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■オープニング本文 ぼんやりと思い出すことは、あの温かな明かりの中に戻りたい、ということだけ。 笑いあう声と優しい空気。まどろみながら大きな手で頭を撫でられて。 さざめく声と遠のく意識。背中に当てられた手が温かくて。 誰かにもたれたまま、身体から力が抜けていく。 今は此処から離れたくない。 朝が来れば全てを失う。 眠りたくない。 眠りたくない、のに――― ●夢と現 「湊様」 鈴鹿の声にがばりと湊が身体を起こした。 文机にあった文鎮がゴトリと落ち、蔵から借りてきた記録書も雪崩を起こす。 その様子にそっと揺り動かしたつもりの鈴鹿も、申し訳なさそうな顔になった。 「すみません。驚かせてしまいましたか」 「あ?‥あぁ‥いや‥」 (ああ、夢か) 子供の時の夢など、この頃見なくなっていたと思ったのに、と内心ごちたが、頭を一振りする。記録書を突合せて読みふけっているうちに、いつの間にか疲れて眠っていたらしい。 鈴鹿が短くなった蝋燭の灯を継ぎ、取り替えながらやんわりと釘を刺す。 「あまり根をつめられませんよう。風邪を召されては大変です。‥ミコト様はお休みになられましたよ」 「ありがとう。ミコトの相手をしてくれて助かる。主上から仰せつかる仕事もあるだろうに」 「どちらかというと‥その分は金城様にお願いしています」 小姓である鈴鹿が肩をすくめる。 庵盛の村に引き渡さずに連れ帰ってきた少女、ミコトの世話は、鈴鹿が仕切ってくれていた。 ミコトはといえば、一時的に外界が見えたようだが、やはり『照來の宝珠』から離れたあと、視界は失ったままであった。 気力と体力の消費が激しかったようだが、それも回復したようだ。 開拓者達の力を借り、庵盛(あんせい)の村近くの墓所から『光を失う者』にまつわる情報を見つけ出し、写し取って持ち帰った。 その解読と、ミコトの処遇について、湊の時間は費やされていた。 あれから随分経つが、主上であり――湊の腹違いの弟である―――樹は、ミコトについて何も言わない。 ミコトの出自が庵盛の村に祀られた『照來の宝珠』に係わり合いがあるのなら、庵盛に返すべきと湊に命じたままだ。 (放って置いてくださるのは有難いが‥) 撤回はもちろん、干渉してこないというのも、気にはなる。厄介な性分であった。 金城が湊の手元にある書類に目を通して報告したのだろうから、主上は静観を決め込んだということだろうか。 石版の系譜に刻まれていた最後の名前も湊の脳裏にちらつくが、今は考えまいとした。 (静かな時間が続くと、取り留めのないことばかりを考えるな。) 肩にかけられていた上衣をもそりと合わせながら頬杖をつく。 「鈴鹿。それで‥その‥金城は何か言っていたか?」 「‥何も。ただ、湊様のお世話をせよ、と」 こういうときの鈴鹿は綺麗に笑う。 「お世話、か。そればっかりだな」 「ええ、たしか『湊様のお仕事を手伝って差し上げろ、全力で』、という意味だったと思いますけど」 とぼけながら、はい、と落ちていた文鎮を拾った。 受け取る湊はといえば、一瞬ぽかんとしたが、 「‥‥‥‥‥‥なる、ほど‥」 と、ここ数日の鈴鹿の献身っぷりを思い出した。 「‥‥‥もしかして、今理解したんですか‥‥‥」 人のことにはあれこれと気が回るが、とんと自分のことには無頓着。 主上と湊に同じ血が流れていることを、静かに思い知る鈴鹿であった。 ●ウツセミ それからの数日間、地図を見たり、文献を読んだり、湊と鈴鹿は大忙しであった。 その甲斐あって、ミコトが『照來の宝珠』の力で見たという風景と幾つか合致しそうな土地も突き止めた。 一つは、結賀家と興月家の領地の境、そびえる崖の上にある小さな庵。 昔から見張所を置くため、幾度となく結賀家と興月家の争いにより、所有が変わってきた場所だ。 特徴的な崖の上から見下ろしているような風景。庵に『福禄の宝珠』が運び込まれたということなのかもしれない。 庵は今、敵領地となっていた。 あとは、これらをまとめて、金城に相談し、結賀家の家宝『福禄の宝珠』奪還の一端を担おうかという矢先。 「――――だからといって‥!」 絶句している鈴鹿の手には、ごくごく短い書置きの手紙。 『後は頼んだ。ちょっと出てくる』 何時何処へ何を‥という聞きたいことを山ほど抱えて固まっている小姓の背後で、ガタリと扉が開く音がする。 「湊様?!」 「うわっ?えっ?」 鈴鹿の勢いに驚いていたのは、万が一のために鈴鹿が頼んでおいた湊の部屋の見張りであった。 手に薬包と湯のみを持っている。 「鈴鹿様、湊様は‥どこかへ行かれたんですか?」 「そのために見張りを頼んだんでしょうに‥それは何ですか?」 「湊様が、具合が悪いと言われたので。薬師から貰ってきました」 ばつの悪そうな顔をして男が頭を下げる。 「そんな姑息な方法に‥‥」 と落胆しかけて、鈴鹿がはっとする。 「湊様のご様子は?」 「はい。熱がおありのようでしたが‥」 「‥‥‥すぐに城内を捜索します」 器用な性質ではないから、本気で体調が悪いくせに、今が機会とばかりに湊は動いたらしい。 さびれた庵への地図を持って、旅支度もそこそこに。 城内を知り尽くした湊が、結賀の城でつかまる可能性は低いとしか言えない。 今回ばかりは、主上と金城が湊を怒る気持ちに同感、と肩を落とす。 一度しか会ったことのない『開拓者』というものに、すがる思いで天を仰ぐ鈴鹿であった。 |
■参加者一覧
玖堂 柚李葉(ia0859)
20歳・女・巫
御凪 祥(ia5285)
23歳・男・志
シャンテ・ラインハルト(ib0069)
16歳・女・吟
万里子(ib3223)
12歳・男・シ
マルカ・アルフォレスタ(ib4596)
15歳・女・騎
六車 焔迅(ib7427)
17歳・男・砲 |
■リプレイ本文 ●追っ手、放たれる 結賀家と興月家の領地の境まで飛空船で案内された開拓者が、鬱蒼とした森の入り口で飛空船から降ろされると、ギルドに託された依頼内容を心の中で復唱する。 ―――偵察に向かった湊(みなと)を止めること、とあった。 人相風体は黒髪に黒い瞳。天儀で一般的な肌の色の武家らしい若者。依頼人は結賀家の家臣だが、湊も結賀家の家臣だという。 「無茶をなさる方だとは知っていましたが‥」 「みなとは相変わらずなんだね」 マルカ・アルフォレスタ(ib4596)が嘆いている横で、万里子(ib3223)が苦く笑う。既知の者からすれば、捜索される対象の人柄が問題のようであった。 「‥どういう人、なんだろう」 六車 焔迅(ib7427)は依頼を受けたときから思っていた感想を口にした。熱があるらしい人物が、なぜ敵地へ単独で行ってしまったのか不思議である。 「‥えと、湊さんと言う方は、頑張りすぎて余計に心配かけちゃう人なんです、よね?」 なんとはなく重い雰囲気が漂っているのを察知した佐伯 柚李葉(ia0859)が控えめに表現してみた。 だが、御凪 祥(ia5285)の顰めっ放しの眉間の皺が一本増えた。 「‥‥‥‥」 湊本人にあったらどうしてくれようかと祥が考えを重ねていることは間違いなさそうであった。 「‥‥無茶をすれば周りがフォローしてくれると甘えてらっしゃるとか‥‥」 普段は穏やかなシャンテ・ラインハルト(ib0069)も手厳しい。 そんな話題の人である湊は、結賀の城内では見つからなかった。「福禄の宝珠」があるかもしれない「朧月楼」という庵に向かった、と捜索依頼をかけた鈴鹿の判断は残念ながら正しかったことになる。 庵は今六人が位置している平地から、森を挟んだ向こうの崖の上にある。徒歩で結賀の城を出たが、湊は先行しているのだろう。 しかし、庵とそこへと辿る森林道を含み、辺りは敵領地であり、森は敵のシノビが巡回している。 無理、無茶、無鉄砲。 そんな感想を抱きつつ、湊の偵察を止めるため、二手に分かれて捜索することを決めた開拓者であった。 辺りの樹林が低木群から高木群へと遷移していくにつれ、唯一の庵への道も堆積した落葉や下草にほぼ埋もれている。森林道のその左右を沿うように、興月のシノビの巡回を警戒しながら万里子、マルカ、焔迅の順で進む。 湊を見つけるのが先か、敵に見つかるのが先か、気が気ではない。 「サクっと見付けてさっさと帰る!‥なんて、できればいいんだけどね」 万里子が小声で肩をそっとそびやかしつつ、崖側へ移動している仲間の様子を聴覚で把握する。焔迅が漆黒の機械弓を携え、遭遇に備えての警戒を怠らない。 (使わないのが、一番…だよ、ね) 懐に忍ばせた短銃の出番がないことをそう祈りながら。 道は次第に薄暗い影へと吸い込まれていく。 一方、森林道から離れ、森の端を掠めるようにして木々の間を移動し、崖下を目指す三人も気が気ではなかった。 シャンテと祥から聞きながら、なるほど湊の「近道」であることを柚李葉が岩肌を見上げて確認する。庵には、行く手にある崖を登るのが手っ取り早い。 問題は、休む場所がなさそうな事と湊の体調が万全ではない事。 (‥あの阿呆が) 万全であっても止めるがな、と祥が心中で何度目かの抗議をする。熱がある人間がふらついていい場所では決してない。 およそ誉められた行動をしないのが湊という人物である、とわかってはいても――呼ばれれば来るのだが――釈然としない祥であった。 「無茶をされますが、あくまで目標達成のための無茶であると信じます‥」 万一、という可能性を捨てきれずシャンテは崖側の捜索に加わったが、登っていたりしたらどうしようと思う。怪我をしていたら‥と、その先はもう考えたくもない。シャンテは知らず知らずのうちに愛用のフルートを握り締めていた。 湊の効果(?)なのか、俄然、敵である興月のシノビに対する敵愾心が高まっていくのである。排除するのみ、という明確さで。 当の湊はといえば、汗を拭い、草むらに膝をついて少し休んでいた。熱っぽい状態から脱して、なんだか動きが楽になった‥気がしている。 ―――多分に「微熱状態の倦怠感を脱して熱が上がって呆としているだけだ」と指摘する友人知人主上の一切を城に置いて来ただけであったが。 見張りには悪いことをしたが、朧月楼を確認できれば、宝珠の在り処が絞り込めると湊は考えた。 主上もミコトも、今は動くことを状況が赦さない。 そう思った時には、走り書きをして飛び出した。鈴鹿には心の中で詫びた。説得はできなかった。軍をなせば正式な交戦となる‥それも言い訳にしかならないだろうが。 (一人‥) 枯れた草の匂い。倒れ伏したい衝動から逃れるように、腕に力を込める。 崖を眺め、登るのは無理と判断したが、庵までの手はまだある。湊は己を叱咤した。 ●捕捉する者、される者 闇と同化しているのは、シノビの影。庵の所有をめぐって衝突した二つの氏族の過去がそこに揺らめいていた。 結賀の者と思しき若者を見つけたシノビが一人、樹上でその行動を監視していた。時間になっても戻らなければ、仲間が察して森に放たれるだろう。 迷い込んだと放置するには、若者の行動が怪しい。興月の主にまで知らせるべきか考えた。 そして、逆にその時間がないことをシノビは知る。 近寄ってくる人の足音。複数。足さばきが常人と違う。敵か――― 苦無を握り締めて、跳躍した。 ここは興月の地。 疑わしきは、屠るまで。 どさり、と不意に飛び込んできた音に万里子が反応した。人が倒れる音に似ている。 「みなと?!」 早駆けで茂みに飛び込み、かき分けた。 そこには、馬乗りに組み伏せられた湊がいた。喉元にシノビの苦無が迫っている。相手の手首をつかんで押し戻そうと足掻いている。 「湊様!」 追いついたマルカが湊を認めて駆け寄った。その様子に焔迅の矢が間髪いれずシノビへと放たれる。シノビが苦無で防ぎ後方へ跳ぶ。マルカがグランシーザで大きく凪いだ。更にシノビに後退を迫る。 「万里子様。祥様達と合流を!このままでは‥」 「うん。みなとも見付かったし、とにかく皆と合流しなきゃ」 湊を起こしながらも、樹上を渡って集まってくる音を察知する。 「応戦するしかなさそうですね‥」 焔迅は万里子が崖下へ駆け出すのを背後で感じながら、懐から短銃を取り出した。敵の数が多ければ、発砲音でも合図するしかないと腹を決める。 「なんで‥」 遅れて、狐につままれたかのように湊が呟いたが、何ゆえ開拓者が、と問う前に口をつぐんだ。 シノビが二人、合流してきたのであった。 ターン、と焔迅の銃声が、離れた場所の三人に敵襲を告げた。続いて万里子が狼煙銃を発射する。 「‥敵襲ですか」 シャンテの確認に、三人が顔を見合わせ―――あとは狼煙の方へと駆け出した。湊が発見されたのは間違いなさそうだ。 続けて聞こえる銃声と呼子笛。音源も移動している。崖下の方へ。 助けを、という声が聞こえそうだった。刀で枝を打ち払い、先頭の祥が速度を上げた。 「‥‥‥っ!」 マルカが肩で大きく息をしながら、仕留めたシノビの身体を突き放す。湊を背後に守りながら何としてでも合流を目指す。 「本当は‥長銃の方が、自信、あるんだけど」 焔迅も乱れた息を整えつつ、短銃を再装填し、マルカの援護射撃を行う。敵の一人が肩を撃ちぬかれて、忍刀を取り落とす。シノビも手負いながら、追いすがってくる。集まってくる。今、敵は三人。 退いた足で踏み込むと、マルカが一気に円弧を描き、槍を振り抜く。一人が腹を抑えて倒れた。が、残りの二人が一気に襲い掛かる――― フォンと空気が鳴る。白霊弾がシノビと開拓者の間を隔した。続いて軽やかな旋律が追いかけるように駆け抜けた。フルートの澄んだ旋律が感覚を研ぎ澄まさせる。 ザン、と勢いよく宙に踊り出る影。腕を交差させた祥だった。着地の体勢からそのまま跳躍する。呼応する力の発動は雷鳴。 「――――」 終始無言。パチリ、とシノビの身体に埋まった刀が爆ぜた。 「湊様‥」 シャンテが姿を現すと、マルカと焔迅から湊の身を交代して預かる。湊は抜き身の太刀を構えてはいたが、その体力の消耗は免れない。 一人、一人、とまたシノビが現れる。 柚李葉の光弾が場所を変えては放たれた。開拓者側も数が居ると見せかける。 マルカと祥が背を合わせて対峙し、互いの得物の範囲を補い合う。気合に満ちた攻撃にシノビが後退する。 その逃亡を逃さずと焔迅と柚李葉が炎弾と光弾で追撃する。再びシャンテのアップテンポの楽曲がその力を下支えた。 振りぬき、突き刺し、凪ぎ払う。一連の動きに躊躇いはなかった。 シノビの数を開拓者がその力の差で押し返すまで、長くはかからなかった。 数を頼りにこられると、長居はできない。湊を連れて、庵ではなく、飛行船のある方向へと方向転換を余儀なくされた。撤退である。 投擲される手裏剣や飛苦無を跳ね飛ばし、湊を守り、つかず離れずで敵を討ちつつ。 飛行船が見えた頃には、倒したシノビは十を数えた――― 湊を助けるために音で招いたシノビの増援は、警戒せざるを得なかった。 朧月楼が視界に入れば、同じく、そこに宝珠があるのかと踏み込みたくなるのが人情である。 けれども、大勢で時間をかければシノビに見つかり、崖を登るには湊が万全ではない。 意識の片隅に、此処まで来て、という思いが滲む。さりとて、湊に無茶をするなと言っておいて強行するのも立つ瀬がない。 今後、朧月楼の警戒は厳しくなるだろうが、地形や敵情報については、しっかりと持ち帰ることにした。湊が結賀家の家臣であり、現主上に近しい者であったことが報告されなかったことが幸いであった。 ●今はまだ朧に 湊を連れて飛空船まで取って返し、新手が来ないことを確認すると一同からガクリと気力が抜ける。湊に説教する暇などなかった。なんとか捕まえて奪還したという思いが強い。 柚李葉がぺこんとお辞儀して、湊に水を差し出す。 「あの、何度も言われていると思うんですけど、無理無茶はダメです‥」 柚李葉から回復を受けると湊は礼を言って、水を一口含んだ。だいぶん楽になった。 「開拓者、のかたですか?」 「はい、佐伯 柚李葉と申します。あ。こちらは六車 焔迅さんです」 「‥体力、無くて、ごめんなさい」 ぜーはーと膝に手をついて座り込むと、律儀に湊に焔迅が謝っていた。 「柚李葉さん、焔迅さん、ありがとうございます。俺、湊っていいます」 「お噂は皆さまから存じ上げております」 「普通の人なのに、あんな崖を登ろうとか考えてたんですか」 「あ‥うん」 湊の声に、柚李葉と焔迅が「ええ?!」と改めて聞き返す。単独で切り込むなんて無茶すぎる。よくもまぁ、最初のシノビに討たれなかったものである。 「湊様、何か言い訳はございますか?」 マルカはにこやかであったが、目は笑っていなかった。 「あ、いや。すまない、こんな所まで色々と‥‥」 なんとはなく、怒りの形相で言われるよりずしんと腹に来る湊は、説明をしようと試みるも、‥結局口ごもる。どう考えても、他人から見れば良い行いではない。 そんな湊に、祥がつかつかと歩み寄ったかと思うと、大音声で湊の頬が鳴った。 「――――これは、謝らないからな」 強烈な平手打ちは、それでもまだ、容赦されているのだろう。どれだけ皆が心配し、焦ったか。それを表せば一発などでは済みはしない。 「―――うん。悪かった」 「‥この頭に『自重』とかいう言葉はないのか。殺されるところだったんだぞ」 祥が湊の頭を小突いた。 「‥‥‥‥‥」 反論できないで居ると、傍に歩いてきたシャンテがじっと涙を目に溜めて上目遣いで見つめる。無言の抗議。湊が『自分さえ我慢すればいい』、と思うことは、翻って他人を傷つけている、ということに気づいてほしかった。 誰もが湊を心配し、必死で連れ帰ろうとしてくれたのだ。 「―――うん。ごめん‥」 湊が何度も頷いた。灼けたように熱い頬を押さえて、反省する。 (独りではなかった) 熱に浮かされたおぼろげな意識の中で、湊自身の声が聞こえた。 いつも、開拓者は一緒に戦ってくれた。自分を大切にしろと言ってくれていた。わかってはいた―――つもりだった。開拓者と依頼人であったから。だが、ただのその関係だけではなかったことをかみ締める。 (皆、いつもそうやって心配してくれる) そう気づいたとき。今回の短絡な振る舞いを恥じ入った。 湊が顔を上げて、開拓者を見渡した。 「‥‥‥‥」 宝珠を追い、己の立場を結賀の家臣と割り切ることで、進む力にもなったが、どこかでこの身体が失われてしまえばそれまでと。‥ただそれまで、と、思っていたフシはある。 虚ろの人生に、詰め込まれているものなど、失われて惜しむことなどないから、と。 ―――――だが沢山の手が差し伸べられた。生きてゆけ、と。 「笙覇に戻ったら、たぶんすずかにも大目玉だよね」 万里子がんー、と唇に人差し指をあてて確実な未来を予言する。 「ああ、それは覚悟しておくよ」 湊が苦笑した。 笙覇の里、結賀へ飛空船がつくころには、熱も下がりきっていない湊は太刀を抱えて寝入っていた。 「やれやれ、本当にガキだな」 「風邪なのでしょうか?」 「過労なのでは?‥まさか宝珠の件とかで知恵熱‥とか」 「それはありえます」 口々に言って、笑い合う。 うっすらと浮かんだ意識のなかで、それらを聞きつつ、湊が再び目を閉じる。 ふわふわとした遠く温かなぬくもりの日のように、過ぎ去っていかないで欲しいとそっと祈った。 いま少し、温かな人たちの声を聞いて眠っていたい。 やがて来る激動の日を予見しながら、湊は束の間の休息を感じたのであった。 笙覇では、照來の宝珠からの情報で、俄に老臣どもに興月討つべしの気運が高まりつつあった。 徹底抗戦までさほど時間は無いのかもしれなかった。 |