たとえ、荊の道だとて。
マスター名:みずきのぞみ
シナリオ形態: シリーズ
相棒
難易度: やや難
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/04/28 21:53



■オープニング本文

前回のリプレイを見る


●笙覇
「死者三名。行方不明一名‥? それは誰だ」
 執務を取り仕切る金城(きんじょう)が放った密命者たちからの報告を受け、端正な顔の眉根を寄せる。死者として報告しないのは、その者が生存していることを知っているからではないか。
「湊です」
 一番年長の男が静かに答えた。敵のアジトに火を放ち、殿(しんがり)を務めて撤収するはずが、地下道に爆発により閉じ込められたのを目撃されたのが最後。
「湊、ですか‥」
 立ち上がってくるりと彼らに背を向けると、見えない所で金城が盛大に顔をしかめる。
(毎回毎回、あの方は‥‥っ!)
 殿をかって出る立場ではないと何度言えばわかるのか。そもそもいつの間にか今回の作戦に加わって出かけてしまった段階で心配はしていたのだが。
(立場、というものを一番嫌っているのだろうけど‥)
 主上がさぞかし心配するだろうな、とやるせないため息をついて金城が向き直る。
「――で、手配はしたのか?」
「と申しますと?」
「お前達のことだから、救出の手を打ったのではないか」
「―――実は‥勝手ながら開拓者達に依頼をしました。湊を失うわけには行かず。どうかお許しを願いたい」
 控えた者達も一斉に頭を垂れる。敵方の地に戻るわけには行かず、ギルドに依頼したのは妥当といえば妥当である。
 一介の駒に過ぎないといわれればそれまでの『彼』に救出依頼を打ったのは、それでも人徳のなせる業なのだろうか。
「しかし、お叱りは受けなければなるまいよ‥」
「それは覚悟しております」
 金城の言葉に平伏する。だが、金城の脳裏には、奪還失敗の件もさることながら、湊をとりこぼした件で叱られる自分が浮かぶ。
(まぁ事実を知ると叱られるというか、泣かれそうというか‥)
 どさりと荒々しく腰掛けて、報告書をしたためた筆の尻でこめかみを掻いて一息つく。
「‥飛行船を用意せよ」
「? 何ゆえ」
「湊を連れ戻します。今一度『丈豊』に小型船を」
「‥‥有難き所存!」
「今回っきりにしてほしいですけどね」
 栗色の髪をかきあげながら金城が皮肉げに笑うのであった。



●脱出
「伝令。行方不明者一名‥とあと『早まるな』と」
「了解、『早まらないでください』ですね」
 金城の言葉をはきはきと少年が意訳して復唱する。
「お茶を飲んだら出かけるから伝えといて」
 外套を掴んで出て行こうとする金城に、少年がにこやかに太刀を捧げ持った。
「散歩‥なんだけど」
「遠出ですよね」
「鈴鹿君‥」
「戻られたら美味しいお茶も入れますから」
 鈴鹿(すずか)に見透かされたことを不服に思いつつ、ややあって、金城がそれを勢いよく掴む。
「いってらっしゃいませ」
「文官に何をやらすんだか。まぁ湊様につけとくよ」
 湊救出の報告がギルドに届いたからには、連れ帰って叱らなければなるまい。白蓮のもとへ飛行船待機場所の詳細も届いているだろう。
 苛立ちと焦りを珍しく顕わにしながら、金城が石造りの廊下を足音高く渡っていくのであった。


 笙覇で自分の状況について少なからず騒ぎになっていることが想像に難くない湊は、怪我をした足をかばうようにしてゆっくりと歩を進めていた。
「大丈夫?休む?」
「‥ミコトは大丈夫か」
「平気。湊がミコトの目になってくれる。ミコトは湊の足になりたいの」
 湊の体重を支えられるわけはないが、彼女なりに一生懸命湊の横に付いている。薬草を貼り替えたり、慣れないながらも介抱するミコトをただ湊は黙って見てきた。
「でも、お友達に助けてもらえばよかった?」
「いや、これ以上迷惑はかけられない。もう少しだしな」
 連絡を受けた落ち合い先まであと少し。
 そう思いながら顔をあげると、先の草原に小型の飛行船が下降してくるのが見えた。仲間が迎えに来たらしい。
 ほっとしながら湊がミコトの手を引こうとした。
 その時。
「‥きゃ‥‥っ!」
「こいつは返してもらう」
 薄暗い林の中から現れた一人の男。ミコトをその腕に抱いて、口を塞いでいる。ミコトが振りほどこうとしても簡単に力でねじ伏せられる。
 ずっとさらう隙を窺っていたようだ。
「ミコト!」
 湊の声にミコトが答ようとするが、くぐもった声しか出せない。男はぎらついた目を湊に向けながら抜き身の刀を斜にして構える。
「先日の仇もあるが、これは俺たちのモノだ。返してもらう」
「‥ミコトを離せ!」
「笙覇に、こいつの中身を渡すわけにはいかないからな」
(中身、だと?)
「何を言って――」
「湊! ここにいたのか!」
 飛行船から吹きつける風に負けじと声を上げながら金城が駆け寄る。
 しかし、ただならぬ光景に気づき足をとめると、男に向き直り抜刀する。
「何者だ貴様」
「二人、か。分が悪いな」
 不敵な笑みを浮かべると湊の命を諦めたのか、素早く身を沈ませる。
「待て――‥!」
 男はミコトを抱えたままで一気に樹上に跳躍した。


 もう少しで笙覇に連れ帰れるという段階で―――まさに湊と金城の眼前で――ミコトが敵の手に奪われてしまったのであった。
「くっ!」
「湊。あの少女より、貴方の命を優先します」
 湊の怪我の様子を苦々しく見つめると、金城が先に宣告する。
「この近くの根城は何処だ」
「そんなことは貴方の仕事ではない」
「駄目だ。好き勝手にさせるわけにはいかない」
「‥わかりました。しかしひとまず治療を受けなさい。それからです」
 後を追いかねない湊を説得するために、金城が交換条件を出す。もちろんあわよくば連れ帰ってしまおうと思っているのだが。
「頼む」
 短く言って湊が悔しそうに林を見つめていた。


 風の音しか聞こえてこない。
 ミコトはまたあの閉ざされた世界に引き戻されるのか。

 そう思うと湊の目の前が真っ暗になる気がした。





■参加者一覧
鳳・月夜(ia0919
16歳・女・志
御凪 祥(ia5285
23歳・男・志
アグネス・ユーリ(ib0058
23歳・女・吟
シャンテ・ラインハルト(ib0069
16歳・女・吟
ユリゼ(ib1147
22歳・女・魔
鳳珠(ib3369
14歳・女・巫


■リプレイ本文

●策
「許すと決まったわけではありませんよ」
 金城が集った開拓者達を前に湊に厳しく言い放った。飛行船で治療を受けながら開拓者達を急ぎ集わせた湊が険しい表情で臨む。
「ミコトは連れて帰る」
「あなたの命の方が重要だと何度も申し上げているはず」
「…勝手に出たことはすまないと思っている」
「その言葉は主上に。私は…湊、あなたを連れて帰る」
「待ってくれ。だめなんだ。ミコトは…」
 治療を施されて、幾分体が動くようになった湊が、苦しそうに言葉を探す。
「さっきから聞いてれば…」
 イラついたアグネス・ユーリ(ib0058)が金城と湊の会話にたまりかねて口を挟んだ。強く意思を持った瞳で金城を睨む。
「連れ戻してくるわ。それなら問題はないでしょう」
「ここまで手助けし続けた私達も、助けたい気持ちは同じ」
 シャンテ・ラインハルト(ib0069)もアグネスに並んで金城に訴える。金城にしてみれば素性も知れぬ少女を受け入れることに難色を示さざるを得ない。
「湊さんは確かに無茶なんだけど…そこのお兄さんも十分胃と心臓を傷めていることだし、私達に任せていただけないかしら」
 ユリゼ(ib1147)が折衷案とばかりににこりと切り出した。開拓者に任せれば、金城の心配も湊の焦燥も解消できるというものである。
「湊が出なければ私共としても問題はない」
 状況と立場をわきまえた金城は、非情な一言をあえて口にする。
「しかし…」
「湊。絶対に助けるわ」
 金城に申し立てようとする湊の肩をつかんで鳳・月夜(ia0919)が短く呟いた。言い争っている時間が今は惜しい。
「…わかった。頼む。ミコトを取り返してくれ」
 自分の中の何かと戦いながら深く静かにそう言って、湊は依頼に集ったなじみの開拓者達を見渡したのであった。



●闇の光
「静かになったか」
「薬をかがせたら一発だ」
 薄暗い明かりの中、男達が声を潜めて笑う。
「笙覇に渡してたまるか‥これは俺達のものだ」
 小さく揺らめく蝋燭の灯りに、ぐたりとしたミコトの姿が浮かぶ。再び、足に鎖を巻かれ、筵の上に後ろ手に縛られて転がされている。
 ぼんやりとした意識の中でその言葉を聴いていた。
 暗く冷たく、ぬくもりのない世界。
 痛いと感じることがつらいのではなく、頼るものがないと思い知らされて絶望する。少し前までそんなことなど感じはしなかった。
 だが今は…。
 助けたことを後悔しないで、とあの時自分は言った。
(だけど、もう助けに来ないで)
 温かい世界を知ると、こんなにも元いた世界が悲しく見える。
 優しい人たち。温かい言葉。安らぎというぬくもり。
(無理だったの。ミコトには無理だったの…)
 薄れゆく意識とともに何度もそう言い聞かせながら、湊が全てを忘れるように願うのであった。



●闇に潜む
 丈豊がその力を取り戻すために準備していた根城を特定することは、金城にとっては容易であった。
 一行が指示された場所には情報どおりの自然窟が無明の闇の口をあけて広がっていた。他に出入り口はなく、相手の根城に正面きって乗り込んでいかなければならない。
「俺達の行動は筒抜けだろう。灯りを持っていこう」
「無茶はなされないで‥と言いたいところですが」
 御凪 祥(ia5285)が先頭をかって出たところで、鳳珠(ib3369)が頼もしそうに見やって付け足した。
「大概の怪我は直せますから、心おきなくどうぞ」
と。
 それを聞いて、今度は祥が苦笑する。
「己の反省の分は贖うさ。無茶する奴も置いてきたことだし」
 松明を片手に、意志を持った闇の入り口に立つ。月夜が太刀を手で確認すると、後方を見やり一つ頷く。シャンテとアグネスが頷き返すと、鳳珠とユリゼが盾と杖を握り締めた。
 

 松明を掲げて進む洞窟の奥からは、物音一つ返ってこない。だが、開拓者達はそこに潜む者がいることを知っている。
 少し進んだところで道が三叉に分岐した。松明を掲げるが、奥まで浮かび上がらない。
 鳳珠が攻撃の要となる祥と月夜の背に手を置き、加護結界を張り巡らせる。
(冷静に。今回は私が目になる‥)
 息を飲みながら月夜が意識を集中する。感知する敵の姿。
「‥左の道に三人。右に二‥」
 最も至近の敵の距離を月夜が告げた。だが、その正確さを伝えるかのようにそれを皮切りに影が降りかかってきた。
「祥!」
「月夜、右を頼む!」
 祥が飛んできた手裏剣を槍で弾き飛ばして松明を投げ捨てる。月夜は右の道から忍び寄る足音に抜刀した。
 狭隘な道に動きは制限される。だが、祥が無駄のない足運びで受け流しては押し返し、複数を相手にひきつける。月夜が合間を縫って打ち込んでは、低い位置から太刀を跳ね上げる。
 地面からの明かりに照らされる、凶刃との凄烈な凌ぎ合い。
 鳳珠は落ちた松明から火種を拾い、提灯に明かりを確保した。
「アグネスさん!」
「了解!」
 シャンテはフルートに士気を吹き込んだ。反響する洞窟の中で、アグネスの声と鈴の音が旋律に乗る。潜入が知れてもかまわない。仲間を応援しながら、どこかでミコトが聞いていると信じて。
(来たよ、ミコト!)
(聞こえているなら反応を‥!)
 二人は曲を奏で続ける。前衛の二人に無形の助勢が加わり、押し寄せる敵を駆逐すべき力を与える。
「どけ。暗闇に住むものに用はない!」
 苦無を繰り出す相手を突き、流れるような所作で左手で槍を回転させると、今度は引いて月夜がかわした敵の鳩尾にそのまま突き刺す。容赦などしている暇もつもりもなかった。
「心の眼に、二重写しなど無用」
 月夜はそのまま祥と背中合わせにすれ違いながら、分身したシノビに、炎をまとった閃撃を横なぎに見舞う。
 左右の道からおびき寄せた五人を倒しきる直前になって、背後から誰何の声があがる。
 シノビの二人が後方から襲い掛かってきた。洞窟の入り口から戻ってきて鉢合わせたらしい。
「シャンテさん!」
 ユリゼに名前を呼ばれて、はっ、と気づいたときには、かろうじてフルートで襲撃を弾いたが、シャンテが力に押されて後方へ飛ばされる。
 アグネスが慌てて助けおこし、鳳珠が敵との間に割って入る。盾を構えて障壁をつくる。
「大丈夫ですか」
 シャンテの動揺と傷を労わるように鳳珠から淡い光が発せられると、シノビが印を斬り始めた。
「させません」
 ユリゼが察知して杖を突き出した。水の刃が形を結んで飛来する前に、氷粒と化して霧散する。視界が白濁したシノビがひるむと、間髪をいれずに空刃を放ち返す。
「う‥っ!」
 一人が倒れた。
 そして、もう一人の眼前で霧が晴れたとき、鳳珠の盾の前に現れたのは、とって戻した祥と月夜。ただならぬ気迫で雷と炎をまとう切っ先を二人が突きつけていた。
「案内してもらおうか」
「我らがそのようなこと、すると思うか」
 じりと後退するシノビが不敵に笑う。
「―――いや、案内よりも聞きたいことがある」
 静かに呟いたのはもう一つの声。
 シノビの腕をねじりあげて、松明をかざす一つの影。その姿をみて、祥と月夜は眼を瞠った。
一同に漏れる盛大なため息。
「‥‥‥‥ほんっっとに。無茶したら、解ってるわよね?!」
 アグネスが力を込めて口撃した。
 そこにいたのは、憮然とした金城を従えた湊の姿であった。


「分かっているとは思うが、手出しは無用だ」
 ぶんと回転させた槍先をぴたりと止めて、祥が湊のあばらを指す。
「それは私も同感です」
 金城が諦観を込めてそういった。湊だけでも連れ帰ろうと画策したが、少女との出会いの経緯を聞いて、仕方がなく同行する状況になったという。
「少女を殺さないのは方法がまだないから‥ですか?」
 金城が捕まえた敵に静かに聞いた。
「笙覇のものになど話す事はない」
「否定は疑問を肯定します。‥宝珠が絡んでいますね」
 敵の男が一瞬だけ狼狽を垣間見せた。
「宝珠‥?!」
 アグネスが驚きの声をあげる。湊がそれに頷いた。
「ミコトの体内には宝珠が宿っているのかもしれない。俺達が取り戻そうとしていたものとは違う‥と思うが」
「そうほのめかされると見過ごせない。まぁ大嘘だったら主上にいって湊にきつく仕置きしますがね」
 側近であり、部下であり、友人である金城は苦い顔で湊をみる。
「無茶はしない。約束する。だから、ミコトを探してほしい。きっと‥」
 きっと泣いているはずだから。
 湊はその言葉を飲み込んだ。
 いてもたってもいられないとはこのことか、と思う開拓者達であったが、兎にも角にもミコト救出のため、先を急ぐことに決めたのであった。



●光の訪れ
―――歌が聞こえる。
 そう思って身を起こす。気のせいかと思ったが確かに聞こえる。
 シャンテの音。アグネスの歌。
 湊の友達が助けに来てくれたのかもしれない。
「‥‥‥‥」
 しかし、見張りがいる。助けてと叫ぶことは出来ない。来ないでと告げることも出来ない。男たちも音が聞こえて立ち上がる気配がする。そしてフルートの音が途絶えた。
「静かにしていろ」
 ぐいと襟元を引き寄せられて、短く脅された。逆らうつもりもない。どんなに痛い目にあわされようと、命だけは奪われない。禁忌に触れるように扱われて生かされてきた。
「来ないで‥」
 ミコトが小さく呟く。だが、最も洞窟の深い場所に匿われているミコトの元に、確実に足音が近づいてくる。再び始まる楽曲が耳に届く。
 音がミコトを探っているのが分かる。教えてもらった曲。
「魂の御手は優しく包みたもう‥」
 すらりと言葉が口をついて出た。
「‥黙れ!」
 驚いた男にミコトが殴られる。口の中に血の味が広がる。しかし、ミコトは面を上げた。
(全ての罪は許され朝日の下に闇と共に消える)
「こいつ‥!」
(聞き届けたまえ、わが声、わが歌)
 心の叫びは音になり、言葉は歌になる。
 何度叱られても歌うことをやめなかった。
 身体から淡い光がたちのぼる。何かが解き放たれそうな感覚。波のように押し寄せてはひいていく。やがて、意識をさらっていきそうになる。
 ひどく暴力的な何かが、祈るような言葉とは裏腹に己の内側から開放を訴えてくる。
「ミコト?!」
 歌声で方向を探り、心眼で分岐を確認してきた開拓者達が姿を現した。
 その声がはっと我に返らせた。
「ミコトを返してもらう」
「!?」
 湊の声だ、と思ったとたんミコトの膝から力が抜けた。ああ、来てしまったのだ。
 湊はというと、ミコトが殴られた跡を見て激しく怒りが沸きあがる。
「おっと、動くなよ」
 引きずりあげて立たせ、ミコトの喉元にシノビが苦無を突きたてる。ミコトを拉致した男だった。
「声が出なくなったって、俺達に支障はないからな」
「なんてことを‥!」
 鳳珠がミコトの扱いに強く憤りを覚える。早く取り戻して苦痛を取り除いてやらなければ。
「その子をどうするつもり‥」
 月夜が歯噛みしながら睨みつける。その様子を見てアグネスが静かに歌を歌い始めた。ミコトを盾にした男と傍にいるシノビ二人も軽く頭を振った。『夜の子守唄』の発動に意識に霞がかかる。
「なにも取引や駆け引きなど、応じてやるつもりはない」
 生じた隙を見逃すはずもない。勘違いするなとばかりに祥が実力行使に出た。
槍が腕の延長のように苦無だけを正確に狙い落とした。
 シャンテの楽曲が闘争心を鼓舞した。ユリゼの詠唱により蔦が発生して男を絡めたかと思うと、呼吸を合わせた月夜と祥が一気に斬り込んだ。
 崩れ落ちる二人のシノビを横目に、最後の一人が動けずに固唾を呑む。
「奪うのか‥笙覇がなにもかも‥」
「奪うのではない。宝珠はいずれ返して貰うだけだ」
「こいつは‥お前達のものではないぞ」
「物ではない。ミコトには生きる権利がある」
「後悔するぞ」
「‥‥‥‥」
 いぶかしむように湊が目を細めたかと思うと、短刀を音もなく抜いて斜に構える。
「望むところだ」
「戯言を‥やはり命を奪っておくべきだったか。その顔、名前。しかと覚えた」
 男は手裏剣を取り出し、蔦を切ったかと思うとそのまま湊めがけて投擲した。金城が松明で遮ったと思うと、次の瞬間気配が消えた。
 揺らぐ火影の中、鎖の鳴る音がして、筵の上にはミコトの姿だけが浮かび上がる。
「ミコト!」
 アグネスと鳳珠が駆け寄って助け起こす。手の戒めを解いてやり、アグネスが抱きしめる。
「心配したわ‥一緒に帰ろう」
「すぐに治療いたしますわ」
 痛々しいミコトに優しく触れながら鳳珠が癒しの力を注ぎ込む。アヤカシでもなく精霊の力の加護を受け入れながら、その身体に何を抱えているというのか。
「あぐねす‥しゃんて‥」
「喋らなくていいのよ」
「歌えてた? ミコト‥あってた?」
 微かに力を取り戻した声で、ミコトが尋ねた。力の奔流を感じながら祈りの言葉がそれを押しとどめたことを今度は覚えていたようだ。
「合ってました。あってましたとも‥」
 シャンテが言葉に詰まりながらミコトの頬に手をやる。ミコトがそれに手を添えてよかった、と呟いた。
「ミコト‥」
「湊‥?」
 そばにいる気配を感じて、おずと手を伸ばすと、湊がその手を静かに取った。
「笙覇に帰ろう」
「‥ミコトの中には、悪い力がいっぱいなの。このまま置いていった方が‥」
「―――後悔するなといったのは、ミコトの方だ」
 鎖を断ち切る音。
 あの時も、湊が助けてくれた。連れ出してくれた。
「‥いい、の?」
 忘れてほしいと思った。捨て置いてくれと願った。
 だけど湊の声を聞いたら、涙が溢れて止まらない。光の射さない人生のなかで、何かが明るく灯る気がする。
「いいの‥‥?」
 繰り返し聞くミコトの震える手を導いて、湊が己の頬にあてると、コクリと頷いた。
「湊‥‥!」
 湊に思い切り抱きつくと、初めて声をあげて泣いた。開拓者たちがやれやれと苦笑混じりに見守っている。
 湊はしばらく泣きじゃくるミコトの頭をそっと撫でてやった。



「本当に二人が揃うと何かあってしょうがないんだが‥」
「今回あれだけ言っておいたからいいようなものの」
 飛行船まで戻ってくると、開拓者達が口々に湊に感想を漏らした。
 これだけ盛大に釘をさされて先陣を切るようなことは流石にしなかったが、金城の言動から類推するに、湊は笙覇に戻ったあとも何かやらかしそうで危なっかしい。
「なにやら正しく理解されていることを私としては喜んでいいのやら‥」
「うるさいな」
 金城の嘆きに短く湊が反応する。
「‥ともかく。何度も世話になった。礼をいう」
 湊が開拓者たちに向き直ると改めて頭を下げた。丈豊との戦いと宝珠奪還はまだ続くのであるが、期せずして助けたミコトを保護して連れ帰ることが出来た。
 ミコト自身にとっても己を知ることになるのはまだ先のこと。

 だが、今は、生きてゆける場所ができたことを嬉しく思う。
 見守ってくれた開拓者たちに二人が飛行船から大きく手を振った。


 いずれどこかで再び会うことをひそかに願いつつ。
 飛行船は一路、湊を載せて笙覇への帰路についたのであった。