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■オープニング本文 前回のリプレイを見る ● 窓すらない土蔵の中。 蝋燭の光にぼうと浮かび上がる人影があった。 片目を糸のように閉じた巨漢。雷の一人、乱童である。 乱童は台の上に寝かされ、鎖で縛られていた。異常とも思えるほど厳重に。それは人間に対する縛め方ではなかった。 そう、乱童は人間ではない。謎の紋様が身体に浮き上がった時、乱童は一匹の魔物と化すのだ。 その乱童の傍らには数人の男が立っていた。それぞれ手には刃や針、真っ赤に灼けた鉄串などをもっている。拷問道具であった。 「吐け、乱童、仲間のことを。何者で、どのような力をもっている?」 「おい」 ニンマリし、乱童は男達を見た。 「この鎖をはずせ。そうすればお前たちの命だけは助けてやる」 「ううぬ」 満面を怒りでどす黒く染めると、男は鉄串を乱童の胸におしあてた。 ● 「吐いたか?」 怜悧な相貌の男が問うた。諏訪顕実である。 まだ、と問われた男がこたえた。こちらは顕実配下の中忍である。 「ありとあらゆる拷問をくわえましたが、なかなかにしぶとく……」 「そうか」 うなずく顕実の表情は暗い。そのことに気づき、男が問うた。 「頭領。何かお気になることでも?」 「いや、雷がことよ」 乱童は諏訪宗家しか知らぬ土蔵に捕らえてある。が、その事実、雷が気づくことはないのか。 「ご心配には及びませぬ」 男は笑った。隠し蔵の場所を知る者はほんの一握りである。 と、障子戸のむこうから声がかけられた。女のもの。 それは男の娘の声であった。顕実の屋敷に下働きとして住み込んでいるである。 では、と男が辞した。娘が後を追う。 「お父様」 「何だ?」 「捕らえたシノビのところにお父様もいかれるのですか」 「どうしてそのようなことを聞く?」 男が足をとめた。その超人的な聴覚は周囲の気配をさぐっている。不穏な気配はなかった。 すると娘は男を気遣うように微笑むと、 「もしお父様がゆかれるのなら、私も同道させていただきたいと思いまして。お父様のお世話をしたいのです」 「ならぬ。戸隠の森は女にはきつい道じゃ」 男は再び歩き出した。故に気づかなかった。娘の口がニンマリとゆがんだことに。 ● 嫌な予感がした。 論理的思考の持ち主である顕実には珍しいことである。彼は勘などという非論理的なものを信用してはいなかった。すべては情報により構築された思考の結果である。 が―― 気になる。何か大きな見落としがあるような気がするのだ。 「開拓者を向かわせるか」 顕実はつぶやいた。 ● むくり、と男が身を起こした。そしてニヤリとした。 「わかったぞ、捕らえられている場所が」 「どこなの?」 女が問うた。真っ白な肌の美少女。名を蛍火という。 「戸隠の森だ。隠し蔵がある」 「わかった」 蛍火が立ち上がった。すると男が待て、ととめた。 「ここには二人しかおらぬ。北斗達を待て。相手は少なくとも乱童を捕らえた奴らぞ」 「わたしを乱童なんかと一緒にしないで」 蛍火は地に手をつけた。 「口寄せ」 蛍火が叫んだ。すると地に輝く呪法陣が現れた。真っ赤に輝きながら回転する。 次の瞬間、ぞろりと呪法陣の中から何かが現出した。 闇に黒々と屹立するモノ。巨大な蛇だ。 「青龍だけでなく、わたしには朱雀や玄武もいる。大丈夫よ」 蛍火は小さく笑った。 |
■参加者一覧
柚乃(ia0638)
17歳・女・巫
大蔵南洋(ia1246)
25歳・男・サ
九法 慧介(ia2194)
20歳・男・シ
ルオウ(ia2445)
14歳・男・サ
孔雀(ia4056)
31歳・男・陰
亘 夕凪(ia8154)
28歳・女・シ
レイス(ib1763)
18歳・男・泰
高尾(ib8693)
24歳・女・シ
草薙 早矢(ic0072)
21歳・女・弓 |
■リプレイ本文 ● 諏訪屋敷。 その一室に諏訪顕実の姿があった。向かい合って座しているのは十代後半に見える長身痩躯の若者で。顔だけ見てみれば女と見紛うばかりに美しい。 名をレイス(ib1763)というその若者は以前に起こった事件について語り終えたところであった。その内容に、さしもの顕実も驚きを禁じ得ない。 その内容とはこうだ。 陰殻の王たる慕容王は慕容の秘密を知る三日月なるシノビを隠していた。が、その情報は容易く乱童一味に筒抜けとなる。 いかなる法をもって成したか。それは想像の外にあった。ただ異変がひとつ、従者の身に起こったのである。それは通常ならぬ従者の仕草であった。 それを慕容王は見抜いた。そして従者は討たれたのであるが。しかしながら従者の身に何らおかしな点は見当たらなかった。 「ふうむ」 顕実は唸った。考えられるのは従者が何者かの変装であったことだ。ならば、その時に見せたという驚くべき体術の説明もつく。が、肉体は本人のものであったという。それでは変装で説明はできない。 「しかし、これは容易ならぬ事態だ」 顕実は呻いた。 その従者が乱童一味に情報を知らせる暇はなかったという。それでも情報はもれた。その真相を突き止めなければ一切の秘密は乱童達の手中にあるといっていい。 「ともかく書状を」 顕実は筆をとった。 ● 戸隠の森。 隠し蔵に着くなり、その剛直そうな男は待機している諏訪シノビの顔ぶれを確かめた。 不審な顔ぶれはない。顕実から聞いていた通りのシノビ達である。 男――大蔵南洋(ia1246)はちらりと蔵を一瞥すると、 「無闇と殺める趣味は無いが……あの者は何のために生かされておる? 何がしかの有益な情報を漏らす可能性は極めて低いのではないか」 「確かに口はかたそうだけれどねえ」 南洋の傍らに立つ女が相槌をうった。 名は亘夕凪(ia8154)というのであるが、いやに落ち着きの女であった。おそらく年齢は三十に届いていまい。それでありながらふてぶてしいといって良いほどのたたずまいであった。 その夕凪の脳裏には乱童の姿がよぎっている。 化物じみた実力を備えたシノビ。その力の秘密と仲間の情報を探り出さぬ限り、諏訪の未来はない。いや、陰殻の未来か。 「ともかく単独で動くのは避けた方がいいだろうね。こと乱童一味に関しちゃあ」 仲間を見渡し夕凪は告げた。さすがの開拓者とて一対一で相見えた場合、敗北は必至であるシノビ集団。それが雷であった。 さらに南洋から聞いた仮面のシノビ。その実力は人間の範疇を超えるものだ。夕凪の知る限り、南洋ほどの手練はそうはいない。それが容易く軍門に降るなど考えられぬことであった。 「あれは神代なのでしょうか?」 十代半ばに見える少女が首をかしげた。 可憐な童顔、それにそぐわぬ豊満な肉体の持ち主。柚乃(ia0638)である。 柚乃のいうあれとは乱童の身に現れた不気味な紋様のことであった。その紋様に包まれた時、乱童の力は人間のそれを凌駕する。 開拓者達は柚乃の疑問に沈黙でこたえた。真相をはかる術は今のところ、ない。 「でも来るよねぇ」 無造作に髪を後ろで結わえた青年がいった。のほほんとしたその口調には緊張感の欠片も感じられない。 「相手は雷。どんな手段を用いているのか知れないけど、きっと奴らは来る」 青年――九法慧介(ia2194)はいった。その確信めいた口調に凛然たるその娘は訝しげに眉をひそめた。 「何だか楽しそうですね。まるで恋人でも待ちわびているように」 「そうですか?」 苦笑し、慧介は篠崎早矢(ic0072)というその娘を見返した。 静かなるその立ち姿。ひとつの道を極めた者のみが持ちうる涼やかさだ。この娘ならば雷相手でも十分渡り合えるだろう。 そして、もう一人。 慧介は蔵の方を気持ち悪そうに眺めている少年に眼を転じた。 燃えるような赤髪に小柄。どこかの腕白坊主が紛れ込んで来たようにしか見えないが、なかなかどうして。戦闘能力だけみてみれば南洋に比肩するのではなかろうか。 そんな慧介の見立ても知らず、無邪気そうにそのルオウ(ia2445)という名の少年はつぶやいた。 「拷問か……中で何やってんのかは見ない方がいいんだろうなあ……」 ● 「高尾」 男が呼んだ。 それは異様な男であった。濃い化粧を顔に施しており、不気味な笑みを浮かべている。 振り向いたのは女であった。妖艶な美女で肌は透けるように白い。例えるなら白蛇といったところか。男は蠍のような毒気があった。名は孔雀(ia4056)。 「何だい?」 高尾(ib8693)が問う。その口調はいたって自然であった。一瞬燃え上がった殺意の冷たい炎を押し隠して。 そう。高尾は孔雀を憎悪していた。彼こそは愛する男を手にかけた存在であるから。 しかし今、高尾はその憎悪を捨てようとしていた。憎悪と愛に囚われていてはあらゆる面で不都合てあると想到したからだ。 所詮、生まれる時も死ぬ時も、一人きりなのさ。だから生きてくためには金が必要なんだよ。 高尾は必死になって自身に言い聞かせた。以前の守銭奴に戻るべく。 その高尾の胸の内を孔雀という男は嫌らしいほど見抜いていた。故に、何の恐れげもなく提案する。協力の。 「勿論協力してくれるわよね?」 「協力? 何を」 「情報漏洩に関する調査と連中の拠点を探り出す事よ」 「漏洩……」 高尾には思い当たることがあった。 いつらめさまの護大が奪われた時のことである。封印を解いたとのはおそらくは巫女の仕業であろう。さらに乱童は仲間が助けに来るのを確信しているような口ぶりをしているらしい。もし巫女と同じような状況が今回も起こっていたとするなら―― 高尾は諏訪シノビを呼び集めた。 「ひとつ訊いておきたいんだけれどね。あんたら、ここの場所を身近な女に尋ねられなかったかい?」 「娘に」 ややあって一人のシノビがこたえた。 ● 「ラ・オブリ・アビス」 柚乃が呪文を詠唱した。瞬間、彼女の足元に青白く輝く魔法陣が展開する。虚数界面から汲み出された膨大な熱量が現象世界の事象を組み換え、柚乃の身体波長そのものを変換した。柚乃の細胞が放つ固有振動波をネズミのそれに。 「うん?」 夕凪が訝しげに眼をすがめた。 「ひょっとして柚乃さんかい?」 夕凪が問うた。彼女には柚乃の姿がネズミに見えている。こくりとネズミが頷いた。 「魔法とは便利なものですね」 さすがに驚いて早矢は眼を見開いた。ルオウは物珍しいそうにネズミを指でつつこうとし――ふわりと柔らかなものに触れた。あん、という妙に艶っぽい声にびっくりしルオウは慌てて指を引っ込めた。足元を眺めてみると、ネズミが胸の辺りを手でおさえている。 「何?」 まだまだ子供であるルオウには何が起こったのか良くわからない。ただネズミはぷんと横をむいて駆け出していった。 それからどれほどの時が流れたか。 蔵の壁に背をもたせかけた慧介はただ耳を澄ませていた。南洋と共に蔵の周囲を警戒しつつある夕凪もまた。 二人の様子には何の異変もないが、その聴覚のみ超人的な領域にまで高められていた。今の二人には数メートル離れたところに落ちた針の音すら聞き取れるだろう。 「夕凪殿。どうだ?」 南洋の問に、いいや、と答えようとし、しかし夕凪の眼に緊張の色がはしった。慧介はゆっくりと蔵から背を離した。 二人は聞き取っている。ものすごい速度で接近する何者かの呼吸音を。 「来た」 「一人。いや――」 慧介が眼を上げた。その視線の先―― 木立の遥か上、ぬうと浮かぶ巨大な顔がある。 縦にのびた金色の眼。大きく裂けたから覗く二股にわかれた舌。 蛇だ。おそらくは数十メートルはある巨大な蛇。 「けっこういるわね。でも諏訪シノビなんて雑魚、何人いようと関係ないけど」 嘲笑う声は大蛇の頭上からした。そこに人影がある。 夜目にも白い肌の少女。雷が一忍、蛍火だ。 「おおい、乱童。助けに来たわよ」 「おお!」 蔵が震えるほどの大音声が響いた。殺戮の喜悦の滲む咆哮。乱童だ。 「来ると思っていましたよ」 ひどく静かな声がした。ちらりと蛍火の眼が下をむく。そこに美麗な若者の姿があった。 「あんた、誰? 諏訪のシノビには見えないけど」 「レイス。開拓者です。慕容王様の依頼の時もあっさり割れてましたしね……覚悟していただきましょうか」 「ふーん」 蛍火がニヤリとした。 「乱童を捕まえた奴らね。面白い。雷の本当の力、見せてあげるわ。青龍!」 かっ、と大蛇――青龍が口を開いた。巨大な漆黒の球体を撃ち出す。それは高密度の瘴気の塊であった。 咄嗟に開拓者達は跳んだ。いや、一人だけ跳ばなかった者がいる。夕凪だ。 「まずい!」 夕凪はむしろ飛来する瘴気の塊の前に立ちはだかった。蛍火の狙いに気づいたからだ。蛍火は蔵を破壊しようとしている! 咄嗟に夕凪は術式を展開した。精霊力で構成された砂が彼女の身体を覆う。 瞬間、瘴気の塊と夕凪が接触した。 「ぐうう」 夕凪が唸った。凄まじい破壊力が砂を削り取っていく。このままでは―― 刹那である。夕凪の右方に人影が現出した。レイスだ。 「ふん!」 レイスの脚がはねあがった。視認不可能なほど鋭い蹴りを瘴気塊にぶち込む。 爆発。そうとしか思えぬほどの衝撃が空間を震わせ、瘴気塊が吹き飛んだ。何本もの木々をなぎ倒し、消滅する。 「へえ、やるわね。でも、これくらいで――うっ」 呻き、蛍火は視線を移した。その先、一人の少年が抜き払った刀をかまえている。ルオウだ。彼が手にしているのは戦功一番槍として贈られたものであった。 蛍火はルオウから眼が離せなくなった。凄まじい剣気が彼のもつ刃から放たれているためだ。 その隙を早矢は見逃さない。 すでに狙いはつけてある。ためも十分。殺気は覇気となり、鏃は金剛の光をおびた。 時、充つる。ほぼ無意識的に早矢は矢を放った。 「くっ」 呻く声は蛍火の口からもれた。その肩には早矢が放った矢が深々と突き刺さっている。 「ぐううう。よくも!」 蛍火が大蛇の頭から飛び降りた。その身体には不気味な紋様が浮き出ている。蛍火はべたと掌を地におしつけた。 「口寄せ。朱雀!」 蛍火の掌を中心に巨大な魔法陣が展開した。 次の瞬間だ。魔法陣から巨大なモノが飛び立った。 猛禽に似た怪鳥。朱雀である。 さらにもうひとつ。別の魔法陣からは巨大な猿が現れた。玄武である。 「ははあ」 慧介が感心したような妙な声をだした。 「一人だけかと思ってがっかりしてたんだけど……強そうだからいいか。腕の振るい甲斐がありそうで何より」 「感心している場合ではない」 南洋がごちた。化物が三匹。これではまるで怪獣総進撃ではないか。 すると慧介の顔からすうと笑みが消えた。こうなった時の慧介は恐い。 次の瞬間、三人が動いた。 南洋。練力を一気に放出し、その身を加速させた。まるで翼があるが如くに飛翔し、朱雀に襲いかかる。 斬った。が、一撃で斃しきるのは不可能だ。すれ違い、舞い降りる南洋に炎がのびた。全身の肉が焼ける激痛に南洋が呻く。 慧介は巨猿に殺到した。踏み込みの迅さは疾風。瞬間、きらと光が煌めいた。 三度の刺突。それを見とめ得た者がいたか、どうか。 二影はすれ違い、そして巨猿はよろめいた。慧介もまた。三度の刺突を受けつつ、同時に巨猿は手にしている棍をふるっていたのである。 「しゃあ」 ルオウは蛍火に蹴りを放った。同時に袈裟斬り。 誰が想像し得ただろうか。その迅雷の一撃がかわされようとは。 「誰がやられるかっての」 蛍火が嘲笑った。紋様に包まれた彼女は超人を超える怪物であったのだ。 「ならば」 時間流が停止した。夕凪の秘術、夜だ。 血を噴いて夕凪が倒れた。夜は破られたのである。が、勝ち誇った蛍火は見た。夕凪の満面を彩る血笑を。 次の瞬間だ。蛍火の肩を氷の刃が貫いた。同時に炸裂。蛍火の衣服を四散させた。 「何っ」 愕然として蛍火は唸った。敵の気配はなかったからだ。ネズミの正体が柚乃であるとは想像を絶していたのだ。 上半身を露出させた蛍火が叫ぶ。 「みんな、こいつらを殺せ!」 「待って」 声が響いた。ぞくりとする冷たい、そして嘲りを含んだ声。孔雀だ。 「これ以上暴れるのなら、乱童を殺すわよ」 孔雀が手をあげた。それは切り離された一本の指を掴んでいた。 「乱童のものよ」 「ぬっ」 蛍火は息をひいた。 はったりではない。こいつは何の躊躇いもなく乱童を殺す。 蛍火は悟った。 「ふふん。式を解除し、この場を退くならば命は助けてあげる」 孔雀は提案した。 「撤退するならば、乱童は殺さないと約束するわ。簡単な話よ、貴方がここに来た目的は何かしら……よぉく考えなさい、ンフフ」 「くっ」 蛍火には声もなかった。いかに戦闘力は高くとも、やはり蛍火は子供である。駆け引きに関しては孔雀に及ぶべくもなかった。 いや、そもそも蛍火の戦略はすでに破綻していた。開拓者がこの場にいた時点で。諏訪シノビのみならば蛍火は瞬殺してのけていたはずであった。 「……わかったわ」 蛍火が跳んだ。大蛇の頭に飛び乗る。 その巨影が小さくなるのを待って、孔雀は顎をしゃくった。白い影が闇に溶け込む。それは高尾であった。 その数刻後のことであった。 諏訪屋敷。顕実の前に高尾の姿があった。 「雷の根城は」 ふふふ。高尾は妖艶に微笑った。 |