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■オープニング本文 前回のリプレイを見る ● 寒風にマントの裾翻らせて、男は振り向いた。 月光に浮かび上がった男の顔は端正で気品に満ちていた。ただその瞳は猛禽のそれのように鋭い。 「出てこい。隠れても無駄だ」 「さすがはアーヴィング・カシン。十二使徒の一人だけのことはある」 闇の中からすうと人影がわいた。 「俺を十二使徒としってのことのようだな」 アーヴィングの顔に薄い笑みがういた。 十二使徒。それは皇帝親衛隊騎士のことである。ジルベリア最強の騎士集団であり、敬意と畏怖を込めてそう呼ばれているのであった。 人影が足を踏み出した。髑髏の仮面のため、人相はわからない。 髑髏面が剣を抜き払った。その剣先から迸る凄絶の殺気に、本能的にアーヴィングもまた剣を抜き合わせた。彼をして、そうせざるを得ないような物凄さが髑髏面にはあったのである。 「……貴様だな。アルカディー・ハルトマンを斬ったのは」 ややあってアーヴィングの口から喘鳴のような声がもれた。 数日前のことだ。十二使徒の一人であるアルカディーが殺害された。斬り殺されたのである。 それは、まさに青天の霹靂であった。このジルベリアに十二使徒を斬ることのできる者が存在しようとは――。 事態のあまりの深刻さにアルカディー殺害の一件は伏せられた。表向きは病死ということになっている。皇帝の剣であり盾である皇帝親衛隊に一片の傷もつけられてはならなかったからだ。 その経緯はさておき、アーヴィングは顔色をなくしていた。 アルカディー殺害されるの報を耳にし、まずアーヴィングは思ったのは毒殺であった。何らかの詭計を用いねばアルカディーは斃されるような男ではない。 その後、アルカディーの殺害方法が斬殺であることがわかった。しかし、それでもアーヴィングは何らかの策が用いられたのではないかと思っていた。 が、違う。髑髏面と相対し、アーヴィングは悟った。こいつが――こいつならばアルカディーを斬ることができるのではないかと。 そして同時に彼の脳裏をかすめすぎた疑念があった。 誰か。こいつは何者か。ジルベリア最強の騎士の一人であるアルカディーを斬ることのできる者がざらにあろうとは思えない。 刹那、髑髏面が動いた。まるで瞬間移動したとしか思えぬ速度でアーヴィングに迫る。 咄嗟にアーヴィングは跳び退った。髑髏面との間合いをあける。 次の瞬間だ。アーヴィングの左腕が炸裂した。 「ぬう」 アーヴィングが呻いた。そして髑髏面は笑った。 「さすが」 髑髏面は感嘆の声をもらした。髑髏面はアーヴィングの胸に一撃を叩き込んだと思ったのである。本当ならばアーヴィングの身体は四散したはずである。が、アーヴィングは左腕で剣を受けた。 次の瞬間である。アーヴィングが背を返した。逃げたのである。これは髑髏面にとっても意外事であったらしく、一瞬呆然と立ち尽くした。 「はっはは。面白い」 髑髏面が剣を振りかぶった。その身から凄まじい闘気が立ち上る。 「ふん」 髑髏面が一気に剣を振り下ろした。 刹那だ。 世界が青白く染まった。剣先から迸りでたとてつもない破壊的熱量の仕業である。 次の瞬間、世界が揺れた。地をえぐりつつ疾った熱量が爆発したのである。 「ふふん。逃がしたか」 赤く燃え上がる世界を見つめ、髑髏面が嗤った。 ● 「アルカディーに続いてアーヴィングもか」 アイスブルーの瞳の娘が重い声をもらした。美少女といって良い端正な顔立ちはどこか幼さを残している。 ユリア・ローゼンフェルド。皇帝親衛隊隊長である。 「で、アーヴィングの容態は?」 「命に別状は」 こたえたのは巌のような体躯の男であった。 名はスパルタク。十二使徒の一人である。 「そうか」 ユリアはやや表情を和らげた。が、すぐに瞳に冷たい光をうかべると、 「マキシムとミハイル、キラを呼べ」 ユリアは命じた。そして続けた。 「他の者は病だ。しばらく謹慎しておけ」 「それはつまり」 「ああ。さすがに一人だけとなれば敵も警戒するだろう。三人には囮になってもらう」 「では、やはり開拓者に?」 「そうだ。十二使徒は顔が知れているからな」 |
■参加者一覧
孔雀(ia4056)
31歳・男・陰
リューリャ・ドラッケン(ia8037)
22歳・男・騎
狐火(ib0233)
22歳・男・シ
マルカ・アルフォレスタ(ib4596)
15歳・女・騎
ジェーン・ドゥ(ib7955)
25歳・女・砂
ヴァルトルーデ・レント(ib9488)
18歳・女・騎
エリアス・スヴァルド(ib9891)
48歳・男・騎 |
■リプレイ本文 ● 「ちっ」 闇の中に舌打ちの音が小さく響いた。 おぼろに白く浮かび上がっているのは男であった。濃い化粧が施されており、それが美しくあり、不気味でもあった。 名は孔雀(ia4056)。開拓者である。 そして彼がいるのは帝国監獄の外であった。目の前には高い石壁があり、壁上には鉄条網が植え付けられている。 孔雀は符にふっと息を吹きかけた。そしてトリガーとなる呪を唱える。 呪術回路起動。符は鼠へと変化した。 「頼むわよ」 孔雀が命じると、鼠は壁を伝いのぼっていった。そして幾許か。 孔雀は悔しげに唇を噛んだ。言霊を監獄に潜入させ、捕らえられたヴォールク関係者と接触をもとうと試みたのだが、上手くいかなかったのである。 言霊の効果時間は一分。それでは地下深くに閉じ込められた囚人にまでたどり着くことはできない。 「……仕方ないわねえ。敵を知るには取り入るが早いと思ったのだけれど。折角の駒をほうっておくなんて勿体ないはなしよ」 ごちると孔雀は闇に姿を溶け込ませた。 同じ頃、アーヴィングの邸宅を訪れた者であった。 凛然たる娘。ジェーン・ドゥ(ib7955)という。 ユリアからの書状を見せるとジェーンは応接室へと案内された。ややあってアーヴィングが姿をみせた。 「これは」 ジェーンはさすがに驚いた。ユリアの話では片腕を失ったはずだ。が、アーヴィングはさして弱っているふうには見えなかった。 「動かれて大丈夫なのですか」 「たいしたことはない」 薄く笑うとアーヴィングは椅子に座した。 「で、用件とは何だ?」 「襲撃者のことです。襲われた場所ですが、それは使徒の行動を知る者でなければ襲撃が困難な時刻、または場所なのでしょうか」 「ああ」 アーヴィングはうなずいた。 十二使徒の行動は極秘である。そう簡単に知られるはずはなかった。 「では、もうひとつ。貴殿に傷を負わせることのできるほどの技量の持ち主に心当たりは?」 「それがな」 アーヴィングは残る手でがりがりと頭をかいた。 「あれほどの使い手。知らぬはずはないのだが、まるで思いつかんのだ。他の親衛隊騎士、さらには軍の騎士。腕のたつ者は知っているはずなのだが……」 アーヴィングは声を途切れさせた。 ● 雷火のような火花が散り、そして二人の男が跳んで離れた。 一人は黒い瞳の若者だ。その瞳にはまっすぐな光がやどっている。 名はリューリャ・ドラッケン(ia8037)。開拓者であった。 そして対する男。白銀の髪を風に揺らせた冷然たる風貌の美青年であった。 これは名をキラ・フリードマン。十二使徒の一人である。 「さすがは」 リューリャは瞠目した。 舞にも似たその動き。刃を一度かわしただけであるのだが、リューリャほどの使い手が背筋に寒気を覚えていた。 が、キラの方も舌を巻いていた。野にこれほどの男が伏していたのか驚いている。 剣を鞘におさめると、リューリャは額にういた冷たい汗をぬぐった。 「ありがとうございました。ところでキラ卿、不躾かとは思いますが……十二使徒様と肩を並べられる程の使い手に関して、心当たりはありませんか?」 「いや」 アーヴィングと同じこたえをキラは返した。すると黙したままリューリャとキラの試合を眺めていた男が口を開いた。 「ところでキラ殿」 男――沈毅重厚のふうでありながら、どこか野性味を滲ませたエリアス・スヴァルド(ib9891)はキラに尋ねかけた。アハトワについて。 「バルトロメイ・アハトワ殿が皇帝に述べたという苦言。キラ殿はご存知でありましょうか」 「ああ。それが、どうかしたか?」 キラが冷たくエリアス一瞥した。 「いや、少し興味がありましてな」 エリアスは言葉を濁した。まさかアハトワを疑っているとはいえない。 「……そうか」 ややあってキラはうなずいた。どうもこの男、何を考えているのか良くわからぬところがある。 「それはバルトロメイ殿が現役のころのことで、さすがに俺も良くは知らぬ。ただ噂によると、どうも皇帝陛下のやり方についてらしい」 「やり方?」 キラの言葉を聞きとがめ、それまで寂然としてあたりの気配を探っていた娘が、冷たく光る碧の瞳を転じた。ヴァルトルーデ・レント(ib9488)である。 「前の皇帝陛下の犬殿は、飼い主である皇帝陛下に牙をむいたというのか」 ヴァルトルーデが問うた。赤黒い怒気がその声には滲んでいる。 「お前は……名は確か」 キラはヴァルトルーデの身についている鈴に眼をむけた。そして、これがあれか、と思った。 代々処刑を請け負う一族がおり、その者達は鈴を身につけているとキラは聞いたことがあった。現処刑人は美しい少女であるとも。そしてまた、その少女は皇帝陛下に類まれな忠誠を誓っているとも。 「そういうになるな」 キラはこたえた。その一件がどう決着したか、キラは知らない。少なくともアハトワが罷免されなかったのは事実であった。 「そうですか」 エリアスはうなずいた。 十二使徒を倒すほどの技量を持ち、さらには使徒の顔と行動を把握しうる力をも兼ね備えた者。考えうる犯人の筆頭はアハトワである。 「まさかアハトワ本人ではあるまいが……。妻を亡くし、子は無く、喪うものは何もない。命を賭けて諌めるのか。もしくは本格的に転覆する気か」 エリアスは重い声で独語した。 ● ぎしりと車輪を軋ませ、馬車がとまった。ドアが開き、一人の女が降り立つ。 十五歳ほど。綺麗な金髪をショートにした可愛らしい少女である。が、どこか寂しげな風情があっ 名はマルカ・アルフォレスタ(ib4596)。開拓者である。 続いて男が一人降り立った。 精悍な風貌の若者。その身から立ち上る気は尋常ではない。 マキシム・ダン。十二使徒の一人であった。 「よくおこしくださいました、マキシム様」 「アルフォレスタ侯爵のご息女からお招きいただき、辞退するわけにはまいりませんからな」 ニッと笑うと、マキシムはマルカに片目をつぶって見せた。 しかし、とマキシムは続けた。 「武術の指南など、やめいおいた方がよいのではありませんか」 「いいえ」 マルカは真顔になると、首を振った。 「愛するマキシム様を守れるようになりたいのです」 馬車が走り出した。窓からちらりと見えた秀麗な風貌の若者。十二使徒の一人、フランツ・キュイだ。 見送ったジェーンはふと気配を感じ、振り返った。 フードを目深にかぶった男が一人。本来ならば端正な顔立ちであるのだが、今は精悍な風貌に変装している。狐火(ib0233)であった。 「他の二人はどうですか?」 「全員、上手く接触したようです」 ジェーンの問いに、狐火がこたえた。彼は隠密裡に動き、他の開拓者の様子を見守っていたのであった。 「で、あなたの方はどうですか。アーヴィングと接触したのでしょう。何かわかりましたか?」 「いいえ」 ジェーンは首を振った。 「しかし現役の騎士ではないようです」 「では」 狐火の脳裏にふたつの可能性がうかんだ。 十二使徒を殺害しうる者。ひとつはアヤカシだ。上級に区分されるアヤカシならば可能であろう。 そして、もうひとつ。それは英傑だ。アハトワであるなら、十二使徒であっても斃しうるだろう。 しかしアハトワが動いた形跡はない。では、誰か。十二使徒を超える存在とは―― ● 「とめろ」 マキシムが命じると、御者が馬車をとめた。 「怪我をしたくなくば、動くな」 命じると、マキシムは馬車をおりた。馬の前に歩んでいく。 「出てこい。目当ては俺だろう」 「ふふふ。いい覚悟だ」 闇の中から人影が現れた。顔には髑髏面をつけている。マキシムの眼がきらりと光った。 「貴様だな。十二使徒を襲っているのは」 「そうだ。そして、今度は逃がさん」 髑髏面の手が腰の剣にのびた。 その時だ。少女がマキシムの前に立ちはだかった。マルカである。 一斉に六人の開拓者が足をとめた。彼らの眼は空で舞う梟の姿をとらえている。 それは孔雀の使う式であった。ならば襲撃されたのは―― 「マキシム卿か」 リューリャが地を蹴った。 「わたくしは刺客の凶刃に倒れし前アルフォレスタ侯爵の長女、マルカ・アルフォレスタ。マキシム様に何をするつもりなのですか」 「お前には関係ない。退っていろ」 髑髏面がマルカに冷たくいった。するとマルカは大きく首を横に振った。 「嫌です。だって、わたくしはマキシム様を愛しているのですから。もう愛する者を奪われるのはごめんです。それよりも、何故、貴方はマキシム様を害そうとするのですか。せめて自分が何者か、何故殺さねばならないか、それくらい仰い!」 マルカが叫んだ。すると、くくく、と髑髏面は可笑しそうに笑った。 「ずいぶんと気の強いお嬢さんだ。さすが十二使徒を愛すると口にするだけのことはある。ならばこそ、どけ。女に怪我はさせたくない」 髑髏面から凄絶の殺気が放たれた。びくりとしてマルカは身を強ばらせた。 いかに可憐であろうともマルカは開拓者である。なればこそわかった。髑髏面の強さが。 我、遠く及ばず。十二使徒が斃されたのも、むべなるかな。 「――正直十二使徒を倒す者にわたくしが勝てるとは思えません。ですが」 漆黒の柄と白銀の穂先を持つジルベリア風の槍――グラーシーザを手にマルカが髑髏面に迫った。視認不可能なほどの速さで連続的な刺突を送り出す。 「あっ」 呻く声はマルカからもれた。 誰が想像しえただろうか。マルカの超絶的な刺突があっさりと躱されようとは。 「無駄だ」 髑髏面の内からはむしろ憐憫の響きの滲む声がした。が―― 「無駄ではない」 白光が闇を切り裂いた。マキシムの一閃だ。マルカの刺突を避けた際に生じた毛ほど隙をついたのであった。 「ぬっ」 咄嗟に髑髏面が跳んで逃れた。 地に降り立った時、その足元にがちゃりと落ちたものがある。半分になった髑髏面だ。 「うっ」 愕然たる声はマキシムの口から発せられた。張り裂けんばかりに見開かれた彼の眼は半分露出した襲撃者の顔に吸い付けられている。 「あ、あなたは……」 「見られたか。ならば、必ず息の根をとめねばならぬなあ」 襲撃者はニンガリと笑った。 刹那である。襲撃者は刃をたばしらせた。剣先から雷光にも似た衝撃波が迸りでる。 この場合、マキシムは前に出た。マルカと馬車を庇うためである。紫光がマキシムを飲み込んだ。 「マキシム様!」 眩い紫光が消えた時、マルカは地に倒れたマキシムの姿を見出した。駆け寄ろうとしたマルカであるが。すう、と髑髏面が剣を突きつけた。 「可愛そうだが、お前も死んでもらうぞ」 と、すぐに髑髏面の殺気がゆれた。 次の瞬間である。髑髏面が背を返した。遠くから走りきたる幾つも足音が響いてくる。 「マキシム様」 我に返ったマルカがマキシムに駆け寄った。抱き起こす。 「しっかりしてください」 「ユ、ユリア様に……。敵はさん――」 マキシムの声が途切れた。 ややあって駆けつけた開拓者であるが。 その中の一人、エリアスが狐火に眼をむけた。 「襲撃者は?」 狐火は首を振った。彼の超人的な聴覚によっても襲撃者はすでにとらえられぬ位置まで逃れてしまっている。 「髑髏、か」 ヴァルトルーデが髑髏の半面を拾い上げた。ふふん、と冷笑すると、 「私の前で髑髏面とはいい冗談だ」 吐き捨てた。 ● 「ちっ」 孔雀は再び舌打ちした。 式を使い、彼は襲撃者を尾行したのである。が、効果時間の関係で完全には追いきれず、見失ってしまったのであった。 「けれど、潜伏している地域はわかったわ。あとはどうやってあぶりだすかね」 孔雀はひどく冷酷そうに嗤った。 |