【荊道】砂上の城・鳴動
マスター名:みずきのぞみ
シナリオ形態: シリーズ
相棒
難易度: やや難
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/08/26 20:06



■オープニング本文

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●陽の世界
 木陰で花冠を教えられるままに一生懸命編みながら、銀髪の少女――ミコトは満足げに微笑んだ。
「上手に出来た、でしょ?」
 少女の世話を頼まれた侍女がその言葉を聞いて、くすりと笑う。
「湊にあげるの! あ、あと鈴鹿の分も作らないと」
「湊様ですか‥その、お花はお好きかどうか‥」
 侍女の脳裏に、野草の花冠を被せられて憮然としている湊が浮かんだ。
「え?ダメなの?」
「は、いえ。だ、だめじゃ‥ない‥と、思います」
「よかった。やっと綺麗に編めたと思うの。喜んでくれると思うの!」
「左様ですね」
 花冠を手繰って笑うミコトの無邪気さに、つい侍女も否定ができない様子。
 陽に跳ねる銀の髪を揺らしながら、黄色い花の冠を大事に手に下げている少女。湊に連れられて城に来たときは、湊が負傷していたせいもあり、雛のようにずっとそばを離れようとはしなかったが。
 ようやく、他人にも慣れ、金城の保護の元、笙覇において客人の扱いで預かりとなった。
「鈴鹿は違う花がいいかな。でも干からびちゃわないように先に湊に届けないと‥」
「はいはい。では、湊様のところに行きましょう」
「うん。お願いします」
 そわそわしていたのは、湊に会いたいからなのだと知っている侍女は、嬉しそうに頷くミコトの手を引いて歩き出した。



●陰の世界
 西方の任から帰還した金城は、ギルドからの報告書を読んで、頭を抱えると共に開拓者達の気遣いに心の中で頭を垂れた。笙覇の者に湊の素性がバレたらと思うと‥。
(仲間より、これに関しては依頼で動く開拓者の方が有用とは―――)
 同時に、開拓者が敵である興月家についていたらとぞっとする。
 裏を返せば、笙覇に潜入し、湊たちを屠ることも依頼として成立するのだろう。興月がその手にのるかそるかは賭けでしかないが。
「ひとまずは――」
 頭痛の種である湊を動かさないこと。
 開拓者達には珍しく心を許し、前回帰還した折に笙覇を案内したそうだが。
「金城、居るか」
「‥み、なと?」
「ああ、居た。任務お疲れ。えーっと、これなんだが」
「湊様? あなたは『謹慎中』。わかりますか? 謹・慎・中!」
 自室にひょいと入ってきた頭痛の種に、金城が報告書をおいて立ち上がる。湊が手にしている書物が敵の武家屋敷から入手したものだから尚更たちが悪い。
「ここに書いてある宝珠なんだけど」
「まるっきり無視ですかあなた‥。こっち見る!湊!」
 業を煮やした金城が改まった口調から幼馴染のそれに変わる。書物を手から奪われた湊が、あ、と言って顔を上げる。
「―――こっちで調べるから!湊はじっとしてること!」
「そんなに怒らなくても。じっとしてるじゃないか!」
「これを読んでいること自体、危ないんだって。誰だ、湊に渡したヤツは」
「お前に貸した本が返ってこないといったら、すぐ」
「‥‥‥借りてない。全く。本当にこの城の人間は湊に甘い‥‥」
 油断も隙もない、とごちながら再び金城がどかりと胡坐をかく。どうしたものかと二の句が告げない状態に、すっと横に腰を下ろした湊がぽつりと呟く。
「西に行っていたのもその偵察か?」
「‥偵察だなんて人聞きの悪い!ちょっとした交渉―――」
 言ってしまってからしまった、と思ったがもう遅い。
「やはり、そこに書いてあるのは本当なんだな!」
「―――ああぁ!! 本当にもう!!!」
 甘かったのは自分も同じ、という結果に、金城は頭をかきむしるのであった。



●知恵の実
 どうしても行くというのなら、と金城が出した条件と湊の考えは合致していた。
 開拓者を雇うこと、という一つの帰結。

 笙覇より西方に山神を祀る祠がある。その護人である村人の説得にひとまず金城が当たってみた。
 だが村人は、祠に村人以外を近づけてはならぬという掟を固く守り、そこに祀る本尊が盗まれることを畏れていた。
 記録書には、そこに本尊として祀られた宝珠は、結賀家の宝珠と同じ所で発掘されたと記されている。祠にあるのは『照來の宝珠』という光の力を司る宝珠であり、真球に加工されていたその一片が欠けた形で納まっているという。
「『照來の宝珠』はもう一つの宝珠の在りかを映す‥在りかを映す」
 湊がぶつぶつと呪文のように繰り返す。
「同時に、『照來の宝珠』が実在すればこの記録書の確かさも確認できる、ということだが‥」
「もし記録どおりなら、祠の宝珠は欠けているのか‥ミコトが光を失っているのは偶然か?」
「あの少女の母親がどうだったのか、にもよりますね」
―――書いわく、『光を失う者あり。』
 宝珠の欠片が宿ったことにより、光を失った娘がいた。その力は子供へと受け継がれ、代々祠を守っていたのだが‥いつしか村から、その血脈は失われていることまでは金城が調べていた。
「今回ばかりは、止めてもきかない、というのはわかりますが‥。貴方が死んだら元も子もないんですよ」
「手順を踏め、と散々言われた。笙覇の者でなければ、開拓者しか頼るものはいない」
「本当にそう言われたんですか。手順踏めばいいってものじゃないんだが‥」
 はあ、とため息をつきつつ金城が書をしたためる。
 そのとき、コトリと廊下で音がした。
「‥誰だ?!」
 誰何の声に小さな足音が遠ざかっていく。廊下に出た二人が目にしたのは、ぽつねんと落ちていた小さな花冠だった。
「急がねばならないようですね」
 金城の声は深く、静かに湊の耳朶を打つのであった。



■参加者一覧
御凪 祥(ia5285
23歳・男・志
アグネス・ユーリ(ib0058
23歳・女・吟
シャンテ・ラインハルト(ib0069
16歳・女・吟
ユリゼ(ib1147
22歳・女・魔
万里子(ib3223
12歳・男・シ
マルカ・アルフォレスタ(ib4596
15歳・女・騎


■リプレイ本文

●再びの地
「この先が庵盛だ。村長を説得する‥多分荒事にならないとは思うが」
「結局、笙覇の奴らはあんたをとめられないのか‥」
 御凪 祥(ia5285)がやれやれと嘆息した。
 湊は振り返って飛空船から降りてくる開拓者を一人ずつ見やる。
 開拓者という存在を知り、以来度々助けられ、その存在と力に惹かれているのが本音だった。文句を言いつつも付いてきてくれる開拓者を見て嬉しく思う。
「無理をされてはだめですよ」
 湊にふわりと並んでシャンテ・ラインハルト(ib0069)が話しかける。
「わかっている」
 幾度目かの念押しに湊が苦く笑った。
(結局は俺の我儘だって解っている)
 しかし。だからこそ金城は条件つきで許したのだと理解している。
 樹が口にしない願いならば、それを知る自分が叶える。
 ミコトが生きる世界があるならば、戻してやりたい。
(―――己に出来ることがあるのなら。)
「だいじょぶ?」
 てて、と前にまわってきた万里子(ib3223)が見上げると、考え込んでいた湊ははっとして平静を保つのであった。


 庵盛の村は山間の裾野に位置し、村の正面を広く麓に開いている。集落を護るため正面を包囲するように高い柵が設けられ、門が置かれていた。
 門を護る村人に来意を告げると、ややあって村長の家に通された。
「この村に『照來の宝珠』が在ると文献に記されている。見せてもらいたい」
 害意がないことを示すため太刀を村長に預けて説明を終えた湊が、きちりと頭を下げる。壮年の男は何度となく短く断りを返して首を横に振る。
「幾人来ようと、何度足を運ばれようと無理です。宝珠かどうかは知りませぬ」
 拒絶の沈黙の後。一呼吸おいてアグネス・ユーリ(ib0058)が笑顔を見せて口を開く。
「持って帰ったりしないわ。確認したいだけなの」
「確認?」
「実は『光を失う者』との関係も気になっています。真実が知りたいのです」
 ユリゼ(ib1147)がそう口にしたとき、村長の顔色が変わった。
 強張る態度に湊が再度頭を下げる。
「重ねて、宝珠を持ち去る気はない。村にも危害は与えない。約束する。どうか‥」
「山神さまは村のもの。近寄らせるなという掟は掟。それ以上お話はできない」
 その言葉に湊がきつく拳を握った。
 だが、この場で引き下がっては二度と―――
 そう逡巡した時、きゃあ、と家の前で声がした。
「村の外で捕まえた!不審なヤツだ!」
「離してっ!」
「‥あの声、ミコト?!」
 アグネスとユリゼがはたと見合わせて外へ飛び出した。
 後ろに手を捻られている銀髪の少女の姿を認めて、二人が慌てて村人から奪った。
「湊の無茶がうつったかしらねぇ」
「女の子には叱れないじゃない」
 虚脱感全開の二人とは対照的に、ミコトはぎゅう、と抱きついてきた。見えない分、音と触感には鋭いようだ。
「ミコ‥ト?!」
 騒がしい様子と進まない折衝に一旦湊が退席してくると、ミコトがササッとアグネスの後ろに隠れる。
「来てしまったものは仕方がない‥ですか」
「どうなってるんだ笙覇の監視は‥」
「シャンテ、祥、久しぶりなの‥」
 耳を傾けてミコトが小声で挨拶する。
「お一人でここまでなさるのはよほどの思いですのね」
 湊と見比べ、似ている‥と思いつつもマルカ・アルフォレスタ(ib4596)が心配しているとミコトが得意そうに微笑む。
「湊の新しいお友達!その声はマルカね?‥あと万里子いる?‥‥よろしくね?」
「何で来たんだ、ミコト!」
「湊、あんたがそれ言う?!」
 アグネスに逆に怒られる湊であったが、目の見えないミコトがここにいるのは開拓者を運んだ飛空船に紛れ込んでいたことしか考えられない。
「来ちゃったものは仕方がないよ。初めまして、きみがみことだね?」
 万里子がにぱ、と笑ってミコトと握手をしている。
 開拓者たちも、流石にミコトを怒鳴ることは出来ないらしい。
「とにかく飛空船に戻って大人しく――」
 湊がミコトを捕まえようと手を伸ばした、刹那。
「アヤカシだぁ! アヤカシがきたぞ!!」
 カンカンと響く鐘の音と門番の声に全員が凍りついた。



●白き暗黒
 先頭に見えたのは黒い点。
 やがてそれは、黒い衣に身を包んだシノビだと知る。
 その後ろに連なるのは、白い胴をうねらせた巨大な蛇。
「あいつ‥追われてるんじゃない!」
 遠眼鏡を門番から奪った湊が閉門を指示したが、門に皮袋が幾つか投げつけられビシャリと湿った音を立てた。漂う血臭。アヤカシをおびき寄せた肉と臓腑だった。
「ここにはアヤカシなど来ないはず」
 村長が近づいてくる白蛇を睨みつけながら、即座に村人に逃げるよう指示を出す。
 そして湊達を振り向いて逡巡した。おびき寄せたのは偶然か‥それとも罠か。判じきれなかった。
「村の正面で食い止める!」
 迷うことなく、祥が左手で槍を構えた。幾度となく繰り返された状況判断の行動が自然と仕草に現れた。
「何なのよ、急に!」
「四匹も‥‥ですがいかに厳しい戦いでも、退くわけには行きません」
 アグネスとシャンテも即座に迎撃体制に移る。
「アヤカシはわたくし達が引き受けますから、早く避難してくださいまし!」
 鳴り止まぬ半鐘と恐怖の悲鳴の中、村人と反対方向へ移動しながらマルカが村人に声をかけ、三人を追う。
「‥‥俺も手伝う!」
 湊が流れに逆らうようにして付いてくるのに気づくと、祥が踵を返してその胸倉を掴んだ。
「いいか?!今はミコトを守れ、自分を守れ!‥‥残された者がどれほど傷つくか‥!あんたが自分を犠牲にした時の代償や影響の大きさをよく考えろ!」
「―――!!だが‥」
「湊さん、今ミコトさんの側を離れないで」
 ユリゼと万里子がミコトの身の安全を訴える。ミコトも耳を塞ぎながら固く目を瞑っている。
 前線で保護することは適わない。村の防衛をかって出た四名という数は、ぎりぎりで割ける戦力だと気づいた。
「‥わかった」
 成すべきことを思い出したように湊がそう答えた。


 白蛇が村に到達する頃には、小出しにされた血と肉ではなく、叫び動く人間へと獲物が切り替わっていた。
 赤く細長い舌をちらつかせながら、一瞬だけ、進撃をためらったように見えたが、そのまま力任せに進んできた。壊して傾いだ木柵に乗り上げながら村に侵入する。
 めきめきと裂ける音が響く中、シャンテがフルートに祈りを吹き込んだ。
 ビクン、と精霊の気配に蛇達が長い身体を固める。
 辺りの民家の避難を確認した祥が苦無を民家に打ち込むと、それを足場に一気に屋根に駆け上がる。続いてアグネスもナイフを使って民家の屋根に登ると、高所で二人が待ち構えた。
 地上では村人達が逃げていった道をマルカが塞ぐ。
「開拓者として、貴族として、罪無き者を守るのが我が務め‥」
と、地面に剣を突き立てて挑むようなまなざしでアヤカシを睨んだ。
「絶対に通さないっ‥」
 アグネスが一つ息を吐くと精神を研ぐようにトランス状態に入る。
 シャンテの曲が変わったのを合図に、祥とアグネスにアヤカシが襲い掛かった。
 丸呑みにしようと開いた口を横へ避けながら、祥の槍が大きく回転してその身体をざくりと切り裂く。が、深くは至らず、白蛇は牙をむいて尾を激しく打ち付ける。
 身のこなしが軽いアグネスも別の個体の初撃を跳躍でかわして勢いよく斬りつけた。
 だが、こちらも頭を振られてナイフが抜けた。
「一撃では無理でも‥!」
 別の屋根に着地してバックステップで衝撃をそらすと、再度アグネスが腹側から切り込もうとした。
 勘付いた鋭い牙がアグネスの腕を掠めた。
「‥‥っ!!」
「アグネス!」
 アグネスが牙に引っかけられたのを目に留めた祥が、白蛇に雷撃を放った。アグネスを狙ったアヤカシが大きく仰け反る。
 腕を押さえながら屋根を滑ったアグネスがナイフを突き刺して落下に耐える。
「だ、大丈夫!掠っただけ!」
 上着のショールが破れたことに膨れながらも、負傷せずにすんでほっとする。祥も安堵しつつ強く踏み込むと長槍で眼前のアヤカシの喉を突く。
 暴れて巻きつこうとする胴をかわすとぐしゃりと家が潰された。
 残り二匹の蛇もしゅるしゅると村に入ろうとしている。六人で戦えないため、戦いは長期化する。歯痒い思いが交錯した。
 被害は出ても最小限に食い止めたい―――
「こちらも数が数だ‥一体ずつ確実に撃破する!」
「同感! 声出していこ」
 危険にその身をさらしつつ、まずは一匹、と四人は狙いをつけるのであった。


「必ず守るから。落ち着いて、安全なところに逃げて!」
 地響きのような音を立てるアヤカシと開拓者の戦闘を見ながら、湊と共にユリゼと万里子も村人の避難を誘導する。
 その様子を見ていた村長が四人に歩み寄る。
「あなた達が連れているその子は‥目が見えないのか」
 その一言に、反射的にユリゼと万里子が立ちはだかる。
 重く流れる空気は、互いに探り合う気配。
 そして音に怯えるミコトを見ながら、静かに湊が口を開く。
「確かに見えない。‥丈豊に捕らわれているところを俺が助けた。今ここに居るのは、俺達の飛行船に潜んできたからだ。本当ならば、此処へ連れてくるべきではなかった」
「やはり‥‥」
「待って。アヤカシが来た理由がなんであれ、今村人もミコトも護らなくてどうするの」
 キリと唇を引き結び、ミコトが交渉の道具になることをユリゼが警戒する。村に『光を失う者』の血脈がいるかどうか、まだ確認が出来ていなかった。
「‥‥‥‥」
 数瞬あって、村長が湊の太刀を差し出した。湊がそれを受け取ると村長が村の中に視線をやった。
「山神さまの祠は村の最奥にある。その子を連れて行くがいい。ただし、そこに集まった村人の安全を約束されたい」
「それは約束する。だがなぜミコトを?」
「伝承が正しければ、行けばわかるのだろう。今の庵盛は欠けたモノを埋める者を持たないのだ‥」
「‥わかった。どのみち村の外へは出られない。皆の避難を手伝いながら、祠へ行こう」
(万が一宝珠と反応したら‥ミコトを守る)
 それが自分の役目だと言い聞かせ、湊達は村人の誘導に向かった。


 疲弊する精神と肉体とを引きずりながら、マルカが両手で剣を振り下ろす。ブツリと白蛇の皮膚を切り裂くと、瘴気があふれ出た。苦悶するように白蛇は体を延ばし高音を発した。
「‥くそ!」
 祥が怪音波に眉根をひそめて、蛇の首を落としかけた槍先を引いた。闘いで熱を帯びた赤い槍が名残惜しそうに皮一枚を残す。
「んもぅ!」
 両手で耳を塞いだアグネスが気を取り直すと、先ほどのお返しとばかり、その頭を蹴り落とす。ドウと落ちる胴体に巻き込まれないようにしながら、すり抜けようとする残りの二匹を追いかけて二人が飛び降りる。
「退く訳も通す訳もないでしょう」
 音の邪魔に一瞬顔をしかめて唇を離したシャンテだったが、そうごちると曲調とテンポをがらりと変えてマルカと祥を素早く動けるように支援する。
「止まれ!」
 雷を放ちながら祥がその頭蓋に飛び降りて切っ先を突き立てる。白蛇が衝撃で上向き、喉を晒す。
「マルカ!お願い」
「承知しましたわ!」
 低く地に着くその瞬間に、駆け寄ったマルカが皮膚の柔らかな顎下にずぶりと剣を突き刺すと一気に首を切り落とした。
「あと一匹!」
 瘴気に当てられぬように骸から離れつつ、最後の力を腕に集め、開拓者が駆け抜けた。



●儚き共鳴
「あれは‥みさと様?」
 祠の周りに避難した人々の中で、ぼそぼそと呟く声がある。聴覚を研ぎ澄ましていた万里子が老婆の言葉に反応して顔を向ける。
「みさと? みさとって誰?」
「婆さまが、あの子が似ているって!」
 子供がミコトを指差しそう言うと母親らしき女性が慌てて黙らせる。
「ミコトが誰に似ているって?」
 湊が詳しく話を聞こうとすると、ミコトが苦しそうに湊の服を引っ張った。
「湊‥。なに、これ。怖い。頭の中が半分白くなって‥」
「ミコトさん?!しっかり」
「ぼんやりと‥何かが浮かんでる。人なの?沢山いる。ここの風景、なの?」
 膝を折り、見えない目にミコトが両手を押し当てた。
「その髪、その容貌‥見れば見るほど、美里様の幼い頃にそっくりじゃ。とうとう庵盛に戻ってきた」
 村人がミコトを見てどよめく。
(何か‥聞こえる‥祠‥えっ?)
 万里子が近くにある祠を振り返った。
 古めかしいながらも荘厳な造りの祠の中で、何かがカタカタと音を立てている。
 村長もミコトの様子に決心がついたのか、恭しく礼拝をすると鍵を開けて札を剥がし、縄を切って祠の表の扉をギッと引いた。
 幾重にも厳重に扉を重ねたその奥に、振動する桐の箱があった。
 差し出されたその箱に触れようとした時、祠から少し離れた所にいる村人達の歓声が上がった。
(倒してくれた)
 開拓者達が最後の一匹をしとめたことに深く安堵しながら、湊が桐箱の蓋を開けた。

 そこにある宝珠は、真球の形であったろうと推測させながらも、ひび割れ、欠片を失ったまま、淡くぼんやりと光を放っていた。


 傷を負いながらもアヤカシを倒した開拓者達は、祠まで引き上げると、ユリゼから治療を受けつつ『照來の宝珠』を眺める。
 もし、村を見捨てていれば、今頃は多くの命を失い、この宝珠も失っていたかもしれなかった。
「皆さまがご無事でよかったですわ」
 村人が無事だったことにマルカが涙ぐんで微笑む。
「ミコトは大丈夫なの?」
 ぐたりとして湊に背負われているミコトを見てアグネスが焦った。
「ちょっと‥慣れなくてびっくりしただけ」
 顔を上げて精一杯の笑顔で応える。初めて見る映像の眩しさに酔ったようだ。
「‥帰りましょう、ミコト様」
 気遣わしげにシャンテが声をかける。
 だが、村長がやはりそれに異を唱えた。宝珠に反応した以上、ミコトを残すようにと強く主張し始める。
「湊‥」
 ミコトがぎゅうと湊に回した腕に力を込めた。置いていかれる事を理解はしても悲しくてしょうがなかった。
「誰だって、身の置き所は自分で決めていいはずよ」
 優しくその頭をアグネスが撫でてやる。
 湊もこのままミコトを庵盛に残すことには反対だった。

「――丈豊にも誰にも渡さぬよう結賀が責任を持ちます。今はお帰し願いたい。ミコト本人の意志でもあるものとお考えください」

 湊が必死にミコトの身の危険もあげて抗弁した。
 村人を守った開拓者の実力を見せつけられた村長は、それ以上は強行に出られず、ミコトの身柄を結賀に預けることに渋々と同意する。

 帰途、目的を果たしたはずの一行に、澱のように静かに不安が降り積もる。

 選べない道ならば、覚悟を決める時間が必要である。
 そうは思い至っても誰もそれを口にできなかった。
 ミコトが庵盛から離れて落ち着きを取り戻すまで、飛空船の中で誰もが幸せな結末を祈らずにはいられなかった。