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■オープニング本文 ● 闇夜を切り裂いて何かが空を疾った。 驚いた馬が足をとめ、急制動をかけられた馬車がぎしりとゆれる。傍らをゆく馬の上から落ちたのは警護の騎士であった。 「何だ。何が起こった?」 馬車の内部から怒声があがった。が、こたえたのは馬の嘶きのみ。騎士には返答の余裕すらなかった。 まるで闇に埋没していたかのように幾つかの人影が躍り上がった。咄嗟のことではあるが、それでも騎士達は抜剣した。さすがは有力貴族の警護に選ばれた者達というべきか。 が、襲撃者達はさらに手練れであった。閃く刃を容易くくぐりぬけ、瞬時にして騎士達との間合いを詰める。最期の瞬間、騎士達が見たのは眼前に迫るぎらりとした眼であった。 空に散る真っ黒な飛沫。無音の殺戮は数瞬のうちに終わった。 「ええい。どうしたと聞いている!」 苛立った声とともに馬車の扉が開いた。顔を覗かせたのはでっぷりと太った男であった。名はニコライ・ブラトフ。 「あっ」 惨状に気づいてニコライは声を失った。その前にするすると血濡れた刃をもった人影が歩み寄る。 「ニコライだな」 「な、何だ、お前たちは?」 「ヴォールク」 人影がこたえた。するとニコライは尊大な笑みを顔に押し上げた。 「ヴォールク? ふふん。大層な名乗りだな。が、所詮は下賤の者共。望みはなんだ。金か。望むだけの金をくれてやるぞ」 「金などいらぬ」 人影からくぐもった声が流れ出た。眼のみ露出した覆面をつけているのである。 「権力があることがいいことに、貴様は民を虐げている。彼らの怨嗟の声は貴様には届いておらぬのであろう。だから俺達が天に代わって貴様を誅殺する」 「馬鹿」 な、というニコライの声は最後まで発することはできなかった。その首が空に舞っていたからである。 広場に掲げられたニコライの首が発見されたのは翌日早朝のことであった。 ● 「これで三人か」 重い声で呟いたのは可憐な美少女に見えた。ただそのアイスブルーの瞳には冷たく強い光がある。 ユリア・ローゼンフェルド。皇帝親衛隊隊長である。 ジェレゾ城城内にある執務室。ユリアの前のデスクにはニコライ殺害の報告書があった。 「ヴォールク。確かにニコライの素行は問題があったが」 しかし、とユリアは思う。本当にそれだけであったかと。 殺害された三人の貴族たち。すべてが親皇帝派の貴族であった。 果たしてこれは何を意味しているのか。 偶然ならば良い。が、もしそうでないなら…… ユリアの脳裏に二人の貴族の名がうかんだ。すでに殺害された貴族達と比肩しうるほどの力をもつ貴族である。が、この二人、評判はまったく違う。 「嫌な予感がする」 ユリアは呟いた。 有力貴族が殺害されることは確かに問題だ。とはいえ所詮は一貴族の問題であり、皇帝そのものの威信がゆらぐことはない。 が、だ。これが何か嵐の前ぶれであったとしたら。それも帝国を揺るがすほどの。 放ってはおけない、とユリアは思う。しかし皇帝親衛隊の任務は皇帝を守ることであり、勝手に動くことはできなかった。 「やはり開拓者か」 ユリアは控えている騎士を呼んだ。 |
■参加者一覧
孔雀(ia4056)
31歳・男・陰
リューリャ・ドラッケン(ia8037)
22歳・男・騎
狐火(ib0233)
22歳・男・シ
ジェーン・ドゥ(ib7955)
25歳・女・砂
ヴァルトルーデ・レント(ib9488)
18歳・女・騎
エリアス・スヴァルド(ib9891)
48歳・男・騎 |
■リプレイ本文 ● テーブルにおかれた肉に噛み付くと、アラム・ブブカは蟇蛙のような身体をわずかに揺らせ、劣情のこもった眼で人形のようにととのった、しかし冷たい顔の少女を見た。 少女の名はヴァルトルーデ・レント(ib9488)。開拓者である。 アラムが女にだらしない男であること、そして自分に欲情のこもった視線をむけてくることもヴァルトルーデは承知している。が、そんなアラムの思惑など彼女は一顧だにしてはいなかった。 アラムが好色家であろうが何であろうが、偉大なる皇帝陛下に鉄の忠誠心があれば何ら問題はない。皇帝陛下の臣民を守るに他の理由は必要なかった。私が依頼を遂行する上で何ら問題はない。 それにアラムがヴァルトルーデに手を出すおそれは全くなかった。何故なら彼女の紹介者はユリア・ローゼンフェルドであるから。皇帝親衛隊隊長に逆らう度胸のある者がざらにいるはずがなかった。 そして孔雀(ia4056)。まるで紅をひいたかのような真っ赤な唇に嘲笑をたたえたこの男には別の思惑があった。それは暗殺者――ヴォールクの真の狙いを知ることである。 天誅。それがヴォールクの掲げた暗殺の理由である。が、そんなお題目を孔雀は信じてはいなかった。 彼らは親皇帝派の貴族を殺害して如何なる変化を求めているのか。その目的が覇権の顛覆だとすれば、誰を皇帝の地位に就かせるのか。 「皇帝ガラドルフには確か子供がいたわねえ」 呟く孔雀の脳裏には、しかしその言葉とは別の映像が浮かんでいる。 バルトロメイ・アハトワ。前皇帝親衛隊隊長。ジルベリア軍の半分が従うと噂されている男だ。そのバルトロメイが、もし皇帝の血縁であれば…… 「ンフフ、退屈凌ぎに丁度良い…遊ばせて貰うわよ」 孔雀はニンマリした。 そして三人めの開拓者。銀に光る端正な相貌に皮肉な笑みをうかべた彼のは名は狐火(ib0233)といった。 その狐火であるが。彼もまたバルトロメイの存在を疑っていた。ユリアに問い合せたところ、殺害された貴族たちは帝国の政治及び軍事の要ともいえる存在であり、それがなくなった現在、少なからず帝国は混乱しているといっていいらしい。彼らが就いていた役職の後釜はまだ決定していないとユリアは付け加えていた。 「さて」 狐火は耳を澄ませた。一瞬にして聴覚は超人の域にまで高まっている。 皇帝親衛隊、即ち帝国最強の十二使徒の一人であるロランの助けを得ようとした狐火であったが、さすがに今回は無理であった。故に開拓者のみで依頼は果たさなければならない。 ● 振り下ろす刃は鋭い。 刃の主は剛直そうな男であった。名はグレゴリー・ブラッコ。開拓者の護衛対象であった。 見つめる者は三人いた。若者のように見えるが、そうは思えぬほど覚悟の定まった眼の持ち主、鍛え抜かれたしなやかな肢体の娘、どこか哀しい瞳の思慮深そうな男。名はそれぞれに竜哉(ia8037)、ジェーン・ドゥ(ib7955)、エリアス・スヴァルド(ib9891)という。開拓者であった。 彼らもまたユリアの紹介状によりグレゴリーの身辺警護を許されていたのであるが。値踏みするように竜哉はグレゴリーを見た。殺害された貴族の共通点を彼なりに調べてはみたのだが、グリゴリーのみは全く違う。わずかな時間であるため噂を聞く程度ではあるのだが、グレゴリーは有能な施政者であるようだ。被害者の共通点から推測するなら、グレゴリーが暗殺される可能性は低いといえた。 が、エリアスの見解は違う。評判など利害関係によっても異なるし、意図的に評判を流すことも可能だ。さらにいえばエリアスは貴族など信用してはいなかった。彼自身も含めて。 それよりも、むしろ彼は暗殺者の黒幕に興味があった。はっきりいって疑っているのはバルトロメイである。 その確信を得るため、エリアスはバルトロメイのことを嗅ぎ回った。が、わずかな時間であったためか、今のところ反応はない。やはり別行動するべきであったかとエリアスは多少後悔していた。 ただ利することもあった。孔雀と別班になったことだ。どうも孔雀という男は不気味で、エリアスはどうしても好きにはなれなかった。 「ブラッコ様」 ジェーンが呼びかけた。するとグレゴリーは剣を振る手をとめた。 「何だ?」 「今夜の外出ですが。お止めいただくわけにはまいりませんか」 ジェーンがいった。暗殺事件の調書によると被害者は何れも外出時に狙われている。外出はできるだけ控えるべきであった。 が、グレゴリーは苦笑いすると、 「確かジェーンといったな。いったはずだ。私は暗殺者などに狙われる覚えはないと。それなのに何故逃げ隠れしなければらん。帝国の威信のためにも私は昂然としていなければならんのだ」 「……わかりました」 ジェーンは肯いた。すでにその思考は具体的な警護策へと切り替わっている。ジェーンはあくまでリアリストであった。 ● 「うん?」 狐火が振り返った。 屋敷の庭の辺り。微かな衣擦れの音がしたようだが。 一瞬警護の騎士のものかも知れぬと思ったが、違う。彼らは遠慮なく大きな音をたてていた。 狐火はそっと庭の様子を窺った。無論曲者の姿は見えない。 狐火はアラムの寝室にむかった。ドアの前には寂然と立つヴァルトルーデの姿がある。 「彼は?」 「中だ」 狐火の問いにヴァルトルーデは顔をしかめた。ドアのむこうから派手な女の喘ぎ声が漏れ聞こえてくる。 その時だ。窓がぶち破られる音がした。 はじかれたように二人は寝室に飛び込んだ。大きなベッドの上に全裸のアラムと女、窓には黒衣の曲者の姿があった。 ヴァルトルーデが跳んだ。ベッドの上に降り立つと、アラムを盾で庇う。同じ時、狐火の手からは三つの光流がほとばしり出ていた。 瞬間、曲者が後方に跳んだ。狐火の放った手裏剣は空しく流れすぎている。 地に降り立つなり、さらに曲者が跳んだ。塀を躍り越え、さらに―― 「逃げたの?」 怪訝そうに孔雀は眉をひそめた。その手には符が挟まれていた。 「ぬっ」 空を裂く音をとらえ、咄嗟にジェーンは馬の上で身を捻った。直後、灼熱の痛みが彼女の肩にはしった。 肩に棒手裏剣が突き刺さっている。致命の一撃を逃れ得たのは、あらかじめジェーンが襲撃の予想をたてていたからだ。 闇に没入してでもいたかのように黒衣の影がふたつ、空に躍り上がった。ほぼ同時、別の影もまた空に舞い上がっている。 火花が二つ散った。それが空に溶け消えるより先に四つの影が地に舞い降りている。 無論二つは黒衣の襲撃者だ。そして残る二つは竜哉とエリアスであった。 「何事か」 馬車の扉が開いた。グレゴリーが顔を覗かせ、大喝する。 と、突然暗殺者の一人の手に魔法のような手並みで短銃が現出した。反射的に竜哉も宝珠銃――ネルガルをかまえる。 轟音は同時に空気を震わせた。疾る二つの弾丸はかすめるほどの距離ですれ違い、ひとつは肩に、ひとつは胸に着弾した。 ほぼ同じ時、もう一人の暗殺者が素早く印を組んだ。それを見とめたエリアスが叫ぶ。 「グレゴリー殿!」 瞬間、馬車が炎で包まれた。 「ちいぃぃぃ」 エリアスが暗殺者に殺到した。たばしる刃は夜と同色。 暗殺者が跳び退った。さらに、さらに―― 「手応えはあったが……」 エリアスは身を返した。肩を撃ち抜かれた竜哉が暗殺者を見下ろしている。 「殺ったのか」 「いや」 竜哉が首を振った。暗殺者は自害したのであった。 「それよりも」 竜哉は振り向いた。馬車は巨大な松明と化し、周囲を赤く塗り替えている。とてもグレゴリーが生きているとは思えなかった。 刹那である。炎のむこうから二つの人影が現れた。ひとつはグレゴリーだ。そして、もうひとつは――おお、ジェーンだ。 「助かったぞ」 グレゴリーが感嘆の眼をジェーンにむけた。暗殺者と対峙していた竜哉とエリアスは気づかぬことであったが、馬車が炎に包まれる寸前、ジェーンが飛びつき、グレゴリーを救出したのである。 「何者だ、こやつ」 ジェーンが覆面を剥いだ。現れたのはジルベリア人らしき若者だ。 身元を明かすものはないか。ジェーンが若者の身を探ると、一枚の紙片が見つかった。 記されていたのは数字である。ジェーンには意味はわからなかった。が―― 「ぬっ」 覗き込んだグレゴリーが息をひいた。 「それは、もしや……」 「もしや?」 竜哉がグレゴリーの肩を掴んだ。 「ご存知なのですか、この数字を」 「あ、ああ。私の記憶に間違いがなければアレクサンドラ・アシモフの住まいの」 「アレクサンドラ・アシモフ……ジルベリア帝国宰相!」 エリアスの口からひび割れた声が溢れ出た。それきり誰も口をきかない。 燃える馬車の炎が、ただ四人を赤黒く染めていた。 |