【荊道】精錬の道しるべ
マスター名:みずきのぞみ
シナリオ形態: シリーズ
危険
難易度: 難しい
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/06/02 23:09



■オープニング本文

前回のリプレイを見る


●別たれる道

 丞之輔はただ宝珠を抱えて走り続けた。

 背後から迫るのは、追っ手だけではない。
 後悔と慙愧の念。
(そのようなもの、とうに忘れ、置いてきたというに…!)
 闇雲に光を求めるように、寄る波のような小者のアヤカシを切り捨てると一気に魔の森を出る。
 今度こそ落とさぬように宝珠を抱え直して、後ろに誰もいないことを確認した。
 太刀を支えにして安堵したように息を整える。
 何かあれば、火村を切り捨てる覚悟など元からあったはずだ。
 そう叱咤しては、裏切られたという気持ちが滲み出る。湊が宝珠に触れなければ寝首をかかれるまで、夢を見続けさせられていた。
 アヤカシを消す力は十分火村にとっては脅威だったろう。
(その力のことなど一言も話さず、隠しておった。)
 それだけでも火村の翻意の事実は揺るがないものとなる。
 丞之輔が目を瞑る。
 宝珠の伝承に、まだ見ぬ力を頼みにし、アヤカシを操ると称す火村に傅(かしづ)かれ―――力任せに、幾つもの命を引き裂いてきた日々。
 騙されていた。
 ただ、それでいて、丞之輔にはあの男の諫言に全てを転嫁するほど馬鹿ではなかったという自負もある。
 選び取ったのは自分。配下にしたのも自分。
(欲のあまり…選別する眼が曇っておったとぬかしたか)
 火村の哄笑が、炎の中で息絶えた結賀の主の声となって丞之輔の中で反響する。愚か者よと騒ぎ立てる。
「うるさい――黙れ!……黙れッ!! 宝珠の力に固執したのは同じではないか!!」
 この宝珠を元に戻したら、自分の過ちを認めることになる。
 肩でぐいと汗を肩で拭うと、丞之輔がじっと宝珠を見つめる。

 真球はただ静かに、焦燥感と戦う男の顔を逆さまに映す。
 やがて。
 もうよい、とその男がごちた。
――――壊れるほどの精神など、要らぬ。
 一時も離さぬ太刀を荒々しく地面から引き抜いて、狂気を漂わせながら丞之輔は後ろへと向き直ったのであった。


 丞之輔を追う湊も疲労に足をとられながら、その後を必死で追う。
 開拓者は遅れがちな湊に肩を貸したり、水を取らせたりしながら、追跡を手助けする。
 結果、魔の森を出ようとする丞之輔の足取りを追って、無事にアヤカシの巣窟を脱出できたことに開拓者が胸をなでおろす。
 今、湊に休めというのは無理な話であった。
 休んで考えることは、彼から立ち上がる力をも奪うだろう。
「―――見た、だろう。あの力を使え…ば…瘴気を払えるのだぞ」
 緩んだ猿轡を外した火村が、途切れがちに、だが、湊の心の隙間にねじ込むような一言を投げかける。
 湊が過敏に反応して、即座に否定する。
 「使わない。二度と―――二度と宝珠の力など使うものか」
 湊のその言葉に反論しようとした火村だったが、すかさず開拓者によって猿轡がかまされる。
 あの力は、そんな制御や指向性の利く様なものではないと、湊の精神のざらつきが告げている。次は、湊の自我や命は消し飛んでいるに違いない。
 福禄の宝珠の名前のいわれや恐れなど、湊の記憶の片隅にしかない。
 それよりも、宝珠を形見として取り戻したいといっていた樹(たつる)の言葉の方が大事だった。
 そんなもの、諍いもない、何事もない平和な時代に戻る為のただの象徴だよ―――と皮肉を込めて笑っていた樹の表情。
「誰も、もう。つらい目に遭わせたくない……」
 ミコトも照來の宝珠に意識を繋ぎ止められ、金城もせめぎあい、磨耗していく結賀の力の中でかろうじて踏みとどまっている。
 湊も、誰かを踏み台にしたくはないし、失いたくもない。
(ただ、…そばに居たいだけなんだ)
 疎まれるだろうか。
 こんな力を持つと承知で、あの結賀で存在を許されていたのかは、湊には解らない。
 思い浮かぶ人々の顔。
 互いに同じく大切に思っていると、信じて欲しい。
 そう願う証明に、福禄の宝珠を取り戻して、結賀に届けると湊はより心に固く誓った。
――――伝えられるなら、主上や皆にありのままに話し、いかなる処遇も甘受する。
 湊は、開拓者達に、自分に何かあっても宝珠だけは届けてくれるよう伝言した。
(ミコトは……宝珠の記憶で見るかもしれないな)
 戻れたなら。
 幽閉されたあの世界から二人して逃げたのは、必然だったと言えるのだろう。
「…………」
 湊が唇を強く引き結んだ。
 心に浮かんだ全ての人達。祈りにも似た願いを捧げながら。
 行こう、と湊が呟いた。



 魔の森との緩衝地のような荒れた土地に、足跡が点々と刻まれ、森から離れるように北を目指す。
 その先、やがて出現し始める低い草地の向こうに、丞之輔が堂と太刀を構え立ちはだかった。
 もはやこれまで、と悟った表情ではない。
 倒して切り拓くことを覚悟したものが持つ瞳の強さだ。
 
 その丞之輔の足元で、福禄の宝珠は、ただ日の光を跳ね返す。
 

 そして、戦いの合図を待つように、空気が張り詰めていくのだった。


■参加者一覧
玖堂 柚李葉(ia0859
20歳・女・巫
鳳・月夜(ia0919
16歳・女・志
御凪 祥(ia5285
23歳・男・志
アグネス・ユーリ(ib0058
23歳・女・吟
シャンテ・ラインハルト(ib0069
16歳・女・吟
マルカ・アルフォレスタ(ib4596
15歳・女・騎


■リプレイ本文

●来し方
「―――それがミコトが見た最後の映像なの」
「そうか……」
 樹がミコトを労いながら宝珠からの情報を確認し、長く息を吐いた。
「湊は、興月のお城から無事帰れた?」
「開拓者達と宝珠を追った。今しかない、と必死だった。これ以上は…止めるべきだったかもしれないが、一生、悔やませたくはなかった」
「湊は!…湊は必死で取り戻そうとしていたもの!」
 湊が福禄の宝珠に飲み込まれそうになったとき、湊の意識を圧し戻したのはミコトであり、その反動で自身も照來の宝珠から意識を取り戻していた。
 今まで一緒に過ごしてきた時間の中で、知ったこと…樹の為に、結賀の為に、湊は宝珠を取り戻そうとしているのだと、ミコトは訴えた。
 樹はミコトの言い分を慎重に聞いて、ゆっくりと口を開いた。
「―――湊が宝珠を大事に思ってくれているのは知っている。だけど僕には……湊が戻ってこなければ、宝珠奪還の意味などない……主として言ってはいけないけれどね」
 現当主として、残らなければならない樹が静かに目を閉じた。ミコトと同じ、待つ身でありながら、誰よりも駆けつけたい気持ちだった。
「それに、湊は僕だけじゃなく、ミコト、君のことも大事で助けたいと思っている。その為には、果たさなければならない事があいつには一杯ある」
「湊……」
 ミコトが両手を組み合わせ、心の声が届くように祈りを捧げるのであった。
(湊も皆も無事でいて……!)



 宝珠と己の関係を知ってなお見届けようとしている湊には、最期ともいえる気迫が漲っていた。
 だが、魔の森を脱出したところで、追っ手を待ち構えるように立ちはだかる丞之輔を見つけ、敵もまた捨て身であることを一行は悟った。
「わたくしは、湊様に自分を重ねていました。湊様の願いが叶える事が出来たら、自分の思いも遂げられるのではないか、と子供じみた事を考えていました。結局わたくしは自分の事しか考えていなかったのですわ」
 あの時、丞之輔を討ち取っておけば、とマルカ・アルフォレスタ(ib4596)が自分を責める。
「いや、俺だって何も判ってなかった。奪還だけを考えていた。自分が宝珠に関わるなんて、思いもせず…俺も迂闊だった」
 攻め切れなかったのは自分の弱さだと湊は思った。
 気力を上げて挑む丞之輔の周囲を、風だけがそよと吹き抜ける。
 福禄の宝珠は、行方を甘受するかのように丞之輔の傍に、ただ控えている。
「……あの宝珠がなければ……」
(湊も、誰も苦しまない)
 いっそ粉々になってしまえばよいのに、と鳳・月夜(ia0919)が叶わぬ事と知りながらも口にしてみる。
 湊が心配だから尚更、湊の視線を追う。
 無茶をする要因を失くしてしまいたいと月夜は思う。
 その一方、話を聞き咎め、連行された火村が隙を窺う。
(あの力。湊と揃う事は避けねばならぬ―――)
「火村さん達には近づかないで、周囲の警戒をお願いしますね」
 ただならぬ気配に気づいた佐伯 柚李葉(ia0859)は、回復を施しながらも湊に目配せをする。
 自決と逃走を警戒し、一同は歩かせるための火村の脚も再び縛った。
 火村は生かしておくなら、逃げ出す機会もまたあると考えている。
「…逃げられると思わない事ね。私は貴方に容赦はしない」
 冷気を放つような月夜の宣告に、火村が隻眼で仰ぎ見る。そこに抵抗の意思が潜んでいる。
「間違いを最後まで続けても、間違った結果しか得られない。分かっていても止められないならば、止めます」
 シャンテ・ラインハルト(ib0069)が決然として事態を打破する方法を選ぶ。火村に吹聴されたとしても、丞之輔のしてきたことが赦されることではない以上、その過ちを続けることは能わない。
(間違った結果を出さないために)
 止めるのだとシャンテが心に強く唱え直す。
 湊が力強く首肯する。
「宝珠の真実がどうであろうと、湊様が結賀で重ねた時間も真実。湊様が危機に陥らないようにと苦心されていた皆様の思いも、また真実です」
「…湊は湊だよ。私は知っているから」
 シャンテと月夜が心の裡を支えてくれたようで、湊は心に芯が通った気持ちになる。
「宝珠は必ず届ける。だけど、アンタも無事でなきゃダメなのよ」
 ぽんぽん、とアグネス・ユーリ(ib0058)が思いつめていた緊張をほぐすように背を叩く。
「ミコト泣かせたら、意味が無いの、あたしにとっては。…あんたにとっても、でしょう?」
 アグネスがわざと明るく振舞ってすいと前に歩み出る。誇らしげな足取りに合わせて髪が揺れた。
(大切なの、ミコトも湊も、この二人にとって大切な人も)
 そう思う気持や覚悟が、丞之輔に劣るとは絶対思わない。
(負けない…だって笑ってて欲しいじゃない)
 アグネスが挑むようにふぅと息を吐くと唇に笑みを浮かべる。
 その横に御凪 祥(ia5285)が並んで、湊の一歩前に進み出る。
「俺達が如何に傷付き、死にそうであろうとも俺達を助けようと思うな」
「だがそれは…」
 湊が怪訝そうな顔をしたが、毅然として丞之輔を視界に納める祥には迷いがない。
「アンタが成したいことを成せばいい。必ず叶うと信じろ」
(今一度、置いてきた名で戦うことを許せ)
 兄と共に眠るこの名の弔いでもある、と祥が己の心に確認した。
 守ろうとして、零れていったもの―――
 あの時から願い続けてきた、守りきるための力が欲しい。
 アグネスと祥が歩を詰めた。

 丞之輔は、開拓者と湊の行く先で、運命の審判が下されるのをじっと待っているかのようであった。



●荊の果て
「来い、結賀の末裔…!」
 丞之輔が湊に向かって叫んだ。
 それを合図に、湊の周囲を月夜、シャンテ、柚子葉が守り、祥、アグネス、マルカが先陣で風を切る。
 祥の穂先が鈍い光を発したかと思うと、丞之輔に一番槍をくれてやる。もとより、一撃でしとめる気もなかった祥は、受け流した丞之輔の傍にピタリと足を止める。
 細かな戦術より、この男を崩すことが最優先だった。
 力で押されては、受けるたび舞靭槍がたわむが、すかさず懐を狙って変幻自在に突きを繰り出す。
「うぬ…」
「何もかも武力頼みなど、愚かなことを…」
「何を綺麗ごとを言う。お前も同じ武人であろうに。ならばお前とて大義名分は違えど、弱者を打ち従える道理は分かるはず」
 丞之輔の太刀が祥の額を割ろうと振り下ろされる。祥がそれを真っ向から槍の柄で受ける。槍は限界まで軋む音を残して耐える。
「――――違う。そのような道理など決して通らん。俺の名は…薛 春洋。打ち負かす為ではなく、大切な者を守る為に戦う者」
 祥が槍を回転させて持ち替え、はっきりと否定する。丞之輔の傍へと一歩進んで左腕で一閃。丞之輔が、重い一撃に驚きつつも太刀で何とか凌ぐ。
 足場をかえず、退かぬ二人に、アグネスが助けに入る。
 丞之輔の背後に広がる沼に気づき、そこへ逃げられることを警戒した。あえて背後から回り込み、丞之輔の隙を突く。
 アグネスが姿勢を低くし、手をつき、脚を払う要領で丞之輔の足元をすくう。体勢を崩すまいと丞之輔が足を踏ん張る。
「……くそッ!」
「これはいただくわ」
 アグネスが宝珠へと素早く手をのばすが、丞之輔は太刀を持ち替えると、勢いよくアグネスの指先と宝珠の間に突き立てた。
 アグネスが即座に手を引いて飛び退ると同時に、二人をしとめようと丞之輔が素早く太刀を大きく振り回す。
 その切っ先をアグネスが肩に、祥が脇に受けつつも、更に丞之輔を追い詰める。しなやかに、そしてしたたかに繰り出される攻撃は止まない。
 憤怒の表情で、丞之輔が二人を振り切ろうとする。
「我が刃は湊様のために、我が誇りにかけてその願い叶えると此処に誓う!」
 そこへ、マルカが助太刀に入る。オーラをまとい、一気に能力を高め、太刀を持つ手を狙う。
(この漆黒のオーラ…わたくしの醜い思い……?)
 ふとよぎる弱音を知ってか、丞之輔に跳ね除けるように攻撃をかわされる。マルカが頭を振ると眦をあげた。
 揺れた心は定まった。
(…自分の事はどうでもいい。湊様のために戦うのですわ!)
 マルカの攻撃が意を得た。祥の円弧に直線の射線を重ねる。
 それを更に援護するのは、勘所を後衛から見つめていたシャンテの勇壮な旋律。鼓舞するように、仲間を援護していく。
 斬撃を繰り出す速度が上がり、太刀数で遅れを取った丞之輔に隙が生じる。
「ぐぁ…っ!」
 三人の間断ない攻撃に、丞之輔がとうとう深く胴を抉られる。しかしそれでも奮い、ぎらつく視線を三人と湊に投げる。手にぬらりと血を確かめながら、丞之輔が叫んだ。
「宝珠は渡さん……」
「もうやめろ…結賀に返せ。その宝珠は笙覇の里で静かに封じる」
 湊が哀しみの混じる瞳で見つめ、一瞬、手を差し出そうとして、止める。
「返したところで、何も戻らん…お前に渡したくは無い!」
 丞之輔がその血塗られた手でつかんで歩き出す。窮地においても宝珠は何も呼応しない。
「――ふ…ふわはははは!!」
 万に一つ、何かが起こるのではないかと思っていた丞之輔の期待も裏切り、火村に天下を嘯かれただけの男が笑う。
「こうなれば。湊、お前さえ消えれば…」
 追って来い、とばかりにゆらりと逃げられない湊を誘う。
「湊、だめよ」
 アグネスが、湊が丞之輔の誘いに乗らないように釘を刺すと、湊も頷いて手をきつく握り締める。
 丞之輔は突きつけられた三方の刃に、傷を厭わず体ごとぶつけて開拓者の包囲を突破する。
―――これ以上、丞之輔を生かしておくことは出来ない。
 丞之輔を討ち取ろうと全員が気を取られた瞬間、後方の火村の縄が一気にほどけた。手甲に隠した小さな刃で切り込んでいたらしい。
 そのまま、湊を猛然と背後から襲いに行く。
「湊さん!」
 柚子葉が必死でそれを食い止めようと、火村に掴みかかった。湊がはっと振り返る。
 火村が、後ろから飛び掛る柚子葉を力任せに振り切る。
 湊まで一直線。
 飛び込んだのは、動きを見張っていた月夜。
 火村は傷を負っているとは思えない力で、湊へと最後の刃を向ける。
 執念がなす攻撃だった。
 そして、思いが強さになるのは、火村だけではなかった。
 柚子葉はすぐさま起き上がると充填していた精霊の力を込め、火村への背へと光弾を放つ。
 シャンテが大きく息を吸い込み、曲を切り替えると、襲い掛かるような高音が火村の思考を千々にかき乱す。
(負けませんっ…!)
(止めてみせます!)
「…言ったはず」
 伏せた瞳が、宣告と共に火村を射抜く。月夜の降魔刀が野望の為に足掻く火村を一刀両断に切り捨てた。
 ずるりと火村の手から落ちた細刀が虚しく地面に突き立つ。


 丞之輔は、足場の悪い沼地へ戦いを持ち込もうとしていた。
 湊との間に開拓者達が入って牽制する。
 シャンテが騒ぐ精霊の力を鎮めきると、矢継ぎ早に、丞之輔へも低音で負荷をかける。丞之輔が舌打ちをする。
「逃げるのですか!」
 マルカが丞之輔の後を追い、漆黒の矢と化した。移動と共に防御を捨て、強力な一撃を繰り出す。
「―――っ」
 がは、と丞之輔が口から血を吐きながら、宝珠を落とす。腹に力を入れ、突き刺さった槍を掴むと、無防備になるマルカに大きく右手の太刀を振り上げる。
「どこまでも邪魔を―――!」
 凪いだ丞之輔の太刀が、槍を離さないマルカの右腕から胸元を切り裂いた。
「マルカ!」
 湊と祥が叫んだ。舞靭槍がグラーシーザを絡めて揺らし、丞之輔の傷をえぐると、更に追撃で鳩尾へと祥が槍の穂先を埋めた。
「ぐうぅ……」
 のたうつように丞之輔は泥の中へ倒れこんだ。
 膝をつくマルカを湊が支える。
「大丈夫ですわ…」
 マルカは痛みに顔を曇らせたが、すぐさま笑ってみせた。
 宝珠が泥の中に沈んでいく。
 だが、それをアグネスが拾い上げ、抱きしめる。
 宝珠は奪還された。
 湊が、太刀を捨て小刀を抜くと、ゆっくりと動けない丞之輔へと近寄る。
「結賀は、宝珠を得ても決して興月のように誤った道を進みはしない」
「……死に、ゆく者に…誓うことではない。成してみせることだ」
「…………」
 湊が両膝をつくと、振りかぶり、無言で丞之輔の喉元に小刀を突き立てた。
 しばらく、湊はその手を離せないでいた。
 全ての始まりと終わり。
 去来する思いに全員が静かにそれを見つめていた。



「……息が……」
 柚李葉が湊や仲間達に回復を施している傍で、火村の命に気づいたのは、猿轡を外してやり、遺体を整えようとしていた月夜だった。
「柚子葉!」
 火村がアヤカシを操る術や野望などを素直に教えるとは思えない。だから連れて帰るよりは、切り捨てる方を開拓者は選んだが…。
 名を呼ばれて駆けつけてきた柚子葉は、しかし、回復の見込みが無いことに無言で首を振った。
「……記憶を見てみます。成功のほどは分かりませんが…」
 緊張の面持ちで、火村の最期の思考を読むべく、柚子葉が目を閉じる。
「柚子葉…」
 何があっても支えると、月夜が傍につく。
 触れた火村の体から、失われていく命を探るようにして全神経を集中させる。
(何があっても、見届けるって決めた)
 暗闇の中、ぼんやりと柚子葉がみたのは、緑深き原野に静かにある隠れの里。そして断片に差し挟まれる赤い炎と血染めの色。残虐な仕打ち。
 蹂躙する力である、アヤカシと権力者を駆逐し、従わせ、一族が望む世界。誰もなしえない魔の森の特質を知り、比類なき守りの里とする。
 火村が願った世界は、誰もが持ちえる願望を究極の形ですべて実現するまさに幻の世界であった。
 それは、険しく、犠牲の多い道だった。
「……その望みが、もっと穏やかな形で来世に叶えられますように」
 虐げられた命を思い、鎮痛な面持ちで柚李葉が祈りを捧げた。
 幻影の消失と共に、火村が息を引き取った。
 



「帰ろう」
 丞之輔と火村を倒したことを確認し、湊が小さく言葉を発した。
 放心から立ち戻った。
 こみ上げてくるものを堪えながら、一人ひとりを見て、今までの皆の思いをかみ締めて頭を垂れた。
「ありがとう。きっとこれで結賀は大丈夫」
「大丈夫っていったって、結賀までは届けるのが約束よね」
 アグネスが泥を取り、布でくるんだ宝珠を片手ににっこりと笑う。
「見届けるまでが依頼だしな、アンタだけだとどこかに寄りかねん」
「ミコトさんと会えるまで、私達帰りませんから」
 祥と柚子葉も結賀まで皆が付き添うことをほのめかす。
 湊は一瞬固まったが、理解すると破顔した。
「うん…一緒に帰ろう」
 ミコトが待っている。互いに沢山、話すことがある。



 帰ろう。


 荊の道の行き着く先は、多くの人が待つ結賀への帰還。
 守りきった自信に、誇らしげに輝く仲間達と共に。


 たとえ、荊の道だったとしても。
 これら戦いが集いし者達全ての生きる道しるべのひとつとならんことを祈って。


 湊の悲願は達成し、笙覇の里に宝珠が戻された。
 それは後の結賀の歴史にとって大きな一歩を刻んだのであった。