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■オープニング本文 前回のリプレイを見る ● 「……隊長の容態は?」 女と見紛うばかりに美しい若者が問うた。 サーシャ・トリストラム。皇帝親衛隊騎士――十二使徒の一人だ。 すると疲れた顔で別の男が首を振った。さすがにいつもの飄然たる雰囲気はない。 これはヤン・ルリエー。十二使徒である。 「何たるざまだ」 ぎりり、と歯を軋る音が響いた。 貴族的な風貌の美青年。が、今、その顔は怒りでゆがんでいる。 十二使徒の一人、フランツ・キュイであった。 フランツは三人の男女を睨みつけた。ヤンとアーニャ・ルービンシュタイン、そしてミハイル・クラインを。 「お前たちがついていながら……隊長は深手を負い、キリルは死んだ。いったい何をしていたんだ」 「仕方あるまい」 ぼそりと声をもらしたのは精悍な風貌の若者だ。どこか不羈奔放たる雰囲気がある。 ロラン・ジュー。十二使徒である。 「俺達の任務は皇帝陛下を守ることだ。仲間を守ることじゃない。それに相手はロディオン・ミシュレだ」 ロランがいった。十二使徒と呼ばれるほどの者たちの間にさあと緊張の波が伝わる。 ロディオン・ミシュレ。その名を知らぬ十二使徒はいない。 一対一では十二使徒ですら敵わぬ使い手。そのあまりの強さのため、ロディオンを含めた三人の前親衛隊騎士を人は三天使と呼んだ。 ロランはスパルタクに眼をむけた。 「で、ロディオンの行方は?」 「突き止めた。今、捕縛するために騎士隊がむかっている」 スパルタクがこたえた。 「数は?」 「二十ほどだ」 「無理だね」 ヤンが頭を掻いた。 「相手は三天使の一人だ。普通の騎士では束になってかかっても相手にならない」 「俺がいく」 ミハイルが口を開いた。 「隊長を傷つけられ、このままおめおめとひきさがっていられるものか」 「なら私も」 可愛らしい少女がいった。アーニャである。 「十二使徒すべてが皇帝陛下のお側を離れるわけにはいかないけれど、二人くらいなら大丈夫でしょ」 「二人、か」 ヤンが首を傾げた。 「ロディオン一人なら何とかなるかもしれないけれど」 あの時、髑髏面は五人いた。一人はロディオンであり、斃した二人は退役した騎士であった。では、残る二人は―― 「アイザック・ブラランベルグにフォマー・アルシャーヴィン、か。なら俺もいこう。これで数は合う」 フランツがいった。が、ヤンは首を振った。 「相手は伝説の三人。この場の全員がかかって斃しきれるかどうかという相手だよ。同数で斃すのは不可能だね」 「くっ」 フランツは拳を握り締めた。皇帝親衛隊の面子にかけてもロディオンは斃さねばならない。が、これ以上の十二使徒が動くわけにはいかなかった。 「……となれば、開拓者か」 ロランの眼がきらりと光った。 ● 「来る」 無精ひげのういた精悍な風貌の男がいった。ロディオンである。 そこは山中の屋敷であった。広々としたリビングではロディオンを含めた三人の男が寛いでいる。 「十二使徒か……。さて、何人来るか」 ほっそりとした体躯の男がいった。これは名をフォマー・アルシャーヴィンという。すると、ふふんと三人めの男が笑った。がっしりした体躯の持ち主で、名はアイザック・ブラランベルグ。 「できれば全員でばってきてほしいものだが。その方が手間がかからなくてすむ」 「そうはいくまいよ」 ロディオンはにんがりと笑った。 「親衛隊といっても所詮は縄付き。そう勝手はできまい。それよりも気をつけねばならぬ奴らがいる」 ロディオンは頬を撫でた。 彼がつけていた髑髏面。それを叩き切った者がいる。開拓者だ。 ロディオンの見るところ、個人として開拓者の戦闘力は十二使徒に劣る。その開拓者が何故彼に一太刀あびせることができたのか。 わからない。もし強いて理由をつけるとするなら―― 「奇跡を起こす者、か」 |
■参加者一覧
孔雀(ia4056)
31歳・男・陰
リューリャ・ドラッケン(ia8037)
22歳・男・騎
狐火(ib0233)
22歳・男・シ
フレイア(ib0257)
28歳・女・魔
マルカ・アルフォレスタ(ib4596)
15歳・女・騎
リィムナ・ピサレット(ib5201)
10歳・女・魔
神座早紀(ib6735)
15歳・女・巫
ジェーン・ドゥ(ib7955)
25歳・女・砂
ヴァルトルーデ・レント(ib9488)
18歳・女・騎
エリアス・スヴァルド(ib9891)
48歳・男・騎 |
■リプレイ本文 ● 土煙をあげ、疾風のごとく進む騎馬がある。 操っているのは三人の男女。アーニャ・ルービンシュタイン、フランツ・キュイ、ミハイル・クラインの三人。十二使徒だ。 「恐い顔ねえ」 遠く、アーニャ達を眺め、その男はくつくつと可笑しそうに笑った。 化粧を濃く顔に施した男。そのために表情からは真意は読み取れない。 孔雀(ia4056)。開拓者であった。 「当然でしょう。なんせ相手はあの三天使ですからね」 皮肉に肩をすくめてみせたのは端正な相貌の男である。名は狐火(ib0233)。同じく開拓者であった。 揺れる馬車の中。二人の姿はあった。 いや、二人だけではない。他に八人の男女の姿もあった。 リューリャ・ドラッケン(ia8037)。 フレイア(ib0257)。 マルカ・アルフォレスタ(ib4596)。 リィムナ・ピサレット(ib5201)。 神座早紀(ib6735)。 ジェーン・ドゥ(ib7955)。 ヴァルトルーデ・レント(ib9488)。 エリアス・スヴァルド(ib9891)。 開拓者である。 「かつてアハトワの部下であった者たち、か」 ため息まじりの声で呟き、エリアスは髭を指でまさぐった。 「無理もありませんね」 淡々とした声音で、その貴婦人のような女性はいった。馬車がゆれる度、その豊満な胸がぶるんと揺れる。フレイアであった。 「三天使の実力は十二使徒の数段上。十二使徒が各自相対し、開拓者が加勢したとしても苦戦は免れないでしょう」 フレイアともあろう女の口から重い声がもれた。その脳裏には前回の苦い思い出がある。 「人外ともいえる存在の三天使が相手。厄介というには生易しく、災厄といっても過言ではありませんね」 ジェーンが暗澹たる面持ちでいった。 すでに心が折れている、といってもよい台詞だが、違う。ジェーンの黒曜石のような瞳には強い光が瞬いていた。この場合において、強かに彼女は計算していたのである。 端から不利な勝負。相手にはすでにエースが三枚そろっている。対するこちらが切れる切り札は開拓者というカードのみ。それが真にジョーカーとなりうるかは、すべてタイミングにかかっている。 「……神座様」 馬車に揺れながら、ふとマルカは生真面目そうな顔を、傍らの可憐な少女にむけた。早紀である。 「本当によかったのですか」 マルカは辛そうに面を伏せた。 助けてほしい。そう頼んだのはマルカであった。が、今更にして思う。このようなことに早紀を巻き込んでよかったのかと。 敵は三天使。激烈な戦いになることは必至だ。 すると早紀はにこりと微笑んだ。それは至極素直な笑みで。 「危険は承知の上。それは友人を助けないでいる理由にはなりませんもの」 早紀はこたえた。静かに、しかし断固たる声音で。 そのやりとりを耳に、残る三人の開拓者は――心情は全く異なってはいたが――ひたすら静かであった。リューリャとリィナム、ヴァルトルーデである。 リューリャとリィナムの場合、それは似通った心情を抱いていたかもしれない。それは高揚感であった。 リューリャは思う。この稀な『機会』に感謝を、と。 経緯はどうあれ、名高き三天使と剣を交えることができるのだ。それはジルベリア帝国の騎士としては最高の誉れであろう。故にこそ―― 誓う。全力を以て戦い、学び、そして超える事を。 そして、リィナム。猛者と呼ぶにふさわしいこの若年の少女は楽しんでいた。戦いを予想し、打つ手を考える。戦いに負けることなど念頭にはなかった。 残る一人。ヴァルトルーデはひたすら殺気を練っていた。 この娘の場合、敵が誰であろうと関係ない。たとえ相手が伝説の三騎士であってもだ。 「私の目の前に大罪人が居て、大罪人の前には執行人が居て。互いの立場が示すは処刑台……例え、片側が名誉ある陛下親衛隊三天使、片側が名誉なき端騎士だとしても、厳然たる現実は此れだ。ならば、私は目の前の大罪人の処刑を執行するのみ。大罪人が執行人に処刑されるは……奇跡等では断じてなく、ただの純粋な事実」 殺す。 処刑人たるヴァルトルーデは宣言した。 ● 土煙をあげて馬と馬車がとまった。地に降り立ったのは七人の男女。 マルカと早紀、ジェーンとヴァルトルーデ。そして三人の十二使徒であった。 マルカは屋敷を見つめると、 「……本当にいるのでしょうか?」 「いるわ。少なくとも一人は」 アーニャがいった。 その時だ。ドアが開いた。現れたのは二人の男。一人は精悍な風貌の持ち主で、もう一人はほっそりした体躯をしている。 「十二使徒が三人、か。俺たちも安く見積もられたものだな」 男――ロディオン・ミシュレは無精髭を撫でながら薄く笑った。傍らのほっそりした体躯の男――フォマー・アルシャーヴィンは寂然と佇んだままだ。 これが伝説の騎士。 これが三天使。 四人の開拓者の胸の中を冷風が吹きすぎた。 「……貴方がマキシム様を手にかけたのですね」 マルカがロディオンを睨みつけた。 「我がアルフォレスタ家の銘と誇りにかけて、貴方を打ち破ります!」 「来るか、娘」 ロディオンの頬に微かに浮かんだ憂愁の色。それはマルカに対する哀れみか。それとも―― 知らず、ヴァルトルーデは死神がもつにふさわしい黒鎌を掲げ、名乗りをあげた。 「私はレント家のヴァルトルーデ。皇帝陛下を弑し奉らんとする大罪人を処刑するために推参した」 「ほう」 フォマーがわずかに目を見開いた。 「レント家の息女殿か。噂には聞いていた。美しき死神とな」 瞬間、フォマーの姿が消えた。一瞬後、その姿がヴァルトルーデの眼前に現出する。 咄嗟にヴァルトルーデは跳び退った。が、遅い。フォマーの横薙ぎの剣光が血の色をおびた。 「さすがはレント家の娘だ」 フォマーは悟っている。致命の一点をヴァルトルーデが躱してのけたことを。 ヴァルトルーデの顔からは血の気がひいていた。これほど迅い踏み込みを彼女は見たこともなかった。 刹那、アーニャとフランツがフォマーに迫った。同時に剣の一撃を叩き込む。 そのひとつをフォマーは剣で受けた。同時に蹴りを放つ。脚をぶち込まれたアーニャが子猫のように吹き飛び、樹木に叩きつけられた。衝撃にべきりと樹木がへし折れる。 「アーニャさん!」 駆けつけようとした早紀であるが、叫びが制した。フレイアだ。 「あなたはヴァルトルーデさんを。十二使徒は私に任せて」 フレイアが空間に指で呪文を刻み込んだ。するとアーニャの身を白い光が包み込んだ。アーニャの口からたらたらと滴り落ちていた鮮血がとまる。 その間、早紀は祈りを捧げようとしていた。が―― 「させんよ」 ロディオンが迫った。その眼前、マルカが立ちはだかる。 「例えどんな理由があろうと、貴方方のしている事はただのテロリズムですわ。結果は手段を正当化いたしません!」 「そのようなぬるさがこの国をだめにしたのだよ」 ロディオンの剣が走った。マルカが受け止める。が、物凄い衝撃にマルカははね飛ばされた。 「そんな弱い剣では誰も守れん」 ロディオンが肉薄。剣を早紀めがけてふり下ろそうとし――跳び退った。その眼前を唸りをあげて弾丸が流れすぎる。ジェーンだ。 「くっ」 ジェーンは唇を噛んだ。 ロディオンの動きの先。それを確かに彼女は読んだ。その上の狙撃であった。 それなのにロディオンは躱した。ロディオンの反射行動はそれほど迅いということか。 「やはり化物か」 ちらとジェーンは視線を走らせた。ロディオンの視線がそれを追う。 瞬間、ヴァルトルーデが跳ね起きた。早紀に癒されて。 「すまぬ。礼はすべてが終わった後だ」 「はい。だから死なないでください」 早紀が微笑む。ふっ、とヴァルトルーデの頬によぎった笑みは幻か。 「処刑する」 ヴァルトルーデが疾風と化してフォマーを襲った。 ● 横薙ぎの黒き刃は視認不可能の速度をもっていた。が、振り向きざま放ったフォマーの剣は無造作に黒鎌をはじいている。 「ぬっ」 ヴァルトルーデが呻いた。なんという重さか。腕が痺れてしまっている。 が、呻いたのはフォマーも同じであった。急激な動作によって生まれた隙。そこをついてミハイルが斬り込んだのだ。 「跳べ、フォマー」 ロディオンが叫んだ。 刹那、迸る閃光。月輪の如き闘気は凄まじい破壊力を秘めて辺りを薙ぎ払った。 躱し、または受け止め得たのはフランツとジェーンのみであった。いや―― マルカと早紀、ヴァルトルーデのみは立っていた。その前に佇む者もまた三人。リューリャとリィムナ、そしてエリアスであった。 「無精ひげの天使様か…色気のかけらもねぇな」 不愉快そうにエリアスが口をゆがめた。ロディオンの眼がぎらりと光る。彼の髑髏面を割った者こそエリアスであった。 「お前か。やはり来たな」 「聞きたいことがあってな。お前たちの目的は一体、何なのだ。正義感によるものなのか、怨恨によるものなのか、義侠心か、罪悪感か……俺は、この国に怨みを抱く者だ。皇帝に対し、恩義などは無い。お前たちの目的次第では、そちらに荷担したいと思う」 「無理だな」 ロディオンは笑った。そして、告げた。お前は優しすぎると。 「ごたくはいいよ」 リィムナがニッと笑った。 「あたしは依頼を受けた。だから、あんたらを斃す。それだけだよ」 「面白いな、娘」 声は空から響いた。落ちる稲妻のごとき剣光。はじかれたようにリィムナは跳び退った。 「浅かったか」 剣を薙ぎおろした姿勢のまま、がっしりした体躯の男――アイザック・ブラランベルグは苦く笑った。 刹那である。リィムナの身体から鮮血がしぶいた。 「やったね」 リィムナが血笑をうかべた。すぐに出血がとまる。側にはもう一人のリィムナが立っていた。 「さすがは」 リューリャが前にするすると進み出た。対するは伝説の騎士の一人。 尋常の手段によって勝てる相手ではない。持てるあるゆる戦闘術を注ぎ込んでも、どうか。 リューリャの顔に浮かんだ微笑は、しかし童子のごとく自然なものであった。 「我は裏切伯に連なるもの、我が忠義とは簒奪の毒」 踏み込みつつ放った一閃。アイザックは軽く躱した。いや―― リューリャの剣は鞭のごとき動きをみせた。しなり、アイザックの眼を――いや、眼前にかざした腕を切り裂いた。 やった。アイザックを斬った。 心中で叫びつつ、再びリューリャは刃をふるった。が、アイザックをとらえることはできぬ。 「俺に同じ手が効くものかよ」 「なら、これはどう?」 リィムナの手から棒手裏剣が飛んだ。流星のごとく空を流れたそれには、しかしリィムナが本来秘めている超常の力はない。業を活性化していないためだ。 アイザックが剣ではじいた。別方向から放たれたもう一人のリィムナの手裏剣も。 「娘、死んでもらうぞ」 アイザックの姿が消えた。リィムナの姿もまた。 常人には視認不可能な速度での攻防。わずか一瞬後のことだ。 アイザックの姿が現出した。リィムナの姿は消えたままだ。 「ふふん。式の方であったかよ」 アイザックがニヤリとした。 ● ジェーンは三天使を人外と評した。が、それは開拓者と十二使徒も同じであった。 超人と超人の戦い。恐るべき破壊の力の激突に、天は荒れ、地は割れた。 戦いは三天使優勢にみえた。次々に開拓者や十二使徒に半死の者が現れたからだ。が、事実は違った。焦りがみえはじめたのは三天使の方であった。彼らには回復する力はなかったからだ。 では、と回復役を潰そうとしても、十二使徒が邪魔をする。彼らの放つ衝撃波とて、十二使徒を吹き飛ばすのみにとどまっていた。 「まずいな」 一瞬、アイザックの注意がそれた。なんでその隙を見逃そうか。フレイアが呪文を詠唱する。 術式継続。トリガー発動。座標軸固定。 フレイアの眼前に光り輝く魔法陣が現れた。ゆるりと回転するそれは破滅の時を刻んでいる。 瞬間、魔法陣から灰色の光が噴出した。何者をも分解せずにはおかぬ破滅の刃。 それを三天使は盾で受けた。はじく。 「今だ」 ジェーンが叫んだ。彼女のみ、見抜いている。今が、決着の時であると。 一斉に開拓者か襲いかかった。その悉くを三天使は躱した。いや―― アイザックのみ、わずかに反応が遅れた。それはある秘術を使うのに精神を集中させたためで。 狐火の放った秘術、夜。それをロディオンが破ったのである。 ほぼ同時、狐火は手裏剣を放った。 散華。複雑な軌道を描いて翔ぶそれは、標的となった者の防護を不可能とする。 が、ロディオンの天才は不可能を可能とした。とてつもない闘気を盾に込め、すべての手裏剣をはじいたのである。 「まだです」 マルカが肉薄した。鬼神のごとき迫力。が、それでもロディオンの方が速い。その剣はマルカの胸を刺し貫いた。 「ぬっ」 ロディオンの顔色が変わった。マルカの手ががっしとロディオンのそれを掴んだからだ。 「勝機!」 リューリャが剣を袈裟に走らせた。白光が紅色に染まる。剣を薙ぎおろした瞬間、リューリャの全身からは蒸気のような余剰の錬力が放散されている。 「しまった」 ロディオンがはねとんだ。血まみれの姿で。 マルカに手を掴まれようと、本来の彼なら躱せた攻撃であった。が、できなかった。身体がわずかに痺れていたからだ。 くくく、という孔雀の忍び笑い。蠱毒を放った孔雀のそれを、ロディオンは耳にしたか、どうか。 「どうやら俺はここまでのようだ」 ニンマリ笑うと、残る二人に告げた。 「行け。ここは俺に任せろ」 返事を待たず、ロディオンは剣を地に突き立てた。ぎくりとしてエリアスが後退る。 本能的に彼にはわかったのだ。奴はとんでもないことを企んでいる、と。 「逃げろ。ここはまずい」 エリアスが背を返した。他の者も習う。 その瞬間だ。地が爆裂した。 おそらくロディオンは全オーラを注ぎ込んだのであろう。その破壊力はアーマー用魔槍砲のそれを遥かに上回っていた。 大地は大きく抉れ、溶解していた。爆風のために辺りの樹木はすべてなぎ倒されている。 かぶった土を払い、フレイアが立ち上がった。身体はズタズタだ。が、かろうじて生きている。魔法で自らを癒しつつ、フレイアは辺りを見回した。 開拓者は無事のようである。が、早紀を庇ったアーニャの息はない。同じくマルカも。 「あたしがやる。早紀さんはアーニャさんを」 リィムナがマルカに駆け寄った。朱に染まった胸に手を当て、錬力を流し込む。 「逝かせないからね」 リィムナがさらに錬力を高めた。と―― マルカの胸がとくんと鳴った。 「おかえり」 リィムナが笑った。 「二人の天使は逃げたようね」 巨大な溶解口を降りながら、孔雀はいった。頷いたのは狐火だ。その足元、溶け残った盾の残骸があった。ロディオンのものだ。 「ともかく天使の一人は斃したようですね。残るは――」 狐火は空に視線を投げた。嵐の前の静かな蒼い空に。 |