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■オープニング本文 前回のリプレイを見る 木枯らしが吹き始めた笙覇、結賀の城内の一角。 鍛錬場で一心不乱に素振りを続けている若者が居る。 「湊、あがるぞ?」 ぞろぞろと仲間達が湊に声をかけて、鍛錬を切り上げていく。なにやらヘマをして、金城(きんじょう)から謹慎を申し渡されたようだと噂で聞くが、湊本人に聞いても詳しく話さない。 「先に行ってくれ。俺はまだやっておく」 汗が玉を結ぶが、湊は黙々と素振りを続ける。 頭に浮かんだ雑念を追い払うかのように、木刀が空気を裂いてはピタリと止まる。 結局あれから―――鈴鹿の目を盗んで庵に偵察に出たことは、救出に行った開拓者からも怒られたが、鈴鹿、金城、主上の順に散々説教を受けた。 特に今まで静観していようと努めていた主上、樹(たつる)の怒りは凄まじかった。 何もさせるな、と一喝されたが、意表をついてとりなしたのは金城であった。 ――――湊様に何もするなというのは無理な話でございます。 性格的にも、状況的にも、であろうが、随分な言われようである。しかし、湊に言い返せるはずもなかった。 行き詰まって、煮詰まって、ふらと頭をもたげたとおりにとった行動を散々怒られたのであるから。 湊にとってみれば何か心の整理がついたようだが、己の心のありようなど、話す機会もつもりもなかった。 ――――湊様には正式に謹慎として、皆の目を向けさせたほうが良いかと。 言い渡されたのは謹慎一ヶ月。 身体が復調し次第、動けるように、足手まといにならないように、それだけを思いながら機が熟すのを待つ湊であった。 若き当主を拝した結賀にあっては、興月との小競り合いが避けられず、先代を知る老臣達からは興月を討つべしと盛んに上申される。結賀の治める地のひとつ、庵盛の村からは、ミコトを渡されたいと催促が来る。笙覇の里には不協和音が流れつつある。 形ばかりといなすには、宝珠の長き不在は樹の肩に重くのしかかっていた。現当主への忠誠の統率の妨げになっているのは間違いなかった。 いっそ、庵盛から宝珠を奪ってはどうか。 朝議ではそんな物騒な話も臣下から持ち上がる。照來の宝珠を仮に据えて、威厳が保てるとでも思っているのかと金城が叱責したが、ならばと興月への進軍が口端に上るだけであった。 「‥‥宝珠、宝珠と。持てば無敵になるわけでもあるまいに―――」 頭を抱えている金城に、客人ですと侍女が声をかける。立っていたのはミコトだった。 城の中はある程度一人で動けるようになったが、金城を訪ねてきたのは初めてである。 緊張の面持ちに、何かを察したのか、金城が手ずから誘導して座らせた。 「お話が‥あるの――」 「なんでしょう」 「‥庵盛から、宝珠を借りられないかと思うの。ミコトがお願いする‥から。庵盛まで連れて行ってください」 「何を言っているんです。湊様が許さないでしょう。以前、系譜まで入手して帰ってこられたのに―――」 「けいふ‥それがあればミコトのこと分かるって‥。でも、ミコトの生活は何も変わらない」 「ご不満でも?」 ややとげを含んだ聞き方になったのは、金城らしからぬ振る舞いだ。 「ちがう。みんなが優しくて、ミコトだけ何もしていない。ミコトの中にある力を使えば、もっと、湊が探しているものが早く見つかるんじゃないかって」 ミコトは膝の上でそろえた両手を握りしめる。何か力になりたい。優しい人たちの力になりたい。小さい身体にその想いだけが詰まっている。 金城は頬杖をつき、一呼吸置いて口を開く。 「あなたが庵盛にいけば帰ってこられない。――――あなたから力を取り出せば、あなたはあなたでなくなる」 「‥‥‥やっぱり、系譜の内容は分かっているの、ね? ミコトには何故教えてくれないの?」 「‥‥簡単なことではないからですよ」 「―――――」 「はっきり申し上げて、庵盛の宝珠の力とあなたの中の欠片の力は、比べようもない。宝珠を使う者ではなく、宝珠に使われる者という覚悟をしたほうがいい。照來の宝珠の力を自在に使いこなすなど―――無理です」 「‥でも、風景が見えたもの!」 「流れ込む力にどれだけ耐えられるかは分からないでしょう」 「――‥耐える」 「?」 「頑張って耐えるもの! 湊の‥ふくろくの宝珠が見えるまで」 「そんな、無謀な誓いを誰が信じ‥」 るんですか、と言いかけて、金城が考え込む。 なにも全て否定する必要はあるまい、と。 (欠片が行こうと、欠けた宝珠が来ようと、得られるものが同じであれば‥) 「あなたにその決心はありますか?」 一計を案じ、金城の静かな声がミコトを捉える。湊に隠し、湊に秘密で庵盛に戻り、宝珠を借り受けて戻ること。 「首尾よく庵盛の宝珠を持ち帰ることができれば、あなたから宝珠の欠片を取り除くことに協力してもいい―――」 最後の言葉は、我ながらあざとく甘い言葉だと思いながら。 金城の出した条件に、ミコトはコクリと頷いた。 翌日、何もさせるなと一喝した樹に言うのである。 ――――湊様に何もするなというのは無理な話でございます。 湊には、とどまってもらわないと意味がないのだ。 ミコトの用意が整うまで。 |
■参加者一覧
玖堂 柚李葉(ia0859)
20歳・女・巫
御凪 祥(ia5285)
23歳・男・志
シャンテ・ラインハルト(ib0069)
16歳・女・吟
万里子(ib3223)
12歳・男・シ
マルカ・アルフォレスタ(ib4596)
15歳・女・騎
六車 焔迅(ib7427)
17歳・男・砲 |
■リプレイ本文 ●庵盛の護り手 準備は整い、出発は明け方を待って決行された。 護衛の依頼を受けた開拓者とミコトを乗せた飛空船は一路、結賀の城から庵盛近くの森へと飛ぶ。数人の兵が、宝珠を借り受ける交渉の間、空になる飛空船を数日の期限で待機させた。 朝日の中、身を切るような冷たさと緊張に固くなったミコトを連れ、開拓者達は庵盛の村に到着した。 先日のアヤカシの襲来で壊された部分は守りを固めようとしているようだ。柵を張り巡らす作業中の門番がミコトたちを見つけて手を翳して身を乗り出すと、報告のため姿を引っ込めた。 開門を願い入れるまでも無く、仮門は村から開けられた。 護衛として付き従う開拓者達にも見覚えがあった村人達は、ミコトが庵盛に帰ってきたのだと思い、口々に嬉しさを述べた。 これからミコトが照來の宝珠を結賀の城へ借り受けるようとしていることなど、誰も知るよしはない。 シャンテ・ラインハルト(ib0069)が、その腕につかまっているミコトの歩みが遅くなったことに気づいた。 「大丈夫ですよ。一緒にお願いしましょう」 ミコトの手にそっと手を重ねる。こちらの都合としか取られかねない申し出だが、誰かと違ってミコトが自分で金城に許可を願ったのだから、その意に沿うように協力してやろうとシャンテは思うのである。 「みこと、絶対守るから」 反対側に立つ万里子(ib3223)も小声ではあるが、ミコトに決意を伝えた。宝珠を借り受けて戻る。ミコトと宝珠が揃う、というその危険性を万里子は気にかけていた。 ミコトはその二人の言葉に力づけられるように微かに頷く。 六車 焔迅(ib7427)は静かに三人の様子とともに周囲を警戒していた。何かことがあればいつでも助けられるように。 一同は村長宅の前に連れて行ってもらい、どう説明をしようか一考する。ミコトを人質としてこの村に残して宝珠を借り受け、あとでミコトを奪回する方法もあるが―――それは、ミコト自身に危険が及ぶ可能性がある。 説得をどうするか。 考えた挙句、正攻法で正直に願い出ることに開拓者達は決めた。相手は一般人であり、志体をもつ開拓者が蹴散らすことはたやすいが、あくまで危険が及んだとき限ることにする。 村長の家に通され、座して待つ。 ややあって、慌てた足音と村長の「よく戻った」と言う声を聞いてミコトが深く頭を垂れた。 「お話があるの―――」 庵盛にとって不利でしかないこの話。簡単に終わるかどうか。 開拓者達は固唾を呑んでその行方を見守った。 庵盛は、村から消えた宝珠の護り手を探しだせず、永遠にその後継は失われたかに思われた。 そんな折、アヤカシに村が襲われるという危機に、村に居合わせた少女ミコトが示したのはまさに『光を失う者』であり、護り手としての能力の一端であった。 本人の意向もあると、結賀に一時庇護されていたミコトがやっと戻された―― そう思っていた村長の顔が、理解できない言葉に歪んだ。 「宝珠をさしだせ…と?」 「結賀の都合のいい申し出であることは分かっている。しかし、今の結賀には照來の宝珠の力が必要。照來の宝珠を貸していただきたい」 御凪 祥(ia5285)は静かな口調で反発を受け止めるように手をついた。突拍子もない申し出に村長が怒りの形相になる。 どうあっても必要であると食い下がって祥は頭を下げた。力で成すことは避けたい。勝手と取られても仕方はない、だが、興月がミコトを狙うのはわかっている。結賀と興月の争いのその害は必定、此処に及ぶのだと何度も説明し、己を制して請うた。 「結賀の者でもないものが何を言う」 「………今後の平和のために。宝珠をお貸し願いたい」 村長の言葉に祥は深く目を閉じて、それだけを重ねて言った。 「ミコトが必ず返しに来るの。湊が『福禄の宝珠』を取り戻したら必ず―――」 祥の横に並び、ミコトも一生懸命頭を下げる。 「そのような言葉、信じられまい。…庵盛は何もかも失うだけではないか!」 「…今までこの村にいなかったミコトさんをどうされたいのですか?」 モノのようなミコトの扱いに佐伯 柚李葉(ia0859)が思わず口を挟んだ。護り手が必要だとしても、その者を縛り付ける必要があるのかと疑問に思う。 「光を失う者がいなくなってしまった理由があるなら、それを教えてください。解決可能な理由であれば、それを解決いたします。それと交換条件で宝珠を貸してもらえませんか」 マルカ・アルフォレスタ(ib4596)は引き換えにできることがないか提案する。 だが、村長は首を横に振った。 「解決など過去にしかできない」 紋切調な言葉に開拓者達の心が波立った。何を秘密にしておく必要があるのか。 「ミコト様がただお一人、生き方を強いられるいわれは無いでしょう。そのようなことであれば、ミコト様の安全のために、もうこの村には寄る事はできません」 頑なになる村長に、シャンテが仕方なく連れ帰る力は開拓者に分があることを匂わせる。 「目的が叶えば、ちゃんと返すんだよ?」 万里子が唇を尖らせて主張する。 そうして、約束は守ると繰り返し言ったが、話は平行線に終わった。 護り手が帰ってくると思ったのに宝珠を貸せといわれて面食らったのか態度は硬化したままであった。 説得を重ねるには時間が無いが、互いに譲ることはできそうもなかった。 「一晩、よく考えてください」 シャンテが冷静にそういうと交渉は終わりを告げた。 互いにミコトを連れ去れることを警戒し、開拓者達はその日、村長宅の横の民家に留まることとなった。 ●影から出づる事実 「………交渉、難しい…」 焔迅が銃の手入れをしながらほう、と息をついた。 「頭に血が上っているうちは、話にはならんだろう」 祥が反対側の部屋の隅で、物思いにふけりながらそれに答える。ミコトを奥の部屋に泊まらせ、その廊下で祥と焔迅が見張りを行っている。 後ろの部屋から、ミコトが泣く声が小さく聞こえる。湊の役に立ちたいと意気込んでいたが、庵盛の人々のことをいわれるとミコトの心が痛んだ。 「みことさんには、今、他にやりたいことがあるのでしょう。この村に戻れと言われてももう少し先でいいとおもうのです。…たとえ宝珠がなくても湊さんの力になれる事、一緒に探しましょう」 柚子葉が涙を拭いてやりながらニコリと笑った。 「うん…」 ひく、とすすり上げてミコトが答えた。 (よかった。みんなが居てくれて…) そう思うと、せっかく拭いてもらったのに、涙がまた零れ落ちた。 「湊達がしあわせになって、ミコトがここに戻るのはかまわないの。ただ、今、ミコトが照來の宝珠の力を借りないと、結賀のお城はもめるし、湊はずっと無茶をするし、きっといつか死んでしまう…」 そんなのは嫌だと言ってまたひとしきり泣く。 「ミコト様…」 シャンテが抱きしめてぽんぽんと背中を叩く。 「誰もが幸せになる方法はきっと難しくて得がたいもの。だから苦しいし辛いのだと思います」 湊のために、ミコトが命をかけることは、湊にとってはつらいこと。 ここに湊がいたら、なんといって止めるだろう、と開拓者達は思わずには居られなかった。 疲れた様子のミコトに少しでも横になるように勧め、開拓者は周囲を警戒することに決めた。 物音ひとつ逃さないように万里子は聴覚を研ぎ澄ませ、柚子葉は用があるフリをして部屋の外に出ると、聞き耳を立てているものが他に居ないか探る。 世話をしてくれる村人を発見するとついでに柚子葉が話しかけてみた。 「こんばんは。村の再建は大変ですね」 「ええ、アヤカシの襲来などと恐ろしい目には二度と会いたくありません…」 「早くミコトに戻ってきてもらえば、そのようなことも回避できると期待しております」 「おい」 二人組みのうち、一人の男が早計な話だと思ったのか、気まずそうに小突く。 「皆が言っていたから、そうなんだと…他の村から移ってきた奴らもそれを期待しているし」 「他の村からも移住されているのですか?」 「はい。そのために大工も大勢呼び寄せ、このような新しいうちを沢山作っております」 庵盛は少女を迎えて山神の託宣を受け、厄災から護る。ただそれだけの噂が、アヤカシを脅威と感じる人々を呼び寄せた。 新しい人たちの流入。 柚子葉はその話を聞くと、一気に緊張感が高まり、部屋へ取って戻した。 「お食事をお持ちしました」 一人の女房が盆に馳走をこしらえてミコトの部屋に入る。塞ぎこんだ様子のミコトは黙って背を向け、俯いている。 「まぁ、灯りも小さくされて…お疲れでしょう。まず一口だけでも召し上がっては」 いいながら、懐から出してきたのは細身の小刀。灯りを継ぎ足すそぶりをして瞬時に身を翻して、ミコトに襲い掛かった―― 「ご説明願いましょうか」 その白刃をかわし、畳に突き刺さした手首をつかんだのはシャンテだった。ミコトと服を取り替えて、身代わりをかって出たのだ。 柚子葉が高く呼子笛を吹き鳴らした。 「離せ!」 女房が雰囲気を変えて荒々しく手を振りほどくと、細い帯の隙間から苦無を取り出した。シャンテもそのまま後退し、隣の間へと消える。 くノ一が追いかけて障子を開け放つと、本物のミコトを背にかばう万里子の前に、祥と焔迅がすくと立って待ち構えていた。祥の左手には片鎌槍が携えられ、焔迅は狭間筒を構えている。 どちらも狙いは定まっている。 「…興月の者だな?」 「………」 祥の問いかけに答えず、くノ一は分が悪いとみるや外に飛び出そうとした。 「同じシノビなら容赦はしないんだよ」 灯りを掲げると浮かび上がる万里子の影が、素早く伸びて動きを拘束した。捕らえたと思った。 次の瞬間、手裏剣が灯りを吹き消した。万里子の影からほどかれたくノ一が自由になる。 心眼で祥が探ると、手裏剣を投げた人物が家の軒下に潜んでいた。姿を現すと先ほどの柚子葉が話した村人の一人。もう一人の男はもう動かなくなっていた。 「どうした!」 笛の音と物音に驚いた村長が外に駆けつけてきた。 「興月のシノビですわ! ミコト様をお守りしなくては。村人の方も避難を!」 マルカが言っている側から、今度はシノビが甲高い音の笛を鳴らした。 「おまえたち…!」 二人のシノビを照らして、村長が愕然とした。村の復興に力を貸すといってくれた二人であったからだ。しかし、男が村長の背に回って無情にも苦無を突きつける。 「ミコトを返せ」 「させん」 祥が外へと飛び出した。シノビが村長を盾にする。祥の片鎌の切っ先がシノビを捉えようようとする、が村長ごと引き裂くわけにはいかない。ジリジリと間合いは詰まるが何度も穂先が止まる。 焔迅が息を吐いて、銃口をピタリと定めた。火縄が落ちる。村長を外し、シノビの肩を吹き飛ばした。 離れた機会を逃さず、踏み込んだ祥が切っ先を一閃する。後ろに跳躍しようとしたシノビが太腿部を深く裂かれて転がる。 柚子葉が村長を助け起こし、急いで加護結界を施した。 だがくノ一はいつの間にか姿を消していた。 柚李葉とマルカは顔を見合わせると村人を助けに駆け出していた。村に被害が及ぶかもしれない。 「そんな…」 後に残る村長の呟きが、庵盛の衝撃を物語っていた。 ●脆き過去 捕まえたシノビは逃げられないとみると自害し、仲間が何人居るのかも不明となった。 一晩ですっかり老け込んだ村長が交渉の場に悄然として座っている。 長い沈黙が開拓者との間に落ちる。 興月が庵盛にシノビを送り込み、宝珠とミコトを狙ったのは真実。宝珠は同じく『村人』に奪われる寸前であったが、マルカ達が祠に助けに来たのを知って引き上げたという。 ミコトは無事に守り通せたが、宝珠を護ろうとした村人が数人、マルカと柚子葉の尽力も間に合わず死傷していた。 「宝珠は無事であったが…」 宝珠が収まった桐の箱には村人の血が今だ赤黒く残っている。 ここも安全ではないのかと頭を垂れつつ、開拓者の申し出を聞き入れることにも迷いがあった。 その躊躇いを見透かしたように、マルカが立ち上がるとその髪に短刀をあてブツリと切り取った。 その髪をゆっくりと差し出す。 「約束を守る証として、わたくしの亡き両親が愛してくれたこの髪をこの村に捧げます。わたくし達を信用してくださいまし。必ず用が済めば宝珠はお返しいたします!」 やや震えながらもマルカは決然と言い放った。命を懸けて護られたものは、必ず護る。 「……………」 「結賀の家臣ではない開拓者は、信に足りぬと言われるかもしれん」 祥が正面を見据えて口を開く。昨日ついぞ呑んだ言葉をゆっくりと手繰る。 「だが、俺は己を顧みずミコトを守り助けようとする者が結賀に居る事を知っている」 私利私欲の為ではなく、他人のことだけを願う。 そんな愚直な生き方しかできない者に、一度だけ機会を与えて欲しい。 祥の言葉を聞き、何かが吹っ切れたのか、ぽつりと村長が呟いた。 「宝珠をお貸しする以上、知っておいていただきたいことがある―――」 ミコト、柚子葉、シャンテ、焔迅を順に見遣って、昨日言えずにいたことを話すときが来たと思った。 「消えた…美里は、結賀の前当主の側室として召され、この村から出た」 結賀との結びつきを強めるための密かな政略婚。庵盛の宝珠の護り手であった美里が宝珠から離れることはできず、女児が生まれれば護り手として庵盛に返すと取り決めたらしい。 しかしながら、その約束は果たされる前に、宝珠から離れて護りを受けていない美里は何者かに攫われたという。 「たしか、美里には男児がいたはず。それも今となっては生きているのかさえわからないが…攫われたあとに美里は女児―――ミコトを生んだのだろう」 ミコトは興月に囚われの身として育った自分に思い至った。照來の宝珠の力を得ようとした興月はまずミコトだけを手の内に納めていた。 「ミコトは結賀と関わりがある。庵盛とも同じく。しかし庵盛にしてみれば、反故にされた約束は、この僥倖で果たされねばならなかった―――」 そう言いながらも、逆にずいと桐箱を祥達の前に押し出した。 「兄なのかは知らぬ。だが、興月の手が及び始めた今は、全てを終わらせるために信じたものを信じるしかない」 開拓者、ひいては結賀に今託すしかない。 村長から差し出された想いに応えるべく、開拓者達は照來の宝珠を必ず返すと約束しつつ、預かることに成功した。 庵盛は空になった祠を帰還の日まで祀り続ける。 多くの人たちの命運を巻き込みながら、興月と結賀が決着をつけなければならない日が着々と近づいてきていた。 ミコトは兄と母の話を反芻しながら結賀の城へと、今ひとたび戻るのであった。 |