|
■オープニング本文 前回のリプレイを見る 福。それは脈々と血が繋がっていくこと。 禄。それは大いなる財産をもたらすこと。 寿。それは生命に時間を永く与えること。 故に、結賀の家宝は、『寿』を欠いて『福禄』と称される。 その名前に隠された宝珠の特質は、結賀の主が家宝と称し、封印し、代々使用を禁じてきた時間と共に埋没していた。 照來の宝珠よりも一回り大きく、完璧なる球を形どる福禄の宝珠。 それは、護り手を要すことはなく、人から隔されることを是とされてきた宝珠である。 ――――その力は、人の生命を力とするのではないか。 代々の結賀の主は名前の真理にそう内心畏れながらも、ただ諾とそれを守り続けた。それを許すだけの平穏な時間が結賀にあったからかもしれない。 己が為に使うことがなければ、福禄の宝珠は十二分に美しく、家宝と呼んで遜色はないものであった。 やがて、名前の意味など忘れられ、福禄の宝珠の使い途は伝承の中で失われた。そう考えられていた。 ――――火村一族が、伝承を見つけ出すまでは。 里を追われ、流浪する若き火村が偶然見つけたのは、宝珠に関する言い伝えであった。 その日を境に、狂ったように火村は福禄の宝珠を探し始めた。 赤き炎が揺らめく中で、多くの亡骸の中に膝を屈しながらも結賀の主、創(はじめ)が一つの影に対峙する。 「興月がそれを手にして何を成す。我を屠りたいだけならば、聞き届けてやるものを―――何ゆえ、かような仕打ちを!答えよ、丞之輔……!!」 ゴォ、と逆巻くような炎の舌に絡めとられながら、創が怒りの形相で子供の亡骸を突き出した。 それは文字通り突然だった。 平素と何一つ変わることない笙覇の里に、突然、シノビの一団が現れ、夜盗のように火を放ち、人々を殺戮し始めた。 興月の主であった丞之輔は、視察のため城下におりていた創の情報を掌握して先回りし、一気に追い詰めたのだ。 里に火が回る。 厳格な掟と絶大な統率力で守り続けてきた命と地が、灰塵に帰す。 「答えよ!!」 言い知れぬ絶望感と虚脱感が体を蝕むのを感じながら、創は目の前の丞之輔に怒りを叩きつける。創が奇襲で負った背の傷からは出血が止まらない。 その様子に、丞之輔は炎に高々と宝珠を透かし、満面の笑みを浮かべる。 「……城も襲ったのか……」 「お前達一族を殺ぎ、この宝珠さえ手にしていれば、我らが興月に恐るるものは何も無い。使い方も知らず飾っておるなど愚の骨頂」 「……なに、を……」 肺腑に息が溜まらない。 創が訝る眼差しを、嘲るように丞之輔が見返す。 「知らぬのか。この宝珠は、全ての繁栄を招き、滅することが出来る力を持つものだ」 「――――!」 違う、と反論しようとした。 しかし、言葉は創の喉からもう出てこない。 その傍らに、涼しげな顔をして降り立つシノビの影は、創の言葉を知っているかのように会話を切り上げる。 「引き上げまするぞ、丞之輔殿」 「うむ」 隻眼の男、火村の一言に、鷹揚に丞之輔が頷いた。 (唆したのは、お前か…!) 苦しい息の下、そう恨みを訴える創の前に、丞之輔が太刀を持って歩み寄った。 鈍い音が、拍動を貫く。 炎の中に当主の亡骸が加わった。 そうして、宝珠と統率を奪われた笙覇の昏い時代が始まったのであった。 ●寿ぎを得んとするもの 「十二年もの長きにわたり……か」 現当主、樹が興月の落城の報告を受けてこぼした感想は、脳裏にまざまざとあの時を蘇らせた。 自身も怪我を負って行方知れずとされた樹が、父の死から今日に至るまで、背負ってきた重荷が半分は降りた気がした。 そして降ろしきれない残りの半分は、懸念していた福禄の宝珠が、再び持ち去られたという事実だった。 象徴としての宝珠など、と樹が疎むのと反比例をするように、丞之輔が宝珠への執着を強くしていく。 火村が何を丞之輔に吹き込んだのか。 それは樹には解らない。 「ただ、取り返さねばならぬということだけは解っているよ」 自問した答えを導き出すと、感傷を閉じ込めて思考が切り替わる。 笙覇もこのたびの戦いで満身創痍に近い。 再び興月が力を得れば、落城の戦果を帳消しにされかねない。 ――――追っ手を打つ。 湊、金城の伝令と樹の考えは一致していた。 火村が共に居るとすれば、失った兵の代わりに使うのはアヤカシ。 「魔の森……」 樹は軍配で地図上の伝文を払いのける。 東には今は使われていない砦があり、その背後には魔の森が控えている。 ミコトと照來の宝珠の力を頼らずに、火村達を見つけられるか―――それは、問いではなく、現実に突きつけられた難題であった。 しかし、湊であれば言うのだろう。火村の嘲りに報いるために。 『必ず取り戻してみせる』と。 一方の湊は、樹に伝令を送ったあとに同じように天幕の中でしばらく見取りを確認していたが、ばさりと布を跳ね除けて表に出る。 煙がくすぶる興月城を見上げた。 (あと少し。) 願いを果たして笙覇に戻る。 全てを賭して立ち向かおうと決めたのであった。 |
■参加者一覧
玖堂 柚李葉(ia0859)
20歳・女・巫
鳳・月夜(ia0919)
16歳・女・志
御凪 祥(ia5285)
23歳・男・志
アグネス・ユーリ(ib0058)
23歳・女・吟
シャンテ・ラインハルト(ib0069)
16歳・女・吟
マルカ・アルフォレスタ(ib4596)
15歳・女・騎 |
■リプレイ本文 ●畏れとの邂逅 魔の森は瘴気に満ちて、樹木の生長に必要な陽の光さえ、異端と拒んでいた。 手元に落ちるほの暗い影は、密林の梢だけが作り出したものではないだろう。 目に見えぬ瘴気が覆いかぶさっているかのように、開拓者には思えた。 人を探すには、不似合いな場所。 生きているものがいれば、それはアヤカシに狙われるだけだというのに――― そう揶揄される魔の森へ、丞之輔らを追って躊躇いもなく七人は足を踏み入れる。 そう決断させた切欠は、城を放棄し、火村が追った丞之輔の足取りの調査だった。 宝珠とつながる目となるミコトがいない。 丞之輔の手元にあることまで確認された福禄の宝珠へ、一刻も早く捜索を進めたい所だ。 そんな湊が拙速に飛びだそうとするのを諌めるように、魔の森へ踏み込む前にごく短時間でも砦を調べ、逃亡した証拠を探すことを開拓者達は提案した。 「…ここへ来た手がかりがあるかもしれないわ」 アグネス・ユーリ(ib0058)が目を凝らし、今は放置され、うらぶれた砦を調査する。 佐伯 柚李葉(ia0859)がカンテラをかざし、マルカ・アルフォレスタ(ib4596)が埃のつもり具合を確認する。使った足跡がないか。罠がないか―― 「時間はかけられませんが、出来る限り見てみましょう」 マルカの声かけに、アグネス、柚子葉がコクリと頷く。 足を踏み入れながら、廊下の一角、光のあたる埃の中にすうと一条の線を見つけたのはアグネスだった。 「…線……」 打たれたように振り返って三人が入り口を振り返る。通ってきた戸板を外して床に置いたに違いない。敷居には元より埃のたまりが少ないが、戸板が重なる部分にはよく見ると土が着いている。 足跡を残すことを常に警戒し、戸板を外し、戸口の守りを無視してもいいだけの人物。 火村という人間を知っている湊達にとっては、疑いようもなかった。 「…ここからアヤカシを調達に森へいったか」 「…匂い袋といい、一体どういう経緯で手に入れた技術でしょう……」 湊の懸念にシャンテ・ラインハルト(ib0069)が小さく呻くように呟いた。魔の森へと出かけるほかはないが、厄介な敵であることを物語っていた。 カサコソと葉摺れの音はすれど、顔を出すのは、動物ではないもの。異形の弱いアヤカシが、前を行くマルカと鳳・月夜(ia0919)に撃ち払われる。 「湊…気をつけて」 後ろに湊を庇うようにしてぴりと月夜が神経を尖らせる。湊が同行するのを止めようとも考えたが、それを止めた。 代わりに、手に巻いていた紐輪を一つ、湊にお守りとして渡した。 (無事に帰らせる。) 湊を取り巻く開拓者達の思いは一つであった。 湊の横を歩く柚子葉も、森の奥に入るにつれて濃くなる瘴気を感じながら、気配を感じ取ろうと懸命であった。 (ミコトさんに比べたら、これ位…) 点在する塊をかき分け、読み取ろうとするように微かに柚子葉の手が動く。 シャンテが目を閉じて聴覚を研ぐと、さざなみのように幾重にも広がる音を選別する。二足のものと四足のもの、それ以外のもの。 先に入った二人を捕まえようとシャンテが更に深く息を吐く。 「…………」 隊列の中央にいる湊が、張り詰めた空気に息を呑みながら歩を進める。 (相手も息を潜めて、この奥にいる。) 全員がそう思いながら、森を進んでいく。見えないものに圧されるような肌の感触。 アグネスが障害物だらけの森をひたりと足音もさせずに渡ってみせて、前を行く者達の様子に気を配る。 反射的に繰り出すアグネスの刃は、小物のアヤカシを追い払うに留め、深追いはしない。今後の体力の温存も考えていた。 最後尾をやや離れて歩く御凪 祥(ia5285)は思考を詰めながら、先行する一陣を見つめていた。 ――――唆されるだけの弱みが…負い目や欲望があるから悪いのだ。 火村の言葉が繰り返される。 (結賀も、とは。どういう意味だ……) 祥と同じく火村の言葉に引っかかりを覚えているのは、月夜だった。 (何者なの…そしてあの力は人間が持てる力なの?) 問いの答えを持っているのは、他ならぬ火村本人…捕まえなければ話を聞くことも出来ない。 そうやって祥と月夜が思い直しては、火村と丞之輔の姿を森に探すのであった。 ほつ、と腐葉土を穿つ音。 ほつ。 ほつほつほつ。 雨音のように散逸し、連続するその乾いた音と瘴気の動きが重なる。明らかな瘴気の塊が滑らかに地を滑って、蔦の絡まる茂みの先、一同の先を塞ぐ。 「…二体います……!」 柚子葉が苦しげに言った声に反応した湊が、敵の出現に構える。 「湊、下がらないで。離れないで」 月夜が九字切を斜に構えた。 マルカが湊達の様子を振り返って一つ頷くと、決意を込めたように深緑の壁を裂いた。 「…やはりお前達か」 枝ごと切って落とされた幕の奥で、眼帯の男が皮肉な笑みを浮かべた。そのやや後ろには桐の箱を脇に持つ堅強な体躯の男が、一行を睥睨している。 「丞之輔……!」 湊がその男を睨み返し、ぎりと唇を噛んだ。 「大きゅうなったな。死に損ねの結賀の餓鬼共が追っ手とは…皮肉な話だ」 丞之輔が目を細めてゆっくりと太刀を抜いた。 「許さない…お前達を許すものか。その宝珠を返せ!」 「―――互いに暫くぶりの対面、だが、昔話などしている時間はないぞ?」 二人の様子を可笑しく見守っていた火村が身を屈めて樹上へと跳躍した。左右から八本の脚をもつ大蜘蛛が現れた。一番前の一対の脚にそれぞれ金と銀の鎌を備えている。胸部から伸びる長い脚が丞之輔の姿を匿うように視界から遮る。 「待て!!」 「湊!」 「湊様!」 叫んだ湊の首を掻き切るかのように金銀の鎌が弧を描く。湊の前でそれを防いだのはマルカの槍と月夜の陰陽刀。 跳ね返りあう衝撃と振動が得物から二人の腕に伝わる。長い脚を右に左に凪ぎながら前へ出る。 「すまない!マルカ、月夜!」 湊も自身を狙う攻撃を精一杯太刀で受け流す。遠のく丞之輔の姿に焦りつつも、我に返った。 蜘蛛の腹から噴出される糸が木々の間で足場を作り、開拓者達の逃げ場を塞ぐ。粘着性のある糸に捉まったら標的にされるだろう。 更に、追い撃ちをかけるのは火村の棒手裏剣だった。攻めきろうとすると横槍を入れてくる。湊への攻撃も執拗だ。 「…卑怯ですわ……!」 叩き落としながら、肩を掠めた傷に怒りを覚えたマルカが瞳を閃かせる。己が刃に力を与えるよう詠唱が始まる。 すぐ後ろに網のように糸が張られていることを承知でマルカが触れた。 振動に気づいた蜘蛛が糸を噴きつけようと体を翻す。 その瞬間を狙って、マルカの柄が片側の脚を掬い上げた。摺り合わせるようにして巻き込み、脚の付け根、鋼のような黒い胸部を狙う。蜘蛛の脳はそこに在る。 (止めてみせますわ―――) ザン、と突き立った槍に、のたうつように金の鎌と蜘蛛の足が踊る。 その隙に柚子葉がナイフでマルカから糸を取り除き、月夜と湊が討伐に助太刀する。 火村の手中でシャリ、と棒手裏剣が鳴った。 (貰った―――) 内心、火村が快哉を叫ぶ。 しかし、次の瞬間。 「依頼人に手出しは御免だわ」 集中が途切れた火村の背後を取ったアグネスの声が響いた。 「…小癪な…っ」 湊に投擲される筈の棒手裏剣が、アグネスの影だけを貫く。跳躍したアグネスの反撃が火村の脚を狙って打ち降ろされる。 貫くと思えた感覚は、寸手で消えた。驚いたアグネスが顔を上げる。 ぶれた火村の姿が、アグネスからあと少しの距離で再び輪郭を重ねた。 落ち着きを取り戻した火村が遊撃に出たアグネスを認めて、成程、と呟く。 忍刀に手をかけて、火村はアグネスと対峙した。 ●禍の交錯 樹上の競っては離れる二人のやり取りを視界に納めていたのは祥とシャンテだった。人間の存在を感じてアヤカシが集まってくるのを防ぐ為、シャンテがフルートに意志を吹き込む。 響き渡る旋律は、近寄る瘴気を拒み、森で強まるアヤカシの力を抑えようと降り注ぐ。 一匹を倒したが、息つく間もなく前衛陣にもう一匹の大蜘蛛が近寄る。湊が振り返りざま、払おうと半身を捻った。 なんとか腕に傷を負いつつ防いだ一撃。その湊の足元に糸が絡む。 続けざまの銀の鎌が、体勢を崩した湊の喉元へと穿たれんとする。 間に合わない―――― そう思った次の刹那。ほとばしるのは緋の残像。 「……調子にのるのも、そこまでだ」 祥が銀色の鎌を弾いて湊を助けに割って入る。その眼光は蜘蛛の向こうにいる火村に向けられている。 「聞きたい事が山ほどある。邪魔するものは斬る―――」 舞靭槍がしなやかに撓みながら蜘蛛の脚を的確に切り落とす。驚きに後退する蜘蛛に祥が間合を詰める。 追いついた仲間が湊を庇って陣形を立て直す。 「此方にかまわず、倒してください」 シャンテの曲が祥の背へと力を注ぎこむ。ふわりと体が軽くなるような感覚と共に、祥が集中を高めていく。片足に重心を移しながら、柄で脚を跳ね上げた。空いた胸部にすかさず雷撃を打ち込む。 月夜が止まった蜘蛛の前に躍り出る。近接してその巨躯に九字切を埋め、腕を引き寄せる。 突き刺した蜘蛛の背を踏み台にした祥と同じく、樹上の火村へ迫るのを月夜が追随する。 アグネスが二人の動きに気づいて体を引く。 「逃さん!」 交錯する祥と月夜から放たれる、火村の死角となる右からの素早い投擲。 「―――何ッ?!」 火村が避けきれずに傷を被る。落ちる体を糸引くように火花が追った。 脚を庇いながらもすぐさま着地をして火村が走る。 だが、祥と月夜がすかさず追う。アグネスはナイフを構えて動きの鈍い蜘蛛に飛び降りた。とどめを刺すことに協力すると、そのまま追撃に合流する。 地の利が火村にあるとしても、怪我を恐れず迎撃に出た開拓者の勢いは止まらない。 「くっ!」 火村が、短く刻んでくる祥の切っ先を避け、退けようと反撃する。しかし祥は敢えて致命傷意外を体に受けてでも槍を繰り出し、火村の動きを止めようと前へ出る。 互いに血を散らしつつ、拮抗する。 ―――腕を穿てば攻撃が、脚を貫けば逃走が止まる。 譲れぬ戦いに慣れているのは、開拓者である。 「残像を捕らえるのは私には無理…でも」 月夜が嵐のような攻防の中に飛び込んで、火村の背から迫る。反転した火村の攻撃を腕に受けながら、引き換えに降魔刀で火村の肩を切り裂く。 立て続けに、滑り込んだアグネスが火村の脚を捕らえた。 祥の槍が煌き、火村の腿から背中を大きく斜めに斬りつける。 どう、と初めて音を立てて火村が崩れた。 思い通り動かぬ体を厭いながら火村は苦悶の呻きをあげたのであった。 蜘蛛へととどめを刺したマルカが槍を引き戻しながら、丞之輔の前に立ちはだかる。唯一の同行者を搦めとられた興月の主にピタリと穂先は差し向けられる。 「貴方が何ゆえに宝珠を望んだのかはわかりませんが、もはや勝ちは御座いません。貴方も一城の主ならばこれ以上、興月の民に犠牲を出さないためにも潔く負けを認めなさいませ」 マルカの声が朗と響き渡る。民の為に主は働かなければならない。城を易く明け渡す所業を恥じるべきであった。 が、丞之輔は眉根を寄せ神妙にマルカの言葉を聞いていたかと思うと、達観を示すように大笑した。 「負け? 何が負けだ。笙覇も…やがては武天も、この儀さえも支配するのだ。その為になら興月の民は喜んで犠牲になろう。今の儂には、この宝珠の力がありさえすればいい」 箱をかなぐり捨て、己が頼みとする宝珠を抱えると、剣を持つ片手を真っ直ぐ前に伸ばした。 「道を空けぃ!」 「――――興月を失って何のための宝珠ですか」 シャンテが道を空けるはずもなく、強い口調で糾弾した。 「宝珠…帰りたがっています。返してください」 (在るべき場所を決めるのは…決めるのは) 柚子葉も一歩踏み出してナイフを持つ手に力を込める。 「退かぬか――」 道理を説くシャンテと柚子葉に、委細構わず丞之輔が突っ込んでくる。二人の横を、後ろからマルカと湊が抜ける。 狙うのは、宝珠を抱える丞之輔の腕。 ちらと丞之輔が見たのは、湊の太刀筋。挟撃をくぐり、すり抜けざま剛力で湊を刃ごと押し返す。 「湊様の悲願、叶えてみせますわ!」 残る足を軸に引き戻したマルカの石突が、丞之輔の懐を突く。 短い息と共に、宝珠が丞之輔の手から滑り落ちた。先を争うように、湊と丞之輔が宝珠へ手を伸ばす――― 「返してもらう」 「よせ!」 僅差で宝珠に触れた湊に、捕縛された火村の血相が変わった。 「………!!」 湊が目を見張る。どく、と鼓動が大きく跳ねて止まったように思えた。 宝珠を持つ手が感覚を失う。強い願いを聞き届けるように湊の血を触媒にして、福禄の宝珠が淡く輝く。 体の奥底で、魂が遊離する。 波動のように、空気が揺らめくと木の陰にいた小さなアヤカシが瘴気になって霧散した。 丞之輔が驚愕する。 ―――みなと、ダメ! ミコトの声が聞こえた。湊の意識が現実に押し戻される。 「………あ…ぁ……」 自力で立っていられない程の脱力に見舞われ、膝を折る湊の手から、丞之輔がすかさず宝珠を奪い返す。 「…何故だ…何故―――」 ギッと丞之輔が宝珠を手にして憤怒の形相で問いかけた相手は、火村であった。 「どういうことだ。手にしただけで…?! 全知全能なる力は、万人もの血の贖いで得られるものではなかったのか!」 「………」 火村が沈黙で応える。 「謀ったのか。おのれ、火村ぁ!!!」 「ふん…二つの宝珠の力を一気に得ようと混血を目論んだ結賀。疑心暗鬼と欲に目が眩んだ興月…所詮、同じ穴の狢よ。ぬしらが覇権を争っている傍で、取って代わろうと隙を窺っておったのだ。…あと一歩のところを……」 「それが本心か――」 裏切りの代償に気づかされ、恨みをぶつける丞之輔の声。 観念したように喉の奥で笑う火村の声。それを聞きながら湊はぐらりと揺れる。 「湊さん!」 柚子葉が駆け寄り、精霊に願って回復を試みる。 (どう…したんだ) 宝珠は湊から大きく生命力を奪っていた。 (これが宝珠の力なのか) まともに使えばとても生命を保っていられはしない。そしてそれが使えるのは己ひとりだと火村は告げているのか。 ―――樹の地位を脅かす存在になどなりたくない。 そう思いながら湊の指先は真っ白になりながら地を掴む。 「…く…」 丞之輔が湊と宝珠を交互に見て、低く唸る。やがて突破を諦めて踵を返した。 湊を守る為に開拓者は傍を離れないと踏んだのだろう。丞之輔は引き返せぬ道を再び選び取る。 そうして、丞之輔の手に治まった宝珠は、丞之輔と共に魔の森から消えたのであった。 |