実が尋ね返す。
「何が何だか解らないままに張り倒されてよ、事の次第が解んねえ‥‥んですけど」
 男と同様に縛り上げられた者達が、一様に頷く。
 その視線が、則実とその隣に立つ銃を抱えた老人に向けられていた。
「彦六の爺さんはとにかくよ、何で山田さんまで俺らの敵に回ってんだ?」
「話すと長くなるんじゃ。全く、だから山賊なぞやめろと言うたろうに」
 彦六と呼ばれた老人は、銃身で男達の頭を軽くはたく。
 世に厭気が差した者、家族を失った者などが共同生活を送っていたこの建物だったが、いつしかならず者や犯罪者などが混じり始め、山賊化してしまったのだった。それを食い止めようとしていたのがこの彦六、そしてその手引きを受けて内偵をしていた同心が山田則実だった。
「よいか、お前らは当地の代官、岩崎哲箭どのに引き渡す。命だけは奪わぬようお願いはしておいてやるから、牢屋の中でとっくりと反省せい」



「頭領。見慣れねえ足跡が」
 長銃を肩に担いだ男が、バヨネットで地面を差した。
「足跡?」
 頭領と呼ばれた男、浅黒い肌に五分刈りの頭をした青年が、馬から下りた。
 同じく長銃を担いだ男が、しげしげと地面に顔を近づける。
「十人弱ってとこですかね。浅い足跡も、深い足跡もある」
「深い足跡は大きいな‥‥男が荷物を抱えてるか、鎧を着てるか」
「どうします、頭領」
 頭領、高見義満は左手で口を覆い考え込んだ。
「‥‥彦六の爺が動いたか?」
 脇の男が、鼻で笑った。
「孫娘を人質に取られてるのにですかい?」
「‥‥だよな‥‥お上からすりゃ、あいつだって山賊の一味だ。開拓者ギルドに申し出れば縛り首だよな」
「しっかりして下さいよ、頭領がそう言って爺さんを生かしておいたんじゃねえですか」
 脇の男達は、至って気楽に笑った。
 だが、高見の顔は言い様のない不安に捉えられていた。
「アジトに帰る前に、燕が逃げ出してないか、見に行くか」
 面倒臭そうに高見は馬上の人となり、進む方向を変えた。
「またまた。あんな小娘一人で、志体持ち二人を相手に逃げ切れるわけがねえですよ」
「なら、あの足跡を何だと思う」
「さあ‥‥山田さんの隊が、女でも連れて帰ったんじゃねえですかい」
 高見は馬を止め、腕を組んだ。
「それにしては、足跡が少なくないか」
「何か理由があるんでしょう。後始末に手間取って、部隊の半分を戦利品と一緒に先に帰らせたとか」
 高見は唸る。
「いい加減、俺達も遠征で疲れましたよ。さっさと帰って、寝ましょうぜ」
「怪我もしてねえだろう、甘ったれんな」
 高見は馬上から男達を一睨みし、顔を拠点へと向けた。
「まあ、お前達の言い分も解る。このまま拠点に帰るが、油断するな。いつでも銃は発射できるようにしておけ。もし開拓者が仲間を捕らえてた場合は、状況次第で逃げるなり戦うなりしよう」
「はいはい。全く、頭領は頭が回る分心配性でいけねえ」
 仲間の砲術士達が、一斉に笑った。


■参加者一覧
鬼島貫徹(ia0694
45歳・男・サ
深山 千草(ia0889
28歳・女・志
メグレズ・ファウンテン(ia9696
25歳・女・サ
十野間 空(ib0346
30歳・男・陰
羽流矢(ib0428
19歳・男・シ
鳳珠(ib3369
14歳・女・巫
ソウェル ノイラート(ib5397
24歳・女・砲
十 砂魚(ib5408
16歳・女・砲


■リプレイ本文


 朝の斜光が射し込む櫓の前、一筋の煙が炊事場から立ちのぼっている。
「ほら、炊事の煙も立ってるじゃないすか。心配性もここに極まれりだ」
 山賊達が一斉に笑った。
 櫓の見張り二人が高見に頭を下げ、山賊達は続々と丸太塀の内側へと入っていく。
 だが櫓の間を抜けた高見は険しい顔を崩さない。
「おい、そこの櫓の」
 高見の銃がゆっくりと上を向いた。
「頬被りを取れ。そんなに背の低い奴がうちにいるか」
「‥‥頭領?」
 高見の銃口の向く先を、馬上の配下が訝しげな顔で見上げる。警戒心の強い徒歩の山賊は、入り口の手前で足を止めていた。
「撃つぞ」
(ここで気付かれたら、逃げられてしまいますの‥‥)
 見張りが、口の中で呟く。
 その時、拠点の扉がゆっくりと開いた。
 当世具足に陣羽織、目の下から首までを覆う面頬の偉丈夫、鬼島貫徹(ia0694)だ。
 高見は銃口を前方へ向けた。
「‥‥開拓者か」
「いかにも。中の者どもは俺一人で片付けさせてもらった」
 「覇閃」と短剣「左手」を抜いた鬼島は不敵に笑う。嘘は言っていない。
 丸太塀の間に、鬼島の大音声が反響した。
「かかってこい、この大たわけが!」
 咆哮に応え、雑木林に爆音が轟いた。五名の砲術士が、一斉射撃を行ったのだ。
 だが高見は銃弾を発射していなかった。否、出来なかった。
「この服、何だかちょっと臭いますの」
 小さな唇を尖らせ、頬被りを取った見張りは呟いた。艶やかな狐の耳と尾、筒袖に毛皮の外套。十砂魚(ib5408)だ。
 その銃口から、白煙が立ちのぼっている。
 下では、高見を乗せた馬が狂乱状態に陥っていた。地面が突如爆ぜ、しかも乗り手が不可視の力に薙ぎ払われて落馬しかけているのだ。
「砦の、中か、陰に、入れ! 狙撃、されるぞ!」
 敷地の外へ近付きながら暴れる馬に死に物狂いでしがみつき、高見が怒鳴る。
「ようやく大将のお出ましだね」
 マスケット「バイエン」のフロントサイトに掛かる白煙を吹き散らし、ソウェル・ノイラート(ib5397)は呟いた。その右目には、鷹を象った留め金付きの片眼鏡「ホークアイ」が取り付けられている。
 更なる射撃が馬蹄の半寸横に突き刺さり、驚いた馬が高見の身体を更に高々と跳ね上げた。次の銃声で、その身体が地面に叩きつけられる。
「くそ! 空撃砲か」
 受け身を取った高見は片膝を付き、銃口を櫓に向けた。
 咄嗟に身を伏せたソウェルは、脇腹を見て顔を顰めた。弾け散った「加護結界」の精霊力と共に夥しい血が流れ落ち、見る間に櫓に溜まっていく。
「負ける訳にはいかないか。砲術士としても、開拓者としてもね」
 櫓と壁の僅かな隙間に、モノクルの小さな輝きが覗く。
 残り二頭の馬の足下の地面が破裂した。馬は恐慌状態に陥り、鞍にしがみつく男達を乗せたまま、元来た道を走り出す。
 だが櫓の支柱の隙間を通すかのように、仄白い三日月状の衝撃が奔った。
 衝撃波は狙い澄ましたかの如く砲術士を直撃し、左腰から脇までを一直線に切り裂いた。
 走り出した勢いそのままに馬は拠点の入り口を駆け抜けて雑木林へと消えたが、「桔梗」の直撃を受けた砲術士は地面に転がる。その右腕はあり得ない方向へ曲がっていた。肩から落ちて脱臼したのだ。
 櫓の陰、丸太置き場に身を潜めていた大鎧に陣羽織の女性、深山千草(ia0889)だった。銀の平打ち簪と真珠の耳飾りが、その髪に触れて輝いている。
 千草目掛けて放たれた銃弾は、櫓の支柱に突き刺さって木片と弾き飛ばしただけに終わった。千草は山と積まれた丸太を蹴って山賊達目掛け走り出す。
「砂魚ちゃん、ソウェルさん、もう一人をお願い!」
「了解ですの」
 千草の声に応えた砂魚が丹田に練力を溜め、呼吸を止めた。「クルマルス」の基部にはめ込まれた緑色の宝珠が、淡く輝く。
「十さん、伏せて!」
 叫び声に、砂魚は身体を前方に倒しながら引き金を引いた。砂魚の小さな身体が微かに浮き上がり、長い銃声が響き渡る。
 叫び声の主は、建物の屋上に立っていた。五尺強の身の丈よりも長い魔杖「ドラコアーテム」を手にした青い顔の少女、鳳珠(ib3369)だ。
「お怪我をされてるのに、顔を出したら危ないですの!」
「加護結界はともかく、神楽舞はすぐ切れてしまいますから」
 月と星の模様が入った帽子の下で、怪我の癒えていない鳳珠は笑う。屋根の上からであれば、神楽舞は敷地内のどこへでも届く。
 ドラコアーテムが回転して龍の唸りのような音を立て、竜頭から下で戦っている鬼島と千草へ輝く息吹を吐いた。途端、二人の動きが機敏さを増す。
 砲術士を乗せた馬一頭と数名の徒歩の山賊が雑木林へ消えていたが、一同は気にしない。
 神楽舞の支援を受けた「朱天」の切っ先が赤味を帯びた真円を描いた。
 後退しようとして配下に背をぶつけた砲術士が、千草に向けた銃口を見て仰天する。
 銃口の下端からフリントに至るまでの銃身が、歪みない平面を描いて切り取られていた。
 横手からの銃声と共に、千草の左手から木片が飛び散る。
「‥‥この子ももう、傷だらけだわね」
 憂いを帯びた声を、千草が発した。
 強弾撃による銃弾が咄嗟に掲げたガードを撃ち抜き、左手から血を流させていた。
 鬼島の「左手」は突き出される刀をいなし、まるで絡め取るかのように一回転させて宙に跳ね飛ばす。慌てて後方に下がろうとした山賊が、大きく体勢を崩した。
 その爪先を、鬼島の足が踏みつけていた。「左手」の切っ先が男の服を貫き、胸ぐらを掴むかのようにその身体を自らの傍へと引き寄せる。
 捉えられた男の身体は、砲術士の射撃を封じると同時に、左方向からの攻撃に対する盾にもなっていた。
「もういい、撃て!」
「撃ったら田村に当たっちまいますよ!」
「撃たなければ敵にも当たらんだろう!」
 高見は配下の砲術士からマスケットを奪い取ろうとし、突如散った火花に仰け反った。
 弾丸が発射されたのではない。マスケットの金具に、弾丸が衝突したのだ。
「手を狙ったんだけどな」
 血の垂れ落ち始めた櫓の上で、ソウェルが顔を顰める。
「だ、駄目だ、やっぱり駄目だ、逃げろ!」
「あ、お前ら!」
 方向転換をして外に向かった男の身体が四半回転し、顔面から地面に激突した。
「雲雀ちゃんと約束しましたし、きちんと一網打尽にしますの」
 空撃砲を放った砂魚が、見る間に装弾を終えて銃を構え直す。
 砲術士の目が砂魚の顔を視界に捉えた瞬間、質量をもたない風が辺りに吹き付けた。
 千草や鳳珠にとっては「風」でも、山賊にとっては猪の突進も同然だった。鬼島の剣気を浴びた山賊達が、身を竦ませ、縮み上がる。目の前でそれを浴びて尻餅をついた山賊の股間は、瞬く間に黒く濡れ始めた。
「残るは貴様一人だが、やるか」
 高見は辺りを見回した。砲術士は獲物を壊され、骨を砕かれ、残る配下は戦意を喪失している。
 乾いた音と共に、高見の銃が地面を叩いた。
「貴様があともう少し臆病であれば、結果は変わっていたかも知れんな」
 鬼島は皮肉っぽく笑った。



 木立の中に、馬蹄の音と足音が散っていく。
 騎馬と徒歩の砲術士の後ろに、逃げ出した配下五名が続いていた。
「くそ、本当に討伐に来てるとは!」
 馬に鞭をくれようとした馬上の砲術士が、目を剥いた。
 鞍の陰から黒く小さな芋虫達が這い出てきたのだ。狂ったように互いの身体を乗り越え合いながら、馬の皮膚に潜り込もうと蠢いている。
 馬は半狂乱になり、自らその場で横倒しになって乗り手を振り落とした。すぐに起き上がり、前肢と後肢を交互に跳ね上げて、鞍を振り払おうとする。
「本当にこちらを通りましたね」
 発せられた静かな声に、山賊達は目を剥いた。
 朝の斜光が射し込む木立の中に、ゆらりと姿を現した人影があった。
 太陰太極図の記されたゆったりとした狩衣、右手に摘まれた二枚の符。毛先の近くで黒い髪を赤い髪紐で結った人物、十野間空(ib0346)は、眼鏡の奥で黒い瞳を細め、滑るように山賊へと近付いていく。
「開拓者‥‥?」
 山賊が寄り集まり、男から距離を取るべく後退を始める。
「流石に土地勘がある方は違いますね。お陰さまで先回りできました」
 十野間の声に応えて木陰から出てきた男を見て、山賊達は仰天した。
「山田さん!? 何でここに!?」
「悪いなあ。俺、実は武天の同心なんだよ」
 山田は笑い、マスケットの銃口を砲術士に向けた。
 五人の山賊が獲物を抜き、砲術士二人が銃口を上げる。だがその銃口が火を噴くより早く、木立を小さな影が横切った。それは男の顎に激突し、足下に液体を撒き散らす。
「‥‥み、水!?」
 木立を横切った影の一つは、長い紐の付いた皮の水袋だった。水袋を錘とした即席のボーラだ。
「んー、さすがに上手く銃には掛からないか」
 茶髪を毛糸の帽子に押し込んだ狐面の少年、羽流矢(ib0428)だった。暴れる馬の横を駆け抜けざま、その腹と後肢に切りつける。
 鞍を固定する革紐が両断され、更に足を浅く傷付けられて、馬は獣道を走り去っていく。
「後でちゃんと拾ってやれるかな」
 気遣わしげにその後ろ姿を見送った羽流矢の後方で、銃声が轟いた。
 咄嗟に地面へ身を投げ出した羽流矢の視界に、白銀の巨影が映る。
「‥‥お怪我はありませんか」
 龍兜から流れ落ちる琥珀色の髪、そして悪来の鬼面。クレセントアーマーに身を包んだ七尺を越す長身。
 右手を添えた大盾の宝珠が光を失い、力場に食い込んでいた銃弾が下に落ちた。メグレズ・ファウンテン(ia9696)だ。その右手が腰の愛刀「鬼神丸」を抜く。
 羽流矢と十野間の足下で、微かに地面が震えた。
 いや、地面だけではない。辺りの木々や下生えなどが、細かく震動している。
 メグレズの剣気だった。鬼面の奥の黒い瞳が輝き、志体持ちでない山賊の二人が腰を抜かした。
「こ、この‥‥」
 剣気に圧されながらも銃を構えた砲術士の喉に、回転しながら飛来した符がぶつかる。
 符は瞬時に足の無い半透明な鬼の姿を取り、徒歩の砲術士の首根っこを掴んだ。
「うおおぉぉ‥‥!?」
 砲術士は林を駆け抜ける鬼に引きずられ、木の幹に後頭部から叩きつけられた。十野間の霊魂砲だ。
 剣気を浴びてたじろぐもう一人の砲術士に、逆五角形のベイルを掲げたメグレズが突進する。
 殺意混じりの練力を帯びた弾丸が、ベイルの端を掠めてメグレズの右胸甲に突き刺さる。だがメグレズの突進の速度は増すばかりだ。
 慌てて後退しようとした砲術士の視界をベイルが遮り、その右腿を練力を帯びた鬼神丸の峰がへし折った。
「‥‥だ、駄目だ、俺達じゃ歯が立たねえ! 殺される!」
 志体持ち二人を失った配下達は獣道を逸れ、茂みの中に飛び込んだ。途端、悲鳴が上がる。
「な、な、何だこりゃ!?」
「あ、撒菱仕込んであるから気を付けろよな」
 羽流矢は意地悪く笑うと地を蹴り、飛びついた木の幹で反動をつけ、撒菱を踏んだ山賊の胸を蹴飛ばした。尻餅をついた途端に撒菱が刺さったらしく、山賊が悲鳴をあげる。
「逃げるなら撃つ!」
 戦う事も逃げる事もままならなくなった山賊達はがっくりと肩を落とし、のろのろと両手を挙げた。
 呼子笛の音が、雑木林に響き渡った。



「な、何で私がこんな力仕事を」
 ソウェルは手押し車に山と積まれた石塊を川に流し入れ、汗を拭った。
「どうだ、鉄穴流しは?」
 里で数少ない鉄穴流しの経験者、庄助老人が川の傍から声を掛ける。
「こ、こんなの、ただの石運びじゃないか」
「そりゃそうだわな。あとは川が岩を細かくして、池に砂が積もるのを待つだけだ」
 その様子を笑顔で眺めていた羽流矢が、声を潜めて山田に尋ねた。
「そういやさ、山田さん。あの山賊達‥‥更正の余地があっても、縛り首なのかな」
 羽流矢の茶色い瞳は、僅かに暗く沈んでいた。
 笑顔で作業を手伝っていた千草が、通りすがりに口を挟む。
「それ、私も聞きたいわね」
 山田は笑った。
「何、心配ない。誰か死んでたら平等にあの世行きだったらしいが、全員生け捕りだからな」
「命は助けてもらえたんだ?」
「二十年ばかり各地で土木作業を手伝わされることになるとさ」
「そう」
 千草は微笑み、ふと遠くを見た。
「高見に従っていた人達、彦六さんの度量に気付くと良いけれど‥‥」
「‥‥しかし、土木作業でしょう? 逃げはしませんか?」
 聞くとはなしに話を聞いていた十野間が、気遣わしげに言う。
「足に鎖つきらしいからな、心配ないだろ」
「じーちゃん! おひるだよ!」
 燕が小さな手が、鳳珠の人差し指をしっかりと握り、雲雀は砂魚と固く手を繋いで、空いた手に弁当を持って現れた。
「鳳珠さん。お加減はいかがですか?」
 健康的な肌にひとしきり汗をかいたメグレズが白い歯を見せた。
「お陰さまで。締めの作戦でご迷惑をおかけして申し訳ありません」
「お怪我が無かっただけでも良かったというものです」
 メグレズは微笑んだ。
「では雲雀さん、お昼、頂きますね」
「もうお腹と背中の皮がくっつきそうだよ。皆、ご飯にしよう」
 ソウェルが村人達に声を掛けると、途端に雲雀達を囲んで人の輪ができた。
 皆が車座になったところで、四人が大量の弁当箱を開け始める。
「‥‥十。一つ聞くが」
 鬼島が、珍しく額に汗を浮かべて砂魚を見た。
「はい」
「『これ』は、食物か」
 砂魚はにっこりと頷いた。
 弁当箱の中身は、鶸色になった溶き卵らしきもの、随所で桔梗色に変色した青菜などの混ざった、筆舌に尽くし難い「何か」だった。
「何を作ったおつも‥‥お作りになったのでしょうか」
 同じく、珍しく顔をひきつらせたメグレズが砂魚を見る。
「ほうれん草と干し肉のキッシュですの」
 本物のキッシュを知っているメグレズは、敢えてそれ以上突っ込まずに視線を泳がせた。
「ジルベリアの料理ですの」
「こ‥‥こういうのは‥‥は、初めて見るかな」
 同じく本物を知っているソウェルが、先刻とは別種の汗を額に浮かべる。
「ちょっぴり見た目は良くないですけれど、美味しくできましたの」
「‥‥そ、その、死なないよな?」
 村人の台詞が、全員の内心を代弁していた。
「失礼ですよ。大丈夫です、私もちゃんと見ていましたから」
 鳳珠が穏やかに微笑んだ。
「では、頂きましょうか」
 いの一番に箸を取ったのは、十野間だった。
 羽流矢が、尊敬と不安の入り交じった眼差しを向ける。
「い、行くのか? 十野間さん?」
「折角作って下さったんですよ? 当然でしょう」
 十野間は平然と言ってのけ、箸を取るとキッシュを口に運んだ。
「どうですか」
 メグレズに、暫しキッシュを咀嚼していた十野間は意外そうな顔を返した。
「いや、これ結構おいしいですよ」
「ほう‥‥どれ」
 鬼島もキッシュに箸を付ける。
 床に落ちた肉を燕が「もったいない」と投入していた事が判明するのは、翌日、十野間とソウェル、そして砂魚を含める十名ほどが腹を壊してからのことである。