|
■オープニング本文 前回のリプレイを見る ●父たる影 「庵盛についてはご苦労‥。とでも僕が言うと思ったか」 手をつけられないままの茶がすっかり冷めて色を変えた。 ここは笙覇にある結賀の城。 謁見で平伏している湊に当主である樹の声が降り注ぐ。 樹の怒りは半端なものではなかった。 庵盛の件が耳に入っている、と金城に教えられていた湊は、現況を考えると最早樹に隠したままではいられないと観念し今までのことを洗いざらい話した。 湊の言葉を黙って聞いてはいたが、樹がふつふつと怒りを滾らせていたのはところどころ無言でも感じられた。 「‥ミコトの件については勝手を―――」 「そうじゃない。‥いや、それもあるのだろうが、もっと根本的な問題だ。誰がそこまでして宝珠を奪還しろといっている」 「さりとて、『福禄の宝珠』は結賀の家宝。丈豊から取り戻すのが必定かと」 「家宝など‥。使い方も解らぬ宝珠はただの象徴でしかない。しかも今となっては父の死を連想させるだけだ。違うか?」 「‥‥‥ただ、笙覇の民として申し上げれば、悲願であると思います」 「立場、というもので物を言わなければならないのか‥窮屈なことだ」 兄弟である二人は思考を読むように見つめ合い、しばらく押し黙った。 (『福禄の宝珠』はいずれ取り戻す‥今は結賀が先だ‥) 父の力で良くも悪くも大人しくしていた老臣共が、尤もらしく勝手なことを言い始めている。現当主としてそれを纏め上げ、結賀が内部から崩壊せぬようにすることに樹は腐心していた。 また、それを知り、形式に煩い老臣を黙らせる手段として、樹の手に宝珠を戻すことに意味があると湊は考える。 互いを思い遣りながら、心配はかけたくないと互いにいう。 「―――やれやれ、どうしたらいいんだろうな‥」 他の家臣の前では決して言わない弱音をぽつりと一つ。 黙した湊を見て樹は不味くなった茶をぐいと飲み干した。 ●砂上に立つ 待ちかねていた金城が腰を浮かせかけたが、珍しく神妙な顔で戻ってきた湊を見て 「ご不興をかったのは当然、か」 と報告書の束を置いて天を仰いだ。 対面にドサリと胡坐をかく湊。 「ミコトの様子は?」 「ああ、鈴鹿達が看ていたが、もう起き出しているようだ。慣れない感覚に驚いたんだろう。精神的な疲労は本人にしかわからないが、『照來の宝珠』と離れたのもよかったのかもしれないな」 「そうか、かなり疲れているようだったから‥大丈夫そうでよかった」 「あの少女から話は聞いた。断片的な風景がごく少なく紛れ込んでいる。‥正確にいうと庵盛ではない場所、の風景が」 「それは‥奪われた宝珠の方の在り処か」 「おそらくは。ただ、特定しようにも情報が少なくてすぐには動けない。主上もあの様子、だしな」 今までも主上暗黙の了解の下、金城が奪還の方策に動いていたのだが、湊に関してはこれ以上巻き込むな、と樹から釘を刺された。 これ以上―――血の繋がった者が奪われていく事は樹にとって耐え難かった。 「宝珠奪還に関わるな、と共に、ミコトを返すように主上に言われた。確かに庵盛に関わりがあるのなら戻すのが道理だ。‥だが」 「だが?」 「庵盛でも言った。戻るかどうかはミコトの意志に従うべきだ。たとえ笙覇から出るとしても、庵盛に戻りたくないならそれも一つの選択だ」 「あの少女に選択肢を増やしたいのは解るが、他に彼女を守るべき理由を持つ里はない。宝珠と揃わなければ一人では何も大事は起こせない様子。丈豊が捕まえたが余して幽閉していたのがその実だ」 「見捨てろというのか」 「返せばいい、といっている」 「庵盛が守りきれるのか?」 「笙覇であっても、守らねばならない理由はもうない」 「‥‥‥!!」 バンと湊が勢いよく机上に両手を叩きつけた。用済みということか。 「勘違いするな。何が最善か考えた結果だ」 「切り捨てろという風にしか聞こえない‥どうしてそう言い切れる!」 「湊こそ、どうしてそう関わろうとする?」 「‥‥他人の自由を奪っていい、なんて‥‥」 「自身の手で覆せないなら‥それは運命というんだろう」 「‥‥‥っ」 泥の中で足掻くようなあの思いを、その一言で片付けるなと口にしようとして、湊が口をつぐんだ。重ねているのかと問う自分がいたからだ。 「‥この話はよくないな。時間を置こう」 「‥‥‥」 「鈴鹿から、見舞ってやれと伝言だ」 伝えたぞ、といってゆっくりと金城は立ち上がる。 湊の傷に触れた自覚はある。 だが、金城もまた樹と湊を守る以外、何を失っても厭わないのが事実だった。 ●光射す 鈴鹿と楽しそうに談笑していたミコトが、湊の足音にピタリと声を止めてゆっくり振り向く。 「湊? 足音が随分ゆっくりとしているの。どうしたの?」 「‥なんでもない」 「ミコト、ね。落ち着いて考えたの。やっぱり庵盛に戻るよ。お母さんのいた村みたいだから。‥お母さん、が美里っていう人かどうかはわからないんだけど」 ふふ、と健気に笑う。自ら先に切り出すことで、ミコトが話の重さを軽くした。 「それでいいのか?」 「いいも何も。助けてくれてありがとう、なの。そして湊の役に立てた事があるなら嬉しい」 庵盛にも遊びに来てね、と大人びた笑いを見せた。 「わかった。庵盛まで‥送っていく」 ミコトの意志に任せるといった―――今はそう答えるのがやっとだった。 数日後。 ミコトを庵盛に送り届ける準備をしていた湊の部屋に、再び金城が資料を持って現れた。 「照來の宝珠の護り手の一族は、あの村の背後の山にある墓に葬られている。村人達とは別に、な。墓に在る系譜を見れば何か手立てはあるかも知れない」 「墓と系譜?‥ミコトが自由になる手段が其処にあるのか?」 「‥っと。まず焦らずにそれを読め。『福禄の宝珠』を追うには、情報は多いほどいい。だからといって庵盛から宝珠を奪ってくるような本末転倒な真似はしたくない‥それだけだ」 すいと踵を返して金城なりの譲歩を見せて帰っていく。 その背中をしばらく見送って、湊が資料に目を通す。 「――――墓所にある系譜、か」 墓所にあるとされているのは、光を失う者の伝承、その力の解き方の試行の結果。 墓の場所は庵盛の村の背後にそびえる山の中。山裾を迂回すれば庵盛―――。 庵盛の村に送り届ける前に訪れてみる価値は十分にありそうだと思った。 |
■参加者一覧
鳳・月夜(ia0919)
16歳・女・志
御凪 祥(ia5285)
23歳・男・志
アグネス・ユーリ(ib0058)
23歳・女・吟
シャンテ・ラインハルト(ib0069)
16歳・女・吟
ユリゼ(ib1147)
22歳・女・魔
マルカ・アルフォレスタ(ib4596)
15歳・女・騎 |
■リプレイ本文 ●想いは影のように 湊が手にしている金城からの情報は、彼が誠意をみせたというのなら、恐らくは正しいし、本質を指しているのだろう。 ミコトの笙覇での存在を一番危ぶんでいるのは金城である、という点をどう判断するか。 (疑う?) では、と。 金城の助言を聞き、ミコトの言葉どおり、事情など知らぬフリで庵盛に戻せばいいのに。 それができない、というこの動きはわがままではないのか。 (ミコトが弱みになるとでも言いたいのか?金城‥) ぶる、と湊が大きく頭を振った。 予断を差し挟んでいる暇はない。 開拓者達は既に集められ、庵盛近くの墓所深く入ろうと差配している。 そこに潜む危険に集中しなくては。 「しっかりしろ‥今は、信じて行くしかない」 湊が懐に墓所の情報を書きとめた紙片をねじ込むと、深く息を吐いた。 空には低く、雲が立ち込め始めていた。 「大人しいのはいいけど‥湊、なんだか今回ピリピリしてない?」 アグネス・ユーリ(ib0058)がミコトと手をつないで歩きつつ、面白くなさそうに声をかける。 「なんでしょうね‥」 シャンテ・ラインハルト(ib0069)も先頭を歩く湊の様子に気づいていたようである。対照的に、目的地に近くなるほど沈んでいるミコトも心配になってきた。 「ミコト様、‥大丈夫ですか?」 「うん。ミコトは平気! あの‥シャンテ、次に会うまでに時間があると思うから、お仕事終わったあと、たくさん曲教えてね!」 気恥ずかしそうにミコトが笑った。 「‥‥決心というのは、自分でつけてこそ意味があるのね」 ユリゼ(ib1147)は小さなミコトの背を見ながら呟いた。 うん?とミコトが歩きながらユリゼを振り返る。 「なんでもない、わ。私達で護るから安心して」 言ってから、ユリゼは金城の言葉を思い出していた。 ―――他に『見落としている』情報は、ないの? 笙覇の城で湊とミコトに会い、見送りにこない金城を捕まえてそう尋ねた。 その台詞を受けて、参謀はゆっくりと口を開いた。 ―――身内には甘くなる。それだけです。 意味を尋ね返しても、それ以上金城からは何も聞けなかった。 (図りかねる、といってはなんだけど‥) 湊とミコトの背中を追いかけながら、ユリゼの心も揺れていた。 飛行船をギリギリ近くにつけたものの、山道を歩くのは避けられなかった。 大きくうねる地表の木の根をかわし、今ではうっすらと、しかも途切れがちにしか残らない道を辿る。 にわかに、過去切り拓かれた空間として、樹々の侵食から残された空隙に光が差し込む。 コケ生した石室が眼前に現れた。庵盛の宝珠の護り手が代々葬られるという墓。 大人が両手で抱えると十人は必要だろう。 「立派なお墓ですわね」 マルカ・アルフォレスタ(ib4596)は、祈祷のための供物の石台を確認すると、そこに堆積した朽ち葉を掃い、近くで摘んだ花を置く。 口の中で小さく祈りの言葉を唱える。死者に対する鎮魂の祈りは忘れない。 「この中、か。扉が開くかどうかだが、墓に手荒なまねはしたくないな」 開拓者は死というものに多かれ少なかれ接してきている、と推測されるが、御凪 祥(ia5285)も墓となると何かよぎるものがあるのか、口調がやや重くなる。 「そうですわね。本当は安らかに眠るべき場所ですし」 「普通に開くかどうか、試してみるか?」 「待って、祥。鍵とか隙間とか‥」 うーん、と鳳・月夜(ia0919)が扉周辺を探し始める。重いとはいえ、開かなければ墓の扉の意味はないのだろう。 「あたしも手伝うわ。ミコト、待てる?」 「うん」 アグネスの手を離して、邪魔にならないようにペタリとその場に座り込む。みんなの声が聴こえる距離で待つ。 「‥大丈夫か?」 一番体力のないと思われるミコトに水を差し出して、歩き出してから初めて湊が声をかけた。 「‥うん」 「中に入るときは声をかける」 「あの、湊」 「?」 「ミコトは大丈夫ってお友達に伝えて。お母さんの記憶とか‥ないから」 「――――そうか‥」 「『けいふ』があれば、きっとミコトは色々分かって、見えて‥湊の捜してる宝珠も見つかるんだよね‥?」 「俺の捜し物のことは気にしなくていい。ミコトは自分のことを考えろ」 「でも‥」 「‥‥。確認みたいなことに付き合わせて悪かったな」 ぽす、と頭に手を置かれたとミコトが気づくと、湊の足音が遠ざかっていく。感触にそっと自分の手を重ねながら、ミコトがうなだれた。 「それでいいの?」 戻ろうとする湊の後ろに立っていたのは、月夜だった。 仲間達から色々話を聞いていたが、たまらず切り出した。正面から湊を睨んでいる。 「ミコトが庵盛に戻りたいだなんて。‥‥‥本当に望むのならそうする‥‥‥じゃ、湊の気持ちはどこにあるの?」 「何を言い出すんだ―――」 「本当に離れたいの?‥そのほうが互いの為だなんていったらひっぱたくから!」 「‥‥‥‥」 「二人とも、本当にいいの?」 「‥‥ミコトが嫌がることはしない。ただそれだけだ」 「それだけ、なの? 湊」 ひっぱたこうとした月夜の手首を、先に湊の右手が抑える。 「そう決めたんだ」 酷く低く響く声。月夜の手をそっと離して湊が歩き出す。 「‥‥‥自分と似ているから?」 昔にミコトを助けたときに聴いたことのある言葉を月夜が問いただしても、湊が足を止めることはなかった。 ●念ずれば通ず 石の扉は重く、単純に引っ張っても開きそうな気配は見せない。自重で封印の役目をしているのだろう。 「鍵も何もないようだな‥」 「ミコトにも触れてもらう?」 「いや、遺体を持ってくるのが宝珠の護り手のみとも限らないだろう‥力の問題かな」 祥とアグネスが見守る中、湊が短剣を腰から抜くと扉の間にこじ入れた。 特に反発もなく、ざりざりと刃と石とがこすれる耳障りな音。 「でもこのまま続けると刃が折れちゃうわよね‥」 アグネスも黙苦無を握りしめ、楔代わりに差し込んでみたが、微動だにしない。このまま行くと時間はかかりそうだ。 「ここ、何かへこんだところがあります」 「こっちにも。とがったものよりある程度丸みのあるもので押す感じ?」 「ええ、そうです! 同じ様な感じです」 石室の左右、角からやや扉よりに座り込んでいるシャンテとユリゼが、互いに特徴を確認しあいながら細い指先で丁寧に土砂を取り除く。 「‥やってみるか」 祥は右扉の延長上にしゃがんでいるユリゼの傍に立つと、持っていた舞靭槍の石突で押してみた。 「‥変化はないですわね‥」 「力加減?‥祥、もう一回」 マルカが真剣に扉を見つめる横で、月夜も精霊剣を持って、シャンテの傍に走り寄る。 「これでどうだ」 祥はしなやかさを備える槍に一直線に力が伝わるよう握りを調整し、今度は真下へ強く打ち付ける。 すると、ガゴンという音とともに、右扉の下辺を支えていた桟の部分が、僅かに、だが右へ傾いた気がした。 同時に隙間が緩んだのか、刃を挟んでいた短刀も黙苦無もずるりと落下する。 「そこを押すと扉の枠が外側に傾斜して緩むんだわ‥月夜!」 「了解」 アグネスの呼びかけに応える様に、月夜も左側のシャンテが示すくぼみに剣の柄尻をあてがう。低い位置からになるため、短く息を吐いて止めると、全力で打ち下ろす。 ガゴン。と再び何かが外れるような音がする。 「扉が‥。これで開くのか」 二枚の扉の間に生まれた黒い線に湊が手をあてがう。空気が吸い込まれるような感覚を手に感じながら、左右の傾斜にじわりじわりと閉じ合せの間隙が緩む石の扉。 生の世界と死の世界の空気が、混ざり合い始める。 「じゃあ手をかけられるぐらいになれば、皆で開けよう。中にはどう見ても明かりはなさそうだ」 祥がやれやれ、とため息を吐く。 最後まで付き合うと腹に決めたが、長くなりそうであった。 (決して兄になど似ていないのだが‥俺が願ってきたものに似ているのか) とうに故郷に置いてきたはずの厄介な氏族の柵を思い出す。他人事ではないのか、と自嘲めいた笑みが浮かんだ。 カンテラに火を移したり、情報を書き留める筆や紙を確認し、荒縄を切って滑り止め用に用意したりと開拓者はてきぱきと用意を始める。 はぐれないよう帯にも縄を巻いてもらっていたミコトに、祥がふと思い出したように懐から鈴を取り出した。 「この間は急だったから土産もなかったしな。これをやろう。皆に歌を教えてもらえばいい」 高く澄んだ精霊の鈴を聞いて、ミコトが両手を揃えて出すと、祥がそっと置いてやる。 ミコトは大事そうに手で包み、自分で鳴らしてみると嬉しそうに口元をほころばせた。 「ありがとう!祥。大事にするの!!」 「あらぁ、祥が気の利いたことを‥」 「なんだアグネス」 「別にー。‥ただ、んー、湊の首にも鈴つけとくべきかなと思ったわ、今‥」 「それは‥‥‥そうかも知れんな」 真剣に悩む二人を尻目に、当の本人は滑り止めの荒縄を足に括りつけている。視線に気づくと、何かあるのかと辺りを見回した。 「私からも贈り物があるのよ」 ユリゼがトントン、とミコトの肩を叩くと、耳飾りを持たせた。 「暗いところでもほんのりと光るの。蛍火の耳飾り。湊が暗闇でも見つけられる様に、ね。―――‥この先が気がかりだけど、私も故郷に帰るって決めたの」 「え?! ユリゼ‥」 「そんな顔しないで。決めたことだし‥託す人達がいるから」 ミコトに耳飾りをつけてやりながら、寂しげにユリゼが笑う。ユリゼにはユリゼの事情があるのだろうと思うと、ミコトがスンと鼻を鳴らしつつ、お礼だけを言った。 (ミコトも、庵盛に行くって決めたんだから同じ‥) 「‥また会える、よね」 「ええ、会えると信じていて」 二人は同じ笑顔でにこりと笑った。 近くの木から太さと長さを変えた枝を切り出すと、石室の前に並べた。石室の扉がじりと隙間をみせたところに、枝を差し込むと梃子の要領で入り口を押し広げる。 「せーの!」 何度目かの掛け声で、ゴロゴロと扉が同じく石で出来た桟の上を滑った。 重い石の扉が開いた。 同時に、埃っぽくカビの混じったような匂いが鼻につく。 明かりを差し込むと、地下へ降りるゆるやかな階段がある。死者を納めるための墓所はこの先である。 潜む闇の先に目指す系譜がある。 開拓者と湊は高まる緊張を全身に感じていた。 ●眠れる力 最初の階段を降り、進むにつれ、段々と空気がひやりとして湿気が漂い始める。 ところどころあった階段も無くなり、ずっと緩やかに下っている。 ほぼ真っ直ぐな道で脇道も無いが、所々掘ったときの作業で出来た広めの空間がある。 開拓者たちは滑り落ちないよう、一度止まって履物の上から荒縄を巻き直しながら、カンテラの明かりを頼りに相談を整える。 「あとどれぐらいだろう‥」 「隊列を組むか。湊とミコトをはさんで俺達が展開する」 「賛成。私は先頭で何かいないかしっかり確認する」 「では、わたくしは最後尾に」 「‥‥えと、転んじゃったら御免なさいなの。マルカ」 「倒れても支えますわ。ゆっくりとお進みください」 ふふ、とミコトの言葉にマルカが微笑む。 役割と目的を確認しあう開拓者。 墓を発きに来たのではないが、そこにあるとされている『光を失う者』の伝承、『系譜』の情報が必要であった。 ―――あわよくば、ミコトが内包している力を解き放ち、庵盛に縛られることが回避できるかもしれない。 ミコトを同行させたのもその為だったが、湊が同時に警戒しているのは、それによってミコトに起こる現象であった。 「系譜。そこに何があるのかですね‥‥‥。しっかりと読み取らないと。明かりは確保します」 シャンテがアグネスから借り受けたカンテラを覗き込み、蝋燭の長さを確認しておく。 一行が改めて腰を上げ、足を踏み出す。 そして、もうあと少しというところまで、棺の間が迫っていた。 やがて道が平らになり、数段しかない上りの階段が現れる。 不測の事態を想定し、神経を研ぎ澄ましていた開拓者がほっと安堵の息をついた。―――月夜を除いては。 「何かいる」 ここに暮らしている生者などまず考えようが無かった。 であれば。 「‥敵」 月夜が短く言い換える。 退くことはできない。恐らく系譜はこの先に。 逃げ切らずに戦えるか。 カンテラの明かりをシャッターで遮り、光量を調節する。 ただ、空気を取り込むために密閉ができないカンテラは、どんなに絞っても深い闇に光を与えていた。 「行くしかないのね」 思い切りを自分につけるように、アグネスがそっとカンテラを握り締めた。 光源から逃れる闇は深く、溺れれば己の精神と身体の境界線を奪う。 ――全き闇で明かりを失うことは、ほぼ戦闘不能を意味する。 「湊、ミコトを離すな」 祥が前を見据えて歩をつめる。 カンテラを床に置く距離、そして己の有効戦闘範囲。 それらを一気に判断する能力が開拓者達に要求されていた。 「敵は五体。この先。広く点在」 感覚を拡げた月夜が、止まっている、と付け足す。 「広く点在できるということは‥‥棺の間、でしょうか」 「系譜を守っているということ?」 シャンテの疑問にユリゼがふと浮かんだ疑問で返す。 しかし、二人の口からは同時に嘆息が漏れた。 「いずれも、お会いせねばわからぬものです」 シャンテの諦観まじりの言葉を合図に、開拓者たちが駆け出す。 覆いは外され、全開になったカンテラを手に。 ●系譜が謳うもの 時間と闇を溜め込んだ空間に、一気に光が流れ込む。 即座に足場を照らし確認する。 下から上へ。 階段を上がったところに広がっていたのは、ずらりと並ぶ石の棺。 「系譜は!?」 湊が高く掲げた明かりの先に、大きな石板が見えた。 声に反応したかのように、ゴト、と石のぶつかる音がした。 「‥何が居る‥‥?」 ごくりと唾を飲み込むと、それは石でできた蓋を跳ね飛ばした。 飛んだ先の石棺が落下を受けて割れる。 向けられた光に照らされるのは、棺から起き上がるボロボロの布を巻きつけられた骸。 ゴト。 ‥ゴト。 あちこちで蠢く音がする。 慣れた瘴気の気配に、開拓者は眉をひそめる。 アヤカシ、だった。 這い出した骸はずるずると細い帯状の布を引きずっていた。人と同じ二足歩行をしながらも、人より一回り大きい体躯はどこか重心とずれた動きをする。 「まさか、『光を失う者』の亡骸を拠り所に‥‥」 「死者の魂の尊厳を弄ぶ存在は許せませんわ」 ユリゼとマルカが、きりと眦を上げる。 カンテラを各々が好む所へ降ろす前衛。 守りを固めた月夜に初撃が襲いかかり、様子見として手を添えた剣で打撃を受けきった。 が、決して退いてはいない踵が床を動く。荒縄を巻いていなければ殊更だったに違いない。 「く‥っ! 重い‥」 「月夜!」 伸びきった腕に狙いを定めて割って入る祥の槍。石棺の配置を避けながら切っ先は骸の腕に鋭く突き立つ。 「御免!」 そういって石棺の角に手をついて跳躍し、続けざまに落ちてくるのはアグネスの足。首筋を狙って斜めに叩き込む。 反動の少なさに驚きつつも着地するアグネス。 後退を強いられながらも、槍を奪おうとして、骸からほどけた布が絡みつこうとする。 「‥させるか」 素早く柄に手を滑らせ、両手の間隔を変えてしなりと角度でそれを振りほどく。 「‥どいて」 骸に向かって言うが早いか、肩を狙った月夜の一撃はほどけた布を切断した。 速さに追いつかず、深さに達したのかアヤカシの肩と腕からは瘴気があふれ出る。 しかし、それで動かなくなるわけではなかった。 肩が開こうと腕が落とされそうになろうと、再び動き出す。 光のある方向へ。 接した感触を元に、三人が戦い方を速攻で組み立てている間に、あとの三人が石板を目指す。 石棺を揺らす音が大きくなったが、気にしてはいられない。 棺の間の奥、全体を見下ろすように、三段の小さな階段がつけられた壇がある。 大人が一抱えほどある大きさの石板が壇上にしつらえてあった。残念ながら、これでは持ち出すことは出来ない。 シャンテが羽根ペンの先で石板の端の埃を払ってみる。磨かれて平面になっている石版の表面には刻み込まれた文字が見える。 「‥みな、と」 手を引かれて走り、はあ、はあと苦しそうにミコトが息をつく。 「ミコト!」 「ミコト様?!」 湊とマルカが驚きながらミコトの身体を起こす。 「だい、じょうぶ‥。全力で走ったから、ちょっと苦しいだけ‥」 「わかった‥」 ぎゅっと唇をかみ締めると、湊が埃を落とすシャンテとユリゼを手伝う。 「彫ってあるから指先で読み取れそう」 「一番上から読み上げますから、書き取っていただけますか」 「ええ、準備できてるわ、シャンテさん」 「では、いきます。‥『光を招く宝珠に仕え護りしは、其の光を統べて識るもの也』‥‥」 じっと読み上げる声を聞いていたミコトが身じろぎした。 系譜に間違いない。 ―――『常に、照來の宝珠は福禄の宝珠の在処を映す。逆も亦然り。其をして能はすは『光を失ふ者』也。』‥‥ 系譜に記してある記載によれば、照來の宝珠と福禄の宝珠は同時に発掘され、その本来の力とは別に、繋がりをしめすように互いの存在を映しだす性質があるようだ。 そして、庵盛の村が祀る『照來の宝珠』の護り手は代々、その宝珠の不思議な遠見で村を厄災から護ってきたという。 護り手は血脈として女児にのみ力を宿すこと、宝珠の欠片の影響でその視力を失っているであろうこと、が詳細に記してあった。 ただし、宝珠の傍にいれば、視界が確保できるらしく、その分、護り手は外界では『光を失う者』と称され、村を離れられない仕組みになっていたようだ。 そしてその力は、母から娘一人に受け継がれ、途中で娘が死ねば宝珠の欠片として形を成すらしい。 宝珠の欠片を取り出す方法があるのなら。 死の他にミコトからその力の呪縛を解き放つ方法がきっと―――。 その気遣いにミコトがそっと視界を巡らせた。 多分ここは庵盛の祠に近いのだろう。 一度反応した感覚は、神経が順応するかのようにミコトの中に軌跡を作り、明かりをもたらしていた。 (ぼんやりとだけど、みんなが見える‥湊も) いつかだって、暗闇の中、外の世界に出てもいいんだって、湊達に助けてもらったことを思い出す。 あのときは、得体の知れない自分が生きていくだけで精一杯だった。 差し伸べてもらった手を取ることで必死だった。 (きっと今も変わらない。‥でも、ミコトにできることもあるよね?) 湊の力になれば。庵盛のためになれば。 ‥皆が戦わなくてすめば。 (できるよね?) ちくりと胸が痛い。 「なんで、かな‥‥‥」 きっと間違ったことをしているわけじゃない。 けれど、苦しくなるのは何でだろう、と。 ぎゅうと握った両手を胸にあてると、小さく鈴が鳴った。 ●塵と芥と魂 起き上がった骸が三体に増えたところで、流石に重心を取るのも難しくなった一体が床に倒れこんだ。 光を囮にすれば、動きは見切れる。 そう気づいた三人の中、接近戦を仕掛けているアグネスが骸の傷口から出る毒に当てられていた。 何とか自力で解毒対処できる程度だから良かったが、月夜の検索からすれば、あと二体はいる。 長引けば不利。 系譜の情報を集めている仲間に時間は作ってやりたいが‥。 ゴトリ。ゴトリ。 石版の近くで一体が起きだした。骸の馬鹿力で石版を破壊されたら元も子もない。 「やはり倒すしかないな」 判断が決意に変わった祥の声。 マルカが詠唱に入った。 ユリゼとシャンテも書き写しを中断して戦闘に移るようだ。 シャンテが皆を支援するために勇壮な曲を奏で始めた。石に反響してわんと幾重にも折り返される。 (心をしっかりとお持ちください‥) 言葉をもたぬ曲が想いを載せて届ける。 ユリゼの杖の先から真空刃が地面間際を滑空し、ざわざわと生える布を切り落とす。 ミコトを後ろに下がらせると、湊も抜刀する。 系譜を読み取るために必要な明かりに、群がろうとする骸に立ちふさがった。 力では負けるが、湊の太刀は的確に腕を払い、喉元へと切り込む。 「‥‥く‥ゥ」 吹きだす瘴気にあてそうになりつつも、腕は下ろさない。骸は頭をひねりつぶそうとぐぐと手を近づけた。 「みなとっ!!」 ミコトが固い石段を握り締めて叫んだ。 「なんてことを、湊様!」 マルカがオーラショットを骸のがら空きな懐に放つ。腹に喰らって一瞬動きが止まったアヤカシに駆け寄り、続けざま渾身の力で斬りつける。 ブシ、と破裂音がして胸から瘴気を噴出した。だが湊を捕まえようとする。 「離れなさい」 毅然としてユリゼがファイヤーボールを杖から放つと、ぼっとアヤカシの身体が燃え上がった。 驚いた様子にアヤカシが歩みを止ると、炎に纏われた腕を滅茶苦茶に振り回し始める。 すべてを焼き払う『火』が弱点らしい。 「あなた方の魂に再び安らかな眠りを」 精霊の力を宿したマルカの両手剣が高く掲げられ、膝折るアヤカシに勢いよく突きたてた。 「負けない」 ふ、と笑みを浮かべたように月夜がもう半歩足を開いて足場を確保する。足を切りつけられた骸が此方にやってくる。 自分が置いたカンテラを掴むとアヤカシの方へ滑らせる。 光量を増した眩しさにひるんだ一瞬、月夜の体が沈んだ。 カンテラの炎を揺らさず、見事な加速で踏み込むと、剣からは炎魂縛武の炎が燃え上がる。 神速で振りぬいた骸の傷跡に、忘れていたかのように遅れて炎が点る。 その炎が身体を包み、ぐずぐずと形を無に帰すのであった。 「退くのを知らない、てのはどこかの誰かさんと同じだな」 祥が舞うようにして不安定な足場から槍を繰り出す。跳ね上げた穂先は正中を捉え、吸い込まれるようにその骸を突き抜ける。 そこから、しなりを利用して傷口を広げつつ勢いよく引き抜いては、同じように肩、腕、足と狙いどおりに突きを繰り出す。 動きを殺いだ体のかわりに、布がとんでくるが、それをひらりと跳躍でかわすとダン、と踏みつける。 「明るいのが好きだって?」 布をたどるようにつつともう一方の片足を滑らせる。ピンと張って退けなくなった相手に渾身の雷撃を見舞ってやる。パチリと弾けた火花が赤い柄を道しるべにして骸の体へと疾走する。 アヤカシの体が後ろに弾き飛ばされ、ぶすぶすと内部を焦がして止まった。 「あと一体‥‥。系譜は?」 アグネス、月夜、祥達が系譜の方の作業を手伝うべく駆け出す。 「‥‥と、続きが‥‥読めない、です」 「どうしたの?」 ユリゼが一緒になって指で辿る。前の文章とその先に行きつ戻りつ。 「暗号かなにかかしら?」 「肝心な部分が判読できないのです‥。ミコト様を力から自由にして上げられる方法。これは‥‥。もしや‥鏡文字、ですか」 端まで行ったシャンテの指が逆行する。間違いない。文字を逆さまに裏から見た形で刻まれている。 これを今頭の中で変換しなおすのは、骨が折れるだろう。 「紙をあてて木炭で擦って写し取るしかないわね‥」 アグネスにいわれて湊が準備し始める。 ゴトリ。 ここまで来たというのに、最後の一体が起きだした。 バラバラと開拓者が階段を下り、石版をまもるように布陣を敷いた。 急いではいるが帰り道の分の蝋燭の残りが心もとない。最後には一つのカンテラに明かりを継ぎ足しながら、帰ることになるだろう。 そしてまだ静かに眠っている棺のために、沈黙を取り戻す必要があった。 石の棺から這い出すボロボロの骸の手。 全員で葬る。 開拓者達が残りの錬力と技をすべて注ぎ込んで対峙した。 シャンテの曲で鼓舞する意思と精霊の力で、体が、得物が光りだす。 ナイフを手にアグネスが舞う。のそりとした拳が石棺を砕くのを横目に見ながら、頚椎に刃先を埋めると手を離し、向こう側へと反動で降りる。 ユリゼの真空の刃が援護する中、月夜が居合いで瑠璃色の軌跡を描く。 左腕を落とされ、布切れがマルカに襲い掛かろうとすると、オーラショットで吹き飛ばしながら体の横に水平に構えた剣ごと突っ込む。 それをそのまま圧死させるべく、骸が抱え込もうとしたとき、―――既に頭はなかった。 祥の槍の一閃で、ごろんと床に転がっている。 パリ、と切り口に火花が散ったが、それも一瞬。 ユリゼの炎が猛然と飛来してきた。 ●平和または沈黙 骸は、盛大な炎を上げながら、石棺の中で聴こえぬ断末魔をあげるようにもがき、やがて清浄を取り戻して崩れ去った。 それを横目に転写作業を急いでいると、湊が一人、石版の裏面を手で払っていた。 「‥どうした。裏にも記述があるのか?」 「ん?ああ」 湊がその石版の裏にある家系図を見つめていた。 「奇妙なもんだな。男は名前を記されないのか‥」 宝珠の力を引き継いで、光を失う者になるのは、最初の娘一人。 一番下には美里、とあり、その枝には男児を示す白い○印がある。 「ミコトの名はないのか‥?」 「このあとに生まれたのかもしれないな。石版には追加して書けばいいから」 湊がふらりと立ち上がる。 (――――こういうことか。金城‥) 「おい、これは写さないでいいのか?」 「―――いい、俺が知っていればいいことだから」 「あんたが? おい、どういうことだ?」 祥と湊のやりとりをきいて、ユリゼは金城の言っていたことを思い出す。 (まさか?) だが、いま、湊の母の名を尋ねることはできなかった。 系譜に関する情報を持ち、下った坂を登りきって地上に出る頃には、微かに残った蝋燭の明かりはゆらゆらと揺らめいて静かに消えた。 夕闇の赤い陽が静かに石室から生還した開拓者たちを出迎える。 「ミコト‥ミコトが「誰」であっても思うとおりに生きてほしいの」 石室から離れて、疲れたミコトを座らせると、アグネスがじっと瞳を覗き込んだ。 「覚えてて。あたしは、ミコトだから大事なの。だから本当にしたいことの手伝いが出来れば嬉しいわ」 「アグネス‥」 「庵盛に、戻りたい?」 「決めたの‥」 また胸が苦しくなって涙が浮かんできた。 「そう。湊のために?」 「‥‥‥‥」 こくり、と頷いた。でも、と続ける。 「やっぱり皆と一緒にいたい‥‥!」 胸を締め付ける苦しさにうわぁん、と声を上げた。 「痛い。泣きたくなるの。こんなの嫌なの。ミコトがきめたのに、どうして苦しいの‥!」 泣きじゃくるミコトをアグネスがそっと抱きかかえる。 「それはきっと、切ない、のよ‥本当は行きたくないっていってるの」 「‥‥でも、庵盛が‥」 「一度笙覇に帰りましょう。系譜の情報を全部読んでからでもいいじゃない」 もう一度強く抱きしめた。 こくり、と小さくミコトが頷いた。 系譜が示す情報は、笙覇に無事送り届けられた。 そこに記された方法でミコトが宝珠の力から解放されれば、ミコトは庵盛に戻らなくて良いかもしれない。 そしてまた、欠片の力を蓄えた『照來の宝珠』が『福禄の宝珠』の姿を映すなら――― 『福禄の宝珠』奪還の手がかりとして、これでまた一歩前進しつつ。 そして望むと望まざるとに関わらず。 別の影響も湊達に遠からず降りかかるのかもしれない。 笙覇の城は、まるで砂の上に立つように。 儚く、脆く、そして危険なものをはらんでいた。 |