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■オープニング本文 シャン。 ケを払い、神聖さがいや増す空間に白装束の少女が佇む。 シャンシャンシャン…。 無垢なる稚児らの持つ鈴が激しく鳴り始める。 少女はやや緊張で青ざめた面持ちで大麻(おおぬさ)を手にし、前に進み出た。左右に紙垂(しで)を三度振り、畏みながら頭を垂れる。その流れる髪色は銀。再び起こした瞳は閉ざされたまま正面を向いている。 その視力を失っていることなど、さして問題はない立ち居振る舞いだった。 部屋の中央の三宝に収まっているのは、庵盛からの預かり物の『照來の宝珠』だ。 真球から分かたれたその一片は、代々銀の髪の少女の家系に護り手という遠見の力として宿り続けた。 宝珠から離れる事は光を奪い、宝珠と共に在る事は光を得る。 ただ一言、共存関係と言えない理由は、圧倒的な支配力を宝珠側が有していたことにある。 その力を護り手の意志で望むまま、願うままに逆手に得ることがどれほど至難か、誰も正しく理解していなかった――― 長く、己ではないような夢を見ていた。 滲んで霞んだ意識をかき集め、どうにか湊という人間を成して目を覚ましたのは、銃弾を腹に受けてから二週間以上が経った日だった。 「…………っ…」 起き上がろうとすると勿論、腹筋が悲鳴を上げた。腕の一つもあがらないかと思ったが、手を掴んでいたのは鈴鹿である。 「―――湊様?! あぁ…ああ…ッ!! よかった!! 湊様が目を覚ました! すぐに金城様に連絡を」 湊の変化に気づいた鈴鹿は、看病疲れで悄然としていた侍女たちを急かす。 そして湊を覗き込むとわざとゆっくりと尋ねる。 「湊様、どこまで覚えていらっしゃいますか」 「……朧月楼を奪還…しに……」 声が喉に絡んで上手く出ない。湊の身体のどこもかしこもぎこちない。 うっすらと記憶の糸口をたどりながら、湊は自分の名を呼んでいた開拓者の顔を思い出した。 「…みんな…は、無事……か?」 「負傷はされましたが、開拓者の方々は皆様無事です。朧月楼を見事奪還できたのは何よりでした。ですが、湊様がこのような状態になって………正直、もう駄目かと思いました」 小姓である鈴鹿の表情がいつになく寂しげである。 「―――……?」 「主上は『湊を失った』と嘆かれ…手のつけられる状態ではなかったのです」 「俺も一兵だって……事前に話していた。そんなことは戦いの上では分かっていたことだ」 幾重にも巻かれた包帯に手を添えつつ、鈴鹿の手を借りて湊が起き上がる。 鈴鹿が戦装束であることに今更ながら湊は気がついた。 言葉を呑む湊の眼前でゆっくりと鈴鹿が頭を振る。 「分かっていたはず、と現実になってしまったこと、は受け止め方が違います。内からの崩落を許さぬ力を蓄えるまで、主上はどのような辛苦にも耐えるつもりでいらっしゃいました」 そこで鈴鹿が一旦言葉を切る。 何故、鈴鹿が過去形で語るのか。嫌な考えがぐるぐると脳裏を駆け巡る。 「主上は?!」 「戦を指揮しておられます。金城様も出られました。私も湊様を見舞ったら主上の元へ戻るつもりでおりました。結賀は朧月楼を足がかりに兵を送り込み、補給路を確保し、戦線を東へ展開中です」 「戦が…始まっているのか」 「はい。笙覇の里の者達も動員しております。いずれ庵盛の村からも兵は募られます」 「庵盛…何故? 庵盛には丈豊の地に攻め入るに十分な理由はない」 ざわりと背筋に冷たい感覚。庵盛(あんせい)の村は、顔も思いだせぬ母と…ミコトの故郷。 「……お赦しください。庵盛の『護り手』が笙覇についたと公になったのです」 ミコト。 ミコトが。 眩暈を抑えるかのように、湊が頭に手をやった。微かに震えている。 「家宝の宝珠のありかを示すため…………」 ―――精進潔斎の上、照來の宝珠に引き合わせる――― 金城の言葉が心臓の鼓動と共に、蘇る。 あれほど、ミコトを宿命から救いたくて。 いかようにしてでも、主上を護りたくて。 なのに―――指の隙間をすり抜けていく―――砂のように。 「ミコトは?! どこにいるんだ」 夜具を跳ね除けて立ち上がろうとして、痛みに息が詰まる。 湊を慌てて支えながらも、真っ直ぐな視線に耐え切れず、鈴鹿が俯いた。 「――――金城様と共に戦線へ。照來の宝珠に意識が取り込まれたままです…」 大切なものは皆、羽が生えたように飛び立っていくのか。 今度こそ湊は立ち上がった。 「鈴鹿。準備を手伝ってくれ」 どこに向かうのかという問いは発せられなかった。 ミコトは歌を覚えた。 言葉を音階に載せ、想いを力に変える。ひとつ、またひとつ。 それが楽しかった。嬉しかった。 だが今は、己の中が反響し、大きな共鳴の渦の中にいるようで、何も聞こえない。 映像だけはめまぐるしく流れ込んでくるのに。 (みなと…宝珠…が……) 手を伸ばせば届きそうなところに見えている。あの男が持っているのが福禄の宝珠。 どうして身体は動かないのか。 (みなと…みなとみなとみなと…!!) 狂ったように名を叫ぶ。死んでしまったなど、信じたくない。 あの昏き世界から手を差し伸べてくれたのに。 全ては無かったことになるの? また動けないのは何故? 「…痛ましい、かもしれないな」 人形のように、欠けた宝珠を抱えて動かないミコトの頬を伝うのは、一筋の涙。 それを拭うこともせず、金城はミコトが抱えた『照來の宝珠』を覗き込む。 ぼんやりと見えるのは恐らく『福禄の宝珠』のありかだ。ミコトには問いかけても返事が無い。 飛空船は丈豊の兵を押し返す自軍の頭上を越えて、敵の懐深く侵入しようとしている。 「金城様、伝令です!」 「何だ」 「伴野で交戦中の隊が白蛇のアヤカシに襲撃されました。現在至近の小隊を動員して応戦中」 「…アヤカシ?」 金城の目にうっすらと侮蔑の表情が浮かぶ。遠眼鏡で覗いていた兵も憎々しげに吐き捨てる。 「興月の奴ら、またアヤカシの力を利用するつもりだ!」 「卑怯なまねをしやがって――」 アヤカシの背後にいるのは、興月と共謀しているシノビの長、火村魁人(ひむらかいと)に違いない。アヤカシをおびき出し、利用することに長けた興月の参謀だ。武力を以て国を制する事を目論見、興月に『福禄の宝珠』を奪うよう吹聴した張本人―――。 「この船の小隊の数だけではそのあとの正面突破は望めない…旋回せよ!降着地を確保。以て、援軍の到着を待つ。笙覇の為に退くな。必ずや宝珠を持ち帰る」 「はい!」 ―――振り向くな。退くな。最後まで振りぬけ。…必ず望む場所へ辿り着かせる。 失意の中で交戦を覚悟した主上の言葉を皆が信じている。 そうやって、笙覇は永い眠りから覚めたように、丈豊へと進軍を続けているのだ。 船は興月の城を視野に納めながら旋回する。 時を待て。機を見よ。 金城は増援が来ることを信じ、伴野(ともの)の里で戦う仲間の無事を祈るのだった。 |
■参加者一覧
玖堂 柚李葉(ia0859)
20歳・女・巫
鳳・月夜(ia0919)
16歳・女・志
御凪 祥(ia5285)
23歳・男・志
アグネス・ユーリ(ib0058)
23歳・女・吟
シャンテ・ラインハルト(ib0069)
16歳・女・吟
マルカ・アルフォレスタ(ib4596)
15歳・女・騎 |
■リプレイ本文 ●それぞれの想い 敵地の伴野において、小隊を注ぎ込んではアヤカシに挫かれる戦果に、笙覇軍は焦りの色を濃くしていた。 後方に天幕を張った結賀の主、樹(たつる)は、続く報にじっと耐えている。挙げた兵を撤退させる事は結賀の存続を危うくし、引いては笙覇を失う。 「………意地、か」 考えぬようにしても、作戦を練る脳裏によぎるのは失った肉親の影であった。 「―――伝令です!」 自嘲を遮るように文字通り飛び込んできた兵に、樹は目で話すよう促す。 「湊様が意識を取り戻され、こちらに向かわれている由!」 「………湊が?……そう、か……そうか」 天を仰いで目を閉じたのは、一瞬のこと。 「主上?」 「―――金城へ送る増援部隊の指揮は湊が取ることになるだろう」 「は! では…」 「伴野へ今一度増援を送る。湊が来るまでに準備を」 結賀の主は心の奥深くの平静を取り戻した。 (傷は浅くない。だが止めても聞かぬ。そして互いに、死ぬことは許さぬ…) 伝令は、増援準備を味方に伝える為、急ぎ取って戻したのであった。 伴野の戦いにおいては、笙覇が兵力を上回るも劣勢に傾いていた。疲弊した残兵力400に対し、丈豊の兵は300。だが敵戦力にはアヤカシがついていた。 何よりアヤカシの力は圧倒的であった。 巨大な三匹の白蛇が廃墟のようになった伴野を我が物顔にのたうち、笙覇の兵を丸呑みにしていく。 異形の出で立ちはぬらりとして、並の刀や弓がほとんど役立たぬことが更に恐怖を煽る。 「畜生…」 噛まれて放り投げられた兵は、毒に侵され意識が薄れていく。 兵達は絶望の淵を覗き込んでいた。 主の元に赴いた湊は、得た情報と惨状に言葉を失った。 ―――いかなる責めも受ける。 樹は、湊に短くそう言った。 互いの立場、思い。語ることが出来るのは、生きて戻ってからであった。 先代の主を失った切っ掛けであり、因縁の宝珠を取り戻すまでは、結賀はもう止まる事は出来ない。 そう感じて湊は黙って樹の元を発った。 そして、アヤカシという特異な要素を排除するため、湊は開拓者と共に急ぎ最前線である伴野へと出向いたのであった。 ミコトはというと、係留している船に金城と共に連れられているという。 兵を率いて事態を収拾させることが先決――― そう判っていても、助けたい気持ちは募る。 落ち着かないその様子を察したのは、マルカ・アルフォレスタ(ib4596)であった。湊の視線の先を遮るように立ち、戦に集中するよう説得する。 「湊様は今隊員の皆様のお命を預かっておられるのでしょう?それを投げ捨てていかれるのですか!?それをミコト様が望んでおられるとでも?」 「わかっている、判っている…!」 湊が大きく息をつく。船を見て、納得したはずの覚悟が鈍った。 マルカに説得を受けている傍で、シャンテ・ラインハルト(ib0069)が静かにフルートを奏でた。湊の波立つ気持ちが穏やかになっていく。 「まずは湊様に落ち着いて戦線に立っていただかなくてはなりません。ミコト様の事は気になりますが…兵の皆さまの命も、同じく大事でしょう?」 シャンテが重ねて、優先すべきことを促す。 戦において、判断が危うくなる事は何より避けねばならないことだった。 「……ミコトが望んでいるか、か…」 「ご心配は解ります。直に駆けつけたいのはわたくし達も同じですわ。ですが今は一刻も早く事態を収め、憂い無くミコト様の下へ向かいましょう」 厳しい口調の後に続く言葉は、半ば哀願に近かった。マルカとて、駆けつけたい気持ちは同じだ。 「ミコトが宝珠に意識を取り込まれたが……それもこの戦も、すべて奪われた宝珠の為…」 湊が二人の意を汲んで首肯する。今は、伴野を制することが先だった。 マルカとシャンテも頷き、仲間と打ち合わせた配置につく為、踵を返す。 ―――何もかもをこの手に取り返す為に。 (宝珠も、ミコトも) そう気負う湊に、鳳・月夜(ia0919)が横に並んだ。湊の様子に考えこんだ月夜だったが、唐突に湊を抱きしめた。 「…?!」 「…元気出す。湊がそんな顔してたら、ミコトはきっと…もっと心配する」 「……そうだな、しっかりしないと」 いつも誰かに心配してもらってばかりいる湊が苦笑する。 「ミコトには私達が逢わせてあげる…約束する」 ぱっと離れて湊を見据え、それだけを言うと、月夜が持ち場へと駆けていく。 最大限の負荷を引き受けたアヤカシとの戦いが始まろうとしていた。 「どこの隊だ、あんな前に出て無茶な―――!」 「…いや、見た顔がある」 庵盛から来た兵が面を上げて呟いた。素早く散会する七人。湊だと驚く声もある。白蛇が開拓者の構えに体を引いたのを見て、期待が確信に変わった。 「ここを凌げ、増援だ!!」 隊長が声を張る。アヤカシの襲撃に逃げ腰になった笙覇の兵に微かに力が甦った。 細く広がった戦線を北側へと集め、体勢を整えようとする笙覇軍を一匹のアヤカシが追う。その鼻先に勢いよく割り込んだのは、マルカと月夜。 兵を背に、左右から容赦ない重撃を放つ。敵味方の兵からどよめきが起こった。 「退いてて。あれは私達が引き受けるから」 「あなた方は敵兵の方を!」 声だけで後ろに指示を飛ばし、猛然と二人が地を蹴って白蛇に向かっていく。 そして一匹目に追随しようとする二匹目のアヤカシの眼前をアグネス・ユーリ(ib0058)がふわりと遮る。 鎌首をもたげる白蛇にアグネスが不敵に笑った。 「こっち向いてな!」 挨拶代わりの拳が鼻先に炸裂する。 (今度こそ、最後まで護る!) 牙を剥く白蛇の狙いが定まらないよう、アグネスは素早く移動し、短銃を構える。アヤカシを個別撃破するため、一匹を離れた所へと銃撃で誘導する。 「悪いが、アンタは俺に付き合ってもらう」 言って、状況を窺っているかのような最後の一匹に、静かに穂先を突きつけたのは御凪 祥(ia5285)だ。 (ここまで付き合ったのは、俺が置いてきた願いを見届ける為だ) 決して振り返らず、湊達を追わせる気など微塵もない。 祥が発する気力に白蛇が威嚇音を発して進軍を止める。 そうしてアヤカシの援護が止んだ敵兵は、当惑した。その隙を突くように、湊が率いる増援が敵兵と切り結ぶ。 佐伯 柚李葉(ia0859)は負傷兵や毒に侵されている兵を集めるように伝えた。柚子葉の優しい唄は風となって負傷兵を包み、生きる力を与えていく。湊が無理をしない様に気遣いながらも、目の前の命を救うことに尽力して駆け回った。 そして、敵の戦馬を見つけると、その首にしがみつくようにして諌める。 「…ごめんね、お願い、乗せて!」 仲間達に連携をするには、移動手段が必要だった。柚子葉が何とか騎乗すると、梵露丸を口に含み、戦全体の状況を把握するために馬を巡らせた。 長い体躯で全てを押し潰しながら進む白蛇が、避けるように曲がりくねる様子が随所に垣間見える。 笙覇の兵ばかりを選んで襲っている。妙だ、と開拓者が気づくのに時間はかからなかった。 祥とアグネスから丈豊の兵の死体を検めるよう伝わり、湊が指図する。半信半疑で兵が敵兵の死体を検め始めると、揃って胴巻きに小さな袋を見つけた。 「ありました!」 次々と見つかる小さな袋には、一様に木の皮のようなものが入っている。拙いと思ったのか、丈豊が慌てた様にそれを手にした笙覇の兵に一気に襲いかかってくる。 「早く伝えろ!」 湊が兵に下がるよう手で合図し、秘密を見つけた笙覇軍は急いで伝えに走る。 祥は兵から結果を聞いて頷くと、風の刃で白蛇へと伸びる道を作った。線上の敵兵が凪ぎ払われる。白蛇は風刃を体に刻まれても退かずに佇んでいる。 ―――血の匂いでおびき寄せたアヤカシは、やはり匂いで操作されている。 それは、操作している人間がいる証だった。 (引きずり出してやる) 祥は打って出ることにした。牽制し、仲間の成功を待ちながら、黒幕が出てくるのを攻撃で誘い出す。祥の一振りが放つ雷撃が、白蛇の尾に突き立った。 ●昏き世界から 一匹目を短時間で倒すためには、全力かつ慎重に攻撃する必要があった。 シャンテは後ろに控えつつ、滑らかな運指で攻撃手の為に早い曲調を演奏する。そのシャンテの音が耳朶を打つと、前を衛るマルカと月夜の緊張の中に集中力が漲ってくる。白蛇は圧される場面が多くなった。 湊と兵達へと向かう白蛇の攻撃は、柚子葉の精霊砲がこれを制した。まっしぐらに飛来した精霊の力は、湊が来る衝撃に構える刃の前で白蛇の頭を狙い撃ち、視界をくらませる。 「すまない、柚子葉!」 湊は礼を言い、兵を退かせる。柚子葉が叫ぶように大きな声をあげた。 「湊さんは生きていなくちゃ、駄目なんです」 (誰だってそうだけど、でも) その命を何より望んでいるミコトを思い、柚子葉が手綱を引き絞る。 その柚子葉の思いに応えるように、湊が目の前の敵兵を斬り倒す。腕と脚が動く限り、前へ進まなければならない。 「――高邁なる騎士の魂と精神のもとに、守り抜かんことを誓う…」 朗とマルカが槍を手に誓う。 白蛇が口を大きく開いて、右側から噛みつこうとしたが、宣誓を終えたマルカの方が早かった。ぶんと両手にした槍を回転させると体を入れ替え、牙を弾く。続いて何度も襲い掛かる牙を、マルカのグラーシーザが叩き落とす。 「逃しませんわ!」 一瞬、口を閉じた白蛇の傍に自ら大きく踏み込むと、全身を載せて赤い眼に槍を突き刺した。ズブリ。手応えは十分。 ―――ギャアアア! 白蛇は大きく体を揺すると、右目から瘴気をあげ苦しむようにのたうった。 「出し惜しみ無し。一気に行くわ」 続いて、のたうつ胴を慎重に避けながら、死角に月夜が駆け寄る。降魔刀が主の感情に呼応するように淡くほのめく。風が渦巻く。揺れる白蛇の首元。 「そこ」 瞳が閃くと、奥歯をかみ締めた。月夜は白蛇の首を切り裂くように降魔刀を深く埋めた。鋭い角度で内部に達し、内側を精霊の力で灼く。 更に暴れる白蛇。ぶら下がるように月夜の体が浮いた。 「………っ」 だが、手は離さない。 (約束したんだから……!) そのまま抜かず、白蛇の体が地に着くのを待つと、逆に腕の力で捻ると横一線に切り裂いた。 深い傷に白蛇が激しく体をくねらせ、片方の眼で月夜を睨みつける。 だが、マルカが低い姿勢で潜りこむと下から頭部を突き上げた。 月夜ももう一度降魔刀を振りかざす。 頭をやられた白蛇が、ピクリとも動かなくなった。 湊は増援兵に白蛇との戦いを回避するように指示しながら、敵兵から匂い袋を奪い取り、アヤカシの力から逃れたところで、丈豊の兵との戦いに集中する。 「弓撃て!」 傷に響いて内心ヒヤリとするが、湊は刀を振りかざした。 アヤカシとの戦いは仲間達が請け負ってくれた。 (背中は守ってくれる) ―――前へ進む。伴野を制す。丈豊の、興月の懐を目指す。 思いが乗り移ったように、笙覇の軍は勢いを取り戻し始めた。 視野の端で一匹が倒れたことを知り、アグネスの跳躍が翻弄から迎撃主体へと切り替わる。駆けつけた仲間が、援護する。 「遊びの時間は終わりね」 宣告したアグネスは、短銃で顎下を撃つ。数穿たれた銃痕は白蛇の頭を低く構えさせた。 白蛇の横から飛び掛ると、振り落とされそうな胴体に手をついて、上へと跳躍する。 己の頭上へと乗られる感覚に、白蛇が頭を振ろうとする。 しかし体を捻ろうにも、その腹に開拓者二人の刃が突き立ち、混乱した。アグネスは振り落とされまいと両脚に力を入れる。 「……く…っ」 白蛇が大きく仰け反り、頭が地に対し垂直になる。凶暴な双眸がアグネスを捕らえようと動く。 (―――…一か八か) これ以上ない近接のその機会を逃すはずも無かった。 アグネスが今一度上へ這い上がると、その双眸の真ん中、眉間に当たる箇所に溜め込んだ力をのせて拳を叩き込んだ。 アグネスが落ちる。 ふつ、とアヤカシの力が抜けた。 先に回転して着地したアグネスが、落ちてくる白蛇の影を後方に飛んで避ける。 その後にドオン、と地響きのように白蛇の頭が追って落ちてきた。 「ふぅ」 汗を拭うようにアグネスが髪を払うと、仲間達ととどめを刺して祥の元へと急ぐのであった。 「そろそろ時間だ。姿を見せたらどうだ」 祥の視線は眼前の白蛇を見据えたまま、放たれる。 一人と侮っては刻まれた傷に怨嗟の声を上げるアヤカシ。理解できない存在に白蛇は一層大きく啼いた。 キィン、と脳裏に響く怪音に掻き乱されぬよう、祥が集中を高めた。耳障りな音を黙らせる為に体を低くして駆け出す。 ブォ、と祥の左後方から空気を裂いて繰り出される十字槍。その軌跡が、白蛇の首を深く抉った。そのまま切り裂く。速い。滑らかな傷口から瘴気が遅れて噴出した。 白蛇は熱いものに触れたかのように身を折り曲げる。 「―――黙っていろ」 その頭に続けざまに雷撃が落ちる。白蛇が沈黙した。が、残りの力で喰らおうと口を開く。祥がその牙を柄で受けとめ、弾く。 ―――その背後に気配。 「…………!」 殺気に祥が本能と言える速さで槍を繰り出した。 そこにいた影が飛び上がり、白蛇に乗る。三十過ぎの眼帯をした男だ。 「これは恐れ入った―――開拓者、とは」 「アンタが操っていたのか」 「命令はしていない。…だが、この力を以ってすれば、国一つ、治まるとは思わんか」 面白そうに男が祥に答える。 「――力のみで治めることができるとは思わん」 即答であった。 白蛇ごと斬り捨てようと祥の切っ先が閃く。男は刀で受ける。刃同士が鬩ぎあう。 祥の元に追いついたアグネス達もその光景を見て、緊張感を高める。白蛇の牙が祥に向かわぬよう、その間に入り援護する。 マルカ、月夜、アグネスの助太刀があれば、手負いの白蛇に勝ち目はなかった。 「流石にこの数、準備無しでは分が悪い」 祥と刃を交えたその男――火村が刀を捨て後方に跳躍し、煙幕を張った。 残ったのは、開拓者達によって討伐され、瘴気をあげる動かぬ白蛇だけであった。 笙覇軍の戦線は勢いを取り戻し、やがて伴野を制する。 興月から宝珠を取り戻すために乗り込む飛行船がゆっくりと動き出す。 シャンテがローレライの髪飾りを取り出した。誰もがあの船にいるミコトを心配し、助け出したいと願っていた。 シャンテの思いが風に乗り、船へと吹き上がる。 心に届いていますか 私の歌声は 宿命の海に揺蕩う命 旋律を灯に 今届かせ給え 辿り着くべき港へ―― (戻って、ミコト様) シャンテの歌声が届く飛行船の中で、宝珠を抱えているミコトがぴくりと動いた。 だが、再び己の意識を取り戻すことは出来なかった。 船は進む。笙覇も進む。 湊達とともに――――興月の懐へと。 |