【動乱】アレクサンドラ
マスター名：御言雪乃
|
|
| ■オープニング本文 前回のリプレイを見る ● 「私の名？」 灰碧色の冷徹そうな瞳に光が閃いた。相対した瞳はアイスブルーだ。 「ええ」 ユリア・ローゼンフェルドは肯いた。彼女は皇帝親衛隊隊長である。 ユリアは一枚の紙片を掲げてみせた。そこには名らしきものが記されている。 先日のことだ。皇帝新派の貴族たちを狙う連続殺人事件が起こった。その犯人の一人が所持してい紙片こそ、ユリアのもつそれなのである。 「アレクサンドラ・アシモフ。貴方の名でしょう？」 「確かにそうね」 アレクサンドラはちらりと眼をあげた。 「だから何なの？ それが私の名だと特定できて？ また私の名であったとして、私を……ヴォールクだったかしら……そのテログループの一員として捕らえるつもりなの。馬鹿馬鹿しい」 アレクサンドラは冷たく笑った。 彼女はジルベリア帝国宰相だ。そう簡単に捕縛などできようはずがなかった。 いや、実際は唯一アレクサンドラを簡単に捕縛することのできる者が二人いる。皇帝その人と、眼前に佇む皇帝親衛隊隊長だ。 「貴方を疑っているわけじゃないわ」 ユリアはこたえた。犯人が仲間の名を記した紙片をもっている。それではあまりにあざとい。 それよりもユリアが案じているのはアレクサンドラの命であった。紙片は、もしかすると次のターゲットを記したものではないか。 「心配は無用よ」 アレクサンドラはまたもや冷たく笑った。 「私は他の被害者のように恨まれる覚えはないし、それに警備の者もいる。放っておいて」 ● 「追い返されましたか」 鋭い眼をした、それでいて理知的な相貌の巨躯の男が可笑しそうに笑った。十二使徒の一人で、名をスパルタクという。 「隊長を追い返すことのできる者は皇帝陛下お一人だけかと思っておりましたが」 「それはそれでいい」 ユリアはふふんと鼻を鳴らした。 「端からアレクサンドラが私のいうことをきくとは思っていなかったわ。なら、それはそれで私の役にたってもらうだけ」 「役に？ ははあ」 スパルタくはニヤリとした。 「囮とするわけですか」 「ふふふ。餌は大きいほど大物が釣れる。そうでしょ？」 ユリアは少女のように微笑った。 |
■参加者一覧
孔雀（ia4056）31歳・男・陰 
リューリャ・ドラッケン（ia8037）22歳・男・騎 
狐火（ib0233）22歳・男・シ 
マルカ・アルフォレスタ（ib4596）15歳・女・騎 
アルバルク（ib6635）38歳・男・砂 
ジェーン・ドゥ（ib7955）25歳・女・砂 
ヴァルトルーデ・レント（ib9488）18歳・女・騎 
エリアス・スヴァルド（ib9891）48歳・男・騎 |
| ■リプレイ本文 ● ジェレゾ城城下。 まるで宮殿かと見紛うばかりにとてつもなく豪壮な邸宅があった。ジルベリア帝国でも一二を争うなどの名家、ローゼンフェルド家の住まいである。 その豪邸の一室に、男はいた。濃い化粧を顔に施している。赤い唇を薄笑いの形に歪ませており、どこか蛇の雰囲気をもっていた。 名は孔雀（ia4056）。開拓者であった。 「ユリア隊長」 孔雀が口を開いた。その前には一人の娘の姿があった。十七歳ほどにしか見えぬ。が、その態度には若年にありがちな落ち着きのなさは微塵もない。むしろ誰よりも堂々としていた。 ユリア・ローゼンフェルド（iz0190）。皇帝親衛隊隊長である。おそらく皇帝その人を除けば、このジルベリア帝国において最も権力を有する人物であろう。 孔雀は続けた。 「宰相のこと、貴方が知っている範囲で教えて下さるかしら」 「アレクサンドラ・アシモフ‥‥か」 ユリアは記憶をまさぐるように眼を眇めた。 皇帝親衛隊は基本皇帝を守護する騎士の集団だ。帝国内を暗躍する諜報組織とは違う。とはいえアレクサンドラについて調べなかったといえば嘘になる。 「アシモフ家は位でいえばかなり低い家柄だ。通常ならば宰相などなれぬ。が、現実にアレクサンドラは宰相となった。それが示している。アレクサンドラの実力を」 こつこつとユリアはこめかみを指で叩いた。 「ここが切れる。さらには冷静沈着だ。あの女がうろたえたところなど見たことも聞いたこともない」 「実力で宰相にのしあがったということは政治的野心をもっているのね」 「それはどうかな」 ユリアは否定した。 「アレクサンドラは驚くほど公正無私だ。考えているのは純粋にジルベリア帝国の利益になることだけだろう。だから民の評判はいい。私と違ってな」 ユリアは悪戯っぽく微笑った。そしてアレクサンドラと殺害された貴族との関係は掴めないと続けた。 「後釜の決定力はないな。無論、強力な進言はできようが。人事の決定権はすべて皇帝陛下にある」 「では」 孔雀の眼が黄色く底光った。 「彼女とアハトワの関係……そして親皇帝派なのか、其れとも前皇帝派であるのか」 「アハトワ殿？」 ユリアの瞳に戸惑いの光がゆれた。 バルトロメイ・アハトワ。生ける伝説。ユリアの尊敬する人物であり、恩人でもあった。 「アハトワ殿とアレクサンドラに特別のつながりはないと思うが……アハトワ殿がこの一件にからんでいるというのか？」 「まだわからないわ」 肩をすくめると、孔雀は首を振った。それから思い出したように口を開いた。 「そうそう。最後にひとつ。彼女は親皇帝派なの？ 其れとも前皇帝派？」 「それは」 ユリアは迷わずこたえた。どちらかと問われれば間違いなく近いのは現皇帝陛下だ。アレクサンドラと前皇帝陛下の間には何のつながりもなく、そして彼女を宰相にすえたのは現皇帝陛下なのだから。 が、それでアレクサンドラが皇帝陛下の親派であるかといえば、ユリアは首を捻らざるをえない。良くも悪くもアレクサンドラは私情や私欲で動くような人物ではなかった。 ● 身を切るほどの冷たい風が吹き渡る石畳の路上。 コートの裾を翻らせ、その若者は立っていた。年齢は十九ほどであろうか。若年の者には似合わぬ、ある覚悟を秘めた瞳をもっていた。 リューリャ・ドラッケン（ia8037）。開拓者であった。 「さて」 リューリャは歩き始めた。城とアレクサンドラの館をつなぐ街路のひとつだ。 ここまでのところ、人気のない場所はない。主要な街路であるので商店などがひしめきあっている。 と、商店脇の階段から一人の娘が姿をみせた。凛然たる娘だ。 名はジェーン・ドゥ（ib7955）。リューリャと同じ開拓者であった。 「何かつかめたか？」 リューリャが問うと、ジェーンは首を振った。潜む暗殺者を探すため、彼女は最近間借りした人間を探していたのだ。が、まだそのような人物は見つかっていなかった。 「そうか。ところで」 リューリャはかねて疑問に思っていたことを口にした。 前回の暗殺事件。悪い噂が特に無いグレゴリー・ブラッコも襲撃された。誅殺と理由は掲げられているが、どうにも理由が薄いのだ。 リューリャの見るところ、あれは確実に命を奪う手段だった。グレゴリーを助けることができたのはジェーンの機転のお陰である。 「私もヴォールクの真の目的はわかりません。ただ。これが単純な暗殺事件ではない気がするのです」 「うむ」 リューリャは肯いた。彼もまたこの事件にはただならぬものを感じとっている。たとえるならば嵐の予兆のような不穏さを。 大きな戦もなくなり、ようやくジルベリアには安泰の時代が訪れようとしている。その泰平の世を根底から覆すようなとんでもない出来事が蠢きだしつつあるのではないか。 「糸を掴み取ることができれば」 ジェーンの黒瞳に小さな光がともった。 「そこから綻びを見出すこともできます。ならばその糸を掴みましょう。傭兵は戦争が起きてこその仕事ですが、開拓者は戦乱の芽を刈り取るのが仕事なのですから」 ● 「アハトワ？」 怪訝そうに男は眉をひそめた。 ジェレゾ城下の酒場。このような表情をむけられるのは、これで何人目だろうか。 ああ、頷いたのはやや細身の男であった。年齢は四〇代後半だろう。それにしてはしなやかな身ごなしをしている。よほど鍛えられたに違いない。 エリアス・スヴァルド（ib9891）。開拓者であった。 「俺は傭兵でな。貴族と有力なコネクションがほしいのだ」 エリアスはいった。 ここ数日、彼はアハトワについて調べていた。が、今のところ不審なところはまるで見当たらなかった。兵を集めているという噂もない。 唯一わかったことは、時折ジルベリア軍の大物が訪ねてくるくらいのものであった。顔ぶれは錚々たるものだ。将軍がいる。特務局局長がいる。衛兵隊隊長がいる。 が、それとて特段おかしな点というわけではなかった。アハトワはジルベリアに隠然たる勢力をもつ。有力者が日参してもおかしくはなかった。 「アハトワ殿に血縁者はいるのだろうか」 エリアスが問うと、男は首を振った。 「アハトワ様に血縁者はいない。奥様は先年亡くされ、お子様もいらっしゃらなかったはずだ」 「そうか」 エリアスは残念そうに肩を落とした。が、ふいに眼をあげると、 「アハトワ殿とはどのような方なのだ。聞くのは立派な噂ばかりだが、後暗いところなどはないのだろうか」 「清濁併せ呑む度量の持ち主だからな。表と裏、両方に顔はきくだろうがねえ。が、敵も多いという噂だぜ。なんせ皇帝陛下に苦言を堂々と吐くお方だからな」 「苦言――」 エリアスの脳裏を何かか閃いた。何かをつかんだ。そのような感触だ。 「その苦言とは一体何だ？」 ● 「どうだ？」 抑揚を欠いた冷たい声音。振り向いた男は、そこに背後からかけられた黒衣の少女の姿を見出した。 美しい少女だ。人形のように整った顔立ち、衣服の上からもわかるほどむっちりした肉体。ヴァルトルーデ・レント（ib9488）であった。 そこは高い塔の上。振り向いたアルバルク（ib6635）は不精たらしく髭をまさぐるとニヤリとした。 「なんだ、あんたか。驚かすなよ」 「わたくしもいます」 ヴァルトルーデの背後からひょこっと顔を覗かせたのは可憐な美少女であった。気品のある顔立ちから貴族の出自であることがうかがえる。 ヴァルトルーデと同じく黒衣の装い。マルカ・アルフォレスタ（ib4596）である。 マルカは驚いたように周囲を見回した。 「良く見渡せますね」 「ああ」 アルバルクは城へと続く三つの街路を指し示した。 「あれが宰相が使うルートだが」 「どの街路にも機会はある」 ヴァルトルーデはいった。ああ、アルバルクは肯いた。 用心のためだろう。アレクサンドラは城との往復に三つのルートを使い分けていた。どのルートを使うかはその朝に決められるのだという。 「問題はどのルートかということだ」 ヴァルトルーデは指摘した。 「まあ襲撃してくれってばかりに人気の無いとこを行くのも考えづらいがな」 「わかりませんよ」 マルカはいった。 アレクサンドラが通う衣服店での聞き込みの結果。どうもアレクサンドラという女性は一筋縄ではいかぬ人物のようだ。 さらにわかったこと。質素であり、自身が低位の貴族の出自であるからなのか、貴族の専横を良くは思っていなかったようなのだ。 「一筋縄でいかないのは、あの娘も同じだぜ」 アルバルクが頭をかいた。彼の言うあの娘とはユリアのことだ。一国の宰相を囮とし、ヴォールクを狩る。まともな神経の持ち主がやることではない。 「……番犬殿か」 ヴァルトルーデは冷淡に呟いた。 その夜のことだ。 ふっ、とアレクサンドラは眼をあげた。 わずかに開いた書斎の窓。そのむこうにしげる樹木の枝の上、鴉の姿があった。 「アレクサンドラ」 鴉の口から人語がもれた。彼女の名を呼んだのである。 アレクサンドラの形の良い眉がわずかに動いた。反応はそれのみである。 「使い魔……か？」 「捕えた反逆者達を公開処刑せよ」 鴉はいった。 「公開処刑？」 「そうだ。謀反を起こす不届き者に然るべき処罰を…連中を白日の下に引きずり出し断罪する事が皇帝に忠義を尽くす事である」 「何を」 アレクサンドラは冷たい眼差しを鴉にむけた。 「使い魔ごときが差し出た真似を」 立ち上がると、アレクサンドラは窓を開け放った。そして叫ぶ。 「曲者がいる。探し出せ」 「はっ」 声が響いた。そして幾つもの気配がわいた。 闇の中に安堵の吐息がもれた。孔雀である。 言霊を放ったのは彼であった。が、すぐさまアレクサンドラが刺客を放つとは思わなかった。下手をすれば今頃はどうなっていたかわからない。暗殺されたとしても、相手は宰相である。どのようにも処理されてしまうだろう。 ● 馬車が城を出た。石畳の街路に硬い音をたてて夜更けの街をはしる。 そこは一番に賑やかな通りであった。とはいえ夜更けであるため、街路は暗い。人通りは少なく、開いている店は酒場くらいのものであった。 「まずいな」 塔の上。アルバルクは舌打ちした。 確かに通りは見渡せる。が、闇のため視界がきかない。が。アルバルクはふてぶてしい。 「まあ、慌てることもないか」 ふふんとアルバルトは笑った。 「くるとしたら、そろそろですね」 物陰にひそんだ人影がつぶやいた。顔は煤で汚れ、ボロ布を纏っている。物乞――いや、ジェーンであった。 結局のところ、彼女は入居をもとめる不審者を見つけ出すことはできなかった。が、それはとりもなおさず襲撃位置の特定することでもある。 ちらりとジェーンは眼をむけた。その瞳孔が大きくなる。ベドウィンの間に伝わる遠視術だ。離れた位置に潜むヴァルトルーデの姿が確認できた。 その時である。狼煙があがった。 ● 時は少し遡る。 闇の中、マルカが身じろぎした。馬車の車輪が石畳をうつ音を耳にしたからだ。 「来た」 マルカは辺りを見回した。襲撃に適した場所はここしかない。どこかに暗殺者が潜んでいるはずなのだが―― と、馬車が見えてきた。慌ててマルカは視線を巡らせた。 どこだ？ 暗殺者はどこにいる？ 「あっ」 マルカは息をつめた。屋根の上。何かが動いたようであった。 反射的にマルカは飛び出した。瞬間、闇を光が切り裂いた。 衝撃は落雷。マルカが弾き飛ばされた。散りしぶく光は魔槍砲のものである。 馬がいななき、馬車がとまった。 「何だ」 戸惑いつつ、それでも騎士が馬車を取り囲んだ。そしてマルカにむかって誰何の声を放った。 「何者だ」 「マルカ・アルフォレスタです」 立ち上がり、マルカが名乗った。 「マルカ・アルフォレスタ？」 アレクサンドラが窓から顔を覗かせた。 「アルフォレスタ侯爵のご息女か」 「はい」 マルカが肯いた。 その時だ。リューリャの叫びが響いた。 「まだだ」 瞬間、光の奔流がはしった。とっさのことにマルカは動けない。最初の一撃は陽動をかねていたのだ。 爆発。膨れ上がった高熱の閃光は、しかし馬車にはとどかない。馬車の前に立ちはだかる人影があった。 「リューリャ様！」 マルカが射線を視線でたどった。すでに暗殺者の姿はない。 「逃げられた？」 狼煙銃をとりだすと、マルカは空にむけて引き金をひいた。 ● 街路を駆け巡り、疾風と化して男は走っていた。足音は全くない。 その背後、暗殺者の影のごとく密やかに疾駆している者があった。最後の開拓者、狐火（ib0233）だ。 が、その容貌は違っていた。変装しているのである。 そして、さらに。狐火の後ろ。追走する者があった。アルバルク、そしてジェーンとヴァルトルーデだ。 やがて男は足をとめた。すると、すうと別の人影がわいた。 「首尾は？」 「予定通りに」 「そうか」 頷きかけた男の動きがとまった。 「つけられたな」 「えっ」 はじかれたように男が振り返った。その眼前、狐火が姿を現出させた。 「お、お前は」 人影が呻いた。狐火がニヤリと笑う。 「どうやら貴方は知っているようですね。アルベルト・クロンヴァール氏の顔を」 「ちっ」 同時に人影と男が跳んだ。別の方向に。 「一人は生かしておけ」 ヴァルトルーデもまた跳んだ。一瞬、月光がはねる。 「くっ」 人影が呻いた。その足には透き通った宝石でできた橙色の細い針が突き刺さっている。 人影がヴァルトルーデに銃をむけた。が―― がくりと人影は倒れた。 「危ないねえ」 ふふん、とアルバルクが笑った。そして、同じように地に這った男に眼をむけた。見下ろすようにして立つのは狐火だ。 「あれはあれで、危ないねえ」 アルバルクは肩をすくめた。 「あれか」 牢の中の三人の男を見つめ、ユリアは先ほど受けた報告を思い出していた。 開拓者が捕らえたヴォールクの三人のメンバー。そのうちの一人の素性が判明したのだ。 オマリ・ドミトリエフ。任務中行方不明となり、死亡されたとみなされた元ジルベリア軍人であった。 「バルトロメイ・アハトワ」 広大な庭園を散策する男を見つめ、エリアスは拳を握り締めた。 皇帝。貴方は間違っている。 アハトワが告げたという苦言。その時、アハトワは何を考えていたのだろうか。 「貴様は……何を企んでいるのだ」 |
