【血叛】呪 〜三日月〜
マスター名:御言雪乃
シナリオ形態: シリーズ
危険
難易度: 難しい
参加人数: 10人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/08/08 01:22



■オープニング本文

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「慕容燕」
 生真面目そうな顔立ちの娘が呟いた。年齢は二十代半ばほど。慕容王の懐刀と呼ばれている鬼灯であった。
 彼女のいう慕容燕とは九百年前、陰殻に現れた女性である。その女性は最初、燕と名乗っていた。たいへんな神通力を持っていたそうである。そして、燕は荒神である慕容に戦いを挑み、勝利した。その後に燕は慕容燕と名乗ったということであるが――
「その慕容燕がどこにいるか、とはどういうことでしょうか?」
 鬼灯が問うた。
 当然のこと、慕容燕はすでに死んでいる。およそ九百年も前に。が、乱童達は慕容燕はどこにいるか、と訊いたということであった。それは何を意味しているのであろう。
 鬼灯の問いに、しかし彼女の前に座した女はこたえない。寂然と瞑目しているのは慕容王であった。
「三日月」
 慕容王が口を開いた。
「三日月?」
「そうだ。三日月じゃ。お前ならば知っていよう。前慕容王の腹心のシノビ。その三日月は今、最上一族の地下牢にいる」
「それは」
 鬼灯は絶句した。確か三日月は前慕容王が死んだ際、自ら命を絶ったはずである。それが生きており、最上一族支配の地下牢で生きているとは――。
「その事実、いずれ乱童達の知るところとなろう。その前に三日月を地下牢より救出し――」
 慕容王が言葉を切った。肯いた鬼灯が障子戸を開く。
 少女が一人立っていた。十代半ばほど。幼さの残る顔立ちをしている。慕容王の身の回りの世話をしている千歳という名の少女であった。
 静かな声で慕容王が問うた。
「そこで何をしている?」
「あの……お茶をもってまいりました」
 驚いた顔で千歳がこたえた。それから慕容王の前に茶をおく。
 刹那、光が噴いた。慕容王が苦無を薙ぎあげたのである。
 飛燕のように千歳が飛んだ。そのまま蝙蝠のように天井にはりつく。髪をだらりと下げ、逆さまの顔で慕容王をじろりと睨みつけた。
「さすがは慕容王。何故気づいた?」
「うぬが茶をおいた時に。千歳は左利きだ」
「ぬかったわ」
 千歳は苦く笑った。そして、しかし、と続けた。
「三日月がこと、確かに聞いたぞ」
「聞いたとて、誰にも伝えることはできぬ」
 一瞬後、血煙あげて千歳が落下した。慕容王得意の秘術、夜である。
 慕容王は歩み寄ると、千歳の亡骸を検分した。
「……確かに千歳。これは一体――」
 慕容王の胸に暗雲が渦巻いた。
「鬼灯。急ぎ開拓者を」


 蝋燭の光をあびて、むくりと一人の男が身をおこした。がっしりした体格の、三十歳ほどの男である。
「――慕容王め。やられたわ」
 男はニンガリと笑った。
「が、しかと聞いたぞ、慕容燕を知る者のことを」
「そいつはどこにいる?」
 隻眼の巨漢が問うた。乱童である。
「最上一族の隠し牢だ」
「最上一族か」
 ふふん、と乱童は笑った。
「どこの氏族にも属さぬ独立氏族だな。葉隠一族なら厄介であったが、最上一族ならば俺と般若丸だけで十分だろう」
「待て」
 声がした。氷のように冷たい声音。声の主は眼のみ露出した仮面をかぶっていた。
「すぐに開拓者が動き出すはず。時をかけてはならぬ。七忍でゆけ」
 


■参加者一覧
緋桜丸(ia0026
25歳・男・砂
音有・兵真(ia0221
21歳・男・泰
孔雀(ia4056
31歳・男・陰
亘 夕凪(ia8154
28歳・女・シ
グリムバルド(ib0608
18歳・男・騎
レイス(ib1763
18歳・男・泰
蒔司(ib3233
33歳・男・シ
緋那岐(ib5664
17歳・男・陰
キャメル(ib9028
15歳・女・陰
山茶花 久兵衛(ib9946
82歳・男・陰


■リプレイ本文


 黄昏の光に赤く染まる谷底の道をゆく人影は十あった。
「伝説の人物を知る者…か」
 誰にともなく呟いたのは奔放不羈たる若者であった。年齢は十八歳くらいであろうか。槍を肩に担ぎ、右目に眼帯をあてている。名はグリムバルド(ib0608)。
「それが何故最上一族の牢屋敷に幽閉されているのかしらねえ」
 こちらも独語である。黄昏の中でもわかる濃い化粧を顔に施した男。孔雀(ia4056)であった。
「さあてのう」
 首を捻ったのは長身の老人であった。山茶花久兵衛(ib9946)という名の陰陽師であるが。どこか悠揚たるところがある。
「ともかくわからないことだらけだぜ」
 鋭い眼の、しかしながら飄然たる態度の若者が顔をしかめた。真っ赤な髪が、どこかこの若者の胸の内をあらわしているようで。――緋桜丸(ia0026)である。
「死んだとされていた三日月が何故生かされていたのか?」
「さらにいえばじゃ」
 久兵衛が口を開いた。
「どうして慕容王は地下牢の場所を知っているのか。そして乱童じゃ。何故抜け忍である乱童達が慕容燕の生存を知っているのか」
「それよりも問題は三日月が何を知っているかね」
 今度は孔雀が誰にともなく呟いた。
 三日月の知ること。慕容王の素性であるのか、慕容継承に関する秘密であるのか。それとも燕の居場所であるのか。ともかく孔雀にとって核心に触れる手掛りは三日月だけなのである。存命中に聞きだせることは聞き出しておかなければならない。
「慕容燕を探しているという事自体が奇妙な話だけれど、実に興味深いわ」
 孔雀は一人ほくそ笑んだ。もし本当に慕容燕が生きているなら、叛により代々慕容の名と力が継承されていることは嘘ということになる。
「もし本当なら幻想的な話じゃなァい? 不老不死とでもいうのかしら。その力の秘密、放っておく訳ないじゃない」
「とにかく急ぐべきだぜ」
 とは緋那岐(ib5664)の言葉である。整った顔立ちは中性的だが、負けん気の強そうな眼は蒼い額の少年のそれだ。
 ええ、と肯いたのは女性的ともいえる美貌の少年だ。名はレイス(ib1763)。
「千歳という女性の様子が変だったとか。もしかすると乱童達の仕業かもしれません」
「乱童か」
 砂を噛むような声音を発したのは、野放図そうな若者であった。名は音有兵真(ia0221)というのだが、彼が苦く呟いたのも当然。乱童とはすでに二回相見え、その末に挑戦状を叩きつけられている。
 すると独特の艶と迫力をあわせもつ女が苦笑した。亘夕凪(ia8154)というのだが、この女もまた乱童とは縁が深い。
「其処に在らず、他者を介する……か」
 夕凪の横顔に翳りがさした。彼女の脳裏を横切るある出来事がある。以前壊滅した夜叉一族に関してのことであった。
 夜叉棟梁の死に際と酷似してて、どうにも嫌な感じやな……
 夕凪は胸の内で独語した。


 空を切る音がして、地に突き刺さったものがある。手裏剣だ。
 びくりとして足がとまった。
 足の主は十五歳ほどの少女だ。華奢で小柄、薄桃色の髪が綺麗で、やや垂れ眼。とんでもなく可愛らしい。
「とまれ。うぬら。何者だ」
 誰何の声は隠し牢屋敷の前でした。篝火に照らされたのは最上一族隠し牢の見張りについていた男である。
「おいおい」
 少女の前にずいと身を進ませた者がいる。グリムバルドだ。
「とんだ出迎えの挨拶だな」
「ぬかせ。それよりも素性と目的を吐け」
「あ、あの」
 グリムバルドの後ろからおずおずという様子で少女が顔を覗かせた。
「あたしはキャメル(ib9028)というの。慕容王様の使いできたの」
「慕容王様の?」
 さすがに男の顔色が変った。
 その時だ。咆哮が轟きわたった。
 はっ、として男が顔をむけた。その隙をグリムバルドは見逃さない。槍の一撃を男の後頭部に叩きこむ。
 男がばたりと倒れた。心配そうにキャメルが覗き込む。
「安心しろ。殺しちゃいない」
 グリムバルドがいった。すると木陰から一人の男が飛び出してきた。


 時はややさかのぼる。
 開拓者であるが、この時すでに彼らは最上一族隠し牢に到着していた。
「シノビの牢屋か」
 感慨深げに呟いたのは、木陰に潜んだ兵真であった。
 谷底にぽつりと立つ広大な屋敷。外観からはおかしな点は見当たらない。が、このような場所に建っていることが異様であった。
「慕容王の話では塀の外だけでなく、中庭にも見張りがいるということやが」
 身体中に無数の傷痕を刻んだ男がいった。蒔司(ib3233)である。
 と、隠し牢屋敷の前に二つの人影が歩み寄っていった。キャメルとグリムバルドである。
「手筈とおりだな」
 緋桜丸が立ち上がった。森の中に入り込む。
「おおおおお」
 緋桜丸が咆哮をあげた。すると塀の外で見張りについていた男の一人が動いた。するすると森めざして動く。
 その時だ。グリムバルドが見張りの男を倒した。それを見とめ、蒔司が飛び出した。走りより、気絶した男の身体を抱え、木陰に戻る。兵真が縄で縛り上げた。

「何だ、うぬらは?」
 鋭い声。はじかれたようにキャメルが振り向く。門の木戸が開き、男が顔を覗かせていた。庭で見張りをしているシノビであろう。緋桜丸の声に気づいたのだ。
「あたしは」
 キャメルは先ほどと同じ説明をし、文を手渡した。内容は――

 名張抜け忍・乱童一派が、叛の影で様々な氏族を襲撃している。法則性不明。王側近達すら殺す手練で未だ捕獲ならず。
 生存者から最上領地図の盗難報告及び敵が牢屋敷に興味を示したとのこと。敵は他人を洗脳し操る報告有り。罪人を解き放ち、配下に誘う可能性が考えられる。一斉招集に従わぬなど、普段の監視員に不審者がいないか早急な検査の上、警戒を推奨す。

 眼を通した男の顔に驚愕の色が広がった。慕容王四天王が襲撃されたことは知っていたらしい。
 キャメルは内心ほくそ笑んだ。文の内容にほとんど嘘はないからだ。たった一点を除いては。
 可愛い外見に似合わず、キャメルという少女はなかなかの策士であった。大きな嘘を信じ込ませるコツは小さな真実で塗り固めることである。
 文は慕容王自らがしたためたものだ。どうやらシノビしかわからぬ印でもあるらしく、男はその文が慕容王のものであると認めたようだ。男が慌てて別の見張りを呼んだ。
「これを」
「わかった」
 文を受け取り、別の見張りは去った。ややあって駆け戻ってきたその見張りが告げた。
「詳しい話を聞きたい。ついてこい」


 キャメルとグリムバルドが屋敷内に消えた。入れ代わるように見張りの男が門の前に立った。声を調べるために立ち去ったと判断したのであろう。
 そして幾許か。
 四人のシノビが木戸から姿をみせた。それぞれに塀の外に散る。すると、それまで見張りについていたシノビが戻ってきて、木戸の中に姿を消した。
「まずいのう」
 久兵衛がごちた。キャメルが門で細工をするという策は外れたようだ。さらにいえば見張りを一度撤収させるという策も。
 さらには森にむかった見張りだ。緋桜丸はしばらくの間動けないだろう。
「そこにしか隙はないわ」
 倒した見張りから奪った衣服を身につけた孔雀がいった。そうだ、と緋那岐が同意する。
「見張りが戻ってくる前に潜入しなければ」
 レイスがいった。すると孔雀がニヤリとした。
「あたしにまかせてェん。素敵な夢を見せてあげるわ」
 孔雀が符を放った。見張りのシノビが驚いたように眼を見開く。
 その時、すでに夕凪が殺到していた。蹴りを放つと同時に抜刀。返した峰で袈裟にシノビの身体をうつ。
「すまないねえ。あんたに恨みはないんだ」
 夕凪は眼を閉じた。彼女の鋭い一撃はシノビの鎖骨を砕いている。
 物陰に隠れていた蒔司が振り向いた。
「久兵衛、手伝ってくれ」
「おうよ」
 久兵衛が肯き、走り出した蒔司の後を追う。蒔司は疾風のようにはしった。ぴたりと塀に背をつける。同じように久兵衛も。ぜいぜいと息を切らして。
「年寄りにはこたえるのう。で、何をすればいいのじゃ?」
「壁だ」
 蒔司がちらりと塀を見上げた。
 塀は通常のものよりかなり高い。さすがの蒔司の跳躍力をもってしても飛び越えるのは不可能であった。
「わかったぞい」
 久兵衛が素早く印を組み替えた。その一瞬ごとに光る呪字が散る。と――
 ずずう、と。蒔司の足元の地がせりあがった。高さにして四メートルをこす白い壁へと変じた。
「うん?}
 跳ぼうとして、蒔司はやめた。塀の上で一瞬だが何かが光ったような気がしたのだ。
 撒菱。
 光の正体を蒔司は見抜いた。侵入防止のためにまかれているのだろう。おそらく毒が塗られているに違いない。
「さすがはシノビ屋敷じゃ」
 苦笑すると蒔司は飛んだ。塀の上にぴたりと這う。素早く視線をめぐらせ、索敵。
 広大な庭には三人のシノビの姿が見えた。闇に塗り込められた彫像のように佇んでいる。シノビある以上、その眼と耳は常人を凌いだ力をもっているだろう。倒さぬ限り潜入は不可能であった。
「が、一度に三人は無理じゃ。――久兵衛、を呼んきてほしい者がいる」
 蒔司が囁く。おうよ、とこたえ、久兵衛が駆け去った。代わってやってきたのは兵真とレイスだ。
「おんしらは瞬脚が使える。頼んだぜよ」
 いうと、蒔司は塀を伝い、屋根に飛び乗った。その間、こそとも音をたてない。さすがはシノビというべきだろう。するすると屋根を這い、見張りの一人の頭上へ。
 蒔司が舞い降りた。黒い蝙蝠のように。見張りのシノビに襲いかかる。
 蒔司の一撃をあびた見張りのシノビが倒れた。呻き声ひとつたてえず。
「何だ!?」
 他の二人のシノビが異変に気づいた。夜目の効く彼らの眼は蒔司の姿をとらえていた。
「曲――」
 叫びかけた彼らの声は途中で消えた。その鳩尾に兵真とレイスの拳が突き刺さっている。一瞬して間合いをつめた二人の襲撃速度はまさに瞬間移動としかいえぬものであった。
 くたりと二人のシノビが身を崩折れさせた。抱きかかえ、兵真とレイスは庭の隅にシノビを横たえる。同じように蒔司もまたシノビを運んできた。
「いくぞ。時がない」
 夕凪から預かった縄で三人のシノビを縛り上げ、蒔司がいった。次々と開拓者達が塀を越えてくる。ひいひいいう久兵衛を数人がかりと降ろした。
「わしについてこい」
 囁くように蒔司がいった。

 ぴくりと男は身動ぎした。隠し牢を預かるシノビである。
 その前に座したキャメルとグリムバルドはちらりと眼を見交わした。この時、キャメルには外で何が起こっているのかはわかっている。放った人魂によって。
 慌ててキャメルが問うた。
「それで……慕容王様の文に対するこたえは?」
「今、確かめている」
 視線をグリムバルド達にもどし、男はいった。

「さすがにまくのは無理か」
 樹木の陰からすうと緋桜丸が姿をみせた。追跡してきたシノビが刀をかまえる。
「何者だ、きさま」
「うーん。泥棒ってところか」
「泥棒だと? ふざけるな」
 シノビが襲いかかった。緋桜丸も動く。交差する二影。
 片腕おさえて、シノビがうずくまった。その首筋めがけ、緋桜丸が剣の柄を叩きつける。
 気を失ったシノビを見下ろし、緋桜丸は苦く笑った。
「すまない。手加減はできなかった。悪いが片腕は諦めてくれ」


「大丈夫だ。誰もいないぜ」
 緋那岐がいった。その瞬間、彼と視覚を共有していた鼠が消えた。人魂であったのだ。
 肯いた蒔司が部屋に入った。ぐるりと見回す。罠はないようであった。
 蒔司は素早く床の間に駆け寄った。掛け軸をめくる。案の定、綱が隠されていた。
 蒔司が綱をひいた。すると床の間の床が割れ、下方にのびる階段が現れた。
「今度はわしがやってみるか」
 久兵衛がふっと符に息を吹きかけた。術式解放。符が鼠に変じた。と――
 鼠を放った久兵衛が顔色を変えた。
「見張りが階段にむかってくるぞい」
「俺がゆく」
 兵真が待ち受けた。やがて階段の下に気配がわいた。
 瞬間、兵真の姿がかき消えた。大丈夫だ、という兵真の声がしたのは、それから二息ほど後のことである。
「頼んだよ」
 階段に足をかけた蒔司に、夕凪が簪をわたした。それからるりと背をかえす。
「私はここに残る。急いどくれよ」
 夕凪がちらりと階段を見やった。この下に三日月がいる。
「神殺しの伝説が真実ならば、神対人のそれと以降の人対人の死合いでは意味合いが全く違う。力と同時にもし代償も得ていたら……慕容燕の死ねぬ骸は、存在しているのやも? 其が歴代王のみが知る秘匿の秘だとしても、腹心たる三日月ならば触れる機が無いとも云えぬ。いや」
 闇の中、夕凪の眼がぎらりと光った。
「だからこそ。死人として繋がれる身に堕ちたのかも知れないね」

 階段の下には通路があった。やや直進し、折れる。さらに直進。突き当たりに牢があった。
 隅に人影。座している。孔雀が廊下の蝋燭を手にとり、内部にかざした。
「三日月ね、あなた?」
「何者じゃ、ぬしらは?」
 のそりと人影が動いた。何歳とも知れぬ妖怪じみた老婆である。
「開拓者じゃ」
 久兵衛がこたえた。
「助けに来たが……しかし、動けるかの?」
「小僧が何をいう」
 三日月がすうと立ち上がった。が、すぐに顔をしかめると、
「動けぬことはないが……面倒じゃな。放っておいくれ」
「とは、いかんのじゃ」
 蒔司が首を振った。
「おんしを狙っている者がいる。慕容燕を探している連中じゃ」
「何!? 慕容燕、とな」
 三日月の皺深い顔が強張った。
「わかった。ゆこう」
「なら俺が背負ってやる」
 兵真が三日月を背負った。すると三日月は嬉しそうに兵真の背にしがみついた。
「若い男の身体は久しぶりじゃわい」
「おいおい」
 兵真は苦笑した。が、すぐに表情をあらためると走り出した。


 気配に、夕凪が振り返った。ぽっかりと空いた空間からぬうと蒔司が顔を覗かせている。
「三日月は?」
「後ろにいる。兵真の背が気にいったようじゃ」
 ニヤリとすると、蒔司が姿をみせた。
「さあて。面倒な奴らが来る前に引き返すとするか」

 それからわずか後のことである。七つ――正確には八つの影が最上一族隠し牢から脱出したのは。疾風と化して森の中に姿を消す。
 それを確かめて、キャメルとグリムバルドは辞した。十分に注意するよういいのこして。
 グリムバルドは苦く笑った。
「俺達が注意しろっていってもなあ」
「笑っちゃだめなの」
 キャメルがメッとグリムバルドを睨みつけた。
 最上一族隠し牢屋敷が大騒ぎになったのは、それからまだしばらく経ってからのことであった。それは――

「地下の隠し牢はからっぽだ」
 般若丸がいった。そうか、と肯いた男が指をぴくりと動かした。
 刹那である。キャメル達と相対していたシノビの首がぽとりと落ちた。鮮血がしぶく。辺りには最上一族シノビの屍が累々と転がっていた。
「慕容王め。先を越されたか」
「心配はいらぬ。まだ打つ手はある」
 ニンマリしたのは、千歳を操っていた男であった。