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■オープニング本文 前回のリプレイを見る ●戦火の群像 「まさか結賀に攻められるとはな…」 酒を並々と満たした杯を勢いよくあおる無骨な男。 胡坐をかいて向き合って眺めているのは、幾重にも絹が敷き詰められた台座に治まる宝珠だ。 ――――蛙の子は蛙。 空になった杯は床に投げ捨てられ、砕け散る。そのまま興月の主、丞之輔(じょうのすけ)は徳利を引き寄せてニヤリと笑い、酒を勢いよく流し込む。 (儂も焼きが回ったか。あの若造共にそんな気骨があるとは思わなんだ) 結賀の前当主を貫いた感覚を思い出す。 厳格さと古きしきたりという統率力を用いて、丈豊を脅かすのではないかと思わせた。攻めてくるつもりがなくても、叩かねばならぬと思わせる相手であった。 今一度ねじ伏せる。 宝珠に、静かに刀を抜き放つ興月の当主の姿が映る。 福禄の宝珠――これを求めて、あれほど岩のように守りだけを決めこんでいた笙覇が腰を上げた。使い途を知らずとも、象徴として必要なのだろう。 転々と宝珠の隠し場所を変えてはいたが、不穏な動きの報告がある矢先、その一つであった朧月楼が制圧された。 敵には伴野までくれてやった。 極言すればこの城一つ、囮にくれてやっても構わぬ。その為に死力をあげれば、結賀の若造共は姿を現すだろう。 此方には、まだ頼みとする力がある。 丞之輔は薄い笑みを浮かべるのであった。 「ふん…やはり厄介だな」 開拓者と刃を交え、その力を確かめ城へ戻ってきた火村はそう呟いた。注がれる力が、目的地を精確に得れば、それらは確実に火村たちを脅かす。 開拓者に照來の宝珠からの情報を与えてはならない。 「かの者、一度は我らが元に得ておきながら…。悔やまれまする」 傍に控えていたシノビの手下が頭を垂れる。ミコトを幽閉しておきながら、使役できなかった事を惜しんでいるらしい。 「アレは照來の宝珠の欠片の力を測ろうと生かしていたのだ。仕方あるまい。笙覇が照來の宝珠と護り手を揃える事は予想外だった……だが」 そこで言葉を切って、隻眼の男は考えを巡らした。 「―――探していたものはあやつらが全て持っている。追ってくるならその時に奪えばよい。それで帳尻は合う」 隻眼の男は冷ややかに言った。 火村が興月家に与しているのは、権力を持たぬ火村の一族がのし上がる目的のためだった。武力を最も頼みとする興月に、表面上従うのはそれまでの関係と割り切っていた。 「主上の周りと福禄の宝珠の守りを固めよ。迎え撃つ」 飛空船が乗り込んでくる。 火村の手下は短く頷くと姿を消した。 「―――奪ってやろうじゃないか。互いにそれが望みだ」 皮肉な状況を楽しむように火村が口の端を上げた。 ●戻れぬ道 時はやや前後して。 金城の乗船している飛空船は、白蛇を撃破した開拓者を見届けて高度を上げていた。 湊の姿が見えたことも報告されている。伴野での一部始終を踏まえて、金城は飛空船に進むよう指示をしたのだ。 「一度降りられなくてよいのですか」 「よい。このまま興月の城へ向かう。後に続く者の為に道を開け」 「しかし……湊様を」 僭越ながらと付け加え、操縦を指揮している兵が湊の乗船を諭したが、金城は首を縦に振らなかった。 「長い付き合いだ。…湊…いや、湊様は全てを割り切れる性格ではないからな。それに、今この者を降ろすわけには行かない」 金城がミコトをちらりと見た。 風に乗って聞こえた歌声にピクリと生気をみせたが、再び表情を戻す気配は見せなかった。ミコトが話せない以上、照來の宝珠が得ている詳しい情報はわからない。 引き合った護り手の力の結果か、宝珠にぼんやりと投影されている光景を伺い知ることしか出来ない。それでも、福禄の宝珠が近づいているせいか、点る光は強さを増している。 (宝珠はこの先に在る。今しか、我らに切り込む時機はない) ―――ミコトは自分が死守する。 きっと追って合流してくるであろう湊に、金城はそう誓う事しか出来なかった。 「湊様…お体はよろしいので?」 「大丈夫だ。それに今は、そんなことは言っていられないしな」 先に負った傷は浅くはなかったが、開拓者に少し回復をしてもらい、動きは楽になっていた。 命を落とした兵を弔うよう指示を出しながら、湊は馬をかき集めるように言う。 「馬? これからどうされるのですか?」 「全力で飛空船を追う」 残兵を全て、城へ向け率いる。湊は主上にそう伝令を出させた。 ミコトがいる限り、船は福禄の宝珠がある方向へ進んでいるのだろう。 だが、同時に、これ以上ミコトを危険に曝すわけには行かないと湊は思った。 (ミコトは安全な場所へ―――) 城まで兵を届ければ、後は混戦になりそうだ。 宝珠を巡り、各々がせめぎあう。 その前哨戦が始まろうとしている。 |
■参加者一覧
玖堂 柚李葉(ia0859)
20歳・女・巫
鳳・月夜(ia0919)
16歳・女・志
御凪 祥(ia5285)
23歳・男・志
アグネス・ユーリ(ib0058)
23歳・女・吟
シャンテ・ラインハルト(ib0069)
16歳・女・吟
マルカ・アルフォレスタ(ib4596)
15歳・女・騎 |
■リプレイ本文 ●迷い無き 興月の城では、突如現れた船影に臣下が浮き足立った。 「船ごと突っ込む気か!」 「いや…下がっておる。奴らは城内に着けるつもりだ」 伴野での戦果に耳を疑っていたばかりか、腰抜け呼ばわりしていた結賀に攻め込まれたことは興月にとって大きな衝撃だった。 「――火村は何をしておる?! ええぃ! 迎え撃て!!」 指揮系統が乱れている中、船が僅かばかりの砲撃をかわしながら、錨を城壁に打ち込んだ。金城の部隊は、地面が近づいていくのを息を潜めて待つ。 (みな…と…すぐ傍に来たよ。福禄の宝珠が…傍に…) ミコトの中で宝珠の情報と視覚が重なり合う。湊や、樹、金城、鈴鹿…笙覇の皆の悲しいお話。 (皆の心が呼んでる…もの。…それを返してあげて) 「…かえ、して…」 ミコトの一言を聞きとめた金城が振り返る。 ミコトの手元にある宝珠は、福禄の宝珠を手にした丞之輔を、一瞬だが鮮明に映した。 「返せ、か。奇遇だな。俺も同じ意見だ――」 ドゥ、と船は荒々しく着地した。 「御託宣だ。我らが家宝は敵の主が持つ――いざ、奪還せよ!」 金城の一言に、おお!と応えて兵達が船を飛び出していった。 「湊様、信号を撃ちますわ。短く二発、空けて一発でしたわね」 「頼む、マルカ!」 湊が先頭を譲る。正面を見据えたまま、狼煙銃を引き寄せて、マルカ・アルフォレスタ(ib4596)は両脚に力を込めた。起こした上体に風がぶつかる。 道は坂を上る。樹の枝が左右に割れて、城が現れた。 鳳・月夜(ia0919)がマルカの横に併走して、もう一歩の手で手綱を預かる。 「到着、ですわ!」 ダンダン、ダーンと狼煙銃の閃光が斜め前方へと飛び出した。 堀の橋の上には、城の騒ぎを聞きつけた兵が城外から集っていた。城を護ろうと必死である。 「無茶はしないのよ」 湊を軽く睨みながらいうと、アグネス・ユーリ(ib0058)が湊の前を護る。 門は開いてはいない、が門の向こうは騒がしい。 堀の橋で開拓者達は馬を降り、ミコト脱出の退路を確保する為に、辛うじて騎行できた結賀の兵らに、馬を預ける。 「いいコにしてて」 佐伯 柚李葉(ia0859)が馬首を撫でながら別れを惜しむと、湊に加護を付与しその傷が心配で治療を施した。 武器を携え、出来うる限りの力を、と開拓者達が己を鼓舞する。 「…ミコト、必ず助ける」 月夜が集まってくる敵を数える代わりにそう告げた。 月夜とマルカが頷きあった。 「行こう」 「ええ」 道は開く、と歩みに力を込めた。 それぞれの体が、淡く光を纏ったように湊には見えた。 「門を開け…!友軍だ」 笙覇兵は敵と切り結びながら、飛行船を中心に突破の陣を展開していた。思ったよりも早い援軍だ。 退路を確保するために、迎え入れなければならない。金城は十名の兵を開門へと差し向けた。兵が一目散に走る。 「のぼせ上がるな、笙覇!」 「待たせてはならぬ――ここは開けねばならぬ!!」 閂を抜く腕を、門兵にざくりと裂かれながら、笙覇の兵は踏み堪える。 一人、また一人と集まっては敵を片付け、閂に取りつくと、開門へと力を貸す。 伴野の戦いを知らぬものはいない。 あの者たちの力を信じて、笙覇の者は耐えることが出来る。 「邪魔…しないで!!」 月夜の声と共に、可憐な姿とは裏腹の素早い閃光が走る。確実に目の前の敵を捉えて撃破する。 (門の向こう…数は増えてる…すぐ向こうに今、十) 月夜が、刻々と変わる足取りから敵の数を試算する。後方で月夜の声を拾おうと構えていたシャンテ・ラインハルト(ib0069)の耳に届く。 シャンテはすぐに演奏できるように笛を構えていたが、ピクリとその指が動いた。冴えた聴覚が音の変化を逃すはずもない。 「開きます!」 ややあって。 ギ、ギィ―― 城門が重々しく内へ幽かに開いた。 雪崩を打つように門前の敵兵を押しのけて、マルカ、月夜、アグネスが転がり込む。 それぞれが手近の敵を一撃で沈めていく。 「風向きから考えて西奥だ。船を目指してくれ!」 湊が門兵の首に刃を向けて、叫んだ。 「…湊…」 「怪我したら承知しないわよ」 月夜とアグネスが嫌な予感に表情を曇らせたが、仲間に任せてミコトを救出に行こうと決めた。 「大丈夫。追いつく」 「あんたの大丈夫は、安売りしすぎだ」 殿を務める御凪 祥(ia5285)は湊が見ている方向を見て、笙覇の兵が橋を追いついてくるのを確かめた。橋の確保を見届ける。 「全く。考えあってのことなのか、聞きわけがないのかは知らんが、無理はするな」 「うん、善処する」 「言い方を変えられただけです、ね…」 シャンテがげんなりとして言葉を漏らす。 若干、祥の眉間の皺が深くなる。 その様子をハラハラと見守る柚子葉。 「一人で突っ走ると怪我をして。世話をかける…。けど、ある程度は心得たし、最善の方策を取っているから、俺の事は大丈夫」 「なんだその妙な自信は」 「みんなが居てくれるから大丈夫―――信用している」 「……色々と言葉を端折りすぎだ」 いずれゆっくり説教をせんとな、と言う祥に二人が同意した。 笙覇軍が追いつくのを見届けて、柚子葉が祥とシャンテにも加護を施す。 先の三人を追いかけて、湊達は石段を駆け上った。 飛行船に至るまでに、細かく折れた道の先々に敵が潜んでいた。 「‥右の角の後ろ、窺っているのが二。その先、左に折れて…人が沢山。入り乱れてる」 「飛行船のあたりかと思いますわ…」 「まずは船を目指しましょう」 シャンテが笛に唇をあてて心をかき乱す旋律を紡ぎだした。敵兵が戸惑い、手を止める。 月夜が身を躍らせて、二人を斬り伏せると、マルカが走り出して半月型に斜め前方を切り裂いた。一気に道が出来る。 笙覇の兵が安堵の表情を見せたが、すぐに新手が出現して襲い掛かる。 「ミコトはどこにいるの?!」 ヒラリと踊るように跳躍して、敵兵の背中から痛烈な打撃を打ち込み、アグネスが笙覇の兵に尋ねる。 「…!」 笙覇の兵が躊躇している間に、そこに居た二人をのしたアグネスが、手を払いながら、ん?と再度尋ねる。 「す、すぐ先の飛行船に――金城様と一緒に」 「ありがと。…じゃあ、ここは引き受けるわ」 後半の一言に冷たさを纏いながら、アグネスは続々と現れてくる敵を睨みつけた。 「数が多そうだな。ここが抑えどころか」 「あら祥。一緒ね」 「憂いは断つに限る―――」 追い縋るものは討つ。ぞろぞろと追ってくる敵に向かって祥が槍を構えて地を蹴った。重量の載った穂先をいとも簡単に捌いて鎧など無用に切り裂いていく。 数を頼みに襲いかかるが、雷を放つ一撃がそれを吹き飛ばす。一連の動きは流線を描き、極めて無駄がない。 「さっさと片付けましょ」 アグネスのナイフが細い指先からきらりと光を反射した。空をひらりと舞いながら、しなやかな仕草で急所を捉えていく。 二人に後ろを任せて、残りの開拓者と湊は船へと急ぐ。 ●再会 「宝珠とそいつを渡せ…」 「生憎と、それだけはできない相談だ」 金城がミコトを背に庇って刀を抜いた。 飛空船に残しておいた手勢は五人。湊と思われる到着の合図に安堵したのも束の間、守る城を放棄したかのように、シノビが飛行船内に進入してきた。 一人、二人、とシノビが呼子笛に集まり手勢は倒された。 船外の守りは果てたのだろう――― 「従え」 短い命令に反するように金城は目を瞑った。間合まであと一歩。 「従っても何も残らぬ――」 そう、短く息を詰めたとき。 ガキィン、と刃が鬩ぐ音がした。 金城が瞠目した。 次の瞬間、船内に響いたのは湊の声だった。 「金城!ミコトを連れて出ろ…!」 「湊!」 マルカと月夜の刃が湊の前から黒影を追い払う。 「伴野から…真逆!」 シノビの苦し紛れの手裏剣を金城が弾いた。ミコトを外へ連れ出す。 「もう…誰にもミコトを利用させたりしない」 月夜の双眸に殺意が点る。 「我がアルフォレスタ家の命と誇りにかけて、ミコト様は必ず守って見せますわ!」 マルカが勇猛に間合を詰め、退かせる。 (みなと…みん、な…?) 視界を得ているミコトにさざ波のように自我が波打つ。 「ミコト!」 湊が手を伸ばして、ミコトを抱き寄せた。物言わぬさまに、今一度唇をかみ締めながら、背に庇う。 ミコトの呆然とした様子に、シャンテがきつく笛を握り締めた。 (一度届かなかったくらいで、諦めません…一度で駄目なら、届くまで、何度でも) 今まで一緒にいて、それが一番大事なことだとシャンテは思った。 ―――聞く者は須らく、聞こし召せ。 シャンテの内なる声をのせた旋律に精霊が騒ぎ始め、聴覚を尖らせているシノビの動きが鈍る。 開拓者の反撃が始まった。 忍刀が鋭い角度から放たれるも、マルカの槍は柔軟に柄で受け止める。月夜が跳ね上げる切っ先をシノビの直刀が驚きながら受け止めた。 開拓者の奮迅の働きに、シノビが気圧される。 退きつつも、ミコトを奪おうとする素振には、柚子葉から精霊砲が放たれた。シノビを近づかせまいと緊張した面持ちで動きを見張っている。 シャンテの音が、閉ざそうとしていた忍びの意識下へと潜り込む。 「…厄介な!」 笛の音を止めようとシャンテに苦無を放つが、かろうじて湊が打ち落とす。 「照來の宝珠をよこせ、結賀!」 「もう失うのは御免だ!」 脚を狙う苦無を甘受しつつ、湊を狙って突出してきたシノビに袈裟懸けに太刀を振るう。マルカが湊の前に割って入ると追撃を放つ。シノビが刃で受けきれず、今度こそ右肩から大きく傷を受けた。反撃をグラーシーザで凌ぐと、マルカが大きく踏み込む。 力で競り合うことはシノビにとって不利。 両者が数手でそう気づいた時点で、マルカの槍がシノビを貫いた。 そこへアグネスと祥が駆けつけた。 「ミコト!」 アグネスがミコトの姿を認めると力一杯に抱きしめた。 「…ミコト、聞こえる?」 (皆…一緒にいるのよ、此処に) ―――帰ろう。 一緒に帰って、また皆で歌を歌おう。 アグネスがミコトの手から宝珠を取り除いて布でくるんだ。 「柚子葉、お願い」 ミコトの髪を整えてやると、アグネスが宝珠と共に預けた。 「わかりました……ミコトさん、これから此処を離れるの、伝える事はありますか?」 冷たい手を取りながら、柚子葉が懸命に話しかける。 「…………」 微かに唇が動いたかに見えたが、返答がない。 「待て!そいつを渡せ!」 「渡す道理は無いと言っている!」 祥の左手が裂帛の気合で一撃を放つ。容赦のない切っ先は雷を放ちながらシノビの肩を深く切り裂いて灼く。シノビが呻いた。すかさず右脚を踏み込み、突きで忍刀を叩き落して、躊躇無く貫いた。 「後は心配するな」 柚子葉は祥の言葉に強く頷くと、ミコトの腕をとった。肩を入れて支えて庇いながら歩を早める。城門まで戻れば、馬が待っている。 「追え!逃すな!」 城の守りを放棄して、火村一族と思われるシノビは、ミコトと宝珠を狙って追い縋る。 「追わせない!」 アグネスが跳躍すると近くにいたシノビの眼前に躍り出た。追いついた月夜ももう一人に斬りかかる。 足止めをくらって、シノビが低く怨嗟の声を発する。 黒装束の目元が自身らの不手際に吊り上った。 これでは、再び手中に収めた筈の玉が転げ落ちる。 「何をやって遊んでおる!」 二人のシノビの背後に、腕を組んでそう言い放つ眼帯の男が現れた。 「火村……」 祥と湊が得物を持つ手に力を篭めた。 一般人ではないが、何処か瘴気が染み付いているような気配だった。 火村は鼻をならし、次いで、己の見込みの正しさに嫌気が差すように笑った。 そのまま姿が二重になったかと思うと、湊へと棒手裏剣を投擲した。 「!」 アグネスが身を呈して湊を庇う。 音を立てて棒手裏剣は地面に突き立った。アグネスがそれを見て慄然とする。致命傷ではなく、急所だけを突いてくる。 位置を変えて火村が投擲を繰り返す。それを何とか弾き落としながら、開拓者が捕らえようと放った攻撃は、幾重かの幻の一つを切り裂く。火村は幻影と投擲で撹乱した。 動きが早い。 シャリ、と棒手裏剣を重ねて開く音を立てるのは、まだある余裕のなす業か。 二人のシノビも火村の攻撃で余裕ができた。開拓者を討ち取ろうと一撃離脱を繰り返す。 だが、開拓者と湊はミコトの避難が出来るまではと耐え抜く。退路を確保しなければならなかった。 「一人たりとて帰さぬ」 「火村…許さん。興月を唆し宝珠を奪うなど―――結賀、笙覇の悲しみと恨みを思い知らせてやる!」 「責められることなど何もない。興月も結賀も、唆されるだけの弱みが…負い目や欲望があるから悪いのだ。結賀の今一人の後継者よ」 そして、と火村が朗とした声を潜めて続けた。 「己が家宝とて守れぬくせに何を言う…」 火村が湊に言い放って、忍刀を抜刀した。 鈍く光る刃は、笙覇で多くの血を吸っていた。 湊がじりとつま先に体重を移動した。開拓者達も重心を低くして打って出る機会を窺った。 息を呑む。 一触即発―――― 果たして、その戦いに無情にも飛び込んできたのは、高い呼子の音。 興月の城に一つ、火の手が上がった。 「………何……。く…運のいい奴らだ」 火村の表情が変わる。 口惜しそうに視線を外すと、シノビ達が張った煙幕に取り紛れる。 火村とシノビ二人が消え去った。 「何が…」 「宝珠が城から移動した、と―――」 シャンテが驚きながら、敵から微かに聞き咎めた内容を繰り返した。 主の丞之輔は城一つを放棄するつもりなのか。 全員が信じられない面持ちで見上げた。 それほどに、興月の主と火村にとって宝珠が大切だと知らされた気がした。 馬上の柚子葉が、後ろ髪を引かれる思いで手綱を携えていた。 しかし、今は前だけを向いて走り続ける。少しでも遠くへ。 「大丈夫。また声を聞かせてくださいね」 ミコトに覆いかぶさるようにして護りながら、柚子葉が引き上げる。 (なつかしい音…うた?…ふえ?……あぐねす…しゃんて………!) ミコトが小さな体の中で叫んでいた。 (ああ、生きていた、湊………!) 語りかけてくれる柚子葉の声と温かい力に不安を溶かれつつ、やがて泣き疲れたかのようにミコトの精神は眠りについた。 落城を知り、金城の船が負傷兵を乗せて城を離れた。開拓者は馬で柚子葉達を追って引き上げる。 興月は照來の宝珠とミコトを搦めとることができず、開拓者に結果、退けられた。ミコトと宝珠は笙覇軍の懐へ再び戻され、戦線へは出ないだろう。 ミコトを取り返せた成功に湊は胸を撫で下ろした。 落城の報に、興月が怖気づいたという声もあがる。 だが戦った湊や開拓者達にはそう思えなかった。此処ではないところへ追ってこいといわれている気がした。 笙覇の民と結賀の悲願まであと少し――― 仮初めの勝利に包まれながら、結賀の因縁を知る者は固唾を呑んで見守っていた。 |