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■オープニング本文 昨日まで在ったと思うものが。 今まで正しいと信じていたものが。 崩れていく感覚は――まるで掴めない時間の砂のように。 失って臨むものは未来か、過去か。 闇を得て築くのは陰か、陽か。 その答えを引きずり出す為に此処にいるのだと若き瞳は天を仰ぐ。 運命などと片付けられぬよう、ただひたむきに。 ●砂上のように 紅蓮の炎は全てを焼き尽くすべきであるのに。 畏怖も悔恨も戦慄も――何もかもをこの身に刻んでいった。 父の身を焼く匂いはまだこの鼻腔に残っている気さえする。 灰と帰せば無力。 その言葉を思い知ったあの夜。 思えばそれ以来、真に寛げたときなど覚えが無いという状態に、城下を見て知らず笑いが漏れる。 「‥主上?」 小姓である少年は、また主がよからぬことを考えたのかと、そっと声をかける。 「ああ、大丈夫。心配されるほど今は動ける局面じゃないから。で、鈴鹿、あの件はどうなったんだい?」 「あの件、と申しますと?」 「しらばっくれられるとなんだか心外だな。金城と茶を飲む暇はあっても、僕に一言も報告はないときた」 扇子を開いたり閉じたりしながら、青年がちろりと鈴鹿を見る。主の着替えを取りにそそくさと去ろうとしていた背中がピタリととまる。嗚呼、と鈴鹿は胸の中でため息をついた。 「茶を飲むくらい誘ってくれてもいいと思うが」 「主上におかれましては、お忙しい身であるゆえ‥‥」 「全く。忙しいから茶を飲むのだろう。湊は帰ってきてから、一度も顔を見せない。冗談だろう、主の求めに応じないとは!‥と、言ってやりたいが、それもままならない、と」 「湊様は今病を患っておられまして。お目通りは何卒ご遠慮願いたいと」 見る見る気色を失っていく小姓を追い詰めるほどには、自分はつまらない主なのだな、と思いながら、結賀 樹(ゆいが たつる)はぽんと扇で手を打ってニコリと笑った。 「よし。それはそれ。僕も『茶』に付き合おう」 「なんでこうなる」 「知りませんよ‥私だって。ことこれに関しては地獄耳です」 茶店の座敷の筈が、城内の茶室に変更になっている段階で、執務官である金城は大きく眉根を寄せたのであるが、鈴鹿と小声で言い争っている声など聞こえぬように当主である樹が茶を嗜んでいる。 「久しぶり、湊」 「主上、なぜに‥」 主の姿を見て諦めがついたように脱力し、絶句していた湊がようやくそれだけを口にすると、樹がニコニコと笑いかける。 「来なさいといっても来ないだろうから来た。尤も命令する気はないけど」 「‥‥‥は」 「まさか宝珠如きで乗り込むとは思わなかった。‥さて、大病らしいから何処から詰めればいいのかな」 「‥あの、ですね主上」 「金城は黙る。鈴鹿も。ん?‥‥これじゃまるで僕が怒ってるみたいじゃないか」 立派に怒っていますと言いたい二人だが、騙まし討ちでこの場に居合わせたようなものである湊には、同情するしかない。 とはいえ、元はといえば、湊本人が無茶をしでかしたせいなので自業自得の面もあるが。 あばら骨折と裂傷の完治のために大事を取らせ、動けるまでに身体を慣らしたのがごく数週間前の話。 無事に座っている姿でなければ、樹がどれほど‥と冷や汗ものの二人である。 半分血のつながった唯一の兄の身を案じる弟、ではあったが、樹はその身分上おおっぴらに湊にかまうことはできない。 湊も湊で、秘された身分はなきものと割り切った行動をするから、尚更に心配をかうのだが‥。 「委細もらさず聞こうじゃないか」 樹は茶碗を愛でて一口飲むと、それをゆっくりと湊へ差し出すのであった。 「聞いてないぞ!」 「俺だって知るか!た‥いや、主上が急に鈴鹿についてきたんだって!」 散々、樹に心配していたという鬱憤をぶつけられて、湊が怒りながら足早に歩く。珍しく金城が声高に湊を追いかけるその様子に、周りが何事かと振り返る。 「‥‥とにかく、湊様落ち着いて」 咳払いをし、声をやや抑え気味にして語調を整えると、金城が湊の腕を掴む。 西方にこれから出立しなければならない金城は、湊の動きを察知して釘をさそうと今日の日を設定したのだが。 当主の横槍とも言える行為は、避けられるはずもなく予定を狂わせた。 あの状況下で切り出せるような話ではなかった。その点について湊本人も気が気でなかったに違いない。 だから余計に怒っているのだろう、と推測はつくのだが。 「短慮は駄目です。‥密命は取り消します。貴方を行かせることはできない」 「行かない。‥大事無い。お前は役目を果たして来い」 「湊‥」 「それだけだ。心配することは何も」 ふいと腕を振って金城の手を解くと湊が再び歩き出す。 金城は黙って見送るつもりだったが、ふと瞳を巡らせる。 「―――開拓者を雇います。‥空振りに終わればそれに越したことはない」 やや緩まるかに見えた湊の歩幅はそのままに。 「勝手にしろ」 独り言のように、湊の声が響いたのであった。 |
■参加者一覧
御凪 祥(ia5285)
23歳・男・志
アグネス・ユーリ(ib0058)
23歳・女・吟
シャンテ・ラインハルト(ib0069)
16歳・女・吟
ユリゼ(ib1147)
22歳・女・魔
万里子(ib3223)
12歳・男・シ
マルカ・アルフォレスタ(ib4596)
15歳・女・騎 |
■リプレイ本文 ●噂の人 「そのような無茶な方なのですか‥」 依頼に同行した開拓者達から、今回の保護対象である湊の話を聞くと、マルカ・アルフォレスタ(ib4596)が唖然とした。 「今度ばかりは腹に据えかねるな」 御凪 祥(ia5285)が感情をもてあましたように、右の掌に槍を打ちつける。金城から手配されている飛空船の中で、暴れださないのは彼がいつも持ち合わせている理性の賜物である。 「‥で、やっぱり行ったのね。行くと思ったけどね!」 はぁ、と何度目かの溜息をついたのはアグネス・ユーリ(ib0058)である。男って厄介!と思いつつも、湊はその一般的な基準を越えている気がしてならない。 「本当にどこまで前のめりなんだか‥」 うう、と頭を抱えているのはユリゼ(ib1147)であった。頑張ってと思ってはいたが、これほど人に心配をかけているのは解ってもらわないといけない気がする。甘んじて説教を受けてもらうべきだと祥、アグネスに同意する。 三人の様子を見て、無事に助かっても何かしら気の毒なことになる気がしたシャンテ・ラインハルト(ib0069)も頬杖をついて嘆息する。 「じっとはしていられない、自分の手で成し遂げたい、という気持ちは否定されるものではないのですが。‥きちんと正式になすべきことはあるのでしょうに」 こうなると、目的地までの移動中、屋敷での段取りを打ち合わせしつつ‥既知の開拓者から話を聞いたマルカと万里子(ib3223)の脳裏には、特徴とともに要注意人物として湊の名前が刷り込まれていくのであった。 ●喉元まで 「金城様の使い…?」 こそりと従者に耳打ちされて、鈴鹿がやや首を傾けた。老臣達と議論中である主を見て一旦視線を下げたが、終わればすぐ行く、と返答を持たせる。 (金城様不在を知っての…。さては湊様の件) 一つ息を吸って平静を保つ。懐にある間取図は万一のために預けられていた。湊が姿を消した事実は樹に気取られるわけには行かない。 物別れ気味に話し合いが終わるのを見届けると、樹に夜食を用意すると鈴鹿が立ち上がった。 そのまま、指定した部屋に入って襖を閉めると、音もなく卓の前に現れる万里子の姿に、鈴鹿が目を見張る。 「開拓者…初めてみました」 「あなたがすずか?あたいは万里子。金城の依頼のために来たよ。協力してね?」 にこりと笑って両の指先で四角い形を空中に描いた。 「鈴鹿!」 廊下に響いた主の声。万里子に間取図の説明の最中のことであった。 「鈴鹿!どこだ?!」 苛立ちが募った樹の声に、鈴鹿が急いで立ち上がる。万里子がそれをしまいこむと同時に樹の声が部屋の前で止まった。勢いよく障子が開く。 「なんでしょう、主上」 「‥誰がいた?」 「誰もおりません。ほらこのとおり」 「‥‥うん?気のせいか? まあいい、さっきの話を今一度だな――」 「ああ、お夜食をお持ちします。お腹を落ち着けてからお考えになったほうが」 苛立ちが主の勘のよさを鈍らせていたらしい。内心冷や汗をかきながら、鈴鹿が部屋を後にした。 遠ざかる足音に、咄嗟に飛び上がって梁にしがみついていた万里子もほっと息をついたのであった。 ●探し物 間取図を受け取り、密命の概要を把握した開拓者達は、湊達が目指す最終地点から遡って、湊を抑えようと考えた。あわよくば彼らが密命として狙っている記録書も手に入れることにする。 屋敷の裏口に辿り着くと、万里子が南京錠を見つけ、指先でそろりと撫でる。カチリという音がすると鍵もなく錠がとけた。 合図とともに六人が屋敷に滑り込む。 「ひとまず、納戸まで行って、目指すは隠居部屋‥。東の一番奥ね」 「湊達は先にどこかの部屋に通されているでしょう‥さしづめ表座敷かなと」 間取りを脳裏に思い描きながら確認するように二人が呟く。かくゆうアグネスは髪を団子状にまとめてヴェールで顔を隠し、ユリゼは狐の面を被っている。前回戦った際のシノビがいたときのための対策であった。 「見張りはシノビ。感知は向こうが上だろうが、遭遇を避けるためにはこちらもある程度察知する必要がある」 祥もカフィーヤを使って目以外を覆うと、近くに敵が潜んでいないか探りながら進む。 「あたいも了解。音には気をつけておくよ」 万里子が小さな身体をさらに屈めて足音もなく歩く。 家人に出くわしたりしないよう息を詰めて探知しながら、六人は隠居部屋までの最短距離を進んでいくのであった。 「ほほう。これは美しい。上様に献上すればお気に召されるやも」 屋敷の主は、螺鈿細工の美しい装飾刀を手にすると何度も視線を走らせた。 表座敷に通された笙覇の密命者は武器商人らしく、ははぁ、と一斉に頭を下げた。 「近くまで商いに参りまして、是非興月のお殿様にと思った次第‥」 一行の長を務める男がそういうと、湊も横で頭を下げた。顔にある傷が醜いのでと頭巾を深く被り顔を隠している。 「では、太刀、小刀、槍‥全て買い取ろう。次は鉄砲も持ってくるがよい。笙覇で戦となればいくらあっても足りんからのう」 「‥‥‥」 「どうした?」 頭巾の若者の反応に主が少し視線を尖らせた。 「いえ、何もございませぬ。少し緊張しておるだけです」 慌てて、すぐ横に座っていた仲間が湊に肩をぶつけながらそう謝った。 「む。まぁよいか。代金は家のものに渡させる。しばし待て」 主が言い残して座敷を出て行くまで、全員が頭を下げていたが、離れたと見ると表情は一変し、そこに広げられていた武器を各々が掴んで無言で立ち上がる。 騒がれるようであれば斬る、と決めていた密名者が座敷から放たれた。 「頼むぜ、湊。記録書だ」 「わかってる」 外回りの廊下を急ぐその集団の後ろ姿をみて、興月家から派遣されていたシノビたちもまた動き始めた。 「木を隠すには森ですか‥」 隠居部屋に辿り着いたのはいいが、シャンテが綴じ本やら巻物といった蔵書の多さに辟易する。ここから宝珠に関する記述を書いた書物を持ち出そうとは。 片端から手分けして探し始めた頃、祥と万里子が巻物を置いて振り返った。人が来る気配―― 「廊下からもこちらに来ますわ」 光を反射しない様に手鏡をかざして見張っていたマルカも報告する。だが、鏡の中の湊達は呼び止められて振り返ると、戦闘へ突入した。 湊を助けるべく開拓者達が別れて助太刀しようとしたそのとき、 「探し物は見つかったか?」 襖が開くとこちらにも忍び装束が五人立ちはだかった。興月の家の差し金か、通常の屋敷の警護とは思えぬ数。 ジリジリと互いに距離を見計らっていると、そこへ廊下から追われるように笙覇の者とシノビが交戦しながらなだれ込んできた。 「‥‥!?」 シノビと対峙している開拓者達を見て湊が言葉をのんだ。顔を隠してはいても流石に誰だかわかる。 「‥‥一つは見つかった」 祥が静かにシノビに視線を移すと素早く踏み込んで短槍を繰り出す。シノビが身を捩ってそれをかわす。それを皮切りに刃の交わる音が響く。密命者も入り混じる。 戦いの場を求めて、誰かが障子を蹴飛ばした。 一同が切り結びながら外に躍り出る。 「その者達は?!」 苦無を受け流しながら、密命者が湊に尋ねる。顔を隠した開拓者を見て新手かと混乱しているようだ。シノビ九人のほかに六人も追加されては、旗色が悪すぎる。 「違う。敵じゃない!」 右から突き出される刃を太刀で落としながら、それだけを湊が言い切る。 しかし、その刹那、手裏剣が飛来し湊の頭巾を引っかけた。顕わになった素顔に後から現れた一人のシノビがほくそ笑む。 「やはりな。こやつらは笙覇の者。特にそいつは生け捕りにする価値がある‥捕まえろ!」 びゅる、と分銅がついた縄が湊へ幾重にも投げられた。 「‥‥!」 太刀で叩き落としたのは数本。腕に絡みつくと、容赦なく湊の身体にも縄が絡み自由を奪う。 「湊?!」 「気にするな、行け!」 助けようとする仲間に、湊が目的を達するよう促す。 「ほう?‥もしや味方に教えていないのか、おまえが――」 「湊様!」 シャンテが注意を引くとフルートで高音域のノイズを発した。耳のよいシノビの脳裏を引っかくようにして意識を混乱させる。 「今です‥一人でも多く!」 手が止まったことを確認して、シャンテに続いてユリゼが杖を振りかざし、詠唱を始める。がくりと膝を折れて半数のシノビが眠りに落ちた。 祥とアグネスが湊を背にかばう。 「金城とやらには同情する。本当にあんたはわかってない」 「湊‥あとでわかってるわよねっ?!」 前を向いているが、怒りがにじみ出ている二人の声。祥の猛攻が始まった。分身ごと一気に横薙ぎに払う。そのまま遠心力で身体を回転させると、残る右の手の刀がシノビの胸元を切りつける。 アグネスがナイフで苦無を叩き落とすと、素早い勢いで足元を狙った。後方に跳躍することを見込んで遅れず追いかける。 「少し大人しくしていただきましょう」 シャンテが再びフルートを口元に当てると、澄んだ音色とは裏腹の重力の呪縛がシノビに襲い掛かる。腹あたりを見えない手で押さえられたように動きが鈍る。 アグネスの跳躍がシノビに追いついた。相手の着地と同時に腹にナイフを突き立てる。 「さっさと目的を達成しないと、だね」 万里子とユリゼが記録書を探しに部屋へと戻る。湊を守っている様子を見て味方だと判断したらしい。密命者たちも二人を守りに同行した。 追いかけようとするシノビをマルカの剣が遮る。 「我がアルフォスタ家の銘と誇りにかけて、あなた方を阻止しますわ!」 朗々とした詠唱とともに力強く剣を振り下ろす。かろうじてシノビが一撃を受けきったとみると、華奢な身体の何処にその力があるのかと疑うほどの早さでマルカが突きを繰り出す。 盾で飛び道具から身を守りながら、屋敷に戻らせないようジリジリと包囲を詰めていく。 「おのれ‥そやつだけは」 生け捕りができないとわかると、湊の正体を暴いたシノビが湊に向かって苦無を投擲した。祥が幾つか槍で弾いたが、一投がすり抜ける。 「シャンテ!」 「!!」 アグネスの声にシャンテが湊をかばうようにして地面に倒す。影を縫うように突き刺さった苦無を見てぞっとしたが、下敷きの湊には怪我がないようでほっと息をつく。 「‥シャンテさん、これを切って」 動けないことが悔しいのか、湊がシャンテにそう懇願する。 「そうして差し上げたいのですが‥。今回の依頼は湊様を保護することですし」 動かないてください、といってシャンテは自分の体を湊からおこすと、ぽんぽんと湊の縄を叩くのであった。 ●明滅する記憶 「あとはこのあたり‥集中してみます」 ユリゼ達が屋敷の部屋に戻ると、何も題が書かれていない綴じものを数冊見つけ出した。その中を読む時間も惜しく、ユリゼが本に手を置く。術書にふれる機会の多い魔術師ならではの書物の検索機能が発動する。 「‥これは違うわ。宝珠がでてこない」 「そんなことがわかるのか?!」 密命者たちが驚きながらその様子を見守っていると次々とユリゼが中身を検索していく。ユリゼが五冊目に手を置くと、何かが引っかかったのか目を閉じて集中する。 「結賀家‥宝珠‥関連する記述がある。これ?」 「おお!それだ!奪われた宝珠のことが書いてあるか?!」 「ええ。‥おそらく」 「密命の目的、これで終了だね?」 それをもって早く帰ろう!と万里子が喜んだ。 だが、ユリゼは記述の中にミコトに関連する言葉も見つけていた。光を失う者、と。 (もしかして、ミコトも結賀家の宝珠とからんで‥?) 今回湊が同行させなかったのは当然なのだろうが、ミコトという少女がまた深く関わっているのだろうか。そう思ったが、今は心に秘めておくことにした。 まず、全員を笙覇に生還させることが先、だった。 「チィ!手に渡ったか」 「逃がさん‥絶対に」 退こうとするシノビを追いかけて祥が襟を掴む。湊のことをこれ以上口外されては困る。それに加えて以前に取り逃した後悔もあった。 揉み合う様に地面を転がると祥がシノビを組み伏せた。だが手甲に忍ばせていた小さな刃を露出させると、勢いよくシノビが祥の腕に突き刺した。 「祥!」 「祥さん!」 アグネスの驚きと共に湊が跳ね起きる。シャンテとマルカも口々に叫びながら駆け寄ろうとする。 「‥いい。構うな」 一瞬に閃いた刃の短さから、腕ならばと祥は判断していた。突き刺さった箇所を見つめながら、祥がそのまま刀を握りなおすとシノビの喉元に一気に突きたてた。 相手が絶命し、力が抜けた腕ごと刃を引き抜くと、手を開いたり閉じたりして動くことを確認しながら祥が戻ってくる。 「ホント、無茶するんだから‥。どっちにしても心臓に悪い!」 アグネスが湊と祥をみて呆れ顔になった。祥は湊のためにわざと無茶したに違いないのだが。 「さて、仕置きの時間か。丁度いい格好だな」 「?!‥ちょっ‥‥うわ!」 祥が怪我をしていない方の手で湊を肩に担ぐ。 「解いてくれればいいって‥!」 「ユリゼ様が見つけた記録書は笙覇の方たちに持って帰っていただきましょうか」 「そうね。シャンテの言うとおり。そのあとは私達が湊をつれて帰りましょ」 いろいろ言いたいこともあるしね、と湊の叫びは無視して、いたずらっぽくアグネスとシャンテが笑った。 家人を眠らせて合流したユリゼが祥の怪我を見て驚いたが、出血のわりに傷は浅く、ほっとしながら治療に当たった。 湊も散々叱られたようで、もうわかった!を連呼していた。確かに目の前で怪我をされると心臓に悪いと思い知った。 金城にもこのあと散々叱られるのだろうが、それは定石である。 アグネスは湊が密命に紛れ込んだなどと樹にばれないよう、密命者達に口止めをするのも忘れなかった。結果、記録書も入手して目的は果たされたのだから、樹の耳には入らないだろう。 「わたくしも兄に心配をかけているのですが、それでも成し遂げたいことがあるのは解ります。ご自分の手でどうしても取り戻されたいのですね」 縄を切ってやる際、マルカが親近感を覚えて湊に語りかけた。彼女自身の生き方とどこか焦がれる想いが似ているのだろうか。 湊はやや考え込むとマルカを振り返って淡く笑った。 「――宝珠は取り戻す。絶対に。お父上の命と共に奪われたんだ。主上は決して命令しないが、それが唯一やって差し上げられること‥」 ポツリと湊が呟いた。 命は取り戻せない。だが結賀家の権力の象徴でもあった家宝を取り戻す。それだけが、兄として重責を担った弟のためにしてやれることだと考えている。 遠く、残響のような記憶に蝕まれながら、それでも己を構成する想いだけを頼りに生きていくのだと信じながら、湊が目を閉じた。 飛空船は笙覇に着く。 いま少し、疲れた者達に安らぎを与える時間はできそうである。 開拓者達に笙覇を紹介しようと湊は思ったのであった。 |