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■オープニング本文 前回のリプレイを見る ● 「……そうか。ロディオンは死んだか」 静かに声をもらし、その男は眼を閉じた。 壮年を越してはいるだろう。が、衰えなど微塵も見えはしなかった。みなぎる精気は豪宕の迫力を持っている。 バルトロメイ・アハトワ。 前皇帝親衛隊隊長。生ける伝説と呼ばれている男であった。 「……その死は無駄にはせん。お前たちのおかげで親衛隊を含む諜報網の眼をそらすことができた」 アハトワはいった。すると、傍らの椅子に座した女が口を開いた。理知的な容貌の美女。宰相であるアレクサンドラ・アシモフであった。 「その間にすべての手をうつ。貴方の計画通りね」 「皇帝一人を殺したとて」 ふふん、とアハトワは鼻を鳴らした。 ジルベリア帝国は巨大になりすぎた。いかに神のごとく君臨していようとも、所詮は一人の男。始末したとてすぐに他の者が後を継ぐ。そのために皇帝は多くの子をつくり、また後継となる者を身近においているのだ。 あのユリア・ローゼンフェルドもその一人だ。新たな皇帝が帝位に着いた時、あの娘なら支えることができるだろう。 故にアハトワは皇帝暗殺を陽動とした。その間に準備を整え、一気にジルベリア帝国を手中におさめるために。 「帝制を廃し、共和制とする。それしかこの国の未来はないわ」 アレクサンドラはいった。すでに最高評議会である元老院メンバーの選出はしてある。 「やるぞ。ジルベリアの新たな夜明けのために」 くわっ、とアハトワは眼を見開いた。 ● 「……そうか」 秀麗な娘の発した第一声は奇しくもアハトワと同じであった。 娘の名はユリア。皇帝親衛隊隊長である。 たった今、アハトワが蜂起したという報せを受けたばかりだ。ジェレゾ城下においても戦闘が繰り広げられているという。 その戦闘についてだが。 数はやはりジルベリア軍の方が多い。ではジルベリア軍有利かといえば、違う。反乱軍に与した将軍は有能で、またそれらが率いる軍は精強であった。 さらにアハトワは征服された亡国の者達とも連携をとっていた。このままではジルベリア軍がどうなるか――。 「一人を暗殺しても時代は動かない。アハトワ殿。貴方はそう考えたのだろう。が、貴方はひとつ間違いをおかしている」 ユリアの眼が光った。 確かに皇帝陛下を暗殺しても時代は変わるまい。が、反乱軍は違う。アハトワを失えば瓦解するのは必定だ。 ユリアは三人の男女に眼をむけた。ロラン・ジューとアーニャ・ルービンシュタイン、そしてサーシャ・トリストラム。十二使徒と呼ばれる皇帝親衛隊騎士だ。 「お前たちは城に残れ。私と共に皇帝陛下をお護りする。おそらく攻め手には残る二天使――アイザック・ブラランベルグとフォマー・アルシャーヴィンがいるだろう。城の騎士ではとうてい太刀打ちできまいからな」 ユリアはいった。四人の十二使徒でも防ぎきれないとはいわない。何としても皇帝陛下は護ってみせる。 「お前たちはバルトロメイ・アハトワを討つのだ」 ユリアは眼を転じた。他の四人の男に。 同じく十二使徒。名はスパルタク、フランツ・キュイ、ヤン・ルリエー、ミハイル・クラインという。 「ジルベリア軍中、アハトワまで近づくことのできる者は十二使徒だけだ。無論、お前たちだけではアハトワは討てまい。開拓者を使う。それでも討てるか、どうかわからぬ相手。が、討たねばならぬ。戦禍が大きくならぬうちに何としても。スパルタク、フランツ、ヤン、ミハイル」 ユリアはゆっくりと四人の顔を見回した。 「お前たちには死んでもらうぞ」 「任せておいてください」 スパルタクは豪放に笑った。 「必ずアハトワは討ってみせます」 |
■参加者一覧
孔雀(ia4056)
31歳・男・陰
リューリャ・ドラッケン(ia8037)
22歳・男・騎
狐火(ib0233)
22歳・男・シ
フレイア(ib0257)
28歳・女・魔
マルカ・アルフォレスタ(ib4596)
15歳・女・騎
ジェーン・ドゥ(ib7955)
25歳・女・砂
高尾(ib8693)
24歳・女・シ
ヴァルトルーデ・レント(ib9488)
18歳・女・騎
星芒(ib9755)
17歳・女・武
エリアス・スヴァルド(ib9891)
48歳・男・騎 |
■リプレイ本文 ● 騒然たる巷。嵐のように怒号と剣戟の響きが吹き荒れていた。 その戦場と化した城下を抜け、疾風と化して馬が駆けている。まるで飛翔しているかのように。 操るのは四人の騎士だ。 スパルタク。 フランツ・キュイ。 ヤン・ルリエー。 ミハイル・クライン。 皇帝親衛隊騎士である十二使徒であった。 その四人の前には雲霞の如き兵の姿があった。アハトワ本陣を守る反乱兵である。そして、その後ろ。付き従うように走る馬車があった。 「ンフフ」 馬車の中、一人の男がニンマリと笑った。顔に濃い化粧を施した男で、そのサメのような眼は欲情を抱いているかのように濡れ光っている。名は孔雀(ia4056)。 「御見事。惚れぼれする程の手際の良さ、大胆な決断、ンフフ。生ける伝説と謳われた男の意志と行動は此れ程まで人を魅了し心を揺さ振るものなのね」 孔雀は独語した。そして続く恐るべき思惑を心中で呟く。 此の戦争が永久に続く様に、折角の殺し合いを簡単に止めてはならないわ。神に選ばれ生き残った者達を、新たな世界へと押し上げるのよ。 その考えを推し進めるべく、孔雀は一人の男に視線をむけた。 野生獣を思わせるしなやかな体躯の持ち主。が、その瞳には憂愁の光があった。 エリアス・スヴァルド(ib9891)。その脳裏をよぎる言葉がある。先日討ち果たしたロディオン・ミシュレが彼に告げた言葉だ。 「ロディオンよ」 俺のことを優しいと評したな。それは誤りだ。単に優柔不断で腰抜けなだけ。この国を怨みながらも、何も行動を起こせずにいた。生きることも死ぬことも選べなかった。 「俺は逃げたのだ」 エリアスは自嘲した。そして苦く笑った。 「優しさではなく、弱さだ。なるほど、弱くてはお前たちの一員としては戦えぬな」 名を囁かれ、エリアスの思考は中断した。傍らに孔雀が立っている。 「貴方はジルべリアを変えたいと思っているんでしょう、此れを逃せば次は無いわよ。ンフフ」 孔雀は小さな声で告げた。悪魔の囁き。 エリアスは一瞥もしなかった。無視したまま窓外を眺めやる。が―― 神ならぬ身の開拓者達、そして十二使徒は知らぬ。この時、エリアスの胸に墨を落としたかのような迷いが生じたことを。そして、その迷いがこの戦いに重大な結果をもたらすことを。 とまれ、馬車はゆく。そして、もう一人。アハトワに対し、想いを深める者があった。 ぞくりとするほど艶っぽい女。人間ではない。修羅だ。名は高尾(ib8693)という。 「知ってたんだろう、アハトワ。あたしが間抜けな開拓者だって……すべて見透かされた上で、あんたの掌の上で踊らされていたことも悔しいけど、アルベルトを利用しようとして見捨てたことも、許せない。それに」 高尾は女郎蜘蛛の視線を孔雀にむけた。 「ふふん、そして孔雀…あんたのことも、いつかこの手で切り刻んでやりたいって、ずっと思っていたのさ。はじめっからあんたとは水と油。この機会に、永遠におさらばといこうじゃないかい?」 高尾は小さく唇の端をゆがめた。 ● 四人の十二使徒が敵兵に突っ込んだ。唸る剛剣、煌くオーラの閃光が敵兵を吹き飛ばしていく。たった四人の騎士により、瞬時に十数人の騎士が屠られていた。 「ゆけ。ここは俺たちが」 フランツが叫ぶ。その傍らを馬車が疾り抜けた。 「ご武運を!」 馬車の窓から一人の少女が顔を覗かせた。綺麗な金髪の可愛らしい少女。マルカ・アルフォレスタ(ib4596)である。 さらに馬車は疾走。が―― 突如、馬車がとまった。 「ここでいい」 凛然たる娘が飛び降りた。きりりと立つ姿は絵のように美しく――ジェーン・ドゥ(ib7955)であるのだが。 彼女には馬が足をとめた理由がわかっていた。怯えているのだ。一人の男の圧倒的な存在を前にして。その男こそ―― 「バルトロメイ・アハトワ!」 ジェーンが叫んだ。 同じ頃、ジェレゾ城に乱入した集団があった。アイザック・ブラランベルグとフォマー・アルシャーヴィン――二天使率いる精鋭部隊である。 「不埒ものども!」 剣を舞わせて騎士達が殺到した。が、その悉くが木っ端のように吹き飛ばされていく。たった二人の男のために。 「面倒だ。一気に始末するぞ」 アイザックが剣で横薙ぎした。迸る光の奔流はアーマーの魔槍砲並の威力がある。 爆発。散る光はしかし、粉砕された破壊力の余波であった。 「やはり警備の騎士では相手にならんか」 もうもうたる粉塵の中、立つのは四人の男女の姿である。 ユリア・ローゼンフェルド、ロラン・ジュー、アーニャ・ルービンシュタイン、サーシャ・トリストラム。十二使徒であった。 二天使を見据えるとユリアが口を開いた。 「やはり来たか、堕ちた天使ども」 「堕ちて逝くのはお前たちの方だ」 ニヤリとし、フォマーが斜め後ろに剣を振り下ろした。 その剣先は届かぬはずなのに。大理石の柱が寸断された。そのむこう―― 皮肉な笑みを浮かべて立つ男の姿が現れた。狐火(ib0233)である。 「さすがに見抜かれていましたか」 男――狐火(ib0233)はいった。 ● 山のように屹立する男がいた。 バルトロメイ・アハトワ。生ける伝説と呼ばれた男である。 と、なんの曇りもない青の瞳をもつ、美しい少女がぷっと頬を膨らませた。怒っているのである。 少女――星芒(ib9755)はため息を大げさに零した。 「南部辺境も落ち着いたってゆーのに人同士で何やってんの、もー!」 「……貴方が何故このような騒乱を引き起こしたか、理由は聞いた」 ひたむきな眼差しの若者が口を開いた。リューリャ・ドラッケン(ia8037)である。 くわっとリューリャは目を見開いた。 「共和制、だと? 先王に従い、群雄割拠であったこの儀の多くを統一戦争の名のもとに平らげた、その先兵でもあった貴方が、今それを言うのか。帝政は間違いであるから、全てをひっくり返すと」 「愚かなり、リューリャ」 憐憫を込めてアハトワが言い放った。 「皇帝の先兵であったからこそわかるのだ。皇帝制ではジルベリアの未来はないと」 「共和制は確かに良い理想かもしれない。だが人を、国を変革する力は、力無き民の謳う想いから始まらねばならない。それを謳っていいのは、我々でも貴方達でもない!」 「だから愚かだというのだ。力無き者の想いが国を動かすのにどれほどの時がかかるか。国が滅びてからでは遅いのだよ」 「嗚呼……戯言だ」 少女が冷たく吐き捨てた。その語調通りの冷然たる相貌。身にまとった黒衣のためだけではあるまいが、夜が結晶化したような少女であった。――ヴァルトルーデ・レント(ib9488)である。 ヴァルトルーデの視線に凍てつくような殺気が滲んだ。 「処刑台でよく聞く戯言と一分の違いもない戯言がこの戦場を飛び交っている。戯言を喚く輩の地位を見ると、ジルベリアの全ては皇帝陛下の御物と言う理を理解できぬ愚物がのさばる現状に憂慮を覚えるが……膿を出す良い機会であるのは認めよう。此れは嚆矢だ、バルトロメイ・アハトワ。貴公の下らぬ蜂起に加わった下らぬ者達を、三族全て処刑し、ジルベリアを安寧たらしめる為の」 ヴァルトルーデは巨大な漆黒の鎌を振りかざした。そして、告げた。我が名はレント家のヴァルトルーデであると。 「偉大なる皇帝陛下の処刑人。我が騎士道は――殺すこと」 「笑止なり、小娘」 アハトワの口が嘲笑の形にゆがんだ。 「真に向ける先を知らぬ刃。このアハトワがへし折ってくれる」 「言葉を語る時は終わりました」 静かにフレイア(ib0257)という名の開拓者はいった。美と知、さらには艶を兼ね備えた恐るべき魔女だ。 「あとはより強い意志を持つ方が生き残る。では、参りましょうか」 「さあ、貴方の戦争を終わらせましょう」 黒曜石のごときジェーンの瞳がぎらりと光った。 城兵と乱入兵、その双方が戦うこともわすれ、呆然と見守っていた。二天使と四使徒の戦いを。 いや、実際には見てはいなかった。あまりの機動速度の迅さのために視認すらできずにいたのだ。それは狐火であっても同じであった。 「だからこそ」 狐火はほくそ笑んだ。間断ない瞬間。それを継続するにどれほどの練力を必要とするか。 狐火は夜を発動させた。 ● ジェーンはちらりと背後を振り向いた。 四人の十二使徒の負傷は最低限に抑えてある。敵の布陣、さらには十二使徒の戦力。彼らならしばらくはもってくれるだろう。 ジェーンの頭脳は目まぐるしく回転した。三天使を基本にし、アハトワの戦闘力とパターンを推定する。 魔法のような手並みで銃撃、同時にジェーンは叫んだ。 「フレイア様」 「わかっています」 フレイアは呪文を詠唱した。膨大な呪力を擬似亜空間接合面――魔法円に流し込む。 瞬間、魔法円から灰色の光が噴出した。あらゆる者を滅ぼす破滅の光である。が―― 光ははじかれた。うっそりと佇むアハトワの身体にはじかれて。 「さすがは」 フレイアは呻いた。超高圧のオーラのみにてアハトワが銃弾と光をはじいたとフレイアは見抜いている。 その時、アハトワの背後に控えていた騎士たちが殺到した。前に出たのは星芒だ。朱色の鉄棒を旋回させる。 「道をあけてもらからね」 鉄棒に打たれ、騎士が吹き飛んだ。さらに星芒は鉄芒を風車のように振り回し、騎士をはじきとばす。 「さがっておれ」 アハトワは命じた。 「お前たちの敵う相手ではない。無駄に命を散らすこともあるまいよ」 瞬間、アハトワが刃で横薙ぎした。無造作とも見える一閃。 咄嗟に開拓者達は得物をかまえた。ジェーンはフレイアの前に跳んでいる。 次の瞬間、凄まじい衝撃が開拓者達を襲った。耐えているだけが渾身の業で、その足は地をえぐり、後方をおしやられている。 「ただの剣風だけでこの威力?!」 「化物め」 マルカとヴァルトルーデが同時に愕然たる声をもらした。まさか、これほどとは思わなかったのだ。アハトワ一人で一軍に匹敵するとの噂、決して大袈裟ではない。 「ならばこそ、やる。伝説を超えるんだ」 盾をかまえ、リューリャが迫った。 影すら見えぬ空間に無数の火花が散る。 どれほどの攻撃が交わされているのか。もはや狐火にもわからない。 突然、壁に二人の男女の身体が激突し、めり込んだ。サーシャとアーニャである。 刹那、サーシャの眼前で剣と剣が噛み合った。アイザックの止めの一撃をロランが受け止めたのである。 「どうやら練力が付きたようだな」 ロランがニヤリとした。ふふん、と笑い、アイザックが跳び退った。夜破りの連続使用は底なしとも思えるアイザックの練力を確実に削っていたのである。 瞬間、狐火が襲いかかった。 よほどの達人でも交わし得ない鋭い一撃。それをアイザックは躱した。が、同時に投げられたサーシャの剣は避け得なかった。 深々と剣が胸を差し貫いた一瞬後、ロランは袈裟にアイザックを斬り捨てた。 ● アハトワに肉薄。リューリャは盾を叩きつけた。 「ぬんっ」 「ふっ」 無造作にアハトワが剣で受け止めた。 「ヴァルトルーデさん」 ジェーンが叫ぶ。 アハトワに攻撃させてはならない。徹底した連続攻撃が必要であった。 「わかっている」 飛鳥と化したヴァルトルーデが巨鎌を薙ぎおろした。 「遅い」 アハトワが左手で受けとめた。掌にオーラを集中し、防護したのである。 「まだです」 マルカが閃光のような鋭い槍の一撃をぶち込んだ。が、鋼と鋼の相うつ音を発して槍ははじかれた。 が、マルカは挫けない。さらに槍を撃ち込む。 「南の地に貴方に似た考えを持つ方がいます。ですがその方は先ず領民の為に学校を作りました。数年、数十年かかっても民が自分の頭で考え物事を決められるように。彼は民を信じているからです。それに比べ貴方はどうです!暴力で自分の考えを押し付けようとしているだけ。結局貴方は民など信じていないのですわ!」 「馬鹿め。民を信じていたからこうなったのだ」 アハトワが蹴りを放った。その脚がまだ届いていないのにマルカの身体が吹き飛んだ。恐るべきことにアハトワは足からもオーラを放つことが可能なのだった。 「マルカさん」 星芒が真言を唱えた。瀕死のマルカの身体を黄金に光る呪紋が取り巻く。破裂した内蔵が急速に癒えていった。 「アハトワ!」 高尾の手から手裏剣が飛んだ。常人ならば手裏剣を放たれたことも気づけぬ一投。が、アハトワは常人ではない。剣のひと振りで手裏剣をはじいた。 怒涛のように続く開拓者の攻撃。が、その悉くをアハトワは躱し、はじき、防いだ。その度に 「何という男……」 言葉をなくし、それでもフレイアはアイシスケイラルの呪文を詠唱し続けた。間断なく氷の刃をアハトワに降らせる。 が、それすらもアハトワは防いだ。全身にまとわせた強固なオーラによって。 体術を駆使しつつ、同時に練力を呪力回路に流し込む。かつ膨大なオーラを攻撃、防護、肉体賦活として使用。アハトワにしか成し得ぬ業であった。 とはいえ、それはアハトワにとっても過酷な作業であった。息継ぎのように瞬間的にオーラが途切れた。 ぎらり、とヴァルトルーデの眼が光った。逆袈裟に巨鎌を薙ぎ上げる。 ぴしりっ、とアハトワの頬が切り裂かれた。 「おおっ」 リューリャが唐竹に剣を振り下ろした。はしる白光は空間に亀裂を刻み―― 「あっ」 驚愕の声はリューリャの声から発せられた。 リューリャの一撃。それは受け止められた。エリアスの盾によって。 「どうして――」 「俺はもう逃げたくはないのだ」 哀しそうにエリアスはこたえた。 刹那だ。哄笑が響き渡った。孔雀である。 「それでいいのよ、エリアス」 孔雀の叫びと怨嗟の声が重なった。怨念の集合体が開拓者を襲う。 刹那だ。苦悶する開拓者たちから逃れ、アハトワが跳んだ。軽々と一気に数十メートルの距離を。そして、エリアス、と呼んだ。 「いこうぞ、俺と。新しい伝説をつくるのだ」 「俺はここまでだ」 エリアスがこたえた。すでにアハトワは兵の山のむこうに消えている。 その瞬間だ。孔雀の前にぬっと高尾の姿が現出した。 「くじゃあくぅ!」 鬼の笑みをうかべ、高尾が手裏剣を孔雀の胸にぶち込んだ。 このことあるを孔雀は予期していた。が、それでも躱しきれなかった。 「ぐっ」 高尾の口からたらたらと血が滴り落ちた。その腹には孔雀の刃が突き刺さっている。 二人は同時に跳び退った。そして、ばたりと倒れた。 そして―― 力なく銃をジェーンはおろした。 九対一でも斃すのは困難な敵。それが今では七対二。もはやアハトワを斃すのは不可能だ。 「撤退しましょう」 ジェーンは告げた。 その後、騒乱は続いた。十二使徒と開拓者の手によりアハトワとフォマー、アレクサンドラが討たれたのは実に半年後のこととなる。 その戦いにおいて十二使徒はユリアを残し、戦死。皇帝は後任の親衛隊を選出することに苦慮したという。 |