【戯曲】イヅカの里 参
マスター名:村井朋靖
シナリオ形態: シリーズ
危険
難易度: 難しい
参加人数: 11人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/08/11 09:26



■オープニング本文

●密会
 主なき塚のひとつに颯爽と降り立った天荒黒蝕(iz0313)は、しばし里長の来訪を待つ。
「人の死を悼むつもりなど、あるまいに」
 この里で繰り返される陰謀、いや、彼が繰り返させてきた所業を思い出し、くつくつと笑った。
「呼んだか、天荒黒蝕」
「ああ。待ってたよ」
 いつの間にか、里長が五塚の中心に立っている。
「君も座りなよ、いくらも席はある」
「構わん。用件を聞こう」
 里長は天荒黒蝕の冗談に付き合わず、本題を語るよう求めた。どこか急いている印象も受ける。
「へぇ、そんなに聞きたいんだ。じゃあいいよ」
 彼はニタリと笑い、いつものように要求を出した。
「この里に開拓者が来てるよね……何の用だか知らないけど、しばらく居ついてる」
 里長の眉が上がる。本人もあまりいい思いをしてないようで、露骨に嫌な顔をして見せた。
「あれは我等としても邪魔だ。力尽くでも帰す」
 その言葉を遮るかのように、天荒黒蝕は語気を強めた。
「ああ、そういうの興ざめだからやめてくれないかな。君たちが連中を罠にかけて、この僕に献上するんだ」
 表情にも言葉にも冷たさを宿した天荒黒蝕の言葉を聞き、里長は口を真一文字に結んで思案した後に答える。
「いいだろう」
「もしそれができたら、里の皆は僕の斥候として生きることを許そう。実はさ、陰殻の里を順番に落としていこうと思ってるんだ」
 今までにも、天荒黒蝕の邪悪な気まぐれによる要求はいくらかあった。
 ただ、これは違う。何か別の意図がある……里長は考えを巡らす。
「多少の犠牲を払って僕に忠誠を尽くしてきた君たちが、今度は陰殻という多数を打倒するんだ。胸が躍らないかい?」
「つまり我等が陰殻を滅ぼす尖兵となる、ということか」
 彼は「まぁ、陰の立役者だね」と解説するが、里長の心中は穏やかではない。
「もし断れば?」
「裏切り者の汚名に塗れて、全員死ね」
 なんと端的な言葉だろうか。イヅカの里に相応しい末路を、この大アヤカシは準備していた。
 それでも里長は「時間がほしい」と申し出る。いや、わざと食い下がったというべきか。
 相手は、この手のもがきを見て楽しむ性格。絶対にこの条件を飲む……そう踏んでいた。
「開拓者を差し出すには、準備が必要だ」
「それは仕方ないね……でも1日だけだよ。明日の同じ時間、またここで会おう。ああ、生死は問わない」
 どうせ食べちゃうんだから。天荒黒蝕はそう言い残し、また空へと飛び立った。
「明日、か……」
 里長はそう繰り返すと、その場から風のように消えた。

●露見
 しかしこの密会、狙われるべき開拓者が一部始終を見届けていた。
 ただ、相手は謀略好きの天荒黒蝕。彼らの潜伏を読んだ上で、わざと話を聞かせた可能性も捨て切れない。
 それでも里長の息子・トキに経緯を伝えるしか、彼らに術はなかった。

 これを密書として受け取ったトキの驚きは、もはや尋常ではない。
 永遠の裏切りか、里の消滅か……正義感の強い彼には、受け入れがたい要求であった。
「これが少数を犠牲にし、生き延びてきた里の末路か」
 ある意味でこの里にふさわしい最期でもあるが、それでも何も知らぬ者に救いがないというのは合点が行かぬ。
「父に掛け合おう」
 彼は委細を誰にも告げず、まっすぐに父の元へ向かった。

「父上、話があります」
 トキは密会の場に足を踏み入れる。そこに居並ぶ年寄たちの顔は、一様に難しい表情を浮かべていた。
 しかし、里長だけは顔色を変えず、淡々と話す。実の息子にさえも。
「トキ、調査に来た開拓者を存分にもてなせ」
「この期に及んで、まだアヤカシのために手を汚すというのですか」
 彼の悲痛な叫びは、誰の胸に届いただろう。少なくとも、トキには窺い知ることはできなかった。
「よいか。奴に開拓者を差し出さねば、話は決して前には進まぬのだ」
 里長は静かに説いた。年寄たちもそれに聞き入るばかりで、何も語ろうとしない。
 トキは悟った。この場にさえも、迷いが生じていることを……その中で、父の言葉だけが揺るぎない。
「開拓者を差し出すのだ。天荒黒蝕の前に」
 里長は命令を繰り返すと、トキも神妙な面持ちでひとつ頷く。そして彼は「賭け」に出る覚悟をした。

 こうして開拓者に対し、慰労の食事会が催されることになった。
 時間の指定は夜半。明日の朝には、天荒黒蝕が再びあの場に姿を現す。
 この会合、トキに加え、里長の玄番や年寄、若手まで顔を揃える異様な集会だ。

 決断の時が迫っている。この地に集いし誰もが、何かを選ぶ瞬間が。


■参加者一覧
柊沢 霞澄(ia0067
17歳・女・巫
羅喉丸(ia0347
22歳・男・泰
柚乃(ia0638
17歳・女・巫
千見寺 葎(ia5851
20歳・女・シ
フレイア(ib0257
28歳・女・魔
羽流矢(ib0428
19歳・男・シ
リィムナ・ピサレット(ib5201
10歳・女・魔
ローゼリア(ib5674
15歳・女・砲
星芒(ib9755
17歳・女・武
リドワーン(ic0545
42歳・男・弓
樊 瑞希(ic1369
23歳・女・陰


■リプレイ本文


 大アヤカシ・天荒黒蝕が現れた。この悪しき気を機敏に感じたか、一匹の狼が五塚の里から遠ざかる。
 守るべき群れに対し、斥候でも名乗り出たか。獣の疾走に迷いはない。
「風雲急を告げる、か。狼ほどの嗅覚ならわかるかもな」
 里の出入りを監視するシノビの手練・才蔵らの顔色は優れない。今の立場がなければ、あれは自分の姿かもしれぬ。
「せいぜい、アヤカシに食われぬようにな」
 才蔵が狼に餞別の言葉を投げた頃、さほど離れていない場所で天狗の斥候がこれを見つける。
「ほほぅ、動物の方が利口か」
 頭領が木造の錫杖で獣を指すと、部下は「里の連中も算を乱して逃げ出せば、我らの仕事も楽になる」と卑しい笑みを浮かべた。彼らは才蔵同様、狼を追う気はない。
 大きな瞳を持つ狼は、疾走しながらクスリと笑う。そう、これはラ・オブリ・アビスによる誤認識を利用して走る柚乃(ia0638)であった。
『うまくいきました♪』
 狼はわずかに口を動かすと、この先は天狗駆も併用し、目的地まで走り抜ける。彼女の行く先は依頼主・慕容王の元だ。


 神妙な面持ちのトキに、千見寺 葎(ia5851)が駆け寄る。懸想文を受け取るには、いい表情だ。トキは思わず頭を掻く。
 すぐに手紙を開くと、そこには「食事会の前に打ち合わせを行いたい」旨が記されていた。彼は葎を呼び止める。
「これはどういう趣向で?」
「持て成されるだけでは申し訳ありませんから」
 そう答える彼女は、帯に差した扇子に手をやる。舞で一興を、との素振りだ。
「貴方の前で披露できれば幸いです」
 葎はそう言い、その場を去った。

 トキは文の続きを読む。
「開拓者は天荒との決別を促す、か……」
 これを為すには、若い衆が一致しなければならぬと記されている。そこにフレイア(ib0257)が近づいた。
「山喰、於裂狐の動向はご存知でしょう」
 この名は天荒と並び評される大アヤカシであるが、片や撃破され、片や撤退の憂き目に遭っている。
「まさか冥越に攻め入る日が来ようとはな」
 率直な感想を述べる若長に、リィムナ・ピサレット(ib5201)と星芒(ib9755)も近づく。
「ギルドの号令があれば天荒は討伐される。その際に里がアヤカシの尖兵になってたら、裏切り者として処断されるよ!」
「どっちも矛を収めるのが、天荒のいちばん嫌なことだよ☆」
 あまりにも正論であり、冷静に状況が読めている。トキは少女らに「君らの方がよほどシノビ向きだ」と評した。
「俺の腹は決まった。ただ今一度、志を同じくする者に腹積もりを明らかにせねば」
 すっくと立ち上がったトキの肩に、リドワーン(ic0545)が手を置く。
「説得は俺たちに任せろ。お前らに任せたいことは多い」
 彼は食事会までに非戦闘民の避難準備を若い衆に任せたいと打診。筆記や暗号を多用し、天荒の間者に備えるよう注意を促す。
「里の中はいざ知らず、外には天狗がいる。脱出は難しいのでは」
「心配するな。お前が持っていた過去の手記、あれは才蔵の差し金だろう。奴は今、里の外縁を探っている。これを活かせるはずだ」
 まだ確信が持てないので、ハッキリとしたことは言えないが……それでもリドワーンは力強く頷いた。
「とにかく急ごう。才蔵の方も何とかなる」


 柚乃が里を離れて後、羽流矢(ib0428)も遅れて、五塚へと動き出す。そう、天荒が現れたあの場所だ。
 自らを撒き餌とするかのごとく、追っ手の登場を待つ。誰が来ようとやることは同じ。
「またか、坊主」
 呼びかけにも似た声が発せられるよりも先に、羽流矢が動き出す。忍刀「蝮」を流れる動作で引き抜き、身を屈めた後に逆手で持った刀を振り上げる。相手は投擲に使うつもりの苦無を握り、その刃を止めた。
「おっと! 投げさせないってか」
「連れはどうした、才蔵」
 攻撃が止められるとわかっていた羽流矢は身を右に捻り、風を斬るがごとく追撃。才蔵は意図を読んだか、的確に攻撃を受け止めた。
「殺る気はねぇ、か」
「お前には聞きたいことがあるからな」
 羽流矢は跳ねるように距離を取り、刀を鞘に戻す。
「天荒配下の天狗の動きを、俺たちにも教えろ」
「なるほど、ただの阿呆ではないか。もう少し利口だとありがたいが」
 相変わらず羽流矢を小バカにするが、今までとは話に望む態度が違う。山賊のような顔でも真顔になると凛々しく見えるから不思議ものだ。
「俺達も賭けに出る……あんたが守るのはこの土地か? 其処に生きる人か? ……手を貸してほしい」
 才蔵は「お利口になったらしいな」と笑うと、ひとつ頷く。
「罪深きイヅカにまだ生き残る出目があるなら、俺は喜んで賭けに乗るぜ」
「今、お前の連れが天狗の居場所を探ってるんだろ?」
 羽流矢の言葉に、才蔵は「頼りになるねぇ」と返す。
「五塚への抜け道があれば聞かせてほしい」
「それはない。いくらかは調べたがな」
 それでも羽流矢は問題の場所に立ち、苦無「神無帰」を持って、超越聴覚と忍眼を使用。様子を伺う。
「塚の中が空だということくらいか」
 羽流矢は「変哲がないと知ることが必要だった」と結論付け、その場を離れる。また才蔵とも別れた。彼には天狗の監視という役目がある。


 食事会の半刻前。里長やトキ、年長者の大半が開拓者のために顔を揃える。
「おもてなしの前に話したいとは、いやはや」
 里長は渋い表情で首を振るが、それに同調する年長者は少ない。明らかに動揺が見て取れた。
 ここで樊 瑞希(ic1369)は声を上げる。
「貴公らも迷いがあるのだろう?」
 返事を聞いても仕方がないので、ここはローゼリア(ib5674)が礼をし、里長に対して話す。
「貴方は自身の判断で里を守ってきた。その是非を問うつもりも資格も、私にはありません。ただ、今もこの里が在る事こそが答えなのだと思います」
 ストレートな物言いに苦い表情を浮かべる一同だが、彼女は構わず続ける。
「ですが、ここは転換期ですわ。かつて通じた事は、今も通じますの?」
 事情を知る者が聞けば、誰もが同じ言葉を発するだろう……「通じるわけがない」と。
 ここで瑞希が諭す。
「今、さまざまな変化が起きている。大アヤカシがすでに越えられない壁ではなくなっているのだ」
 しかし、イヅカの里の恐怖の根は深い。しかも大アヤカシ討伐の変化はごく最近であり、不安を払拭するまでには至らなかった。
 その心を悟ったかのように、柊沢 霞澄(ia0067)が静かに話し出す。
「皆さんが躊躇しているのは、今の現状を打破できるかどうか確信が持てないからだと思います……それよりは、この現状を維持し続けるのがいいのではないかと……」
 巫女の少女はがんばって言葉を紡ぐ。
「それは偽りの安全であり、いずれは里の滅びを呼び込むものです……私はそれを回避したいが為に、今ここでお話をしています……」
 一度でも陰殻に弓を引く存在と認識されれば、慕容王の名の下に滅ぼされる。天荒の尖兵として生き延びても、彼の気まぐれで滅びないとも限らない。霞澄はそのどちらでもない選択を迫った。
「選択するのは今ここにいるあなた方なのです……これまで犠牲になってきた人達の、そして未来を担う若人達の為にも……」
「変わるべき、か」
 里長・玄番が言葉を搾り出すように呟いた。その声は何かを決めたかのようにも聞こえる。
 そこに葎が、ある報告をした。
「今、開拓者のひとりが慕容王に協力を仰ぎに向かっています」
 この言葉に周囲はざわめくが、ローゼリアは「以前、里長にお伝えした通りですわ」と言い添えると、それも徐々に収まっていく。
「私たちはトキに信じてもらってここにいます。その信用をもって、里長に願います……私たちを信じて、共に戦ってくれませんか?」
 ローゼリアは最後の言葉を紡ぐ。リィムナ・星芒らも、里長の決断を待った。

 そしてついに、玄番が口を開く。
「長として里に命ずる。天荒黒蝕が五塚との交渉に変化をもたらした以上、もはや付き合う義理はない。この場の開拓者を頼り、陰殻への援助を請う」
 年長者のひとりが「仰せの通りに」と頭を下げれば、誰もがそれに倣う。
 もちろんトキもこれに従い、若い衆も喜んで応じ、里長の決定は承認された格好となった。
「食事係に伝えよ。粥に毒は混ぜるな、とな」
 玄番の思わぬ言葉に、フレイアが「あら」と微笑む。これを聞いた羅喉丸(ia0347)も「そこまで迷われておられましたか」と返した。
「ご心配には及びません。あとは我々にお任せください。天荒が好みそうな趣向も考えております」
 まずは英気を養うために腹ごしらえを……イヅカと開拓者は、ようやく結束の兆しを得た。


 食事会の最中も油断はできない。すでに外では動きがあった。
 羽流矢は超越聴覚を駆使し密通人がいないかを警戒。リドワーンは埋伏りで潜伏し監視する。若い衆の手引きで、非戦闘民を程近い炭焼小屋に避難を開始する。その道筋は、才蔵らが確認した安全なルートだ。
 さらに霞澄・フレイア・瑞希がこれに随行。瘴索結界や人魂でアヤカシの出現を警戒。霞澄は冥護の法を避難民に施す。
「万が一の時もご安心を……」
 霞澄がそう言えば、フレイアも「慌てちゃダメよ」と声を揃える。
「じゃあ、向かおうか」
 瑞希を先頭に、第一陣がゆるゆると出発した。

 と、ここで監視に勤しむふたりの前に、あの才蔵が姿を現す。
「以前より天狗の見張りは少ないが、女子供を守ったまま突破ってのは難しい。今回は避難が精一杯だろう」
 見張りが減ったのは「天荒が遊びを楽しみたいから下がった」と、羽流矢は読む。
「慕容王への報告が済めば、程なくして外から囲みを打ち破れるだろう。心配には及ばない」
 リドワーンはそう言うが、今後の展開次第ではどうなるかわからない。相手はずる賢いことで有名な天狗だ。油断ならない。
「さて。そろそろ出番だぜ、坊主」
「後は任せた、才蔵」
「死ぬんじゃねぇぞ。まだ先がある」
 才蔵の言葉を聞き、羽流矢は反射的に眉をひそめたが、口元は緩んだようにも見えた。


 約束の時がやってきた。天荒黒蝕は空から降りてくると、そこには羅喉丸の姿があった。
「へぇ、また君か。飽きないねぇ」
「それはお互い様だろう」
 周囲を見渡せば、羽流矢とリドワーンの姿もあった。
「外から来た開拓者に手を出すあたり……あんたの機も熟したって事かい?」
「フフフ、そんな大げさなことじゃないよ」
 余裕綽々の天荒に向かい、リドワーンがハッタリをかます。
「しかし時すでに遅し、だな。すでに裏切りや苦悩は終わった。慕容王の兵も此処に向かっている」
「里が裏切ったのはわかるよ。開拓者の数が足らないしね。でも、慕容王の兵はどうだろう?」
 里を見張る斥候から情報を得ているのか、この部分で慌てることはない。
「だが、全部がハッタリとも思えないな。全員がここにいないのも、おそらくはその準備……」
 思案しながら地面に着地した瞬間、羅喉丸が駆け出す。
「我が連撃、受けられるか!」
「君の技は覚えている。かなり間合いを詰めなきゃ使えない」
 天荒は左手をかざし、いつものように障壁を出現させようと動く……が、その刹那、左腕に激痛が走る。
「う、がっ!」
 羅喉丸が持つ武器は、なんと魔剣「レーヴァテイン」。天荒は「目測を誤ったかな?」と今度は右手を出すが、またしても遅い。
「どうした。お楽しみの時間だぞ?」
 今度は突きをギリギリで避けたが、羅喉丸は外した瞬間に地面を踏み込む。
「もしや、これも三連撃……!」
「とくと見よ! 奥義・真武両儀拳!」
 恐ろしい速度と力強さで放たれた切り上げは天荒の肌までもを斬った。不意打ちで宙を舞いつつも咄嗟に体勢を整え、次の攻撃に備えるあたりはさすが大アヤカシか。
「八つ当たりは見苦しくなくて?」
 いつの間にか姿を現したローゼリアは瞬脚を駆使しつつ、閃光練弾を織り交ぜて撹乱。相手に効くかどうかは一切考えず、とにかく撃ち込んで弱点を探す。
「フフフ、これごときでは何も探れないよ」
 そういう天荒だが、それでも一瞬の隙は突ける。そう、羅喉丸ならば。
「よく覚えておけ。この羅喉丸の剣筋を」
 失神覚悟で詩経黄天麟を用い、赤いルーン文字をすさまじい速さで煌かせる。しかし一度はあまりにも正直すぎる正面からの斬りで、こればかりは障壁に遮られた。
「そんなに体へ負荷をかけたら、その身は持つのかな?」
「自分の障壁の心配をしたらどうだ、天荒黒蝕!」
 次の瞬間、障壁を叩き割って漆黒の刃が脇腹を掠めた。次は逆袈裟で斬るも、これは障壁で弾かれる。
「随分と遊べるようになったんだ……ねぇっ!」
 苛立ち混じりに語る天荒は、前方にありったけの瘴圧弾を放つ。それを剣で遮るかのように耐える姿を見たはずだが、次の瞬間には羅喉丸の姿はすでになかった。
「何……ぐあああっ!」
 気力を振り絞って背後に回った羅喉丸の剣は左の翼を存分に切り、さらにまっすぐ背中を斬る。さすがに次は天荒に阻まれたが、敵に脅威を与えるには十分すぎた。
「怖くなったか? 天荒黒蝕……」
 術の効果を失った瞬間、羅喉丸は地に伏した。
 それを塚の後ろで見ていたリィムナが、周囲に轟く声で「ひいいっ!」と叫び、その身を震わせながらローゼリアの背後に隠れる。
「や、や、やっぱり、大アヤカシは伊達じゃないよぉー!」
「フフフ、身の程知らずってとこは認めてあげないとね。この僕を倒せると思ってるなんて驕りだよ」
 リィムナに伝言を頼もうと話し出した瞬間、黒い羽が舞い上がった。
「むぐっ! また、謀ったか……!」
 天荒は身を崩しながら、背後を見る。そこには心覆などを使って好機を伺っていた星芒の姿があった。
「もう、この里は諦めなさいってことよ!」
「へぇ、君たちがこの僕に……この僕に指図しようってのかい?!」
 折られた翼から、さらに巨大な翼が現れた。そう、これが天荒黒蝕の本性にして、その名の由来。
 周囲は瞬く間に、黒い荒れ狂う嵐に晒された。その風は高濃度の瘴気に満ち溢れ、イヅカの里を侵食していく。
「この里に住まう者どもよ。もっとも惨めな姿で死ぬがいい! ハハ、ハハハッ!」
 瘴気を生む大翼を畳まず、天荒黒蝕はそのままの姿ではるか上空に舞った。
 羽流矢は敵の変化を察知した上で羅喉丸を回収。周囲に撤退を促す。
「一旦引くぞ!」
 焙烙玉を使って五塚からは逃れるが、どこにも安息の場所はない。里は今や、魔の森よりも深い瘴気に包まれつつあった。


 柚乃が慕容王の報告を済ませて、里へ戻ってきたが、状況は意外な方向に傾いていた。
「この瘴気……まさか」
 驚く彼女と合流すべく、葎が「お疲れ様です」と言いながら駆け寄る。彼女もこの異変に気づいていた。
「あの嵐、もしかすると天狗を呼ぶかもしれません」
 葎がそう呟くと、柚乃もひとつ頷いた。
「ここからが私たちの仕事ですね」
 彼女らは目を逸らさず、じっと空を舞う天荒黒蝕の姿を見つめた。