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■オープニング本文 前回のリプレイを見る ●未来 叛は、終わった。 開拓者たちの意志と信念は万華鏡のように入り乱れ、結果として、慕容王も、風魔弾正も、共に命を繋ぐこととなった。 「叛はこれにて終いである」 即日のうちに出された慕容王の触れは、衝撃となって陰殻中を駆け巡った。 幾多の王を、誰一人として天寿を全うさせずに葬り続け、陰殻を陰殻たらしめてきた倫理が、今まさに崩れようとしている――ある者はこの青天の霹靂に唖然とし、またある者は開拓者たちの関与から薄々来るべき時が来たのだと覚悟を決めた。 狂騒が去り、後片付けが待っている。 新たなる未来の形をつむぐ為に。 ● 「三日月殿。まさか、ぬしが慕容燕というわけではあるまいの?」 老齢の、ごつい体格の開拓者が問うた。すると、可愛らしい少女の開拓者の治療を受けていた三日月がけらけらと笑った。可笑しくてたまらぬかのように。 「失礼なことをいうな、爺が。あの御方と比べれば、わしなどはまだ赤子のようなものじゃ」 「あの方?」 少女は綺麗な薄紅色の髪をゆらし、小首を傾げた。 「三日月さんは慕容燕を知っているの? もしかすると子孫?」 「とんでもないわ」 笑いつつ、三日月は首を振った。 「わしが、あの御方の子孫などということがあるわけがない。慕容様は、まさに神のような御方であるからの」 「三日月殿」 落ち着いた物腰の女開拓者の眼が薄く光った。 「そなたのいい様。やはり慕容燕は生きて……いや、慕容燕の死ねぬ骸は存在しているんじゃないかい? ひょっと前慕容王の腹心たる三日月殿が死人として繋がれる身に堕ちたのも、私はその辺りに理由があるんじゃないかとにらんでいるんだがねえ」 「ほほう」 三日月がニンマリした。 「娘さん。あんた、なかなか頭がまわるようだね」 「ならあんたが生きている、いや生かされている理由は慕容燕の秘密を知っているからなのか?」 緋色の髪の開拓者が勢い込んで問うた。 「それだけではない」 三日月の顔から笑みが消えた。ひどく厳粛な表情になると、 「他国の者にはわからぬ。我らには、我らの生きる掟というものがあるのじゃ」 「三日月殿」 老齢の開拓者が口を開いた。 「おぬしの望みはなんだ? 生か死か自由か? 可能な限りで、叶えるよう努力しよう。その前に、義理を果たしてくれんか。開拓者が叛に巻き込まれ、老体にこたえてなあ。頼むゆえ、洗いざらい話してくれんか」 「義理、か」 ふふん、と三日月は笑った。 「別に助けてくれとわしの方から頼んだわけではないが、握り飯と酒の礼もある」 三日月は少女の開拓者に眼をむけた。そして、快活な笑顔をもつ開拓者に眼を転じ、 「久しぶりに若い男に抱かれた礼もあるゆえな」 三日月は、くくく、と笑った。 「問うてみよ。こたえられることは、こたえてやる」 「なら居場所だ。慕容燕はどこにいる?」 快活な笑顔をもつ開拓者が問うた。 「慕容神社の祠の中じゃ。しかし在り処は誰も知らぬ。歴代の慕容王以外は、な。さらに祠は多重の結界により守られている。何者も結界を解かずして入ることも出ることもならぬのじゃ。そして、その解き方はわしも知らぬ」 「その結界の解き方ならわかるわ」 濃い化粧を顔に施した開拓者がいった。彼は諏訪先代頭領である諏訪将監よりその情報を得ていたのである。 ふーん、と快活な笑顔をもつ開拓者は唸ると、 「で、慕容燕と交渉することはできるのか」 「無理じゃな」 あっさりと三日月がこたえた。すると身体中に傷を刻んだ開拓者が、 「わしも問いたいことがある。いつらめ様のことじゃ。慕容燕といつらめ様とやらは同じものなのか。さらに慕容王の役割、継承する力の仕来りについて。そして慕容王でなければ触れられぬ護大の事」 「まあ、待て」 三日月がとめた。そして深く息を吸い込むと、 「慕容伝説の真実、ぬしらに話してやろう」 ● 九百年ほども前のこと。 あらゆる技術が未発達であった陰殻に、慕容という名の女性が流れてきた。慕容は先進的な技術や知識、精霊力を自在に操る優れた力を兼ね備えており、里の住人が行き倒れ掛けていた自分を手厚くもたなしてくれた礼として、それらを駆使して土地環境を劇的に改善したのであった。 やがて暫くして、次の土地へ旅立つと慕容は告げた。このことに対し、住人たちは危機感を抱く。「福がこの土地から去る」ことを恐れたのであった。 そして、旅立ちの前夜。とある少女が慕容の下を訪れ、土地に留まるよう求めた。それを拒否されると、ならばせめてその力を譲るようにと迫った。が、慕容はこれも拒否する。たまりかねた少女は、眠りにおちるのを待って慕容を殺害してしまった。 息を引き取る直前のことだ。慕容は、ならば望みを叶えてやると少女に力の一部を譲り、そして少女に「呪い」を掛けた。呪いの内容は、やがて「あなたもあなたが信じた誰かの手で殺される」というものである。少女はその宣告と共に自らの胸に紋様が浮かんだのを見て恐れおののいたものの、それでも慕容の死体を引きずり、護大の存在によって腐れ穴と呼ばれ恐れられていた山奥の洞穴へと棄てた。 その後。少女は慕容に代わってその力を振るうようになった。が、「呪い」を恐れるあまり猜疑心を強め、些細なことで他者を疑い、命までも奪うようになり、やがてはその「呪い」通り、残酷な態度に耐えかねた里の者の懇願を容れた側近に殺されかけた。そこに至り、彼女はようやく「呪い」の正体に気がつく。その呪いとは自らの心の中に残された罪悪感と、慕容が撒いた猜疑心の種それ自体であって、呪いなどというものははなから存在しなかったのである。 慕容に詫びるため、彼女は封じた洞穴へと赴いた。が、彼女を出迎えたのは、死した当時の姿のまま、腐敗を続ける生きた慕容であった。強大な精霊力を持っていた慕容は、護大の生ずる瘴気の渦に投じられたことで、死ぬこともままならずに生と死の狭間を彷徨い、もはや心すらも失っていたのだった。 自分たちが犯した罪に気付いて、彼女は洞穴を去った。その後、彼女は自らの氏を慕容とし、慕容燕と名乗ることとなる。その呪いを罪として受け入れて――。 そして慕容燕は新たな掟を布告した。曰く「自らを殺した者に慕容の名を譲る」と。 ● すう、と気配がわいた。 女。慕容王腹心の配下である鬼灯である。 「依頼を伝えます。いつらめさま――慕容を弑し奉るように、と。そして陰殻を縛る鎖を断ち切ってくれ、と」 ● 少女が眼を開いた時、眼前に男の顔があった。男はニッと笑うと、 「静かにしておれ。すぐ極楽に連れていってやるほどに」 少女の着物の裾を割った。 |
■参加者一覧
緋桜丸(ia0026)
25歳・男・砂
音有・兵真(ia0221)
21歳・男・泰
孔雀(ia4056)
31歳・男・陰
亘 夕凪(ia8154)
28歳・女・シ
ジークリンデ(ib0258)
20歳・女・魔
グリムバルド(ib0608)
18歳・男・騎
レイス(ib1763)
18歳・男・泰
蒔司(ib3233)
33歳・男・シ
キャメル(ib9028)
15歳・女・陰
山茶花 久兵衛(ib9946)
82歳・男・陰 |
■リプレイ本文 ● 「まれびとが、まれびとに殺されるか」 嘆くがごとく呟いたのは春風のように爽やかな若者であった。音有兵真(ia0221)である。彼がいるのは慕容神社の境内であった。 「稀人伝説かい?」 視線をむけたのは懐の深そうな女であった。名は亘夕凪(ia8154)。 すると金色の瞳の少女が、綺麗な桃色の髪をわずかにゆらせて小首を傾げた。キャメル(ib9028)という修羅の少女であるのだが、兵真のいうまれびとの意味が良くわからない。 「あの……いつらめ様って精霊を宿した古の神代なのかな」 「そうかもしれませんね」 肯いたのは煌く銀髪、そして澄んだ澄んだアイスブルーの瞳の持ち主であった。ジークリンデ(ib0258)というのだが、実は彼女も慕容の正体を神代ではないかと推察していたのであった。 「慕容の正体は知らん」 さびの聞いた声音を発したのは、無数の傷をその身に刻んだ男であった。蒔司(ib3233)という。 「せやが、任務とあらば力を尽くさねばな。陰殻に根差す古き因習なれば、陰殻の者が断ち切ってこそとは思うが……」 「そういえば」 ジークリンデの脳裏に閃くものがあった。弓弦童子なる大アヤカシのことだ。その弓弦童子もまた護大を狙っていた。 「大アヤカシのう」 泰然とした老人が眉根を寄せた。叡智に満ちた瞳がきらりと光る。 「天荒黒蝕は、どうも王と弾正の共倒れを狙っておったようじゃ。何か別の企みがあるとは思っておったが……」 老人――山茶花久兵衛(ib9946)の脳裏に渦巻く疑問があった。乱童達のことだ。 そもそも三日月は慕容伝説の真実を知っていた。結界の解き方は諏訪の先代頭領が。そして場所については王が知っていた。これは情報を分散している可能性がある。 では、何故乱童達は慕容が生きていることを知っていたのか。詳しいことを鬼灯に問うてみたのだが、彼女は黙して語らなかった。 「では乱童達は天荒黒蝕の配下なのでしょうか」 細身で長身の若者が問うた。レイス(ib1763)という名であるのだが、姿勢がよく、そして顔立ちは女のように美しい。 「乱童、ね」 ひそやかにほくそ笑んだのは濃い白粉を顔に塗りつけた男だ。名を孔雀(ia4056)という。 その孔雀の脳裏をよぎるものがあった。乱童達の身体に浮かんだという紋様である。 神代と関係のある巫女や慕容王の胸元にある紋様。それと彼らの紋様とは何か繋がりがあるのかもしれない。 「奴らの狙いは慕容の身体か、或は護大か。……アタシはね、己の業に従順で在りたいのよ。ンフフ」 孔雀は蛇のように笑った。 ● 慕容神社から離れた森の中。泉があった。 その泉の前に十二の人影がある。開拓者、そして慕容神社の神主と巫女である。 「天照、海照、地照――」 神主が祝詞を唱えた。すると泉の水が急速にひきはじめた。やがてすべての水が消え、後には祠が現れた。 「へえ。面白い仕掛けだな」 鮮やかな紅髪の男がふふんと笑った。緋桜丸(ia0026)である。 緋桜丸は松明を掲げると、祠にむかって歩き出した。 「慕容が待っている。さあ、いこうぜ」 ● 暗い隧道をどれほど歩いただろうか。数本の松明が燃え尽きた頃、ようやく開拓者達は足をとめた。 前方を巨大な岩が塞いでいる。道は閉ざされていた。 すると神主が祝詞を唱じはじめた。同時に術式を施していく。と―― 祠を塞ぐ石が動いた。左右に割れる。すると別の石の壁が現れた。継ぎ目などはどこにも見当たらない。 「次は天狼真君の祝詞よ。同時に四神降魔の術式を」 孔雀がいった。肯いた神主が祝詞を唱え始める。そのようなことが五度続いた。 その間、じっと三人の開拓者――ジークリンデとレイス、そしてキャメルは神主と巫女の様子を窺っていた。慕容王に仕える千歳は何者かに操られていたという。神主と巫女を彼らは疑っていたのである。 封印に背をむけ、入り口を警戒していた夕凪が問うた。 「まだかい? 乱童達が来てしまったら厄介なことになるよ」 「これで最後じゃ」 久兵衛がいった。 その時である。ギシギシ、ギシギシと。地の底から響いてくるかのような音をたてて、何十年かぶりに五つめの壁が開かれた。 うっ、と開拓者達は息をつめた。まるで汚泥のように濃密な瘴気が吹きつけ、彼らの顔をうったからである。 何十年もの間、ひたすら封じられていた瘴気であった。通常の人間なら一瞬で狂ってしまうか、もしくは腐れ死んでしまうだろう。さすがの開拓者ですら立っているのが精一杯であった。 「何て臭いなの」 腐臭に顔をしかめ、キャメルが松明を掲げた。 松明の光に異様なものが浮かびあがっている。骸。数も知れぬほど大量の。 「叛に破れた歴代の慕容王、そして慕容王を狙って返り討ちとなった者達です」 神主がいった。 その時だ。光の届かぬ薄闇の中でもぞりと何かが動いた。 「いつらめ……さま」 神主が呻いた。 「何っ」 蒔司が眼をすがめた。が、そのものの姿はまだ見えない。 もぞり。 もぞり。 やがて松明の光の中に、それの姿が浮かびあがった。 地を這うまでにのびた長い髪は泥と膿で汚れている。顔も身体も、それが女であるのか男であるのかもわからぬくらい腐っており、ところどころ溶けた肉がおちていた。 「これが……慕容」 妖艶な修羅の女の眼がぎらりと光った。高尾(ib8693)である。 高尾は不敵にニヤリとすると、 「その力の秘密、きっと手にいれてやるよ」 「力が強いってのも考えもんだな。知らなかったとはいえ、酷い事したもんだ」 不羈奔放たる気風の若者――グリムバルド(ib0608)が哀しげに眼を伏せた。と―― レイスがするすると歩み寄っていった。無造作にみえながら、全く隙のない身ごなしで。 刹那、いつらめさま――慕容が右手をのばした。掴みかかろうとするかのように。 瞬間、闇が青白くはじけた。慕容の指から稲妻が放たれたのである。 反射的にレイスが跳んだ。その姿がかき消える。一瞬後、レイスの姿が慕容から数メートル離れた空間に現出した。 が、レイスが稲妻から逃れるのは不可能であった。迸る紫電は無数にわかれ、隧道の中を駆け巡ったのである。 隧道の中の全ての者が稲妻に灼かれた。唯一逃れえたのは、鉄の壁によって稲妻を防いだジークリンデ、その背後の神主と巫女のみである。 「アイアンウォール」 ジークリンデが呪文を唱えた。異空間で構築された力を現実世界に召喚、同時に発動座標面を固定。慕容の背後に鉄の壁が現出した。 「わあ」 符により傷を癒したキャメルが歓声をあげた。 「すごいですの、ジークリンデさん!」 「これなら」 ジークリンデがちらりと空間の片隅に眼をやった。 巨大な塊が見えている。一見すると岩のようだが、そうではない。それは身体のどこかの骨に見えた。 「……護大。あれの瘴気を断てば」 「うむ」 キャメルに癒された久兵衛が肯いた。 「おなごなのに、可哀想なもんだなぁ……。早く楽にしてやろう。ともかく退くぞい」 久兵衛が焦りの滲んだ声でいった。 慕容の力。それは彼の想像を遥かに超えていた。 一瞬にして開拓者達を無力化する力。このような存在を野に放った場合、どうなるか―― 刹那である。鉄の壁が赤熱化しはじめた。 「まずい。退るんだ!」 夕凪が叫んだ。はじかれたように開拓者が跳び退る。その一瞬後、鉄の壁が溶け崩れた。 「熱ッ」 緋桜丸が顔をゆがめた。衣服が燃えている。 緋桜丸は地に身を投げた。転がり、炎を消す。 身を起こしてみると、他の開拓者達も負傷していた。恐るべき慕容の力である。 緋桜丸が短筒――一機当千をかまえた。トリガーに指をかける。 「長年こんな場所に縛られていた苦痛は計り知れないが…今となっては慰めの言葉も通じねぇか」 緋桜丸がトリガーをひいた。撃ち出された熱弾が慕容の足を穿つ。 一瞬、慕容はよろけた。が、すぐに足をすすめる。ずずう、ずずう、と。 「ちっ。弾丸程度じゃ効かねえ」 「神降り、魂降り、えいっ」 キャメルの手から符が飛んだ。それはひらりと空を舞い、緋桜丸の背にぴたりとはりついた。 「すまない」 火傷の痛みがひいていくのを感じ、緋桜丸がキャメルを振りかえった。そしてまた慕容をぎらりと睨み据えると、 「が、このままじゃ埒があかねえ。護大から引き離さないと」 「ですね」 ジークリンデが肯いた。すでに彼女は鉄の壁で慕容の背後を断っている。それでも慕容は護大が発する瘴気を取り込んでいるようであった。 「これならどうじゃ」 鬼一つ、鬼一つ。久兵衛が呪を唱えると、慕容の頭上に巨大な岩が現出した。鬼の顔をした岩が。 岩が落下した。ぐしゃり、と慕容が潰れる。いや―― 岩がごろんと転がった。何事もなかつたかのように慕容が立ち上がる。 「やっぱりこの手で殺るしかねえかあ!」 グリムバルドが魔槍をかまえたまま間合いをつめた。 「ごめんな慕容さん。あんたを眠らせる為にこんな荒っぽい手段しか取れなくて。……なるべく短く済むように、全力を尽くすぜ! ――あっ」 グリムバルドの眼前を真っ白な闇が覆った。氷嵐だ。 が、グリムバルドの足はとまらない。慕容に肉薄する。 「ぬうん!」 身体を凍りつかせながらグリムバルドが槍を突き出した。おそろしいほどあっさりと槍が慕容の身体を貫く。 「こんな暗いところじゃ寂しかっただろ。今、明るいところへ連れていってやるぜえ」 グリムバルドが手をのばした。異様な熱量をはらんだ鬼の腕を。 「無茶はやめるんだ」 夕凪が叫んだ。が、グリムバルドはさらに手をのばす。 「無茶は承知の上だあ!」 ギンッ、と慕容の眼が光った。紅玉を溶かしたような赤光を放つ。 「あっ」 首を赤光に貫かれ、グリムバルドの身体が吹き飛んだ。 ● 「チッ。闇頭、鬼頭、瑠羅瑠羅」 舌打ちしつつ、孔雀が素早く指刀をはしらせた。 次の瞬間、空間を割って異様なものが現出した。朧な人影。怨念の集合体だ。それは怨嗟の叫びをあげて慕容めがけて飛んだ。 慕容の身体がはじけた。が、死なない。いや、死ねない。 「……孔雀、あんた」 苦痛に顔をゆがめ、高尾が孔雀を睨みつけた。孔雀の放った式――悲恋姫の怨嗟の声で数名の開拓者もまた損傷を受けていたのだ。 「仕方ないでしょ、慕容を殺らなけりゃあならないんだから」 苛立たしそうに孔雀がふんと鼻を鳴らした。 その時、式の影響を受けていない夕凪が叫んだ。 「蒔司さん!」 「おお」 蒔司が手裏剣を手にした。それは次の瞬間、一気に彼の背丈ほどに巨大化した。 忍法、風魔閃光手裏剣。 「くらえ!」 蒔司が巨大な手裏剣を放った。それは燐光を発しつつ、慕容めがけて疾り―― 慕容は避けなかった。いや、そもそも攻撃を避けるなどという意思などなかったのかもしれない。 巨大な手裏剣が慕容の身体に突き刺さった。衝撃に、たじろぐ。 その隙をついたキャメルが倒れたグリムバルドに走り寄った。光る符をはりつける。 うっすらとグリムバルドが眼を開いた。首の傷は塞がってはいるものの、血を失いすぎた。すぐには動けない。 慕容が手をのばした。その手に紫電がからみつく。と―― 慕容の手に縄が蒔きついた。レイスである。 「遠き過去の過ちによりこの世に縛り付けられし賢者、慕容。現世の痛苦より、貴方を解放します」 「こっちだ」 兵真が呼びかけた。その兵真が身につけているものは――黒染羅刹燕。かつて初代慕容王たる燕が身に着けていたものだ。 すっと慕容が兵真に顔をむけた。すでに意識などないはずなのに、何故か兵真を見つめている。 兵真が跳び退った。一瞬にして数メートルの距離を。それを追うように慕容が足をすすめた。もはや他の者は眼に入らぬようである。 まるで恋焦がれる恋人を追うように慕容の足が速まった。久兵衛が叫ぶ。 「神主殿、早く封印を」 ● すう、と慕容の身体がういた。すべるように兵真に迫る。 「アークブラスト!」 ジークリンデの手から稲妻が迸り出た。慕容の左腕が青く光る。 次の瞬間である。慕容の腕がちぎれ飛んだ。 「やりましたわ」 ジークリンデの蒼の瞳が輝いた。慕容の腕を粉砕した。再生の兆候はない。と―― 慕容の動きがとまった。ぎちぎちと。ゆっくりと首をまわし、ジークリンデを見る。 しゃあ。 慕容が吼えた。高圧の気流が吹き荒れ、開拓者達を切り刻む。さしものジークリンデも鉄の壁を現出させる余裕はなかった。 「まだ……なの」 治癒符で自らを癒したキャメルが身を起こした。 「慕容様。あたしたちは敵じゃないの。あなたを救いにきたの。だから」 キャメルが符を放った。それは空を舞いつつ術式解放。カマイタチと変じて慕容を襲った。 「はっ」 キャメルが扇を振った。五火神焔扇。呪術武器であり、五行の火の力が込められている。カマイタチが慕容の肩に喰らいついた瞬間、慕容の肩が爆裂した。 「今だ!」 兵真が跳んだ。慕容にむかって。 ぎろり、と慕容の眼が兵真を見た。 「伏せるんだ!」 夕凪の絶叫、と判断するより早く、兵真は身を伏せた。 びちり、と。肉の裂ける音がした。慕容の頬が切り裂かれている。夕凪の放った真空の刃によって。 「ぬおおお」 再び兵真が跳んだ。一瞬にして間合いをつめる。 「さらば、慕容!」 兵真の脚がはねあがった。凄まじい威力を秘めた蹴りを慕容の腹にぶち込む。 かはっ。 たまらず慕容が身を折った。いや―― 次の瞬間、衝撃に慕容は身を仰け反らせた。背に恐るべき破壊力をやどした拳が叩きこまれたためである。 慕容の身体を貫いた拳が現れた。黒血をまといつかせて。レイスの拳である。 「貴方の魂を……冥府へ送る」 ゆっくりとレイスは拳を引き抜いた。 ● 黄昏の光をやどし、水面はきらきらと揺れていた。すでに泉は元の姿を取り戻している。神主はいった。 「慕容は天に還った。もはやこの祠が開かれることはないでしょう」 「そうじゃ」 蒔司が万感の想いを込め、泉を見つめた。 陰殻を縛る罪と罰。その呪縛が真に断ち切られたのだ。 闇と光。表と裏。彼らシノビを繋ぐ鎖はいまだ強く、硬い。が、それも何時かは断ち切られる日がきっとやって来るだろう。 この時、すでに孔雀と高尾の姿はない。死してすぐに慕容の身体は消滅し、調べることができなかったからだ。 キャメルがそっと手をあわせた。その隣で、兵真は酒を捧げた。 「此処には過去がある。俺たちは今を生き、未来へ進む。そこで見て笑ってるといい」 兵真はいった。すると緋桜丸が野花を泉に投げた。消滅する寸前、彼は確かに慕容が安らかな笑みをうかべたと思ったのだ。 「そうさ。その笑顔さ」 夜。 泉の前にふたつの人影があった。ひとつは巫女であり、もうひとつは仮面をつけた存在であった。 「封印は解けるのであろうな」 仮面の存在が問うと、巫女はこくりと肯いた。 |