【戯曲】イヅカの里 肆
マスター名:村井朋靖
シナリオ形態: シリーズ
危険
難易度: 難しい
参加人数: 11人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/09/10 19:20



■オープニング本文

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●天を荒らし黒く蝕む
 上空に舞う黒き大翼によって、イヅカの里は深き瘴気の渦に堕ちた。
「この僕が直々に手を下す……こんな誉れは滅多にない」
 真の姿の一端を垣間見せる天荒黒蝕は、ふと遠き森の方角を見やる。そこはわずかに木々が揺れていた。
「言ったはずだ、もっとも惨めな姿を晒せと……ハハ、ハハハッ!」
 彼は、自ら仕組んだ裏切りによって血に塗れた里を悠然と見下ろす。その嬉々とした表情は幼子の無邪気さを思わせるが、同時に底なしの闇から湧き上がるドス黒さをも匂わせていた。
「終わりだ、裏切りの里」

●脱出の糸口
 この地を訪れていた開拓者たちは危険を察知し、全員が里へと集合。志体を持たぬ者たちを避難させようと奔走した。
 里の若い衆だけでなく年長者の手も借り、なんとか炭焼小屋に集めたが、ここにも瘴気が充満している。
「クソっ、魔の森より濃い瘴気を出すとは……!」
 五塚の手練・才蔵は、渋い表情で周囲を見渡す。高濃度の瘴気はすでに女子供の体を蝕み始め、今や歩くこともままならぬ。
「才蔵、早く脱出を!」
 里長の息子・トキが催促するも、彼は口を真一文字に結んだまま首を横に振る。
「ダメだ、今は行けん」
「多少の無理は承知の上。脱出せねば、罪なき里の者たちが犠牲になる!」
 才蔵は苦い表情を浮かべながら、残酷な事実を口にする。もちろん周囲には聞こえない声で、だ。 
「天荒黒蝕が宙に舞ったのが合図だったのか、この里に天狗の一軍が向かってる」
 俺の仲間が拾った情報だ、間違いない……才蔵は続ける。
「今まで潜んでた見張りの比じゃねぇ数が迫ってる。俺らだけが逃げるならまだしも、里の者を連れてくのは無理だ」
 そんな絶望的な状況を聞かされたトキだが、その目はまだ輝きを失っていない。
「さすがは才蔵、そこまで知り得たか。しかし、それでも脱出の目はある」
 そう言いながら、彼は才蔵の目の前に小さな紙を突きつけた。
「こりゃ驚いた……ここで慕容王の密書が出てくるとはな」
 無論、これは里が手配したものではない。開拓者が天狗の網を抜け、慕容王に助力を乞い、援軍を差し向けてもらったのだ。
「つまり迫り来る天狗どもは、いずれ我等と援軍に挟撃される……というわけだ」
 その言葉を放った直後、トキの表情が引き締まった。それを見た才蔵は「ヘヘッ」と笑う。
「いいねぇ、その「いずれ」って言い回し」
 才蔵は人差し指を立て、それを何度か動かし「俺に指図しな」と呟く。彼はトキを試そうとしていた。
「しばらくは瘴気で苦しむだろうが、里の者はここに留め置く。俺と若い衆、年長者が天狗らを食い止め、慕容王の援軍が来るまで持ちこたえる。才蔵、お前は父上や開拓者と共に天荒黒蝕を狙え」
 ここまで精悍な表情で言い切ったトキだが、その言葉を止めた瞬間、いつもの表情に戻った。
「へへ、合格だ。いい判断だぜ……おっと、そんな顔すんな。俺ぁ、死ぬ気はない」
「お前になくとも、相手にあったら死ぬんだ。気をつけろ」
「おーおー、ちょっと褒めたらすぐこれだ。わかったわかった、気をつけよう」
 才蔵は軽薄な笑いを浮かべた後、すぐに真顔に戻った。
「よし、この場はお前に任せる。奴さんは任せろ」
 トキは「わかった」と頷くと、才蔵はいずこかへと消え去った。

●末路の先
 その頃、里長である玄番は、瘴気渦巻く里の畑を歩いていた。
 秋を迎えようとする里の稲穂は萎れ、若木は朽ち、今や風の音すら不気味に感じる。この地は死んだも同然。そんな感想を里長は抱いた。
「なるほど、これが我等の末路か。ある意味では相応しい」
 それを聞いた男が、不意に声を上げる。
「へぇ、はらわた煮えくり返ってるわりには、随分と気弱な言葉を吐いてみせますなぁ」
 声の主は、トキより指示を受けた才蔵だ。
「お覚悟はよろしいか、里長」
「この里に殉じ続け、我が命は今まで死んでいた。今さら何を恐れよう」
 玄番は瘴気を巻き起こすアヤカシを見据え、キッパリと言い切った。
「行くぞ、才蔵。開拓者を待たせてはならぬ」
 ふたりのシノビは、風のごとく走り出した。

 目指すは天荒黒蝕。末路の先に見るのは、光か闇か。


■参加者一覧
柊沢 霞澄(ia0067
17歳・女・巫
羅喉丸(ia0347
22歳・男・泰
柚乃(ia0638
17歳・女・巫
千見寺 葎(ia5851
20歳・女・シ
フレイア(ib0257
28歳・女・魔
羽流矢(ib0428
19歳・男・シ
リィムナ・ピサレット(ib5201
10歳・女・魔
ローゼリア(ib5674
15歳・女・砲
星芒(ib9755
17歳・女・武
リドワーン(ic0545
42歳・男・弓
樊 瑞希(ic1369
23歳・女・陰


■リプレイ本文


 イヅカの里の避難所として機能する炭焼小屋の中に、柚乃(ia0638)の護衆空滅輪による結界が張られた。
「一般人には危険な状況なので……っ」
 今、この里には高濃度の瘴気が渦巻いている。開拓者はもちろん、民間人はもっと厳しい。フレイア(ib0257)は水を含んだ布を口に当てるように指示し、深く瘴気を吸い込まぬよう徹底させた。
 さらに柊沢 霞澄(ia0067)も避難民を一箇所に集めた上で、奥義・冥護の法を発動。少女から光が分かれ、人々に瘴気に抗う力を与える。
「私もできる限りの事を‥‥この里の火は消させません‥‥」
 この後、霞澄は宿敵・天荒黒蝕に挑む者たちにも奥義による加護を授け、彼らの出立を静かに見送る。
 そこにローゼリア(ib5674)が近づき、恭しく礼を述べた。
「ご武運を、戦友」
「新たな未来を目指しましょう‥‥」
 少女は小さく頷くと、長髪を揺らし、ゆっくりと歩き出した。まだトキらにも術を行使せねばならない。

 その頃、才蔵は村の某所に潜み、里長・玄番と星芒(ib9755)とで話をしていた。
 彼女は「ふたりも天荒黒蝕に挑む」と知り、ある策を提案。おおむね了承され、立ち去ろうとしていた。
「じゃあ、手はず通りにお願いね☆」
 相変わらずの明るさに、思わず苦笑いの才蔵。指示が書かれていると思しき紙を何度か読み直し、来るべき時に備える。
 星芒と入れ違いになる形で、今度は羽流矢(ib0428)がやってきた。彼と才蔵の付き合いは、もはや腐れ縁である。
「……ごめんな、もう少しだ。人がいれば、里は残る」
 羽流矢は、瞬時にして荒涼たる景色となった里を見た。正しき道を信じ、それを推し進めたが、結果として里は瘴気で朽ち果ててしまった。
「しょっぱいこと言うな。里のもんが犠牲にならねぇだけマシだ」
「なら、おっさんも死ぬなよ。生きてさえいれば、きっと何とかなるんだからさ」
 犠牲が出るとすれば、まさに今から。羽流矢の忠告を聞いた玄番は「聡明な男だ」と評した。
「そっちこそしくじんじゃねぇぞ。里の命、お前に預けたぜ……羽流矢」
 羽流矢は口元を布で覆いながら、「守れなけりゃ、俺は坊主に逆戻りだな」と呟き、その場から消えた。
「明るいぜ、里長。うちの未来はこんなにもよ」
「ならば、その礎にならねばな、才蔵」
 ふたりは顔を見合わせ、ニヤリと笑う。そして彼らも戦場へと赴いた。


 霞澄より加護を得たトキらシノビ衆は、顔を覆う面を持つ少数精鋭の班と炭焼小屋から進んだ先で防衛を展開する班に分けられた。
 前者の指揮は千見寺 葎(ia5851)が担い、後者の参謀として樊 瑞希(ic1369)が就く。

 葎は残無の忍装束に身を包み、年長者を中心に構成された舞台に声をかける。
「炭焼小屋に異変があれば、狼煙銃での合図があります。絶対に見逃さぬよう、十分気をつけて」
 さらに所属する者に焙烙玉を持たせ、少数精鋭が担うべき段取りを確認した。
「僕たちの任務は天狗を迂回し、背後もしくは側面から突くことです。もし僕が斃れても、次の誘導に従い進める者がいなくてはなりません。その任を果たす者とその順番を、今のうちに決めてください」
 さすがはシノビの里、こういった段取りはすぐに決まる。
「僕も覚悟はしています。だから……護るため、誰も徒に散ってはいけませんよ」
 彼女がそう伝え、撹乱班の意識を統一した。

 その様子を伺いつつ、瑞希もまた檄を飛ばす。
「正面から当たる班の人数は多いが、迂回を気取られてはならん。また炭焼小屋に危険が迫った場合、我等で対応する。注意を一方だけに向けるな!」
 この辺はトキが指揮を行うので心配はしていないが、相手は徒党を組ませたら厄介な天狗である。用心に越したことはない。
「千見寺、準備はいいか」
「構いません。参りましょう」
 正面から当たる班には霞澄も同行。炭焼小屋にはフレイアと羽流矢が残った。


 こうして天狗阻止の作戦が決行された。
 天狗の一団は、天荒が巻き起こす瘴気の渦を目印に向かってくると踏んだが、バカ正直にまっすぐ来るとも思えない。
 葎ら撹乱班は超越聴覚や月隠などを駆使し、万全の態勢で進軍。敵の早期発見を狙う。敵は翼で飛んで移動するだろうから、羽音はするはず……と思っていたら、葎はいとも簡単に感知した。
「前方に複数の羽音……少し数が多そうです」
 しばらく進軍しての出来事である。トキと瑞希には言葉で伝え、撹乱班には手信号で合図した。
 すると撹乱班はすかさず本隊から離れ、当初の目的を完遂せんと動き出す。一方、天狗は一気に距離を詰めるべく飛行による突進を仕掛けた。
「確認できる敵の数、8体……これは多いのやら、少ないのやら」
 トキの呟きを聞き、瑞希は「少ない」と断言した。
 しかしどちらにせよ、彼女のやることは決まっている。先頭の天狗に向かって符を放ち、眼突鴉で迎撃。目を突かれた瞬間を狙い、シノビの手練が背後に乗り、白刃を突き立てる。
「慌てるな! 向かってくる敵を仕留めろ」
 瑞希は再び符を飛ばし、今度は毒蟲で自由を奪う。それを里の者が仕留めるという流れが続き、先遣隊の討伐は成った。
 この後はしばし敵の攻め手が緩む。次の機会を狙っているのだろう。トキは「迂闊に出るな」と指示を出し、不気味な沈黙を保つ天狗らの第二波を待った。

 この頃、以前から天荒の命を受けて監視の任を負った天狗らが、別ルートから炭焼小屋を目指して進軍。里の急所である民間人を人質に取ろうと暗躍する。結局、開拓者も天狗も似たような策を講じていたということか。
 この任を果たす5体の天狗は、瘴気に塗れた里の中を慎重に進む。しかしこれは、民家の屋根で監視していた羽流矢の知るところとなった。
「やはり来たな」
 羽流矢はすぐさま手裏剣を投げ、挨拶代わりに天狗の喉笛を潰す。
 敵が慌てたところを、今度は用意した罠を発動させ、さらなる混乱を狙った。彼は手裏剣で罠と繋がっている縄を切り、周囲の木の枝を揺らしたり、岩を落とすことで伏兵が大勢いることを印象付ける。
「くっ、手の内を読まれていたか!」
 最奥に控える天狗が渋い表情を浮かべていると、そこに向かって灰色に輝く幾筋もの光条が放たれた。これは罠の発動によって敵の接近を知ったフレイアの魔法、デリタ・バウ=ラングル。
「御機嫌よう、天狗の皆様」
 灰色のエネルギーを食らった箇所は、灰となって朽ち果ててしまう。これには天狗も唸った。
「さすがは開拓者だ。しかし多勢に無勢、そう思わぬか?」
「だから最初から遠慮はいたしませんわ」
 朗々と語る天狗を指揮官と踏み、容赦なくアイシスケイラルを連打。氷柱が身を貫けば、とどめは羽流矢。三角跳の勢いから奔刃術で横っ飛びで腹を切り裂くと、敵は瘴気となって散った。
「くっ、よくも主を!」
 天狗の声を聞かず、羽流矢はさっさと三角跳で逃げる。その隙を狙い、フレイアが再びデリタ・バウ=ラングルを再び放った。
「お別れの言葉は、先にお聞かせしていますので」
 彼女の言葉を理解する前に、残った天狗もすべて消え去った。


 五塚の上空には、天荒の姿があった。漆黒の大翼から、今も瘴気を放っている。
 そこに開拓者たちが現れた。長き因縁のある羅喉丸(ia0347)を先頭に、リィムナ・ピサレット(ib5201)、星芒らの姿を現す。なお、柚乃はラ・オブリ・アビスの力で、星芒の相棒である猫又の姿になっていた。
「見ろ、天荒黒蝕。里長も才蔵も、もうお前には加担しない。尋常に勝負だ」
 羅喉丸の言葉を受け、里長の玄番は……あまりにも意外すぎる言葉を吐いた。
「何を寝ぼけたことを。人の里で勝手なことばかり……天荒黒蝕、里はお前に帰順する」
「だから、この瘴気を止めてくれ。こいつらは俺らが始末するからよ」
 玄番はおろか才蔵まで加担し、羅喉丸は孤立無援。驚きのあまり、目が点になった。
 そこへ星芒が割って入り「今更そんなっ」と身を呈して止めるが、才蔵は「怪我するぜ、嬢ちゃん」と取り合わない。それどころか、クナイで脅す有様である。
 それでも星芒は強情になり、錫杖を振り上げて威嚇する。
「ダメです、これ以上はっ!」
「開拓者ご自慢の実力行使か。だが、うちの里じゃ通用しねぇ!」
 才蔵は容赦なくクナイで切りつけ、この場を制圧せんと動く。さすがの星芒も反撃するわけには行かず、雨絲煙柳を駆使して防戦一方となった。玄番も羅喉丸に制止を強要するあたり、誰が見ても無様な状況である。しかもこれを天荒黒蝕の眼下でやっているのだ。

 さすがの天荒も、ほくそ笑みながら騒ぎを見守る。ただ、アヤカシが考える無様にはまだ遠く、彼は心の片隅で「猿芝居の可能性もある」と踏んでいた。
 ところが、以前も天荒黒蝕に恐怖したリィムナが出てくると、場の空気が急変。状況がさらに混沌とする。
「も、もうダメー! 全員殺されるー! 天荒様、お願い……あたしだけでも助けて!」
 今度は才蔵と玄番がポカーンとした表情となった。
 そして、なりふり構わず命乞いをする少女の頭を何度も強く叩きながら言う。
「なんで、てめぇが助かろうとするんだ! それでも開拓者か!」
「この里は、天荒様に帰順すれば守られる約束。お前たちが救われる道理などない」
 それでも声高に「あたしだけ、あたしだけ!」と連呼するもんだから、才蔵はリィムナの口を塞ごうと躍起になる。ところが、少女も指に噛み付いて反撃。訴え足りないとばかりに叫ぶ。
「痛てぇ! このガキ、無茶苦茶だ!」
「……うぎゃああ! 殺されるぅ! 天荒様、助けてぇぇ!」
 無論、天荒は彼女を助けるつもりはない。むしろ「この諍いでひとりくらい死んだ方が盛り上がる」とさえ思っていた。
 そう、まだ怨敵の気持ちは冷めている。その高度は、下がる気配を見せない。


 その頃、葎が率いる撹乱班は天狗の本隊を迂回し、側面を越えて後方へと差し掛かった。
 狼煙銃の合図がなく、任務に専念できたが、この辺から天狗の姿がちらほら見える。
「奇襲などを仕掛ける素振りはなさそうですね。後方の警戒でしょうか」
 ここで、葎は決断を迫られた。
 無理をすれば真後ろまで行くこともできるが、ここからでも任務は果たすことができる。敵も少数なので、自らが囮となって他の者に始末させる方法でいけるだろう。そして混乱を前衛にまで広げれば、里の防衛は成せるはずだ。
「参ります」
 律は手合図で準備を促し、ひとり敵の中へ。あくまで仲間からはぐれたのを装い、木々の間を飛び渡る。
「ん? 飛んで火にいる……か」
 天狗がニヤリと笑えば、部下に始末を指示。葎に魔の手が伸びるが、それを仲間が瞬時に始末した。
「なっ、なんと!」
 葎は振り向き様に散華を駆使し、指揮官の急所に番天印を打ち込む。空中で怯んだところを、他のシノビが手早く倒す。
 こうして敵の背後を取った撹乱班は、ここで焙烙玉を持ち替え、本隊と交戦している天狗の集団に向けてこれを投げ込む。
「単独行動はいけません。じっくり押せばいいのです」
 この判断が功を奏した。その後、慕容王が派遣した援軍が到着。葎の撹乱班と合流することで戦局を有利になり、天狗の撃退ではなく討伐に成功した。
 フレイア、霞澄の治療も甲斐もあり、被害も最小限に食い止められたのも戦果としては大きいといえよう。


 一方、五塚。あの無残な仲間割れは、まだ続いていた。
 あまりのしつこさに、天荒黒蝕は遠い記憶にある人間同士のいがみ合いを思い出し、気持ちの昂ぶりを感じつつある。
 そんな時だ。不意に眼下を見ると、なぜかそこには自分の姿があった。これは柚乃のラ・オブリ・アビスで見せられた光景だが、あまりにも甘美な状況で、あの天荒でさえ気を回す余裕がない。
 そんな彼は実に楽しそうに、リィムナの表情をまざまざと覗き込んでいる。少女の顔は涙に濡れ、叩かれた痕が赤く腫れていた。
「フフフ、惨めな姿だ。これが見たかった」
「天荒様ぁ、お、お助けをぉー」
 愉悦を感じる声が地上に響く。それは紛れもなく自分の声……天荒黒蝕は思わず目を閉じ、息を呑んだ。
 あれを見たい。間近で見たい……その衝動は自然と高度を下げていく。リィムナの顔が、徐々に近づいてくる。
 ああ、その顔だ……こうなると、もう自制心も何もあったものではない。
「天荒様ぁー!」
 突然、彼の視界にリィムナの顔がぐっと近づいてきた。さすがの天荒も、これには首を傾げた。
「な、なんだ?」
 しかもリィムナの顔が見えなくなった。あの少女のいたところには、羅喉丸が立っている。そう、彼がリィムナを上へ飛ばしたのだ。
「言ったはずだ、これは勝負だと!」
「ま、まさか……!」
 すべてを悟った天荒の背中に、リィムナの黄泉より這い出る者が炸裂。大アヤカシの体に、怨嗟の声が駆け巡る。
「これが聞きたかったんでしょっ! たっぷり味わうといいよっ!」
「こ、小娘が!」
 敵が怒りに震えながら振り返ろうとするが、少女はそれを夜で阻止。さらに呪いを注ぎ込み、体勢を崩さんとする。
 一気に高度を落とした天荒に対し、玄番と才蔵が長い鎖を投げて拘束を試みた。
 さらにこのタイミングで、今の今まで塚の裏で息を潜めていたローゼリアが泰練気法・壱で五感を研ぎ澄まし、参式強弾撃・又鬼で翼の付け根を狙っての砲撃で虚を突く。
「今こそ不屈の咆哮をあげなさい、『魔弾』! その名の威を示しなさい!」
「まだ小細工を弄するか!」
 天荒が鎖に絡め取られると同時に、ローゼリアは単動作を使っての二撃目で攻撃する。その瞬間、リィムナの夜が発動し、また黄泉より這い出る者を背中に叩き付ける。また時間差で砲撃も命中し、もはや踏んだり蹴ったりだ。
「生意気な……!」
 敵は瘴圧弾で反撃するも、リィムナは暈影反響奏で反撃。これでさらに姿勢を崩せば、羅喉丸が気力を込めて鎖を引く。
「てりゃあっ!」
「ぐわっ!」
 地面へと引っ張られる天荒の姿を見て、羅喉丸は黄金の力を宿す。
「五神天驚絶破繚嵐拳! たあっ!」
 すさまじい衝撃と共に地面に叩き付けられた天荒は、さらに星芒の無縁塚を帯びた一撃にも晒された。
「えいっ! 後はお任せだよ☆」
「これが俺の泰練気法・弐、よく覚えておけ」
 天荒はその身に深刻なダメージを負いつつも、不気味に笑い続ける。
「我が身が宿す瘴気にも耐え、アヤカシと対等に渡り合う……フフフ、そうか。機は熟したか」
 羅喉丸の攻撃が終わると同時に、天荒黒蝕は一瞬だけ本性を現した。束縛の鎖を容易に引きちぎる様を見た開拓者らは、咄嗟に飛び退く。
 しかし、この行動は敵がここから去るための行動で、それ以上の意味は持たなかった。
 天荒は再び空を舞い、開拓者たちを一瞥する。
「もう、この里には用はない……開拓者よ、別の場所で会おう」
 彼は自ら発していた瘴気の渦をかき消し、さっさとイヅカの里を去った。

 この瞬間こそ、長き因縁が断ち切られた瞬間であった。